夜天のウルトラマンゼロ   作:滝川剛

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今更ですが、あけましておめでとうございます。たいへんお待たせしました。連載再開です。今年もよろしくお願いします。


番外編 紫天の恩返し(後編)

 

 

 

 次元航行船で穏やかな顔をした老婆は、隣に座っていた中年男性に話し掛けていた。

 

「あんた、何処まで行きなさるんかね?」

 

「タサランの街までです……」

 

 男は屈託なく答えた。人懐っこい笑顔を向ける。話好きの老婆はニコニコ笑って、お菓子を勧めながら更に聞いてくる。

 

「何やら嬉しそうだねえ。住んでなさる? ご家族が待っとるんかい?」

 

「住んでいる訳ではありませんが……知り合いの子達の様子を見に行くんです」

 

 男、おおとりゲンはひどく優しい眼差しで、波のようにうねる次元空間を見詰め答えていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 紫天一家は朝からとても気合いが入っていた。

 

「王様、玄関の掃除終わったよ!」

 

「廊下の終わりました!」

 

 レヴィとユーリが、ふざけて軍隊よろしく敬礼で報告する。何時も掃除が行き届いている家だが、今日は更に念入りになされていた。

 そしてエプロン姿のディアーチェは、前日から仕込んでいた料理のチェックをしていた。シュテルは手伝いである。

 今日はゲンが様子を見に来る日なのだ。来る数日前に連絡が来る。抜き打ちで来ないのは信用の証だろう。

 

「僕おおとりさんに、宇宙拳法教えてもらうんだ!」

 

 レヴィはウルトラマンレオの、左手を前に突き出す構えの真似をして見せる。どや顔だ。けっこう様になっている。

 

「ふははははっ! 見ていろ獅子の王子よ! 今日こそ目にもの見せてくれるわ!」

 

 お玉を振りかざし、どう聞いても恨みを晴らそうとする悪役の台詞を吐くディアーチェである。直訳すると「今日こそ自慢の料理を食べてもらい、唸らせてやる!」となる。まったく素直でない。

 

 そうしてつつがなくゲンを迎える準備が出来た紫天一家であるが、いささか張り切りすぎたようである。

 

「準備全部終わっちゃったね……」

 

「おおとりさんが来るのは、まだ先ですよね」

 

 レヴィとユーリは、手持ちぶさたにピカピカの部屋を見渡した。もうやる事が無い。ゲンから何時くらいに来るか連絡は来ている。

 そろそろこの世界に着いた頃だろうが、先日の仕事の関係上地方の発着場を利用するので、到着するのはまだ2、3時間は先だろう。

 つまみ食いを目論むレヴィを台所から引きずり、紫天一家はゲンが来るまで一休みと、リビングのソファーに腰掛けた。

 シュテルが煎れたお茶を飲みながら、ディアーチェは何気なくテレビを点ける。ちょうど都心の様子が中継されているところだった。人でごった返している。ディアーチェ達が住む家は郊外に在るのだ。

 リポーターのお店紹介を聴いている時だった。ディアーチェは目を見張った。

 

「あれは!?」

 

 中継カメラに、巨大なものが降下してくるのが映ったのだ。リポーターの悲鳴に近い声が響く。

 3体の身長数十メートルはある巨人達だ。アスファルトがガラスのように砕け、地震のような振動が辺りを襲う。被害こそ軽微だったが、降って湧いた恐怖に逃げ惑う人々が映っている。

 

「あれは……マグマ星人!?」

 

 シュテルが即座に巨人達の正体を看破した。彼女はドキュメントデータを全て記憶しているのだ。

 脇に控える2体は確かにデータにあるマグマ星人だが、中央に傲然とそびえ立つ1人は、かつて『グア軍団』によりサイボーグ化された改造マグマ星人に酷似している。

 

「奴らめ、何をしに此処へ?」

 

 ディアーチェは画面のマグマ星人達を睨み付けた。レヴィの顔付きが厳しくなり、ユーリは不安そうな表情を浮かべた。シュテルは冷静に状況を見ている。

 マグマ星人達は、無差別に破壊活動を始めると思われた。3人は分散すると、都心の周りをマグマサーベルで破壊し始める。

 無差別破壊を始めたのかと思いきや、それだけで破壊を止め再び降下した場所に戻った。そのまま動きを止めた。悠然と街を見下ろしている。

 

「何のつもりだ? 直ぐに管理局に通報が行くだろう……ウルトラマン達が来るのを待っておるのか?」

 

 不審に思うディアーチェに、端末を操作していたシュテルが応えた。

 

「王……今この世界を、特殊なフィールドが包み込んでいるようです……他の世界との連絡がいっさい取れなくなっています」

 

 ネットワークで状況を調べたところ、通信関係はパニック状態だった。この世界内では通るようだが、他世界との通信が全て不通になっている。

 

「何だと!? 次元航行船は!?」

 

「航行船は管理センターのシステム異常により、全て航行不能です……」

 

「このタイミングでの孤立化……」

 

「あの人達の仕業ですか……」

 

 ユーリが固唾を呑む。明らかにこれは偶然ではない。故意に引き起こされたものだ。

 

「奴ら何をしておるのだ?」

 

 ディアーチェは、いまだ動かないままのマグマ星人達を観察する。あれからまったく動かず、不気味な程に沈黙していた。

 

「まるで誰か呼んでるみたいだね」

 

 感じたままを呟くレヴィだったが、それは当たっている気がした。

 

「テレパシーで誰かに呼び掛けておるのか? よしっ!」

 

 ディアーチェはマグマ星人が発していると思われるテレパシー受信を試みる。無作為に発しているものなら、こちらでも受信できる筈である。

 ウルトラマン達と既にテレパシーで会話している彼女らなら内容も判る。宇宙語はその時既に入力済みだ。

 ディアーチェに習って、全員はマグマ星人のテレパシー受信を試みる。

 

「読み通りだ。捉えたぞ!」

 

 してやったりと笑うディアーチェだったが、その内容を聴き顔色が変わった。その内容とは……

 

《ウルトラマンレオに告ぐ! 今すぐに無条件降伏し、此処に来い! 来なければこの世界の人間を全て皆殺しにする!》

 

「何だと!?」

 

 マグマ星人の卑劣な脅迫に、ディアーチェは激昂した。そう言えば先程破壊した場所は全て道路だ。完全に破壊されてしまい、数千人の市民が逃げられず取り残されている。この脅迫の為だったのだ。

 

「王さま、魔導師部隊が来たよ!」

 

 レヴィが画面を指差す。外世界との連絡は不能だが、管理局地上支部や、治安部隊からの魔導師部隊が到着したのだ。だが……

 

 マグマサーベルの一振りで、瞬く間に魔導師部隊は叩き落とされていた。更に部下のマグマ星人2人がフィールドに捕らえた大量の市民を頭上に浮かべて見せる。これでは手が出せない。

 それに元々平和なこの世界は管理局支部の規模もあまり大きくなく、大した装備や強力な高ランク魔導師もそれほど常駐していない。

 そして人質のせいもあるが、マグマ星人達は非常に強力だった。サイボーグマグマは当然として、部下2人も並みのマグマ星人ではない。

 サイボーグマグマはギラリと輝くマグマサーベルを翳し、更にゲン、ウルトラマンレオに対し脅迫を続ける。

 

《貴様がこの世界に戻っている事は判っている! 抵抗は無駄だ! 他の世界との連絡手段は全て断った。他のウルトラ戦士に連絡を取ろうとしても、ウルトラサインはフィールドにより送る事は出来ない!

 貴様の命と引き換えだ! 来なければ、この世界の人間を1人残らず殺す! 今はわざと殺さなかったのだ。この意味が判るな!? 

 俺の目的は貴様唯1人! 俺に殺されに来いウルトラマンレオォッ!!》

 

 サイボーグマグマの仮面の下の顔が、憎しみと狂気でひどく歪む。確かに死人はまだ出ていないようだ。ここで下手にこの世界の人間を殺せば、レオが歯向かう可能性がある。

 一見人道的に見えるが、投降してもマグマ星人が約束を守らないと思われれば、レオは無抵抗ではいられまい。

 殺さないことで約束は守ると宣言し、逆にレオの反撃を完全に封じたのだ。素直に殺されれば、この世界の人間は無事だと。

 

「何という事を……」

 

 ディアーチェは拳を握り締めた。シュテルが自らに確認するように状況を伝える。

 

「奴らはこの為に、周到に準備していたようです……他世界への転移魔法すら使えません……今この世界は完全に孤立しています……他からの助けはとても望めません……」

 

 ウルトラマンレオへの逃れられぬ地獄罠。まともに戦う気も無いのだろう。人々を盾に、なぶり殺しにされろとレオへと告げているのだ。

 そしてレオは殺されると判っていても、人々の為に必ず来る。ましてや自分の為に、関係ない人々が巻添えになるのを看過出来るような男ではない。

 

「いかん……いかんぞ!」

 

 ディアーチェは外へ飛び出していた。レヴィもユーリも後へ続く。シュテルは鍋の火を消してから後へと続いた。

 

 表に出ると、近所の人々が避難しようとしているところだった。

 

「ディアーチェちゃん達、早く逃げた方が良いよ!」

 

 荷物を抱えた隣のおばさんが声を掛けてくる。他の人々も管理局員の指示で避難する準備をしていた。郊外とはいえ、何時此方に飛び火してこないとも限らない。しかし病人など動けない者も多い。

 ディアーチェは、おばさんに自分達も避難すると答え見送ると3人を振り返った。

 

「奴らの好きにさせてたまるか! 行くぞ!!」

 

 4人は避難する人々の間をすり抜け、都心部目指して敢然と走り出した。

 

 

 *

 

 

 既にこの世界に来ていたウルトラマンレオこと、おおとりゲンはマグマ星人の脅迫を受け取っていた。

 

「……やはり奴は……」

 

 自分にこれ程の憎しみを持つマグマ星人。あの故郷を滅ぼしたマグマ星人に違いなかった。

 かつて『宇宙鶴ローラン』を追って地球に来たマグマ星人を、レオは倒している筈なのだが……

 マグマ星人からの、脅迫のテレパシーが聴こえる。

 

《後5分以内にやって来い! 1秒遅れる毎に、人間を100人ずつ殺す!》

 

「外道がっ!」

 

 ゲンは拳を固く握り締める。だが怒ってもどうなるものでもない。ウルトラマンレオの恐ろしさを知っているマグマ星人達は、卑劣な手段でその恐るべき戦闘力を完全に封じてしまったのだ。

 少しでも妙な行動を取れば、部下のマグマ星人が即座に人質を殺すだろう。

 ゲンは覚悟を決めたように目を閉じる。再び開かれた瞳には、怒りも憤りも浮かんではいなかった。逆に穏やかな色が浮かんでいるようだった。

 

 ゲンはおもむろに右手を前面に翳す。そして叫ぶ。右手人差し指の獅子の瞳が激しく輝いた。

 

「レオオオオオオオォォッ!!」

 

 目映い光と共に、真紅の巨人が大地に降り立った。

 

 

 *

 

 

 走るディアーチェのペンダントが煌めき、はやてと色違いの騎士服デアボリカが全身を纏う。シュテル、レヴィ、ユーリもそれぞれ騎士服を纏い空に飛び上がる。

 

「王どうします……?」

 

 並飛行するシュテルがディアーチェに尋ねた。紫天の王は、不敵に笑う。

 

「あのような外道をのさばらせるなど、我の沽券に関わる! 支配予定の者共にも危害が及ぶやもしれん。そしてこれを期に獅子の王子に借りを帰す。あやつらに目にもの見せてくれよう!」

 

 直訳すると『あいつらのような卑怯ものに、お世話になってるこの世界の人達やレオは殺させない。やっつけてやる』である。

 

「あいつら、僕らでやっつけてやるぞぉっ!」

 

「絶対におおとりさんは殺させません!」

 

 ディアーチェの心中に同調したレヴィとユーリが気勢を上げる。同じく静かに燃えるシュテルは、一つ提案をする。

 

「私達はあの人質を取っているマグマ星人2人を何とかしましょう……」

 

「うむ……マグマ共を襲撃し、同時に人質を解放する。皆我ら紫天一家の力存分に外道共に見せ付けてやれ!!」

 

「任せてよ王様!」

 

「はい、ディアーチェ!」

 

「星光の殲滅者の砲撃、しかと味あわせてやりましょう……」

 

 頼もしく応えるレヴィ、ユーリ、シュテルだったが、そこでシュテルがハッとしたような表情を僅かに顕にした。

 

「しかし私達は消滅したことになっています……あまり表立っては……」

 

「センサー類を欺くのは容易いが、我らは変身魔法はまだ使えん……直接顔を見られるのは不味いな……愚図愚図している時間は無いぞ!」

 

 ディアーチェは表情を曇らせる。使う必要も感じなかったので、変身魔法はまだ誰もマスターしていない。その時である。

 

「王様、王様!」

 

「ディアーチェ」

 

 レヴィとユーリがニッコリ笑って手招きした。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

『来たか……ウルトラマンレオ……』

 

 サイボーグマグマはニタリと口許を歪めた。血のように真っ赤な夕日を背に、ウルトラマンレオが静かに歩いてくる。

 その雄々しき姿は死地に赴く殉教者のように、厳かに悲壮に一枚の宗教絵のようにすら見えた。

 

『約束通りやって来たぞ……』

 

『フフフ……さすがはウルトラマンレオ……逃げずに来たな……』

 

『貴様はあの時死んだと思っていたが……誰かに蘇らされたか?』

 

 レオは疑問をサイボーグマグマに問う。ローランを花嫁にしようとして、レオに返り討ちにされた筈。するとサイボーグマグマは、忌々し気に舌打ちした。

 

『あれは俺の影武者よ……尤もあんなくだらぬ真似をするとは思わなかったがな! 貴様を殺す為なら、得たいの知れぬ奴とでも取り引きするさ!』

 

『何っ!? 誰と取り引きしたのだ!?』

 

 あの時倒したマグマ星人は、本人ではなかったのだ。サイボーグマグマは、取り引き相手に関しては答えず、

 

『お前に言う必要は無い……それより俺は『ブラックスター』と手を組んでいた……』

 

『何だと!?』

 

 意外な事実に、さしものウルトラマンレオも驚く。

 

『だが、貴様によりブラックスターは破壊され、俺も爆発に巻き込まれたのだ!』

 

 そうレオの怒りの光線を受け、惑星ブラックスターは完全に破壊された。本当なら最後の円盤生物『ブラックエンド』を倒したレオの弱ったところを狙い、マグマ星人が止めを挿す筈だった。

 しかしウルトラマンレオの怒りと最大のエネルギーを込めた光線により、マグマ星人はブラックスターもろとも宇宙の塵になった筈だった。

 それが何者かにより、サイボーグ手術を受け蘇ったようだ。

 

『蘇ったからには、必ず貴様を殺す! 動くなよ……動けばどうなるか、判っているな……?』

 

 サイボーグマグマは、ニタリと酷薄な笑みを浮かべる。部下のマグマ星人2人は、万が一にもやられたりしないように、離れた場所に配置されている。直接レオから見えすらしない。完全な布陣であった。

 逆転の芽を完全に摘まれている。いくらウルトラマンレオでも、見えすらしない位置のマグマ星人2人から同時に人質を助け出すのは不可能だった。

 

『俺を殺せば、この世界の人々には手出ししないと言うのは本当だな!? もし約束を守らないつもりなら……』

 

 レオの眼光が凄まじいばかりの殺気を放つ。しかしサイボーグマグマは同じず、

 

『安心しろ……俺の目的はあくまで貴様だ! この世界に興味は無いし、そのつもりならとっくにこの世界の人間を殺している……殺さなかったのは約束は守るという証だ……』

 

 少しでもそのつもりがあったなら、レオに見抜かれているだろう。サイボーグマグマはレオを殺す為なら約束を守るつもりなのだ。

 奇妙なことだが、マグマ星人は卑劣故に約束を守るということだ。

 

『安心して殺されろ!』

 

 サイボーグマグマは、右腕のマグマサーベルを振り上げる。レオは動けない。動く訳にはいかない。マグマサーベルが容赦なくレオの肩口に降り下ろされる。

 

『ぐあっ!』

 

 苦悶の声を漏らすレオ。血のような火花が散り、マグマサーベルは肩を切り裂いていた。

 

『フフフ……これしきで俺の気が済むと思うなよ!』

 

 更にサーベルがレオの腹を切り裂く。じっくりなぶり殺しにするつもりなのだ。レオはそれでも倒れず、仁王立ちのままだ。

 ウルトラマンレオは人々の為此処で死ぬつもりなのだ。人々は怯えながらその様子を見ている。凄惨な処刑が始まった。

 マグマサーベルがレオの身体を切り裂き、レーザー光線がその身を焼く。苦悶の声を漏らすウルトラマンレオ。

 逃げることも出来ず、処刑の様子を遠巻きに見ていることしか出来ない人々にも、真紅の巨人が自分達を守る為に無抵抗で殺されようとしていることが判った。

 

 

 *

 

 

『ウルトラマンレオもこれで最期だな……』

 

 人質をエネルギーフィールドに捕らえているマグマ星人2人は、聞こえてくる一方的な斬撃音にニタニタと厭な笑みを浮かべ合っていた。

 

『あのウルトラマンレオを討ち取れば、我らマグマ星人の名は宇宙に轟くぞ』

 

 勝ちを確信している。ここのところ地に落ちつつある、マグマ星人の名誉を取り返せると悦に入っているのだ。その時……

 

「そこまでだ塵芥共っ!」

 

 凛とした声が辺りに響き渡った。何事かとマグマ星人達が空を見上げるとそこには、二昔前の泥棒のようにほっかむりをした4人の少女達が、敢然と浮かんでいた。言うまでもないが、紫天一家である。

 

『何者だお前ら!?』

 

 マグマ星人達は訝しげに、怪しさ満点の少女達を見上げる。すると水色髪のほっかむり少女、レヴィがレオの真似のポーズを取り格好付けて名乗った。

 

「通りすがりの謎の仮面暗黒戦士参上ぉっ! フハハハハアッ!!」

 

 高笑いするレヴィを他所に、ほっかむりディアーチェは頭を抱えていた。

 

「激しく決まらん!」

 

「仕方ありませんディアーチェ……この状況では……」

 

 同じくほっかむりをしたシュテルが、冷静に宥める。レヴィは全く恥ずかしがることはなく、胸を張って宣言する。

 

「みんな謎の覆面のヒーローなんだよ!」

 

「みんな泥棒みたいですね」

 

 ユーリが楽しそうに、お間抜けなみんなを見て笑った。全員タオルを泥棒のように被って、顔を隠しているのだ。

 レヴィが見付けた洗濯物からタオルを失敬し、正体を隠す為に着けているのである。そのタオルに認識阻害の魔法を掛けてあるのだ。市民からは、ほっかむりをしたぼやけた連中としか映らない。

 しかし時間が無かったとは言え、たいそう怪しい4人組であった。

 

『貴様ら俺達を舐めてるのか!?』

 

 緊張感の無いやり取りにキレたのか、マグマ星人達は声を荒らげる。その隙を紫天一家は見逃さなかった。

 

「今だレヴィッ!」

 

 ディアーチェの合図に、レヴィの体が光に包まれ閃光と衝撃波が辺りに飛び散った。スラッシュスーツをパージしたのだ。

 マグマ星人達は目眩ましに思わず目を庇う。そして閃光の中から、高速形態スプライトフォームとなったレヴィが、大鎌形態のバルニフィカスを携え飛び出した。

 

「でえええいっ!」

 

 光の大鎌が人質を捕らえているエネルギーフィールドの根っこを、僅かな時間差で切り裂く。マグマ星人達が気付いた時にはもう遅い。

 エネルギー供給を断たれたフィールドは自壊し、捕らえていた人々は地上に落下すると思われたが、

 

「行くぞユーリ!」

 

「はいっ!」

 

 ディアーチェとユーリが待ち受ける。ディアーチェが紫天の書を開き、呪文を詠唱するとユーリの魄翼が煌めいた。

 すると地上に落下する人々の下に巨大な魔方陣が出現し、その姿は消えた。ディアーチェがユーリの強大な魔力をコントロールし、数百人に及ぶ人質を一度に安全圏に転移させたのだ。

 そこでディアーチェは、一方的に攻撃を受け続けるウルトラマンレオに思念通話を送る。

 

《獅子の王子よ! 人質は全員取り返した。此方は我らに任せろ!》

 

 驚いたような気配が伝わってくるが、直ぐにテレパシーが返ってきた。

 

《判った。すまんな……だが危険だ……後は任せるんだ!》

 

《聞く耳持たん!》

 

 身を案じての言葉だったが、ディアーチェは聞かなかった。プライドもあるが、レオは今まで無抵抗で攻撃を受けている。ダメージも少なくない。それに此方のマグマ星人達はまだ引き下がらないだろう。

 

「貴様ら!」

 

「待て! 人質をもう一度確保するのが先だ!」

 

 人質を失った怒れるマグマ星人の片割れだが、もう1人がそれを押し止め、他の逃げ遅れた人々を人質に取ろうと踏み出す。

 

「いかん、足止めをしろ!」

 

 ディアーチェ達はマグマ星人達の脚や足元を集中して狙う。脚に砲撃を受け、道路が陥没し2体の星人の脚が止まるが、これでは時間稼ぎにしかならない。

 

「攻撃をまずは1人に集中させろ! 向こうは巨大だ。並みの攻撃では倒せんぞ!!」

 

 ディアーチェの指示の元、紫天一家は片方のマグマ星人に集中放火を浴びせる。

 

「闇に飲まれて反省せいっ! デアボリカ!!」

 

「真ルシフェリオンブレイカー!」

 

「行っくぞおっ! パワー極限! 雷刃封殺爆滅剣!」

 

 黒い砲撃と紅蓮の砲撃、無数に分裂した刃が飛ぶ。各自の必殺攻撃をまともに食らい、吹っ飛びビルを崩して倒れ込むマグマ星人。

 しかしさすがにしぶとい。ダメージを負いながらも怒りの形相で立ち上がった。

 

『クソッ……! このクソガキ共があっ!!』

 

 マグマサーベルから強力なレーザー光線を発する。障壁を破られ、ディアーチェ、シュテル、レヴィは吹き飛ばされてしまった。

 3人は弾かれたように飛ばされ、架橋やコンクリートを崩し叩き付けられてしまう。さすがに並みのマグマ星人ではない。訓練を積んでいるのだ。

 

『死ね! 虫ケラがあっ!!』

 

 止めを刺そうとするマグマ星人。だがその前に魄翼を広げたユーリが立ち塞がった。辛うじて起き上がるディアーチェが叫ぶ。

 

「ユーリ、思い切り行け! 手加減無用ぞ!!」

 

「はいっ、ディアーチェ!」

 

 ユーリの服装の色彩が変化し白い部分が赤くなり、髪や目の色も変わり、肌に刺青のような模様が浮かび上がる。最大出力だ。

 

「エンシェントマトリクス!」

 

 ユーリの小さな体が砲弾のように超スピードで飛び出した。ディアーチェ達が集中攻撃したマグマ星人の胸部に、正面からぶち当たる。

 それだけでは終わらない。巨大な魔力の槍を形成し深々と突き立て、一気に蹴りで押し込んだ。魔力の槍は見事マグマ星人の胸をぶち抜き、風穴を穿つ。

 

『こ……こんな……馬鹿なっ……!?』

 

 驚愕の表情を最期に、マグマ星人は爆発四散した。完全になれば惑星の活動にも影響を及ぼす砕け得ぬ闇、アンブレイカーブルダーク。その攻撃力は正に次元世界最強。

 だが安心するのも束の間。もう1人のマグマ星人が攻撃を掛けてくる。マグマサーベルからのレーザーが紫天一家を襲う。

 

「きゃあっ!?」

 

 ユーリがレーザーをまともに浴びてしまい、地上に落下してしまう。踏み潰さんと迫るマグマ星人。

 

「このおっ!」

 

 瓦礫を跳ね除けて果敢に斬りかかるレヴィ。しかし動きを見切られていた。マグマ星人が左手に出現させた鉤爪の一閃で、叩き落とされビルに突っ込んでしまう。

 

「痛たたっ……!」

 

 瓦礫の中呻き声を上げるレヴィ。とっさに直撃は避けたものの、かなりのダメージを負ってしまった。先程も薄い装甲で攻撃を受けてしまったのだ。ユーリもレヴィもまだ動けない。

 

「いかん!」

 

 ディアーチェとシュテルは追撃を掛けようとするマグマ星人に砲撃を仕掛けるが、素早く動き回るマグマ星人を捉えきれない。逆にレーザーの攻撃を食らってしまった。

 直撃は避けたものの再度の攻撃にジャケットが破損し、損傷を負ってしまう。

 痛みに耐えて攻撃しようとするディアーチェとシュテルだったが、先の一体を仕止めるのに、一度に魔力を使い過ぎた。

 必殺魔法は短時間で連続使用出来るものではない。少しでもチャージの時間が必要だが隙が無い。

 集束魔法使いのシュテルも、周囲の残存魔力をかき集める余裕が無い。

 レオは攻撃をかわし、ディアーチェ達を助けに向かおうとするが、サイボーグマグマはそれを許さない。

 

『舐めるなよ! 今の俺は人質など無くとも、貴様を殺せるだけの力が有るのだ!』

 

 凄まじいばかりの速度でマグマサーベルの切先がレオを襲う。ハンドスライサーで競り合うレオだったが、そのパワーに押され気味だ。

 サイボーグ化されたその身体は、元の数十倍以上にパワーアップされているようだった。レオの胸のカラータイマーが赤く点滅し始めていた。

 

 

 *

 

 

 砲撃を撃ちまくり、辛うじてユーリとレヴィを助け出し合流を果たしたディアーチェ達だったが、状況は不味い。

 

「レヴィ、ユーリ、まだ動けるか!?」

 

「へへへ……こんなの楽勝だよ王様……!」

 

「まだ行けます!」

 

 レヴィとユーリは生傷だらけの顔で、頼もしく笑って見せた。ユーリも無限の魔力を持つとは言え、まだ完全ではない身で無茶を続けると、身体の方が負担が大きい。全員ボロボロだった。

 ディアーチェは頷くと、全員の顔を見回した。

 

「今ここで我らがこ奴を倒さねば、再び人質を取られ、元の木阿弥になる。この世界の者共を、獅子の王子を死なせる訳にはいかん……こうなれば一か八かの手段しかない!」

 

 心は一つ。ディアーチェの言葉に、シュテル、レヴィ、ユーリは頷いていた。

 

「行くぞ! 我に続けぇっ!」

 

 紫天一家はマグマ星人に、正面から突っ込んでいた。それは自殺行為同然に見えた。気付いたレオはサイボーグマグマの猛攻を凌ぎながら、テレパシーを送る。

 

《何をするつもりだ!?》

 

《知れたこと! 我ら紫天一家の力を知らしめてやろうと言うのよ!!》

 

 ディアーチェは高飛車な物言いとは真逆な、澄んだ瞳で笑って見せた。シュテル、レヴィ、ユーリも同様だった。レオには彼女達の表情が、死に別れた親しい人達と重なって見えた。

 

「後は任せたぞ、獅子の王子!」

 

『止めろ! 止めるんだ!!』

 

 レオの制止も虚しく、紫天一家はレーザーに被弾し傷付きながらも、マグマ星人目掛けて突っ込んで行く。最後にディアーチェ達はレオに振り向いた。

 全員が微笑んでいた。まるで、ありがとうと言うように……

 マグマサーベルが彼女らに降り下ろされる。当たる寸前、紫天一家の姿が光の粒子となった。身体をプログラム状に変えたのだ。

 プログラム体となったディアーチェ達は、剥き出しの口から星人の体内に侵入する。するとマグマ星人が苦しみだした。

 

『グアッ? ガアアアアアッ!?』

 

 絶叫が上がる。苦しむその口から眼から煙が立ち上った。よろめいて胸をかきむしる。その胸が内側から光ったように見えた。

 

『ギャアアアアアアッッッ!!』

 

 断末魔の叫びと共に、次の瞬間マグマ星人は内部から火を吹いて大爆発を起こした。内部に飛び込んだディアーチェ達が、最大出力の攻撃を行ったのだ。

 だがそれでは中のディアーチェ達も到底無事では済まない。自爆覚悟の特攻技だ。いくら彼女達でも、マグマ星人の心臓部の爆発に巻き込まれては再生することも出来まい。

 マグマ星人と共に藻屑となったのか、細かな破片だけが虚しく宙を舞う。ディアーチェ達の姿は何処にも無かった……

 

『貴様……っ!!』

 

 真紅の拳が音を立てて軋んだ。レオの両眼が怒りに炎と輝き、サイボーグマグマに向けられる。

 

『故郷や百子さん達だけでは飽きたらず……懸命にただ自由に生きようとしていたあの子達までも……許さん!!』

 

 真紅の身体が本物の炎と化したようであった。獅子の怒りに、サイボーグマグマも一瞬怯む。しかし復讐に燃える暴君は、負けじと咆哮する。

 

『ほざけ! 今日こそ貴様の最期だウルトラマンレオ! 故郷の星と同じく、跡形もなく消滅させてくれるわあっ!!』

 

 サイボーグマグマは、電光の速さでサーベルを繰り出す。危ういところで体を捌き、斬撃をかわすレオ。外れた斬撃が高層ビルをバターのように切断し、ビルが切断面から擦れ落ち轟音を上げて落下崩れ落ちる。

 

『エイヤアアアッ!!』

 

 裂帛の気合いが響き、レオは白刃の嵐の中に突っ込んだ。

 ハンドスライサーとマグマサーベルが火花を散らす。レオの怒りの猛攻に堪らず後退するサイボーグマグマ。

 その一瞬の隙に、レオの強烈極まりない中段回し蹴りが脇腹にヒットし、マグマはくの字になって吹っ飛ぶ。

 追撃するレオ。しかしサイボーグマグマは飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、カウンターで強烈なサーベルの突きを繰り出す。サーベルに光が走る。レーザーを刀身に集中させ、マグマサーベルを光剣にしたのだ。

 

『死ね! ウルトラマンレオオッ!!』

 

 それに対しレオは、拳一つで立ち向かう。その拳が真っ赤に赤熱化する。『レオパンチ』だ。真っ向から鋭いサーベルと拳が激突する。

 

『イヤアアアアッ!!』

 

 大地を震わせる気合いと共にマグマサーベルは炎の拳の前に、粉微塵に砕け散っていた。だが復讐に燃えるサーベル暴君は怯まず、新たに両腕にマグマサーベルを出現させる。マグマサーベル二刀流だ。

 

『勝負だ、ウルトラマンレオオッ!!』

 

 サイボーグマグマの巨体が、砲弾の如く宙に飛翔する。レオも大地を蹴ってサイボーグマグマを追った。

 

 サイボーグマグマのサーベル二刀流が光を放ち、その身体が竜巻のように回転する。

 対するレオは空中で勢いよくとんぼ返りを打った。その両足が炎の如く赤熱化する。

 

 空中で音速を遥かに超えた速度で激突する、レオとサイボーグマグマ。この一撃で勝負は決する!

 

『イヤアアアアアアアアッッッ!!』

 

 怒りのダブルレオキックが、マグマサーベル二刀流を粉々に打ち砕き、サイボーグマグマの胴体を貫いた。

 

『ゴバアアアアアッ!?』

 

 胴体を爆砕され、サイボーグマグマの身体が二つに散っていた。

 

『クソオオオッ! あの餓鬼共さえ、あの餓鬼共さえいなければああああっ!!』

 

 怨念と口惜しさで泣き叫ばんばかりの断末魔を上げ、サイボーグマグマは粉々に爆発四散した。

 

 ウルトラマンレオは爆発の閃光と断末魔を背に、地上に降り立つ。僅かに星人の最期を見届けると、その真紅の姿が光と共に消え去った。

 

 

 *

 

 

 おおとりゲンの姿となったレオは、瓦礫の中に静かに降り立っていた。

 その背にはようやく仇を討てた高揚感も充実感も感じられない。ただ哀しみと無力感、寂寥感だけが漂っているようであった。

 ゲンは紫天一家が爆砕した辺りを見渡してみる。何も無い。瓦礫とマグマ星人の細かな破片だけが散らばっていた。

 

『済まない……』

 

 彼女らが居なかったら、自分は此処で死んでいた。やっと自由を手に入れた彼女達は、他人を救う為に散っていったのだ。

 ディアーチェ達を弔うように、ゲンは頭を垂れていた。

 

(……また……救えなかった……)

 

 死んでいった親しい人々の顔が浮かんだ。親友、恋人、友人達……

 力及ばず救えなかった掛け替えのない人々……

 それはどれだけ永い刻が流れようと、忘れることなど出来ない十字架。己への戒め……

 ウルトラマンは神ではない。その言葉の意味を誰よりも深く理解しているのは、レオなのかもしれない。

 

「?」

 

 ゲンはふと、視界を掠めたものに気付き顔を上げた。妙な塊がふわふわ落ちてくるのが目に入る。爆発で天高く吹き飛ばされたものが、ようやく落ちてきたのか……

 

『!!』

 

 ゲンは思わず眼を見張っていた。塊が解けるように開いたのだ。その中には……

 

「勝手に殺すでない獅子の王子よ……!」

 

 ディアーチェが煤だらけの顔で、ニヤリと笑って見せた。レヴィが頭を擦りながら手を振る。

 

「痛たた……おおとりさ~ん」

 

 塊に見えたボロボロの魄翼を仕舞うユーリは、ヘロヘロながらも微笑んだ。

 

「おおとりさ~ん……無事でーす」

 

「みんな真っ黒ですけどね……」

 

 シュテルが僅かに微笑する。ボロボロの格好の紫天一家だった。塊のように見えたのは、ユーリの魄翼だったのだ。

 マグマ星人の体内で爆発寸前に全員を魄翼で包み込み、魔力を全て防御に回したのだろう。それでもかなり際どいところであった。崩壊寸前の魄翼がそれを物語っている。

 一歩間違えれば、全員ここで再生不可能まで分解され、消滅していたかもしれない。

 

「無茶をしおって……だが、ありがとう……」

 

 ゲンは全員を抱き締めていた。それは父が子を抱き締め、慈しむのに似ていた。

 レヴィとユーリは嬉しそうな顔をする。シュテルも猫のように安堵の表情を浮かべた。憎まれ口を叩きそうなディアーチェもその気力も無いのか、照れ臭そうながらも大人しく抱き締められている。

 ディアーチェはふと、ゲンが泣いているのではないかと思った。無論泣いてなどいなかったが、ディアーチェはそんな気がした。

 

 

 ゲンはヨロヨロの4人を子犬を抱えるように担ぎ上げ、家に向かって歩き出した。レヴィとユーリは、もう寝息を立てて寝入っている。シュテルも眠そうだ。うつらうつら船を漕いでいる。

 肩で揺られているディアーチェは、ぼそぼそとゲンの耳元で囁いた。

 

「……言っておくが、我らは不死身ぞ……そう簡単にくたばったりはせん……」

 

 それは心配するなと言っているのだ。自分達は殺されたりなどしない。巻き込むなどと気遣いしなくても良いと。ゲンにはそれが判った。彼女の不器用な気遣いであった。

 

「だから……たまには食事くらいしていかんか……もう準備はしてある……」

 

 ディアーチェは、拗ねたようにそっぽを向きながら食事の誘いをする。本来なら食事への誘いは、レヴィやユーリに任せようと思っていたのだ。

 だが今自分が言わないと、またゲンがふらりと去ってしまいそうな気がして言わずにはいられなかった。

 

「判った……馳走になろう……」

 

 ゲンは苦笑しながら返事をしていた。

 

「ふんっ……残ると勿体……ないからな……」

 

 素直でない返しをした闇統べる王は安心したのか、夜のとばりが降りる中、何時のまにか心地よい眠りに就いていた。

 

 

つづく

 

 

 

※公式ではないようですがマグマ星人はババルウ星人の部下で、通り魔宇宙人もマグマ星人の手引き。ブラックスターとも繋がっていたという噂設定があったようです。

 




それでは次回お会いしましょう。

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