まあそんなに強いサーヴァントじゃないですけど。
ジナコ・カリギリに勝利した俺は無事に二回戦を迎えたわけだが、果たして生き残ったマスターたちの中には面倒くさい連中が軒並み名を連ねている。ネロの奏者となった岸波白野、
やだやだ、もうホントやだ。
自重しない中華圏の英霊二名以外はみんな対魔力持ちで三騎士ばっかりってなんなんだっての。ダン・ブラックモアはこの回で消えるし、あの悪魔ランサーも狂化されたことで大きく対魔力が下がったのでそう面倒でもないけど、これはまずいだろう。
教室の窓際最後列にある席で幸先真っ暗すぎる現状を悔やんでいる俺は、深い嘆息をこぼす。
『忌々しい奴らばかりが残りおった。どいつもこいつもやりにくいぞ』
アサシンがEXTRA枠(対戦相手ではないサーヴァントの分だ)のマトリクスを確かめて顔を顰めた。
いずれも武人として名高い真の英雄であり、人を見る目は確かだろう。謀殺毒殺が専門のセミラミスでは、一目で警戒されるだろう。そうなるとこちらの罠に気づかれてしまう。
ついでにマスターも強い。これはもう自力で、しかも正攻法なんてやっていられない。
外堀を埋め、それでも足りないなら内堀も埋めて天守を丸裸にしたうえで大砲をぶち込んで混乱させてから攻め込まないと厳しい。こっちには追加の令呪が三画もある。いざとなればアサシンをマスターに適当なランサーを鞍替えさせるのもありだ。
ああでもないこうでもないと思案していると、唐突に携帯端末が鳴り響いた。
『次の贄が定まったか』
『何故に生贄なんだ……』
アサシンの言葉の真意は問わないでおく。
多分バビロニア的な思考に基づいてるから、教えてもらったところで理解できん。
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掲示板に張り出された一覧表を確かめる。
『マスター:フラット・エスカルドス
決戦場:二の月想海』
……誰だよコイツ。
いやまて、記憶の端っこで引っかかるものがあるぞ。
えーと、そう。確かfakeの天才的なアホで馬鹿だ。地中海生まれの奔放な男で、サーヴァントは狂化したら一周まわって紳士になったジャック・ザ・リッパーだったか? 綾香がセイバー、美沙夜がランサーってことはやはりコイツはバーサーカーと契約してるのか……。
お願いだからゴールデンタイムはやめてくださいムーンセルさん‼
「ウゥ……」
俺の願いが通じたからなのか、それともただの幸運なのか。背後から聞こえた唸りは透き通った少女の声であった。振り返ると、白いドレスを着た可憐な少女が、虚ろな目でこちらを凝視している。その隣では白いシャツに青いジャケットを羽織ったラフな出で立ちの青年が、爽やかな笑みを送っている。
「あ、君が俺の対戦相手? 俺はフラット・エスカルドスって魔術師で、こっちがバーサーカーな。よろしく!」
「ウゥ」
仲がよさそうな二人の眩しいこと眩しいこと。正直なところ、網膜が焼け爛れてもおかしくないような気がしてならない。
こんなに良好な関係を築けるあたり流石は逆・絶対領域マジシャン先生と言うべきなのか。それともイスカンダル・リフレインが正解なのか。
つまらない考え事を打ち切り、最低限の返答だけはしておく。そんなことで本気スイッチを起動されたらたまったもんじゃない。
「……南方 周」
「なんか顔色悪いけど大丈夫? 購買に風邪薬売ってた気がするから見てこようか?」
「いらん……。これは生まれつきだ」
「なーるほど。んじゃ俺はアリーナに行ってるから、お前も後で来いよー!」
初対面の相手に不躾な発言を繰り返すだけ繰り返したフラットはバーサーカーを連れて階段を下りて行った。残された俺の方はアイテムやインテリアの補充をしたいので、アリーナに行くのはまだまだ先になりそうだ。
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購買は食堂と同じ空間にあるので、踏み込むたびについつい警戒してしまう。せめて、せめて四回戦までは無名なままでいたいので、目立つマスターに目を付けられてはたまったものではない。
それにしてもフラット・エスカルドスめ、またいいサーヴァントを引きやがった。
フランケンシュタインの怪物は宝具『
小手先のせこい罠など狂戦士らしく怪力でねじ伏せてしまうだろう。マスターは馬鹿だがサーヴァントは賢く、直接戦でもあちらに軍配が上がる。俺は魔術なんて扱えないし、アサシンも殴り合いでは勝ち目がないとなるとこれはかなり詰んでないか?
まあ作戦がないではないが、あまりいい出来ではないのがなあ……。
『どうにも精気がないかと思えば、死体をつなぎ合わせた怪物であったとはな。このような段階で宝具を使うのも気に食わぬ……。さて、どうする?』
『自爆宝具を使わせたらアイツは消えるが、閉鎖空間で即死級のダメージを防ぐのは難しい。ここは第三者に潰させるのが最善に思える』
『このようなことを主に言うのは気が引けるが、そなたに友人など一人もおらぬであろう。知り合いも玲瓏館ぐらいでは無かったか?』
『大丈夫だ。馬鹿で単純で単細胞な女好きに覚えがある』
アサシンが言う通り、協力者が一人しかいないから困ってるんだよ。二回戦で宝具開帳したくても庭園が未完成だし、もう一方は庭園と併用してナンボだから単発じゃあ効果が薄いし……。まあ保険がないというわけではないし、並行してすすめるしかないのかね。
新発売の中華まんを食べながら作戦を立てる。熱々の八宝菜を肉まんの生地で包むという挑戦的なメニューの美味さに驚きつつ、麻婆豆腐でなかったことに安堵している。
これでカレーパンと同じ値段なんだから有りがたい。カレーは嫌いではないが、そこまで好きでもないからもう買うことはないかもしれないな。
『この後はアリーナか? それとも図書室か?』
『保健室へ行く。忘れる前に支給品の回復アイテムを貰っておかないと』
『よかろう。そなたの好きにせよ』
珍しく物静かなアサシンは奇妙だが、フランケンシュタインの怪物に思うところでもあるのだろうか。……保健室に行った後で図書室に行こう。そこでセミラミスの伝説を片っ端から漁れば、何かヒントがあるかもしれない。
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保健室で健康管理AIからエーテルの欠片を受け取り、図書室へ向かう。
危うく聖骸布で絞め殺されるかと思ったが、アサシンがほどいてくれたので事なきを得た。なんであんなAIが健康管理役なのか理解に苦しむが、むしろセレニケじゃなかったことを喜ぶべきだろう。まさかあのゴルドよりダメマスターなまま死んだ変態淑女より鬼畜シスターの方がマシだ。
アサシンはフランケンシュタインのマトリクスを見てからと言うもの、何故か静かだ。
チグリス・ユーフラテス流域を支配したアッシリア帝国の伝説の女帝セミラミス。彼女を求めたことで代官オンネスを自殺に追いやったニノス王を結婚数日で毒殺した逸話が有名だ。
ネブカドネザル二世の空中庭園建築までセミラミスの業績とされたらしいが、死者にまつわる伝説があっただろうか。
ここに何かヒントがあればいいのだが……。
階段を上り廊下を右に曲がると、雷のような声が轟いた。
「これは素晴らしい! アレクサンドリアに建てさせた図書館を越える量の蔵書ではないか。これを全て征服するのは骨が折れるわい!」
図書室の扉の向こうから聞こえる男の大声。この腹にずんと響く野太い声に背筋が凍り、呼吸が瞬間的に停止してしまう。
むせて咳き込んだ俺は、呼吸が整ったのを確かめてからドアに手を伸ばす。
「図書室にようこそ。今日は騒がしいのがいるけど、気にしないでね?」
「ライダーがすみません。言っても彼、聞かないものですから……」
図書室管理AIと、入り口の近くでハードカバーの小説を読んでいる病弱そうなショートヘアの子供が俺に反応する。黒服のAI、間目知識はどうでもいい。
どうやら彼、否、彼女もまた聖杯戦争に参加したマスターの一人だろう。Fate/Prototypeで騎兵のサーヴァントとして召喚された、ギリシャ神話の英雄ペルセウスの友――伊勢三。この世界ではマケドニアに名高いギリシャの覇者、征服王イスカンダルの戦友となったようだ。
もう驚きはしない。
ランスロットがいるのだから、イスカンダルはいてもおかしくない。弱点の多いサーヴァントの一人なのだから、むしろ大歓迎だ。
セミ様の様子はおかしいしフランが出てくるしそのマスターはフラットだしイスカンダルまでいる。
やっちゃったぜ。
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