Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 セミラミス様人気に唖然としています。


第一回戦:魔女の微笑み

 昼過ぎ、図書室に本を返して食堂に向かう。

 あの間目とかいうNPCが無駄に話しかけてくるせいで余計に時間を食ってしまった。校舎の食堂は一日中開いてるが、どうにも昼休みの感覚が抜けないせいで一時を過ぎたらついつい慌ててしまう。

 人のまばらな空間にいるのは店員NPCを含めてもごく僅かだ。壁に張り出された告知には、ムーンセル権限で例の麻婆豆腐が販売停止となった旨が記されていた。

 言峰神父の無念が手に取るように分かる。

 同情はしないがな。あんなメシテロをのさばらせるわけにはいかないだろ。ムーンセルも多くのマスターやサーヴァントと同意見だった、それだけのことだ。

「さて、我は何を頼もうかのう」

 そしてブレない我がサーヴァントは、単品でもかなりお高い天ぷら定食をガン見している。また俺はざるそばか。仕方ない……。

 回復薬やリターンクリスタル、礼装にインテリアと出費がかさみがちな序盤から容赦なく財布を締め付けてくれるよ。流石は暴君様々だ。

「おお、追加料金で味噌汁がソバになるのか」

 好きなのねお蕎麦。俺も好きだけど、今は……泣きたいかな。

 

 

 

 エビに大葉、蓮根と四季折々の具材を油で揚げた天ぷらにちんまりした冷ややっこの小鉢、温かいソバ、 白いご飯に目を輝かせるアサシン。俺はざるそばにタケノコご飯とお新香。ワサビがいつもよりツーンとくるのは錯覚だろうか。

「ほれ小僧、こちらを向け」

 アサシンに言われて右を向く。

 ――ぐい

 

 エビの天ぷらが口に押し込まれた。

 サクサクと軽い歯応えの衣と、ギッシリ肉厚でプリプリと踊るエビが醤油ベースの天つゆと大根おろしで統一されていた。

 天ぷらというのはこんなに美味い料理だったのかと目を剥くほどの味わい。ムーンセルの蔵書には、至高の天ぷらまで記録されていたらしい。当然、アサシンは未知の美食にご満悦である。

「そなたの国ではこれが粗食だそうだな。東の果てと侮っていたが見直した」

「お気に召して何よりだ」

 天ぷらが粗食なのは江戸時代くらいまでの話だ。

 現代では立派な高級料理の一員であると知れば、アサシンはどんな反応をするだろう。もしかしたらアッシリアには揚げ物がないから喜んでいるのかもしれない。

 とりあえず、今度から俺、蕎麦を食べるときは天ぷらつけるんだ……ちくわのだけど。だって紅ショウガとかサワラとか絶対高いし。店員がAIだから融通も何もあったもんじゃない。セミラミスは皇帝だから『黄金律・皇帝特権』あるけど金は増えないし。

「む。……おい小僧、あれを見よ」

「ん? 何かあったの……か……?」

 アサシンに小突かれてパンや総菜を売っているコーナーに目をやる。

 その衝撃のあまり、危うくポルナレフ状態になりそうだったが辛うじて踏みとどまれたのは奇跡と呼んでいいであろう。

 カルナが商品ケースのスナック菓子を前に固まっていた。おおよそ、ジナコの使いッ走りだろう。そもそも本人は小食らしいし、ああいうのは彼のマスターのエs……もとい主食だ。

 しかし、よくもまあ英霊にパシリをさせられるもんだよな。

 カルナじゃなきゃ死んでるぞ。反逆されて。

「どういう状況だあれは」

「マスターにパシらされたはいいが、何を買うか分らず困惑してるんだと思う。だからああしてどれが最善か考えてるんじゃないか?」

「分けのわからん奴らよ」

 呆れたアサシンの心境は俺も同じだ。

 何というダメ人間。何というニート。何という負け犬気質。まさにポルカミゼーリアの言葉が相応しい。

 まあ、この後も予定があるから敵に構っている暇はないし放っておこう。

 だいたい、自分で買いに来ればなんら問題は起きずに完結するのを面倒くさがって栄養分の過剰供給を行い人間腐葉土と化すことに危機を覚えないから悪い。満足な魔力も供給できないくせに。そのせいでカルナは黄金の鎧を破棄しているのに。

 よくよく考えれば、ジナコがマスターのカルナが『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』を使えたのはBBの支援があったからであって、ろくに経験値も稼いでいない状態では攻撃スキルさえ発動できるかどうか怪しいんだ。これで算段は全て整った。

 さて、後は適当なマスターに取引を持ち掛けてしまえば王手だ。

 

 その前にこのざるそば食べきらないと。

 

 ……うわ、のびてる……。

 

 

 

 

「お、おい。本当にお前、あの赤いセイバーの真名を知ってるんだろうな?」

「もちろんさ。なんなら、お前のサーヴァントの真名もあててやろうか? ついでにダン・ブラックモアや遠坂凛のもな」

 結局、一番取り入りやすい青ワカメが取引相手かよ。わざわざラニやらありすに頼んでみたが「目付きが気に入らない」と拒否されてしまった。三白眼は生まれつきだからどうにもならんのにどうしろと。

 やむを得ず、たまたま花壇の周りをうろついていたシンジを見つけ取引を持ちかけたら食いついてきたのだが、実力は確かだろう。しかしどうにも気に入らない。

「ハン! キミみたいな三流が、あの二人のサーヴァントの真名を? バカ言っちゃいけな――」

「遠坂凛のサーヴァントはランサー。真名はケルトの英雄、光の御子クー・フーリン。宝具は真紅の魔槍、ゲイ・ボルク。ダン・ブラックモアの方はアーチャー、真名はロビンフッド。宝具はイチイの木から抽出される毒と緑のマント。どうだ、マトリクスの反応は?」

「ウソだろ!? どんなチートを使ったんだ!! 僕でもクラスさえ分らなかったのに‼」

「知識の差ってだけでもなさそうだねえ。コイツぁただの博識って次元じゃあないよ」

 いやまあ、確かに俺のはチートだろうな。『原作知識』ってのは転生先じゃあ使い方しだいであっさり世界と物語を覆すことができる能力だ。実際、俺はCCCにおける重要人物を殺そうとしている。これで未来は大きく変化することになる。

 マトリクスが二つ完全に開示されたことがよほどショックと見える。明らかに狼狽えているシンジの後ろに実体化したライダーも訝しんでいるな。

 無理もない。最悪、自分たちの情報も筒抜けという場合だってありうる。警戒して然るべきだ。

「調べごとは得意なんだよ。違法なコードキャストは使ってないし持ってない。だいたい、三流がそこまで出来ると思うのか? ついでに、岸波のサーヴァントはローマ帝国第五代皇帝、暴君ネロだ。宝具は彼女が設営した黄金劇場『ドムス・アウレア』だ。こちらはそちらの要求に応えたわけだが、さて。どうする? 無理ならそれでいい。後で岸波にお前のサーヴァントの情報を売りに行くだけだからな」

 脅しに屈したか、それともゲーマーとして一方的な協力は気に食わないからか。シンジは渋々ながらもホログラムのキーボードを叩きはじめた。

「今回だけだ。お前が使える情報を持ってきたから、そのお礼として応じてやるだけだからな」

「それはまた冷たい。今回と言わず、何度でも頼ってくれて構わないんだが」

「お前みたいな暗い眼をした奴は信用しない。次は二度とないぞ」

「まあ気が向いたらいつでもどうぞ。サーヴァントの見た目が分かれば確実に当ててみせよう」

 男のツンデレとか誰得なんだろう。そんな馬鹿な事を考えながら待っていると、思いの外に早く礼装が完成したらしくシンジは手を止めた。

 ふむ。流石はアジア圏有数の霊子ハッカー、たかがこれしきのありきたりな作業は朝飯前か。噛ませ犬ではあるが、やはりこちらのシンジは優秀なようだ。

「ほら、出来たぜ。こんな感じでいいのか?」

 手渡されたのは一本の日本刀。第二層のボックスから回収した守刀を改造してもらい、武器としての性能に特化させた斬刀だ。地味で平凡だが、鞘から抜かれた刀身には冷たい光が宿っていた。

「……中々によく切れそうな刃だ」

「そりゃそうさ。なんたってこの僕が加工したんだ、雑魚エネミーくらいなら余裕で倒せるさ。ま、君に使いこなせるかどうかは知ったこっちゃないけどね!」

 嫌みにハハハと笑うシンジは自己陶酔に浸っている。残り僅かな生きていられる時間(モラトリアム)を無駄にしても悪いので、俺はそそくさと退散する。

 蒼崎姉妹のいる教会の前を通り、校舎に戻ろうと噴水の脇を歩く。

 誰が水やりをするでもないのに満開で咲き誇る色とりどりの花が風に揺られている。完璧なようで不完全な月の学園において、ここだけは校舎に漂う殺伐とした空気と聖杯戦争の苛烈さを感じさせない。

 図書室に飽きたらここで安らぐのもいい。

 いや、多分他のアサシンが怖くて落ち着けないわ。

 具体的には、腕が長いハサンとか、八十人に分身するハサンとか、ハサンになり損ねた美少女とか、ガチ百合のハサンとか。むしろヤバイのはロリアサシンとワンパン先生だけどな!  

 バーサーカーなら魔力切れを狙えるけど、アサシンとは当たりたくないなぁ……。本職が出てきたらそこで聖杯戦争終了だよ。

『小僧、下がれ!』

「……え? 何が……おおう!?」

 

「雑竜風情が余に弓引くか! その不遜、そして魂に染みついた強欲と傲慢を我が槍にて断罪してやろう!」

「邪魔よこのブタ! アンタみたいな老いぼれになんか用はないっての!」

 

 ガスン――!

 目の前の扉に何かが勢いよく突き刺さる。

 俺は驚いた勢いでスッ転びしりもちをついてしまう。突き刺さったのは槍と言うにはやけに幾何学的なデザインの黒い物体だ。

 この珍妙奇天烈な得物を扱うのは彼しかいない。

 額から(・ ・ ・)は二本の角(・ ・ ・ ・ ・)フリフリ(・ ・ ・ ・)のミニス(・ ・ ・ ・)カート(・ ・ ・)からは(・ ・ ・)竜の尾が(・ ・ ・ ・)生えた少女(・ ・ ・ ・ ・)と鍔競り合う、夜色の(・ ・ ・)貴族服を(・ ・ ・ ・)着た長身の(・ ・ ・ ・ ・)成人男性(・ ・ ・ ・)以外に当てはまらない。

 筋力・耐久・敏捷で勝る少女だが、技量では男性が遥かに上だ。城住まいの伯爵婦人と戦慣れしている串刺し公では無理もない。マスターがそばにいないのも大きいか。

 男性は多少傷を負っても、生傷だらけの少女がその都度その都度に治癒魔術を施して回復している。逆に角の少女は支援なし。これは大きなアドバンテージだが、それどころではない。

『ランサーのワラキア公とバーサーカーの血の伯爵婦人かよ……。つーか辺り一面が杭だらけで逃げられないぞ』

『ここで手を出せば話が拗れる。大人しく静観しておるのが最善か』

 あちこちに突き刺さった杭は全長二~三メートルほどだが、どれも触れたらまずい。この槍も特殊な効果を持った黒衣のランサーの宝具だろう。たまに消えては彼の手に現れている。

 マイクスタンドを模した槍と黒い幾何学的な杭がぶつかり合い、花壇の花が揉まれ、噴水の水が撒き散らされる。衝撃で生まれる暴風がマナをかき混ぜ、空間が震動する。

 これがサーヴァント同士の戦いなのか。なんと勇ましく、驚異的であろうか。激しい攻防も長くは続かず、すぐに監督AIの言峰神父が現れサーヴァントは強制的に実体化を解除された。

「やれやれ、またあのサーヴァントか。二人とも、怪我はないかね?」

「この程度が怪我の内に入るとでも? AI如きが笑わせないで頂戴」

「…………無傷だ」 

 俺と少女の答えに言峰は鷹揚に頷く。

「結構。本来ならば校内での戦闘行為は固く禁じられているが、今回はアレが相手だ。特例として正当防衛を認め、玲瓏館美沙夜への罰則(ペナルティ)は無しとしよう」

 どうもあのバーサーカーは規則違反の常習者らしく、玲瓏館美沙夜はお咎めなしとなった。少女殺しの逸話で知られるエリザベート=バートリーなら校舎で暴れてもおかしくはないか。

「さて、私はあのサーヴァントのマスターに警告しに行かねばならない。もし具合が悪いなら、彼に連れていってもらいたまえ」

 澱んだ目と薄気味悪い顔を愉悦に綻ばせながら言峰は姿を消した。俺が人見知りと理解した上での所業だ。あンのクソ神父がァ……!

 愉悦麻婆に最強(最弱)風な台詞回しで怒りを表した俺だが、やはりイベントというのは避けて通ることの出来ないモノらしく、玲瓏館美沙夜はツカツカとこちらに向かってきた。

「巻き込んだことについては謝罪させてもらうわ。あのランサーを仕留め損ねた私の実力不足が原因だもの」

「え、い……いや、そんな……」

「そう畏まるな娘よ。主の見立てではバーサーカーとなっておる。もしそうならば、仕留め損ねるのも考慮の余地は十二分にあろう」

 実体化したアサシンが割って入り、義務感に燃える玲瓏館美沙夜を落ち着かせる。だが、うっかり口にしたエリザベート=バートリーのクラス名に彼女のマトリクスが反応してしまい――

「……そのようね。数分、暴れている様子を見ただけでクラス名を当てるなんていい目(・ ・ ・)をしてるのね」

「…………」

「どうかしら? 私はその()について、誰かに公言しない。これで手打ちというのは」

 さっきの誇り高くも慎ましやかな態度はどこへやら。

 冷徹で嗜虐的な魔女の顔に化けた玲瓏館は、魔性の笑みで血色に煌めく深紅の相眸を歪ませる。

 どうも俺の人間関係の運勢は最悪らしい。

 こんな女に弱みを握られるとは……。




 美沙夜のランサーやセミラミスのキャスター的な宝具は設定を一部改編しています。
 今回は五日目の後半、明日は六日目になります。
 果たしてどうなることやら。

 そして毎度の如く感想、評価お気軽にどうぞ。
 よろしくお願いします。

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