原作ベースで改変入れつつ、白野とサクラと聖杯のお話。
当然ながら周も愛歌も環もいるぞ。
PROLOGUE:Ⅰ
気持ちよく晴れた朝の通学路。
もう随分通い慣れたはずなのに、いまだに道を覚えられないまま、正門に着いた。
時間はまだ十分にある。
同じ制服姿の学生たちが、和気藹々としながら正門を通過していく。
そこには、生徒会長であり友人でもある柳洞一成が立っていた。
はて。今日は風紀の乱れを取り締まる運動、風紀検査はなかったはずだが。
「おはよう! 今朝も気持ちのいい朝で大変結構! 絶好の学生日和だ!」
端正な顔立ちに似つかわしくない、熱血にすぎる挨拶だった。
「ん? どうした、その“なにか悪いものでも食べたか?”と言いたげな顔は」
「朝の風紀検査って、今日だったっけ?」
「これが俺の
彼がここに立っていたから、勘違いしたようだ。
なんだか寝ぼけていたみたいだ、と一成に笑って、校舎に向かうことにした。
同じように繰り返すやり取り。そう思っていたが、今日は変化があった。
「待ってくれ、実は頼みたい事があるのだ」
足を止めて振り返る。
「悪いが、教室に行く前に一階の用具倉庫を閉めてきてくれないか? 鍵を閉め忘れてしまってな」
一階の用具室……たしか、昇降口から左手に向かった廊下の奥だ。
ホームルームまではまだ時間があるし、他ならぬ一成の頼みなら断る理由もない。
「分かった、自分でよければ」
「そうか、それは良かった! 他の生徒たちはみな通り過ぎるだけでな、お前がきてくれて助かったよ」
「気にしないで欲しい、出来ることならなんでも手伝う」
「最後の登校日にすまん限りだ。……まったく、最近は妙な管理役が増えるし、通達も多くて俺も気苦労が絶えんのだ。岸波のような役員があと一人いれば、俺も保健室の彼女も助かるのだがな」
独り言に気づいてハッとし、一成は我に帰ったようだった。
「む。いや、無神経なことを口にした。生徒会など、無理強いして入って貰うものでも無かったか。では、これが倉庫の鍵だ」
小さな金属の鍵を受け取る。
プラスチックのキーホルダーはネームプレートも兼ねていて、黒いペンで『一階倉庫』と書かれていた。
「ではな。最後に後悔のない、よい一日を!」
涼やかな美男子は仰々しく礼を言い、また正門を監視する作業に戻った。
最後までこの調子なのかと、感心してしまう。
よく調整された機械のような生真面目さだ。
一成に別れを告げて校舎に向かう。
早春とも初夏ともつかない日射しに眼を細める。
岸波白野の一日は、こうして始まろうとしていた。
▽
「もういいです、ゲラウッ! やっぱりリアルに期待するコトなんてナニひとつねぇのデス!」
散々に叫びながら、倉庫から閉め出された。
そしてドアからガチャリと鍵の閉まる音がする。
内側から鍵を掛けた様だ。
用具倉庫室の妖精、あるいは喋るロッカー……そんな未知との遭遇。
色々とだらしのない防御力の高そうなイエロー系エリートニートは、ちゃんと鍵を閉めてくれた。
ジナコ=カリギリ。どうにも不思議な人だった。
あんな参加者もいたのかと思いつつ、暗い倉庫を後にする。
「……?」
いや、待った。
いま、何か妙なフレーズを使った気がする。
まだ寝ぼけているのだろう。
今朝はいつにも増して気分が浮ついているようだ。最後の登校日ということも、影響しているのかもしれない。
すれ違う生徒たちも、みなそわそわしているように見える。
2年A組みの教室へ行こうと階段に足をかける。
周囲に意識が向いて、頭上からの音に気づくのが遅れた。
喩えるなら、女性ものの靴が勢いよく段差につまづいて、その弾みで足を踏み外してくるような。
「――あら、あらあら、あらあらあら」
例えるなら、じゃなかった。
今まさに人影が落ちてきている――!
気づいた時にはすべて手遅れ、ただ未来を受け入れるのみだった。
「きゃ――――っ!」
悲鳴と大きな音が、廊下に響いた。
廊下にしこたま後頭部を打ちつける。
脳が震えて目がチカチカしている。
点滅する視界のまま、自分の状況を知ろうと手を這わせ――
「っ、あんっ……!」
官能的な声が、濡れて聞こえる。
「まぁ……乱暴な手触り、ですのね。女のどこを触っているのか、分かっているのですか?」
果たして、這わせた指は空を切らず、圧倒的なまでの質量に溶けるように食い込んだ。
「んっ……! そんな、もぎ取るような勢いで……恥ずかしい、
なんだこの、インパクトはっ。
「――――っ」
蕩けるような手触り。
「あぁ、お許しくださいませ……このような公共の場でなんて、私……困ります……」
押せば返す瑞々しい肉の感触。
「――――ッ」
それでいて重さを支えた指は衣服から離れず、むしり癒着するかの如く食い込んでいくっ。
「指だけでなく、唇まで……ですが、乳飲み子のように求める魂を、一体誰が諌められましょう……」
それはあまりにも豊かな――
「――――っっ」
さながら、大地の実りを連想させる――
「ああ――指だけでなく、唇まで使うなんて――」
大ボリュウムな、何かだった――――
「――――――――――」
「まるで底なしの黒洞のよう……いいえ、呼吸にあえぐ魚のような……魚の……ような……?」
「…………」
本能が酸素を求めていた。
柔軟性と質量で空気が遮断された中、ただ呼吸だけを要求していた。
「ふ、不覚です! 私の不注意でした、この胸で貴方の呼吸を妨げていたなんて。申し訳ありません、すぐに起き上が――」
上へ持ち上がっていく超重量。
大気に飢えた肺へ空気が流れ込む。
「あっ」
「――――☆!!!!?★!??」
再度襲来する重みの幸福が、後頭部を床に叩きつける。
「……いたたた」
ようやく起き上がる。
いったいなにをしていたのだろうか、自分は。
何かすごいものを受け止めて、前後不覚に陥っていた気がする。
気を取り直して顔を上げると、目の前には見慣れない女性の顔があった。
「良かった、気がつかれたのですね!」
如何にも
禁欲的なイメージと相反し、ボディラインを強調した尼僧服が美貌を際立たせる。
「あぁ……ほっとしました。ありがとう、可愛い学生さん。お名前を伺っても?」
女性は安堵の顔で、こちらの手を握ってくる。
近すぎる顔と、かがんだ姿勢のせいで視界にちらつく実りでが声を上ずらせる。
「岸波……は、白野……です」
「岸波白野さん、ですか。良いお名前をお持ちですのね。このお礼はいずれ、必ず」
深々と頭を下げられた。
「それでは、また後ほど。この先もどうかよろしくお願いしますね、素敵なマスターさん」
去っていく美女。
またしても、気になるワードが残された。
さっきから耳にする『マスター』とはいったい何のことだろう。
それを問い質そうとするが、割って入った声がすべてを持って行ってしまう。
「お久しぶりですね、ハクノさん」
「……」
「……」
階段の上から、ゴミを見るように見下ろしてくる特注の赤い学制服はレオだ。
最近転入してきた貴公子は、ブロンドの髪を朝日に輝かせながら、苦笑した。
気まずいが、手を挙げて挨拶する。大事なコトだ。
「……や、やあ」
「おはようございます、ミスハクノ。朝からお盛んですね」
天使の笑顔で告げて、レオは踊り場の上から微笑んだ。
階段の上から一部始終を見られていたらしい。
既にHRの鐘も鳴り、教室にいなければならない時間帯のハズ。
いつも黒髪のお兄さんに送って貰っている彼が、何故こんなところに?
こちらの疑問を雰囲気で察したのか、王子様は「どうやら、まだのようですね」と呟く。
虚しい現実逃避に走りながら、レオを追う形で教室に向かって行った。
▽
2年A組の教室に入る。
色々あったがHRはまだ始まっていない。
自分の机に座って、気を落ち着けてると友人の間桐慎二が話しかけてきた。
「やぁハクノ。めずらしく今朝はギリギリじゃないか。真面目なだけが取り得のクセに」
ずいぶんな物言いに聞こえるかもしれないが、しかし悪意を感じさせないのが彼の美点だ。
「ああ、もしかしてPiece Journalに嵌っちゃってた?」
Piece Journal、通称“PJ”と呼ばれる巨大掲示板のことだ。
情報共有のための掲示板ではなく、ディープでマニアックな知識層……自称・専門家のサロンのような場所である。
実際、慎二のような本物が集っているから、私のような凡人には無縁の世界だ。
「はは、やめとけって。あそこはお前みたいな凡人が行っていい世界じゃない、アレは選ばれたプレイヤー……そう、一握りのゲームチャンプだけが発現し、信者を得るべき場所だからね!」
世界第二位のお言葉通りだった。
現在バトルスコア七千八百万、ワールドランキングでもNo.2という天才の城だ。
前にログを見せて貰ったが、この世界二位、すべての煽りに丁寧に煽り返している。
律儀なのかなんなのか、少し感心するほどだった記憶がある。
こんな風に、自意識過剰とエリート思想と自己顕示欲が焦げるまで煮詰めたような人物だ。
何故か自分とは長年の腐れ縁で、互いに話しかけあっている。
大口に似合うだけのマルチな才能を学業、ゲーム双方で発揮している。
『あれで空気が読めていれば本当にアイドルなのに』
……というのが女子達の総意だとかなんとか。
女子達の総意に私が含まれていないところは、少し引っかからなくもない。
「おや、相変わらずネット上で無双しているのですね、シンジは――ふっ」
今日も絶好調の慎二に、レオが含みのある笑いを投げかけた。
「は? なんだよ今の笑い。、レオ、お前なにか言いたいことがあるのかよ。文句があるってなら是非ともスコアで語ってほしいね」
「いえ――先ほどリアルで無双している方を見てしまいまして。格差社会の残酷さというものを、再認識しました。僕も考えを改める事になりそうです」
……レオの涼しげな笑顔はこちらに向けられている。
やはりさっきの階段での一件を言っているのだ。
レオ・B・ハーウェイ。つい最近、この学園に転入してきた美少年。
世界有数の巨大財閥の御曹司にして、飛び級の天才児。
はじめこそ育ちの違い、能力の違いに怖じ気づいていたが、今は何気ない世間話を出来る仲になっていた。
なにかのきっかけで自分たちとレオは打ち解けたのだが、すぐに思い出せない。
ということは、どこにでもあるような出来事によるのだろう。
「ところでシンジ。PJではまだ例の――聖杯戦争、とかいう噂は立っているのですか?」
「あぁ、立ってるよ。“いざ競い合え魔術師たちよ。聖杯は勝ち残った最後の一人の、いかなる望みをも叶えるだろう”なんて、手垢のついた触れ込みでさ。運営すら謎だし、参加法もさっぱり。胡散臭いったらないよ」
聖杯戦争――
その響きは、どこかで――
「ですが興味は湧きますね。いかなる願いも叶える、ですか。もしハクノさんなら、どんな願いを口にしますか?」
「私? 私は……」
そう言われて、考える。だが思いつくこともなかった。
欲しいものはいくらでもある、けれどどれも『努力すれば手に入るもの』に過ぎない。
どんな願いも、という言葉には『どうやっても手に入らないもの』というニュアンスがあるように感じる。
私は、そんな大それたものを求めるほど大きな人間じゃない。
強いて挙げるなら、学食の年間フリーパスくらいだ。
「そうですか。ハクノさんらしいですね」
「そういうレオはどうなんだよ。みんなが驚くような願いとか、あるんじゃないの?」
私も慎二の問いに興味がある。
世界でも指折りの大富豪、その御曹司はどんな願いを持っているのだろう?
「勿論です。僕はそのために月海原へ転入して――」
「え? レオは確か――」
「……おかしいな、僕の転入理由は父の都合……でしたよね?」
「お前、どうかしたのか?」
そうじゃないか、と慎二が答える。
レオは彼のお兄さんと二人で月海原へ転入してきた。
半年だけの在籍だが、その事実だけははっきりと記録している。
「ええ。きっと思い違いでしょう――そうだ、次はユリウス兄さんに聞いてみましょうか。兄さんはあれで、面白い願いを持っていそうですし」
「ユリウスさんか。確かに気になるな……」
ユリウス兄さんことユリウス・B・ハーウェイ、レオの兄である。。
曰くレオの執事兼お目付役であり、身の回りの世話はすべて彼が行っているとかなんとか。
高級車で正門前まで送り迎えするその姿は、全校生徒の憧れの的だ。
教職員免許もあり、一度だけ代理で社会の授業を受け持ったこともある。
それが人気に拍車をかけているのは事実だ。
やや影のある二枚目は本来の担当教諭と変わらないはずだが……。また格差社会だった。
「……あのさァ。なんで、そこであの陰気な兄ちゃんの話になるわけ? 今の流れで“どんな願いがあるの?”って次に聞かれるのは僕だよね!?」
「はいはい、それじゃあどんな願い?」
「は、お前も頭が悪いねハクノ! 僕の親友でありながら、そんなことも分からないなんてさ!」
ナンバーワンチャンプになって出直せ、と言った方が面白かったか。
「僕の願いは一つ――『この地上で、誰もが目を見張る
「なるほど。でしたら、欧州のゲームチャンプを倒さなくてはいけませんね」
「
「確かに次のキャンペーンはシンジの独壇場ですね」
――じな子?
何か、つい最近も最近、今朝そんな名前を聞いた気がする。
「頑張ってください。
「ホントだな!? 聞いたかハクノ、来週はレオの豪邸でシンジOH祭りだ! 楽しみにしておけよな!」
「うん。楽しみにしてるね」
そんな、益体のない話をしていると、HRのベルが鳴った。
まぁベルが鳴ろうと鳴るまいとあまり変わらなかったりする。
今日も、我がクラスの担任の野獣のような足音が廊下から響いて――
「……あれ?」
――こない?
不審に思っていると、ドアが静かに開かれ、スーツ姿の人物が入ってきた。
その鬱々とした顔色が放つ雰囲気に気後れしているのか、誰も一言も発さない。
男性――見た目からして、十代後半から二十代前半だろう――は無感情な眼差しを真っ直ぐに、教壇に向かう。
「藤村先生の代理として自分がHRを行なうことになった」
黒板に名前を書くこともせず、淡々と出席簿を開く。
社会科教諭、葛木宗一郎の痩せた長身がこの時間に教壇にあろうとは。
今日は色々と食い違いの多い日だ。
Fox tail要素はないです。
ただしちょっと駆け足気味。
原作まんまのところダラダラやっても仕方ないでしょ的な。