Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 ついに来た別れの時。
 周の旅が終わるのはもうすぐです。


閉幕:別れと再会

 岸波白野を下した南方周が校舎に帰還すると同時に、スピーカーから聞き覚えのある声でアナウンスが流れた。

『おめでとう。全ての願いを踏破、或いは蹂躙し勝ち残った、ただ一人の魔術師よ。聖杯戦争は、今ここに終結した』

 深く重い男性の無機質で事務的な声はさらに続ける。それに耳を傾け、周は改めて自分が勝者となった事実を認識する。

『勝者に今、聖杯への道を開こう。さあ、改めて決戦場の扉を開けたまえ』

 突然の聖杯戦争終結を告げるアナウンスに驚いて個室から飛び出し、一階の階段前に飛び降りた美沙夜が周を出迎えた。

 涙に溢れる瞳と震える唇の意味を彼が理解しているかは定かでない。が、自分の言葉で伝えるべきことがあるのは分かっていた。

 

「約束通りに勝った。俺が優勝だ」

 

 電灯の消えた夜の校舎、月明かりが照らす一階の廊下で向かい合う一組の少年と少女。無感情な黄金の目をした少年はそれ以上、何も言わない。

 ただ静かに、ぽたぽたと涙の滴を廊下に落とす少女を見ている。嗚咽だけは漏らすまいと固く結ばれた口が小刻みに震えているが、それを指摘するほどの好奇心は彼に備わっていなかった。

 しばらく続いた沈黙は、ふと用事を思い出した周がすんなりと打ち破った。

「挨拶回りをしてくる。少し待っていろ」

 言うだけ言ってその場を離れた周の、身長のわりに細長い背中を見守る美沙夜の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れていた。

 

 

 

 

 たった数回、猶予期間中に二度ほど足を運んだ教会の扉を開く。

 正面に鎮座する二人の女性が、興味深そうにこちらを見る。

「なるほどね、今回は君が勝ったわけか」

「順当な結果だ。驚くほどの事でもない」

 感想と呼ぶにも味気ない言葉だった。

 蒼崎姉妹が相当に気に入らないのか、セミラミスが背後で実体化する。蒼崎橙子は不味そうにくわえていた電子タバコを手に取り、蒼崎青子は好奇の目を向けてくる。

「玲瓏館美沙夜を保護してもらい、ありがとうございました」

 無駄な詮索に時間を取られては面倒なので、さっさと自分の用件を済ませる。丁寧にお辞儀をされたところでこの姉妹が動揺するはずもなく、蒼崎橙子は肩をすくめる以外の反応を示さなかった。

「礼などいらん。別にボランティアでしたわけではない。彼女を生かしていたのはこちらの身勝手な都合、ただの打算だ」

「その打算と身勝手さに感謝しているのです」

 蒼崎橙子は「呆れた」と言いたげにため息をつく。

 会話を引き継いだ蒼崎青子は、

「じゃあこれで貸し借りはなし。私たちもなんとか用事に目処が付いたし、君もあの子を聖杯に連れていってあげて」

 語るべき事はなしと手を振ってきた。

 それもそうだ。

 ちゃんと会話らしい会話をしたのはこれが最初なのだから、初対面と大差ない関係にある。そんな人間と話すことなどそう多くはあるまい。

 後は聖杯を目指すだけだ。

 蒼崎姉妹に背を向けたところで、蒼崎橙子と蒼崎青子が同時に俺を呼び止めた。振り返る直前、ほんの一瞬だけ教会の大気が急速に張りつめた気がした。

「君は聖杯に何を祈る? いっそ全人類の救済でもさせるか?」

「それとも世界を自分の手中に納めるとか? とんでもない願いだって、聖杯なら叶えられるからね」

「俺はただ、ムーンセルから出たいだけです。それでは、お世話になりました」

 人類救済?

 世界征服?

 そんなことは英雄に任せておけばいい。俺は静かに、世界の隅っこで平穏に暮らしていけるなら不満なんて何もない。

 そして今度こそ教会を出る。

 この門を再び潜ることは二度とないだろう。

 後は美沙夜を拾って、決戦場への扉を開くだけだと足早に校舎へ向かおうとした。が、俺の道を阻む存在がまだ残っていたらしい。

 噴水の向こう側で佇んでいる言峰神父と目が合ってしまった。

 逃げようにも逃げられないので、半ば諦めるように神父と対面する。

「おめでとう、最強のマスターよ。君の知恵は誰よりも聡く、万能の願望機を手にするに相応しい領域へと到達したのだ」

「何を今さら聖職者らしいことを。わざわざ待ち構えていたくらいだ、そうまでして言いたいことがあるんだろう?」

「これもまた私の本心だよ。モデルとなった人物は人格こそ破綻していたが、聖職者としての信仰心は実に純粋だったようでね」

「知るかそんなこと。人を待たせている。さっさと済ませてくれ」

 相も変わらず人を小馬鹿にした、胡散臭い表情のまま皮肉げに鼻で笑った神父は、急かされて本題に入った。どこまでも嫌な性格をしている男だ。

「君は聖杯をどこまで知っている?」

「起こり得た過去と起こり得る未来をほぼ全て認識、予知する無謬にして万能の観測者である演算装置。俺が歩き回っていた足元にあるモノ、か」

「実に素晴らしいマニュアルじみた解答だ。……さて、NPCでなければ君とはじっくり語り合いたいが、それは私のシステム上叶わない。名残は尽きぬが、行きたまえ、今回最強のマスターよ。君の愉悦の形は、熾天の玉座に行けばおのずと分かるだろう」

 蒼白い月明かりが濃い影を作る言峰の顔には、これまでと同じ冷笑が浮かんでいる。

 それは、俺の愉悦が自分のオリジナルに匹敵する歪みであると見抜いているからか。聖杯に問うまでもない、言峰綺礼とセミラミスから期待される人間が健全な精神をしているはずがないだろうが。

 別れの挨拶代わりにこちらも鼻で笑い返し、有らん限りの皮肉を込めて言峰神父を見返す。

「俺はあんたと口も聞きたくないな。これでもう二度と会うことないだろうさ」

 捨て台詞を残して、美沙夜の待つ一階の階段前に向かう。あまり待たせて、ネチネチと嫌味を言われるのは癪に障る。

 

 

 

 

 決戦場へのエレベーターに乗り込んでから、かなり長い時間が経過した。終着点はこれまで以上に下となっている。

 どこまで深く深く降りていくエレベーターがようやく止まる。俺にセミラミス、美沙夜にハサンと大所帯で外に出ると、アリーナと同じ無愛想な床が一直線に伸びていた。

 聖杯のこの長い道の先にある。

 歩き始めると、左右から見覚えのある映像が次から次へと流れてきた。そのほとんどは顔も名前も知らないマスターたちだが、中には俺の対戦相手となった連中の姿もある。

 彼らの戦いは常に途中で途切れている。

 俺の映像もあるにはあるが、サーヴァントが戦っている光景は数えるほどしかない。それでも途切れることなく、流れる映像が減っていくのもお構いなしに続いていく。

 その果てに聖杯があると言わんばかりだ。

「色々あったわね。――本当に」

「……ああ、本当に色々あった」

 美沙夜の言葉に、これまで過ごしてき暗躍の日々を思い返す。自分のしたことながら、随分と酷い聖杯戦争になってしまった。

 これほど誰も報われない物語があるだろうか。

「ここまでの道のりはどうであれ、最後に勝ち残ったのは他ならぬそなただ。我が主よ、たまには胸を張れ」

「聖杯を手繰り寄せたのは貴方の采配あってこそ。故にこの結末だけは、勝者たる貴方にしか誇れないのです」

 ため息をついたわけでも項垂れたわけでまないが、どんよりとした雰囲気でも漂わせていたのだろう。セミラミスとハサンに自己嫌悪していることを見破られてしまった。

 ……つくづく俺の性格は暗いな。

 自分の能力も性格も人に誇れるものではないと自覚していたが、確かに、聖杯戦争に勝利したことだけは自慢できよう。

 筋肉の少ない痩せた身体だが、凱旋の時くらいは堂々としよう。俺に力を貸してくれた三人のためにも、精一杯に胸を張ろう。

 歩く速度は変わらずとも、顔をあげて。

 998人のマスターたちが道半ばで斃れ、志半ばで果て、息絶えて完成した聖杯への階段を築き上げたのはこの俺なのだから。

 そして、たった今、流れ行く映像で岸波白野が死んだ。

 

 

 

 ――さあ、行こう。聖杯は近い。

 

 

 

 

 

 

 長い長い道は唐突に終わりを告げた。

 強烈な光に包まれ、白く染まった視界に色が戻ってきた俺は、途方もなく広い空間に立っている。

 足元には薄く水が張られ、空は雲一つなければ太陽もない有り様。何もかもが不自然なこの空間にあって、最も異質なオブジェクトが虚空からこちらを真っ直ぐに見つめている。

 人類にとって未知の文明が作り上げたアーティファクト、それだけでこの存在感だ。

 一見すれば巨大な立方体の形状を取った異物に過ぎないが、注視すれば嫌でも気づくだろう。立方体の内部は闇が支配し、そこから覗く一対の禍々しくも神々しい瞳。

 月の頭脳と呼ぶべきムーンセルの中心。セラフを作り出している大本にして、七つの(ソラ)を描いていた、七 天 の 聖 杯(セブンスヘブン・アートグラフ)。意思を持たぬ神々のカンバス。

 ――――だったものだ。

 感動はあるが、それはまだ早い。

 周囲に散乱する無数の石柱とすれ違い、聖地なのか墓地なのか判然としない空間の中心へ進む。

 崩れた石柱が積み重なった小さなピラミッドに腰かける白衣姿の男が、足音に気づいて顔をあげる。

 二十代半ばの若い顔だが、表情は固い。眼鏡の奥にある瞳は気味の悪い使命感を宿している。そのままゆっくり立ち上がると、手を叩きながら脇に移った。

「やあ、待っていたよ。君が聖杯戦争の勝者だ」

 敵意を滲ませる背後の三人をよそに、男は聖杯戦争の開幕と閉幕を告げたあの声で続ける。

「祝祭の一つでもあげたいものだが、生憎ここにそんな機能は無くてね。すまないが私からの拍手で勘弁してもらいたい」

「貴様は何者か。何故、ここにマスターがおる」

 凄まじい殺気を孕んだセミラミスの指摘に臆することなく男は拍手を止め、空虚を放ちながら一礼する。

「これは失礼した。では、自己紹介を。私はトワイス。トワイス(Twice)・H・ピースマン(Pieceman)という人物を再現したNPCだ」

「…………NPC? その左手にあるのは令呪でしょう。見え透いた嘘なんてお止めなさい」

 セミラミスほどでないが、警戒心を露にした美沙夜の追及にトワイスは淡々と弁明する。

「確かに私は聖杯戦争に参加するマスターで、サーヴァントを従えていた。しかしそれは過去の話に過ぎない。今の私はサーヴァントを失った、君と同じはぐれマスターだよ」

 その証拠として、トワイスは左手の甲に刻まれた聖痕を示した。聖杯戦争への参加資格である三画の令呪は掠れ、彼が美沙夜と同じくサーヴァントを失いながら生存しているイレギュラーだと示していた。

 一先ず脅威となり得ない存在と認められたトワイスは掲げた左手を降ろし、適当な石柱に再び座り込んだ。

「別に君たちと敵対するつもりはない。私はただここにいるだけの、無力なAIなのだから。――さぁ、南方周。君には果たすべき約定があるはずだ。聖杯にその願いを伝えたまえ。勝者の声は必ず届く」

 トワイスが示す先には、真の意味で聖杯となったムーンセル・オートマトンが鎮座している。

「……だそうだ。では、契約を果たすとしよう」

「――待って」

 美沙夜と玲霞、二人の祈りを代わりに聖杯へ伝えようとしたところで、何故か美沙夜が俺を呼び止めた。振り返ると、

「私は、貴方と――」

「俺と、どうする」

「い、一緒に……」

 言い澱む美沙夜の言わんとしていることは分からない。だが、それは玲瓏館美沙夜という少女には許されない、誤った選択肢であることは分かっている。

 今の彼女は、かつての支配者として背負っていた物を捨てようとしている。それを見逃せるほど、俺はいい加減な人間ではない。

「美沙夜、お前の過去は知らないし興味がない。だがな、これまで高みからさんざ俺を罵っておいて、自分の意思でここに降りて来るのは許さない」

「………………」

「役割を果たせ。お前にはちゃんと、産まれてきた理由と意味がある。お前を必要とする人間が待っているんだ、あまり待たせてやるな」

 精々、運命に押し潰されないよう必死に踏ん張っていろ。その肩にのし掛かるモノの重さに苦しみながら生きるがいい。

 それこそが玲瓏館美沙夜に相応しい生き様だ。

 俺には逆立ちしても出来ない、誇りに満ちたあり方がこの少女にはよく似合う。

「……玲瓏館美沙夜にかけられた呪いを始めから無かったことにして、彼女を外に出せ。そして、子供たちが親に愛される世界を」

 果たして、俺の言葉はつつがなくムーンセルに届いた。願望機として完成したムーンセルは、自らの権能が成し得る限り忠実に願いを叶える。

 呪いが過去に遡って完全に消え去り、かつての美しさを取り戻した美沙夜は涙を流しながら徐々に薄らいでいく。

「じゃあな。それと、これまでありがとう」

「大切な人を助けるのは当然のことよ。……じゃあね、私の王子様。さようなら」

 涙に濡れた満面の笑みが、美沙夜の見せた最後の表情だった。とても普通で、真っ直ぐな少女の笑顔は俺にとって眩しすぎる。あの輝きは俺には必要ない。

 セミラミスの隣に侍る百の貌のハサンも、黒いノイズに包まれ消え去る間際に深々と頭を下げた。主人への忠義を果たした暗殺者もムーンセルへと還り、最初に出会ったセミラミスだけがいる。

 それを待っていたかのように、『彼女』がついに姿を現す。

 月の聖杯、事象選択樹(アンジェリカケージ)をその小さな掌に納めた神が降臨する。

 天使の七翼を宿した無垢なる(悪魔)

 南方周を拾い上げ、マスターに仕立て上げた諸悪の根元にして、根源に繋がった魔術師(メイガス)――――根源接続者として生まれた、正真正銘の最強が。

 

「流石はお兄ちゃんだわ。あの邪魔なバグを消し去ってくれてありがとう」

 

 

 その存在だけで空間が瞬く間に張りつめる。

 トワイス以上に濃密な存在感を放ちながら、幼く可憐な童女がピラミッドの頂点に降り立つ。

 

 少女の形をした神の名は沙条愛歌。

 

 この聖杯戦争を狂わせた張本人だ。




 最後の周が美沙夜に言った台詞は嫌味三割、嫉妬三割、怒り三割、優しさ一割です。
 道具として見ていても、それなりに感謝の気持ちがある台詞になっいるかどうか。


 トワイスさんは控え目。
 そして立川市在住のあの方は不在。

 全ての答えは次回へ続きます。

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