Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 ふと気がつけばUAがついに100000件を突破していました。
 月の聖杯戦争はクライマックス、少しでもお楽しみいただければ幸いでございます。



最終決戦:終わる因果

 白野と周が拳と刃の応酬を繰り広げている謁見の間から離脱したセイバーを、セミラミスが容赦なく追撃する。対人宝具『復讐は嫁入りの後で(サンマラムート・セミラーミデ)』による猛攻を凌ぎながら、赤い皇帝はひたすら庭園の奥を目指す。

 廊下という廊下、広間という広間に咲き乱れる血色の華を避け、天井から床から際限なく突き刺さる艶めく鮮血の杭を回避する。

 大神殿クラスの効果を発揮する対界宝具『虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』内部では、セミラミスに不可能などない。無尽蔵に供給される魔力の恩恵もあり、彼女の宝具は実に変幻自在である。

 必死になって最深部―逆しまの庭園なので実際は最上部なのだが―にたどり着いたセイバーを、全く消耗していないセミラミスが待ち構えていた。極彩色の多種多様な植物が咲き乱れる庭園に浮かび上がる漆黒のサーヴァントが、獲物を見つけて微笑む。

「どうした暴君。息も絶え絶えではないか」

 毒々しい笑みにセイバーは、

「追い掛けられるのも悪くはないぞ。そなたも試してみよ、中々に刺激があってよいものだ」

「解せぬ趣味よ。まあ、最期の一時くらいは好きにさせてやろう」

 「我も鬼ではないからのう」とセミラミスはクックッと嫌みに笑う。

 この何気ない挙動にすら男は魅了され、彼女の言いなりとなってしまうのだ。この性質はまさしく男を蕩かす『女』という名の毒だ。

 無差別に毒を振り撒く強欲な女が最後の敵として立ちはだかったことに、セイバーは苦笑する。淫蕩で私利私欲に満ちた実の母、小アグリッピナに生き写しの女性サーヴァントが相手とは、何たる皮肉か。

「……運命とは、ままならぬものだ」

 ぽつりと呟いた皇帝は剣を構える。

 如何に支離滅裂な物語であろうとも、その幕引きは鮮烈でなければならない。

 対戦相手はこのおかしな聖杯戦争を締めくくるに相応しい難敵である。奏者は全ての壁を乗り越えた。次はサーヴァントである自身が、過去の幻影を振り払う時なのだ。

 全ての因縁に決着をつけるには相応しい舞台だとセミラミスの庭園を称賛したい気持ちを抑えて、意識を刃に集中させる。

「末期の祈りは済ませたな? 赤き暴君よ、別れの品として貴様には『死』を贈ろう」

「そなたの断末魔を凱歌として、余の奏者は聖杯に至る。黒き暴君よ、今生の別れだ」

 ありとあらゆる因縁と因果を絶つための戦いが始まる。

 先手はセイバー、三連続の斬撃を放つ『花散る天幕(ロサ・イクトゥス)』で強烈な先制攻撃を行う。後手に回ったセミラミスは慌てることなく魚鱗の盾でそれを受け止める。神性スキルを有さない英霊にこの盾は破れない。どれだけ攻撃力があろうと、鱗の表面に浅い傷が入るだけだ。

 懐に入られたことを気にする風もなく、セミラミスは至近距離のセイバーに宝具で死角から多重攻撃を仕掛ける。『秘薬・凄絶なる教皇一族(ボルジャーノン・カンタレラ)』の蔦で一息に絞め殺そうとする。

 壁から生えた真っ白な無数の蔦がうねり、絶え間なくセイバーの首や四肢を狙って迫る。

 直感的に危機を察知したセイバーはたちまち蔦を二本三本と斬り捨てるが、攻勢は衰えない。

 多種多様な毒薬を操る女帝の罠に嵌まっていると気付くのはまだ先の事だ。

 可憐な蝶は毒蜘蛛の巣に絡まった。後はもがき暴れて衰弱したところを食われるのみである。

 

 

 

 

 蒼銀の剣と濃緑の拳が激突し、二人の少年は衝撃がもたらす激痛に顔を歪める。

 籠手が刃を受け止めれば大気が震え、剣が拳を防げば床が揺れる。絶大な力のぶつかり合う炎の結界に閉ざされた闘技場に立つのは、聖杯戦争に参加し、ここまで勝ち進んだ最後の二人。

 人間の身には強大すぎる力を手に入れた岸波白野と、力と引き換えに半分人間をやめた南方周が繰り広げる殴り合い同然の戦いは、双方の疲弊に構うこと無く、勢いが衰えることなく続いていた。

 剣を振るうたびに刻印蟲が骨肉を蝕む激痛に襲われる白野と、自身の根源と礼装の効果で痛覚だけが伝わる不快感に苦しむ周は、躊躇なく必殺の一撃を叩きこもうとする。

 血管が浮き上がり右目の白濁した死人の如き様相が歯を食いしばり周の首を切り裂く。

 黄金に輝く蛇の目をした人間らしからぬ容姿が腰を落として白野の顔を殴打する。

 斬られた首は何故か胴体と繋がっており、放った拳は照準がずれて浅くしか入らない。

 一度距離を取って睨み合う二人は互いに毒づきあう。

 

「さっさと死ね、化け物が」

「化け物はお前の方だろう」

 

 白野の命を糧に燃える炎の結界に衰えはない。

 端から見れば瀕死に思われてもおかしくない状態でありながら二人はむしろ冷静で、相手の能力を分析する余裕すらあった。それは双方とも正解なのだが、どちらとも全て壊してしまえばいいという安直な結論に至ってしまい、あまり意味がなかった。

「どうした最弱、もう身体が限界か?」

「ほざけよ最悪、死ぬのが怖いのか?」

 悪態もド直球、痛いところを突かれた二人はしばし沈黙する。

 マキリの刻印蟲とアトラス院の演算装置による超過負荷を受けて肉体が内側から崩壊し始めている白野と、この期に及んで死への恐怖しか抱けない自分を嫌悪する周はゆっくりと相手を見る。どちらも既に人間と呼ぶには逸脱した存在となりつつあった。

 どちらの手も血にまみれ、背負う十字架の重みは凡人に耐えられる域を超えている。

 澱んだ暗い緑色の籠手で武装した周は魔力を拳に回す。その細い背中にのし掛かる十字架など彼にはない。そんなものに意識を割くほど、彼がまともな性格をしていれば白野もここまで堕ちることはなかっただろう。

 今や呼吸をするだけで全身が激しく軋む白野もまた、もう少しばかり慎重に動くことが出来れば運命は変わっていたかもしれない。

 だが、それらはあり得たかもし(・ ・ ・)れない(・ ・ ・)というだけで、無限に存在する可能性の一つに過ぎない。

 

 現実はここにある。

 

 打ち倒すべき敵は目の前に。

 

 それを成し得る武器は己が手の中。

 

 逃げ道はなく、両者ともに背水の陣。

 

 人間は剣を、魔性は拳を構えて対峙する。

 次の一撃が決着となるだろう。

 特に根拠があるわけではない。

 だが、二人には分かっていた。

 聖杯戦争(こ れ)は元より、一人のマスターのみが生き残る生存競争。私闘を止めるムーンセルの介入が無く、双方に踏み止まる意思はない。

 ならば後は―思うがままに激突し、どちらが砕け散るかその身をもって試せばいい。

 

 

『人間/ヒトの形態/カタチを真似たバグ/悪魔が……電子の海に溺れ滅びるがいい!!』

 

 

 生死を賭した終幕の一撃を放つ二人が吼える。

 偶然の積み重ねによって偶発的に産まれた本体を持たないマスターと、全てを拒む孤独な少年の不幸な物語は――間もなく終わる。

 

 

 

 

 セイバーには何故このサーヴァントがあのマスターに忠実なのか分からなかった。色と暴虐を好み、他人の不幸に微笑む悪女が、あのように破綻した人間を慕うなど考えられなかった。

 魂の美しさも、人間としての強さもない。

 機械的で閉ざされた心。

 凍りつき、冷えきった血潮。

 

 ――あれは周囲を尽く不幸にする。余とも、母上とも違う性質ながら、人を狂わせる。

 

 嵐のような人間はおいおいにして現れる。

 セイバー自身も、あのサーヴァントも、これまでに戦ってきた強敵たちも―大雑把にまとめればそういう種類に属する。

 

 ――ううむ、何とも気になるではないか! ええい! こんな時だと言うのに俄然興味が湧いてきたぞ!

 

 柱と柱の間を駆け抜け、毒の宝具による猛攻をかわすセイバーは花壇と手摺を足場にしてセミラミスの頭上へ飛び上がる。

 そして――

 

「そなたはあの魔術師に惚れておるのか!?」

 

「――――――――な!?」

 

 高らかに問い掛けると同時に、颯爽と階下へ舞い降りた。

 動揺が見て取れただけで十分だった。

 混乱の隙に全力の一斬を叩き込もうと全身全霊で剣を振り下ろす―はずだった。

 

「……『死を想え(メメント・モリ)』、貴女の国に伝わる言葉でしたか」

 

 完全に無防備だったセイバーに腹に短刀が突き刺さる。防具などろくに装備していない彼女に重傷を与えた白貌の黒影が嗤う。

 南方周が従える第三のサーヴァント、アサシンが暴君たちの間に割って入り、セミラミスの窮地を救った。混乱から立ち直った女帝は赤らめた顔を左右に一、二度振るう。

「大義である。が、これ以上の手出しは許さぬぞ。群れなす暗殺者よ」

「御意。後はそちらに託します」

 女体の影は頭を垂れ、短刀と共に姿を消す。

 セイバーの腹に穿たれた穴からは止めどなく鮮血が溢れ、足元に赤い血溜まりを形成する。セミラミスの毒によって視界がぼやけ始めたセイバーは、数歩下がり間合いを取る。

「ぐ……ここにきて毒を食らうとは……」

 対象の五感を狂わせ麻痺させる神経毒『毒蜘蛛舞踏(タランテラ・ウント・)死と乙女(ダス・メイヒェン)』 で意識を繋ぎとどめるのも精一杯のセイバーに、セミラミスは微笑みを向けた。

「愚かな暴君……いや、童女よ。そなたはどう足掻こうと毒から逃れられぬ。我と戦うことになったのは、神が定めたもうた運命であろうよ」

 足元が定かでないセイバーは毒蜘蛛に噛まれた乙女さながらに、よろよろと、今にも転びそうな足取りで舞踏のような動きを繰り返している。

 果たして女帝の声が聞こえているのだろうか。それすらも甚だ疑わしいが、闘志の炎はむしろ勢いは増した。

 隕鉄の鞴『原 初 の 炎(アエストゥス・エストゥス)』を必死に構える。

 それを見てもセミラミスは悠然と、挑発的な笑みを浮かべてセイバーを見た。吹き出しそうになっているのを堪えている嫌な表情のまま、赤い皇帝を哀れんだ。

「そなたは実に不運な奴よ。今の姿と比べれば、生前の方が遥かに幸福であろうな」

 クスクスと笑いのこぼれるセミラミス。

 死に物狂いで毒に抗うセイバーは、背後から迫り来る敗北の足音に気付かなかった。童女の最後を見届けるべくハサンたちも全ての人格を独立させている。

 

「我が主への功労に対する褒美、受け取るがよい」

 

 女帝が主には決して見せまいとしていた、邪悪な本性を惜しみ無くさらけ出した笑顔で呟く。

 一瞬、母親(アグリッピナ)によく似た気配を察知したセイバーの背後に、毒のダメージが蓄積し二回りほど膨れ上がったスパルタクスがたどり着いた。

 

「…………――――  」

 

 空を裂く轟音を伴って振り下ろされた小剣(グラディウス)が、セイバーの華奢な身体を斬り捨てた。

 

 前に向かって崩れ落ち、床に倒れた暴君の身体が自身の血に溺れる。

 紅蓮の長剣が乾いた音を立てて転がると、スパルタクスは、はち切れんばかりに筋肉の隆起した両腕を天高く掲げて歓喜した。

 

「雄々々々々々々々々々々――――!!!!」

 

 西へと沈みつつあった紅き太陽は地平線に消えた。

 勝利の喜びを庭園が震動するほどの雄叫びで表す反逆者を余所に、女帝は黒い靄に包まれていく少女の骸を無視して広間を出ようと扉に手をかける。

 それをシャーミレが呼び止める。

「どちらに行かれるので?」

 

「主の元に決まっておる。そなたらも来るか?」

 

 首だけで振り返ったセミラミスの表情は、長く艶めいた黒髪に遮られて見えなかった。ハサンたちは無言で霊体化し、姿を消した。

 俯いたまま、女帝は廊下へ出る。

 塵と消えたセイバーを看取る者はいない。

 

 

 

 

 謁見の間に戻ったアサシン二人が最初に見たのは、頭部が吹き飛んだ岸波白野だった何かと、その傍らで立ち尽くす顔色の優れない南方周だった。

「勝ったか」

「ああ、勝った」

 セミラミスの問いは短く、周の答えは簡潔だった。

 沈黙した周の隣に並んだセミラミスは、静かな声で

そっと囁いた。

 

「よくやった、アマネよ。そなたが聖杯戦争の勝者となったのだ」

 

 七回戦はマスター・岸波白野とサーヴァント・セイバーの敗北()で幕を閉じた。

 

 

 本戦に参加した127人のマスターを退けて、南方周が聖杯戦争を制したのである。




 セミ様の毒はそれなりに知名度のあるヨーロッパの秘毒や毒蜘蛛の伝説がモチーフです。


 終わりました。
 ついに聖杯戦争が終わったんですよ。
 セミ様が初めてまともなサーヴァント戦をして、原作では真っ先に途中退場した百の貌のハサンが最後までいい仕事して、スパさんがちゃんと本懐を遂げられたんです。

 これでFate/EXTRA SSSも残り僅かとなりました。
 最後の最後までお付き合いのほどをどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは次回までさようなら。

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