今回はヤンデレ成分ゼロとなっております。
でも、ヒロインが殺し合いの喧嘩をするのはTYPE-MOON作品なら常識なんですけどね。カニファン的に考えて。
どこだろう、此処は。
うすぼんやりとしてはいるが、いつの間にやら俺は兵器の残骸が散らばる丘に佇んでいた。
どうしてか
どこで見たのか。
どうして知ったのか。
つまり、これは夢の類いなのだろう。ムーンセル、正確に言えばセラフで夢を見ることはあり得ないそうだが、そもそも俺自体があり得ない存在なのだから気にすることもない。
奇妙な浮遊感の気色悪さに少し不満感を抱きながら、相対する一組の少女たちを観察する。
膝を屈した赤色の外套をまとった戦士風の男と亜麻色のゆるやかなウェーブがかった髪の少女。こちらはかなり疲弊している。男は全身傷だらけで、少女は息も絶え絶えだ。
もう一方は、黒の際どいボディコンを着た妖艶な美女といやに長身でボーイッシュな女子。美女は鎖付きの短剣を構え、女子は腹の立つ笑顔で少女を見下ろしている。
「君が彼を大事に思っているのはよく分かったよ。それについてはボクも認めよう。でもね、ボクはライダーを愛している! 心から――誰よりも!!」
あの女子は頭のネジが飛んでいるらしい。
何を言っているんだと呆れ果てる俺を無視して、女子はさらに熱弁を奮う。
「ああ、君たちもまた愛し合っているのかもしれない。しかしそれは未来がない、その先がない終わることが前提の諦め混じりなんだ。自覚はないかもしれないけどね、僕を倒したらもうすぐこの関係は最後だと思っている。――そんな熱のない想いに負けるわけにはいかないんだよ。月から出たら、みんなで暮らそうと約束した。僕にはその約束を守る義務がある…………だから『 』、君はここで死ね!!」
立て板に水の勢いでまくし立て、不快な笑みの仮面を脱ぎ捨てて燃え盛る感情を躊躇なく解き放つ。美女―ライダーの雰囲気に変化はない。力尽きかけた少女の名前を女子が叫んだと同時にライダーは宝具を発動し、地面に展開された魔法陣から放たれる光が周囲を満たして――
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ふと目が覚めた。
…………何だったのだろう、あの夢は。見覚えがあるような、無いような、そんな奴らばかりだ。思い出そうとしたが、寝起きのせいで頭が回らない。普段から回っているかどうかは怪しいが。
今日で七回戦も三日目になる。何事もないといいが、そうもいくまい。白野を煽り俺への憎悪をたぎらせることには成功した。結果として顔を殴られたが、まあそれはいい。
美沙夜の豹変は怖かったが、俺が危なくなればセミラミスとハサンに助けを求めよう。
布団から出て身支度を整え、この部屋で唯一、俺が領有する本の山に囲まれたデスクに向かう。昨日、美沙夜から受け取った礼装は持ち歩かないようにしておく。
強力ではあるが、そうホイホイ使えるものでもないのだ。コイツらは。
今日は特に予定があるわけでもない。強いて言うならば白野と接触して、適当に情報を流してやるくらいか。
セミラミスはいつもの天蓋ベッドでスヤスヤと寝ている。あちらは腹が減ったら勝手に起きてくるだろう。……そこに地雷があると分かっていて、わざわざ踏み込んでいくのも馬鹿らしい。
長らく愛用している安楽椅子に腰かけてのんびりと時間が流れていくのを満喫する。やることがない上に娯楽の少ないムーンセルだ、マトリクスを眺めて楽しむのをいい加減に飽きてしまった。
一部のサーヴァントに至ってはもう丸暗記してしまったほどだし。
(……本当に何してるんだよ俺は)
自分も相当の馬鹿だとは自覚していたつもりだが、ああ――ため息が出る。
あの夢が気になって気になって仕方がない。
もう少しで思い出せそうなのに、あと一歩のところで記憶に靄がかかってしまう。
苛々しながら頭を抱えた所で、言峰から連絡が来た。内容は『バグが発生したのでアリーナに行くなら気を付けろ』とのことだ。
安全になるまでは大人しくしておく方がよさそうだ。最悪アリーナに行けなかったとしても、今日はそれで構わない。
しかし、セミラミスはいつまで寝ているのやら。時間を計ってみようか。……あと四日しかないし、バレたら面倒だから止めておこう。
しかし、俺の朝食は今日はお預けか。
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早朝からセイバー強化のためアリーナに入った白野は、最上部近くの開けたエリアに妙な歪みがあるのを見つけた。近寄るかどうか迷っている内に歪みは拡大し、次第にアリーナと同化して消えた。
「何だったんだ、今の?」
「余にも皆目見当が付かん」
不思議がる二人は、安全のためそのまま引き返そすことにした。この先はそこそこ強力なエネミーが多く鍛練には最適なのだが、身の危険を犯してまで進むつもりにはなれなかった。
しかし、運命は岸波白野に平穏を与えない。
最上部へ続く、エネミーも何もいない最後のただただ長い坂道の果てから――あり得ないことだが――サーヴァントの気配がしたのだ。
当然、白野は真っ先に警戒して身体の正面を最上部に向ける。
「セイバー、上に誰かいる」
「奏者よ、これはあのキャスターとは別のようだ。何が起こるか分からんぞ」
「――ああ」
周とセミラミスの放つあの重圧とは異なる気配。重圧であることには変わりないが、絶対的な自信と圧倒的な力を隠さない、本物の威圧だ。
この場で逃げを選択しても、明日になっていなくなっているとは限らない。アリーナ管理AIは一人だけ。ユリウスのような違法術式を用いて延命を図ったのだとすれば、対処は困難だ。
逃げても無駄だと判断した白野は、意を決して最上部に現れた謎のマスターと相対することにした。
長い長い坂道の果てに立つ、ストイックさなど微塵もない最初から本気で待ち構えているマスターの正体は――
「ついでの用事とは面倒くさいね。早くアサシンと彼女に会いたいのにさ」
小綺麗なショートカットにハンサムな顔をした女子生徒が皮肉げに肩をすくめる。右手を腰に当てたスマートな立ち姿や片端だけ吊り上げた表情は捻くれた印象だが、狡猾さを感じさせないのは女子生徒が酷く堂々としているからだろうか。
浅黒い肌の女子は、ライダーとそう変わらないスタイルやニヒルな態度に少女という言葉が似合わない。少年口調ではあるが、黒いストッキングに覆われた脛の半ばまであるスカートと辛うじて女らしくはある。
「その前に私とでしょうマスター。あまり焦らさないで下さい」
「給食だと好物はつい最後に回してしまうんだ。ライダーは最初に楽しむのが好きなのかい?」
「あまり我慢はしませんよ。二人きりなら今すぐにでも押し倒したいくらいです」
「それはボクもだよ。それなら尚のこと、こんな邪魔でしかないお使いなんて終わらせるとしよう」
傍で静かに佇む髪の長い美女とのやり取りの意味が白野には今一飲み込めないが、かなり親しげなようだ。まず指を絡めて手をつないでいる。サーヴァントにそこまで入れ込むこは、かなり相性がいいと判断する基準としては十分だろう。
「ライダーとの一時のために少し痛め付けさせてもらうよ。大丈夫、殺しはしないから」
それまでのマイペースな雰囲気のまま、女子と妖艶なライダーは魔力を練り上げる。
ここでようやく白野は事態の深刻さに気付いた。
「君たちは何者なんだ。聖杯戦争で残っているマスターは俺と周の二人だけのはずだ」
問いに応じる様子はない。女子はニタニタと人を小馬鹿にした笑顔で白野を見ている。ライダーは目がバイザーで覆われているため、表情が分かりにくい。ただ、友好的な気配でないのは白野にも理解できた。
「別にいいじゃないか。殺すつもりはないし、用が済んだらもう会うことはないんだから。ねぇ?」
下校中に少し寄り道する、そんな程度の軽いテンションで物騒な発言をするマスター。そして無言で同意の相槌を打つライダー。
白野が何を言おうと、何を問おうと、この素性不明の二人は退くつもりはない。岸波白野を攻撃する、だがそれだけしかしないと宣言している。
言葉の意味は分かっている。だが理解が追い付いていない。一つだけハッキリしているのは、彼女たちは自分の用件が片付くまで何があろうと逃がしてくれそうにない、ということである。
ここでようやく白野は謎のマスターと戦う覚悟を決めた。セイバーも「羨ましくなどないぞ!」とふて腐れながら紅蓮の剣を構えた。
「そうそう、それでいいんだ。さあ来なよ、ボクの可愛いライダーにどこまで届くかな?」
シニカルに嘯く女子と入れ違いでライダーが前に出る。感情の読めない機械的な美女は鎖付きの短剣を手にして、一気に腰を落とす。
グラマラスな肢体を最低限包む露出の多い黒のボディコンに長く美しい薄紫色の髪、そして寡黙ながらも女子らしさを感じさせる声音は蠱惑的である。だからこそ、顔の上半分を覆い隠すバイザーと攻撃的な得物が殊更に際立っている。
「遠慮は必要ありませんよセイバー。最初から本気で来てもらわないと殺しかねませんので」
「言うではないか騎乗兵めが。特別に赦す、余の至高なる剣技に酔いしれるがよい―!」
事務的で飾り気のない、端的な挑発にセイバーはあっさりと乗って剣を一閃する。軽々と一撃は回避され――
「何でもそつなくこなすことは悪くはありません。しかし、見ようによっては器用貧乏と同じです」
事務的に教訓めいたことを口にしつつ、ライダーは壁や床を蹴って複雑な軌道を取り、アリーナの最上部をところ狭しと動き回る。
黒と薄紫の影が人間の視覚では捉えられないほどの速さで駆ける空間にあって、セイバーは小刻みに叩き込まれる短剣の刺突を全て剣で防いでいる。
影がセイバーとすれ違う度に剣戟の火花が散る。一見すれば互角だが、白野は明らかに焦っていた。それは次第に女子が笑みを強めているからでもある。
「なんだい君のサーヴァントは。ライダー相手に押し切れないセイバーなんて初耳だね」
淀みのない中性的な声がせせら笑う。
彼女が指摘する通り、セイバーというクラスは近接戦闘において強力なアドバンテージを持つのが一般的なのだ。しかし、ネロ・クラウディウスはこの常識から外れた規格外のサーヴァントである。
南方周が評価するとすれば『ハズレ無し福引きの最下位』だろう。
それだけネロは弱い。高い近接戦闘能力で押し切るのではなく、マスターと緻密に連携を取り、一つ一つ相手の弱点を探る戦略しか選べないのだから。
攻撃が止み、再び睨み会う二騎のサーヴァントは息を整える。
「ライダーの息を乱す程度には強いんだね。まあ、それは当たり前か。真名はなんであれセイバーなんだし」
力むことなく冷静に、しかし余裕は崩さないまま女子は腕を組んでいる。長身によく似合う豊満な胸元が腕に押し歪められる。
「さてと、少し待ってあげるから宝具を使いなよ。そのセイバーにも何かしらの宝具はあるんだろう?」
性格の悪そうな口ぶりで少女は白野に宝具の開帳を促す。否、彼女は性格が悪い。ここにきて普通の近接戦でライダーとイーブンと認めながら、宝具を使われたところで痛くも痒くもないと思っている。
それもそのはず。セイバーの剣技はガウェイン卿に劣らないが、見栄えを気にして独特な動作を取っている節がある。
それを素早く見抜き、剣の英霊ながら剣士ないし戦士としての経験がないのだと判断。そこから宝具の種類に目星をつけた上での台詞とすれば、岸波白野は奥の手を読まれている可能性がある。
どのみち現状打破には宝具を使うしかない。
「セイバー、宝具を発動しろ!」
開場の号令が下された。
一度は焼野と化した帝都にそびえ立つ、荘厳なる真紅と黄金の宮殿が蘇る。
演者はただ一人。愛を謳い、美を奏でる至高の名器。
燃え盛る赤き薔薇の花びらが嵐となって観客たちから舞台を隠す幕となる。
観客はこの空間より出る事能わず、ただ舞台にて踊る彼女へ万雷の喝采を捧げるのみ。
「
これはある少女が見た
千年の栄華を極めたローマ帝国において、最も人を愛した暴君の生き様を顕す大魔術。
「出でよ――『
場は整った。
真紅の客席には二匹の蛇が座している。
舞い散る赤薔薇の中、舞台に立った真紅の少女は自らの真名を唱える。
「我が
まさかのここにきて新キャラ登場。
あと初めてFate/EXTRAっぽい場面を書いた気がします。ぽいだけですがね。
謎のボディコン美女ライダーさんについてはノーコメント。訓練されてないFateファンでも誰かは分ると思いますので。
正体不明のボクっ娘マスターについてはEXTRA編が完結したらネタバレ集でも作って、そこで簡単に紹介をします。
今回の見せ場はネロの宝具発動シーンです。
剣に刻まれた碑文の訳はグーグル先生に翻訳してもらったのを作者が改変したオリジナルです。マンガ版では普通に『天国と地獄』となっていたのですが、味気なかったので。
評価、感想お待ちしております。
それでは次回までごゆるりとお待ちくださいませ。