そんなこんなでいつも通りに作者の妄想ダダモレな最新話となります。
七の月想海、第一層。
最低限のオブジェクトで構成された電子の迷宮に踏み込んだ岸波白野は、最上部からの絡みつく気配に顔を上げた。セイバーも他のサーヴァントの気配を感じ取り、警戒する。
「セイバー」
「うむ。既にあやつらが来ておるようだ。奏者よ、気を引き締めよ」
頂点に君臨する魔王と、最下層に立つ最弱。
この皮肉なシチュエーションを笑う余裕がある者はこの場に一人もいなかった。
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「遅かったな。セイバーならそこまで手こずる相手でもないだろう」
最上部、暗号鍵の入った橙色のボックス前に佇む周が冷ややかに白野を見る。傍らには黒衣のサーヴァントが控え、嘲笑を浮かべている。
「行動パターンを観察しながら来たんだ」
控え目に答える白野。一言一句に注意を払い、隙を見せまいとする。サーヴァントたちは互いに睨み合うだけで、沈黙を貫く。
「凛を殺したのか?」
「いいや」
「お前が殺したのと同じだ」
「俺はルール違反者を告発しただけだ。遠坂凛が死んだのなら、それはムーンセルの判断にすぎない」
肩の力を抜ききった周の声に、白野は拳を握る力を強める。南方周が自分のためなら積極的に他人を利用するエゴイストであることは、身をもって知っていた。
涼しい顔で平然と嘘をつくことを責めるつもりはない。聖杯戦争で他のマスターを信じることが、そもそもにおかしいのだ。
だが今回はわけが違う。この期に及んでそんな事を臆面もなく言える神経は白野にとってあまりにも許しがたかった。
「自分がしたことを、認めないのか」
「そんなに認めてほしいなら認めるが」
鉄仮面の無表情を崩すことなく周は妥協を提示した。そんなつまらないことに張り合うのが面倒くさいのと、怒りの炎へ油をくべるために敢えてそうした。
効果は覿面、白野の握り締めた拳からは一滴二滴と血が滴り落ちている。
それの光景をひどく淡々と観察しながら、
「つまらない話は飽きた。話題を変えないか?」
――と軽い調子で持ちかける。
半分は本音、もう半分は挑発だ。
消えた人間の話題なぞどうでもいい。そして、そんな下らない話題で平常心を崩せるのなら実に好都合。ある意味で死者に鞭打つ行為だが、これしきで南方周が罪悪感を抱くはずもない。
温かみと呼ぶべきものが完全に欠落しきった瞳を白野は見た。眼球が収まっているべき二つの窪みには、ガラス玉が嵌め込まれているようだ。
糾弾は自らの勝利でのみ達成できる。この場は怒りを収めた白野は、復讐心を押し殺す。
「……そうしよう」
「言い出した人間が話題を供しよう。――五回戦の対戦相手はラニ=Ⅷだったそうだが、トドメを刺したときの心境など教えてはもらえないか?」
「――――――――――――――――何だと?」
「聞こえなかったのか? アトラス院が作った失敗作、ラニ=Ⅷを殺した時の――ッ!?」
白野は俯いて問いに聞き返し、周は呆れた顔で問い直して――吹き飛んだ。
針金細工の如き身体を襲ったのは単純な鉄拳。しかしながら、有らん限りの怒りと憎悪を込めた岸波白野渾身の一撃である。
地面に倒れた周に馬乗りとなって更に拳を叩き込もうとしたが――
「残念だ。失敗した」
禍々しい血色の刃を鈍く光らせた短剣の切っ先が、白野の首筋に突き付けられていた。あと数センチ、振り上げた拳を悪魔の顔面に叩き込んでいれば、確実に白野は死んでいただろう。
右頬を赤く腫らしながらため息をついた周は、やれやれと首を左右に振る。
「それみよ。煽るだけで勝てるほどの阿呆なはずがなかろうと言うたではないか」
苦笑するセミラミスは自分のマスターを見下ろしながら肩をすくめる。セイバーは紅蓮の剣を構え、闇色のサーヴァントに備える。
「奏者よ、その男から離れるのだ!」
セイバーに言われてようやく状況を理解した白野は慌てて周から距離を取る。重石から解放された黒髪のマスターがゆらりと立ち上がった。
「思っていたより痛いな。ラニ=Ⅷにそこまで未練があるのか?」
「お前には死んでも分からないさ」
「知っている」
痛々しい殴られた痕を右手の掌で撫で、周は嘯きながら白野に道を開ける。
「さぁ、暗号鍵を取れ。別に死んでも構わないなら好きにすればいいが」
セミラミスもマスターに続き、道を譲る。だが、白野は背後から刺されるのではないかと進みかねていた。それに気づいた周はにたりと笑い、リターンクリスタルを手にした。
「そこまで警戒されるとはな。悲しいが、今日はここまでにしておこう。では、また」
青いクリスタルが破裂し、光が周とセミラミスを包む。瞬く間に二人はアリーナから退出した。残された白野は、とたんに空間を圧迫していた嫌な気配が消えたことにため息をついた。
憂鬱な空気は霧消し、解放感が訪れると共に妙な汗が吹き出す。
周の気配はユリウスに近い雰囲気のようで、彼のように鋭くない。ゆっくりと――嬲るように、切り裂くのではなく圧し斬る感覚だ。
「とんでもない化け物であったな。レオが魔物と呼ぶのも納得だ」
「確かにアイツはまともじゃあない。でも、人間を辞めているほどの力はないんだ。それなら俺にも勝ち目はある」
南方周には痛覚があった。おまけに酷く弱い。雰囲気のせいでそうは見えないが、フィジカル面ではまったく脅威ではないのだ。
岸波白野は真っ向勝負以外の戦い方を知らない。だがしかし、それ故に相手の全てを把握し隙を見つけ出す能力は突出して高い。
サーヴァントの真名に関するヒントは全くないが、これから探るのだから問題はない。
打倒魔王の決意を胸に、白野は前へと進む。
いつもとなんら変わりなく、ただ前だけを見てがむしゃらに突き進んでいく。
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アリーナから退出した周に、ハサンから任務完了の報告があった。
『主よ、遠坂凛が遺した我らの記録を回収いたしました。如何しますか?』
『百の貌のハサン』やセミラミスについての情報をまとめたテキストデータは、言峰神父も放置していた。これでは対戦相手に自身の手の内を知られてしまうことになる。
そのため周はアリーナ探索の間に、ハサンを使ってデータの回収をした。
結果は成功。中東の伝承にて恐れられる『
ハサンに処理を求められた周は自分の個室を目指して廊下を歩く。その間にデータを秘匿しようと決めた。
「個室にて保管する。あそこなら岸波白野も手出しできないだろうからな」
『ではそのように。――それと、玲瓏館美沙夜が主を呼んでおります』
「用件は聞いているか?」
次いでの報告は、ハサンも詳細を知らされていなかった。だが、重要な話であることだけは確かである。南方周と玲瓏館美沙夜は、姿形こそ変われど関係まで変化したわけではないのだ。
それは周自身が誰よりもよく知っている。
「さて……どうする、マスター。このまま無視するもよし、呼び出しに応じてやるのもよし。そなたの好きにせよ」
セミラミスは霊体化したまま選択を促す。
サーヴァントたちにせっつかされた周は一旦立ち止まり、美沙夜の個室へと目的地を変更した。
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玲瓏館美沙夜の個室は整理整頓こそ行き届いているが、やはり魔術師然としているのは確かだった。
風格のある本棚には多数の古書、使い古された机の上には使い道の分からない不思議な液体で満たされた試験管やフラスコが並んでいた。
玲瓏館家は東洋における西洋魔術、その中でも黒魔術に通じた血筋である。どこかおどろおどろしい室内の雰囲気に周は若干ながら怯んだ。
「あら、黒魔術師の工房は初めてなの? これしきに怯えるなんて臆病な男だこと」
美沙夜の挑発を無視して、周は適当なソファに深々と腰かける。
「用件はなんだ。つまらない話なら帰る」
突き放す物言いの周。一方の美沙夜はどこか無理をしているような風で、痛みに顔を歪めている。少女の異変に気づく者はいない。南方周とセミラミスにとって、彼女の異常など些末な事でしかないのだ。
「いいのかしら、そんな態度で」
「どういう意味だ。ふざけているのか」
脂汗を浮かべながら嫌味に微笑み返す美沙夜と、不機嫌そうにふんぞり返る周。睨み合う両名だったが、
「良いことを教えてあげる。沙条綾香が岸波白野に託したのはね、彼女の純潔を最初に奪った刻印蟲よ。良質の魔力が高密度で保存された、使い捨ての魔力電池そのものなの」
「で、それがどうかしたのか?」
「ハーウェイの御曹司が彼に
ようやく納得のいった周は大真面目な表情で一瞬だけ考え込み、すぐさまに答えを導き出した。
「――一発だけの使い捨て礼装として、レオの
「ご明察。貴方、どんなものかも分からない最強クラスの礼装にどう立ち向かうつもりなの?」
「あぁ-……そうだな。空中庭園に引きずり込めばどうにかなるか?」
思索の水底へと降りる際の泡沫が次々と浮かんでは消えていく。これは流石の周も想定外だった。いや、可能性としてはあり得たことなのだが、人の心を理解できない彼はレオが自分をどう見ていたのか微塵も気に留めなかった。
無関心のツケをこんなところで支払わされるとは思わなかったのか、周はいつもより長く考え込んでいる。美沙夜はもちろん、セミラミスもそれを邪魔することはなかった。
そもそもちょっかいを出すつもりはない。が、意識が異次元に飛んでいった状態の無防備な周を前に、相手が余計な真似をしないかと疑心暗鬼に陥ってしまいお互いに牽制しあっていたのだ。
どのみち無意味である。
この場を部屋の隅で見守っていたシャーミレは、周の女運の無さに憐れみすら感じていた。涙せずにはいられない忠実なる暗殺者の涙に気づくことなく、不運なマスターは脳内で繰り広げられる思考のループを口から漏らしていく。
「……うーん、レオと沙条綾香どころかラニ=Ⅷからも何かを受け取っている可能性があるな。どうしたもんか……。殴られた礼はしておきたいし……」
自分から仕向けておいて逆恨みするのかと呆れるセミラミスと、どうせ怒らせるようなことを言いまくったのだろうと見抜いたハサンだったが、一人だけ異なる反応を見せた。
「殴られたのはどこ?」
「……右頬だ。うるさい、黙っていろ。長剣相手に短剣では分が悪いし……おい」
律儀に答えながら冷たくあしらう周の酷薄な顔は、今までにない種類の困惑を浮かべている。
それもそのはず。
まだ少し腫れた周の血色が悪い右頬を、美沙夜の蒼白く優美な指が撫でているのだから。一度も見せたことがない混乱の表情をし、玲瓏館美沙夜は今にも舌で舐め回せるほどの近さまで二人の貌が近づいている。
「あぁ、なんて痛々しい……。ちょっと待っていなさい。すぐに簡単な痛み止めを用意するから」
「いらん。痛みなら引いている」
「ダメよ。王子様の顔に怪我だなんてはしたないでしょう? ――大丈夫よ、痛み止めを作るのはほんの数分で終わるから。それよりも肝心なのは礼装ね。
「は…………、え? そうだな。個人的には体力も考えて、やはり武器としての機能よりは魔術の性能に比重を置いて欲しいところだ」
「そんなピーキーな礼装じゃ危ないじゃない。貴方の身に何かあったら私だって困るのよ? そうね、防具兼武器として最低限の機能を持たせておきましょう。扱い易さもちゃんと考慮しておくから安心しておいて頂戴な。となると籠手が一番いいかしら。痛み止めが出来たらすぐに製作するから、明日か明後日にはアサシンに届けてもらうわ。それにしてもあの男は度しがたい愚か者のようね。この仕打ちは来世の果てまで拷問にかけても消えない罪科だわ。「落ち着――殺してやる。あの匹夫は私の礼装と私の彼が殺す。殺す。絶対に、何があろうと、完全に殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――――」
美沙夜が周の顔に手を添えたまま錯乱した。堕天したことで脳の施したリミッターから解放されているため、周の貧弱な腕力でのけられるほど彼女はか弱くない。
混乱の真っただ中に叩き落とされたセミラミスが意識を取り戻すまで、周は自分の運の無さに感動していた。
無意味でしかないのだが。
ヤンデレとは病的なまでに誰かを愛している状態にある人物が見せるデレです。
この『病的』とは恋愛対象に下心を持って近寄る人間への過剰な攻撃性や、恋愛対象への妄信的な献身であります。前記の過剰な攻撃性が恋愛対象に向いた場合はヤンデレではありません。
ヤンデレとは究極の自己奉仕、臨界を極めた至高の慕情なのです。
この辺でヤンデレ講座は止めましょう。
さて、今回は白野と美沙夜が大暴れしました。次回は誰が暴れるのやら、乞うご期待。
読者の皆様のおかげでランキング入りを果たせたことに感激しております。
このような駄作にお付き合いいただけていることへ感謝を。
感想、評価お待ちしております。
来年、Fate/Grand Orderでセミ様、百の貌のハサン、スパルタクス3騎でチーム編成出来ることを切に祈っております。
願わくば、そこにアタランテとロリジャックも入れて遊びたいです。