Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 ランキング入りに私は恐怖しました。
 気まぐれで始めた二次創作でしたので、たまに先人の皆様が始められたFate/EXTRAモノがランクインしているのを見ては「これは評価されて当然ですわ」と感嘆していたものです。
 それがどうして、私の書いている二次創作までランキングに名前を連ねているのか……。

 それも一重に読者の皆様のおかげでしょう。
 魔王と女帝が参加する月の聖杯戦争も残り僅かとなりましたが、どうぞ最後までお付き合い頂けましたら作者としては至上の喜びであります。


最終決戦:両手に曼珠沙華

 岸波白野に協力していた遠坂凛の排除完了を知らせるメールが言峰から届いた。

 これでムーンセル・オートマトンが100%陥落したことも確信できた。

 後は残る二つの策を成功させれば問題はない。が、その前にしておくべきことが一つだけある。俺がどうやって聖杯戦争に参加したのかについて、セミラミスにだけは明かしておかなければ。

 ハサンと美沙夜は勝ってからでいい。元より信頼など存在しない、利用し利用され合う間柄だからだ。

 しかしセミラミスは違う。互いに信頼している以上、隠し事は許されない。だからこうして小さなテーブルを向かい合う形で囲んでいる。

 作り物の夜空に浮かぶ仮想の満月を眺めながら月見酒を楽しむ黒衣の女帝の顔は穏やかで、それまでの毒針を隠した笑みはなかった。

「……セミラミスは聖杯戦争への参加方法を知っているか?」

「無論よ。ムーンセル・オートマトンにアクセスし、月の門をくぐるのであろう?」

「それが正当なやり方だ」

 図書室から借りてきた宇宙恐怖小説を読みながら何気なく尋ねる。これについては、ムーンセルから知識を得られるサーヴァントなら知っていて当然だ。

 月の門をくぐることでムーンセル内部に入る。そうすることで、一時的に偽の記憶を与えられマスター選別期間を過ごす。それが本来の参加方法。

 そして、俺のような別次元の人間は――

「ムーンセルの所有者に拾われ、熾天の玉座から送り込まれてきたマスターもいる」

「そなたは後者なのか」

「そうだ。信じるかどうかは任せるが、伝えるべきことは確かに伝えた」

 一度は終わったも同然の人生だが、死にたいと思ったことだけはなかった。だからこそ、こうして過酷な生存競争に身を投じてまでいる。

 後顧の憂いはこれで晴れた。

 月下の円卓を囲む黒い二人の間に会話などない。俺は読書を再開し、セミラミスはこちらを見つめながら嬉しそうに微笑んだ。

「信じぬはずがなかろう。愛する男の言葉を疑えるほど覚めてはおらぬ」

 突然の告白に本を取り落とした。変な折り目がついていないのを確かめてから、引きつった声を振り絞って問い質す。

「い、今なんて言った……?」

「に、二度も言わせるでない! 我にも羞恥心というものがあるのじゃぞ!」

 驚愕で顔の筋肉が硬直した俺へ、赤面し目には涙を浮かべたセミラミスが怒鳴る。狼狽える黒衣の乙女は髪を振り乱しながら顔を両手で覆い隠した。

「生まれて初めてそんなこと言われたから驚いた。他意はないから顔をあげてくれ」

 嫌われた経験は夜空の星より多いが、好かれたことなど一度もない。そのせいか好意的な事を言われ慣れていないので理解が追いつかなかったのだ。

 先端まで赤く染まった耳をプルプルと震わせながらも、顔をあげたセミラミスは気丈に振る舞う。

「我がそなたを初めて愛した女になるとはのう。何とも嬉しい話ではないか」

 

「…………」

 

 こんな時、どう言葉をかければ正解なのだろう。

 そんなことを悶々と考えながら曖昧な笑みを返しておく。

 これまでで最も不思議な夜はまだまだ終わりそうにないが、また図書室にでも行こうか。

 

 

 

 

 翌日、アリーナ探索の前に美沙夜のいるであろう屋上に足を運んだ。頼んでいたもう一つの礼装を受け取るためだ。

 青ざめた顔色と黒く変色した瞳は以前と違ったものの、服装は自分で直したのか元に戻っていた。髪は結っておらず、そのまま伸ばしている。黙っていれば文句なしの美人だが、中身が残念なので惜しいところだ。

「あの刀、随分と腕のいいマスターに作らせたようね。おかげで加工するのが手間だったわ」

「世界有数の天才に頼んだからな。それはどうでもいい、お前は注文通りに出来てるんだろうな?」

「無論よ。まったく、私を誰だと思っているのかしらこの蛇男は」

 別に段ボールを愛好したり蛇の言葉を理解できたりはしないんだが、これまた酷い言われようである。相変わらずの嘲るような真紅の瞳が俺を見下している。

 首筋には『悪蛇王(ザッハーク)』の寄生している証として蛇のタトゥーが絡みついていた。おかげでまたこっちの顔色まで死人に近づいたが、不思議なことに美沙夜はあれから大人しくなっていた。

 心境の変化が訪れるのがあまりにも簡単すぎる気もするが、俺は困らないので放っておく。

「魔弾の射手に切り裂きジャック……薄気味悪い貴方にはお似合いじゃない?」

「お前で試し切りをしてもいいが、言峰に小言を言われるのも癪だな」

 銀色に変化したフラットの拳銃に、短剣へと縮められたシンジの日本刀。どちらも美沙夜でなければ作れない逸品だ。

 赤黒い両刃の刀身を眺めながら、階下を見下ろす。

 始めは騒々しいことこの上なかった校舎も、今は静かになった。これは喜ばしいことだが、使い捨てても惜しくない人間が底を尽きたと思うと残念でもある。

 太陽光が嫌なのか給水タンクの影から出ない美沙夜は、俺の表情から考えを読み取ったのかまた棘のある台詞を吐いた。

「ずる賢い男ね。狗にも劣る卑しい神経をしている貴方がここまで生きて残るなんて、まるで奇跡だわ」

「これは聖杯戦争だぞ? 戦争がサーヴァント(兵器)の性能とマスター(兵士)の実力だけで決まるものか」

「それはそうよ。でなければ、貴方は一回戦で負けていてもおかしくなかった」

 流石に俺でもジナコ相手で負けるわけないが。

 二十一世紀の戦争はただの力技だけで勝てるほど温くはない。核で武装しようと、電子ジャマーを食らえばただのゴミなのだ。

 強力なサーヴァントを従えようと、隙を突かれたらたちまちに負ける。だからこそレオは斃れた。美沙夜は罠に嵌まった。

 所詮はそんな程度。上手く他のマスターを利用すればいいものを、馬鹿な奴らだ。

「でも……、こうして貴方は七回戦まで勝ち進んできたでしょう?」

「だったらどうした」

 今さらな事実を呟いた美沙夜に呆れてため息をつく。再確認する必要もない、どう考えても無駄な台詞である。

「それなら七回戦も勝つわよ。貴方なら、あの赤いセイバーのマスターに負けるなんてあり得ないの」

「そのために準備してるんだろうが」

 どうしたんだ。急に会話が噛み合わなくなってきてないか? 

 あまり長居すべきではない雰囲気のように感じる。

 それから速やかに会話を切り上げ、そそくさと屋上から退散した。心なし美沙夜の目が濁っていたように思えたのは、俺の錯覚だろうか。

 

 

 

 

 美沙夜から受け取った短剣の試し切りをするためアリーナに潜る。

 セミラミスがスタンさせた低級の敵性プログラムを切ってみると、傷口からボロボロと灰色に変色して崩れ落ちていった。まるで特殊なスペクトルの隕石に汚染された動植物を彷彿とさせる光景だ。

 そのまま灰になって無機質なアリーナへと風もないのに散っていく。

 第一層のシンプルな風景だが、最終決戦ともなるとかなりの広さだ。遠見の水晶玉を使い先日に取り忘れたアイテムがないかチェックする。

「思いの外に残っておるではないか。今日は時間もあるのじゃし、ゆるりと行こうかマスター」

「必要な準備は済ませてきたし、そうするか」

 あまり走りたがらないセミラミスと、体力的にもアリーナ全体を走るのが辛い俺の思惑が一致した。ブラブラと無愛想な、いかにも仮想(バーチャル)ですと言わんばかりの床を歩く。

 スタート地点が最下層、そして二人分の暗号鍵が安置されているゴール地点が最上部という登り道だらけの構造はすこぶる不便だ。抜け道もなく、第一層はショートカットも出来ない。

「つくづく面倒な構造をしておる。宝具を使うまでもないが、煩わしい」

 一本道ではなく幾つもの分岐路で迷路化されたアリーナでも、特にこれといった目印がない第一層は探索に不向きだ。

 いつになったら全てのボックスを回収できるのかと愚痴るセミラミスをなだめながら、終わりの見えない坂道をひたすらに登っていく。

 途中のエネミーはセミラミスが魔術弾で吹き飛ばしてくれる。七回戦に入ってから彼女の魔力消費が減ったおかげで、以前より長時間の探索が出来る。

 それでもここは広すぎやしないか。

 もう少しくらいは小さくなってもいいだろうに。

 俺もいい加減愚痴り始めたのを見計らったようにゴールへとたどり着いた。既に中身のないボックスと、未開封のボックスが並んでいる。

 つまり岸波白野はまだ暗号鍵(トリガー)を入手していないことになる。ここでずっと過ごすのも悪くはないが、それはかなり面倒くさいな。

「どうする? 対戦相手を待ってみるか?」

「休憩がてらに待つのなら賛成じゃ」

 いつになく念入りに歩いて疲れたのか、セミラミスは休憩を要求していた。

 適当なインテリアを置いてくつろぎ始めている。俺の分まで用意している辺りに優しさを感じるな。

 歩き疲れているのは俺も同様なので、遠慮なくチェアに腰かける。

 体重を他のものに委ねると、脚全体に蓄積していた疲労が嘆息と共に漏れ出す。

「ここまで長かった……」

「それはこの頂上までのことか? それとも七回戦に来るまでの道のりか?」

「どっちもだ」

 ジナコから令呪を奪い、フラットを騙し討ちし、玲霞からハサン・サッバーハを譲り受け、名もなき少女を奇襲、伊勢三を蹂躙し、沙条綾香は……知らん。ともかく、運営に目をつけられたくない一心で目立たぬよう目立たぬよう過ごしてきた。

 邪魔者を潰し、強敵をどさくさに紛れて処分しながら騙し騙しで慎重に歩んできたんだ。長く感じるのも当然である。

「そなたの策謀の締め括りよ、気を抜くでないぞ」

 安物のチェアに厳然と座したセミラミスに言われるまでもないことだ。

 踏み台にすること997人。残る一段を踏み外すなんて馬鹿な真似は出来ない。自分のため、セミラミスのためにも、絶対にあってはならないことだ。

 ――とまぁ、こんな万能救済型主人公らしいことを思ったところで、やり方はこれまでと何ら変わりないのだが。

「マスターよ、最後の贄が来よったぞ」

 岸波白野とセイバーの気配を察知したセミラミスがおもむろに立ち上がり、階下を見下ろす。

 俺もゆっくり腰を上げ、出発地点にいるであろう最後の敗者を見る。




 時間軸は七回戦一日目の夜から二日目の途中です。
 次回は岸波白野と南方周が対峙するシーンからを予定しております。

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