Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 一回戦の結末を見破られたことが始まりでした。
 


第六回戦:悪蛇王

 五回戦を勝ち抜いた夜はセミラミスが美沙夜を探したものの見つからず、何故か俺が徹夜の宴会に付き合わされた。

 おかげで六回戦の一日目と二日目の半分が二日酔いで潰れてしまい、探索に大きな支障をきたしている

 三日目の早朝、タイマン性能が極端に低いセミラミスのステータスを強化するため、アリーナの反対側にある教会へ足を運んだ。

 薄ら暗い礼拝堂に来たのはいつ以来だったか。目的はすっかり覚えていないが、確か美沙夜と内密な話をしたような気がする。

 神父が信徒に説法をするための祭壇は十字架さえ撤去され、自分たちを敬えと言わんばかりに二人の女魔術師―赤い髪の蒼崎青子と青い髪の蒼崎橙子が鎮座していた。

 用件を伝えると魂の改竄を担当している蒼崎橙子は露骨に嫌そうな顔で、くわえた電子タバコを取り替えた。

「サーヴァントの強化だと? 六回戦の三日目になってようやくか。これはまた随分と呑気なマスターがいたものだ」

「私は暇だったから有りがたいんだけどねー」

 いい加減な二人のやり取りにセミラミスは微妙な表情をする。こんな奴らに任せるのか……と不安になったのだろう。

 しかし他に頼れる人間もいないので背に腹は代えられない。

 チラチラとこちらを見てくるセミラミスに目を伏せて「我慢してくれ」と懇願する。万全でないとは言えども、相手は円卓の騎士随一の剣技を誇るサー・ランスロットだ。弱体化させるだけでは完璧には程遠い。

 彼我の戦力差は分かっていたのだろう。

 不満げに口を尖らせながらも、セミラミスは数歩前に出て青崎姉妹の間に立つ。こうして向かい合うのは契約した時から久々だ。何もかもを呑み込む濃密な()を纏った伝説の美女と対面するのは、やはり少し落ち着かない。

 マスターの魂と直結(リンク)させることでサーヴァントの性能を強化する『魂の改竄』が始まり、セミラミスのステータスやスキルが仮想モニターに表示される。

 それを見た蒼崎青子は、

「かなり相性がいいのね。少しランクダウンしてる箇所もあるけど、固有スキルがランクアップしてるのはこれが初めてよ」

 簡潔に感想を述べて確認を終えた。

「はっきり言って、彼女は今の時点でかなり高いポテンシャルを有しているわ。いじる点があるとすれば耐久くらいかしら」

 今までに何騎ものサーヴァントをカスタムしてきた御仁がそう言うのなら、大人しく耐久だけ強化してもらおう。それでまだリソースとなるスキルポイントが余っていれば、魔力の底上げでもしておこうか。

 キャスターじみた攻撃スキルばかりなサーヴァントだ。魔力切れだけは勘弁してほしい。

 診断結果を受けた俺は手短に注文をつける。

「耐久ステータスをワンランク上昇、残ったスキルポイントは全て魔力パラメータに回して欲しい」

「筋力とか敏捷は……いらないか、うん。幸運も無くて困るほどでもないし」

 リクエストを受けた蒼崎青子の言う通り、サーヴァントの幸運ステータスなど、ランサーでなければほとんど価値がない。あって不利なし、無くて損なし。

 EXだろうと負けるときはすんなり負けるものだ。

 いざ魂の改竄が始まりはしたものの、淡々とした作業は思いの外にすぐ終了し、セミラミスはいつものように俺の右斜め後ろへと戻った。

「調子はどうだ?」

「さして変わらぬわ。数値そのものに変化がないのじゃから当然であろう」

 試しに具合を尋ねてみたが、やはり耐久がD、魔力がA+に上昇した程度ではそんなものか。そもそも単純な魔術攻撃でセイバーに太刀打ち出来る道理もない。

 蒼崎青子に礼を告げてアリーナ探索に向かおうとしたところで、それまで沈黙していた蒼崎橙子に呼び止められた。

「そうだ少年。唐突な話だが、君は玲瓏館美沙夜という名前に覚えはあるか?」

「……ありますが、それが何か?」

 振り返る手前を惜しまなかったのは、この姉妹の不興を買ってはならないと、本能が告げていたからだ。妙に臆病な自分の本能に嫌気が差すものの本能は基本的に臆病なものだと自分に言い聞かせておく。

 眼鏡の向こう側にある彼女の瞳は鋭い。

 嘘を許さない目を前にして事実を述べた俺は、どうして(ムーンセルにとっては)居候でしかない蒼崎橙子が美沙夜のことを気にかけるのか不思議に思った。

 俺の謎はこちらから問うまでもなく、無煙の電子タバコをふかす青い魔術師が明かしてくれた。

「彼女の身柄をこちらで預かっている。少し訳アリなんだが――監督AIも無対応でな、引き取り手が来ないかと待ちわびていた」

 蒼崎橙子の発言に嘘はなさそうだ。

 そもそもこの二人には俺を罠に嵌めたところでメリットがない。

 それでも、最初の問いがどのような目的で投げ掛けられたのかはまるで分からないままである。謎を解き明かすべく、今度はこちらから蒼崎橙子に問うた。

「玲瓏館美沙夜に何か問題でも?」

「そうだ。気になるなら自分の目で確かめてみろ。そら、執務室の鍵だ」

 なんと傲慢な……と思ったことなどおくびにも出さず、蒼崎橙子が投げた鍵を受け取る。執務室は彼女が見遣った扉の向こうか。

「自分の口で説明するつもりは?」

アレ(・ ・)を他人の私たちが喋ることは出来ないわ。私は改竄の受付でここを離れられないけど、オールタイム暇人な姉さんが付き添ってくれるから安心して」

 俺は軽い嫌味のつもりだったのに、やけに重い返答を寄越された挙げ句、姉に仕事を押し付ける暴挙と来た。こめかみに青筋を浮かべながらも立ち上がった蒼崎橙子の律儀さには頭が上がらない。

 出来れば二挺拳銃の吸血鬼と銃剣使いの神父みたいな顔で睨み合わないで貰えると助かります。

 アンタらが喧嘩したら俺まで巻き込まれるだろ。

「ところで、主よ。美沙夜めの様子を確かめておかずとも良いのか?」

 気まずいわ怖いわで動けなかった俺を見かねたセミラミスの、いつもよりやや大きめの声に青崎姉妹は視殺戦を中断してくれた。

 なんでこの人ら姉妹やってんだよホント……。

「チッ……私 も 暇 で は な い が 、身の安全くらいは保障してやろう。ここで死人が出たら後々面倒でもあるからな……」

 まるで前世から殺しあってきた怨敵を見る目で妹を睨んだ姉だが、非常識に殺伐とした姉妹喧嘩を見せつけられるこちらの心情にも配慮していただきたいものだ。

 ……だからなんでこの人ら姉妹やってんだよホント……。

 

 

 

 

 特にすることもなく校長室で待機していた聖杯戦争監督AIの言峰神父は、最弱と最悪のどちらが勝つのかと期待に胸を踊らせていた。

 バートリー・エリザベートに占領されていた時の悪趣味なインテリアは一掃され、本来の事務的で無愛想なコーディネートに戻されている。

 言峰神父が優雅に腰かけたデスクの上には酒瓶、右手には赤いブドウ酒が注がれたグラス。

 もしも岸波白野が勝てば彼は不正なデータとして削除される。だが彼は決して止まらない。それは責任感か、それとも別の何かがあるのだろうか。

 光を目指して歩む岸波白野の前に立つ塞がる壁こそが闇の淵から這い出た南方周だ。

 心ない嘘と冷酷な合理性で武装した狂気の果てに、空虚な少年は何を見出だすのやら。

 今回の結末に思いを馳せる言峰の口元には底冷えする厭な笑みが浮かんでいる。

(なにかと面倒な役割だが、マスターたちの行く末を見届ける楽しみだけは嫌いになれんな)

 恋人同士で殺し合う者、友人同士で殺し合う者、志半ばで斃れる者……彼らの無念と悲嘆を肴に味わう酒のなんと美味なことか。

 美貌の女帝は珍しく話のわかるサーヴァントなだけに、膝を交えてじっくりと語り合う機会がないことが悔やまれる。一人酒も悪くないが、たまには談笑しながら酔いたいものなのだ。

 最後にリングで拳を突き上げるのは希望(白野)絶望()か――どちらに転んでも面白いとほくそえんでいた最中、言峰宛にムーンセルから業務メールが届いた。

 六回戦の猶予期間(モラトリアム)中に脱落者が出たことを知らせる内容に、言峰は嘆息した。

 南方周の対戦相手である沙条綾香には少なからず愉悦を感じていたので、こうも早く事切れてしまわれては楽しみ足りない。

(これも聖杯戦争ならではの不幸か……)

 なかなか自分の思い通りにならないのは聖杯戦争の常であるが、やはり気分はよくない。

 言峰はグラスに残ったブドウ酒を一息に飲み干して本日二度目の深いため息を漏らした。

 

 

 

 

 教会の執務室の施錠を解いて中に入った周は、予想外どころの騒ぎではない事態に直面していた。

 意外にも小綺麗に整頓された執務室の片隅、壁・床・天井から張り巡らされた魔術の鎖が少女の四肢を容赦なく締め上げている。細くなめらかな柔肌に食い込む鉄鎖は、いくら少女がもがいたところで微動だにしない。

(……ムーンセルがマスターとして認めなくなった結果、呪いの進行速度が上がったのか)

 なんの根拠もない推察をしながら、周は屍人へと堕天した美沙夜の前に立つ。

 人ならざる異形と化し、容姿もおぞましいものに変貌してはいたが、かつての美しさの面影もある。服がところどころ破けているのは彼女が暴れた証拠だ。

「私を嘲笑いに来たの……」

「いいや、様子を見に来た」

 呪詛を吐くように恨めしげな美沙夜の態度も素知らぬ顔で周は涼しげに答える。

「間に合わなかったようだな」

 状況を丁寧に確かめる周は、相手の心情などお構いなしに言い放った。一方、言葉の真意など無視した美沙夜は毅然とした声で、

「こうなった以上、私は恥をさらすつもりなんてないわ……。殺しなさい」

 最後の救済を求めた。

 蒼崎橙子にしても、自分が手を下すのはムーンセルとの協定に反しているから自重したに過ぎない。周をここへ入れたのは、せめて彼女と面識のある人間に最期を委ねたかったからだ。

 しかし、周はこれまでと同じ無表情で、無感情に少女の懇願を拒絶した。

「断る。なんで殺す必要があるんだ」

 個人的に思うところはあったが、蒼崎橙子は沈黙を貫いた。それはセミラミスも同様だ。

 これは周と美沙夜の問題であり、当事者でない人間が口を挟むことは許されない。特にセミラミスからすらばこれは周の蒔いた種が花開いた結果でしかなく、手を貸すつもりはさらさらなかった。

 何より、周が自力でどこまで説得できるのかとても気になるのだ。

「生ける屍として醜態を晒すなんて耐えられないの。それならば完全な死を選ぶわ」

「死ぬなら七回戦が終わってからにしろ」

 言葉の銃撃戦。己の主張を突きつけあいながら、周は美沙夜と向かい合う位置にソファを移動させた。そのまま脚を伸ばしてだらしなく腰かける。

 目線は同じ、後はどちらが折れるかだ。

「……そんなに自分の命を手放したいのか」

「そうよ。お願い、人として死なせてほしいの」

「…………そう、か」

 再度の懇願に周は重々しく呟く。

「ならその命、俺が貰う」

 勢いよく立ち上がった周は美沙夜の腹を革靴で蹴り飛ばし、怯んだ彼女の首を右手で掴んだ。

 ガラス細工と大差ない無感情な瞳のまま、左手を開ききった美沙夜の口内へ突っ込んだ。暴れるのもお構いなしで周は一人ごちる。

「俺はムーンセルから出る。マスターですらない奴に邪魔させるものか……。そうだ、最後にリングで拳を突き上げるのはこの俺だ」

 食道から体内に何かが侵入した激痛に涙を流し、悲痛に悶える美沙夜だが周は気にも留めずに何かを定着させるため首を離さない。

「お前がゾンビだろうがグールになろうと知ったことか。俺にはお前が必要だとなぜ分からない、馬鹿め」

 その台詞に驚いたセミラミスと橙子に気づかないまま周は美沙夜を見下ろす。

「沙条綾香も岸波白野も斃す。聖杯を手にしたらお前も外に出してやるし、呪いも無かったことに出来る……いまさらそれを忘れたとは言わせない。契約を果たすまでお前の命は預からせて貰うぞ、玲瓏館美沙夜」

 言い終えた周の顔色は先程より明らかに悪くなっていた。

 聖杯戦争開始当初の、不健康で不気味なハ虫類顔がそこにはあった。懐かしい、残酷で冷徹な眼光を取り戻した周を前にして、美沙夜は無言でえずくしか出来ずにいた。




 やりました……。
 やったんですよ!
 必死に!
 その結果がこれなんですよ!!
 頭を捻って、推敲をして、最終的にこうなった!
 これ以上なにをどうしろって言うんです!!
 私にどうしろって言うんですか!!

 美沙夜の死亡フラグを回収しつつ生存ルートを確保し、恋愛フラグを築くアイデアを考えてたらえらい時間がかかってしまいました。
 長々とお待たせする結果となったのは私の力量不足であります。
 屍人美沙夜のイメージは東京喰種のグールです。
 あれがもうちょっと顔色悪くなった感じをご想像下さいませ。

 沙条綾香の件は『何話もかけて消化試合とかつまんない』という結論からこうねりました。
 刻印蟲の時点でお察しです。

 批判、感想、評価お待ちしております。
 よろしくお願いいたします。 

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