周にとっては初めての決戦ですが、今回は私がやりたかったことをやるだけで終わりました。
いつもですねハイ。
征服王イスカンダルと女帝セミラミスが雌雄を決する五回戦のラストをお楽しみください。
俺の傍らには実体化したサーヴァント・アサシン、真名セミラミス。一切の干渉を遮断する防護壁を隔てた向こう側には、隻腕の
話したいことはない。そもそも俺はゴミに話しかける趣味などない。
今はただ、監督AIの言峰神父がエレベーターに乗る間際になって寄越した嫌がらせじみた台詞が、俺は聖杯戦争に参加しているという現実を認識させてくる。
―さぁ、地獄の釜は開かれたぞ少年―
やれやれだ。
地獄の釜だと? 電子の牢獄に囚われてる時点で今更だろうが。
笑いそうになるのを抑えながらただただ終着点に到達するのを待ち続ける間ずっと、俺はひどく落ち着いていた。
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初めて踏み込んだ
これは征服王がかつて目指した夢の終着点、東にあると信じられたていた
ライダーの顔には、俺の語彙力では形容できない奇妙な表情があった。
磯の臭いが気に入らないセミラミスは、俺を盾にして潮風から逃れている。盾はそっちじゃないのかと言おうとしたところで、伊勢三の静かな声に遮られた。
「始めましょう。君と僕では語り合うことなんてありませんから」
「気付くのが遅かったな。馬鹿が」
俺の返答が開戦を知らせる号砲だった。
先手はライダーの最終宝具開帳。
熱風を伴う魔力の奔流が吹き荒れ、徐々に足元の地面が失われていく。余りの眩しさに思わず左腕で目を庇った。
「……主よ、その腐敗した魚の如き
それからどれだけの時間が経過したの分からない。
朦朧とする意識の中、耳元で囁くセミラミスの甘い声に促されるがままに恐る恐る目を開く。
足で床を確かめ、くるりと回って周囲を見渡し、水晶玉から虚空に投影された外の景色を眺める。
悪夢と希望を余すことなく敷き詰めたセミラミスの要塞宝具『
征服王イスカンダルが誇る最強宝具、たった一度の号令で時の果てにまで集参する臣下と王の固い絆を体現した奇跡『
だが、遥か昔に大王と轡を並べ夢に焦がれた猛者たちも浮遊する要塞には為す術がない。
それでもゆっくりとこちらに向かって前進してくる軍勢。セミラミスは嗜虐的な笑みを浮かべて制御用の水晶玉を操作する。
「反逆者を放つか? それとも予定変更か?」
「予定変更だ。スパルタクスは使わない。この空中庭園で軍勢を潰す」
「よかろう。ならば、そなたが望むままに……」
俺の指示に答えたセミラミスは、庭園を囲むように設置された黒いプレートに施された防衛術式『
一発一発に高ランクの対魔力スキルを貫通する威力があり、収束すればバルムンクと並ぶ火力を発揮する……例えるなら、対地砲火が
これだけの破壊力だ、防御に特化した宝具でもなければ満足に防げまい。
『
が、その中に庭園まで届く宝具がどれだけあろう。ましてやこの飛行要塞を破壊しうる火力などあり得る筈はない。
十一基の黒いプレートから放たれる極大火力の魔術光弾が軍勢を崩していく。密集陣形であったが故に、着弾と炸裂による被害は甚大だ。
砲撃が続けば続くほどに世界が綻びていく。
空に亀裂が入り、地面が崩壊する。
熱砂を吹き抜ける風が止んだとき、人の臨界を極めた王と彼の生き様に魅了された臣下たちの果てなき夢が終わりを迎えた。
海辺に戻されたライダーがもう一度
消費魔力がすこぶる劣悪でありながら、こちらに損害を与えられないのでは無駄なのだ。
代わりにライダーは『
神牛が曳く
内部でなければもう一つの宝具が使えないのだ。
ライダーが来るまでの間に勝利を祝そうと、セミラミスが金色の杯を取り出した。黄金色の甘ったるい香りはワイン……ではないらしい。
無言の乾杯を済ませ、微かなアルコールの臭いに怯みながらも何とか酒を飲み干す。
酔うほどの酒でもなかったのか、平然とした様子でセミラミスは再び水晶玉の操作に戻った。
次第に激しい雷鳴がこちらに近づいてくると、
「そなたの初陣にはちともの足らん相手じゃが、まあよい。手筈は万全であろうな?」
「当然だ。時間は十分だったしな」
そんな雑談に明かしていた。サーヴァントの配置は完璧だ。後は蜘蛛の巣にかかった羽虫が弱るのを待つのみである。
牛の嘶きと車輪の回転する音、雷鳴の轟きが最高潮に達すると同時に、扉が粉砕された。
「来たか。待ちくたびれた」
玉座の脇に立ち、侵入者を見下ろす。
相手の表情などに興味はない。奴らはもうじき死ぬと言うのに、そんなもの、何の意味があるんだ。関心を払うだけ時間の無駄でしかない。
御者台から矮躯のマスターと巨漢のサーヴァントが降り、こちらを見上げる。
「心を持たない貴方に聖杯は渡さない」
「頭の悪いお前に聖杯は相応しくない」
気に入らない目だ。苦難も悲しみも、一人で背負ったことのない、そのくせ鉄の意思を持った人間の目……隣に友がいることに甘えている不快な目……。
こんな幸せそうな奴に、聖杯を求める理由なんてあるものか。
ライダーは凧刀を鞘から引き抜く。
女帝を玉座から引きずり下ろし、略奪するつもりなのだろうか。それは分からない。だが、これで全てが決したことだけは確かだ。
「……ぬぅ!? こ、これは……抜かったわい!!」
近接戦に不得手なサーヴァントが罠の一つも用意せずに構えていると思っていたのか。
セミラミスがアサシンのクラス適正で獲得した対人宝具『
男性・国王・英雄として語り継がれる真名のサーヴァントに対し治癒不可能の猛毒となるセミラミス本人の血液。
それを無味無臭にして無色透明のガスに変換し、空中庭園内に充満させることでライダーを仕留める。
ニノス王を結婚から数日で殺めたセミラミスらしい宝具だ。毒の威力が魔力ステータスに左右される以上、空中庭園の中で使わないと確実性に欠く。
激しく咳き込み喀血するライダーに伊勢三が駆け寄る。敵を前にして隙だらけと言わざるを得ない。
ここから眉間を撃ち抜こうと拳銃を構える。
それに気づいたライダーは巨体を盾にして伊勢三を庇った。
「毒なんぞ……これまで何度も飲んできたわい……これしきの毒で余がくたばると思いおったか!!」
火事場の馬鹿力か、それとも死ぬ間際の底力か。
大気が振動するほどの強烈な一喝で身体を持ち直し、獰猛な笑みを浮かべ階段の上にある玉座を目指して迷うことなく進んでくる。
人間でありながら大きすぎる夢を抱き、追い求め続けた鮮烈な生涯は臣民の心に熱を与えただろう。
常に進み続ける。止まることなく、迷うことなく、悔やむことなく歩み続けた生き様に光を見いだした者たちがいただろう。
そして、サーヴァントとして再び仮初めの肉体を得たならばいつかの夢を叶えようとする愚直さはマスターの心を奮わせただろう。
しかし―所詮、夢は夢だ。
この世に無限はない。
だが、劇は終演を迎えるからこそ感動がある。
いくら繁栄を極めようと滅びが忍び寄るように―
醒めない夢など、そんなものは空想の世界でなければ成り立たない。
「アサシン、やれ」
――この茶番も終わりだ
「御意」
駆け抜ける影。
決着は一瞬だった。
「――――――」
ライダーの向こう側から覗く黒い襤褸。
首筋から鮮血を吹き出して崩れ落ちた友の正面で、玉座に向かって跪いていた何者かが立ち上がる。
華奢ながら引き締まった四肢は女性特有の丸みを帯びており、その身は影をくりぬいたような漆黒の襤褸で包まれている。
蒼白い無機質な髑髏の
ライダーは戦闘不能、対して俺は二体のサーヴァントが無傷だ。セラフでなくとも、勝負ありと判断しただろう。
壁の展開と同時に空中庭園も発動を解除され、自動的に地上へと転送された。
死した征服王はノイズに蝕まれ、白い少年が友の骸にすがる。
「行こう。この場に用はない」
「うむ。速やかに個室へ戻り、改めてそなたの初勝利を美沙夜にも讃えさせねばならん」
俺は白けた気分で、セミラミスは受かれた様子で出口へ向かって歩き出す。
激しく打ち付ける荒波の音に混じり聞こえる背後からの慟哭も、すぐに届かなくなった。
今回の戦いでの損失はなし。ハサン・サッバーハが俺と契約したことを知る人間は始末した。
一片の曇りもない完全な勝利を手に入れることが出来たのはセミラミスとハサンの力あってこそだ。個室へ戻ったら、二人を労わないと。
そんなことを考えながら、校舎へ戻るためのエレベーターに乗り込む。
扉が閉まる寸前に、俺は思い出したように
「――幕切れは興醒めだったな」
と呟いていた。
セラフによって消滅させられる間際の伊勢三が右手を伸ばしていたが、聞こえていただろうか。
心残りはそれだけだった。
ザビーたちでは出来ない十重二十重の罠を用意した堅実な戦術を駆使した決戦は如何でしたでしょうか。
セミラミスのもう一つの切り札『
宝具名の元ネタはセミ様の本名と、セミ様を題材にしたオペラの代表作から拝借したやっつけ。
セミ様の本名はサンマラムートで、セミラミスは本名のギリシャ読みなんです。効果はニノス王を暗殺した条件(男性&王)+オリジナル。
とりあえず、百の貌のハサンで征服王イスカンダルを撃破出来たのが感無量です。
感想や評価、細かい質問もお待ちしております。
次回からは六回戦……今年中にEXTRA編だけでも終わらせたいです(諦観)