ジャンヌはボイス付きで喋るのですよ。
そして分かるか分からないかギリギリなヒントが散りばめられた映像……。
本当にFateは前情報から興奮させてくれますぜ。
『百の貌のハサン』こと十八代目ハサン・サッバーハがアサシンとして現界した際に獲得したクラス別スキルA+ランクの『気配遮断』は全ての人格が独立してもランクダウンしない。それを利用して周は彼らを百人近い巨大な諜報集団として運用している。
無論のこと、セミラミスがもう少し間諜に長けていればハサンの負担も減るのだが、それは望むべくもない。固有スキルの特異性が災いしたせいか、気配遮断できるキャスターに近いからだ。おまけに陣地作成スキルを使う神殿宝具と罠型宝具など、一対一のトーナメント形式であるセラフの聖杯戦争ではまともに使いこなせるものではない。
多くのNPCはセミラミスと契約した周が一回戦でカルナに負けると予想していた。
それが天才フラット・エスカルドス、ダークホース六導玲霞を筆頭に優勝候補たちを次々と退けつつ第二、第三のサーヴァントまで従えて四つ目の令呪を獲得し、おまけにアトラス院謹製の特殊礼装まで手に入れたのだ。
予想不能な五回戦の行方はNPCたちにとって格好の話のタネである。
五日目の昼下がり、図書室の管理AIである間目とアリーナ管理AIの有稲は利用者のいない図書室で他愛もない雑談に花を咲かせていた。
「……サーヴァントだけならそりゃあレオか沙条さんだけど、マスターは人間なんだからアサシンが付け入る隙はあるわよ」
「円卓の騎士サー・ガウェインに搦め手が通じるの? なんか気配遮断とか余裕で見破りそうじゃない、あの白セイバー」
「それを言ったら李書文を打ち負かした赤セイバーもかなりやり手ね。個人的に伊勢三くんのライダーは隠し玉を持ってる気がする。なーんかあのライダーはトンデモ感がするのよね」
取るに足らない憶測で二人は盛り上がり、今回の優勝者の予想を立てていた。
レオ、白野、周の三人にまで絞ったところで中々意見がまとまらずにいた。
「ぶっちゃけた話さぁ。白野くんも周くんも格上キラーなところがあるから、レオくんや綾香さんが負ける可能性は捨てきれないよね」
「周くんなら七回戦でもお構いなしに校舎内で仕掛けそうだなぁ。彼の性格じゃあやりかねないよ」
「確かに。あのサーヴァントと契約できる時点で人格難なのは間違いないし」
「でしょでしょ。生き残ったサーヴァントの中でも一際に質の悪い英霊だもん、彼女」
ムーンセルが管理するサーヴァントの記録の中でも、セミラミスの危険度は群を抜いて高い。彼女を引いたマスターが五回戦まで勝ち進んだのはずいぶんと久しいことだ。
これまでに敗退したマスターたちにはサーヴァントとの信頼を築けなかった者も少なくはない。が、マスターへの信頼など端から存在しない大ハズレでここまで勝ち進んだことは期待できそうだった。
聖杯戦争を観客として楽しむのは管理AIたちのささやかな楽しみなのだ。
それは上級AIでも変わりはなく、ザイードに監視されているとも知らず、二人は更に盛り上がりながら六回戦に進むマスターの予想を立てていた。
校内で密談をするなら今や各マスターに与えられた個室でする他にない。プライベートな空間を持たないAIの話は、周ただ一人にのみ筒抜けである。
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保健室に常駐している健康管理AIのカレンが淹れる紅茶をお供に、白野は綾香が自身に使用した違法術式である刻印蟲の説明を受けていた。
丁寧な物腰とは裏腹に氷の刺が見え隠れするシスター・カレンの言動のせいか、保健室の空気はいつにも増して冷たく感じられた。白で統一された色彩も寒さの一因であろう。
おまけに内容の凄惨さも手伝ってか、白野もセイバーも紅茶に手をつける気になれなかった。魔術師としての常識を持ち合わせない両名に、魔術師の暗部に触れるだけでも精一杯なのだ。
先日に白野が助けた沙条綾香の身体を蝕むウィルス型の術式『刻印蟲』の大元は、海外から日本へ移り住んださる魔術師の一族が使役する使い魔の中でも特異なモノである。
それは陰茎の形状をしており、口や女性器、肛門から体内に侵入して使用者に寄生、以後は宿主の体内で肉体を食らうことで魔力を精製する擬似的な魔術回路として機能する。
無論、魔力が十分にあれば宿主の負担は少ない。自身の魔力を蟲に奪われ、魔術師としては致命的な代償を支払うことになるのだが。
だが元より現界するだけで大量の魔力を必要とするサーヴァントの中でも、殊更に高燃費なランスロットを戦わせるには、尋常でない魔力が要求されることは必然的だ。
そうなれば刻印蟲は不足する魔力を宿主の肉体を貪ることで補充する。
それが沙条綾香の衰弱の原因であるわけだ。
「私からは痛覚を和らげる処置をすることしか出来ません。それも所詮はその場しのぎの騙し技、時間とともに効果が薄れたら再び痛みに苛まれるでしょう」
「除去すればサーヴァントに魔力を吸い付くされ、サーヴァントを戦わせていれば蟲に身体を内側から食いつくされる、か。余も罪人を動物刑に処したことはあるが、それよりもなお惨いな」
全身の穴から体内へと蟲が入り込む情景を想像して青ざめたセイバーとは逆に、カレンは一貫して冷ややかな態度である。
彼女はどんなマスターに対しても平等に厳しく接する主義なのか、常に最低限の措置しかしない。沙条綾香には一時的に痛覚を和らげる薬品を飲ませただけだった。
白野は魔術の知識などまともにないので、刻印蟲の仕組みなどまるで分からない。だがそんなハイリスクな手段に頼った綾香の意志の強さがいかほどかは十二分に分かった。
「岸波白野さん、これだけは断言します。彼女は確実に七回戦まで持たないでしょう。沙条綾香の肉体情報は既に三割が食い荒らされていました。この調子なら、六回戦半ばが峠です」
まさしく手術も空しく患者が死んだことを報告する外科医のようにカレンは『沙条綾香は必ず死ぬ』と白野に告げる。
セラフではアバターですら生身の肉体として再現されている。刃物で斬られれば血が出るし、鈍器で殴られれば最悪、骨が折れる。そんな世界で生きたまま肉体の三割を内側から食われる恐怖など、白野には到底想像できる感覚ではない。
文字通り医者が匙を投げた事実を受け入れた白野は、チクチクと痛む心を堪える辛そうな笑顔でカレンに紅茶の礼を告げて保健室を後にする。
銀髪のシスターは心のない世辞を返して、日課となっている主への祈りを始めた。
つつがなく聖杯戦争を終らせ給え――シスター・カレンの祈りはただそれだけである。
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白野が凛とラニの手作り弁当を堪能している頃、周は一人噴水前で購買の弁当を広げていた。
人気のない噴水前には花壇の管理AIがいるはずだが、彼女はいないので学生の頃と同じ一人飯である。好かれこそせず、嫌われるのだけは誰よりも上手な周は学校での食事は常に一人だ。
セミラミスはまたどこかを散策し、ハサンは校内の監視をしているので今の彼は完全に孤独だった。
「…………」
五百円玉を一枚出せば買えそうな、安っぽい唐揚げ弁当を淡々と口に運ぶ様は、周囲ののどかな雰囲気とちぐはぐだ。
不味そうでもなければ美味そうでも、不満も満足もない食事は食事ではなく捕食と言える。当人にとってはただの栄養補給に過ぎず、満腹感による安らぎがあれぱ十二分。そんな印象だ。
半分を咀嚼して胃袋へ押し込んだところでベンチに置いていた紙コップの水を一息に飲み干す。
機械的に栄養素を摂取する周は味覚や食感などに意識を割かず、ひたすらイスカンダル対策をどうすればよいのか思案している。
(……ランスロットのマスターが刻印蟲を使うとは、何とも皮肉なもんだ。スパルタクスを六回戦まで残さないといけなくなったのは厄介だが……)
頭数で負けるため、手数で勝るセミラミスの神殿宝具『
スパルタクスをランスロットにぶつけて刻印蟲に綾香を殺させる策が安全且つ手軽だと考えたは良かったが、そうなればイスカンダルにバーサーカーをぶつけるだけではいけない。
(ハサンに『
手詰まりだと諦観が脳内をよぎり、それはないとはすぐさま否定する。
(どこかに必ず糸口はある。マスターもサーヴァント も手傷を負っているなら、そこを更に抉るなりすればハサンにも……)
相変わらずの思考回路で外道な計略を練り始めた所で、背後に見知った気配が――
「教室では和気藹々と昼食をしているマスターたちもいると言うのに、貴方は色々と貧しいランチだこと」
「そいつらはどのみち死ぬ。束の間の幸せくらいは楽しませてやればいい」
サンドイッチのセットを片手に提げた美沙夜がせせら笑いながら周を見下していた。が、これは形式化した挨拶なので周もあっさりと流してしまう。
何の断りもなく、流麗な挙動で美沙夜は周の隣に腰掛け、嫌味な流し目で尋ねる。
「これは愚問ではあるけれど、五回戦……勝てるのでしょうね?」
「愚かすぎて腹がよじれるな。勝ち進んだマスターへの対策は二重三重に用意している。油断はしていない」
どれだけ愚弄しても無感情な周の反応に美沙夜は苛立ちを感じた。
まるで無視されているような、一人の人間ではなく労働力としての家畜、もしくはただの道具としか見られていないような気分になるのだ。
そしてそれは全く完全に正しいのである。
周はこれ以上に美沙夜が暴走するなら剥製にして部屋に飾る腹積もりであった。手足は球体間接に、目は陶器の義眼にする予定だ。
しかしながら、その事実を彼女はまるで知らない。
周が自分の本心を自分のサーヴァント以外には見せないよう振る舞っているのが、この危うい均衡を保っていることは確かだ。
それがいつ崩れるかは、誰にも分からない。
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吐いても私は知りませんし、そういう性癖に目覚めても知りません。
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