Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

30 / 53
 strange fake書籍化するそうですね。
 これにて長らく断片的な設定と短編だったprototype、Apocrypha、strange fakeの全てが正式な書籍として手に入ると思うと感無量です。
 ケイネス枠の見当たらない斬新な聖杯戦争に胸を膨らませつつ、こちらもお楽しみいただけたら幸いです。
 


第五回戦:変貌

 人々の『こうだったに違いない』という想像によって形を与えられた『 虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン) 』 の内部はセミラミスの趣味で、悪趣味全開の絢爛と混沌の極致を内包した、複雑怪奇な装いとなっていた。

 毒々しいことこの上ない艶花を咲かせた蔦が金細工で飾られた柱に絡み付き、極彩色を突き詰めている。

庭園の応接間で向かい合うセミラミスとイスカンダルは、互いのマスターを侍らせている。

 居心地の悪いことこの上ない俺は、部屋の隅で少しだけ不快感を滲ませながらサーヴァントによる対談を眺めることにした。

 この空気でも落ち着いていられる伊勢三はやはりただ者ではないらしい。自分が普通なのは間違いないはずなのだが、まるで俺が小物であるかのように思えてしまう。

 イスカンダルの持ち込んだ酒樽が床に置かれている様がこの場に不釣り合いで、どこか滑稽ですらあった。

 征服王の拳が樽の蓋を叩き割り、豊潤なワインの香りが毒気に満ちた庭園の空気と混じり合う。

「まずはこの場を調えたお前さんへ礼をせんとな。そこの頑固者を説き伏せた功績に報いるのは王たる余の務めよ」

 それは俺に対する嫌みか当て付けなのかと口を挟みたかったが、流石に今回は自重した。

 自前の酒器でワインを汲み上げたセミラミスは無言で黄金の杯を呷る。華奢ながらも豪胆ささえ感じさせる飲みっぷりだが、不思議と色気がある不思議な光景だ。

 杯を一息で空にしたセミラミスは可もなく不可もなくといった顔で樽の中身を一瞥する。購買でも最高級の酒しか買わなかった所からして、相当に舌が肥えているようだ。

 イスカンダルも持参した漆塗りの杯をワインで満たし、すぐさまに飲み干してしまう。

「酒の肴は、そうさなぁ……。無難に聖杯への願いにでもしておこうか」

「最善だな。それでは征服王よ、貴様はムーンセルに何を祈るつもりだ?」

 言うまでもない質問を形式的に投げかけたセミラミスの呆れた表情にも関わらず、イスカンダルはニッカリと白い歯を見せる。

「余は今生の友と一人の人間として共に地上へ降り、改めて世界を狙う。ついでに西欧財閥どものつまらぬ箱庭ごっこも終わらせてやるわい」

 マスターと一緒にムーンセルを出た後に二度目の遠征を開始することがイスカンダルの目的であり、願いは『受肉』ただ一つ。それはセミラミスと同じ願いでもあった。

 故に彼女は喜悦に満ちた邪悪で美麗な笑みを浮かべ、正面に座した屈強なるマケドニアの大王を見た。

「貴様もまた世界を欲するか。おまけに西欧財閥を潰すときた。欲深という部分では、意外に貴様と我は似た者同士なのかもしれんな」

「そりゃあ征服王たる余とアッシリアの女帝ならば欲深さで優越はつかんだろうて。男欲しさに戦を起こした女帝と、夢のために大遠征をおっ始めた王の欲は底無しよ」

 グビグビと杯で酒をすくっては飲み干す征服王は、鋭くも力強い目でセミラミスを見据えている。

 当のセミラミスは煽るようなにやけ顔でイスカンダルを眺めている。俺も人のことを言えた立場ではないが、流石に不誠実である。いや、こればかりは俺も大概なので口にはしないが、このサーヴァント、中々に性格が悪い。

 それも今に始まった事ではないし、こんなマスターと相性がいい性格なんてロクでもない人間であるのは言わずもがなだ。

 少しばかりイスカンダルは不機嫌そうな雰囲気ではあるが、談義を続ける。 その声は神妙で、普段の彼からは考えられない深みがあった。

「本音を言えばな、余は友に生きる楽しみを教えてやりたいのだ。友が辛く苦痛に満ちた生しか知らぬなら、朋友たる余が生きる楽しみを示してやらねばならん。それが、再び世界へ挑む理由だ」

 新たな友への強い想い――征服王はまさしく絆の力を信仰する英雄だ。

 サーヴァントとして契約した魔術師にそこまで入れ込むのも、たったそれだけのために聖杯を望む厚顔無恥で傍若無人な態度も立派な暴君だ。

 あまりにも無意味で無価値な願いで個人的には肩透かしだったが、セミラミスは何を感じたのかクックッと肩を揺らしている。

「ククク、こいつは最高だぞ我が主よ。フ、フフフ……ハハハ、フハハハ」

「……何がおかしい」

 頬を朱に染め笑い転げるセミラミスの声には有りとあらゆる信念を否定し、意思を踏みにじる黒い愉悦があった。

 征服王の問いに女帝は目尻の涙を指で拭い、息も絶え絶えに答える。

「杯を潜らせた時に毒した酒を何杯も飲みおって。貴様、既に解毒も効かぬ量の我が秘毒を取り込んでおるのに気づいておるのか?」

 ……やりやがった。

 こいつは始めから殺すつもりでこの場を整えたのだ。酒器に毒を仕込み、樽の酒に浸した時に毒が溶け出すよう細工していた。征服王がまともな酒を用意して来ないことを見越して、こんな質の悪い策を弄したのだろう。

 イスカンダルは血反吐をぶちまけながらも、鬼神の形相で戦装束へ瞬時に着替える。腰に差した剣へ手を伸ばすより先に、俺の構えた拳銃から放たれた弾丸が伊勢三の右肩に真紅の華を咲かせる。

「……貴方のような人に、僕は負けない!!」

「――――!?」

 利き腕を封じて油断した隙を突かれた。

 伊勢三は無傷の左腕を払い魔術措置の施された鎖で殴り付けてきた。勢いよく吹き飛ばされた俺は拳銃を手放し、蛇のようにしなる鎖によって壁に叩き付けられる。

「グファァッ!」

 そのまま鎖は俺の首を締め上げてくる。徐々に床から足が離れ、意識が遠退いていく。

「ライダーの想いは僕が守る。南方さん、貴方のような邪悪な人間に傷つけさせはしません!!」

 

 ――俺は負けるのか。こんな『  』そうな奴らに

 

 何もかもが朦朧とする中でふと浮かんだ呟きで、何かが動き始めた。

 今までに感じたことのない暴力的なほど熱い血潮が全身を駆け抜ける。それは真っ赤などでは到底なく、心に宿った焔の如く黒い、負の熱だった。

 

 鎖から解放された俺が見たのは、左腕を根本から失い床を鮮やかな血で汚す伊勢三と、口元をどす黒い血反吐で汚した征服王の姿だった。

「この借りは必ず返してやる。お前らの夢は俺が直々に打ち砕く……。覚悟していろ、盗人の王と死に損ない」

 痛む身体に鞭打って拳銃を回収した俺は、激痛に悶える伊勢三の腹へ全体重の乗せた踏みつけをしてから、ハサンが実体化するより先にリターンクリスタルを起動する。

 この問答で分かったのは、結局、伊勢三は俺の敵でしかなかったということだけだった。

 だが所詮はそれだけのこと。別に変更点が生まれたわけでもないし、やり方を変える訳でもなく予定通りに先へ進むだけだ。

 

 今までのように排除して六回戦へ備えねば。

 

 

 

 

 セミラミスの毒杯でライダーに、新しい礼装で伊勢三に損失を与えられたのは好都合だったが、あの奇怪な蛇の刺青にはとんでもない副作用があったらしい。

 生命の危機に瀕して刺青型礼装『悪蛇王(ザッハーク)』が起動して伊勢三の左腕を食いちぎった……ところまでは特に問題ではない。

 問題の副作用とは、取り込んだ相手の肉体の情報量に応じて所有者の肉体を変化させる、かなり面倒な性質である。

 今回は左腕を丸々一本だけなので、顔色がいくらか健康的になっただけだ。しかし、人間一人となるとかなり大きく書き換えられるだろう。

 まだ取り立てて害は出ていないが、放置しておくには少しばかり危なっかしい。

 ラニ=Ⅷを捕まえて制御方法を聞き出さないと、いつか取り返しのつかないことになりそうで妙に落ち着かない。

 変に居心地が悪いのはセミラミスの態度が不自然だからなのだが、個室に入ってからというもの、玉座に腰掛けてずっと所在なさげにしている。

『……どうしたんだ、あいつ』

『主の変貌に動揺している……のでしょうか』

 そう。まさにハサンが指摘した、俺の容姿が変化したことに驚いている、というのがセミラミスの不自然さに対する理由のはずだ。

 しかしそれしきのことであの女帝がこうも落ち着かなくなるのか? 何らかの琴線に触れたか引き金を引いたのだろうか。

 どうしたものかと思案しているが、最適の答えは見つからない。決戦日までに解決できれば良しとする他になさそうだ。

 常に問題がつきまとうのかと不思議に思いながらため息をつく。

 まるでそれが合図であるかのようにハサンの一人が実体化し、黒い靄と共に俺の正面で跪いた。

「申し上げます。岸波白野が衰弱した沙条綾香を保護、保健室へと連れて行きました」

「沙条綾香の具合はどうか」

「魔力の不足は改善しております。が、 特殊なウィルスに感染しておりそう長くはないかと」

 気のせいだろうか。そこはかとなく嫌な予感がするのは。だがその理由を見つけることはできず、ハサンの報告は続く。

「ウィルスは宿主の肉体を糧に魔力を精製する、生きた魔術回路とのこと。名を『刻印蟲』と呼ぶ違法術式の模様でございます」

「他に報告は?」

「岸波白野は沙条綾香より魔術の手解きを受けております。恐らく、何らかの特殊な魔術を修得してしまうでしょう」

 ……ここに来てあちらもパワーアップか。

 勝ち目がないわけではないが、面倒ではある。

 ハサンに礼を言い実体化を解かせ、傍らで佇むシャーミレにライダーについて問いかける。

「毒に冒された征服王はやはり脅威か?」

「はい。弱体化したところであちらはライダー、対してこちらはアサシン。真っ向勝負は我らが不利です」

「では空中庭園内部での不意討ちならどうだ?」

「場合によります。さらに毒を与え、マスターを弱体化させれば隙もありましょう」

 どのみち勝敗は俺にかかっているのか。

 正面切って戦うのはこちらに不利だが、流石にそう何度も何度も不意打ちを許すほど先方もバカでなければ勝率は低いように思える。

 この際でもあるし、そろそろスパルタクスの封印を解くのも悪くはない。あの反逆者も、マケドニアの征服王を見れば打ち倒さずにはいられまい。

 ……ここは一つ、馬鹿同士でとことん潰しあってもらうとしよう。

 俺に被害がないなら特に問題ではないな。




 周が少しだけイケメンになりました。
 肉体強化を数値で示せないため外見の変化で表してみました。

 感想、評価お気軽にどうぞ。
 お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。