皆様も太陽光を侮ってはなりますぬ。
誰だよカルナの宝具は一発花火なんて言ったの!?
伊勢三から手紙を受け取った日の夜、個室でダラダラしているとセミラミスが何か思い付いたのか、いきなり立ち上がってこちらに来た。
葡萄酒に飽きたからと買わせた清酒を注いだグラス片手に、悪巧みをしているのが一目で分かる顔で適当な本の山に腰かける。
「小僧、明日からはあの伊勢三とやらいう餓鬼の戯れに付き合ってやれ」
「……いきなり何を言うかと思えばそれか……」
このサーヴァントが嬉々として他人のあれやこれに強い好奇心を抱きやすい性質であることは予想していたが、まさか実害が伴おうとは。
不愉快に感じている様子を匂わせながら、腕に絡み付いてくるセミラミスの視線を避ける。が、顔を無理矢理に付き合わされて逃げ場を失ってしまう。
「あの餓鬼は並々ならぬ悲願を抱えておると見た。それがどのようなモノであるか分かれば、踏みにじる楽しみも幾らか増すであろう」
このサーヴァントは俺には到底理解の及ばない世界で生きてきた人間だから仕方がない。
そう割り切って渋々承諾しておく。ここにきてヘソを曲げられても困るし、断るメリットもこれと言ってない。
上機嫌のセミラミスは一先ず置いておいて、俺は左腕に浮かび上がった歪なタトゥーのことを考える。
ラニ=Ⅷから受け取った
円環の蛇と言えばウロボロスだが、どうも具体的な能力が分からない。ラニ=Ⅷの出自から推察するに、アトラス院が保有する七大兵器とやらである可能性が高いのだが……。
まあ、明日にでもラニ=Ⅷを捕まえて使い方を聞き出せば問題はない。
しかし、魔術師という生き物は融通が効かないから鬱陶しい。人がアリーナ探索に励んでいる真っ最中に下らない連絡を寄越しやがって。
王道がどうのこうのと書かれていたが、興味がないので『知るか』と返した。
あまりにも馬鹿馬鹿しい。
お前らの世界でゾンビウイルスがバラ撒かれようと核戦争が起きようと俺には関係ないことだ。滅菌作戦でも新冷戦でも勝手にしていろという腹だ。
「世界の救済ほど狂った悲願でも祈るつもりなら尚のことよい。あやつの眼前で時代を混沌の渦に巻き込んでやろうものよ」
月明かりに照らされた肌は蒼白く耀き、艶めく黒髪は一層に妖しさを増す。
かどかわすように耳元で囁くセラミラスはアルコールが回ってきたのか、ほんのり上気して桃色になった頬を悪徳で染め上げる。
彼女にとっては背徳こそ至上の恍惚をもたらす媚薬なのだろう。
如何なる形か分からない我が身にとっての愉悦を識るためなら、古の大哲学者に倣い敢えて毒杯を呷ってみるのも一興だ。
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マケドニアの征服王を従える伊勢三少年にとって、此度の対戦相手が会話に応じてくれるようになったのは幸いと言う他になかった。
それまでの南方周は類稀なる拒絶の殻に篭った人間という印象だったが、誠意が通じない相手ではなかったのだ。
教室で自分の席に腰かけた周は、細面の蛇を思わせる特徴的な顔付きであり、そこへ神経質な性格の滲んだ表情を浮かべているが、伊勢三はそれに臆す様子を見せることはなく聖人のように微笑んでいる。
「我が主に話があるそうだが、よもやこのまま何もせず終わらせるつもりではあるまいな」
双方に横たわっていた沈黙という名の倒木は、征服王と睨み合っていたセミラミスによって破棄された。
周は微動だにせず、機械的な動きで伊勢三を横目に一瞥しまた目線を正面へ戻す。
気まずい空気に業を煮やしたのか、イスカンダルも口を開いた。
「済まんな、余のマスターはちぃとばかし奥手なのだ。しかし、聖杯戦争で参加者が語らう事など限られておろう?」
「無論だな。では手始めに我らが語らうというのはどうだ? 王として貴様とは腰を据えて話がしたい」
「そいつはいい! ムーンセルめに呼び出された身とは言え、時の英雄と語り合うのは心躍るものだ! その提案に乗らしてもらおうか」
サーヴァント双方は各々のマスターに許可を求め、主人たちは首肯で答えた。満足げになる二人の英霊だったが、ここで周が口を挟んだ。
「ここでは盗み聞きされる。続きはアリーナでする」
「そこまで気にしなくても……」
「俺は気にする。他人に自分の腹の内を明かすなんて考えただけで怖気が走る」
眉間にシワを刻みながら呟く周の目は、妖刀めいた邪気と冷気に満ちている。二十年も生きていない少年がそこまで強大な悪意を宿していることに、伊勢三と征服王は酷く落胆した。
二人が哀れみの目で自分のマスターを見ている理由が分からないセミラミスはまず困惑し、すぐに不快感へと形を変え、怒りの表情となる。
ライダーたちの死角にあたる教室の隅では、もう一体の
(バレているのか? 隙があるのかないのか分からん奴め……)
アリーナへ誘導することにはなんとか成功した。が、肝心の次手が定まっていないため、周の緊張は果てしないものだった。
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伊勢三はいつでも仕留められるだろう。
疑うことを知らない聖人君子が丸裸で戦場に出れば、砲弾の爆裂で四肢が吹き飛ぶか、弾丸で五体を蜂の巣にされるのがオチだ。
問題はコイツのサーヴァント。マスターが死んだら例外なくセラフによってサーヴァントもデリートされるが、完全消滅には僅かながらブランクがある。その間にあのキュプリオトを振るわれたらおしまいだ。
首尾よくアリーナへ連れ込んだものの、果たしてどう対処すべきなのか。こればかりは策がない。手詰まりである。
こちらから話したい事などないし、あちらは勝手に照れ臭くなってしまい会話が起きない。まぁ、それはサーヴァントに投げてしまえばいい、か。
「さて征服王よ、やはり王の語らう場には酒がなければならぬと思うのだが……どうか?」
「言うまでもなかろう女帝よ。泉の辺りならば河岸によかろう、一先ずそこへ向かおうではないか」
セミラミスの提案を承諾したイスカンダルは
何をしようとしているのか理解するのが一拍遅れてしまい、俺のサーヴァントは自信満々に宝具を発動。視界がホワイトアウトし、再び色を取り戻した時には空中庭園の内部にいた。
「こいつはたまげた!! かのペルセポリスを凌ぐ宮殿とな!?」
玉座に君臨するセミラミスの傍らに俺がいて、下座に立たされたライダーたちは、空中庭園の絢爛豪華にして混沌を極めた装いに見蕩れている。
挙句の果てに、眼を見開きっぱなしのイスカンダルは伊勢三もそっちのけで、何の躊躇いも無しに謁見の間を散策し始めた。
そりゃあ、ペルセポリスより遥かに昔から信仰されてきた伝説の空中庭園なんだからスゴいだろう。俺はどちらもよく知らないが、征服王が略奪したくてウズウズしているのがその証左だ。
『あの馬鹿め、我をキャスターと誤りおったわ』
『大神殿を越える空中庭園を見せられてアサシンだと思う阿呆がどこにいる』
爆笑したいのを必死に堪えたセミラミスに取りあえずツッコンでおく。ハサンたちにばかり重責を押し付けるのは酷と言わざるを得ない。
密かにそんなやり取りを交わしつつ、セミラミスに案内される形で部屋を移す。
これから敵と宴会をするなんて……。一回戦の時には予想だにしていなかったことだ。
セミラミスに言わせれば、これもまた聖杯戦争の妙なのだろうか。だとしても俺にはやはり理解に苦しむだけだが。
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対戦相手は姿を見せないし、周の脅威もあるのに現状に何ら変化のないまま来てしまった。凛とラニを助けないといけないのに、俺はなんて情けないんだ。
セイバーもあれほど周を信じるなと警告してくれていたのに、どうして素直に聞いていなかったんだろうと思うと、かなり辛いモノがある。
「そう落ち込んでくれるな奏者よ。確かにレオやアマネはそなたより魔術師としても戦士としても遥かに上手だ。だがそなたには余がいて、凛とラニもおる。力しか持ち得ぬ輩など敵ではない!」
「……そうだな。ありがとう、セイバー」
「うむ。もっと撫でてもよいのだぞ?」
子犬の尻尾みたいにアホ毛をピコピコさせるセイバーの様子に自己嫌悪が和らいだ。掌に伝わるセイバーの髪の感触が心地いい。柔らかくて、それでいてしなのある気高い黄金色だ。
クシャクシャにならない程度で彼女の頭を撫でていると、背後で重い物が落ちるような音がした。校舎での襲撃はあり得ないと思っていても、一日目の件があってつい反射的に振り返ってしまった。
目の前には廊下に倒れ込んだ少女。
思わず身構えてしまったが、彼女は確か沙条綾香という東洋の魔術師だ。一回戦の時にシンジが散々絡んでいたので印象に残っていた。
「大丈夫……ではなさそうだよな」
「気を付けよ。あれも何かの罠かもしれんぞ」
とりあえず注意しながら近づくと、死んだように蒼褪めた顔で弱弱しい呼吸を微かにしているだけだと気づく。放っておけばこのまま息絶えてしまうのが否応なく理解出来ている。そして理解した時にはもう手遅れで、俺は少女を担いで保健室へ行こうとしていたのだ。
セイバーが呆れているのが分る。でも、ここで見て見ぬふり出来るほど俺は器用でも割り切れてもいない。助けられるなら、自分が手を差し伸べられるなら、どんな結末になろうと選択する。
――後悔は轍に咲く花のようだ。歩いた軌跡に、さまざまと、そのしなびた実を結ばせる
俺は後悔したくない。
決断しなかったことを悔やむことだけは、絶対に。
だから決めた。
この手で救えるモノは、全て救ってみせる。
万能の願望機を手にすれば、それも叶う祈りのはずだ――――‼‼
今回はザビーが何やら覚悟完了してました。
それが吉と出るか凶と出るか神のみぞ知る……。
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