Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 この話を考えるのに一週間かかったことをお詫びします。
 相も変わらず味気ないバトルシーンとモヤモヤしか残らないラストをお楽しみください。


狩猟ゲーム:鮮血魔嬢

 歪な長槍と紅蓮の大剣がぶつかり合う。

 血に濡れた歌姫と燃え盛る皇帝の戦いは熾烈を極める中、白野は魔力の奔流が生み出す擬似的な暴風にさらされていた。白野を一方的に殴る風はガラスの欠片と木枠の破片を巻き込んで室内を吹き荒れている。

 グロテスクなオブジェクトは余波を受けて片っ端から破壊され、もげた手足が散乱する。

 生殺与奪の渦中にあり、十中八九で死ぬであろう状況に置かれているはずのランルーは静かだ。

 感情の読み取れないピエロメイクにあって、淵のような双眸が放つ強烈な視線。それだけであるにも関わらず、壊れた道化師からは確たる『意思』が感じられた。

 四回戦の対戦相手ではないにしても、こうして相対した以上、白野に引き下がるという選択肢はない。立ちはだかる壁を、何がなんでも乗り越えて進むと決めていたのだ。

 傷ついたセイバーをコード・キャストですぐさま癒し、筋力や敏捷ステータス強化を行い、均衡を崩そうとする。だが、ランルーもより高度な術式でバーサーカーを補助しているため、不利に追い込まれないよう踏ん張るのが精一杯だ。

 消耗戦で自分が不利である手前、出来るだけ早く決着をつけてしまいたい。バーサーカーの狂笑による精神干渉に、最低ランクの対魔力しか持たないセイバーが何処まで持つかも分からない。

 決め手に欠けた戦いがいつまで続くのかと、白野が不安に刈られた瞬間、校長室の天井が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

「チッ。階下の雑兵もろとも吹き飛ばす腹積もりであったが、魔力不足であったか」

 校長室の上階から白野たちを見下ろす黒衣のサーヴァントが口惜しげに呻く。その傍らでは涼しい顔をした長身痩躯の生徒が控えている。

「ごり押しでここまでやれたら上出来だ。惜しむらくは、一網打尽に出来なかった事ぐらいさ」

 粉塵と瓦礫を切り裂いたセイバーが白野を庇う位置に戻る。その背後にはハサンもいるのだが、この事実を知っているのは周とセミラミスのみだ。

 二騎のサーヴァントに狙われている状況でありながら、エリザベートは軽やかな調子で鼻唄を歌っている。それすらも音程など存在しない、狂った戦慄である。

 窓ガラスがビリビリと震動し、空間が軋んで悲鳴を上げている程だ。

「自分から生け贄を持ってくるなんて、貧相なブタにしては立派な心がけね。貴方はたっぷり鳴かせてから殺してあげるわ」

 セミラミスを一瞥し、エリザベートは狂気に冒され尽くした目で笑った。が、周は冷めきった目で嘲り返しただけ。鼻で笑いさえもしなかった。

 そのまま階下に飛び降りて白野の隣に移る。

「俺としては共闘した方が手っ取り早いと思うんだが、どうだ?」

 共闘の提案を受けた白野は首肯する。

 それぞれのサーヴァントは微妙な顔で互いを見て、バーサーカーを視界の正面に据える。パートナーに不満があるのだが、言っても仕方ないのでグッと堪えたのである。

 数的不利に追い込まれたランルーだが、不気味で悪趣味なけたたましい声で笑いこけた。その様を目にしたネロは哀れみでもって裁定を告げる。

「狂気の沼に溺れた者を救うのは死のみだ……。せめてこれ以上の苦痛を感じぬよう、一太刀で送ってやろう、奏者よ」

「ああ……。セイバー、バーサーカーを倒せ!」

 それに続き――

「たかだか領主の夫人風情が粋がった罰よ。その愚かさと天地の理に背いた代価を払わせてやろう。無様に啼いて我を楽しませよ、雑竜めが」

「手を抜かなければ勝てる相手だ。油断はするな」

 さらに――

「それじゃ、リクエストにお応えしてラストナンバーよ! 感涙に溺れて果てなさい!!」

「ゴハン! ゴハン! ランルーくん、オナカ、スイタ!!」

 

 槍が空を裂き、剣が沈黙を斬り、毒が大気を汚す。

 

 監督役主催のゲーム『狩猟(ハンティング)』はついに、最終局面へ突入した。

 

 

 

 

 ネロとの一騎討ちで拮抗していたエリザベートであったが、そこにセミラミスの毒羽攻撃が加わるとたちまち劣勢に立たされた。猛毒を仕込んだ鳩の羽を魔力で絶え間なく射出する弾幕攻撃からマスターを庇うのが手一杯で、露出した肌を次々に毒羽が掠めていった。

 白い肌には、毒で汚染された黒い血の滲んだ生傷が刻まれる。ネロが引けばセミラミスが弾幕を、弾幕が止めば斬撃と入れ替わり立ち替わりして攻勢を緩めない。

「そらそら、宝具を開帳せんと押しきられるぞ?」

「そなたの実力、よもやそれしきではあるまい!」

 二人の挑発にエリザベートも負けじと『徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴ ェ ー ル・シ ャ ー ル カ ー ニ)』や『不可避不可視の兎狩り(ラ ー ト ハ タ ト ラ ン)』で巻き返しを図る。だが、白野と周による細やかなサポートの甲斐あって、致命傷を与えられていない。

「目障りなのよアンタたち! いいからさっさと、生け贄になりなさいよ!!」

 怒りに任せたエリザベートの絶叫もどこ吹く風である。矢継ぎ早に攻撃を行うネロとセミラミスは、何重にも掛けられたステータス強化のコード・キャストの恩恵で徐々に勢いを増していた。

 無論のことながら、セミラミスの挑発も口からでまかせではなくちゃんとした戦略眼に基づいている。それがエリザベートの頭痛を更に悪化させているのだ。

 血管に入り込んだ毒がジワジワと身体を蝕み、激痛に苛まれる鮮血魔嬢は痺れを切らし、マスターに断りを入れもせず宝具を開帳した。

「さあ始めるわよ。あなたたちの人生のラストナンバー、聞きなさい。そして絶頂を迎えた瞬間に果てなさい!! ―――――『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』!!!」

 槍型のマイクスタンドが床に突き刺さると同時に、槍を中心に血の池が急速に広がっていく。ドラゴンの羽を展開してマイクスタンドの上に舞い降りたエリザベートは、窓の外に現れた巨大なアンプを背に大きくのけぞる。

 史上最悪の超音痴攻撃(ドラゴンブレス)が校長室の全てを薙ぎ払い、殲滅する……ハズだった。

 

 

「う……ウソ、でしょ? な、何なのよコレ?」

 

 ランルーとネロ、白野――そしてエリザベート自身が驚きのあまり言葉を失った。

 起こるべき大破壊は無く、よく手入れされたアイドルの華奢な四肢と細く滑らかな喉、そして純白の背中に無数の短刀(ダーク)が刺さっていたのだ。

 百本近い黒塗りのナイフは筋と声帯と肺を的確に傷つけていた。

 口から鮮やかな()を吐いたエリザベートは、 床に刺さったままの槍を頼りに身体を支える。

「誰よ? 誰がこの私に……!?」

 悲鳴と泣き声の半ばに近い声に呼応して、部屋中に影たちが実体化した。

 百近い老若男女は一様に白い髑髏の仮面で顔を隠し、襤褸を纏った奇怪な姿をしている。筋骨隆々の巨漢から華奢な女まで多種多様である。

 影たちは血の海に崩れ落ちたエリザベートを囲んで冷ややかに笑っている。竜の娘は力なく腕を伸ばして槍を掴んだものの、それきり動かない。

「余の見せ場を奪い、あまつさえ宿敵()の決着を阻んだその不敬、松明刑に値すると知れ影共よ」

 影の群へ剣を突きつけたセイバーが放つ殺気にアサシンたちは動じることなく、疎らに皮肉な笑いを溢している。

 ざわめく群影の不気味さに白野は寒気を感じつつも、逃げることなく彼らを注視する。隣では相変わらずの無表情で周が佇んでいた。彼のサーヴァントは退屈そうな目で髪を弄っている。

「一介のサーヴァントでしかない我らに誇りなど無し。……貴公はさぞ誉れ高き英雄なのだろうな」

 シャーミレの皮肉にネロは殺気を露にする。

 数ある天敵の一つである剣の英霊(セイバー)の琴線に触れたことも気に留めず、間諜の英霊(アサシン)はエリザベートに止めを刺そうと短刀(ダーク)を振りかざす。

 ネロが制するよりもなお先に動いていたのは、無言を貫いていた周だった。

 細く生白い右手には拳銃が握られ、白野が気づいたのは真横で銃声が響いた後であった。拳銃にしては長いバレルから放たれた鉛の弾丸は部屋の隅に鎮座していたランルーの額に鮮やかな赤を咲かせた。

 立て続けに轟いた爆音と同じ数だけランルーの身体から血飛沫が飛び、糸の切れた人形が崩れ落ちると同時に、アサシンの一撃を受けたエリザベートの首筋からも鮮血のシャワーが噴き出す。

 天井から滴り落ちる自身の血液を舐める間もなく、エリザベートは黒い靄となって消滅した。マスター・ランルーも身動き一つせず、ムーンセルによって削除(デリート)される。

 血の臭いもどこからか吹き込む風に取り除かれ、清浄な空気を取り戻した校長室には、複雑に混じりあった感情が溜まっていた。

 アサシンたちが黒い靄となり姿を眩ましたのを確かめた周もまた、退散しようとした。

「もうこの部屋に用は無い。じゃあな」

 誰も言葉を発さない中で、周は足早にその場から去ろうとした。しかし、白野に呼び止められて歩みを止め、軽く振り返る。

 僅かな苛立ちは呼び止められたことへの不快感だろう。用の無い場所に留まる意味がないのに、瑣末な理由で足留めされたと彼は感じたらしい。

 暗闇を湛えた目で睨まれながらも、白野は毅然とした態度である。

「どうしてあの場でランルーを撃ったんだ。放っておいたって、どのみちムーンセルに消されていた」

「生きているアイツを殺せば令呪が手に入る。これ以外に何か理由がいるのか?」

「死ぬと分かっていたのに殺す必要があるハズがない。静かに息を引き取ることくらいは――」

 白野のセリフは周に遮られた。

 ランルーを射殺したリボルバーの銃口が白野に向けられ、今にもトリガーを引かれそうになっている。

「これは戦争だ。他人の生き死になんぞに気を配っている暇があったら、自分の背後を取られないように注意しているべきだ」

 邪気を漂わせる笑顔で白野から距離を取った周の真横を風が駆け抜ける。

 風の正体が何か直感的に理解してネロが剣を振りかざす。

 一斬は空を裂き、童女の矮躯に重い一撃が叩き込まれる。

「ぐぁっ!?」

 倒れ込んだ紅蓮のセイバー。手放された剣が床に転がり、硬い音を立てた。

「セイバー!!」

 駆け寄る白野を余所に、周は拳銃をアイテムストレージに戻す。表情は変わりなく冷ややかで、人間らしい暖かみを微塵も感じさせない冷厳な雰囲気であった。

 ネロを一撃で打ち伏せた何者かが呟いた。

「……ほう、致命傷を避けたか。見た目によらず骨のある奴だ。が、儂の拳を喰らった以上は助からん」

「魔拳士の名は伊達ではないな。即死ではないが、約束は果たそう」

 呟きに応じて周が薄青色の薬品で満たされた硝子の小瓶を手にした。目に見えぬ襲撃者にそれを手渡し、悠々と歩いて扉に手をかけた。

「一殺の主義を利用されるとは思いもせなんだわ。哥哥哥、小僧、胸を張れよ。お主は英霊を手玉にしたのだからな!」

 豪快に笑い飛ばす声とは対照的に、セミラミスは冷めた様子で一笑に付した。

「貴様のような狗如き、手玉とするなど容易いわ。これしきの児戯に誇るほどの事であるものか」

「哥哥哥、お主ほどの英霊からすれば儂などその程度であろうよ。でなければただの餓鬼にそなたがそこまで手を貸す理由も解るのだがなぁ。いや実に無念よ」

 不可視の襲撃者を皮肉ったセミラミスは、冷やかし返されて目尻を吊り上げ、長い耳の先まで紅潮する。あからさまに激昂した女帝様を隔離するため、周はそそくさと個室に転移した。

 

 

 

 

 個室に戻り実体化したハサンたちから美紗夜の行動を知らされた周は、特にこれといった反応を示すことはなかった。

「よろしいので? ランスロットは我らアサシンにとって難敵でありますが」

「マスターの魔力が足りないなら浪費させればいい。それが無理なら空中庭園で踏み潰す」

「庭園の内ならばあの反逆者を御すことも容易い。ランスロットなぞ恐るるに足りぬわ」

 胸を張るセミラミスだが、周は慎重さを崩さない。

 そもそもスパルタクスは他人の言葉に耳を貸さない大ハズレのサーヴァントであり、権力者であるセミラミスの指示など聞くはずがない。

 それを考えれば慢心する余裕などありはしないのが当然である。ただ、スパルタクスとランスロットでは総合火力で勝るトラキアの反逆者に軍配が上がる。

 自分たちが圧倒的に不利ではないと認識した周が対ランスロット用の計略を練ろうと瞼を閉じた時、意外な人間が部屋を訪ねてきた。

「『狩猟(ハンティング)』優勝おめでとう。重大な違反行為はさておき、バーサーカーとそのマスターを排除できたのは君達の尽力あってこそだ」

 影のある薄ら暗い笑みの言峰神父が賛辞を贈る。

 突然の来訪者があまりにもあんまりな人物で、周は本人の目を憚りもせず露骨に落胆して見せた。ガックリと肩を落とし、ため息をつく。

「メッセージだけなら端末に送れ。お前の顔なんて、仮令人類最後の日になっても視界に入れたくない」

「また随分と嫌われたものだな。しかし、こうなった原因は君が対戦相手を倒したせいで報酬が令呪しかないからだ。流石に、こればかりは直に渡すしかない。そのための無駄足に過ぎない」

 大人の対応に皮肉を忘れない言峰神父を睨む周だが、すぐに抵抗を止めて右手を差し出した。 「さっさと令呪を寄越して、帰れ」――無言の嫌悪に冷笑した神父は、右腕に手をかざす。

 追加令呪は呆気なさすぎるほどすんなりと周の右手に刻まれ、王冠と目玉の一体化した基本の三画がさらに不吉さを増した。

 任務を終えた言峰神父は僧服の裾を翻して、はたと立ち止まる。

 

「忘れるところだった。君に何者かからメッセージが届いている。…………『ガンバれ、お兄ちゃん』とな。では、五回戦までゆっくり休みたまえ少年」

 

 恐ろしく達筆な毛筆で激励の言葉がしたためられたカードを受け取った周は、ちらと見もせず直ぐ様にビリビリと引き裂いた。

 

 この時、セミラミスが静かだったのは顔から耳どころか首まで真っ赤にしていたからである。




 apocrypha4巻のステータス表によるとセミ様はスキル及び耐久ステータスが本作と一部異なります。
 なので、キリのいいところでありますから、より正確なセミ様の設定を製作しました。シロウがマスターの場合より相性補正で汎用性が増してます。
 周や美紗夜、ハサン、スパルタクスの設定とまとめて次回にご紹介する予定なので、今回はこれにて失礼いたします。

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