Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 アンケートの期限は明日から二週間とします。
 時間は多少あるので、好きなサーヴァントをお書きください。


狩猟ゲーム:深淵より

 一瞬の隙を突かれたランスロットの右肩に鋭い激痛が走る。

 腱を確実に射抜けるほど正確な()を射る技量を持つサーヴァントがいるとしたら、この状況下では一人しかいない。

 綾香を庇い利き腕を潰された黒騎士は無傷の左手で剣を手に取り、続く第二撃を弾き返す。

 かのトリスタン卿も霞む神速不可視の矢は傍らの木の幹に刺さる。兜を被り、霧を纏った黒騎士は次から次へと襲い掛かる必殺の矢を捌く。

 狙撃地点はそう遠くないはずだが、無軌道な移動を繰り返しているせいで正確な距離が掴めない。その気になればこの程度の間隔なら一息で詰められるが、最悪の場合マスターの魔力が底を尽く可能性も否定できないため、攻勢に出られずにいた。

 この状況で気配遮断を解いてはアタランテにとっていい的であることはハサンも理解しており、ランスロットより後ろで息をひそめていた。地面に伏し、短刀を咥えて待ち続けるだけというのも楽な仕事である。

(機を見計らえ、しかし相討ちは許さぬなどとはな。我らが主もつくづく偏屈な御方よ)

 新たなマスターとして再契約を果たした不愛想な少年魔術師の仏頂面を思い出し、ハサンは心の内だけで苦笑した。

 ハサンが監視している間もランスロットの剣技は鈍らない。絶え間なく綾香の心臓と眉間を不規則に狙う弾幕を余すことなく退けるのは並外れた武勇が反映されたA+ランクの固有スキル『無窮の武練』による所が大きい。魔力供給量が低下している以上、単純な才覚だけで乗り切れる相手ではない。

 徐々に衰弱していく綾香を見、白貌の影は自分の出番が回ってこないことも視野に入れた。このままなら単純な魔力の枯渇で息絶える。そうなればそれでよし、ランスロットの消滅まで見届けた上で主人に報告するまで。もし辛うじて生き延びたとて、ランスロットは動けない。

 

 

(我ながら運のいいことだ。さて、ここからどうなることやら)

 

 

 

 

 

 最強クラスのセイバー二騎が脱落、行方不明の反逆者、そして崩壊した対バーサーカー戦線……あちこちで起きている予想外の事態を一切無視して、周は大胆不敵な一手を打つことにした。

 黒服の心臓を丸呑みしたセミラミスだが、それでも本調子にはまだ遠い。サーヴァントの不調に対処する意味も兼ねた最後の暗躍のため、まず自身の対戦相手を確かめることから始めた。相手は名も知らぬ女性である。ハサンの情報によれば、普段は弓道場で一人弓を引いている人物と聞かされた。

 そして、美沙夜の単独行動も――

 無表情な周はいつになく落ち着きのない様子でハサンたちに指示して美沙夜を教会前に呼び出して、出合い頭に目を見開いて怒りを露わにする。

「で、俺は間違いなくお前に待機しておくよう言ったはずなんだが?」

「だから何? あなたの命令を全て聞き入れるなんて言った覚えはなくってよ?」

 勝手に『狩猟(ハンティング)』へ参加し、悪びれる様子もない美沙夜へ迫る周にハサンたちが割って入り状況を説明する。

「我らが主よ、美沙夜殿のおかげで翠緑の弓兵(アタランテ)のマスターを捕捉、監視に成功しております。美沙夜殿と我らで挑めばマスター単体など恐るるに足らぬ相手かと存じます」

「いや、俺も出る。不慮の事態で隠れ続けるのが困難になった以上、もう人目を憚る道理はない」

 刀を手にした周の冷たい目には、それまでにはついぞ見られなかった決意があった。

 いつもホックまで留めていた制服の襟元を緩めシャツの第一ボタンを外した少年は、平時と変わり映えしない光の届かない深い暗闇を瞳に湛え歩き出す。

『ようやく開演か。長々と待たせよって』

「悪かったな、焦らすのが趣味なもんで」

 セミラミスの茶々を適当に受け返した周は美沙夜を睨む。

 本人は目配せしただけなのだが、如何せん、目つきが悪いので受け取り手は怒っていると勘違いしてしまった。それを察せるほど気配りできる人間でないのが南方周であり、彼の数多い欠点の一つである。

 仮に察していようと『問題なし』との判断に基づいて無視しただろう。

 人間関係に疎いどころか、ここまでくるともはや無関心である。

 冷ややかな面持ちで気負う様子のない周に美沙夜は尋ねた――小馬鹿にする風ではなく、至って真面目な雰囲気で。

「あなたに人を殺す覚悟はある?」

「言われるまでもない」

 感情の読み取れない返答と、個室の外では滅多に姿を見せることのないセミラミスが微笑んでいる理由が言いようのない寒気を誘う。背中を蛇が這うような、皮膚の下で蛆が蠢くような気味の悪さに美沙夜は黙り込む。

 

 

 

 

 マスターの疲弊で『狩猟(ハンティング)』から離脱した伊勢三とイスカンダルは、背後に付きまとう嫌な気配に気づいて立ち止まる。

 渡り廊下の周辺に人気はないが、サーヴァントの優れた知覚だからこそ察知できたのだろう。

「何処の誰か知らんが、余の臣下にならんと欲するならまずは姿を見せい」

「ライダー、それは流石にありえないと思う……」

「物は試しと言うではないか。そう気にするでない」

 お気楽な雰囲気の二人に構わずアタランテのマスターは自前の弓型礼装『聖櫟魔弓(ウル・イチイバル)』を構える。

 狙うは一撃。穿つは脳髄。限界まで絞った魔力の矢を放とうと全神経が極限まで張り詰めた瞬間、ライダーたちとは全く異なる方向から銃声が響いた。

「――――ッ‼」

 右足を軸に左足を引いて一気に回転して銃声のした方向へ弓を構えなおす。

 だが、放たれたはずの弾丸はいつまでたっても届かない。少女は困惑し、すぐさま状況を理解する。

 問題は事実に気付いたのが遅かったことだけだ。

 

「こンのォッ‼」

 

 振り向きざまに放たれた拳は右脇腹にめり込む。

 筋肉と骨の鎧がない分だけ柔らかく、おまけに内臓が直下にある部位へ全体重を乗せた周の先制攻撃は効果覿面。少女はあまりの衝撃と痛みに礼装を落しながらも、反撃の小刀を引き抜き相手の首筋へ振りかぶる。

「貴様ァ‼」

 周は咄嗟に右手の拳銃で刃を受け止め、足払いを試みる。

 セミラミスのサポートとジナコの令呪で大幅に強化された彼の肉体は、普段の緩慢さからは予想しえない俊敏さで駆動する。

 少女は飛び跳ねて払いをかわし、周の貧弱な胸板を蹴って飛び退き、間合いを取った。

 黒髪のショートヘアを揺らしながら敵を確かめてみると、一瞬眼窩が暗闇に包まれていると勘違いしそうなほど真っ暗な瞳。艶のない真黒な髪は寝癖だけ整えられ、顔は不健康そのものの蒼白ぶりである。一見してみれば薄気味悪いだけの影男だが、凝視すればするほど引きずり込まれそうな深淵が背後に覗いている。

 表情に感情がない。相対するというよりか、もっと機械的で底冷えする何かが彼の中にはあるように思えた。

「邪魔をしないでもらおうか」

「それはこちらの台詞だ」

 初対面で何を言っているのか、と不思議に思った少女。その答えは周自身が明かした。

「聖杯を手にするのに邪魔だ。頼んでもないのに立ちふさがりやがって……鬱陶しい」

 周は大真面目に言った。不愉快極まりないと言わんばかりに、吐き捨てたのだ。

 人智を超えた未知の悪意に当てられた少女は、自分自身の内にある無意識の何か(・ ・)を揺り起こされるような感覚に陥った。

 底無し沼の泥中から得たいの知れない化け物に凝視されるというか、人外魔境の門番と退治している気分だった。

 体格と構えから察するに徒手格闘の実力は周など取るに足らないものだ。しかしながら、彼の纏う闇がそれを阻んでいるのである。

 アタランテを呼び戻すかとも考えたが、ランスロット排除を優先させるべきと断念し、微かに頭を振った。

 

 

 ――そのごくごく短い、一瞬にも満たない、隙と呼ぶに値しない一拍が決定的だった。

 

 少女は突如、左胸に衝撃が走ったためよろめく。

 

 何が起きたのか確かめようとするより先に、全身が痺れ、意識が揺らぐ―――

 

 

 

 

 周の指示を受けてイスカンダルとそのマスター伊勢三の排除に向かったハサンと美沙夜だが、意図も容易く気配遮断を見破られてしまった。

 『暗殺者(アサシン)』という言葉の起源となった狂信者集団の頭目が有する、最高ランクの固有スキルを、ただの勘で看破したのだ。ハサンたちは苦悶し、美沙夜は不快げに眉をひそめた。

「馬鹿なサーヴァントね。まっとうな英霊の発言とは思えないわ」

 皮肉を込めたセリフだが、マケドニアの大王は怒るともせず受け流し、勧誘を拒絶された無念を愚痴った。

「むう……。やはり無理であったか」

「だから言ったでしょう? みんながみんな、貴方の朋友と同じ人間じゃあないって」

 巨躯の傍らにて苦笑する華奢な、男とも女ともつかぬ神秘的な雰囲気のマスターは、肩を竦めている。

 苦々しげに短刀を構えるハサンたちは既にアサシンの基本にして唯一の戦術である『気配遮断を利用した一撃必殺の奇襲』を喪失し、最早攻めるだけ無駄であった。

 相討ちを禁じた周の指針を無視するわけにはいかず、捨て身も出来ずにいる。

「のう小娘よ、そなたは月の聖杯に託す願いはあるのか?」

 イスカンダルからの唐突な問いに美沙夜は危うく舌打ちをするところだった。魔術師に対して不躾にすぎるサーヴァントへの不快感は、マスターへと向けられる。

「貴方、自分のサーヴァントの手綱も握られないわけではないでしょう? それとも首輪すらつけられない無能なのかしら」

「彼にも心がありますから。それを無視するような真似をしたくないので……」

 サーヴァントに対してサーヴァント以上の要素を求めない美沙夜と、あくまで一人の人間として接する伊勢三の間には埋まることのない溝がある。

 理解するつもりのない美沙夜は苛立った表情を一転して嘲った。

「マスターが狂人ならおかしなサーヴァントを引き当てるのも当然ね。大王が聞いて呆れるわ。こんなの暴君ですらないじゃない」

「聖杯に頼らなければならないほどの願いを抱いてしまう人間ですから、そうでしょうね。魔術に手を染め、枠を超えた力にすがるなんて正気の沙汰ではないですよ」

 自嘲する伊勢三の台詞に美沙夜は失笑を禁じ得なかった。

 仮にも魔術師なら、多少の矜持はあるとばかり踏んでいたのだが、とんでもない肩透かしでしかなかったのだ。

 イスカンダルがまた口を挟もうとしたが、それを許さずに蔑みの笑顔を向けて美沙夜はその場から去った。




 そろそろ四回戦を終わらせたいですが、もう少しだけ続くんじゃ。

 六回戦でレオに負ける弓道場のマスターは、『なすけ家の生んだゴルゴ13』こと那須与一ではなくアタランテ姐さんです。オリ鯖出すくらいならまだマシと思ってください。
 私じゃ最弱or最強にしかなりませんです。

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