Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 なんとか二週間に二回の更新ができた……。


狩猟ゲーム:暴君たち

 途絶えず微笑む筋肉(マッスル)がゆっくりと前進する。

 中庭で繰り広げられるアタランテとランスロットによる必死の抵抗もトラキアの叛逆者(ス パ ル タ ク ス)の歩みを遮ることはなかった。膝やアキレス腱に攻撃を集中させてはいるが、彼の持つ異端の宝具『疵 獣 の 咆 哮(クライング・ウォーモンガー)』のダメージ変換によって軽減され、大きな傷にはなっていない。

 ギリシア随一の女狩人と湖の騎士を以てしても、ローマの禍と恐れられた剣闘士を仕留められないのは(ひとえ)に、スパルタクスの規格外な耐久性が原因である。

 元よりたかだか剣や弓矢では皮膚を僅かに削るだけでしかなく、より深く肉に到達すればたちまち宝具で回復されてしまう。痛覚を与えれば彼はより叛逆という炎を激しくするだけであり、精々移動速度を落とすのが二人の限界であった。

「止まれバーサーカー! 汝が自爆しては元も子もないと、何度言ってやれば理解する!」

「あなたの宝具を使ったら私たちまで吹き飛ぶ! お願いだから進むのを止めて!」

 アタランテと綾香の懇願に叛逆者はどこまでも穏やかな笑顔を崩すことなく答える。下手な鎧より屈強な筋肉を纏った男が優しく微笑む様は、最早ホラーさながらである。

「しかしかの悪竜は我が友たちも認める暴君、ならばそれは私が叛逆するに相応しい高慢な圧政者であろう。故に私は進まなければならない。進まなければ、彼女の傲慢を打ち砕けないではないか」

 諭すような物言いと声音で反論しさらに歩を進めるスパルタクス。こちらの話を理解していない彼の台詞は、三人に改めて彼が狂戦士のクラスで召喚されたサーヴァントであることを実感させた。

  幾ら刃を振るおうと皮膚が傷つくのみ、どれだけ矢を射ようと即座に癒えてしまう鉄壁の移動城塞は体育館の前まで迫っていた。

 絶え間なく痛みを与えられていたにも関わらず、スパルタクスの武骨な顔には不自然なほど柔和な微笑みがあった。

 その笑みは、校舎前で佇む白野たちを捕捉した瞬間、さらに温かさを増したのである。

 あまりにもおぞまし過ぎる光景を間近で目の当たりにした綾香たちは、かつてないほどの悪寒が背筋を走り、不覚にも僅かに身震いしたほどだ。

(まず)いぞ。彼奴らを見つけおった」

「戦闘は避けられないかも……」

『でしょうな』

 屍人のように蒼白の肌をした拘束具風の鎧を身に付けた巨体にも恐れることなく、ライダーとセイバーは自身のマスターを庇うように武器を構えた。

「セイバーの主よ、一つ提案がある」

「私も貴女に提案したいことがあるんだけど」

 この場で引いては令呪が手に入らない、しかしこのバーサーカーに奥の手を使いたくないアタランテと綾香は、同じタイミングで相手に同じ提案を持ち掛けた。

 

『あの二人に宝具を使わせよう』

 

 

 

 

 保健室を抜け出して体育館に潜んでいた凛は、とてつもない魔力の奔流を察知して、出所を突き止めるべく探索を開始した。

 もしかしなくても、サーヴァントの宝具でなければ展開不可能な速度で大神殿規模の魔術工房が設置されたのだが、疲弊の抜けきっていない凛に普段の判断力が戻っていなかったことが何よりまずかった。

 弓道場のそばまで近づいた時には、警備のハサンたちに発見されていたのだ。その時点で周は刀を鞘から抜き、彼女の処遇を決定していた。

 目の前にある施設がサーヴァントの工房と気付き退こうとした凛だが、マスターの命を受諾したサーヴァントが生成した薬品を嗅がされ、意識が遠のいた。

 

 

 

 目が覚めた時、凛はぼんやりした頭を振って無理矢理に視覚を回復させようと試みた。曖昧だった景色が鮮明になるにつれて、凛は自分の判断ミスの程度が低すぎることを恥じていたが、拘束されているだけなのは幸運だと割り切った。

 四方を石の壁に囲まれた閉鎖空間。手足は鎖で椅子に固定され、身動きを取ることは不可能。正面にはサーヴァント。背後には――

「誰かと思えば、逃げ腰くんじゃない」

「……君子危うきに近寄らずだ。馬鹿には理解できない考えかもしれないが」

 抜き身の日本刀を手にした周。彼のどんよりと澱んだ黒い底無し沼の瞳には、何もかもが映っていない。

 以前より気味の悪さが増した無名の魔術師は凛の日焼けしていない、生白いうなじを切っ先でそっと撫でながらさらに続ける。

「令呪がないようだが、サーヴァントに置いていかれたか? だとしたら不幸なことだ。この状況は覆らないからな」

「どうかしら? もしかしたら追加の令呪が背中にあるのかもしれないわよ?」

「そんな嘘が通じるわけないだろう。お前は三回戦の決戦日、ラニ=Ⅷの自爆を阻止しようと介入した岸波白野に運よく救われたものの、ランサーと離ればなれになった。まあ、ユリウスが残していった映写機で一部始終を見ていたから知っているだけの話だが」

 捲し立てるように早口でつらつらと述べる周の顔は無表情そのものだ。サーヴァント不在を憐れむ様子もなく、無力さを嘲る風にも見えない。

 温度を感じさせない爬虫類めいた瞳の周は、冷酷なまでに冷静なまま次の行動へ移る。刃を首筋に添えたまま隣に回り込み、空の手で拳銃を構える。

「この場に来たのは内情調査か。魔術ステルスで目視は出来なくても、判断材料があれば十分だからな」

「そしてこの様よ。やはり貴様は我の言う通り三流であったわけだ」

 痛くない程度に腕と脚を縛る鎖、簡単に見透かされた思惑、プライドを踏みにじる嘲り。

 死の瞬間まで屈辱を与えるために周が考案した三つの要素は、凛の自尊心と怒りに火を着けた。

 燃え滾る炎を宿した淡く青い瞳に睨まれた周は僅かに怯むが、即座にいつもの凍てついた平静さを取り戻す。

「……鬱陶しい。ムーンセルから出られない身で何を考えている……」

 微妙にだが嫌悪の表情を浮かべた周は刀を投げ捨て右手で拳を作る。それを凛の顔に叩き込もうと腕を引いたが、そこでセミラミスが割って入る。

「待て、状況が変わったらしい。こやつ如きにかかずらっている場合ではないぞ」

「……分かった。一応、処置を施しておいてくれ」

 暗く沈んだ声の周は力を抜いて刀を拾う。セミラミスと共にマスターが姿を消した直後、凛は背後から鋭い手刀を打ち込まれてブラックアウトした。

 

 

 

 

 校舎前でスパルタクスの暴走を食い止めるべく一時休戦と相成った暴君連合はじり貧であった。彼の圧倒的な耐久力の前に、一撃必殺の絶大な火力を有したサーヴァントがいないせいである。

 ひたすら剣と槍と矢で小さな傷を作るのが精々であり、叛逆者の微笑みが途絶えることはない。

 丸太と大差ない豪腕と重厚長大な小剣(グラディウス)による攻撃を回避しては一撃二撃と打ち込み続けるのも限界であり、サーヴァントもマスターも疲弊し始めていた。

 白野と綾香は魔術階梯に反して高位の英霊を戦わせるために多大な魔力を消費し、ネロ、イスカンダル、ランスロットたちは長時間に渡る奮闘による精神の疲労と肉体の損耗が蓄積している。さらには歌姫(ディーバ)を名乗るバーサーカーの超音痴攻撃の余波もあり、鼓膜も辛いものがある。

「こいつはたまらん! 雷鳴にも勝る雄叫びだ!」

「聞くに耐えん騒音よ。歌姫が聞いて呆れる」

「主よ、耳をおふさぎください」

「セイバー、音に耳を傾けるな!」

 エリザベートの超音波(アイドルソング)がもたらす世紀末クラスの音痴地獄に、ネロを除いた暴君連合は苦言を呈する。雄叫びだの騒音だのとこき下ろされた自称アイドルは、反論を込めた仰天の声を挙げる。

「どこが騒音よこの猫耳! センスがないのを人のせいにしないで頂戴!」

「その通りだぞアーチャー。真の美とは限られた者にしか理解できぬのだ。だが恥じることは何もない。何故なら、そなたもまた美しい!」

 ちゃっかり便乗してアタランテをナンパするネロの台詞に白野は呆れて頭を抱える。やはり彼女たちは如何なる理由であっても出会うべきではなかったと、心底感じていた。

 軽口の最中であってもスパルタクスは攻撃の手を緩めはしない。拳は地にクレーターを穿ち、腕の一振りによる風圧でたちまち木々を薙ぐ。

 破壊の嵐が駆け抜ける光景を監視していたハサンの一人は、周からの任務変更を受けてダークを引き抜けるよう構えていた。

「頃合いを見て、沙条綾香もしくは黒いセイバーを殺害せよ」

 三人目のセイバー排除を決定した主の思惑は理解していた。ほんの戯れでスパルタクスを抱き込まされた以上、目下最大の脅威として挙がる黒騎士を討つのはハサンたちも賛同するところである。

 アサシンのサーヴァント二人、しかも片方は実質キャスターに等しい以上、削れるところで他所の戦力を削ぎ、自分達の優位性を確立しなければならない。

 ましてや迎撃戦に長けたキャスター、大規模な諜報集団と化したアサシン、鉄壁の防御を誇るバーサーカーを従えようと、攻め込まれればまずマスターを守りきれる自信はないのだ。

 奮戦する四人のサーヴァントでもアーチャーと黒いセイバーは目を見張るものがある。格で言えばガウェインと大差ないだろう。にも関わらず、マスターがああも隙まみれなのは好都合。不意を突いて殺すのは実に容易い。

 あの奇妙な風体をしたエリザベートのマスターは校舎の屋上にいることが確認されているようだが、そちらは別のハサンが対処するのだそうだ。

 天性の上質な魔術回路を宿した狂人と直に相対することを拒否するあたりに、マスターのリスクを嫌う堅実な気質が窺える。

(……人間性にはかなり問題ありのご様子だが)

 より公正な聖杯戦争のために開催されたこのゲームで、正真正銘の『狩猟(ハンティング)』を始める狡猾さ、冷徹さはとてもありがたい(・ ・ ・ ・ ・)

 参加すると言われた時は一同が冷や汗をかいたものだが、なるほど、この性格ならあのようなサーヴァントを引き当ててしまって当然である。

 ただ、強いて問題があるとすれば彼の尋問が素人過ぎることだけである。

 

 今後は余裕がある時にでも、主に最低限の尋問技術を授けて差し上げねば――などと考えながら、ハサンは気配遮断で姿を眩ましたまま激闘に目を向けていた。




 CCC編を希望される方が多々おられますので、とりあえず二章までの大まかな流れだけは考えております。ただ、かなり原作と異なった内容になることが予想されますのでご留意下さい。

 今回は本来なら凛をもっと尋問する予定でしたが、それでは取り返しがつかなくなるので止めました。
 感想、評価お気軽にどうぞ。
 大事な剣をぶん投げる感覚でどうぞよろしくお願いします。

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