Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 当分は一週間に一度か二度の更新が続きます。
 書き溜めないので平にお許しください……。


狩猟ゲーム:開演

 三回戦の最終日、見事にありすとそのサーヴァント・ナーサリーライムを撃破した白野は、殺し合いとすらも理解できずに果てた幼子の死にうちひしがれていた。その様は酷く傷ついた風で、心が激しく軋んでいるようにも見えた。

 いつもの感情があまり浮かばない顔には、濃密で濃厚な嘆きがある。俺は何もせず壁にもたれ床に座り込んだ白野を観察している。

「良いのか? ここでただ眺めておるより、直に語りかけて悲嘆を撫でた方がより愛で甲斐があろう」

「その必要はない。そら、奴隷の王が来た」

 今にも飛び出しそうなセミラミスを制し、状況の混乱を避ける。ここで目立つ訳にはいかない。

 なんせレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが白野の前に現れたのだから。王としての器を与えられた少年は、場違いな悲しみに暮れる道化の心を癒す。

「死を……悼んでいるのですね」

 彼の言葉には一片の虚飾もなく、幼さの残る中性的な顔には静かな哀悼があった。

 金色の睫毛に縁取られた翡翠色の瞳を伏せて少年はなお、自らの胸中を明かすことを止めない。

「命が失われるのは悲しいことです。それがこのような無慈悲な戦いであればなおのこと」

「……無慈悲? 『無意味』ではなく?」

「――ええ」

 白野の問いにレオは首肯する。

 

 

 曰く、相容れないが故に闘うことが――

 

 曰く、人の心を保ったままに人を殺すことが――

 

 何かを渇望するから人は聖杯(きせき)に手を伸ばす。自分以上のものに支配を委ねる。

 

 誰しも――自分がこの世で何よりも正しいと信じられないからこそ、無慈悲なのだと。

 

「民草の命が消えて悲しむのは花を間引いて嘆くのと何も変わりはせん。小僧、そなたはあの餓鬼の妄言に惑わされるでないぞ」

 興醒めしたと言わんばかりに無表情なセミラミスは、嫌悪の目でレオを見ながら俺に警告する。『我が主たる者は、あの言葉を否定しろ』……またそうやって無理難題を押し付ける。

 しかし、努力はするとだけ返しておく。

 目線を白野に戻すと、いつの間にやら遠坂凛がレオの説く理想社会に対して反論していた。

「資源を独占されて、生き死にまでアンタらに管理される社会が万人にとっての理想だっていうの? 生まれた子供を平気で餓死させる社会が? 十年先まで――――寿命まで管理(デザイン)される社会が?」

 まな板……ではなく立て板に水で凛は西欧財閥の支配体制を否定する。徹底した管理と仮初めの幸福は『パラノイア』を彷彿とさせる。完全だが、完璧ではない統治者の理論を受け入れられるか否かが問題だろう。

 さてレオはどう返すのかと見守っていたが、突如実体化したガウェインによって阻まれた。

「ガウェイン――」

「非礼はお許しを。ですがレオ、この場は何者かによって監視されています」

 割って入った白銀の騎士をレオは諭そうとする。しかし、ようやくこちらの『目』に気づいたようだ。

 気配遮断スキルで隠密状態に入ったハサンと知覚共有を行い、遠見の水晶玉を用いずに別地点を見張っていた。どれくらいで勘づかれるか気になっていたが、これまた随分とかかったものだ。

『アサシン、気配遮断は解くな。剣の届かない範囲から俺の声を届けてくれ』

『委細承知。お任せくだされ我らが主よ』

 鼎談に参加することにハサンがどう考えているのかは分からない。しかし、セミラミスはあからさまに興味津々な顔で俺を見ている。ここで無様を晒すわけにはいかないらしい。

 微かな緊張に乱れた呼吸を整えて俺は――

『円卓の騎士は欺けなかったか。まったく、面倒なサーヴァントを引いてくれたものだな』

「姿を見せなさいよ。それとも、ガウェインのことが怖いの?」

『それもあるが、俺は猪女に殴られたくないんでな。痛いのは御免だ』

 憤慨する凛はさておく。関わって得することなどなに一つない。

 赤い魔術師は背後に控える赤枝の戦士にからかわれて少し落ち着いたらしく、ため息をついて気持ちを切り替えた。ドライなつもりだろうが、内に秘めた情熱を捨てきらない限りは隙もあろう。

 脅威度の再判定をされているとも知らず、凛は落ち着いた様子で姿を見せないアサシン――のマスターである俺――に問いかける。

「レオの言い分は全部聞いてたんでしょ? どこの誰だか知らないけど、意見の一つくらいあるでしょ」

『何故気にする。そんなどうでもいいことに関心を抱く理由が見当たらない』

「どうでもいいってのは?」

『聖杯戦争が無慈悲だとか、ハーウェイの管理社会が間違っているだとか、それに関する俺の意見だとかだ。戦争は無慈悲で、間違った社会は必ず滅び、俺の意見には何ら価値がない。だからどうでもいい』

「なるほど。正しいかどうかは歴史が証明すると考えるのですね」

 レオの反応には何もない。ただ、俺の答えが『どちらにも贔屓しない中立の意見』であり公正なものだと認めているだけである。

 白野のような人間らしさも凛のような強さもない。無論、レオのような理念もない。俺にあるのはなけなしの執着心だけだ。

 それきり俺は会話に興味がなくなり、アサシンを霊体化させた。

 

 

 

 

 翌日、四回戦の対戦相手が発表されるまでの間に保健室へ向かう。マスターへの配給品を受け取るためと、イレギュラーになったのが凛かラニかを確かめるためだ。

 いいがかりをつけさせないため二回ノックしてからドアを開く。中では健康管理AIのカレンが祈りを捧げ終えて立ち上がったところだった。

 シスターらしい黒と白の僧服を着た鬼畜尼僧は批難の目で俺を睨む。

「もう少し早く入ってくださればよかったのに。タイミングの悪いお方です」

「特に理由のない暴力を振るいたいからだろ。シスターの格好してるくせに、中身は悪魔だなお前」

 皮肉と毒舌の応酬もそこそこに室内へ入る。微かな薬品の鼻孔を刺激するツンとした臭いと、窓辺に飾られた白百合の仄かな香りがカオスだ。

 二つあるベッドはカーテンが閉められているので、誰か使用しているのだろう。薄い布地の向こうからは明らかに生活音がする。

 ……つまり、『どっちも』なのか? つくづく面倒くさい。そんなことになっては俺の手間が増えるが、今すぐどうこうできる訳でもない。

 戸棚から濃縮エーテルを取り出したカレンは、餓死寸前の雑種犬に消費期限ギリギリの生肉を叩きつけた時に浮かべるような笑顔をしていた。

 聖職者とは何だったのか。

「今回の配給品です。ムダ遣いなさらないように」

「言われるまでもない」

 貴重な全回復アイテムを受け取り、保健室を出ようと振り返る。その時、端末から無機質な電子音が響き運営からの連絡を知らせた。

 対戦相手の発表と予想して画面を開く。すると、そこには俺の予想を裏切る内容の文章が書かれていた。

 

『四回戦に進出したマスターへ運営から通達があるため体育館に来られたし。このメールは全マスターに対して同時に送られている』

 

『運営からの通達となればコトミネが絡んでいよう。小僧、速やかに体育館へ向かうのだ』

『待て待て。むしろあの言峰だからこそ警戒をだな……』

『構わん。あやつが我を取るに足らぬ些事で呼び出しはせぬ。案ずるでない』

 このセミラミス、ノリノリである。

 彼女の愉悦センサーが反応したらしく、いつになく執拗に急かしてくるので断れない。

 済ました顔に雨でスブ濡れになった野良猫へ酸っぱい臭いのする牛乳を与えたゲスのような笑みを浮かべたカレンと目があった。

 この借りは必ず返すと固く誓った俺は、ムカつく感情を抑えて保健室を後にする。これから起こることが分かっていても正直不安だらけである。

 

 

 

 

 体育館のギャラリーには運営もとい言峰神父に呼び出されたマスターたちが集まっていた。一階フロアには相も変わらぬ薄気味悪い顔の言峰と、魔羅(ツノ)と先が二股に裂けた蜥蜴の尾を生やした少女、異形の少女の足元で生首を抱いて寝転がった変なピエロがいた。

「諸君、君たちもそろそろ単純な決闘だけでは飽きてきたと思ってね。本戦から少し外れて、私から少し違う趣向を用意させてもらった――」

 黒服――運営NPCである生徒会役員だ――の屍と血溜まりを睥睨するバーサーカーとランルーを示し、言峰はマスターたちに説明を始める。

「この二人は予選の時から度重なる警告を無視し破壊活動を続けてきた。聖杯戦争の監督役として、彼らに(ペナルティ)を与えなければならない。……ただ、ここで私が彼らを処分してもつまらないのでね。集まったマスター諸君とゲーム……『狩猟(ハンティング)』をしてもらおう」

 そこで一息置くと、言峰はいつもの胡散臭く、嘲笑うような表情から寒気がするほど不気味な笑顔になる。

「獲物は違反者マスター・ランルーとそのサーヴァント・バーサーカー。この二人を見事仕留めて見せたマスターには報酬を与えよう」

「報酬……? いったいそれは何だ。これは本戦とは関係ないルールだろう。リスクに見合ったものだろうな?」

 誰とも知らぬマスターの声に言峰の口元が歪む。

「そうだな、君たちが今血眼になって収集しているもの……。四回戦対戦相手のマトリクス開示、もしくは令呪一画の贈呈というのはどうだね?」

 そうきたか。

 対戦相手のマトリクスなら俺はとっくに把握しているから構わないけど、他のマスターからすれば喉から手が出るほど欲しくて堪らない代物だ。

 しかし追加令呪となるとそうはいかない。サーヴァントが増えた分だけ使える回数は多い方がいいに決まっている。

 決断が揺らいだマスターたちの混乱ぶりとは逆に、バーサーカーはむしろ乗り気である。こういう派手なイベントが好きなのだろう、エリザベート・バートリーは。

「陰気な豚にしてはいいアイデアね。もしあたしがアイツらを皆殺しにしたら、アンタを専属の企画役にしてあげるわ」

 脳内を流れているリズムに任せて身体を揺すりながら嘯き、バーサーカーはマイクスタンドを兼ねた槍を手にする。

「さあ、ライブの始まりよ。あたしの美声を情けない鳴き声で讃えなさい――!」

 魔竜の末裔は残忍で不遜に乱杭歯を覗かせながら、ありったけの魔力を込めて絶叫した。

 

 ハンガリーに君臨した監獄城の主と古今東西の英雄が対峙する四回戦が今ここに始まった。

 真の生存競争を皆に体験させるいい機会だろう。俺は自分が高揚している感覚を認めたが、それを否定する気持ちにはなれなかった。




 ここから周が頑張ります。
 マンガでは怪物として信仰されたヴラドとランルーでしたがそこはご愛敬。
 感想・評価ともどもお待ちしております。
 暇潰しに飛んでいる燕を斬ろうとする程度のお気軽さでどうぞよろしくお願いします。

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