Fate/EXTRA SSS   作:ぱらさいと

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 この小説に日輪の申し子もタクテイシャン・サンデーもワクワク日輪ランドも厳島産オクラも関係ありません。ご注意ください。




 あといつもより長いです。


第三回戦:詭計知将

 三回戦四日目も残り約十二時間、アリーナ第二層に生成されたセカンダリトリガーとその他の礼装を一通り回収し終え、校舎に戻ってからは図書室に籠っていた。

 セミラミスは愉悦探しで必要な七人のマスターを決めるため校内を探索中であるため、珍しく一人で読書が出来ると少し嬉しくあった。

 不安がそれを上回っていたのだが、この白昼に凶行に走るマスターないしサーヴァントがいないことを祈るばかりだ。

 ともかく、昼下がりの図書室でケルト神話に関する書物を片っ端から確保して回っていると、不意に制服の裾を引かれた。作業を邪魔されて苛立ちながら下を向く。

 邪魔者の姿を視認した最初の感想は『やっとか』だった。予想ならもっと早くなると思っていたが、意外に遅かった。

 視界では白と黒、対称的な色をした一人の少女と一体のサーヴァントが俺を見上げていさる。球体間接の人形がロリータを着たファンタジックな容姿だが、同じ顔に見られているのはホラーだ。

 肉体を失ったありすと、形を持たないアリスのそれぞれがズボンを掴んでいるため逃げようにも逃げられない。いちいち不愉快なコンビである。

「お兄ちゃんもあたし(ありす)と遊びたいの?」

「いつもハクノお兄ちゃんとお話ししてるもの」

 小首を傾げる二人の童女に、俺はいつものテンションで答える。愛想笑いの一つもせずに、白けた顔で。

「まったく興味がない。他に用がないなら手を離せ」

 拒絶されたと捉えたのか、ありすたちはしょぼんぼりとした顔で俯いた。

 その動作も寸分違わず同じタイミングで、事情を知らない人間が見ればまず双子に思うだろう。

 シュンとした二人だが、よくよく観察すればアリスの方は苦々しくあるが、決意を固めた目をしている。やはり器こそ幼くても中身は英霊。そこまで子供ではないらしい。

「そう……。ごめんねお兄ちゃん」

「行きましょうあたし(ありす)。怒らせて、頭をバリバリ噛み砕かれる前に」

「そうねあたし(アリス)。牙はとってもとっても怖いもの」

 人を化け物みたいに言い放ったナーサリーライムに促され、ありすはどこかへとワープした。予備動作なしで――つまりは自力での転移魔術をやってのけたのだ。物質的な脳を失った特権を見せつけられた俺は、ようやく三回戦の幕引きが見えた気がしていた。

 あれこれと下準備をしてきた三日間の集大成だ。

 ここからが正念場だ。気を引き締めて行かねばならない。……俺に出来ることなんて、気を引き締めるくらいしかないんだし。

 

 

 

 

 夕暮れ時の食堂でのんきに楽しむ紅茶は美味い。

 セミラミスの使い魔に伝言を預け、美沙夜と白野をこの場に集める準備は完了。後は二人が来るまでのんびりしていればそれでいい。

 人払いの魔術によって静まり返った食堂の片隅で、セミラミスはいつもの寒気がする笑みを浮かべながら気配遮断を発動したまま佇んでいる。あの顔はマスターの俺ですら背筋に妙な震えが来る。

 指定した時間の五分前に、唯一の出入り口である階段から白野とセイバーが降りてきた。どこか上の空なマスターと小柄な金髪碧眼のサーヴァントは俺を見て、それぞれ対称的な反応をした。

 白野は軽く右手を挙げ、ネロは目をそらし憤然とした面持ちになる。

『迂闊な奴らよ。大鉈を構えた悪鬼の前にその身を差し出すとは』

『誰が悪鬼だ』

 白野に座るよう促して、AIの店員にお茶を用意させていると、時間きっかりに美沙夜が現れた。黒衣の串刺し公(ランサー)も実体化している。どちらも近寄りがたい威圧感を隠そうともしない。

 美沙夜がこちらから何か言うより早く椅子に腰かけたことで全員が揃い、ようやく本題に入ることが出来る。

 適当に互いを紹介して、手早く話を始める。二人が俺の左手をチラチラ見てくるが、特に気にすることではない。

「白野の対戦相手についてアンタの意見が聞きたい。先に説明はしておいたんだ、いくらなんでも感想くらいはあるだろ?」

「当然でしょう。……まず、二人のマスターが一人のサーヴァントを従えることは不可能よ。正確に言えば、二人以上のマスターと契約できるサーヴァントはいない、としておくべきかしら」

 経路(パス)と令呪の分割はまた別よ――美沙夜はそう付け加えた。野暮ったい制服を着た白野は大真面目に聞き入っている。

 質問があるような様子は見受けられず、美沙夜は話を続行した。

「それと、バーサーカー級の怪物をしたそうね。他に何か情報は?」

「固有結界を展開していた。名前は『名無しの森』だった」

「名前なんてどうでもよくってよ。強力な使い魔を召喚・使役し、クラスはバーサーカーでなく、固有結界を展開できる……。そんなサーヴァントは一つだけ」

『キャスター以外にはまずおるまいて』

『!?』

 突如割って入った謎の声に食堂の空気が凍りつく。瞬く間に身構えたネロとヴラド、そしてマスター両名の慌てぶりを楽しみながら俺はいたって冷静にセミラミスをたしなめる。

「会話に加わるのはいいが、せめてステルス魔術は解け。いちいち進行を止められてたら終わりが見えないだろう」

「以後は気を付けるとしよう。しかし小僧よ、お楽しみの途中だがここで残念な知らせだ」

 苦笑いして気配遮断を解いたセミラミスは、出入り口の階段を指差しながら人払いの魔術も解除した。俺の予想通り、完璧なタイミングでありす(・ ・ ・ )アリス(・ ・ ・)が転移してきたのだ。

 白は大層悲しそうに、黒は心底不機嫌そうにこちらへ目線を向けている。しかし、小学生前後の子供に睨まれて怯むマスターはいなかった。

「もうこれ以上、あなたを見逃すわけにはいかないわ。……ありすの夢を、こんなところで終わらせないためにも――!!」

 見た目と、キャスターという最弱クラスへの僅かな油断が隙を生み、ナーサリーライムが強制転移コードを発動しても、速やかな対応はできなかった。

 セミラミスには抵抗しないよう予め伝えていたので問題なく作戦は進んでいく。

 強いて問題を挙げるなら、この激しい乗り物酔いのような吐き気と不快感だけだ。

 酔い止め薬を飲んでおくべきだったと後悔しながら、身体は重力から解き放たれ、妙な渦潮空間に引き込まれていく。

 

 

 

 

 

 足の裏が地面に触れ、気味の悪い浮遊感から解放された場所は見覚えのあるアリーナらしき場所だった。

 空中には巨大な氷塊が浮かび、遠くには真っ白な氷で築かれた西洋風の城が見える。

 地面は円形の広場に正方形になった氷のタイルが敷かれており、どこもかしこも寒々しい限りである。夏場なら小粋な計らいと歓迎するが、季節のないムーンセルでそれをされてもいい迷惑だ。

 俺はセミラミスの手を借りて覚束ない足をなんとか踏ん張り立ち上がる。困惑ぎみの白野と毅然とした面持ちの美沙夜は先に立っていたらしい。

「遊びはおしまいよあたし(ありす)。嫌われ者のハツカネズミは退治しちゃいましょ」

「悪いことしたイケナイ子は、ジャバウォックにお仕置きされちゃえばいいんだ」

「はん。亡霊と英雄もどきが何を偉そうに。弱点だらけの化け物しか喚べず、子供だましの固有結界を張るしか脳のないド低脳なんぞ怖くもない」

 折角の機会なので全力で二人の童女を煽ってみると、ナーサリーライムはいとも簡単に殺意を増大させ、俺を睨んだ。

 お返しにあらん限りの嘲笑を送ってからセミラミスと念話で作戦を改めて確認しておく。

「主よ、貴様の友人が殺されんとしているがどうするつもりであるか?」

「友人じゃないわ。この私に迷惑をかけた罰を与えないといけないわね。罪には罰を――貴方もそういう主義でしょう?」

「余の奏者を巻き込んだ代償を払わせてやろう。いくら幼子であろうと余は手加減せぬぞ!」

 ヴラド、美沙夜、ネロは随分とやる気だ。よほどプライドを傷つけられたのだろうか。俺の知ったことじゃないが、それで壁が増えるならどうでもいい。

 ポリゴンが集まり赤黒い肌をした禿頭有翼の怪物が姿を確かにし始めると、ヴラドは黒い鉄杭を、ネロは赤い大剣を構えジャバウォックに先手を叩き込もうとする。二人のやや後ろでは既にセミラミスが攻撃魔術の詠唱を始めていた。

「さあ――来るがいい野蛮な獣よ。我が杭にて終わりをくれてやろうではないか」

「ジャバウォック、そなたとの戦いはもう飽いた。この茶番は早々に幕引きとしよう」 

 読み込みが完了した怪物は産声にしては力強すぎる咆哮を上げて、丸太より遥かに逞しい豪腕を降り下ろした。予備動作から軌道が読めるらしく、サーヴァントたちは各々のマスターを庇いながら軽やかに回避する。

 思うに、ヴォーパルの剣で傷つけられたことでジャバウォックは既に無力なのではないだろうか。この怪物を殺しうる唯一の兵器は、ジャバウォックの肉体ではなく概念を脆くしたと考えれば納得がいく。

 緩慢な動作で噛みつきや体当たりを繰り出す怪物だが、余裕でかわされた挙げ句に腕へ杭を突き立てられ、脚を剣で斬られたことにより致命傷を負ってしまった。

 それでも、この巨人は止まらない。

 不自由な右足を引きずり、動かない左腕をだらりと垂らしてもなお攻撃を続ける。ネロとヴラドがセミラミスから怪物の注意を逸らしていられるのはそう長くない。そろそろ、ジャバウォックは相討ち覚悟で突撃してくるだろう。

 いい加減にジャバウォックの身体も限界かと予想した瞬間、巨人の背中に生えた一対の羽が蠢いた。巨体が飛び上がり、自壊してゆく巨躯が瞬時にセイバーとランサーを吹き飛ばす。

 だが――

 

「ランサー、宝具の開帳を」

 

 高台から戦場を見下ろす美沙夜の言葉にヴラドは冷酷無比な笑みを浮かべて腕を大きく開いた。

 粛清と断罪の王による裁きの時が来た。

「さあ、理性なき愚物よ! 懲罰の時だ! 慈悲と憤怒は灼熱の杭となって、貴様を刺し貫く! そしてこの杭の群れに限度は無く、真実無限であると絶望し――己の血で喉を潤すが良い! 『極刑王(カズィクル・ベイ)』!」

 弾丸の如く速度でもって俺に迫るジャバウォックの肉体は、ヴラドの詠唱を合図に地面から突き出た無数の幾何学的な杭によって串刺しにされ、中空で静止した。

 神を恐れぬ侵略者を、忠義を忘れた悪臣を、道徳を弁えぬ民を一切の差別も区別もなく貫き尽くした、秩序の象徴にして恐怖の具現が不義を穿つ。

 東欧に君臨したヨーロッパの守護者による裁きの槍はジャバウォックの綻び始めた肉体を完全に固定し、もはや止めも必要ないと思えるほどに損傷させている。もはや怪物は勝手に消えるとばかり思われたが、やはり怪物はどこまでいっても怪物だった。

 ジャバウォックの口には強大な魔力が収束されており、既に臨界寸前だった。セイバーでは遠すぎて間に合わず、ランサーは宝具発動の反動で素早く動けそうにない。

 誰もが打つ手なしと悟っただろう。白野も美沙夜も、そしてありすも。だが、俺は違った。

『アサシン、撃て』

『相分かったぞ主よ』

 パチンと右手の指を弾き、セミラミスに合図を送る。すると、チャージを終えた高出力の魔力が俺の視界で空間に魔法陣を描く。ジャバウォック二体分はありそうな半径の円陣にたちまち黒い魔力が満ち、爆発した。

 

 

 

「速やかに我が眼前より失せよ化け物」

 

 

 

 限界まで緊迫しきった空気の中、一人優雅に笑うセミラミス。彼女が練り上げた高密度の魔力による擬似レーザービームの目映い光は、女帝が放ったその一言と共に、串刺しにされたジャバウォックを呑み込む。

 膨大な魔力の移動によって空間が激しく震動し、地響きがアリーナを揺する。あまりに俺も含めたマスターたちは強烈な閃光に思わず腕で目を庇い、鼓膜から震動音が去ってしばらくしてから恐る恐る瞼を開くと、城の一部と杭のあった辺りが完全に失われていた。

「どうする童よ。もはやお友だちとやらは何の助けにもならんぞ」

「抗うならば主従諸とも杭で穿つ。ひれ伏すならば従者か主人か選ばせようぞ小娘」

 次にジャバウォックを召喚したところで役に立たないとナーサリーライムも理解しているのか、今度は自らが広場に降り立った。

 白い少女の鏡写し。マスターの心に応じて全てが異なる子供たちの英雄が、その小さな小さな唇を動かして参加者の自我を惑わせる狂気の森へ誘う詩を唄う。

 

 ここでは誰もがただのモノ――

 

 

 

 鳥は鳥で、人は人でいいじゃない――

 

 

 

 貴方のお名前いただくわ――?

 

 

 

 

 世界がたちまち歪んだ力に染まるや否や、急速に自分という存在に対する意識が薄れる。過去も、名前も、目的すらもスッポリ抜け落ちてしまったことに立ち竦む。だが、傍らに侍る烏の濡羽を思わせる艶やかな黒が目を引く女性が、俺の耳元で甘く密やかに囁く。

「小僧、その手に書かれた言葉を声に出して読んでみよ」

 逆らう意識は皆無。言われるがままに、左手の甲に書かれた意味があるかどうかも怪しい三文字の単語を読み上げる。

 

「……南方、周……」

 

 ……才能がないにしても、弱すぎやしないか俺。白野より早く自分を忘れるってどうなんだ……。

 己の凡庸さに嫌気が差してきた。終わりのない人自己嫌悪のエンドレスワルツに陥りつつ白野と美沙夜を見ると、あちらも結界から解放されたらしい。困惑しているだけの様なので放っておく。

 一方で、アリスの後にて弱々しく座り込んでいるありすは、楽しく不思議な夢から覚めた子供のような顔である。それはそうだ。ようやく遊び相手を見つけたのに、関係ない奴らが邪魔してくれば落ち込みもする。

「ありすの夢は覚まさせやしない。あなたみたいな、現実しか映さない虚しい目をした人に、この子の眠りを妨げさせたりなんてしないんだから――!!」

 幼子たちの夢を守護する番人は叫ぶ。

 守護者の号令に呼応してその尖兵たる四十人に及ぶトランプ兵たちの軍団とジャバウォックの群れが現れる。セミラミスの魔力チャージは間に合わないし、ランサーもセイバーも、あの怪物と無限に湧き続ける兵士相手では分が悪い。

 果たしてどうするか。

 

 違法行為(チート)管理人(セラフ)に任せるのが最善である。

 なまじ正規のアリーナに高度なハッキングを用いて入り込まれたことと、固有結界の発動で流石のセラフも介入が遅れたらしい。原因は他にありそうだが、作戦はもはや成功したも同然だ。

 迫り来る異形の大軍を前に、セラフの無機質なシステムボイスが介入を宣言する。

 

『警告、警告。アリーナに第三者の存在を確認しました。規定に従い、三十秒後に強制退出します』

「だそうだ。あとたったの三十秒、持ちこたえないと確実に全滅するぞ」

「アンコールか。観客に不満を言えぬのが舞台役者の泣き所よな」

「これしきの苦難、オスマントルコである」

 暴れたりないセイバーは満更でもなさげに、かつての敵に比すれば恐るるに足らぬヴラドは粛々と得物を構え不思議の国の住人たちに立ち向かう。

 弱体化したジャバウォックと元より雑兵のトランプ兵士にサーヴァント二人がかりで挑めば善戦しよう。見る価値もない虐殺から目を移し、強制退出が来るのを待っていた。

 後は何もしなくていい。俺が指示するまでもなく、予定調和で作戦は終了する。長い三十秒の終わりは、ここに来るときに味わったあの嫌な浮遊感が告げた。

 

『時間です。規定に従い、南方周と玲瓏館美沙夜を強制退出します』

 

 視界からアリーナが遠退いていく。重力を喪った奇妙な感覚に不快感を覚えるが、退出が始まった瞬間、美沙夜が急に足下をすくわれた驚きに一瞬だけ目を閉じた隙に、ヴラドの心臓と眉間に短刀(ダーク)が突き刺さる。

 

 

 

 自分すらも駒とした壮大な計略が成功した安堵感を抱きながら、校舎に早く着かないかなあと心踊らせる自分を、俺は確かに実感していた。




 戦闘描写が難しくって難しくって仕方がありません。下手すぎて泣きたくなります。

 それと、字数が増えすぎたので三回戦のオチは次回に回します。
 次回の後書きで一回戦から三回戦で周が立てた作戦とその目的を説明する予定です。ご質問なども改めて回答いたしますので、評価・感想ともどもお待ちしております。 

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