ロマン以外のなにものでも無いですね、ハイ。
セミラミス曰く「俺は娯楽を知らない」人間であるらしく、この機会に娯楽のなんたるかを正しく認識すべきなのだそうだ。
言われてみればそうだが、特別に問題があるのかと問うと、慣れない玉座に座った俺の耳元で囁いた。
「快楽を貪るだけというのも味気なかろう? 肉欲だけが愉しみではこの世はつまらぬ。心で愉しむことが最善の娯楽じゃ」
セミラミスの白く滑らかな指が俺の肩を撫でる。
鼓膜をくすぐる甘い声が醸す濃密な色香に酔いそうになりつつ、言葉の意味を頭の中で整理する。
俺はこれといって趣味がない。読書はあくまで情報収集と暇潰しで、特別に思い入れがあるわけではないのは確かだ。
そして、セミラミスは俺に「楽しませろ」と言った。マスターとサーヴァントが対等である月の聖杯戦争ならではだが、不当な要求ではない。むしろ戦闘代行の報酬があってしかるべきである。
俺は自分の楽しみがないことに悩みはなかったが、所謂『愉悦探し』に興じることで得られるものがあるならやってみたい。セミラミスが楽しんでくれるなら尚更だ。
半分蕩けた意識で、夢見心地に頷くと真っ黒な笑みが反ってきた。見ているだけで引きずり込まれそうな、淵を思わせる底無しのそれが彼女の本質なのか。
今更ながら恐ろしいサーヴァントをあてがわれたものだが、ムーンセルは俺と相性がいいと判断したらしい。
朝方から酒瓶を何本も空けた女帝陛下は、ほんのり葡萄の甘酸っぱい香りが混ざった吐息を交えて語る。
「そなたのような無情なる男が何を以て快悦となすのか、我も興味がある。三回戦は既に決しておるのだし、たまには寄り道してみるのもよかろう」
「具体的には何をすればいい? 他のマスターについて語ろうか?」
「まあ、それが無難よな。マスターは我が品定めしてやる故、しばし待て。四回戦までには何人か見繕っておこう」
「あんまり期待はしてくれるなよ? しょぼかったからって苦情は受け付けないからな」
俺がそこまで面白味のある人間のハズがない。
どうせ愉悦探しをしても、俺にとっての愉悦は実にありふれた、取るに足らない些細な物だろう。少なくともセミラミスのお眼鏡に敵うような代物じゃあないのは確実だ。
だが何故か彼女は微笑むだけで何も答えない。
無言で空の左手を右ほほに添え、伝説に語られる魔性の女として振る舞う自分のサーヴァントに魅了されつつあるのは、いくら俺でも自覚している。
相変わらず他人からの悪意と違う感情に弱すぎやしないかと不安になるが、こればっかりはどうにもならない気がする。
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六導玲霞の願い『子供たちの救済』を知った上でムーンセルが選んだサーヴァントが、何故にアタランテではなく百の貌のハサンだったのか。
武人肌ではないにしても、英霊としての矜持は曲げない女狩人では方針や戦い方などで反りが合わない可能性は高い。単純に玲霞の実力ではアタランテが全力を出せるだけの魔力を供給でないから、より近い性格のハサンになったとも考えられる。
何にせよ、マスター変更に異を唱えたとしてもそれほど強く反発しないのでありがたい。
アリスの秘密は既に白野へ追加でバラした。
ジャバウォックはヴォーパルの剣で打ち倒され、アリスがサーヴァントである可能性をちらつかせてある。まあ、固有結界『名無しの森』を発動されるまでは答えにたどり着けないだろう。
俺はと言うと、遠坂凛とラニ=Ⅷとレオは放置、ユリウスはどうしようもない。ガトーとランルーくんは四回戦で処理するとして、伊勢三と綾香をどうするか。
イスカンダルとランスロットは実に厄介である。
教会の礼拝堂で椅子に座りながら美紗夜を待つ間に、物理攻撃にも魔術攻撃にも耐性のある両名の攻略法を考える。
戦闘能力に直結する攻撃用宝具はセミラミスにとって鬼門だ。空中庭園があればマシになるとは言え、固有結界内に万単位の独立召喚された英霊はどうにもできん。一騎討ちに持ち込まれれば空中庭園でも自信がない。
この際、ペナルティ覚悟で闇討ちするのも考えておくべきかもしれないな……。
最悪のケースを覚悟した俺の背後で、教会の分厚い扉が開かれる重い音がした。振り返ると、いつもの私服姿をした玲瓏館美紗夜がいた。
「あなたでも神に懺悔したりするのね。意外すぎて笑えてくるわ」
「そっちと違って謙虚だからな。反省くらいはする」
「神に懺悔するよりも先に、私に懺悔するべきではなくって?」
「寝言は寝て言えよ。もしかして睡眠不足か?」
振り向きながら嫌みの応酬をするが、その程度はもはや挨拶と変わりない。互いに利用し合う、しかし気は許さない関係である。
俺と通路を挟んで反対側に座った美紗夜の傍らには、薄暗い礼拝堂の風景に溶け込んだ黒い貴族装束に身を包んだヴラドが控えている。長い金髪と真っ白な肌だけが不自然に浮き上がって気味が悪い。
セミラミスも一拍置いて実体化し、祭壇で鬱陶しそうにこちらを睨んでいる蒼崎橙子と興味深そうに観察している蒼崎青子を一瞥した。
どうせ、勝手に来た身だから正規のマスターに手出し出来ないのを見抜いて、二人を馬鹿にしているのだろう。自分もアリーナと決戦場でなければ戦えないくせに。
「伊勢三については大した情報はなくてよ。あの子、他のマスターに比べてもあからさまにセキュリティが厳重だったわ」
「つまり、噂通りなら西欧財団の庇護下にあるわけだ。だとしたら、ユリウスが襲う可能性はないな」
「まあそうでしょうね。彼らの技術力なら、この程度のハッキングは造作もないでしょうし」
ふむ。イスカンダルはサーヴァントの中では良くて中堅レベルに留まる。それなりの才覚さえあれば契約は可能だ。
そんなサーヴァントのマスターに、美紗夜クラスの魔術師によるハッキングを防ぐプロテクトなど逆立ちしても用意できまい。となると、何かしらの支援があり、綾香の言っていた話は真実味を帯びてきた。
つくづく自分の運のなさに辟易してうなだれる。
なんで俺はこんなに人間関係で恵まれていないんだろうと自問してみたが、自答はできなかった。
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なんとなしに食堂へ足を運んでみると、何故か壁に麻婆豆腐を描いたポスターが大量に貼られていた。文字を読んでみると『言峰神父完全監修! あの麻婆豆腐が復活!!』と熱いフォントで書いてある。
『ムーンセルめ……職務放棄しおって……』
苦々しいセミラミスの台詞に俺も同意だ。
こんな兵器をなぜ購買で販売しているのか理解に苦しむ。
マグマそのものの燃えるような赤い麻婆に白い豆腐が浮かんだMP回復アイテムだが、どう考えても肉体にはダメージだ。人間性の代わりに健康を捧げよとでも言うのか。
俺は認めないぞ。食べたらスイカめいて爆発四散、この世からサヨナラだろうが。胃がツキジめいたマッポーな光景になるわ。
物騒でしかないポスターから離れてパンや惣菜の並んだガラスのショーウィンドウを覗き込む。
本格的なメロンパンやクロワッサン、生菓子に焼き菓子を眺める。不要な礼装を売却して資金に変え、何か買おうと品定めする。
ああだこうだ考える間に軽くつまみたいのだが、グッとくるものがないので中々決まらない。羊羹などの甘いものにするか、 せんべいのようなショッパイ系か……迷う。
『何か食べたいものあるか?』
『そなたの好きにせよ。我は何でもよい』
それが一番困るんだよ。
迷ってるから聞いたのに、こっちに任されてもなあ……。そもそもセミラミスの好物なんて酒くらいしか知らない。ウ、ウィスキーボンボンにすればいいのか? あれ苦手だし高いから嫌だぜ?
もう大人しく個室に帰ろうかと思い始めた頃になって、ため息をつくと、背後に人の気配がした。存在感の薄い、日陰に延びる影のようなそれは六導玲霞のサーヴァント、ハサン・サッバーハのものだった。
白い骸骨の仮面と、明るい食堂の風景から浮き上がる闇色の身体。躍り子風の衣装と紺色のポニーテールはシャーミレだ。
敵意の類いは感じられず、ただただ真面目そうに背筋をピンと伸ばして佇んでいるだけでかる。
「暗殺者が買い物とはムーンセルならではよな。それとも仕事か?」
「主の食事を調達しに。他意はありませぬ」
シャーミレを視認するや否や実体化したセミラミスに噛みつかれても、シャーミレは淡々とした物腰を崩すことはない。実にアサシンってアサシンだ。
そもそもアサシンの本家であるハサンと、気配遮断持ちのキャスターのセミラミスを比べるのも酷な話ではあるが、一応セミラミスのクラスがもアサシンとなっているのだから致し方ない。
俺も品定めを一時中断し、ハサンに向き直る。
「そっちのマスターは元気か? 疲れててもそれほど変わりは無さそうな人だけどな」
「我らがマスターは息災です。そちらもご無理はなさらぬように」
その
しかしシャーミレは俺の疑問に対する解答をせずショーウィンドウの前に立ち、手頃な値段の惣菜を幾つか注文していく。
さっくりしたシャーミレの対応に、セミラミスは不快感を抱いているようだった。女帝としては、無視されているのも同然なのだろう。
『いけ好かんサーヴァントよ。これのどこが英霊だと言うのだ』
『山の翁の一人として畏怖されてたのが信仰に変化したんだろ。ほれ、ナーサリーライムも子供たちの英雄としてサーヴァントになってただろ?』
『それしきのことなら理解しておるわ戯け。独り言に反応するでない』
そっぽを向いて拗ねた様子のセミラミスに苦笑いしつつ、三回戦における最大の疑問を解消するため、シャーミレに話しかける。
「六導玲霞と俺の取り引きにお前は賛成してるのか? 無理に答えなくても別にいいけども」
闇色の暗殺者は敵からの問いにも至って無感情な声音で答えた。それが主人の決定と割り切って感情を圧し殺しているためなのか、納得した上で受け入れているためなのかは分からない。知ったところでどうしたと言う話でもあるんだが。
「主の望みを聖杯に届けることが使命ならば、手段を選ぶ必要はありませぬ。少なくとも、同じアサシンのサーヴァントでここまで生き残った貴方ならば勝ち残る勝算はある、そう我が主はお考えです」
それまでのサーヴァントには見られなかった、マスターに対する純粋な忠誠心と滅私奉公の在り方は俺ですら感心せざるを得なかった。
それまで、ハサン・サッバーハはただの狂信者と侮っていた。だが、この忠義は正しく英雄だ。
正真正銘の暗殺者でありながら、まずサーヴァントとしての義務を最優先にする心意気は認めなければならない。
聖杯戦争に参加して初めて心打たれたのが他人のサーヴァントなのは、言ったら敗けだ。
三回戦は早ければ次回にも決着です。
一回戦は、仮にCCCを書いてもジナコの出番を削るため、二回戦はオリジナル礼装ゲット、三回戦は(禁則事項)のためなので、決戦なんてありません。
つーかネタバレすると(禁則事項)なんですけどね。
これを知り合いに話したら「主人公がクズ&クズ&クズすぎて胸くそ悪いわ」と言われました。
クズじゃないキャラは動かしにくいんですよ私。
感想、評価も『
黒い霧をまといながら全力でお待ちしております。