午前中にアリーナでプライマリトリガーとボックスの中身を全て回収し終え、昼過ぎに校舎へ戻ることができた。大した労力もなく、稼ぎもそれほど良くなかったが、図書室に入ってから妙な気配を感じている。
見られているのは分かるのだが、悪意とかの類いであるかどうか判然としない中途半端なものだ。
『誰か近くにいないか?』
『いいや、それらしい輩は見当たらん。だが油断するでないぞ。あの
『じゃあ背中は任せる』
アサシンはありすの実力とアリスの性能がとてつもない脅威に見えるらしく、かなりあの二人を警戒している。そのせいか、俺もあまり緩んでいると怒られるので気を引き締めている。
しかし、ナーサリーライムは幼く単純なマスターと対になった、いかにもキャスターってキャスターだ。少し目障りなだけで無関係な人間を、戦闘が禁止された校舎で何の用意もなしに襲うわけがない。
裏を返せば、あちらが仕掛けてきた時はかなりこちらがマズい状況にあるのだが、それもまだまだ先のことでもある。そうなる事態を想定して動いているので、対策は万全なんだけどな。
食堂で白野と二人の『ALICE』対策を練りながら昼食を摂っているが、ネロがセミラミスを毛嫌いしているのにセミラミスはネロを―玩具として―認めているので空気が悪い。
パーティサイズのサンドイッチをつまみながら、昨日の続きを話し合う中で、白野はラニの名前を口にした。さすがは主人公、なかなか早いな。
手を出すのが。俺には逆立ちしても出来ない。輪廻転生でもしないとまず無理だ。
「ラニは怪物を倒すのに必要なヴォーパルの剣を作れるんだけど、材料のマラカイトって石が必要らしい。そんなアイテム、どこにあるんだ?」
「高位の魔術師なら購買のシステムにハッキングして無理矢理に低価格で陳列させる。それが無理なら、他のマスターから分けてもらえ」
「……分けてもらうしかない。宝石を使うらしいし、凛なら持ってるかもしれないな」
「気を付けろよ。対価に何を要求されるか分かったもんじゃない」
金にうるさいことに定評のある『あかいあくま』が素直にマラカイトを渡すはずがない。いくらなんでも命まで奪いはしないだろうが。
白野はチラッとネロを見て、気まずそうに目を伏せた。赤い皇帝が黒の女帝を嫌う理由は明白だ。
ネロの母、小アグリッピナにセミラミスが似ているのだ。
謀略に長けた
夫を殺めたのも共通点だしな。色っぽいところも似ているが、それは俺の偏った感性による評価なのでまた別の話。
セミラミスのことはいつか白野もわかるだろう。俺からは何も言わないでおくが、やはりこう露骨に嫌われては近づきにくくて仕方ない。
不満げに俺とセミラミスを睨むセイバーだが、面と向かって苦言を呈さないあたり、こちらの情報が有用であることは認めていると解釈してよさそうだ。
こちらの仕込みは順調だが、今日はもう一つの仕込みも始めておかないといけない。
……月の聖杯戦争ってこんなのだったっけか?
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ライダー・イスカンダルのマスター、伊勢三について詳しく調べるため玲瓏館美沙夜を探していると、図書室で本の山に埋もれている沙条綾香と遭遇した。
こちらも何かしらの情報を握っているはずだ。
聞いておいて損はない。が、しかし、問題は理由を求められた際の答えだ。
『征服王に勝てる気がしないからマスターの弱点が知りたい』なんて言ったら、まず確実にひんしゅくを買ってしまう。
下手な嘘をついてヘソを曲げられるのも面倒だが、素直すぎてもよろしくない。どうしようかと本を読むフリをしつつ考えていると――
「そこの魔術師よ。そなた、伊勢三某について何か知らぬか?」
アサシンが勝手に接触していた。
「……な、おま……」
「伊勢三って、あの騒がしいライダーのマスター?」
「他におるわけがなかろう」
綾香の困惑ぎみな視線がセミラミスと俺へ交互に向けられる。
マスターである俺の動揺もなんのその、人の事情も知らないでアサシンは綾香の正面に位置する椅子を引き、こちらにちょいちょいと手招きをしてくる。
暗に「座れ」と言われてしまい、引けに引けない状態に陥った俺は渋々ながら、対面式になるのも我慢して綾香の向かい側に腰かけた。
セミロングの髪に地味な眼鏡と高校の制服は変わりない。が、目の下にはおよそ高校生らしからぬ濃い隈が浮かび、明らかに無茶をしているのが手に取るように分かる。
「私は彼とちゃんと会話したことがないけど、西欧財団が支援してる研究機関の所属って聞いた気が……するようなしないような……」
「曖昧だな」
「仕方ないでしょ? 彼のサーヴァント、アレでスキがなくって、探りを入れようとしたら話の腰を折ってくるんだもの」
……そう言えば、イスカンダルって馬鹿そうに見えて頭が切れるんだったな。直に攻めるよりは、ジワジワと外堀を埋める戦術が適しているか?
少なくとも早めに対策を講じておかなければ。
思索をやめて、適当に相槌を打ちながら改めて綾香の話に耳を傾ける。
しかし、その続きはなく、ひたすらに重苦しいだけの沈黙が横たわるだけだった。
「……話せることもうないんだけど……」
何だ。ネタ切れか。
それならそうと早く言え。時間が惜しい。
肩透かしではあったが、綾香に情報の礼を言って図書室を出、玲瓏館の捜索を再開した。これなら始めから聞かなければよかったと後悔しているが、後の祭りである。
やはり俺は賭けが大嫌いだ。いつも負ける。
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校舎をくまなく走り回った結果、玲瓏館は何とか見つけた。謎多き魔術師の伊勢三について詳しく調べてもらえることにもなったが、
出来ることならあのアイドルは頭が足りない分だけ火力に優れているので、四回戦以降は駒の一つにしたい。こんなところでアキレス腱を作りたくなかったが、背に腹は変えられぬ。
最悪の場合は同じ校舎のマスターを毒で皆殺しにするしかない。それだって下準備は欠かせないので面倒くさいってのに……。
店が気に入らなかった某自営業の食いしん坊並みに悶々としながら廊下を歩く。
廊下を歩くという行為は学園ラブコメでは意外に重要なファクターであり、物語の挿入から他愛ない日常風景、薄ら暗い謀略まで多種多様かつ万能なシーンで使える。
長く直線的な一本道に対して垂直に交わる階段や曲がり角が多い建物も少ないので、バトルシーンにも使えるだろう。大まかなイメージくらいは簡単に出来るので、状況説明も楽だ。
例えば、ガトーと玲霞が並んで談笑しながら歩いている光景とか。
『美女と野獣、むしろ珍獣か』
『否定はしないでおく』
シュールな光景に笑いをこらえているセミラミスは今にも吹き出しそうに声を震わせている。
屈強な筋肉の鎧に覆われた身体は傷まみれ、数珠やら何やらの宗教的なグッズをしこたま装着した
他人のフリをして逃げ切ろうとしたが、俺の期待は裏切られるのが常らしい。
頼みもしないのに、玲霞はガトーに俺のことを紹介し始めていた。
「ガトーさん、こちらが私の対戦相手の南方周くんですわ」
「おお! そなたがヴィーナスの前に立ちふさがるスライムであるか! 中々に悪な顔つきであることよ」
「スライムかよ……。せめてゾンビにしろよ」
「ゾンビィーがよいかそうか! しかしながら小僧、そなたの顔はゴーストそのもの也!!」
どこまでも喧しい筋肉だ。
うなじのあたりをザシュッと削いでしまっても構わんのだろう?
ハイテンションの暴風にさらされて疲弊しきった俺を見かねて助け船を出したのは玲霞だった。心なし笑っている気もするが、それは錯覚であって欲しい。
「落ち着いた雰囲気の人は好きよ? 一緒にいて疲れないし」
「ここまで暗いのも考えものよ。もうちいとばかし明るくても良いのだぞ?」
「電球みたいに簡単には変わらないんだよ。照明スイッチもやる気スイッチもないんだよ」
「奇跡と神のご加護はあるがな!!」
「お前の中ではそうなんだろうさ」
いつの間にか実体化して会話に加わっているセミラミスに続き、ガトーまで乱入してしっちゃかめっちゃかである。もう訳がわからない状態に困惑しているが、玲霞のおっとりした笑顔は崩れない。
話が脱線しかかったのを見計らってハサンが修正を入れなければ間違いなく暴走していた。
姿が見えないあたり、気配遮断で隠れているだけのようだ。
「主よ、取引の件はよろしいので?」
「ああ、つい忘れてたわ。もう楽しくて楽しくて」
茶目っ気たっぷりの玲霞に嘆息の一つもしないところに、ハサンの生真面目さが垣間見える。暗殺者の性なのか、身のこなしにもスキがなかったように思えてならない。
手をパンと叩いた玲霞は、のほほんとしたまま真面目な話に流れをねじ曲げた。
「誰か目星はつけたの? まだなら急いでね」
「……それならとっくに下準備を始めてる。何なら紹介しようか?」
「いいわ。あなたが忙しそうにしているのはアサシンから聞いているし」
俺、見張られてる……?
玲霞の言い方ならそうなるよな? 気配遮断A+のサーヴァントともなればまず見つからないが、これほどに隠密性が優れているとは思わなかった。
なるほど、これはいいデモンストレーションだ。
マスターが魔術師として戦えないならサーヴァントに、サーヴァントが直接攻撃に向かないならば直接攻撃で倒せるまで弱らせる。それにサーヴァントを使えば解決だ。
この戦術にハサン・サッバーハは最適だ。
是が非でも戦力に加えたいものである。
Apocrypha書籍化の流れに乗って外典組をたくさん出したいものの、自爆宝具や超性能のせいで攻略が難しい……。
出したいですよ。モードレッドとかジークフリード(ジークではない)とかギリシアトリオとか。
どいつもこいつも強すぎィ!!
シェイクスピア、テメーは呼んでないからな?
いつもの如く感想&評価、