三回戦になり、単純計算で残ったマスターは32人となった。ここまで来るとアバターも個性的で、いかにも学園モノらしくなってきたように思える。
とりわけ白野に近しい奴らは濃い面子ばかりで、優勝候補のレオ、凛、ラニに黒蠍、挙げ句には幼女枠のありすまでいる始末。
大変そうで何よりだ。
まあ、かく言う俺も大して変わりはない。
どうもサーヴァント共々に悪人面すぎるせいか言峰に目をつけられたらしく、対戦相手の発表が遅れるという連絡の後も話し相手にされている。
「NPCの間では君は二回戦で敗退するという予想が大半だったが、それは外れだったようだな。どこまで生き残れるか見物だ」
「神父のくせにいい趣味してるよ。その性格の悪さじゃあ友達なんていないだろ?」
薄ら暗い笑みを浮かべる外道麻婆こと言峰は、俺の皮肉にも嫌味ったらしく鼻で笑うだけだった。
本来ならこんな鬱陶しい男と雑談する必要は微塵もないが、俺の知らない聖杯戦争のルールについて聞き出すために渋々付き合っている。
少しでも他のマスター連中より有利になるならこれしきの苦痛もこらえて見せる。最近ストレス耐性がついてきたらしく、口内炎がないので、まだ大丈夫だ。
「生憎、この性格は単なるコピーアンドペーストされたプログラムに過ぎない。不愉快なのは承知だが、直しようがないのは如何ともしがたいのだ。残念だったな」
「そうかよ。……ところでアンタ、聖杯戦争のルールに詳しいんだよな? 気になることがあるけどいいか?」
「可能な範囲でのみ答えよう」
「一人のマスターがサーヴァントを二体従えたりすることは出来るのか?」
この質問を三回戦で、岸波と同じ校舎にいる俺以外のマスターがするならば、それはありすを見たからだろう。
この神父も『なるほど』と言いたげに頷いている。
「一人のマスターが二体のサーヴァントを従えれば、瞬時に魔力が枯渇して死ぬ。それ故にムーンセルも『全員が不可能』としてルール違反とはしていない」
誰にも出来ないから禁止する意味がない、か。確かにサーヴァント二体の魔力を一人で負担できる魔術師はまずいないだろうな。
だが、俺が知る限り七名のマスターは、サーヴァントへの魔力供給による自身の戦闘能力低下を避けるため参加者ではない身内やホムンクルスに魔力を負担させていた。
これがルールではどうなっているのか確かめねば。
「なら他の人間に魔力を負担させるのはいいのか?」
「相手がNPCならば処罰される。マスターの場合……同意が得られているなら大丈夫のはずだ」
「ハズってお前、そんな曖昧な……」
「前例がないのだから仕方なかろう。それと、苦情は私ではなくムーンセルに言ってくれ」
監督役としてそれでいいのか心配なほど投げやりな言峰だが、流石に前例がないとなると非難もしづらい。
確かに、他人のサーヴァントに魔力を供給するメリットはない。よほど怪物じみた魔力量ならまだしも、人の限界を越えていなければ一体が限界でもある。
だが、こう考えるんだ。
イレギュラーに魔力供給を負担させればいいと考えるんだ。
俺もそろそろ、本格的に動き出すための下準備をしておかないとな。
この聖杯戦争は何が起こるか分からない。何が起きてもそつなく対応出来るように、早いうちから対処しておくべきだ。
……言峰の気がすむまでは何も出来ないだろうが。
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言峰の愉悦講座から解放され、精神的な疲労で気分が沈んでいた俺はいつもの掲示板に張り出された対戦相手の名を見て愕然とした。
『マスター:六導玲霞
決戦場:三の月想海』
六導玲霞は黒のアサシンことジャック・ザ・リッパーのマスターである娼婦だ。アサシンは自分を召喚した相良豹馬より玲霞に母性を見出だし、召喚直後に彼を殺害した。
いわゆる『逸般人』で、少し育ちがいいだけの娼婦でしかないハズなのに、卓抜した戦略眼と思考の速さを生かした高度な戦術で両陣営の殲滅を目論む厄介な奴だ。
魔術師としての素養はなかったはずだが、アサシンのサーヴァントは誰なのか。戦闘に不向きな英霊だといいんだが……。(アサシンは大半が直接戦闘に不向きなもんだがな)
「あらあら、今度は随分と若い子だわ」
ねっとりと耳から精神に染み込む、糖蜜のような甘く蠱惑的な声に背筋が凍る。
目には狂気を秘めているそうだが、俺のような凡人はそういったモノがよく分からない。ただただ、美人だとしか思わなかったのが現状だ。
「……若くて悪かったな」
あちらのアサシンに警戒しつつ、さらに近づき難くなるよう突っぱねた態度を取る。もしも原作通りのサーヴァントなら、攻略はあまりに難しい。
魔術師らしからぬ優れた作戦によって動く、伝説の
「ねえ坊や、今時間はある?」
「何でそんなことを聞く」
「お願いしたいことがあるのよ。ダメかしら?」
リリスがアダムを誘うが如く、玲霞は俺に擦り寄ってくる。あと一歩で身体が密着しそうな距離に接近を許してしまったが、アサシンに助言を請うだけの理性は残っていた。
『大丈夫そうか?』
『魔物だが、理性は人間と同じ程度にある。巣穴に飛び込んで宝を得るか、食われるかであろうな』
『一か八か、ねえ……』
ジークを殺すために硫酸の霧を浴びるような人間だが、素人のくせに鉄壁のミレニア城塞へ入り込めた人間でもある。
相手を殺すために校舎で仕掛けるのも辞さない可能性は十二分にある。果たして、断るべきか否か。
これ以上近寄られても不愉快なので
「……聞くだけだ。その先は、話次第で判断する」
取りあえずは首を縦に振っておく。
別に、美人だからだとか、そういう俗っぽい理由では断じてない。
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玲霞からの頼みは俺にとって願ってもない内容だったが、彼女のサーヴァントが提示した条件はかなりクリアが難しいものだった。
それも、彼女たちの真名を知れば納得のいく理由であった。
十一世紀の中東で誕生したイスラム教の暗殺教団『アサシン派』の頭目、ハサン・サッバーハの一人、『百の貌のハサン』が六導零霞のサーヴァントだ。
A+の高い敏捷と気配遮断に加え、宝具『
多数の人格において交渉と軍団指揮に長けた女性人格、アサ子ことシャーミレを納得させるべく白野を探すがてら、エリザを探すが見つからなかった。
どうやら、NPC曰く、問題児だらけの校舎に送られたためこちらにはいないらしい。いたら使えそうだったが、いないならそれでいいので放置する。
アリーナの入り口前に足を運んでみると、憔悴しきった白野とセイバーを発見した。この様子から推察すると――
暗号鍵を前にしてアリスの召喚したジャバウォックから逃げてきた。
――そんな所だろう。
「……大変そうだな」
「何用だ。些末な用ならば下がるがよい」
実体化していきなりな態度のセイバーだが、ここで素直に下がってはこれまで費やした時間が無駄になる。
露骨な敵意に憶さず食い下がり、さらに話しかける。
「あの幼女に振り回されでもしたのか? 難儀なマスターが対戦相手になったもんだ」
「ああ。鬼ごっこさせられたり、色々と」
「それで疲れたわけではないだろう」
「……二人のありすが、怪物みたいなバーサーカーを召喚したんだ。それもとんでもない強さのを」
とんでもない強さのバーサーカーとなると、ジャバウォック召喚で間違いない。ここで二人の
ネタバレしたい欲を抑えて、それとなく、ジャバウォック攻略の糸口を手にするための手がかりを口にする。
「二人の幼女と一体の怪物か。なるほど……。しかし、マスターは二人の幼女の片割れ、サーヴァントは怪物なら、もう一人は何なんだ? ……マスターが二人なんて聞いたことがないな」
「双子のマスターだからサーヴァントが共有になったりはしないのか?」
「さあな。それは監督役に聞け。……だが、令呪がどちらにあるか確かめればおのずと分かる。次に会った時にでも頼んでみるといい」
令呪を見せてと言われたら、白は素直に見せようとするが、黒は本気で止めるに違いない。折角クラスを隠匿したのが暴かれるかもしれないのだから。
目を向けるべき方向の定まった白野は、人の良さそうな笑顔を浮かべながら感謝の言葉を伝えてきた。
「ありがとう。何か分かったら知らせる」
爽やかで眩しいその表情から目を背けそうになりながら、俺もなんとか首肯で応える。
アサシンのため息が聞こえたが、なにも言わないでおかないと。俺がだいたい悪いんだし。
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「そなたもつくづく下衆な男よ。己が夢のために何もかもを欺き手駒とするか」
「生き残るためなら俺は何でもする。戦争にルールはないし、競争は何でもありが基本だろう?」
マイルームで寛ぐアサシンは今までで一番に輝いた笑顔を振りまきながら、また一本ワインボトルを空けた。
本から目線を床に転がる酒瓶へ移し、次に玉座でくつろぐアサシンに目を向けた俺は肩をすくめながら冷笑した。
ありすは子供だ。まともに行動を読めないが、行動するよう誘導することは難しくない。ただただ追い詰めてやれば、すぐに痺れを切らして勝手に自爆する。
そうなれば全て俺の思惑通りだ。
少しばかり賭けになるが、保険がまったくないわけではない。
ようやく戦争らしくなってきたが、ここで目立つわけにもいかないのは確かだ。
より冷静に、秤の砂をはかるがごとく慎重に進めなければならない。
三回戦の相手はハイスペック娼婦の六導玲霞さんとアサ子。
アサ子の名前はオリジナルですので、タグの『オリジナル宝具』を『独自設定』に変更いたしました。
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