学校が始まったので、連日更新は困難になったかもしれません。
人生とは不幸と不運の連続だが、俺がブラックモアと花畑でお茶をしているのは不吉というカテゴライズでいいのだろうか。
『
紅茶が注がれたカップを手に目の前の老兵を観察する俺の隣では、ちゃっかりアサシンも実体化して紅茶を楽しんでいる。
朝方に食堂で出会した女性NPCからお茶の誘いを受け、渋々承諾したのだが……。あれはブラックモアが用意していた物だった。何が「直に渡したら、九分九厘断られていただろうからね」だよ。
紳士の面の下は悪魔かなにかだろう。老いようとも鴉は鴉、狡猾さに陰りは見受けられない。むしろ老獪になってさえいる。
「一口も飲んでいないようだが、紅茶は苦手かね?」
「
「なるほど。確かに警戒されても無理はない。だが、私は令呪を用い、彼に学園内での宝具の使用を禁じたことは聞いていると思うのだが?」
「それが茶番だとしたら? 宝具は使うな、しかし毒を使うなとは言ってないわけだからな。こうして自分にとって不都合なマスターを毒殺することはいくらでも出来る」
「用心深いのは良いことだが、度を越せば疑心暗鬼に陥る。覚えておきたまえ」
「案ずるな主よ。あれしきの匹夫が扱う毒程度、我ならば容易く取り除ける」
ブラックモアの忠告とアサシンの言葉を受け、仕方なく砂糖とミルクたっぷりの紅茶を啜る。優しい温かさと甘みの中にも品のいい香りが漂う。
一口だけ飲んでカップを置くと、突然にブラックモアの傍らにアーチャーが現れた。ステルス宝具『
「お宅、そんなに人を信用しないくせにテメエのサーヴァントは信じられるのかい? ああ、それは演技だったりしちゃうわけ?」
「我が主は我と己のみを信ずる。貴様のような隠れ潜み偽る他に能のない凡俗など、この男が信用するはずがないであろう」
そこまでは言って ……いや、訂正しなくていいや。だいたい合ってた。
額に青筋を浮かべたアーチャーの拳は震えている。これ以上挑発したら俺が危険なので、アサシンに止めるよう念話で釘を刺す。
「旦那、なんでまたコイツらなんざを呼んだんで? 嫌みでも聞こうって腹じゃあないッスよね?」
「落ち着けアーチャー。なんなら、君も一服すればどうだ?」
「お気遣いどうも。でもこういうのはちょいと性に合わないんで、遠慮しときます」
マスターにたしなめられたアーチャーはふて腐れて霊体化した。頑固親父と軟派息子かあんたら。ムーンセルに来てまで昭和の家庭ドラマするなよ。
冷ややかにその様子を眺めていたアサシンはつまらなさげにカップを置いた。中身は空になっている。
「そなたのサーヴァントは我慢弱いな。これまでもさぞ苦労したであろう」
「お恥ずかしい限りだ。しかし、それも若さと思えば彼が羨ましくもあるのだがね」
「我が主は歳の割りに魂が老けた人間でな。熱やら何やらがまるでないのだ。あの狩人はなかなか人間味があるではないか」
何故だ。何故にお前がブラックモアと意気投合してるんだ。それはおかしいだろう!! しかも話が弾んでるってどういうことだよ!?
……もういい。冷めた紅茶飲んで時間潰してるから……、もう、いい。
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お茶会から解放され、セカンダリトリガーの回収をするためアリーナ第二層に潜ると、入り口のそばにフラットとバーサーカーがいた。アイテムを確認しているということは、これから暗号鍵を探すのだろう。
無視して先を急ごうとしたが、今日は何かにつけて運がない日らしく、すぐに見つかってしまった。
「ひっさしぶりじゃん! どう? トリガー探しは上手く行ってる?」
「……一応は」
「実はさー、俺ってば実験ばっかりしててプライマリトリガー忘れかけてたんだよ。で、バーサーカーに言われて昨日に慌てて取ったわけ」
「…………ふーん」
忘れていればよかったものを……。
未だかつてないフランクさで接してくるフラットに心底うんざりしながらアリーナの様子を観察する。通路はヨーロッパ風の住宅街を走っており、遠くにはおどろおどろしい古城がそびえている。
やけに歩きにくいのは地面が凍っているせいだ。しかも、氷が張っているなんて次元ではない。もう凍土の域に達した分厚く固い氷の層なのだ。
街はバーサーカーの渡り歩いた土地、城は生まれた場所、氷は終焉の地である北極を表しているのだろう。怪物が見た景色の縮図を歩く内にフラットが静かになるかと期待したが、それは無理なようだ。
馬鹿は死んでも治らないとは言ったもので、実体化したアサシンも含めた四人の中で喋っているのはバーサーカーのマスターだけだ。
「ここホントスゴいよな~! 聖杯がわざわざ組み合わせごとに固有結界作ってるだけでもビックリだけど、造形まで完璧に現実まんまってのがヤバい!」
「…………そうだな」
「それ言ったらサーヴァント128体の現界だって普通に考えたらあり得ないんだぜ? 御三家の聖杯戦争で使われた大聖杯ってのは七体しか呼べないんだから、ムーンセルがどれだけブッ飛んだ存在か分かるだろ?」
「…………ああ」
そんなことも知らないと思われているのか、単に喋っていたいだけなのか。フラットはいつまでたってもグダグダとどうでもいいことを話し続けている。
いい加減に鬱陶しくなってきたが、流石にバーサーカーがすぐ近くにいるのでは手も足も出せない。下手に殴ってフランケンシュタインが反撃でもしようものなら速攻で死ぬ。
まあ相手がシェイクスピアかアンデルセンかデュマでなけりゃ誰でも死んでそうな気がするけど。
よくよく考えれば、俺はかなり相性のいいサーヴァントを引いたのではないか? 燃費はいいし、優秀な宝具が二つで正攻法に拘らない。性格は、まあ、英霊なんて変な奴ばかりだから……。
淡々とした返事を繰り返しながら凍土を歩いていると、表通りの突き当たりが分岐点になっていた。覗いてみたところ、途中に曲がり道のない直線らしい。
「俺は右に行くけど、どうする?」
「どうするもこうするもない。俺は左だ」
お前と探索しないとならんほどの大罪を犯した覚えはない。 些細な罪ならわんさかあるが。
フラットは不満ありげだが、有無を言わさず左に進む前にジロリと睨んで、こちらに来るなと釘を刺しておく。
「ちぇー……」
驚いたろ? コイツ、これで二十歳手前なんだぜ? ……付き合いきれない……。
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通路にエネミーはおらず、罠もない。二回戦の二層でこれはかなり怪しい。まさか、あの軽快な
「のう小僧よ。あの老兵との茶会はどうだった? あの男から学んだことはあったのか?」
「ない。俺は迷っていないし、何も困っていない。殺し合いに変なプライドを持ち込んだ馬鹿から何を学べって言うんだよ」
お呼ばれした俺より楽しんでいたアサシンに聞かれたが、主人公らしい前向きな回答は出来なかった。俺がネガティブなのも珍しいが、悲しいけどコレ、戦争なのよね。
挑発的で蠱惑的な目をしながら笑いを堪えるアサシンに困惑しながらも、なんとか目は逸らさずにいる。
「それでよい。そなたは振り返ることなく、躊躇うこともないままに前へ進め。道筋を確かめるのは聖杯に到達してからでよい」
つくづく思うのは、このサーヴァントが俺に何を期待しているのか、それに尽きる。知恵も大したことはないし、男としての魅力もない。人としての深みもない。取り柄なしのこんなマスターのどこがいいのやら……。
そろそろ一本道も終わりに差し掛かり、古城の門が見えてきた。トリガーが入ったボックスを確認した瞬間、小心者の俺はおろか神経の図太さならアサシン一のセミラミスも足を止めた。
「……なんだコレ」
「花嫁……とでも言うのか? いやいや、いくらなんでもそれはあるまい」
古城の正門前に設置された、組み立て途中らしきドロイドの姿は、あのバーサーカーと酷似したウェディングドレスを着た人形だった。
腕や顔の一部にはまだ皮膚がなく、金属フレームと赤黒い筋肉の繊維に混じり無機質なケーブルが走っている。未完成の二体目の怪物――
このアリーナがフランケンシュタインの心を表しているならば、この空間はまさに怪物の全てを内包している状態に近い。
道理で人形の周りが花畑になっているわけだ。
醜いと否定されながらも、確かに存在した心で望んだ唯一の理解者なのだから美化して当然。当たり前の光景だ。
それまでの暗く混沌とした雰囲気との違いに納得し、トリガーを回収しようとボックスに手をのばす。
「おー、やっとゴールじゃん。長かったなぁ~」
「ウゥ」
遅れてきたフラットとバーサーカーは無視してノルマを達成する。トリガーコードを入手したので、正門の脇にある退出ポイントへ足を運ぶと、何故か呼び止められた。
嫌々ながら振り返ると――
「なあ、俺、アンタの願いってのを聞いてみたいんだけどいいかな?」
「教えない。お前の願いを聞いても教えない。何を渡されても、絶対に教えはしない」
「うわぁ。また意固地なんだから……。そんなんじゃ友達出来ないぜ?」
「そんな関係の人間はいない。前からそうだったし、これからもそうだ」
「あれ? 俺のこと忘れてない?」
この期に及んで、まだ眼前の人間の性質を理解できていないらしい。あまりにも愚かな天才魔術師の間抜け面に侮蔑の目を向けつつ、俺はリターンクリスタルを掴む。
クリスタルを起動する直前に、認識の相違を突きつけるため――
「俺にとってお前は敵でしかない。だから、敵対以外の関係は必要としていない」
『友達ではない』と断っておく。
相も変わらず人嫌いの周がいかにしてFate史上最高の天才魔術師を撃破するのか?
それはまた次回となります。