五話
「雷斬拳!」
紫電丸はの必殺技、雷斬拳は加速した体の速さと、
己の至る所に設置されたプラズマ発生装置で作り出したプラズマを腕に
纏わせて放つ必殺拳…
その威力は『虎』クラスの怪人ならば弾け飛ぶ程の強さを持つ。
直撃した瞬間、プラズマが弾け飛ぶ音と共に肉体を打撃する轟音と感触が紫電丸に伝わる。しかし、紫電丸は直様その場から離れた。
(駄目だ……これでは奴を倒す程の威力は期待出来ない…!)
彼はいきなり必殺を出した訳ではない。数分前の戦闘開始後は何度も持ち前の速さと腕力で挑んだが全て躱され、見切られていた。
だから紫電丸は全力で挑む事にしたのだ。自らが出し切れる最高の力でこの勝負を制す為に…!
が、彼の予想していた通り、鵞仙には傷一つ付けることが出来なかった。
「貴様…唯の雑魚では無かった様だな…雑魚でも多少は出来るようだ」
鵞仙は歯を食いしばり、拳を深く握りしめている紫電丸を見つめながらそう呟いた。
「だが、力の差を見抜く事が出来ない貴様など私にとって赤ん坊に等しい。精々足掻くがよい」
鵞仙は挑発するかの様に踏む寄っていった。
「うおおおおおおおお!!!」
紫電丸は眉を顰め、力強く立ち上がって雄叫びを上げ、体に組み込まれた機械に合図を送る。
ーーリミッター解除
彼は自らの肉体の限界を超えて鵞仙に挑んだ。いや、足掻いた。
以前よりも、数分前よりも数倍早く拳を放ち、鵞仙を殴り倒そうとする紫電丸。
しかし、それを余裕の笑みで躱し、反撃すらしない鵞仙。
その表情や動きからは舐め切っている事が伺えた。その事が紫電丸の癇に障った。
一方、辺りにいた人々にはあまりの速さで何が起こっているのかさえ判断が難しかった。
「ふむ、この程度か。
中々楽しめたぞ、小僧…
齢17.18程度でその強さは見込みがある。貴様ならばA級でも通じる力を持っているだろう…
だが、次、私に挑む時は更に力を付けて出直す事だな」
鵞仙は、怒りで表情が歪む紫電丸の猛攻を躱しながらそう言うと手を握り締めて紫電丸の顔面を殴り飛ばした。
「ッ───!!」
声にならない悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた紫電丸は薄れゆく意識の中、鵞仙の言葉とこの痛みを体と頭に刻み込み、完全に意識を失って倒れた。
「じゃあな…小僧」
鵞仙は満足そうに笑みを浮かべ、
去り際にそう呟いた。
周りにいた人々は慌てて救急車を呼び、一部の者はあの男の強さに戦慄していた。
この一件で鵞仙の知名度は大幅に広がったのであった。
鵞仙が言った通り、B級ヒーローの中でも実力はA級に通じると評価を受けていた紫電丸を擦り傷一つなく一撃で倒した鵞仙は良くも悪くもその存在がより知られる事となっていた。
そんな事など眼中に無く、食料を買えた事に満足している鵞仙の姿を人々が目にしたのならばまた違った印象を受けていたに違いない…
「大佐殿、とうとう奴を見つけました。遂に我々の出番が回って来たのです!同志の無念を果たす時が!」
少し黒が混ざった紫色の軍服を着た男が同じ様な服に赤いマントを付けた男にそう告げた。
マントの男は高笑いし、手を天高く上げて叫ぶ。
「時が満ちた!!!
奴を葬る時が来たのだ!
今こそ同志の無念を晴らす時…!
我等、シャープインサニティは今この時をもってして再び動き出すことこの我輩、大佐の名にて誓う!!!
さあ、行くぞ。諸君…!
青空に登る日が照らす地上へ…!」
その宣言にて周りの男達は一斉に雄叫びを上げる。
力強い歓声は施設中に響き渡り、反響した。
「誰にも…
我々の歩を止める事など出来ない。
誰にも、邪魔などはさせない…!
奴を殺し、再びシャープインサニティの力を世に轟かせてやる!」
歓声の中、大佐は満面の笑みで呟いた。
「…久しいな。
この感触……
この、夜風の心地良さは…
漆黒の空に輝く月と星々、やはり真夜中の夜空という物は良い物だ」
空を見上げ、眺めながら鵞仙は呟く。その穏やかな表情は別人の様に感じさせた。
「この、時ばかりは町も良い物だと感じられる。この時ばかりは、な…
……だが、果たして護るべき存在なのだろうか…?私にはわからぬ。
人、という存在は護るべき存在と今だに思えぬ…心からな」
鵞仙にはわからなかった。ヒーローとして生きている自分だが、本当に護るべき存在なのかがわからなかったのだ。彼の家族は命を掛けて戦ったが、その事に心から感謝する者は少なかった。
あるヒーローが命懸けで戦い、人々を…皆を逃がしたというのに倒せなかっただけでヒーローに暴言を吐き、功績を認めようとしない者が居た。それを見て、彼は悩んだ。
護る価値が有るのかを……
「私は…何がしたいのだ?
私は……本当に護ろうとしているのか?それとも…何となくなのか?………いや、今はいい。
結論はまだ、出さなくても良い。
時間はある。時間は有限だが、まだ決めるまでの時は有る。
そうだ、まだ……まだ時間は有る」
鵞仙はそう呟きながら立ち上がった。そのまま家に向かって歩き出し、中に戻る。
しかしその表情は歪み、哀しみに包まれていた。
まるで己の心を表すかの様に…