ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第六十八話

 あずさに手を引かれるまま凛は彼女の行きつけの小物店にやってきた。店名は「fairy tale」直訳で言えば「御伽話」となる。因みに「fairy tale」と「fairy tail」は発音は同じだが、スペルが違う。前者は御伽話、後者は妖精の尻尾。あずさが言うには店長はそれを狙ってつけたらしい。

 

 店内の様子を一言で現すとすればウッドハウスだ。木目の壁には商品が並び、中央と壁際に配置された商品棚にも多くの商品がある。外から見たときは手狭かとも思ったが、奥行きがあるので実際入ってみるとそこまで狭さは感じない。

 

「本当に色々ありますね」

 

「はい。お部屋に置くようなものは奥に、身に付けるようなものは手前にあります。凛さんはなにを見たいですか?」

 

「うーん。今日はこの後もいろんな所を回りますし、あまり大きなものはかさ張ると思うので、小さいアクセサリー系を見たいですかね」

 

「それじゃあこっちですね」

 

 彼女の後に続くと、ネックレスやリング、イヤリングにピアス、バングル、アクセサリーチェーンなど金属系のアクセサリーは勿論のこと。女の子が使用するような髪留めやカチューシャ、シュシュ、さらにはバンダナなど非常に多くの種類のアクセサリーが取り揃えられている棚にやってきた。

 

 しばらく無言で商品を眺めていると、凛の目に黒いチェーンで出来たブレスレットが写る。非常にシンプルなデザインで、装飾などないに等しい。しかし、凛には妙にそのブレスレットに興味を引かれ、思わずそれを手に取ってみた。

 

「あ、凛さんそれ気に入ったんですか?」

 

「いえ、気に入ったというよりも、気になったって感じです。うーん、なんでだろ」

 

「そちらに興味がおありですか?」

 

 ブレスレットを眺めながら首を傾げていると、不意に横から声をかけられた。あずさのものではなく、もっと低い男性の声だ。

 

 そちらを見ると、白髪を綺麗に切り揃え、白い髭も見事に整え、片眼鏡をかけた老紳士がいた。

 

「失敬、私こちらの店のオーナー兼店長をしております。静希一成(しずきかずなり)と言います」

 

 軽く腰を折って挨拶をした一成に、凛も頭を下げる。そして一成は凛の持っているブレスレットについて説明を始めた。

 

「そちらのブレスレットには、モノリスと同じバラニウムが少し使われているんですよ」

 

「あぁ、なるほど。だからですね」

 

 凛はもう一度黒いブレスレットを見やる。職業柄バラニウムと接する時間は非常に長い。だからこそこのブレスレットに興味が湧いたのだろう。

 

「それにしても、湊瀬さんが男性を連れてくるのは初めてですなぁ。こちらのお方は彼氏さんですかな?」

 

「なっ!? ち、違いますよ店長! 凛さんと私はその、お友達ですから!!」

 

 ブレスレットを眺めていると、なにやらあずさと一成が話をしていた。言い合いと言うほど激しくはないが、一成があずさをからかっているようであった。

 

「おや、そうなのですか? 私から見ますとお二人はお似合いのアベックに見えますがなぁ」

 

 ほっほっほ、と楽しげに笑った一成は軽く頭を下げてから奥に戻っていった。その後姿を見ながらあずさがため息をつく。

 

「まったくもう。店長ったら、いっつもああなんだから」

 

「良い人じゃないですか。まさに老紳士って感じです」

 

「まぁ見た目はそうなんですけど、実際に話してみると結構適当な感じがある人ですよ」

 

「それぐらいの方が良いんですよ。堅苦しすぎるよりも、少しふざけた人の方が親しみやすいですからね」

 

 笑顔を向ける凛に対し、あずさは一度だけ一成を見やってから苦笑した。

 

 

 

 

 

 そんな二人を向かいのコンビニから見つめる影が六つ。

 

「やっぱりアレはデートだろう蓮太郎! 妾達も今からやろう!」

 

「騒ぐな延珠。あと肩車はかまわねぇけど髪を引っ張るな。いてぇから」

 

 漫画誌で顔を隠しつつ、二人を見やる蓮太郎の肩には延珠が楽しげな様子でいる。その横では非常にノリノリの状態の木更が彼と同じように雑誌で顔を隠して監視している。ティナはと言うと、延珠と交代で肩車をして二人を見ている。

 

 ……どっちかって言うとあの二人は蓮太郎に肩車して欲しいだけなんじゃ。

 

 思いながら杏夏は少女漫画誌で顔を隠しながら持ってきた伊達眼鏡越しに二人を見やる。二人を見ていると本当に似合いのカップルのように見える。が、凛に恋心を抱くが故、その様子をジッと見ていると、胸のモヤモヤがどんどん大きくなっていくのを感じる。

 

 ……やっぱり、この前緊張してないで告白しておけば良かったぁ……。今のままじゃ脈があるのかないのかわかんないままだよ。

 

 心の中で特大の溜息をつくと、ちょうど壁代わりに使っている漫画雑誌でもヒロインである女の子が、気になる男の子に告白を出来ずにやきもきしている描写がされていた。

 

 まるで今の自分を見ているようだと。今度は現実に大きなため息が出てしまった。けれど、そんな溜息は彼女の左から流れてきた紫と黒のオーラのようなものにかき消されてしまった。

 

 チラリと目だけを動かすと、ゴシップを扱った雑誌を握り締めている焔がいた。口元はブツブツと何かを呟いて、目には相変わらず光が灯っていない。しかも瞬きなど殆どしていないのか、眼球がカッサカサである。なおかつ彼女から発せられる闇のオーラのせいで空間が歪んでいる。

 

「……なんやねんあの女。ポッと出てきておいて私の兄さんを誘惑しよってからに……。もしも兄さんに手を出そうもんならそのドタマかち割って、バラバラにして海に放りこんだるわクソボケぇ……!」

 

 彼女の声に聞き耳を立てていると、普段は聞けない焔の関西弁が聞くことが出来た。まぁその内容はひたすらカオスなものであるが。

 

 ……興奮状態だと関西弁に戻るのかなぁ。

 

 思いながらも、杏夏は時折乗り込もうとする焔の動きを手錠で抑制する。そのたびにらまれるが、もう気にしないことにした。

 

 が、ふと凛がこちらに視線を送りそうになったので、杏夏たちは一斉に屈んで身を隠した。

 

「もしかしてばれた?」

 

「いや、バレてないと思う」

 

 標準語に戻り、オーラをおさめた焔が本棚の隙間からスコープで覗く。

 

「ていうかさ焔。もうちょい殺気抑えてよ。こんな近くであんな濃い殺気出してたら本当に気付かれちゃうって」

 

「仕方ないでしょ。出るものは出るのよ」

 

「殺気が勝手に出るっていうのもどうかと思うんだけど……」

 

「同感だ」

 

 会話を聞いていた二人も静かに頷いた。確かに凛の索敵能力は非常に高い。戦闘時でないとは言え、それは健在だろう。だから焔のあのような殺気の放出は彼に見つけてくださいといっているようなものだ。

 

「今回は先輩の索敵範囲が狭くなってたからいいけど、次は多分ないよ。もしもこれ以上尾行を続けるなら少しはその殺気を抑えて。じゃないと気絶させてでも連れて帰るよ」

 

「……わかったわよ。少しは抑えるわ。バレちゃったら元も子もないし」

 

 溜息混じりに焔に対し、杏夏は頷いた後スコープで凛を見やる。どうやらまだ気が付いていないようで、先ほどこちらを向きそうになったのは偶々であるようだ。

 

「あの、とりあえず四人とも……」

 

「そろそろ立った方が良いと思うのだ」

 

 ティナと延珠に控えめな声で言われ、四人は静かに立ち上がった。

 

 その後、二人が出てくるまで彼女等はコンビニで監視をしていた。

 

 

 

 

 

 小物店を後にした二人は大手のショッピングモール内にある男性用のファッションブランド店にやってきた。

 

「さて、それでは凛さんのコーディネート始めましょう!」

 

「テンション高いですね」

 

「服を選ぶときは女の子は自然にこうなります。そういえば、さっきフェアリーテイルを出るときにお店の中に戻ってましたけど、なにか買い忘れでもあったんですか?」

 

「ええ。ちょっとした忘れ物をしたんです。まぁ、そんなに気にしないでください」

 

 あずさに対してにこやかに言うと、彼女もそれ以上は詮索したくなかったのかすぐに納得した。

 

 彼女は凛よりも先に店の中に入ると、近場の商品棚から服を選んでいく。凛はそんな彼女の後ろをただ黙ってついて行くことに徹する。下手に口を出してもファッションセンスがない自分では役に立たないだろう。だから、彼女が手に取った服を預かるだけの役割を担うことにした。

 

 最初にTシャツやジャケット、シャツなどを一通り集め、二人はそのままパンツの棚へ移動した。

 

「凛さん。パンツはタイトなのとゆったりしたもの、どっちが良いですか?」

 

「どちらかと言うと動きやすい方が良いですね。だからできればゆったりめで」

 

「わかりました。それじゃあタイトストレートはナシで行きましょう。となると、ルーズかレギュラー、テーパードあたりが良さそうですね。あとはチノパンやカーゴパンツ、サルエルは……凛さんには合わないですね」

 

 ファッションに疎い凛からするとなんのことやらさっぱりだ。

 

「凛さん、ちょっとこの辺もってもらえますか?」

 

「あ、はい。それにしても、あずささん迷いがないですね」

 

「これだって思ったらとにかく着てみるのが一番なので。それじゃ、あとこれと、これ……あ、これも!」

 

 パッパと決めていくあずさに少々気圧されつつも、凛は彼女から渡された衣類を受け取っていく。

 

「ではこのお店ではそれを試着してみましょうか。試着室の前で私が合わせてから渡していくのでそれの通りに着てみてください」

 

「分かりました」

 

 そうして凛は試着室の中に入ると、あずさから渡された服を受け取っていく。

 

「まずはこのあたりですかね。もう夏は過ぎてるので今でてるものは殆ど秋物冬物ですから、まずは秋物系統の服から」

 

 渡されたのは青灰色のやや厚手の半袖のTシャツに、紺色と灰色のブロックチェックのシャツ、そしてネイビーのジーンズにあまり騒がしさのない落ち着いた感じの赤黒い色のベルトだ。

 

 渡されるがままに着てみてからカーテンを開けてあずさに見せてみると、彼女は凛に対して「後ろも見せてください」とか、「横から見せてください」とか、「ボタンをあけてみてください」といった指示を出してきた。

 

「なるほど。凛さん、上のシャツを脱いでこっちのシャツに着替えてみてください。多分凛さんの場合ブロックよりも、こっちのトーンオントーンの方が合うかもしれません」

 

 渡されたのは灰青、灰紫、灰色で統一されたチェック柄のシャツだ。先ほどのシャツよりも少しだけ大人っぽく見える。

 

 今度は上だけ着替えて再び出てみると、今度はあずさも納得がいったのか、うんと頷いた。

 

「こっちの方が良さそうですね。ではブロックチェックはやめましょう。凛さんには多分似合いません。凛さんはやっぱりかっこいい系のファッションが似合いますね。シャツもチェック以外にも色々選んでみましょう。ではそれ脱いでください。今度はこっちです」

 

 今度はベージュのチノパンに淡い青色のデニムシャツ、白のカットソーを渡された。どうやら彼女は凛が服を着ている間や脱いでいる間に一通りのコーディネートを完了させているらしい。

 

「すごいですね」

 

「なにがですか?」

 

「あぁいえ、あずささんがです。こんな短時間であっという間にコーディネートしているので」

 

「そうですかね。これくらい女の子だと普通ですよ。多分、凛さんの相棒の女の子もこれぐらいすぐに出来ると思います。そんな感じありませんか?」

 

「あー……」

 

 凛は以前摩那と買い物に来て彼女があっという間に服装をコーディネートしていったのを思い出す。確かに言われてみれば、彼女のコーディネート速度もあずさと巻けず劣らずだった気がする。

 

「っと、そんなことよりも早く着てみて下さい。カゴに入れたのを全部を試着し終わって買うものを決めたら他の店にも行くんですから!」

 

 答える前にシャッとカーテンを閉められてしまった。どうやら今日はこのまま夜まで服を見続けるハメになりそうだ。が、不思議と悪い気はしない。恐らく自分のために彼女ががんばってくれているからだろう。

 

 けれども、凛は内心で思うところがあった、それはあずさ個人ではなく世の中の女性全般に向けてだ。

 

 ……女の人っていろいろすごいなぁ。

 

 凛の長い長い服選びはまだまだはじまったばかりである。

 

 

 

 

 

 所変わって同じショッピングモール内のファミレスでは、焔、杏夏、木更が若干変装した状態で凛達が入っていった店を監視していた。

 

 因みに、蓮太郎、延珠、ティナはと言うと、肉が腐るといけないので先に帰った。まぁ蓮太郎は最初から帰りたがっていたが。

 

「ていうか木更さ、なんで先輩が気になるわけ? 恋愛対象じゃないでしょ?」

 

 杏夏の質問に木更は人差し指を立てて左右に振った。

 

「甘いわ、杏夏さん。凛兄様は私にとって確かに兄のような存在。けどね、そんな私でもあの人の恋愛事情はさっぱりなの。だからこれはまたとないチャンスなのよ。兄様の新たな一面を見ることが出来るかもしれないし」

 

「うん、まぁなんとなく分かるけど、それってようは尾行を楽しみたいだけだよね」

 

「そうとも言うわ!」

 

「言い切った!? 逆に清清しい!」

 

 やたらとハイテンションな木更に、杏夏はヤレヤレと項垂れるが、思い出したように頭を上げる。

 

「そうだ、前々から言おう言おうと思ってたんだけど、木更ってなんで私のことさんづけなの?」

 

「うーん、年上だからかしら。焔ちゃんの場合は年下だから」

 

「そういうの気にしなくて良いよ。年上って言ってもそんなに上じゃないし。なにより、未織が私のこと呼び捨てにしてるのに木更がさん付けっていうのもなんか変な気がするし。焔もそうじゃないの?」

 

「私は呼び方はなんでも良いわ。焔さんでも焔ちゃんでも焔君でも焔氏でも焔様でも……。あ、でもホムホムは禁止」

 

 ごぼごぼとアイスコーヒーにストローから空気を送る焔。行儀が悪いが、まぁ凛に目掛けて突貫していかないことや、殺気を馬鹿みたいに発することからすればはるかにマシだ。

 

「二人がそういうなら呼び捨てにさせてもらうわね。あ、そうだ。二人に聞きたいことがあったんだった。えっと、新しい事務所ってどんな感じなのかしら?」

 

 少々伏目がちに問うて来る木更。言っては悪いかもしれないが、天童民間警備会社は火の車らしい。なので、引越しが出来るほどに潤っている黒崎民間警備会社の新事務所がどのような感じなのか聞きたいのだろう。

 

「新しい事務所はねぇ。なんか零子さんが言うには前々から予約してあったらしいんだ。それで、まぁ前の事務所と違うところは外見で言うと大きさかな。前は四階建てだったけど、今回は地下もあるから実質六階建てになるのかな。地下室は武器庫兼荷物置き場、一階は皆の車庫、二階は今まで通り事務所、三階は私たちが泊まりこむときの休憩室と言うか宿泊部屋、四階五階は零子さんの自宅。因みに三階の宿泊部屋にはお風呂にキッチン完備」

 

「……」

 

 これだけ解説した時点で木更は遠い眼をしていたが、杏夏の説明は続く。

 

「あとはこの前の五翔会のエージェントが攻めてきたときとかに対処できるように隠しカメラは勿論、誰もいないときは赤外線センサー、動体検知の床及び階段、カメラによる録音録画、各種ブービートラップが満載。その他にもいつ攻められても良いように、武器が収納できる隠し壁、カレンダーと見せかけてその裏には銃が収納されてたり、ただの冷蔵庫かと思いきや武器いっぱい。まぁその他にもあるとすれば緊急時の脱出用ルートだったかな。あ、因みにこの変のギミックをしてくれたのは司馬重工ね」

 

「ホント、事務所と言うよりも要塞よね、アレ。まぁ必要なものだとは思うけど。って、木更? 大丈夫ー?」

 

 焔が木更の前で軽く手を振る。見ると、彼女の目から光が消えており、ぽかーんと大口を開けたままになっていた。どうやら新黒崎民間警備会社のギミックの数々に驚愕しすぎてしまったらしい。

 

 が、すぐに意識を取り戻した彼女は、小さく咳払いをした後何事もなかったかのように話を続ける。

 

「へ、へぇ。すごいのねぇ、さすが儲けているだけあるわ。今度お邪魔してもいいかしら」

 

「まぁ来ても平気だと思うけど、あんた大丈夫、木更?」

 

「なにが?」

 

 彼女は答えながらアイスコーヒーを口に運ぶ。

 

「だってアンタが今コーヒーにバサバサ入れてたの砂糖じゃなくて塩よ?」

 

 焔が告げた瞬間、木更の口からコーヒーが吹き出され、店内に控えめが霧が舞った。幸いだったのはお昼過ぎだったこともあり、人が余りいなかったことだ。目撃者はいない。

 

 咳ごむ木更の背中を撫でながらも、杏夏はヤレヤレと首を振る。

 

「というか、なんで木更のところはそんなに火の車なの? 蓮太郎だってがんばってるように見えるけど」

 

「仕方ないのよ。杏夏。里見くんは色々と甲斐性がないし、私だってがんばってはいるけれど、ここ最近は激しい戦いもあって、治療費とかもかさんで大変なのよ」

 

「いやそれもあるだろうけど……ねぇ、焔?」

 

「なによりもダメなのは立地条件が最悪でしょ。一階はゲイバーで、二階はキャバクラ、そして四階は闇金。負の吹き溜まりのような場所に構えてるのが悪いのよ。もっと良い物件なかったの?」

 

「最初の資金だとあそこしか借りられなかったの。ハァ……今度零子さんに会社経営の方法でも教えてもらおうかしら」

 

 溜息を付きながら頬杖を付いた木更は、店員を呼んでコーヒーを注文し直した。

 

 殆ど同い年ながらここまで苦労している少女に、杏夏と焔は同情するしかなかった。

 

 やがて木更が注文し直したコーヒーが来たところで、凛とあずさが入っていった店を監視していた焔が目の色を変えてそちらに向き直った。

 

 何事かと杏夏と木更がそちらを見ると、凛とあずさが出てきたところだった。けれど、二人が入ったとき変わっている点がある。

 

 それは凛の服装だ。先ほどまでは全身真っ黒のコーディネートだったのに、今の彼の服装は、紺色のユーズド加工のされたデニムに、彼にしては珍しい赤のTシャツ。そしてその上に先ほどとはまたデザインの違った黒のジャケットを羽織っている。

 

 同じ黒であっても、下に着るTシャツを変えただけで随分と様変わりするものだ。先ほどの黒一色よりも似合っている。

 

「かっこいい……」

 

 思わず声を漏らしてしまった。普段は見られないような彼のまったく別の服装に、杏夏は素直に驚嘆の声を漏らし、そして僅かに頬を赤く染める。が、そんな彼女の空気を一瞬にして吹き飛ばす存在が一人。

 

「おおおおおおお! さすが兄さん! なに着てもイケメン! というか、この世の全ては兄さんのイケメンさを引き立たせるためにあるというものッ!!」

 

「黙って、焔! 目立っちゃうから!」

 

 流石に今のは目立ちすぎたようで、数人いる客がこちらを見て怪訝な表情を浮かべている。彼等に軽く会釈しながら焔を座らせる。

 

「まったく、騒ぎすぎだってば!」

 

「そうよ。ここまで来てバレたらこの後の展開が見れないじゃない!」

 

「わ、わかったってば。というか、私のこと色々言うくせにあんた達も結構鬼気迫ってるよ」

 

「ここまで来たら乗りかかった船よ。こうなったら満足するまでついて行くわ!」

 

 もはや半分やけくそである。が、もう決めてしまった。ここまで来たら最後まで行ってしまおう。その先に何があろうとも。

 

 そして三人はファミレスを出て尾行を再開した。

 

 

 

 が、そのまま三人が尾行を続けても、凛とあずさが何かいかがわしいようなところへ行くそぶりはなかった。その反面というのか、何と言うのか分からないが、二人がファッション用品店から出てくるたびに、凛が若干疲弊した様子で出てきてはいたが。

 

 

 

 時間は過ぎて夜。尾行もいよいよ終盤となり、杏夏たちにも少なからず疲れの色が見え始めた。

 

「……なんかもう二人に動きないし、帰らない? そろそろ帰らないと鍋パーティ始まっちゃうわ」

 

「それもそうかもね。色々あって凛先輩も疲れてるみたいだし、今日はもう何もないと思うよ、焔」

 

 杏夏と木更は欠伸を浮かべながらショッピングモールのフードコートで夕食を取っている二人を見やった。二人は話をしながら食事を楽しんでいるようで、その様子からはとてもこの後男女の営み的なものをしそうには見えない。

 

 やがて焔も大きく溜息をついてから「わかった」ともらした。

 

「確かに時間も時間だしね。というか、考えてみれば、私のことを考えてくれてる兄さんがあの女ごときになびく筈もないわね。色々深く考えすぎたわ」

 

「はいはい。そうだねー。それじゃあ今日はもう帰って蓮太郎んちで鍋パしようよ。まだ食べてないよね」

 

「ええ。里見くんには私たちが来るまで始めないように念を押してるから。それじゃあ帰りましょうか。いつまでもここにいたら気付かれちゃうかもしれないし」

 

 木更に言われ、杏夏と焔はそれぞれ立ち上がってフードコートを後にする。最後、フードコートを出るとき杏夏は凛を一瞥する。

 

 相変わらずこちらに気付いている様子はないが、あずさと話す凛の笑顔は自分と話しているときに見せる笑顔とは、また別の笑顔に見えた。

 

「杏夏、行くわよ」

 

「あ、うん」

 

 木更に呼ばれ、小走りに駆けていく。

 

 

 

 

 

 食事を取りながらあずさと談笑する凛は、午前中から感じていた気配が消えたことに気が付いた。

 

 ……あの気配の感じからして、後ろにいたのは杏夏ちゃんに焔ちゃんかな。あとは木更ちゃんって感じか。あと途中から何人かいなくなったね。

 

 実は最初から気付いてはいたのだ。が、悪意のある気配ではなかったため、特に触れずにここまで放置しておいた。下手に関わっても、あずさに心配を掛けてしまうと思ったからだ。

 

 ……それにしても偶に感じる焔ちゃんの重たい気配はすごかったな。言い表せない暗黒さを感じた。

 

 ちょいちょい感じていた焔の負のオーラに内心では、若干の不安感を覚えていたりする。主にあずさとの距離が近いときに感じたが、あれはなんだったのだろうか。

 

 などと考えていると、あずさが小首をかしげて問うてきた。

 

「凛さん? どうかしました?」

 

「あぁいえ、なんでもないです。少しぼーっとしていただけです」

 

「もしかしてそれって私が今日色々連れ回しちゃったからですか!?」

 

「違いますよ。ちょっと考え事をしてただけです」

 

 彼女を傷つけないように言葉を濁すと、あずさは箸を置いて少しだけ表情を堅くした。

 

「考え事で聞きたかったんですけど、凛さん。今日のお昼、凛さんは実戦に特化した剣術を扱っていると言っていました。その実戦というのはガストレアのみのことなんですか?」

 

 真っ直ぐな瞳で問われ、凛もいつもの笑顔を消して真面目な面持ちで答える。

 

「……いいえ。実戦と言うのはガストレアではなく、人と闘う事を指します。即ち、僕が習得しているのは、俗に言う殺人剣です」

 

「殺人、剣……」

 

「ええ。人を殺すことに特化した剣。対象の命を刈り取り、対象を確実に絶命させ、斬殺する剣のことです。幻滅しましたか?」

 

「いえ! そんなことはありません! そう言った剣術が実際にあるって言うのは知ってます。だから、そんな幻滅するなんて……ただ、私は凛さんには殺人剣よりも、活人剣の方が似合っているんじゃないかって思っただけです」

 

 やや尻すぼみ気味で答えるあずさの様子に、凛は目の前の女性が本当に優しい女性なのだと改めて理解した。けれど、だからこそ教えなければならないと思った。彼女の言う活人剣の真実を。

 

「あずささん。活人剣とはどういう剣かご存知ですか?」

 

「はい。殺人剣とは対照的で、人を生かす剣です」

 

「確かにそのとおりです。迷いを断ち、不義、不正をしない人を生かすための、人を生きさせるための剣です。しかし、僕はこう思っています。たとえ活人剣であっても、振るう相手を間違えたり、振るう理由を間違えれば、途端にそれは崩壊します」

 

「凛さん……?」

 

 普段の雰囲気とはまったく違った声音に少しだけ不安を覚えたのだろう。あずさの声がやや震えている。けれど凛は容赦なく続ける。彼女の心を試すために。

 

「僕は活人剣は殺人剣だと思っています。剣や刀は凶器です。それこそ人を殺しうる破壊力を持った凶器です。活人剣であっても、真剣を使うことに変わりはありません。真剣を持っているということは、それだけで人を殺す力を持っていることになります。ホラ、どうですか? この時点で活人剣も殺人剣も変わりはありませんよ。だって、どっちも人を殺せるんですから。だから僕は活人剣という言葉があまり好きではありません」

 

「……」

 

「活人剣と言う言葉は甘えなんですよ。例えば、活人剣を習得したAさんがいるとします。AさんにはBさんという伴侶がいました。ある夜、AさんとBさんは夜に悪漢に襲われます。AさんはBさん守るために、習得した活人剣で悪漢たちを倒しました。その結果Bさんは生きることが出来ました。でも、この時にもう矛盾が生じていますよね。そう、人を生かす剣であるはずの活人剣で人の命を奪っているんです。だから、この世界において活人剣は存在しないんです。あるのは殺人剣ただひとつ。僕が振るうのはそういった剣です。

 あずささん。もしもこの話を聞いて少しでも僕に恐怖を覚えたのなら、もう僕に関わるべきではありません。僕はそういった剣を振るって闘う人間ですからね」

 

 凛は試すような視線をあずさに向ける。もしもこの話を聞いてあずさがこのまま席を立っても、凛は咎めようとは思わない。なぜならばそれが普通の反応だからだ。

 

 殺人剣を振るう相手を一緒にいるなど、それでこそ身の毛がよだつはずだ。凛はあずさがそういう反応をするだろうと思った。が、返ってきたのは予想とは真逆の反応であった。

 

「それでも……それでも私は、構いません。たとえ凛さんが殺人剣を振るって戦っていて、その結果として人を殺してしまってるとしても、私は気にしません。だって、凛さんが意味もなく誰かを殺すなんてことありえません。勿論、殺人は悪いことです。でも、貴方は誰かを守るために剣を振るうんでしょう? 第三次関東会戦の時だってそうでした。貴方はエリアの人を守るためにその剣を振るった。貴方の剣は殺人剣であっても、誰かを守る剣です。だから私は貴方と一緒にいます」

 

「あずささん……」

 

 あまりにも真っ直ぐで、素直な言葉に凛は驚きながら彼女の名を口にした。が、あずさはすぐに顔を伏せてあたふたをし始める。

 

「え、えっと、今の一緒にいますっていうのはその、友達としてって意味で! 決して男女の仲になるとか、結婚するようなことじゃないんです!! ただ、友達として一緒にいたいって意味なんです!」

 

「あ、えぇ。そのあたりはなんとなく分かってます。でもありがとうございます、あずささん。そして、試すようなことをしてすみませんでした。意地悪な話でしたね」

 

 凛は頭を下げる。確認するためとはいえ、彼女の心を傷つけてしまうような質問だったことに変わりはない。だからここは男として頭を下げるのが道理だろう。

 

「頭を上げてください。私は気にしてませんよ、凛さん。だって、今の問いは凛さんが私のことを思って言ってくれたことでしょう? 民警である自分と関わるとはそれだけの危険が伴うという心配をしてくれたんですよね。だから、むしろありがとうございます。私のことを気にかけてくれて」

 

「そう言ってもらえると、僕も少しは気が楽ですが、それでも不安にさせてしまったのは事実でしょう。だから、またなにかあったらお手伝いしますよ」

 

「それじゃあ、今度は渉子達も誘った買い物に付き合ってください。凛さんには荷物持ちをしてもらいますよ! 多分、今回の比じゃないと思うので、覚悟してくださいね」

 

「う……。わかりました。がんばらせてもらます」

 

 あずさの提案に僅かに頬を引き攣らせる凛。今日の買い物で改めて、女の子の買い物は大変だと思い知ったのだろう。

 

 その後、食事を終えた二人はショッピングモールを出る。そのまま凛はあずさを彼女のアパートまで送っていく。

 

 電車に乗って駅からしばらく行ったところにあずさのアパートはあった。

 

「ここでいいですよ。今日はありがとうございました。凛さん」

 

「いえいえ、僕の方こそありがとうございました。こんなに服を選んでもらって。それに何着かは買ってもらっちゃって」

 

「いいんですよ。私が好きでやったことですし。それじゃあ、おやすみなさい。また今度お電話しますね」

 

 そう言ってあずさが踵を返したときだった。凛は彼女を呼びとめてから持っていた紙袋から小包を彼女に渡した。

 

「これは?」

 

「僕からのお礼です。開けてみてください」

 

 あずさは小包の封を切って中のものを掌の上に出した。彼女の掌の上に乗ったのは黒いブレスレットだ。昼間、凛がfairy taleで買ったものと比べると、女の子さが増したものである。

 

「これって……」

 

「僕のものとは別のですけど、バラニウムが使われてるので、もしかしたらガストレア避けになるんじゃないかって思って」

 

「ありがとうございます。でも、高かったんじゃ……」

 

「その辺は気にしないでください。これでもそれなりには稼いでいるので。それじゃあ、また」

 

 凛はそのまま踵を返して駅へ向かって駆けて行く。二、三歩踏み出したところで呼び止められる。

 

「凛さん!」

 

「はい」

 

 振り向くと、あずさがあたふたとしていた。思わず呼び止めてしまったという表情だ。けれど、彼女はすぐに意を決したように問うてきた。

 

「その、凛さんは今好きな人とかいますか!?」

 

 まったく予期しなかった質問であったが、凛はそれにいつもの調子で答える。

 

「いいえ。でも、気になっている人ならいます」

 

「そう……ですか。すみません、変なこと聞いて。おやすみなさい!」

 

 あずさは小走りにアパートの中へ引っ込んでしまった。そんな彼女の様子に首をかしげながらも、凛は家路を急いだ。

 

 

 

 

 深夜。あずさはベッドに座ってスマホで話をしていた。相手は学友の瑞祈だ。

 

『それじゃあアンタ、凛くんに気持ち伝えてないわけ!? 絶好のチャンスだったのに!?』

 

「そんなに大声出さないでよ。仕方ないじゃない、こっちだって色々と混乱してたというか、緊張してたんだし……」

 

『かー……。アンタ馬鹿ねぇ、あずさ。せっかく凛くんとカップルになれるかもだったのに。好きな人がいますかって聞いただけって……そこは、私とお付き合いしませんかって持ってくところでしょうが』

 

「そうなのかなぁ……」

 

『あったりまえでしょうが! アンタは肝心な時に萎縮するんだから……聞いてるこっちが心配になってくるわよ』

 

 瑞祈は呆れた声を投げかけてくる。恋愛上手である彼女にとっては思うところがあるのだろう。

 

「というか、私だってまだ凛さんのことが好きなのかわかんないし……」

 

『だってアンタ、凛くんと一緒にいると胸が高鳴って、楽しい気持ちになって、笑顔を向けられるとほっぺが熱くなって、凛くんが女の人と話してるとなんか落ち着かないんでしょ?』

 

「う、うん」

 

『それを世間では惚れてるって言ってんの。まったく……』

 

 半ばイラついたような声音の瑞祈であるが、彼女の言うことは当たっている。初めて凛と会った時から、あずさは彼に惹かれた。勿論外見がかっこいいというのもある。が、それ以上に彼の纏うオーラのようなものや、彼の持つ心情に惹かれた。

 

 覚悟と闘志の灯った両目はどんなときでも輝きを失わず、浮かべてくれる笑顔は柔和で優しい。勿論あの優しさが自分にだけ向けられたものではないと分かっている。

 

『まぁ人のことだからわたしはこれ以上口出さないけどさ。後悔だけはしない方が良いわよ』

 

「それはわかってるけどさ……」

 

『凛くんだって、気になる人がいるって言ってたんでしょ? 早くしないと取られちゃうかもね』

 

「うぐ……」

 

『それじゃあおやすみー』

 

 瑞祈はそう言って電話を切ってしまった。あずさはスマホをベッドサイドテーブルに置いてごろんと横になる。

 

「早くしないと……か……」

 

 呟く彼女の視線の先には、凛から送られたブレスレットがあった。

 

 

 

 

 

 あずさとの買い物から二日後、凛はいつもとは違った装いで事務所に出勤した。

 

 コーディネートは完璧で、女性陣からの受けもよかった。樹には「まぁ真っ黒よりかはマシだわな」と呆れられてしまったが。

 

 そして凛は二日前にあずさと共に行ったfairy taleで買ったお土産の類を全員に配った。零子にはバラニウムで作られたネックレスを、樹にはバングルを、凍にはアンクレット。

 

 子供たちにはバラニウム素材のアクセサリーは気分が悪くなるかもしれないということで、銀であしらわれたアクセサリーを渡した。

 

 そして杏夏と焔には……。

 

「杏夏ちゃんにはこれね。バラニウムが使われてるネックレス」

 

 そう言って凛が渡したのは零子のものとはまた別のデザインのネックレスで、例えるなら零子のものがかっこいい系で、杏夏のものはかわいい系だろう。

 

「ありがとうございます、先輩! 大切にします」

 

「気に入ってもらえたみたいでよかったよ。そして、焔ちゃんにはこれね」

 

 そう言って彼が渡したのは、リングが付いたネックレスであった。が、リングの部分を見た瞬間、一瞬ではあるが焔がすごい顔をしたのを、凛以外は見逃さなかった。

 

「ネックレスばかりで代わり映えしないけど、ごめんね」

 

「気にしないでください兄さん! 私ネックレス大好きですから!」

 

「そう、ならよかった」

 

 焔が喜んでいるようなので、凛もホッと一安心すると、事務所の電話が鳴った。零子がそれを取ってからしばらく会話をすると、彼女は受話器を置いて告げてきた。

 

「エリア内にガストレアが侵入した。凛くん、樹くん、摩那ちゃんと火垂ちゃんと共にこれに対処に当たってくれ」

 

「了解です」

 

「おうさ」

 

 二人は返事をしてから相棒と共にガストレアの排除へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 凛達がいなくなった事務所内では、焔が肩をプルプルと震わせていた。その様子に気が付いた杏夏達は、皆自主的に耳栓を占める。

 

「くふ、くふふふふ……」

 

 不気味とも取れる笑い声をもらす焔。その様子を見ていた翠でさえも冷静に耳栓をする始末。

 

 そして、彼女は吼えた。

 

 

「いよっしゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 

 リング付きネックレスの破壊力は凄まじかったようである。




はい、お疲れ様です。
とりあえずこれで凛とあずさのデート?回は終了です。

いやー、長い間放置して申し訳ない。

とちゅう色々凛が語ってますが、あの変は私の勝手な考えですんで、そう思わない人もおられるでしょう。勿論、そう思うことを否定はしません。けれど、私はそういった考えなのです。

あずささんに関してはこの後も色々と関わってきます。危ない目にもあうかもです。まぁブラブレの世界ではしょうがないことですね。

さて、随分前にブラブレのオリジナルの話を活動報告でさせていただきましたが、そちらの話をしようと思います。
今現在、読みたいと言っていただけた案は聖天子暗殺編です。これはティナよりも前、聖天子の命を暗殺者が狙うというお話です。まんまですね。主に凛と聖天子しか出てきません。その次の候補は凛の天童編です。小さかったころの凛が天童で修業してるころの話です。ただ、スケキヨ師範とかのしゃべり方は知らないのでオリジナルになります。そして未だ意見がないのは凛と聖天子の初対面編ですね。

とりあえず三つのプロットはあるに張るのですが、不意に思ったことがあります。それは凛と聖天子の初対面編と聖天子暗殺編を一緒にしちゃえば良いんじゃね? ということです。結構面白くなりそうなので、一応そっち方向でも考えてます。
もし、意見がございましたら、活動報告がメッセージの方でお願いします。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。

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