ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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話が……進まねぇ……!!


第六十七話

 黒崎民間警備会社の引越しと、火垂と樹が組んでから数日後、凛は都内にある大学の剣道場にいた。

 

 凛がいる大学の名は籠爛大学。東京エリアで二番目に広いキャンパスを持つ大学だ。

 

 なぜ彼が大学にいるかと言うと、いつかの合コンで、剣渉子と『剣道で勝負をする』という約束があったからだ。

 

 初めて会って以来、色々と戦闘があったりしたため、少々延びてしまったが、一週間ほど前にあずさから連絡があって今日試合をすることが決まったのだ。

 

 剣道場には面と胴、小手を身に付けた胴着姿の渉子と凛が、竹刀を互いに向け合った状態でいる。二人の周りには、剣道部の部員達と付き添いのあずさもいる。

 

 既に試合は始まっているのだが、先ほどから二人には動きがない。が、二人からはピリピリとした殺気じみた気迫が放たれている。

 

 凛は命を掛けた戦いをしている凛は言わずともわかるが、渉子はこの剣道部の中でもかなりの実力者であるらしく、女性部員では一番の強さを誇るらしい。

 

 だからこそ、これだけ空気が張り詰めているのだろう。

 

 しばらく沈黙が続いていたが、沈黙を破るように渉子が吼えた。剣道において、一本とは、充実した気勢と適正な姿勢、竹刀の打突部での打突、打突部位を打突、刃筋正しく打突、そして残心あるものとされており、これら全てが揃って初めて一本となる。

 

 ようはしっかりと声を発し、正確に相手を打突しなければならないということだ。だから、凛も続いて裂帛の声を上げる。

 

 そして二人がほぼ同時に動いた。

 

 杉の床を打ち鳴らすように踏み込んだのは渉子だ。対し、凛は静かに滑るように動く。

 

 竹刀と竹刀がぶつかり、渇いた音が道場内に響く。最初こそ、渉子が優勢に立っていると、その場にいた部員達は思っていた。が、その考えは一気に消え去ることになる。

 

 一際大きく音が響いたかと思うと、渉子の体が大きく仰け反ったのだ。見ると、凛が彼女の竹刀を弾き返したことがわかる。

 

 渉子は女性の中でも力があるほうで、男子部員の中にいる屈強な男と比べても、負けず劣らずの力がある。そんな彼女を大きくのけ反らさせたことに、部員達は驚きを隠せないようであった。

 

 大きく仰け反った隙を凛が見逃すはずもない。音もなく彼女に肉薄すると、駆け抜けながら吼えた。

 

「面ッ!!」

 

 パァン! という快音の後に、審判が旗を体側の斜め上に掲げる。

 

「勝負あり。勝者、断風凛!」

 

 声と共に、静まり返っていた剣道場が湧いた。皆が口にするのは、手馴れである渉子が敗北したこと、そしてそんな彼女を一本で沈めた凛に対する驚きであった。

 

 部員達に声をかけられつつも、二人は小手と面を外して握手を交わす。

 

「いやー、すごいな凛くん! 最初は押せたと思ったんだけど、見事に覆された」

 

「渉子さんも強かったです。打突の一つ一つが重くて、いなし方を間違えればやられていましたよ」

 

「そういわれると嬉しいね。それで、ずうずうしいとは思うんだけど、もうちょっと付き合ってもらえるかな? 私じゃなくて、部員達にさ」

 

 渉子が指差した方向を見ると、剣道部の部員達が凛の方を見ており、皆声にはしないものの、『凛と試合としてみたい』という雰囲気が出ている。

 

 その様子に苦笑しつつも頷く。

 

「構いませんよ。今日と明日はオフなので、付き合います」

 

「ありがとー。いやぁ、やっぱり強い相手と試合することで学べることもあるからさ。よかったよかった。あ、そうだ。あずさはどうするー? まだいる?」

 

「うん。私も断風さんとお話したいことがあるし」

 

 あずさが答えてから、「そっか」と渉子が返答する。それから、凛と剣道部員達との試合形式の練習が始まった。

 

 

 

「断風さんとお話したいことがあるですっとぅえ~~~!? あの女ぁぁぁぁぁ! 私の兄さんに色目使ってんじゃないわよ!!」

 

 籠爛大学の剣道場から二百メートルほど離れたビルの屋上で、露木焔は地団太を踏み、持っていたスコープを壊さん勢いで握り締めた。

 

「もう無理! 限界! 兄さん連れ戻してくる!」

 

「ちょっと待っててば、焔! 一旦落ち着こう! 今のアンタすごい顔してるから」

 

「なによ! そういうアンタは兄さんを放って置いて言い訳!? 杏夏!」

 

 焔に言われ、杏夏は「う゛ッ」と声を詰まらせる。

 

 二人がなぜこんなところにいるかと言うと、話は数時間前に遡る。引っ越したばかりの黒崎民間警備会社に顔を出した杏夏と焔は、凛がいないことに気が付いた。けれど、摩那の姿はあったので、彼女に聞くと「凛はデート行ったよー」と言っていた。

 

『デート』と言う単語に、焔は吐血しかけ、杏夏は一瞬意識を飛ばしてしまった。その後、何とか回復した二人は、凛がどこに行ったのかを摩那から聞き出し、事務所を飛び出してここにいるのだ。

 

 いわば二人は凛をストーキングしている真っ最中なのだ。が、焔曰く、これは凛に悪い虫が付かないようにするための行動らしい。

 

「やっぱり、あとをつけたりするのはよくないよ。今からでも帰ろう?」

 

「ハァァァァァアアアアアア!? アンタふざけてんの、杏夏!? それでも兄さんを好きなわけ!? 言っとくけどね、私は誰にも譲る気なんてないから。兄さんは私だけの兄さんなの。私だけを愛してくれる兄さんなの! だからその兄さんに張り付く雌豚は排除! サーチアンドデストロイ!! もっと言えばアンタだってその対象なんだからね」

 

「怖い怖い怖い! 一旦その光の灯ってない目をやめて! ……でもさ、焔。先輩のことが好きなら、先輩が悲しむようなことをしちゃいけないんじゃ……」

 

「バレなきゃいいのよ! あくまで事故を思わせるのよ! ファイナルなデスティネーションよ!」

 

 鼻息を荒くしながら言う焔には、言い逃れできない狂気があった。まぁ杏夏からすると、見慣れた光景であるので、さほど驚くことでもないが。できれば凍にもいて欲しかったが、彼女は彼女で仕事に行ってしまっている。

 

「でも、さっき見た程度じゃへんなことは起きなさそうだったし、もう少し様子をみようよ。それに、目立ちすぎちゃうでしょ」

 

「むー……それもそうね。じゃあ、いいわ。あの女が変なことをしようとしたら、それとなく偶然を装って兄さんに接近。そのあとであの女をデストロイ!!」

 

「……だめだこのヤンデレ。もはや手遅れ……」

 

 焔のあまりの病みっぷりと壊れっぷりに辟易しつつも、杏夏はスコープを覗き込んで剣道場の窓から中を見やった。

 

 今は凛と剣道部員達の試合が展開されている。

 

 面をしていて表情はつかめないにも関わらず、隣の焔の息が荒い。

 

「ハーハー……。あぁ、剣道着に防具をつけた兄さんもイイッ! くそう、このスコープにカメラ機能がついていればよかったのに! あぁッ!? 邪魔! そこの筋肉ダルマ邪魔!! 兄さんが見えないじゃん!」

 

 焔は悪態をつきつつ、屋上をゴロゴロと転がりながら凛の姿が見えるところを探し回っている。

 

 時折、凛が面を取って汗を拭ったりしていると「兄さんの汗ペロペロ!」とか「兄さんのうなじハァハァ」とか「んはぁぁぁ!」とか、聞くに堪えない声を上げている。

 

 本当に彼女の今後が心配になってくる。いや、彼女の今後と言うよりも、凛のことが好きな女性達の命が心配なのだが。まぁそれには勿論杏夏も含まれるわけではあるが。

 

 ……本当に殺されそうだからなぁ。

 

 冷や汗をかきつつも、杏夏はスコープを覗き込んだ。

 

 スコープの先では、相変わらず凛が剣道部員達と打ち合っている。監視している身としてはアレだが、こうやって見ると、凛が民警だということを忘れてしまいそうになる。

 

 けれど、周りにいる大学生と、凛とでは決定的な違いがある。それは彼の表情だ。面を取った時に大学生達と話す凛は笑っている。が、その笑顔はどこか達観していて、周囲の大学生とは異質なものであった。

 

 杏夏から見ると、その姿がどこか悲しげで、まるでそこにいるのに、いないかのようだ。

 

「ねぇ、焔。先輩って子供の頃からあんな風だったの?」

 

「あぁん!?」

 

 何故か睨まれた。どうやら凛の観察に夢中になっているところを邪魔されたことに腹を立てているらしい。

 

「……うん、まぁいいや。ところでこの尾行いつまで続けるわけ?」

 

「そんなの兄さんが家に帰るまでよ。ホテルにでも行こうものならデストロイ!」

 

「さっきからデストロイデストロイって、気に入ってんの!? マイブームかなにか!?」

 

「うっさいわねぇ。兄さんに近づく虫は排除するのがあたりまえなんだから、デストロイなのよ」

 

「その歪んでいても曲げない意志は尊敬するよ本当に」

 

 大きなため息をつき、杏夏は相変わらず鼻息がうるさい焔から視線を外して、悪いとは思いつつもスコープを覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 お昼過ぎ。籠爛大学の大食堂で凛とあずさは昼食を取っていた。剣道部との練習はもう終わったので、凛は私服に戻っている。シャワーも浴びてきたためか、仄かにシャンプーの香りもする。

 

「ありがとうございました。断風さん。渉子に付き合ってもらって」

 

「いえ。前から約束していたことですし。それに僕も楽しかったですよ。剣道なんて久々でしたしね」

 

 微笑を浮かべながらカレーを口に含む。が、嚥下したところであずさがきょとんとしているのに気が付いた。

 

「なにか?」

 

「あ、いや、違うんです。断風さんは民警として刀を使っているって言っていたので、てっきり剣道の有段者さんなのかと思って」

 

「あぁなるほど。実を言うと、僕は今までで剣道はあまりやっていなかったんです。やっていたのは剣術。より実戦に特化したものです」

 

「実戦……」

 

 あずさがごくりと生唾を嚥下した。実戦などという不穏な言葉は、ただの大学生である彼女が聞くことすらないからだろう。

 

「実戦って言うのはやっぱり、ガストレアと闘うための?」

 

「それもありますが、実際のところは……いえ、これは伏せておきます。貴女が知るべきことではない」

 

 凛は口をつぐみ、それ以上を話さなかった。あずさもまた凛の表情から察したのか、それ以上は聞いてこなかった。

 

 その後話をそらして食事を続けて食べ終わり、食器を返して食堂を出ようとしたとき。あずさが「あの」と少しだけ緊張した様子で言った。

 

「断風さん。このあと、えっと、その……お暇ですか!?」

 

「はい。さっきも言ったとおり今日明日は終日オフなので。大丈夫ですが」

 

「だ、だったら、私とお出かけしませんか? まだまだ色々お話したいこともあるので!」

 

 頬を僅かに赤く染めながら言う彼女からは、断られるかもしれないという不安感が見え隠れしていた。

 

 そんな彼女に対し、少しだけ笑みを浮かべた凛は静かに頷いた。

 

「構いませんよ。お付き合いします」

 

「あ、ありがとうございます。それじゃあ、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。あ、そうだ。せっかくなので、名前で呼んでください。もう苗字でなくとも呼べますよね」

 

「わ、かりました。えっと、凛さん……」

 

 やはり気恥ずかしさが残るのか、あずさの頬は赤く染まっていた。

 

 二人はそのまま大学の正門から、東京エリアの中心街へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

「かッ!?」

 

 焔が喀血した。

 

 そのまま仰向けに倒れこみそうになった彼女だったが、何とか踏みとどまり、再び起き上がった。

 

「どしたの?」

 

 もはや驚くこともしなくなった杏夏が問うと、焔はワナワナと指を動かしながら、地を這うような声を発した。

 

「あの女デストロイ対象決定。完全に兄さんに気がある。排除しなければ」

 

「はいだめー」

 

「ぎゃん!?」

 

 屋上から降りようとした焔の足首に手錠が巻きついた。手錠から伸びている鎖を追うと、杏夏の手の中にあった。

 

「あにすんのよ! つか、なんでアンタはそんなにのん気に構えてられるわけ!? なに、余裕? 余裕とでも言いたいのかこの銃弾ヲタク!」

 

「違うってば。そりゃあ私だって、凛先輩のことが好きだけど。告白するのは誰にだって平等に与えられる権利でしょう? それがあの人だって可能性もあるだけのことだよ」

 

「だったら私にだってその権利はあるんじゃないの?」

 

「アンタの場合は周りに対する被害がすごいでしょ。だからここで止めるの。それに焔と私はいつだって凛先輩と話せるじゃない。だったら、時には人に譲るくらいのことはすべきじゃない?」

 

 諌めるように杏夏が告げると、手錠の鎖を喰いちぎろうとしていた焔が動きを止めて、その場に胡坐をかき、小さく舌打ちをした。

 

「ふん、まぁアンタの言うことにも一理あるわね。確かに私にはあの女と比べれば有り余るほどの時間があるし。時には大人の対応をしなくちゃね」

 

 なんとか言いくるめられたようで、焔は落ち着きを取り戻した。

 

「でも尾行はやめないわ。デストロイはしないまでも、変な空気になったら即刻邪魔しに行くし」

 

「うわぁ……」

 

 往生際が悪い焔に対し、杏夏はどことなく遠い眼差しを向けた。

 

 結局二人は、凛とあずさを再び追うため、尾行を再開した。

 

 

 

 

 

 

 所変わって東京エリア中心街。

 

 デパートやら専門店やらが軒を連ねる歩道を、珍しく私服の蓮太郎と、木更が歩き、その二人について行くように延珠とティナが歩いていた。

 

「なぁ、木更さん。これはすごく愚かなことだと思うんだが……」

 

「なにがよ里見くん」

 

 呆れた様子の蓮太郎に対し、木更は憮然とした態度のまま、目の前にあるショッピングモールに進んでいく。

 

「いや、まぁ確かにな? 黒崎さんとこの事務所が大々的に引越しして、ウチのボロ事務所とじゃ比べ物にならないビルを構えてるのが悔しいのはわかる。けどさ……」

 

 言いながら蓮太郎は手に持っているレジ袋を見せる。

 

「いくらなんでもこれは買いすぎだろ!? なに、なんなの!? 悔しいからって妬け買いかよ!」

 

「うるさいわね。いいのよ、今日は里見くんの家で鍋パーティなんだから。それに私は悔しくなんてないわ。ただ、ちょーっと羨ましいかなーって思ったり、ウチも引越ししたいなーって思ったり、里見くんの稼ぎが悪いなーって思ってるだけだから。ええ、本当にそれだけだから!!」

 

「充分嫉妬してんじゃねぇか! あとなんだ最後の里見くんの稼ぎが少ないって! 元はといえばアンタが考えなしに金バンバン使っちまうからだろ!? あと、ミワ女の学費が馬鹿たけぇ!」

 

「しょうがないじゃない。家を出たとはいえ私は天童なんだもの! それに、甲斐性を見せるのは男の里見くんの役割じゃないかしら?」

 

 立ち止まり、ギャーギャーと言い合いを始める二人。そんな二人を見ながら延珠のティナは大きなため息をついた。

 

「やれやれなのだ……」

 

「二人はいっつもキリキリしてますね。というか、少し前のガストレア退治で得た報酬はどこに……」

 

「あれならば木更の学校の学費とやらに消えたらしい。それで、今日はへそくりで鍋パーティをすると意気込んでいたのだ」

 

「……よっぽど引越しが堪えたんですねぇ。というか、うちの事務所にどこにそんなお金が……いえ、これ以上は詮索しません。闇に触れそうなので」

 

 ティナは遠くを見て考えるのをやめた。

 

 視線を再び蓮太郎と木更に戻すと、いまだに言い合いをしていた。

 

「大体、勝手に社員の内臓を担保にして金借りる社長がどこの世界にいるよ!? ブラック企業ならぬ暗黒企業だろうがうちの会社!」

 

「それはもう返し終わったでしょ。終わったことを蒸し返さないでよ! 里見くんだってうっかり報酬忘れそびれるわ、片桐兄妹に手柄横取りされるわ、注意力が散漫なのよ!」

 

「それはそうかもしんねぇけど、闇金にまで借りるなよ! つか、まだどっかに借りてるなんてことはないよなぁ!?」

 

 嫌な予感がしたのか、蓮太郎が問い詰めると、木更は言葉に詰まった。しばらく目を動かした後、露骨なまでに怪しい口笛を吹き始める。

 

「ちょっと待て。なんだその反応! 図星か、図星なのか!?」

 

「……え、えっとまぁ……零子さんにちょっとだけ借りたりしてたりしてなかったり……。流石におイモばっかりだと延珠ちゃんやティナちゃんが可哀想だと思ったし……」

 

「二人が可哀想ってのはわかるよ! でもなに、アンタ黒崎社長にまで借金してんのか!? ウチの会社火の車すぎんだろ! よく鍋パなんてやる気になったな。こんなに肉買っちまって……」

 

 蓮太郎が持っていたレジ袋に視線を落とすと、そこにはパックに詰められた鍋用の肉が詰まっていた。痛まないよう氷も乗せてある。そして、今から蓮太郎達が向かおうとしているのは、野菜の半額セールをしているデパートの地下だ。

 

「で、黒崎社長にはいくら借金してるんだ?」

 

「えっと、黒崎社長には100万ほど……」

 

「ひゃく!?」

 

「木更……」

 

「天童社長……」

 

 驚く蓮太郎と、哀れむ幼女二人。

 

「な、なによう! 黒崎社長に相談したら、返してくれるなら貸してくれるっていうから借りたの! 返済はいつでも良いって言ってくれたし!」

 

「そういう意味じゃねぇよ……。同業者にまで借りるほどやばい状況が哀れだってことだよ……」

 

「流石にアレなのだ。木更」

 

「ドン引きです……」

 

 今度は呆れる蓮太郎と、遠い目をする幼女二人。

 

 ついに木更は三人の視線に我慢できなくなったのか、顔を背けた。が、そこで彼女は視線の先に見知った人物がいるのが目に付いた。

 

「あれ?」

 

「どした、木更さん?」

 

 疑問符を浮かべる木更に、蓮太郎、延珠、ティナも不思議に思ったのか、木更の視線の先を見た。

 

「あれは……断風さん、ですか?」

 

 目の良いティナの言うとおりであった。確かに蓮太郎達の先にいるのは凛だ。が、彼の隣には見知らぬ女性の姿がある。非常に綺麗な人だ。

 

「あの女の人誰かしら?」

 

「依頼人とかじゃね?」

 

「依頼人なら兄様は刀を持ってるでしょ。だから考えるとすれば……」

 

「わかったぞ蓮太郎!」

 

 木更が言い終える前に延珠が蓮太郎の肩に飛び乗った。

 

「妾がさっするに、あの女は凛の恋人なのだ! いわば密会と言うヤツだな!」

 

「まぁ延珠ちゃんの言うこともわからなくはないけど、密会って。普通にデートじゃないの?」

 

「だよなぁ。つか、凛さんって彼女いたのか」

 

 などと二人が話していると、ティナが「見てください、二人とも」と声を発した。

 

 彼女に言われて、再び凛の方を見ると、今度は杏夏と焔がなにやらコソコソと動いていた。

 

「何やってんだあの二人」

 

「凛さんを尾行しているようですね」

 

「そういえば、焔ちゃんに杏夏さんは凛兄様のことが好きだって聞いたわ。だから、ストーキング中?」

 

「言い方が悪い」

 

「やっぱり妾の予想したとおりだったな! やっぱり凛は密会していたのだ!」

 

 延珠は何故か嬉しげに蓮太郎の肩の上で体を前後に揺さぶった。時折ではあるが、延珠はこのような恋愛ごとにがめつい面がある。

 

「なんか面白そうね。よし、里見くん! 兄様を尾行するわよ!」

 

「ハァ!? 何言ってんだ、木更さん! 人の恋愛ごとに首突っ込むべきじゃねぇって」

 

「大丈夫よ。兄様なら笑って許してくれるって。それに恋愛が成就したら成就したで祝ってあげれば良いでしょ。ホラ、行くわよ!」

 

 木更はなぜかうきうきとした様子で走り始めた。そんな彼女の後姿を見やりながら蓮太郎は大きな溜息をつく。

 

「あーくそ。なんなんだよまったく!」

 

「木更を追うのだ蓮太郎!」

 

「行きましょう。お兄さん!」

 

 凛を追った木更を追って蓮太郎達は走り始めた。

 

 

 

 

 

「それであずささん、今日はどこへ行きますか?」

 

 並んで歩きながら彼女に問うと、あずさは「えーっと……」と一度悩み、前方を指差した。

 

「ここを真っ直ぐ行って右に曲がったところに、私がよく行く小物屋さんがあるんです。まずはそこに行きましょう」

 

「わかりました。よく行くということはあずささんは小物が好きなんですか?」

 

「はい。部屋のインテリアとしても使ってますし、あとこのネックレスもそこで買ったんですよ」

 

 彼女は首元に光るネックレスを指した。ネックレスは銀のチェーンに、オニキスと見られる黒い石が二つ付いており、その中間地点に四枚の花弁を持った花が象られている。

 

「綺麗ですね」

 

「ですよね! もしかして断風さんもこう言ったアクセサリーとかに興味あります?」

 

「まぁ、そうですね。深く知っているわけではありませんが、興味はあります。それに、相棒にも言われましたからね。もう少しおしゃれしなよって」

 

 苦笑しながら凛は頭を掻く。

 

 実は、今日家を出てくるときに摩那に言われたのだ。『女の人との約束なのに、何でいつもの黒一色かなぁ……』と。

 

 摩那は結構おしゃれ好きであり、服は全て自分で選んでいる。そんな彼女だからこそ、基本黒の服しかない凛の服装は気になるのだろう。

 

 ……とは言っても、黒以外も一応あるんだけどなぁ。白とか、灰色とか。

 

 が、これを言うと、『それは代わり映えしてないよ。結局同じだもん』と一蹴されてしまう。

 

「相棒っていうのはイニシエーターの女の子ですか?」

 

「ええ。身内褒めになるかもしれませんが、結構ファッションセンスがある子で。だから、僕の服装には物申したいんでしょう。僕はこれでもいいんですが」

 

 今一度自分の今日の服装を見てみる。今日は、多少灰色の柄の入った黒の半袖のTシャツに、黒のジャケット。そして黒のジーパンとなっている。靴はいつもの靴だ。見事に全身黒尽くめである。

 

「うーん……その子の言ってることもわかる気はします。よし! それじゃあ、小物屋さんに行った後は、凛さんの服を見ましょう! 私が全身コーディネートしてあげます」

 

「え、僕はこれでも――」

 

「――ダメです!」

 

 ズイッとあずさが顔を寄せてきた。その表情には真剣さと、楽しさが入り混じっている。どうやら、彼女も摩那と同じでファッションは気にするらしい。

 

「……じゃあ、お願いします」

 

「はい。任せてください!」

 

 あずさはポンと胸に手を当てて満足げに頷いた。すぐに顔を離した彼女だが、凛はグイッと腕を引っ張られる。

 

「ちょッ!?」

 

「そうと決まればグズグズしてられません! 今日は皆学校とかがお休みですから、速く行かないと売り切れちゃいますよ!」

 

 打って変ってハイテンションなあずさに、半ば引き摺られる形になりながらも、凛は駆けた。

 

 

 

 そんな彼等をの後方に見つめる目が四つ。

 

「ネェ、キョウカ? ワタシキレチマッタヨ?」

 

「片言になってる!? 落ち着こう、まだ二人がそんな関係だって決まったわけじゃないから!」

 

 カクカクと古びたブリキ人形のように首を動かす焔の瞳には、相変わらず光が灯っていなかった。というか、今日事務所を出てから瞳孔が開きっぱなしである。そればかりか、瞬きすらしていない恐れがある。

 

「焔、一旦瞬きしようよ。なんか眼球カッサカサに見えるから!」

 

「ソナコトナイヨ?」

 

「こわッ!? もうやめよう、これ以上先輩の後を追ったら逆にアンタの精神が持たないよ!」

 

「ソナコトナイヨ?」

 

「ダメだった!!」

 

 杏夏が額のあたりに手を当てて、肩を落としていると不意に背後から声をかけられた。

 

「杏夏ちゃん、焔ちゃん」

 

 見ると、木更にティナ、蓮太郎に彼に肩車してもらっている延珠がいた。

 

「あれ、四人ともこんなところで偶然……。なにやってんの?」

 

 とりあえず、壊れた人形のようになっている焔を見せないようにして、問うと、木更が興味津々と言った表情を浮かべながら言ってきた。

 

「二人は今、凛兄様を尾行中なの?」

 

 見事に的中した。図星である。

 

 杏夏はなんとか取り繕おうとも考えたが、なんだか余計話がややこしくなりそうなので、あきらめた。

 

「……どのあたりで私たち見つけた?」

 

「ちょっと前だ。二百メートルくらい後ろの交差点で、凛さんが女の人と歩いてんのが見えて、そんでその次にお前等がコソコソしてるのが見えたんだ」

 

「あー……前ばっかり見てて気付かなかったか。まぁ当たってるよ。私はかえってもよかったんだけど、このホムホムが馬鹿なことやりそうで」

 

 背後で黒いオーラを放っている焔を一発叩く。すると、黒いオーラの放出が収まった。

 

「あにすんのよ、杏夏!」

 

「あ、正気に戻った」

 

「はぁ? まぁいいわ。アレ、なんで蓮太郎達がいるわけ?」

 

 凛しか頭になかったようで、蓮太郎達が来たことすら気付いていなかったようだ。なんとか瞬きもしてくれたようで、カッサカサの眼球ではなくなっている。

 

「私たちの尾行が四人に見つかってたの。それで、今話しかけられたトコ」

 

「ふぅん。で、四人はなんかしたいの? 話しかけただけ?」

 

「いいえ。私たちも二人の仲にいれて欲しいのよ。凛兄様の恋愛ごとなんて滅多に見られないし。なによりも楽しそうじゃない!」

 

 うきうきと楽しげな木更に、杏夏と蓮太郎はげんなりとし、ティナは苦笑いを浮かべ、延珠と焔は面白そうに笑う。

 

「よく言ったわ、木更。じゃあ協力して尾行しましょう」

 

「わかったわ」

 

 二人は何故かあつい握手を交わす。兄と慕う凛に対する感情は様々であろうが、木更はただ面白そうだからという、恋愛感情なんてまったくない感じだろう。

 

「おぉ! なんだか二人が天誅ガールズのように固い友情を芽生えさせたみたいだぞ! 蓮太郎!」

 

「いや……あれは違うんじゃねぇかな」

 

「同感です……」

 

「それは私も……」

 

 三人はそれぞれ微妙な視線を二人に向ける。

 

 その後、再び尾行は開始され、尾行する人数は合計で六人となった。

 

 

 

 

 

「ところでその肉何に使うの?」

 

「今日の夜鍋パするんだと。杏夏も来るか?」

 

「あ、行く行くー」

 

 どうやら、鍋パーティの約束もしたようであった。




はい、お久しぶりでございます。
お疲れ様でした。

今回は樹と火垂をもっと掘り下げようかとも思ったんですが、色々考えて過去の話も見た結果、そういえば合コンの時の約束まだ果たしてなかったなーと言う感じでここでぶち込みました。
凛はあずささんとイイ感じ。その背後にはヤンデレというか変態ほむほむさんがいるわけですな。

うーんこの混沌(カオス)……

まぁ後悔はしていません。楽しく書ければいいのです。
とは言っても、楽しく終わらないのがブラブレの世界なので、この話でもちょっとばかりシリアスな話も出てきます。この後の展開を示唆する内容も少し入るでしょう。

八巻が出なくちゃかけないんだけどね!もう無理よー!
リブラとか倒せる自身がないよー! いくら十三位でも毒喰らったら終わりよー! 

またオリジナル話でも書きますかね……
なんかいい案ないだろうか……

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