ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第八話

 昼下がり、凛は事務所で仕事をこなしながら窓の外を見やる。

 

 お昼から降り始めた雨は次第に勢いを増し、先程から忙しなく窓を叩いていた。凛はそれに軽く溜息をつく。

 

 すると、それに答えるようにソファで漫画を読んでいた摩那が呟いた。

 

「よく降るねー。何時ごろ止むのかなー」

 

 それに無言で頷いた凛は内心で苦い顔をした。

 

 ……傘持ってくるの忘れちゃったなぁ。

 

「零子さん。今日の雨ってどれくらい続くんでしたっけ?」

 

 凛は窓の外を見ている零子に問うが、彼女からの返答はない。彼女はただぼんやりと、まるで意識がないかのように外を見ていた。

 

 それを不審に思った凛はもう一度彼女の名を呼ぶ。

 

「零子さん?」

 

「ん……あぁ、すまんね凛くん。少々ボーっとしていた」

 

 彼女はハッとし、凛の方に向き直った。凛は体調が優れないのではと思ったが、顔色からしてそうではないようだ。

 

「珍しいですね。零子さんがぼんやりしてるなんて。何か思い出してたんですか?」

 

「まぁね、雨にはあまりいい思い出がなくてね。偶に自分でも気付かぬうちにぼんやりしてしまうんだ」

 

 そういう零子は苦笑いを浮かべながら、右の眼帯をなぞるように触れた。凛は怪訝な表情をするものの、零子は続けた。

 

「そういえば、私に何か聞いていたようだが?」

 

「あ、ええ。雨っていつ止むのかなーって思って」

 

「確か天気予報では夜には止むといっていたな。傘でも忘れたのか?」

 

「はい、なので夜まで此処に居ようかなと思って」

 

「そういうことなら構わんさ。私も今日は夜遅くまで此処に居る予定だからな」

 

 零子はパソコンを開きながら軽く肩を竦ませた。凛がそれに頭を下げていると、給湯室からケトルを片手に杏夏がやってきた。彼女の後ろにはお茶請けのケーキをトレイにのせた美冬の姿も見受けられる。

 

「凛先輩今日残るんですか?」

 

「残るって言うよりは、雨が止むまで雨宿りって感じかな」

 

 コーヒーを凛のカップに注ぎながら聞いた杏夏は頷くと、ケーキを零子に渡していた美冬に問うた。

 

「美冬ー。私たちはどうするー?」

 

「わたくしはどちらでも構いませんわ。杏夏が帰りやすい方で良いんじゃないですの?」

 

「そっか。じゃあ私も少し残ってみようかな」

 

 杏夏は頷きながら呟いた。

 

 しかしその時、事務所の電話が鳴り響く。

 

「はい、黒崎民間警備会社ですが?」

 

 零子がいつもの調子の外での声を使い電話に出るが、彼女はすぐに眉間に皺を寄せ、難しそうな表情になる。

 

 そして、ひとしきり話した彼女は大きな溜息をつきながら受話器を置いた。

 

「まったく……。残念だが凛くん、ブレイクタイムはまたの機会になりそうだ」

 

「任務ですか」

 

 零子はそれに黙って頷くと、パソコンの画面を凛に見えるように反転させた。

 

「ケースを持った感染源ガストレアが見つかったらしい。場所は三十二区」

 

「結構遠いですね」

 

「あぁ。だからそこまでは司馬のお嬢さんから借りたヘリで行ってもらう。それと例の里見君が急行しているようだ。手柄はどっちでも構いやしないが、恐らく蛭子影胤も既に情報は掴んでいるだろう。戦闘の覚悟はしておけ」

 

 凛はそれに頷くと、机に立てかけてある冥光を腰に差す。摩那も腰にクロー収納用のベルトを巻くと、そこに黒刃の爪を収納する。

 

 二人は互いに頷き合うと零子に向き直る。同時に零子も立ち上がり二人に声を張って命じた。

 

「いいか、感染源ガストレア自体はたいした強さではない。しかし、蛭子影胤には注意しろ。奴はまだ何かを隠している可能性がある」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

「では行って来い。ここから南に走って五分のところに大きな駐車場がある。そこでヘリと合流しろ」

 

 凛と摩那はその言葉に頷くと、事務所の扉を開け放ち雨の中を駆けて行った。

 

 小さくなる二人を見送りながら、零子は眉間に皺を寄せた状態で難しい表情を浮かべながら、杏夏と美冬は二人の無事を祈るように心配げなまなざしを送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリと合流し三十二区の上空に辿り着いた二人は地上に目を凝らす。

 

「GPSではこの辺りを示してますが……。見えますか、断風さん」

 

 操縦士の女性が凛に声をかけるが、凛は首を横に振る。摩那にも視線を送ってみるものの、彼女も首を横に振った。

 

「もしかすると地上に落ちた可能性もありますね」

 

「地上ですか……しかし、この辺りに着陸できるところは……」

 

 凛の言葉に操縦士は言葉を詰まらせるが、凛はそれを尻目にシートベルトを外す。

 

「えっ!? ちょ、なにを!?」

 

「ちょっとこれ借りていきますね」

 

 後部座席に移動しながら凛が手に持っていたのは、ワイヤーロープだった。それを目撃した瞬間、操縦士は顔面を蒼白に染めた。

 

「正気ですか!? ハーネスもカラビナも持ってきていないんですよ!?」

 

「大丈夫ですって。ファストロープで降りますから」

 

 操縦者の心配を他所に、凛はてきぱきと準備を進めていく。摩那も準備を整えるために後部の扉を開け放つ。

 

 同時に横殴りの雨と、強風が二人の身体を濡らすが、二人はそれを気にした風もなくワイヤーロープを垂らす。

 

「ロープの長さは200mだから余裕で地上までは足りてる。あとは手袋……」

 

 凛が座席の周りを探していると、操縦士が二人に手袋を投げた。

 

「それ使ってください。正気とは思えませんが、あなた方を全力でサポートしろと言うのがお嬢様からの命令なので」

 

 彼女は焦りながらも二人がなるべく安全に降下できるように、強風に流されないようにホバリングを維持する。

 

「ありがとうございます。摩那、これを片手にはめて」

 

 凛がそれを放ると、ロープを固定していた摩那が軽くキャッチし右手にはめた。凛は残った左手のぶんをはめるとヘリの外へ身体を出す。

 

「じゃあ降ります! 完全に折りきったら信号弾をあげるので見えたら離脱してくれて構いません!!」

 

 聞こえるように大声で言うと、操縦士は大きく頷いた。凛と摩那もそれに頷くと互い視線を交わすと降下を始める。

 

「行くよ、摩那!!」

 

「うん!!」

 

 まず最初に降りたのは凛だ。彼は手袋でワイヤーロープを掴むと、そのまま一気に地上へと降下していく。

 

 昼間と言っても既に太陽は暗雲に隠れており、下は整備が行き届いていない外周区だ。明かりもあるはずもなく、地上は薄暗く見える。

 

 しかし、凛はそれを恐れずに降下していく。スピードを殺していないためまるで落ちているような速度であり、既に地上はすぐそこだ。

 

 その瞬間、凛は左手に力を込めスピードを押し殺した。雨で滑りやすくなっていたロープであるが、凛は手袋が破ける寸前までロープを握り地上に到達する直前でロープから手を離した。

 

 鈍い衝撃が足から全身に伝い、身体を震わせる。

 

「ふぅ……」

 

 一息ついた凛は上から続いて降下してくる摩那を見上げた。彼女の方もなんら問題はなく、うまく降下できているようだ。

 

 そして摩那が凛の背丈と同じくらいの場所まで降りると、彼は摩那をキャッチしそのまま地面に下ろし、ヘリから見えるように信号弾をあげた。

 

 信号弾が確認できたのか、ヘリは空域から脱した。

 

「さて……注意しながら進もうか」

 

「だね。ガストレアはクモだっけ?」

 

「そう、ただガストレアだけに注意を向けるわけにも行かないけど」

 

「小比奈ちゃん……」

 

 摩那の小さな呟きに頷きつつ、凛は歩を進める。

 

 

 

 

 

 雨の中を歩くこと数分、凛は妙な静けさを感じていた。

 

 ……静か過ぎる。他の民警の人たちは何処に……。

 

 零子から言われたことが本当であれば、既に多くの民警がこの場所に集まっていてもおかしくはない。しかし、先程から声はおろか人影すら見えないのだ。

 

 摩那もそれは感じ取っているようで、周囲をしきりに見回している。匂いを嗅いでもらおうにも豪雨のため、あまり望むことは出来ないだろう。

 

 その時、凛と摩那は微かな足音を聞いた。

 

「凛……」

 

「うん。誰かこっちに来るみたいだね……」

 

 雨の音が激しいからか聞こえてくる音は小さいものだが、凛はその状況下でも前から来る人物が何者であるか感じ取る。

 

 ……足音からして子供、イニシエーターの子かな。

 

 徐々に近づく足音はやがてその人物本人を浮き上がらせた。

 

 その人物は、凛と摩那が先日会った少女。

 

「延珠ちゃん!?」

 

 最初に声を上げたのは摩那だった。延珠はその声に気がついたのか、そのまま摩那の前にいる凛の足にしがみ付いた。

 

「……助けて欲しいのだ凛……! このままでは蓮太郎が……蓮太郎が……!!」

 

 延珠のその悲痛な声に、凛はなにがあったのか予想することが出来た。

 

「影胤さんか……。延珠ちゃん、蓮太郎くんはこのまま真っ直ぐ行ったところにいる?」

 

「あぁ。妾は真っ直ぐ走ってきたから間違いない」

 

「わかった。摩那! 延珠ちゃんと一緒に僕の後ろについて来て。絶対に前には出ないようにね!」

 

「了解!!」

 

 摩那が頷くのを確認すると、凛は駆け出した。泥水でぬかるむが、凛はそれをものともせずに突き進んでいく。

 

 すると、凛の耳に雨音と混じって銃声が聞こえた。彼はそのまま銃声がした方向へ足を向け、摩那と延珠もそれに続く。

 

 ……間に合え!!

 

 心の中で祈った凛は木々の隙間から三人の人影を見出した。

 

 増水した川を背にしているのは、二人とと対峙し苦しげな表情の少年、里見蓮太郎。

 

 そんな彼にカスタムベレッタの黒い銃口を向けている蛭子影胤と、彼の横に控えている蛭子小比奈の姿がそこにはあった。

 

 3人の姿を確認した凛は舌打ちをすると、摩那に視線を送った。彼女もそれを理解すると、延珠の腕を掴み、凛の近くから飛び退く。

 

「……久々にやってみるかな」

 

 彼がそう呟くと、凛は一瞬で抜刀の態勢を取る。腰を低くし木々の間から見える影胤を見据えると、彼は言う。

 

「天童式抜刀術、一の型一番――――滴水成氷ッ!!」

 

 その声と共に雷撃のような斬撃が凛の眼前の木々を全て切り裂く。

 

 だが、斬撃は威力を損なうことはなく、そのまま真っ直ぐに影胤を捉えた。影胤は後ろから来る凄まじいまでの殺気と圧力を感じ取った。

 

「イマジナリー・ギミック!!」

 

 珍しく焦った影胤の声と共に、彼を中心に青色の燐光が迸った。そして、その燐光と凛が放った斬撃が衝突し合い青白い火花が散った。

 

「飛ぶ、斬撃だと……?」

 

 影胤の驚嘆の声は凛の方まで聞こえてきた。

 

 彼は凛の姿を確認したのか仮面の下の双眸から凛を睨んだ。

 

 それに答えるように、凛は冥光を収めることはせず影胤まで一気に接近すると、上段から冥光を振り下ろす。

 

 するとまたしても影胤を中心に青白いドーム状の光が展開され、凛の攻撃を弾く。

 

 ……バリア? いや、違う弾き返す所をみると……斥力?

 

 ドーム状のバリアのようなものの正体を予想した凛であるが、彼の懐にニヤッと笑った小比奈がもぐりこみ、バラニウムブラックの刀を凛の腹に突き立てようとしていた。

 

「アハハッ!」

 

 笑い声と共に小太刀が凛の腹に突き刺さりそうになる。しかし、寸でのところで、彼女は大きく右に吹き飛ばされた。

 

「貴女の相手は私だよ! 小比奈ちゃん!!」

 

 声と共に小比奈と転がりながら言うのは摩那だった。

 

「摩那ぁ!!」

 

 どちらかともなく二人は起き上がると、互いの得物である漆黒の爪と小太刀をぶつけ合う。衝撃が強いためか、一発一発ぶつかり合う度に火花が散る。

 

 影胤と凛はそれを見ずに眼前に佇むそれぞれの敵を睨みつけていた。

 

「まさか君が来ていたとは思わなかったよ。なるほど……先程の信号弾は君たちだったか」

 

「確認しなくてもわかるでしょう。それよりも、影胤さん貴方の先程の青い光……どうやら斥力を操っているようですね」

 

「ほう! あの一瞬でそこまで見切ったか。ヒヒヒ、やはり君は殺すには惜しい……」

 

 いつもの不気味な笑い声と共に、影胤はシルクハットのつばを持ち、凛に対し頭を下げる。

 

「君には改めて名乗っておこう……。私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

「新人類創造計画……」

 

 凛はその名に聞き覚えがあった。以前、零子が凛だけに教えたことがあるのだ。

 

 『新人類創造計画』――――。

 

 それは人間の身体の一部を機械化し、超人的な戦闘能力をもつ兵士を作り出す極秘計画であり、それは四賢人と呼ばれる世界屈指の天才達が進めいたとのことだ。

 

 しかし、呪われた子供たちの戦闘能力が世に明かされてからは計画は消失したらしい。

 

 世間的には都市伝説と言うことで凛も高校の友人達が話しているのを聞いたことがある。当初は信じてなどいなかったが、零子の真面目な雰囲気からあながち嘘でもないかもしれないと思っていたのだ。

 

「やっぱり本当だったのか」

 

「おや。その様子から察するに聞いたことがあるようだねぇ。やはり、あの黒崎社長が話したのかな?」

 

「さぁ? 何処からこんな情報を仕入れたかなんてどうでもいいことでしょう」

 

 凛は冥光を構えなおしながら言う。すると、影胤の後ろから延珠に抱えられながら出てきた蓮太郎が彼に告げる。

 

「ダメだ……!! 凛さん! 近接攻撃じゃ跳ね返される!!」

 

「それは遠距離でも同じことだよ。まぁ見てなって」

 

 蓮太郎の忠告を聞かずに、凛は下段に構えた冥光を下から影胤の顎を狙って切り上げる。

 

 早さも踏み込みも十分であり、まさに誰もが殺ったと思う斬撃だ。しかし、影胤は先程と同じように斥力によるフィールドを展開する。

 

「先程のように跳ね返してあげよう!!」

 

 影胤の声が響くが、次の瞬間、彼は目を見開いた。

 

 凛の冥光は跳ね返されることはせず、斥力フィールドに冥光を密着させた状態でおり、跳ね返されずにいたのだ。

 

「なにっ!?」

 

「確かに凄い斥力ですね。だけど、まだ上げられるみたいですね」

 

 ニヤリと笑いながら言う凛に対し、影胤は仮面の下で眉をひそめると小さく笑う。

 

「ではご所望どおり、さらに強い斥力を浴びせてあげよう。マキシマム――」

 

 影胤が行った瞬間、凛は大きく後ろに飛び退くが影胤はそのまま手を突き出した。

 

「――ペイン!!!!」

 

 その声と共に、凛に向けて斥力が増大し彼を吹き飛ばそうとする。

 

「凛さん!!」

 

 蓮太郎の声が聞こえるが、凛は迫る斥力フィールドを見据えると大きく息を吐き、目を閉じた。

 

 そして、凛に斥力フィールドが届く瞬間、彼は目を開け刹那の速さで冥光を降りぬいた。

 

 ビキン、という何かが割れるような音がしたと思うと凛は吹き飛ばされずに、彼の周りの木だけが次々となぎ倒されていった。

 

「まさか……!!」

 

「斥力フィールドを斬った!?」

 

 二人が驚愕の声を上げるが、凛は静かに息をつく。

 

「まだ続けますか?」

 

 凛は影胤に問うが、影胤は仮面を押さえながらまたしても不気味に笑った。それと同時に彼は指を鳴らし小比奈を呼ぶ。

 

「すまないが、これで失礼させてもらうとしよう。当初の目的は果たしているからね。ヒヒヒ」

 

 そういう彼の手にはジュラルミンケースがあり、影胤はそれを川の向こう側へ放った。それに蓮太郎と凛は眉を歪ませるが、影胤は傍らにやって来た小比奈と共に跳躍した。

 

「ではね諸君」

 

 彼は高らかに言うと向こう岸へ渡りケースを持ちながら闇の中へと消えていった。それを見据えつつも冥光を鞘に納めた凛に摩那が声をかけた。

 

「凛! 追わなくていいの!?」

 

「追う事は可能だけど今は……」

 

 彼の視線の先には背中から大量の血を流し、喀血している蓮太郎の姿があった。

 

「蓮太郎くんを病院に連れて行かないと」

 

 凛が言うと、蓮太郎は首を横に振りそれを否定した。

 

「俺は大丈夫です……! 凛さんは早くあいつ等を……!!」

 

「ダメだよ。今のままの君を此処に放っておいたら間違いなく失血死する。目の前にいる敵を追うよりも目の前にいる味方を救いたいからね。それに、君を死なせたりしたら木更ちゃんにどやされそうだし」

 

 肩を竦めた後、凛は蓮太郎を担ぎ零子に連絡をとった。

 

 数分後、蓮太郎と凛、摩那、延珠の四人は救急車に乗り込み病院へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 病院へ担ぎ込まれた時、蓮太郎は緊張の糸が切れたのか意識を失っていたが医師の話によれば命に別状はないとのことだ。

 

 零子と杏夏、美冬そして、木更も病院にやってきたが、凛と摩那が無事であったことに胸を撫で下ろしていた。

 

 木更は凛に頭を下げた後、蓮太郎の下へとかけていった。

 

 そして凛は美冬と杏夏が帰宅し、摩那が疲れて眠った後零子に全てを話した。蛭子影胤の正体や彼の能力、そしてケースが持ち去られてしまったことも。

 

「そう……ケースは持っていかれてしまったわけね」

 

「はい。すいませんでした、僕の力不足です」

 

「いいえ。貴方が悪いわけではないわ。それに、もうその事は聖天子様も聞いているみたいよ」

 

 零子は携帯の画面を見せながら言う。凛は画面を覗き込むと、静かに頷いた。

 

「明日聖天子様からの説明があるわ。私は出席しなければいけないけど、凛くんは休んでいて構わないわ。恐らくかなり大規模な任務が待っているだろうから身体を休めておきなさい」

 

「わかりました」

 

 凛が頷いたのを確認すると、零子は椅子から立ち上がり零子の方に手を置きながら彼に告げた。

 

「ごめん、今休んでっていったけど後一時間だけ付き合ってくれるかしら。ちょっと会わせておきたい人物がいるから」

 

 彼女はそのまま振り返ることはせず、ただ手だけを「来い」と言う風に合図をすると病院の北側へ向かった。

 

 凛は首を傾げつつも眠りこけている摩那を背負いながら彼女の後をついていく。

 

 やがて、彼女の案内で連れてこられたのは仰々しい悪魔のバストアップが描かれた地下室の扉だった。

 

「零子さん、此処は?」

 

「私の小さい頃からの友人の部屋。近いうちに貴方を紹介するって言ってあったからついでにと思ってね。あ、そうだ。摩那ちゃんはマスクしておいた方がいいかもしれないわ」

 

 零子はポケットからマスクを取り出すと、凛の背中で眠っている摩那にかける。摩那は一瞬嫌そうな表情をしたが、すぐに静かに寝息をたて始めた。

 

「さて、じゃあ開けるわよ」

 

 零子は扉に手をかけ、扉を開けた。

 

 同時に、凛の鼻腔には鼻を突く様なミント系芳香剤の臭いが漂ってきた。凛は一瞬顔をしかめるが、すぐにこれだけ濃密な芳香剤の香りがしているのか部屋の真ん中を見て理解することが出来た。

 

 そこには手術台のようなものがありその上には男の死体が乗っていた。

 

「んお? おぉ来たのか零子」

 

 すると、部屋の中にあったデスクの椅子に座っていた黒髪の女性、室戸菫が零子に声をかけた。

 

「えぇ。貴女が会いたがってたうちの凛君をつれてきたわ」

 

「ほうほう。なるほど、その子が噂の凛くんか……」

 

 菫は椅子から跳ね起きると、興味深げな表情で凛を上から下まで舐めるように観察した。

 

「菫」

 

 その様子に零子が溜息をつきながら彼女の名を呼ぶと、彼女は思い出したように手を叩いた。

 

「自己紹介が遅れたね。私は室戸菫、零子とは子供の頃からの腐れ縁だ。好きなものは死体とかそういうのだな。と言うわけでよろしく、断風凛くん」

 

 菫は手を差し出し、凛に握手を求めた。

 

 凛もそれに答えると彼女と握手を交わした。




あと一話で未踏破区域って所ですかねぇ……w
結構かかってしまいましたなwww

とりあえずは次話は前半菫先生との会話。後半に未踏破区域へ出発。と言う感じで行きたいと思います。

感想などありましたらおねがいします。

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