ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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VS爆弾魔-悲しみの漂浪者- 最終話

 真夏の空の下、東京エリアの一角にある高層ビルの屋上で二人の狙撃手(スナイパー)が睨みあっていた。

 

 一人は過去に縛られた悲しき亡霊、パサードこと東堂誠一。対峙するは、過去と決別することの出来た隻眼の女性、黒崎零子。

 

 相反する二人の狙撃手は闘うのだ。互いの生き方を証明するために。

 

 

 

 

 零子は死角となっているコンクリートの壁に背を預け、壁の端から僅かに顔を覗かせて誠一の方を見やる。

 

 瞬間、「待っていた」と言うように打ち出された銃弾によって壁が抉られた。すぐさま顔を引っ込めたためあたりはしなかったが、彼女は少し大きめの舌打ちをした。

 

「向こうからすれば獲物が痺れを切らすのを待つようなものだしな。そりゃあ狙い撃ちにもされる。まったく忌々しい限りだ」

 

 亡霊は退場願うなどと言ってみたはいいものの、如何せん現状がよろしくない。なにせこちらは死角に入るところをはっきりと目撃されていて居場所もばれている。どこか別の場所に移動しようにもここは高層ビルの屋上。死角になるものなど殆ど皆無だ。今いるこの場所とて少し進めば体が見えてしまう。

 

 移動しようとすれば狙い撃ちにされて簡単にあの世行きだ。

 

 彼の技量がどれだけ高いかはよく知っている。ガストレアとの戦いでも完璧なヘッドショットで見事な戦績を残している。その技術には何度も何度も助けられた記憶もしっかりと覚えている。

 

 だからこそ気を抜くことは出来ないのだ。義眼を使えば銃弾を回避することは可能だろうが、回避するだけでは意味がない。こちらからも攻撃を仕掛けなければ。

 

「……無茶を承知でアレを使うしかないか」

 

 瞼の下にある義眼に触れるように肌を撫でた零子は溜息をついた。

 

 そして彼女は懐からタバコを取り出して一服しようとしたが、火をつけようとした瞬間彼女は手を止めた。

 

 ……一か八か試してみるか。

 

 不適な笑みを見せた彼女はタバコに火をつけた。

 

 

 

 

 

 零子がいるビルから離れること百五十メートル弱のビルの屋上では、誠一が伏射(プローン)の姿勢をとって腹這いになっていた。

 

 照りつける太陽は身を焦がすようだったが、耐えられない暑さではないし、冷却対策も取っている。なにより、この程度の暑さで集中力が切れることなどありえない。

 

 呼吸は必要最低限に抑え、極力振動を起さず、ただ獲物が目の前に出てくるのを待つ。そうすれば当てられぬことはない。

 

「さぁ、出て来い黒崎。隠れてばかりでは俺を倒すことはできんぞ」

 

 低い声で言う彼の口元には笑みが浮かべられていた。けれどその笑みは、決して良い笑みではなく、邪悪に満ちた笑みであった。

 

 そのまま構え続けること数分、誠一の視線の先で動きがあった。零子が隠れている場所から細い糸の様なものが揺らめいたのだ。

 

「煙……?」

 

 照準機の倍率を上げて確認すると、確かにそこに見えたのはタバコの紫煙だった。死角で一服して精神でも落ち着かせているのだろうか。

 

「タバコか。随分と余裕じゃないか」

 

 鼻で笑って再び集中に戻ろうとした誠一だが、そこでふと思い至る。零子があのようなことをするだろうか、と。

 

 確かにこれだけの距離が離れていれば、タバコの煙など注視していても目に入らないほどだろう。だから零子も一度気を抜いて精神を集中させるために吸っているのかもしれない。

 

 けれどあの彼女がそんなことをするだろうか。例え死角にいようとも、ああも簡単に自分の位置をバラすようなことをあの女がするはずがない。

 

 だからこそ導き出される答えは一つだ。

 

 ……ブラフか。

 

 誠一は照準機に刻まれているレティクルの先で漂う紫煙を見ながらほくそ笑む。

 

 彼はこう考えている。あのタバコの煙は零子の仕掛けた罠で、既に零子はあの場所にはいないと。あのビルの屋上は、零子が隠れているところ以外、死角が殆どないと言って良い。加えて、死角から死角へ移動するためには、どうしてもこちらに姿を現さなければならず、見つからないように移動するのは困難だ。

 

 そこで彼女は考えたのだろう。この状況を打破するためにあえて自分の居場所を教えることで注意をこちら側に逸らし、逆側からこちらを狙うつもりなのだろう。

 

「なるほど、確かに良い考えだ」

 

 この考えに誠一は素直に納得した。まぁあの状況下ではそれ以外に打つ手はないのだから納得もクソもないが。

 

「しかしな、黒崎。俺にはお前の行動が手に取るようにわかるぞ。お前は逆をつくようなことはしない。大方、逆に移動したと見せかけて場所は変えていないはずだ」

 

 不適な笑みを見せると、誠一はその場から銃を動かさずにジッと息を潜めながら零子がいる場所を見据えた。

 

 ……さぁ出て来い黒崎。お前は絶対にその場所に留まっている。貴様の考えなど最初から俺に通用などしないのだ!

 

 気持ちが高揚しそうになるのを抑えながら、誠一は口角を吊り上げる。

 

 そこからはまるで時間が停止してしまったかのようだった。極度の緊張と集中によって感覚が最大まで研ぎ澄まされているのだろう。全てのものはスローモーションに。

 

 空を飛ぶ鳥の羽ばたきの一回一回を数えられるほどに集中し、空を滑る雲の流れはそれでこそ止まっているようだった。確かこういった感覚を時間感覚の延長と言うのだったか。

 

 ……やれる。今の俺なら確実に黒崎をしとめられる。そして奴を仕留めさえすれば俺の計画を邪魔するものはいなくなる!

 

 身体の中から熱くなるような感覚を味わっている時だった。ついに誠一が待ち望んだ瞬間がやってきた。

 

 死角から黒い影が飛び出したのだ。その瞬間、誠一は引き金を絞った。容赦のない狙撃。弾丸は真っ直ぐに零子の左胸を打ち抜き、鮮血の華を咲かせるだろう。

 

「殺ったッ!!」

 

 思わず歓喜の声を口にしてしまった。だが、それだけ今の彼には零子を仕留めたと言う自信と確信があったのだろう。

 

 だが次の瞬間、誠一の瞳は信じられないものを目にしたように見開かれた。

 

 その視線の先を追って行くと、向かいのビルで銃弾に貫かれているはずの零子の姿がなかった。

 

 変わりに見えたのは、銃弾に射止められた黒い『ガンケース』。

 

 そう。誠一が零子だと思って打ち抜いた黒い影はドラグノフを収納していたガンケースだったのだ。

 

「馬鹿なッ! この俺が間違えたというのか!? この土壇場で……!!」

 

 自分自身の失態が信じられないと言う様に誠一は、歯を食い縛った。だが、彼はすぐさま平静に戻ると、銃を別方向に構え直した。

 

「ならば、こちらか! やってくれる!!」

 

 言いながら照準機を睨むように覗き込む。が、そこにも零子の姿はない。

 

 ……この絶好の機会にいないだとっ!? ならばアイツは何処に――ッ!?

 

 瞬間、誠一の全身に悪寒が走った。強い殺気が明らかにこちらに向けられている。それも、さきほど零子が隠れていると思った場所からだ。

 

「狙われている」と思ったときには既に遅かった。

 

 そちらを向こうとした時、強い衝撃が銃と身体に加わり、甲高い音を立てて銃が手の元から吹き飛んだ。続いて襲ってきたのは、銃が弾かれたことによる痛みと、右肩を打ち抜かれた激痛だった。

 

「が……っ! ああああぁぁぁぁぁぁッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

「……大当たり(Jack Pot)

 

 呟きながら構えていたドラグノフを降ろす。

 

 零子の義眼の先では、誠一が打ち抜かれた右肩を押さえてうずくまっている。押さえる手と服には血が滲みはじめている。あの傷では正確な狙撃をすることは不可能と言っていいだろう。

 

「殆ど賭けだったが、どうやら狙撃の時に集中しすぎる癖も直っていなかったようだな。東堂」

 

 新しいタバコに火をつけながら言う彼女は、屋上に転がっているガンケースを見やる。ガンケースには銃弾が貫通した後がくっきりと残っていた。アレが自分だと思うとゾッとするが、まぁ事なきを得たので今はいいだろう。

 

 そして零子は今一度自分の考えた作戦が危ない綱渡りだったことを思い返す。

 

 タバコを吸ったことで誠一の昔の癖を思い出した。本人は気が付いているか知らないが、彼は狙撃に関しては一級品だが、その実集中しすぎる傾向にある。

 

 つまり彼は極度に集中しすぎると、その一点のみしか見えなくなってしまう。零子はそこを利用したのだ。

 

 まず零子はタバコの煙を上げることで、誠一の注意を引いてそれが彼をかく乱するための作戦だと思わせた。無論誠一とて馬鹿ではない。この程度はすぐに看破して、零子が動いていないことは、簡単に解き明かしたことだろう。

 

 この時点で誠一の集中力はかなりのところまで高まったはずだ。誠一とて狙撃手だ。獲物を一発でしとめるというポリシーぐらいはあるだろう。

 

 この状態で零子はある程度の時間を置いた。集中力が高めている誠一は、徐々に感覚を研ぎ澄ませて行く。その時間は約五分弱。じっくりと時間をかけて、集中力を高めさせた。

 

 そして時間が経過した瞬間、彼女はガンケースを囮として放った。見事にガンケースは打ち抜かれ、誠一は方向を変えた。

 

 あとはその隙に銃を構えて狙撃をしただけだ。

 

 思い出してみれば単純な作戦だったが、単純であるからこそ誠一は罠に嵌ったのだ。

 

「もう少し準備が出来ていればマシな作戦も立てられたが……。まぁ急ごしらえにしては上々か」

 

 小さく笑った零子は、誠一から視線を外さずにスマホを取り出して、親身にしている警部、金本明隆に連絡を取った。

 

 何回かのコールの後、多少焦ったような声が聞こえた。

 

『はい、金本ですが?』

 

「どうも、金本警部。お忙しかったかしら?」

 

『あぁはい。ちょっと例の爆弾魔の事件で立て込んでまして、今日も既に二回ほど爆弾事件があったんですよ。今は事件現場なんですが、どうかされましたか?』

 

「ええ、その爆弾魔なんだけれどね。今は私の目と鼻の先のビルの屋上で、右肩を押さえてうずくまってるのよ」

 

『は? えっと、黒崎さん、いきなり何をおっしゃってるんで?』

 

 疑問符を浮かべる明隆。まぁ無理もないだろう。

 

「実は今日、私は爆弾魔と勝負してたんですよ。それで勝負に勝って、たった今爆弾魔の右肩を銃で撃ちぬいたってわけです。なので今から言うビルの屋上に来て――」

 

 そこまで言ったところで零子が口を止めた。

 

『黒崎さん?』

 

「――すみません、金本警部。また後で連絡しなおします」

 

 それだけ言うと通話を切って、彼女は誠一を見た。

 

 視線を追って行くと、今までうずくまって苦しげにしていた誠一が怨嗟の表情を浮かべながら、リモコンのようなものをこちらに向けていた。そして零子の義眼は、彼の口にした言葉を明確に読み取った。

 

 彼の口はこう動いていた。

 

『死ね』。

 

 と。

 

 弾かれるように零子は誠一から視線を外す。瞬間、屋上の一角で赤々とした爆炎と轟音がほとばしった。やはりあのリモコンは爆弾を起動するためのもので間違いないようだ。

 

「最後の悪あがきと言うことか……! 往生際の悪い奴だ!」

 

 毒づきつつも零子は屋上の入り口に向かって走った。

 

 

 

 

 

 

 零子がいるビルの屋上の爆弾を爆破させながら誠一は哄笑した。

 

「は、ハハハ、ハハハハハハハハハハッ!! 死ね、死んでしまえ黒崎ィ!! 俺を裏切ったものは皆死ねばいいんだ!! そうだ、裏切り者も、このエリアも、そしてこの世界も! 全部全部消えてなくなってしまえいいんだ!!」

 

 叫びながらリモコンのボタンを押し続ける。

 

 呼応するように向かいのビルの屋上では爆炎が上がり、すさまじい轟音が響き渡る。

 

「ヒハハ、ヒャハハハハハハ!」

 

 もはや彼の声は人としてのそれではなく、悪鬼のそれだった。狂ったように笑う彼は身体をくの字に折り曲げる。

 

 その瞳は何処までも虚ろで、濁りきっていた。

 

 

 

 

 

 

 爆弾が爆発する屋上で、片膝をついた零子は舌打ちした。

 

「ったく、ご丁寧に出口を爆破してくれちゃって……。完全に退路を断たれたな」

 

 彼女の先には爆弾で潰された屋上へ通じる扉の残骸があった。ここが潰されているということは、ここ以外の出口も全て潰されていることだろう。

 

 けれど、あちこちで爆弾が炸裂する様子を見ながら零子は一つだけ気がついたことがあった。それは誠一がこのビルごと爆破するつもりがないということだ。

 

 先ほどからしきりに爆弾が爆発しているが、それらは全て屋上を潰すだけのもののようで、ビル自体を倒壊させる力は持ち合わせていないらしい。

 

「とはいっても、人間が喰らえば一発で死ぬだろうし。どうせ最後にでかいのがまってそうだな」

 

 零子は毒づきながらも立ち上がると、走りながらこの場を離脱できるものがないかと探索を始めた。だが、悠長に構えてもいられない。

 

 しばらく脱出に使えそうな物を探していると、十数メートル先に、火事などのときに使用される消火ホースが収納されている赤い格納箱が見えた。

 

「……四の五のいってはいられないか」

 

 大きなため息をつきながらも、零子は爆発の合間を縫って格納箱にたどり着き、乱暴に箱を開けた。

 

 中には丸められた白いホースが二つと、ノズルがあった。あとは何かあった気もしたが、細かいことを気にしている場合ではない。

 

 ホースを二本とも引っ張り出すと、ホースとホースを解けないようにきつくつなぎ合わせ、今度は露出していた鉄筋に巻きつけ、最終的に自身の身体を固定するように巻いた。

 

「よし、準備完了。それにしてもこの状況って、子供の頃に見たアメリカの映画にそっくり」

 

 昔視聴したのことのある、最も運の悪い刑事の映画を思い出しつつ、零子は大きく深呼吸した。爆発はすぐそこまで迫っている。しかし、零子はまだ飛び降りることが出来なかった。

 

 身体を固定しているとは言え、これだけ高いビルから飛び降りるというのは勇気がいる。そして爆発がすぐそこまで迫った瞬間、彼女は飛んだ。

 

「……儘よ!!」

 

 まさに運を天に任せる思いで飛び降りた瞬間、一際大きな爆発が背後で巻き起こり、熱風が襲ってきた。

 

 そして飛び降りてから数秒後、ホースが限界まで伸びたのか、強い衝撃が身体に伝わってきた。

 

「いっ――!! これ確実にムチ打ちになってる……」

 

 言いながらも零子はすぐさま次の行動にでた。先ほど上を確認したところ、ホースには火が移っており、そう長くないうちに焼き切れてしまいそうになっていた。

 

 目の前にある窓ガラスに足をつけてそのまま足を蹴り出すと、ブランコの要領で零子の身体が振られる。そして彼女は懐から出した愛銃で窓ガラスに向けて発砲。それによりガラスには大きなひびが入り、零子は勢いをそのままに窓ガラスにつっこんだ。

 

 銃撃と体当たりによって窓ガラスは破られ、けたたましい音を立てる。そして彼女の身体がビルのフロアに入った瞬間、ホースは焼ききれた。

 

 ビルの中に入って難を逃れた零子はすぐさまホースを解くと、咳払いをしながら周囲を見やる。

 

 この階はオフィスのようだが、今日は休みなのか、それとも爆発で皆避難したのか知らないが、オフィスに人の姿は見受けられなかった。

 

「あー、もう二度とホースバンジーなんてやらない……。っと、金本警部に連絡しなくては」

 

 バンジーに対して愚痴をもらしつつも、零子はゆっくりと立ち上がると、誠一を捕まえるために明隆に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

「ク、ククク、ハハハハハハッ。やった……やってやったぞ……」

 

 屋上が爆発炎上するのを見た誠一は、くつくつとした笑いを零した。あの炎上の仕方からして、零子は生きてはいないだろう。念を入れて双眼鏡で覗いてもみたが、どうやら跡形もなく消し飛んだようだ。

 

「これで邪魔者はすべて排除できた……。残るはヤツらだけだ」

 

 打たれた傷口を押さえながら自身の周りに散乱した荷物の類を纏める。しかし、打たれた傷口は非常に深かったようで、ズキリとした激痛が走る。

 

「ッ! ……まずは肩の治療が先か。それにアレだけ大規模に爆発させてしまったからな。警察やら消防も既に嗅ぎ付けただろう」

 

 彼の言うとおり、遠くからは消防車やら警察車両やら、救急車やらのサイレンが聞こえてきた。

 

 早急のこの場を離れなければ完全に怪しまれてしまうだろう。なにせ肩に銃創があるのだ。そんな怪しい人物を警察が捨て置くわけがない。

 

 誠一は自身のアジトに戻るために荷物を纏め終えると、荷物の中から包帯を取り出して、右肩から止め処なく溢れる血を止めるためにきつく縛り上げた。

 

「よし。応急手当はこんなものだろう。速く戻らねば――」

 

 だが、止血を済ませて立ち上がった瞬間、誠一は背後から冷たい声をかけられた。

 

「――ホールドアップ」

 

 声は女の声だった。声には凄みがあり、明らかに脅されているという実感もあった。

 

 だが誠一にはその声に聴き覚えがある。なぜならば、その声はつい先ほどまで闘っていた女、黒崎零子のものであったからだ。

 

 誠一は言われたとおり手を上げて、首を少しだけ動かし、背後を確認した。

 

 そこにはまさしく黒崎零子その人がいた。顔には所々腫れた様な火傷のあとがあるが、まさしく彼女だ。

 

「どうした。幽鬼に出会ったような顔をしているぞ? 東堂」

 

「黒崎、貴様なぜ――」

 

「――なぜ生きている? か? まぁ簡単なことさ、ちょっとばかり映画のようなことをして切り抜けてみたんだよ。二度とやりたくはないがな」

 

「あの爆発でも死なんとは。まったく、往生際の悪い奴だ」

 

「それは貴様もだろう。肩を打ち抜かれてそのまま警察に捕まっていれば良いと言うのに。最後まで悪あがきを見せてくれる」

 

 肩を竦めた彼女は呆れたような笑みを浮かべている。その手には大振りの拳銃、デザートイーグルが陽光を反射してを光を放っていた。

 

 そして彼女の片方の瞳の中では何かが高速で回転しているのが見える。

 

「その瞳はなんだ。黒崎」

 

「さてね。これから警察に捕まるような奴に教えてやる義理はないよ。そら、聞こえてきただろう。パトカーが続々と集まってくる音が」

 

 確かに彼女の言うとおり、遠くにあったサイレンの音は着実に近くなっている。それも一台や二台ではなさそうだ。

 

「ふん……どうやら、俺も詰めの様だな。全力をもってしても貴様を倒せないとは……まったく、自分自身がなさけない」

 

 自嘲気味に語っているが彼の瞳には諦めの色はなく、口元は残虐に歪んでいた。

 

「降伏するよ。黒崎。だからその銃を降ろしてくれないか? もう俺に抵抗する気力なんて残っていない」

 

 諦め混じりの声音をもらすと、背後で零子が銃を降ろす音が聞こえた。

 

 瞬間、彼は上げていた左手をクイッと上げた。呼応するように彼の掌に小型の拳銃、デリンジャーが現れた。

 

「馬鹿がッ! 見誤ったな、黒崎ィ!!」

 

 瞳をギラリと光らせながら振り向いた誠一は、小さな銃口を零子に向けた。

 

 けれどその瞬間、渇いた銃撃音が聞こえ、それと同時に左肩に痛みが走った。この痛みは先ほど右肩を銃撃されたのと同じ痛みだ。

 

 それに続き、二回、三回と銃撃は続き、それぞれ右膝と左膝に的確に命中した。

 

「あ、あぎっぁぁぁぁ!!」

 

 苦しげな悲鳴を上げるものの、足を打たれた影響なのか、彼はその場に仰向けになるように倒れこんだ。

 

 そして聞こえてくるのは、冷徹な声。

 

「馬鹿は貴様だよ。東堂。おとなしくしていれば痛い目を見なくて済んだものを。貴様の考えを私が見抜けないとでも思ったか?」

 

 彼女は言いながらこちらに近寄ってくる。

 

 コツコツとヒールを鳴らしながら身体の上にやって来た零子は、そのまま馬乗りになるようにしゃがみ込むと、デザートイーグルの銃口を額に押し当ててきた。

 

「殺すのなら、殺せ!!」

 

 誠一は苦し紛れに悪態をつくが、零子は相変わらず冷徹な声音で言い放った。

 

「いいや、私は貴様を殺さない。いいか、東堂。貴様のやったことは復讐と呼ぶには余りにもお粗末なモノだ。いや、もはや貴様のこれは復讐と呼ぶにも値しないだろう。貴様の行ったことはただの殺戮だよ。そこに確固たる信念などはなく、貴様はただ殺しを楽しんだだけだ」

 

「なにをっ!?」

 

「だから私はここで貴様を殺さない。何処にでもいるような羽虫同然の貴様を殺したところで、私のプライドに傷がつくだけだからな」

 

「お、俺が、羽虫同然……だと!?」

 

「ああ。貴様はただの羽虫だよ。何の価値も意味もない、ただ息をして心臓を動かしているだけの、肉塊だ。そんな肉塊、殺したところで私に何の得がある。せいぜいゴミ処理程度の感謝だろうさ」

 

 言い終えた彼女の顔には、誠一が今まで見たことのない、残虐で、非道で、冷酷な嘲笑があった。

 

 その様子に誠一は自身の歯がガチガチと鳴らされているのを感じた。彼は恐怖を抱いていたのだ。目の前にいる女性に。そして気が付いた。目の前にいるのは、自分では絶対に手が届かない、絶対強者。

 

 けれど彼女はそんな様子に目もくれず、淡々と告げてきた。

 

「貴様は今から警察に捕らえられる。そして起訴されることだろう。裁判ではきっと最上級の判決が言い渡されるはずだ。せいぜい残りの人生を悔やみながら、哀れに、無様に生きていくといい。それではな、爆弾魔くん」

 

 もはや誠一の名前すら呼ばなくなった零子はその場から立ち上がると、踵を返して屋上から消えていった。

 

 しかし、誠一にとってはもう全てがどうでもよくなっていた。勝てると確証を持っていたかつての同僚に負け、自分の生き方を否定され、最終的にはゴミを見るかのように冷酷な視線を浴びせられ……。

 

 もは彼になにをしようと言う考えは微塵も残ってはいなかった。あるのはただ、強者に対する恐怖と、言いようのない虚無感だけであった。

 

 

 

 

 

 

 誠一を突き放した零子は到着した明隆に全ての事情を話した後、救急車にて応急手当を受けていた。

 

 ある程度の処置が終わったところで、明隆が軽く頭を下げながら聞いてきた。

 

「傷は大丈夫ですか? 黒崎さん」

 

「これぐらいどうってことありませんよ。傷と言っても火傷程度ですし、あとは多少擦りむいているだけですから」

 

「ならいいですが……。あぁっとそうだ、一応知らせておきます。東堂誠一ですが、治療のために一度警察病院で処置をすることになりました。それで……処置が終わった後は、聴取をとってそのまま起訴って感じになると思います。それで、多分裁判の結果は……」

 

 若干言いづらそうにしているのは、誠一と零子が旧知の仲だということを知らせたからだろう。

 

「気にしなくていいですよ。金本警部。大体予想はついています。死刑か終身刑、それのどちらかでしょう」

 

「……はい。今回は、爆弾魔確保に尽力していただきありがとうございました」

 

「いえ。私が警察に連絡しなかったせいで結構被害も出たので、お礼を言われる立場ではありませんよ」

 

「ですが、貴女が奴を倒してくれたおかげで、被害が拡大することが防げました。少なくとも、俺は感謝しています。では、これで。後日事情聴取を行うので、その際はよろしくお願いします」

 

 明隆はそれだけ言って去って行った。そんな彼の背後には、虚ろな瞳で天を仰いでいる誠一が救急車に乗せられ、そのまま警察病院に搬送されて行った。

 

 その後、零子も精密検査のために病院へ連れて行かれそうになったが、軽く断って彼女は事務所へと帰還した。

 

 

 

 戦いを終えて、事務所の上にある自宅に戻った零子は、スカートを乱雑に脱ぎ捨て、ブラウスとショーツ一枚だけの姿でベッドに倒れこんだ。

 

「あー……疲れた……」

 

 大きなため息をつきながら呟いた彼女はそのまま、天井を仰いでただ一言。

 

「さらばだ、東堂」

 

 それだけ言い残し、彼女は瞼を閉じて意識を闇の中へと埋没させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌年、四月上旬……。

 

 いつもどおり賑やかな黒崎民間警備会社の社長の椅子に座っていた零子の元に連絡が入った。画面を見ると、どうやら明隆からのようだ。

 

「もしもし?」

 

『どうも、黒崎さん。金本です』

 

「あら、金本警部。なにかありましたか?」

 

 いつもの調子で問うと、明隆は電話の向こう側で軽く咳払いをした後、告げてきた。

 

『実は今日、公にはされていませんが、パサード……いえ、東堂誠一の死刑が執行されたらしいです。異例の速さですが、アレだけの事件を起していたというのもあり、なにより、被害者と遺族がそれを強く望みましたので』

 

「……そうですか。はい、分かりました。ありがとうございました、金本警部」

 

『いえ、では俺はこれで。また何かあったら連絡します』

 

 そう言って彼は通話を切った。零子もスマホをデスクの上に置くと、背もたれに深く寄りかかって大きく息をついた。

 

「どうかしましたか、零子さん?」

 

 そう聞いてきたのは、黒崎民間警備会社最大戦力である青年、断風凛であった。彼の後ろでは、彼の相棒であるイニシエーター、天寺摩那と、もう一組の民警である、春咲杏夏と、秋空美冬が心配そうにこちらを見ていた。

 

 彼等の様子に対し、零子は小さく吹き出すと被りを振った。

 

「いいや、なんでもないよ。ちょっと金本警部から耳寄りな情報を聞いただけ。さぁ仕事に戻ろう。そうだ、今日は皆で焼肉でも食べに行くとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

VS爆弾魔-悲しみの漂浪者-~完~




はい、今回で爆弾魔編終了です。
タミホラを使うと思った? 残念使いませんでした!!
……はい、すみません、調子こきました。

とりあえずこんな感じで終了となります。
結構あっけなくおわりましたねw
まぁこんなもんです戦いなんて。結局はあっけないんです。某金ぴかも某ルートではあっけなく消えましたしw

そして次回はいよいよ七巻の内容に入ります。ただ、八巻が出ていない状況なので、結構探り探りだと思われます。また、最初の方は新キャラの登場もあるので、あまり七巻に食い込まないかもしれないです。実際入り始めるのは、三話か四話進めた位だと思います。

では、次回もがんばって行きたいと思います。

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