ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第二話

 炎天下の中、自転車で駆け抜けること十数分、パサードが指定したタイムリミットギリギリで、目的地であるモノリス付近にやって来た。

 

 漆黒の巨壁は、夏の抜けるような青空を突き刺すようにそびえ立っている。ある程度光沢のある壁に、強い日差しがあたることによってキラキラと輝いても見えた。

 

 普段ならもう少し眺めていたいところだが、今の零子にそんな暇はなく、彼女はポケットから携帯を取り出して送り主の元へ電話をかけた。

 

 コール音が一回した後、変声機で加工された声が聞こえた。

 

『到着したようだな』

 

「まぁね。貴方がそれを分かってるってことは、やっぱりGPSで追跡してるわけだ」

 

『察しが良いな。だから貴様が嘘をついたとしても分かるわけだよ、黒崎。さて、おしゃべりはこのあたりにして、次の問題へ移るとしよう』

 

 パサードは至って冷静な声音で続ける。

 

『黒崎。貴様は今、自分がいる場所がどんなところかわかっているかな?』

 

「どんな場所って……モノリスに近い外周区じゃない」

 

『確かに。けれど貴様は覚えているはずだ、その場所のことを。今回の問題はそれだ、その場所が貴様にとってどんな場所だったか、見事に正解すれば何事もなく終わる。しかし、分からなければ、都内で爆弾が爆発する。制限時間は、三十秒やろう。では、スタートだ』

 

 彼はそういうと黙りこくった。恐らく電話の向こう側では、時計などで時間を計っているのだろう。

 

 けれど問題を出された零子は、なんとも面倒な問題だと思っていた。その理由は単純明快。この場所が自分にとってどんな場所だったか、はっきりと覚えていないからだ。

 

 ……なんだっけこの場所。覚えているようだけど覚えてない……。

 

 まるで脳内に靄がかかってしまったようにはっきりと思いだすことが出来ない。しかし、確実にこの場所には一度来たことがある。それはパサードの言葉からしても分かることだったが、彼女自身の記憶にもこの場所に一度来たことがあるという感覚があったことから来るものだった。

 

 ……恐らくヤツの言動からして、訪れたことがあるのはハイレシスに入った後。

 

 脳内で何度も何度も過去の記憶を反復させる。出来れば過去のことは思い出したくはない。その理由は死んだ仲間達の顔を思い出したくないからだ。軍部から追い出されたことなど大したことではないが、散っていった仲間達のことを思い出すのは今でも辛い。

 

『あと十五秒』

 

 変声機によって変換されたノイズ交じりの声が告げてくる。

 

 まったく、別に言ってくれなくとも良いと言うのだ。余計焦ってしまう。いや、寧ろこちらを焦らせて正解させないのが、狙いなのかもしれないが。

 

 けれど文句を垂れている場合ではない、時間を半分使っても思い出せていないのだから。

 

 このままでは埒が明かないと、視線を周囲に走らせると同時に、パサードがカウントダウンを始めた。せっかちなヤツである。

 

 視線を走らせる零子は早く脈打つ心臓を押さえ、過去の記憶と照らし合わせていく。脳内では、過去の映像と画像がフラッシュバックを続ける。

 

 そして、ついにその瞬間がやって来た。

 

 それはパサードが残り一秒を宣告したときであった。

 

「この場所は、ハイレシスが初任務のために召集された場所であり、私達はこの場所からガストレアの討伐に向かった……これでいいかしら?」

 

 言い終えると、パサードはしばらく沈黙していたが、やがて小さな笑い声が帰ってきた。

 

『正解だ。ギリギリで思い出したようだな』

 

「そうね。貴方がどこでそんな情報を仕入れてきたのかしらないけど、随分と物知りだこと。昔会ってるかしら?」

 

『どうかな……と、言いたいところだが、まぁいいだろう。二連続で正解した褒美として教えてやろう。確かに貴様の言うとおり、私と貴様は過去に一度接触したことがある』

 

「それは敵として遭遇したのかしら? それとも、以前は味方だったのかしら?」

 

『結論を急ぐな。では次だが……今回は私の指示通りに動いてもらおう。なに、無茶なことはさせんさ。ただし、到着した時にはちょっとしたゲームをしてもらうがね』

 

 変声機越しだが、彼の声音は僅かに上がっているように聞こえた。

 

 しかし、そんなことを確認する暇もなく、零子は自転車に跨ってパサードの指示通りに東京エリアを駆け抜けた。

 

 

 

 指示通りに走ること二十数分。零子の前にはガラス張りの高層ビルが建っていた。確かこのビルは複数の企業がオフィスを持ち、地下には商業施設が入っている複合ビルだ。

 

 なので地下の施設へ買い物に行くためなのか、家族連れや、アベックがチラホラと見える。無論、オフィスフロアには多くのサラリーマンやOLもいるのだろうが。

 

『到着したな。そのまま屋上へ向かえ。屋上へ続く扉は解錠してある』

 

「準備が良いこと」

 

 小さくため息をつきつつ、彼女はビルの中に入っていく。

 

 空調が効いたひんやりとした空気が肌を撫で、蒸し暑さから開放されるが、ゆっくりしている暇はない。

 

 真っ直ぐにエレベーターへ向かい、やって来たエレベーターに乗り込む。幸いと言うべきか誰も乗り込んで来なかった。パネルを操作して最上階を設定すると、ゆっくりと動き始める。

 

 携帯を耳に当てているものの、パサードは特に何も言うでもなく、ひたすらに沈黙を貫いている。

 

 多少のやり取りからおしゃべりかとも思ったが、存外そうでもないということか。別に話しがしたいわけでもないからどっちでもいいけれど。

 

 などと思いながらインジケーターを見ると既に三十階辺りを過ぎていた。このビルの階数は六十階だから、既に半分過ぎてしまったようだ。高速エレベーターと言うことか。

 

 どうでもいいことに溜息をつきつつ、零子は瞳を閉じる。

 

 すると、瞼の裏に嫌な映像が映った。

 

 それは血まみれの仲間達が自分に助けを求め、ガストレアに変貌する映像だった。

 

 最近はめっきり見ることも少なくなったというのに、再びこんなものを見たのはやはりパサードからの問題のせいだろう。

 

 ヤツはどうして自分の過去をあそこまで知っているのか。やはり軍部出身で間違いないのだろうが、よりにもよってハイレシスの初任務の集合場所まで知っているとは。

 

 ……相当私に恨みを持っているってことなんでしょうけど、そこまで恨みを買った覚えがないのよね。皆の親族には会ったこともないし。

 

 口元に手を当てて考え込んでいると、最上階に到着したようで、エレベーターの動きが止まり扉がスライドした。扉の向こうにはコンクリートがむき出しで、なにかの基盤のようなものがある薄暗い通路が続いていた。

 

 奥に目を向けると屋上へ通じるであろう階段と鉄製の扉が見えた。

 

『そのまま進め』

 

 言われたのでそのまま前に進み、階段を上がって屋上へ通じる鉄扉を開ける。再び真夏のネットリとした熱い空気が襲ってきて、おもわずうへぇと言う顔をしてしまうが仕方ない。

 

『正面に箱が見えるだろう。その箱を開けろ』

 

 確かに彼の言うとおり、白い箱が見えた。足をすすめて屋上のちょうど中心にある箱に手をかけてそれを開けると、中には三本の色違いのコードがあった。脇には小さなニッパーがある。

 

「これは? まさか爆弾ってわけ?」

 

『まぁ爆弾であることに変わりはないが、それは貴様を直接的に殺すためのものではない。その装置は所謂黒髭危機一髪のようなものだ。三本の配線のうち、二本はエリアのどこかに仕掛けた爆弾を起爆させるもの。そして一本は二つの爆弾を解除できる配線だ』

 

「……随分とまぁ嫌なゲームもあったこと」

 

『そんな軽い口を言っている場合ではないと思うぞ。なにせ、爆弾の一つはこの時期非常に人が多い、テーマパークに仕掛けてある。アトラクション稼働中に爆発でもすれば、死人は免れんだろうな。そしてもう一つは、臨海公園のゴミ箱に仕掛けてある。こちらも死人が出る可能性は高いな』

 

「今まで十何人殺しておいてまだ殺したりないってわけ?」

 

 苛立ち混じりの声で言うと、パサードは短く笑って返してきた。

 

『別に彼等に怨みがあるわけではないさ。ただ、私は貴様苦しむ姿を見たいだけだ。守ると決めた人々を守れない、貴様の悔恨と苦悩の表情が見たいのさ』

 

「そんなに見たいなら私の目の前に現れて、そこで私を苦しめれば良いじゃない」

 

『確かにそうともいえる。だが、それではこうして隠れている意味がない。さぁ、選択しろ黒崎零子。運も味方につけて見せろ』

 

 彼はそれだけ言い残すと、通話を切った。どうやら今回は時間制限はないらしい。チッ、と舌打ちをした後、その場にしゃがみ込んでニッパーを手にする。

 

「どうしたものか」

 

 眉間に皺を寄せて目の前にある三本の配線を睨みつける。それぞれの配線の色は右から、青、黄、赤の順に並んでいる。普通に考えればこの並びと配色からして、真っ先に思い浮かぶのは、信号機である。

 

 だとするのならば青が正解なのかもしれないが、そこまで安易に考えてよいものではない。なにせ失敗すれば、多数の死人と怪我人が出る可能性があるからだ。今、自分の手には幾人もの人の命がかかっているのだ。

 

 自然と呼吸が早くなっており、心臓はこれでもかと言うほど早く脈動している。ここまで早く心臓が脈打ったのは、あの時以来だろうか。

 

 零子は一度、天を仰ぐと瞳を閉じて大きく深呼吸する。ゆっくりと息を吐ききり、今一度配線に視線を落とす。

 

「ここは直感で行くしかないのかしらね……」

 

 そう言う彼女の瞳には、冷酷無比な光りが灯る。彼女は懐からライターとタバコを取り出し、火をつける。

 

 一度大きく吸い込んだ後、紫煙を吐き出して口にタバコを咥えたままニッパーの刃を赤色の配線に添える。最初は青かとも思っていたのだが、ここは己の直感を信じることにした。

 

 余計な計算や勘繰りを一切排除した結果、一番最初に目に入った色である赤を選んだ。

 

 これがもしテーマパークに仕掛けられた爆弾の起爆配線だったならば、自分はパサードと同じ殺戮者となってしまうだろう。けれど、それを恐れていては前に進めない。パサードの正体も掴めない。

 

 だから割り切るのだ。自分の失敗で大勢の人が死に、苦痛を味わったとしても、それは運が悪かったとして割り切る。

 

 決して自分の非力さから目を背けようとしているわけではない。このことが原因で多くの人に呪われようと、世間から非難をあびても構わない。それだけの気持ちが持てずして何が覚悟か。

 

 恨むなら好きに恨め、呪うならいくらでも呪え。私はそれら全てを飲み込んでやろう。

 

 全ての恨みを受け止める覚悟を持ち、彼女は赤の配線を切った。

 

 瞬間、世界が止まったような錯覚に陥った。音が消え、夏の暑さも感じず、心臓の鼓動も感じない。

 

 そして再び大きく息を吐いたとき、再び時は動き始めた。

 

 同時に零子は、弾かれるように屋上の端まで行き眼帯を外して周囲を俯瞰する。

 

 二十一式試作義眼に刻まれている幾何学的な模様が回転を開始し、演算を始める。望遠レンズの役割も果たすこの義眼であれば、臨海公園とテーマパークまでは見渡せるはずだ。

 

 最初に確認したのはテーマパーク。視線の先には様々なアトラクションがある大型のテーマパークが見えたが、何処にも爆炎らしきものは上がっていない。

 

 次に臨海公園だ。ぐるん! と音がしそうなほどの勢いでそちらを確認すると、こちらもテーマパーク同様特に変わった様子はない。

 

 この時点で配線を切ってから二十秒ほどが経過している。遠隔操作で爆発するにしても、どちらも爆発していておかしくないはずだ。けれど、爆発していないということは……。

 

「解除、成功……?」

 

 疑問を浮かべながら呟くと、先ほどまで一滴も出ていなかった汗が一気に噴出し、膝から力が抜け、その場に片膝をついてしまった。同時に呼吸も荒くなる。

 

 相当緊張していたようで、身体の反応が遅れてやってきたのだろう。背中を伝う汗は酷く冷たく感じたし、ドッと疲れが襲ってくるような感覚だ。

 

 しかし、そんな零子に容赦なく電話がかかってくる。通話ボタンを押してそれに出ると、開口一番祝福の言葉を告げられた。

 

『おめでとう、黒崎零子。いやはや、まさか本当に運まで味方につけてしまうとは恐れ入った』

 

「お褒めの言葉どうも。あんなことは二度とごめんだけどね」

 

『クク、確かにそうだろうな。しかし、このままでは私の爆弾魔としての立場がない……なので、適当に爆弾を爆破することにした』

 

「なッ!?」

 

 パサードの思いもよらぬ言葉に零子は息を詰まらせるが、次の瞬間、眼下で爆音とともに爆炎と黒い煙が吹き上がった。

 

 下を見ると、このビルのはす向かいにあるビルの真ん中辺りのフロアから、オレンジ色の炎と黒い煙がもうもうと上がっている。

 

「ちょっと、話が違うんじゃないかしら?」

 

『話? 何のことやら。私は貴様と一度たりとも爆破はしないという約束をした覚えはないが?』

 

「ハッ! 言ってくれるじゃない。まさに冷酷非道の爆弾魔ってわけね。少しでも話が通じると思った私が馬鹿だったわ」

 

『そう思ってくれて構わない。では次の場所へ行け。行き先は箱の蓋に貼り付けた封筒の中に入っている。今回はいささか場所が遠いのでな、制限時間を設けないでおいてやる。そら、行け』

 

 パサードは言うと通話を切る。零子はギリッと歯をかみ締めると、拳をきつく握り締め、怒りを露にしながら蓋に貼り付けてある茶封筒を引っぺがし、口を逆さにして中身を取り出す。

 

 最初に出てきたのは一枚の紙だったが、その次に別のものが出てきた。それはコインロッカーの鍵だった。そして紙を見ると、そこには『渋谷駅へ向かえ』と書かれている。

 

「コインロッカーの鍵に渋谷駅ってことは、今度はコインロッカーに何か入ってるってことか」

 

 息をつきながら彼女は紙と鍵を懐にしまいこみ、屋上を後にした。

 

 

 

 ビルの屋上から外に出ると、先ほどの爆発のせいで人だかりが出来ていた。皆、もうもうと黒い煙をあげるビルを見上げており、遠くからは消防車や救急車、警察車両のサイレンが聞こえる。

 

 爆破されたビルの下には人影はなさそうだったが、近くでは騒いでいる男性の声が聞こえた。男性は彼の同僚と思しき二人組みにつかまれて動けずにいる。

 

 しかし、今は彼に注目している時ではない。零子は歩みをすすめようとしたが、そこで男性の悲痛な叫びが聞こえてきた。

 

「放してくれ! あそこには俺の彼女が!」

 

「落ち着けって! 今お前が言ったらお前まで死んじまうぞ!!」

 

「構うもんか!! アイツを見殺しにするぐらいなら……ッ!!」

 

 同僚の言葉に耳を貸さずに彼はわめき散らす。確かに彼が言ったところでどうにかなるわけではない。最悪死体が一個増えるだけだ。

 

 残念だが彼女のことはあきらめるしかない。零子はそう割り切って足をすすめようとしたが、彼女の足は目的地とはまったく別の方向へ向いていた。

 

 そして次の瞬間には、彼女は炎を上げるビルへ向かって駆け出していた。誰かに制止されたような気もしたが、今の彼女にその声はまったくと言って良いほど届いていなかった。

 

 

 

 

 

 零子がビルに入ったのをパソコンのモニタで確認した髭面の男性、パサードはくっくっ、とくぐもった笑いを漏らした。

 

「どうやら逃げ遅れた者がいたらしいな。大方助けを求める声でも聞いて飛び出したか……まったく、その辺りは変わっていないようだな。黒崎」

 

 ひとりごちる彼の声音はどこか懐かしんでいるような雰囲気を孕んでいた。

 

 パサードは笑みを浮かべたままノートパソコンを閉じると、それをバッグの中にしまいこむ。代わりと言うようにタブレットを取り出して電源を入れると、先ほどパソコンに表示されていたのと同じものが画面に広がった。

 

 彼はテーブルの上に代金を置いた後、席を立ち、ラウンジを後にする。

 

「さて、そろそろこのゲームも終わりにするか。短いようだったが、いい加減私も舞台に上がらねば」

 

 低いテノール調の声で言いながら彼が帽子をクイッと僅かに上げると、彼の顔には何かに切られたかのような深い傷が刻まれていた。




はい、お待たせいたしました。

最近ガンプラばっかり組み立ててたのでめっきり更新できていませんでした。
そして新学期も始まってしまったのでWパンチですねw
まぁ私の近況はどうでもいいとして。

今回も前回と似たような感じでつまらなかった可能性がありましたね……
いや、可能性と言うかつまらなかったと思います。その辺りは反省しなくては。
次回で終わりにしてもよいのですが、そうすると大急ぎな感じがするので、あと二話ぐらいはやりたいと思います。
爆弾魔と闘うにしても、まだ正体もわかってないですからねw
次回で零子さんが正体に気付いて、次で一騎打ちって感じですかねー。
どんな一騎打ちにするかは決めてありますが、まぁいつものとおり、トンでも展開かもしれません。

では感想などあればヨロシクお願いいたします。

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