ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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杏夏編 第三話

 IISOの一室。真っ白な個室の中では杏夏と美冬がそれぞれ荒い息を吐いていた。

 

 しばらく向かい合った状態でいた二人だが、美冬が口角を上げながら呟く。

 

「やり、ますわね。アナタ……」

 

「ふ、ふふん。イニシエーターって言っても、格闘技も出来ないお子ちゃまになんか……負けらんないからね」

 

 若干腫れた頬を押さえながら杏夏が答える。

 

 すると、傷が全て回復した美冬は杏夏の間近まで歩み寄ると、スッと手を出してきた。握手を求めているのだろうが、杏夏はそれに対して怪訝な顔をした。まぁ先ほど投げ飛ばされたので無理もない。

 

「今回は投げません」

 

「ホントに?」

 

「ええ」

 

 その頷きに杏夏は少しだけ緊張しながらも美冬と握手を交わす。手が触れた瞬間少しだけビクッとしてしまったが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。

 

「改めてよろしくお願いしますわ」

 

「うん。でも、組んだらさっきみたいなことはやらないでね?」

 

「それはアナタ次第ですわね。杏夏」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべた美冬に杏夏は苦笑いで答える。

 

「喧嘩は終わったかしら?」

 

 壁際でこちらの様子を伺っていた零子が凛とした声音で問うてきたので二人はそれに頷いた。

 

 彼女もそれを確認し、IISOの職員に告げた。

 

「それじゃあ本人達の同意も済んだ様なので彼女はウチの社員ということで、よろしいですか?」

 

「え……あ、はい! では手続きがありますので、春咲様と黒崎様はロビーまでお願いいたします。秋空美冬に関しては後ほどロビーに向かわせますので」

 

 杏夏と美冬の喧嘩を目の当たりにして呆けた表情をしていた職員だが、すぐに平静を取り繕って二人をロビーに行くように指示した。

 

 それに従った二人は、入ってきた扉を開けてロビーに向けて歩き出す。美冬もまた職員に連れられれ奥へと消えていった。しばしのお別れである。

 

 廊下を歩く二人であるが、杏夏の前を行く零子が呆れ混じりの声を漏らした。

 

「それにしても、杏夏ちゃんは随分と無茶するわねぇ。民警になる時言われなかった? イニシエーターとは戦うべからずって」

 

「それは言われましたけど……でもあの場は引き下がれないっていうか。自分の力を見せなきゃって思ったんです」

 

「ふむ……なかなかどうしてウチの事務所はこういうのしかいないのかしらねぇ……」

 

「え? 社長、今何か言いました?」

 

 杏夏が問うてみるが零子はそれに「さぁ?」と肩を竦めて答えただけだった。しかし、すぐに彼女は声音を低くした。

 

「けど気をつけなさい。美冬ちゃんがパワータイプのイニシエーターじゃなかったから今回はその程度で済んだけれど、もしパワータイプだったらその程度の傷じゃすまないわ。最悪死んでいたかもしれないしね」

 

 〝死〟という言葉を聴いて杏夏の顔が強張る。同時に彼女の中で先ほどの自分の行動が軽率であったと気付く。

 

 本来、イニシエーターとプロモーターは絶対に肉弾戦をしてはいけない決まりになっている。それは間違いなくプロモーター側が軽傷、ないしは重傷、最悪死亡するからだ。

 

 バラニウム弾で脳か心臓を打ち抜けば彼女たちといえど絶命するが、イニシエーターの反応速度は人間とは比較にならない。そのままインファイトに持ち込まれれば、プロモーターはあっさりと負ける。

 

「けどまぁ今回止めなかったのはあの子がパワータイプじゃなかったのと、貴女がサバットとテコンドーをやっていたからなんだけどね。美冬ちゃんはイニシエーターと言っても格闘技の心得はないから、隙は生まれやすかったでしょう?」

 

「はい、まぁ……。でも確かに社長の言うことは正しいですね。ちょっと頭に血が上ってました」

 

「そんなに落ち込むことはないわ。でも本当に足技は目を見張るものがあった。的確な位置に重い一撃を入れられていたし、対人戦なら結構行けそうね」

 

 零子は素直に杏夏のことを賞賛した。確かに彼女の蹴りの鋭さは、達人とまでは言わないものの、それに迫ることは出来るものであった。

 

 杏夏も彼女の言葉に軽く会釈で答えるが、ふと疑問を口にした。

 

「あの、社長。断風先輩のイニシエーターの子も美冬みたいに好戦的だったりするんですか?」

 

「いいえ。帰ったら紹介するけどあの子は好戦的じゃないわね。でも引っ込み思案でもないわ。言うなればちょっとテンションが高めの普通の女の子って感じね。戦闘面は……凛くんに直接聞きなさいな」

 

 言い終えると同時に零子が道をあけた。どうやらロビーに到着したようだ。

 

 ロビーを見回すと女性の職員が椅子の脇に立っていた。彼女の前には小さめの木製テーブルもある。そして職員がこちらに気が付き腰を曲げて挨拶をしてきたので、杏夏もそれに答え、二人は手続きに向かった。

 

 

 

 

 

 手続きは意外と早く済み、現在、杏夏はIISOがよこした救急箱で簡易的ではあるが治療をしている最中だ。職員が言うには美冬が来るまであと数分あるらしい。

 

「いてて……」

 

 消毒液を浸した脱脂綿を引っかかれた箇所に当てて消毒し、腫れた頬には小さく切った湿布を張った。

 

 応急手当を終えて救急箱に使ったものをしまいながら杏夏は渡された美冬のデータを見る。書かれている内容は身長や体重など当たり前のことだが、途中で「モデル」と書かれた項目に目を留めた。

 

「美冬のモデルはコウモリだったんですね。だったらパワータイプじゃないって言うのも納得です。でもパンチはかなり効きましたけど……」

 

 湿布をはった頬を摩りながら言うと、自販機で缶コーヒー二つとオレンジジュースを買ってきた零子が「そりゃあね」と答えた。

 

「実際私の前でイニシエーターと真正面から戦ってるのを見るのは貴女で二人目ね。一人目……まぁ凛くんなんだけど。どっちかって言うと彼は稽古をつけてるって感じだったわね」

 

「稽古ってことは格闘技とかですか?」

 

「多少はそれも入っているでしょうけど、むしろ立ち回りって感じかしらね。敵に対してどういう風に位置取りをするかとかそんな感じ」

 

「なるほど……」

 

 もらった缶コーヒーを受け取りながら杏夏は考え込む。それは美冬の戦闘中の立ち回りのことだ。

 

 先ほど戦ってわかったことは、美冬のパンチやキックは思い切りが良いものの、相手に的確なダメージを与えられていないのだ。単純に言ってしまえば弱点を突けていない。

 

 隙が生じたとしてもそれを見つけることが出来ず、ただ闇雲に打撃を与えているだけ。もし彼女がパワータイプなのだったらそれでもいいのだろうが、決してパワーが突出しているわけはない彼女は、もっと洞察力をつけたほうが良いと杏夏は考えたのだ。

 

 そんなことを考え込んでいると、先ほど杏夏達が出てきた廊下に通じる扉とは別の扉が重厚な音を立てて開いた。

 

 覗きこむようにそちらを見ると、普段着に着替えた美冬が職員に連れられてやってきた。彼女はすぐにこちらを見つけると軽く手を振りながら駆けて来る。

 

「お待たせしましたわ」

 

「ううん、こっちもそんなに待ってないよ。それと、はいこれ」

 

「これは?」

 

 突然渡されたオレンジジュースに美冬は目を白黒させた。くりくりとした瞳がキョトンとするのはなかなかかわいいものである。

 

「社長が買ってくれたんだよ。お礼言ってね」

 

「そうでしたの。ありがとうございますわ黒崎社長」

 

 ペコリと頭を下げた美冬であるが、零子はニヒルな笑みを浮かべて指をヒラヒラと振った。

 

「社員におごれる位の甲斐性がないと社長なんてやってられないからね。それじゃあ事務所に帰りましょうか。今日は凛くんがご馳走作って待ってくれてるから」

 

 零子に言われ二人は頷いて答え、そのままIISOを後にした。

 

 

 

 

 

「おぉ……すっごい」

 

 杏夏は思わずそんな声が漏れ出してしまった。隣の美冬からも「ごくり」という生唾を飲み込む音が聞こえたので、彼女も驚嘆しているのだろう。

 

 現在、二人の目の前には大皿に大量のハンバーグ、から揚げ、その他揚げ物と、更にはきちんと野菜を取るためなのか、大きめのサラダボウルが二つ置かれている。

 

「ちょっと作りすぎちゃったけど、あまったらそれぞれ持って帰って食べるって感じにしようか」

 

 若干はにかみながら言う凛だが、ふと彼のことを呼ぶ声が聞こえた。

 

「凛ー。飲み物ってどれ持っていけばいいのー?」

 

「あるものは全部持ってきて良いよ」

 

「はーい」

 

 聞いたことのない声に杏夏は首を傾げるが、給湯室の奥からトレイに二リットルのお茶やらジュースやらをのせた美冬と同じくらいの少女が出てきた。

 

 彼女の特徴を一言で現すのなら、燃え上がるような真紅の髪だ。髪にクセやハネは見当たらず、綺麗なストレート。顔立ちもとても可愛らしく、まるでアニメの中から飛び出してきたような少女だ。

 

 少女はそのまま持っていたトレイをガラステーブルの上に置くと、杏夏たちに向き直って先ほどの美冬と同じように頭を下げてから自己紹介を始めた。

 

「えっと、はじめまして。凛のイニシエーターの天寺摩那だよ。よろしくね、杏夏に美冬」

 

「うん。こちらこそよろしくね、摩那ちゃん」

 

「……よろしくお願いしますわ」

 

 笑顔で答える杏夏であるが、美冬は少しだけ緊張気味なのか表情が強張っている。そこで先に席についていた零子が懐からタバコを取り出しながら告げる。

 

「ほら、自己紹介が済んだらさっさと席につけ」

 

「あ、はい……ってあれ? 零子さん、今口調が少し変わっていたような……。しかもタバコも」

 

 杏夏が不思議がるのも無理はない。なにせ今の零子は先ほどまでとはうって変わり、目元は鋭くなり、口調も男らしく、さらにはタバコをまでもふかしているのだ。パッと見だと人格が変わったようにしか思えない。

 

 けれど、零子は杏夏の問いに答えることはなく、紫煙を燻らせて天井を仰いでいる。

 

 すると不思議そうにしている杏夏を見かねてか凛が解説をした。

 

「零子さんは外出時と事務所にいるときで性格を変えてるんだよ。あぁでも二重人格ってわけじゃないからね。それに本質的には変わってないから安心して良いよ」

 

「はぁ……」

 

 そうはいうものの、杏夏からするとよくわからなかった。なぜそんな面倒なことをするのだろう。

 

「そんなに気にすることでもないよ。っと、説明はこのあたりにしてそろそろ食事にしようか。美冬ちゃんや摩那も待ちかねてるし」

 

 凛に言われ隣の美冬に視線を落とすと、彼女は口元から少しだけヨダレを垂らしていた。思わず笑いそうになってしまったが、杏夏はそれを飲み込み頷いた。

 

 それからお昼過ぎの午後三時まで食事やそのほかテレビゲームやらボードゲームなどを楽しみ、今日は早めに切り上げるということで四時には解散となった。

 

 

 

 

 

 夜中。

 

 杏夏はアパートで美冬にずっと思っていた疑問を何の気なしに投げかけてみた。

 

「ねぇ美冬。なんで貴女はお嬢様口調で話すの?」

 

「……」

 

 けれど美冬から帰ってくるのは沈黙のみであった。その反応に思わず聞いてはいけないことを聞いてしまったかと若干身体を強張らせる杏夏であるが、美冬は静かに言葉を発した。

 

「わたくしがこの口調なのは、舐められないようにするためですわ。わたくしたちイニシエーターは社会から蔑まれています。教養もなく、字もかけないだろうと思われていますわ。でも、わたくしはそんな風に思われたくないんですの。

 イニシエーターはガストレアを狩るための道具ではなく、同じ人間であって、皆それぞれ個性があるのだということを証明したいからこういうしゃべり方をするんです。そのためにIISOではたくさん勉強しましたわ。それにいつか世界が平和になった時、読み書きくらいは出来た方がなにかと得でしょう?」

 

 最後の方は笑って言ってくれた彼女であるが、どこか無理をしているようにも見えた杏夏は美冬を優しく抱きしめてみた。

 

「な、ちょっ!?」

 

 驚き、じたばたと腕の中で暴れる美冬であるが、杏夏は何も言わずに彼女を抱きしめる。

 

 しばらくすると美冬も暴れることをやめて杏夏に身をゆだねた。

 

 そして杏夏はこの場で心に決めた。腕の中の小さなこの少女を決して死なせはしないと。絶対に何があっても守りきらねばならないと。

 

 

 

 

 

 翌日から杏夏の本格的な事務所での活動が始まった。美冬はというと、凛の実家が経営しているという『子供たち』の塾に行くこととなった。

 

 最初のうちは事務仕事ばかりで退屈なものが多かったが、事務所に入ってから二週間がたった頃、警察からの要請で出動がかかった。

 

 けれど、出動の白羽の矢が立ったのは凛であった。それでも杏夏は拗ねたり、文句を言うことはなかった。なにせ彼女は新人なのだ。いきなり現場に出て「はいどうぞ」では危険が多すぎる。

 

 それに今回は凛と摩那が狩るのを見学するという理由もかねてあるそうだ。先輩の動きを良く見て学習しろという零子の配慮だろう。

 

 このようなことはその後も何度か続いた。最終的にこのような形での出動は十回となり、杏夏と美冬の中では少しだけ鬱憤というか、同じ事務所にいるというのに出動させてもらえないというモヤモヤとした気持ちが芽生えてきた。

 

 そんな時またしても警察から出動要請がかかり、今度は凛と摩那が監督役として同行するが、戦闘を行うのは杏夏と美冬が選抜された。

 

 二人は待ってましたとばかりに事務所を飛び出してガストレアの討伐へと向かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は戻って現在。

 

 

 

 

 

「わかった! その任務で失敗して命が危なくなって凛に救われてあいつに惚れたな!!」

 

 そう声を上げたのは凍だ。しかし、杏夏はそれに対して首を横に振った。

 

「いいえ。実際その任務は雑魚ガストレアだったので簡単に倒せました」

 

「なんだ違うのか」

 

 がっかり、と言った様子で肩を竦める凍だが、「ただ」と杏夏は続ける。

 

「助けてもらって好きになったって言うのはあたってます」

 

 若干顔を赤らめて俯きがちに言うと、凍は目元をキランと光らせて意味ありげに頷く。

 

「ほほう……。助けられて好きになるとは、またなんともテンプレだな」

 

「い、いいじゃないですか!」

 

「別にわるいとは言ってない。だがそんなことよりも続きだ、その任務の後の話を聞かせてくれ」

 

 興味津々と言った様子で顔を寄せてくる凍に若干たじろぎつつも杏夏はそれに頷き、コーヒーを飲んだ後軽く咳払いをして話を続けた。

 

「それでその後の任務はですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、こんな話をしている事務所の隅では焔が体育座りの体勢のままブツブツと言葉を吐いていた。

 

「……ニイサンノシツジ……シツジ……ワタシモオセワサレタイ」

 

 まるで壊れたおしゃべり人形のようにカタコトの言葉を漏らす彼女の瞳は生気が見えなかった。




新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

はい、新年一発目の投稿ですが……文章が下手すぎて笑えないw(泣)
ダメですねーかいてないと感を忘れてしまいます。

今回は美冬と組んだ話と、最後のほうは初任務の話となっていましたが、初任務は成功しました。問題はその次の任務です。そこでちょっとした事件が起こります。

杏夏編はあと二話くらいで終わりにしようかと思っています。いい加減本編を進めねば……なんか八巻もでそうな感じですし。

そういえば以前の投稿でSAOがどうの言いましたが……

主人公とサブキャラ作っちまったYO-!!(馬鹿)

……失礼。はい、作りました。設定からなにから作っちまいました!!
オレは馬鹿か!! SAO編も急ピッチで読み直してるし……書く気満々じゃねーかッ!!

たびたび失礼……。
恐らく投稿するとすれば一月の末だろうと思います。←もう投稿する気でいるダメ人間の図
投稿した際はそちらもお願いします。

では、今回はこの辺りで……感想などあればよろしくお願いします。

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