ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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執事編 第三話

 時間は経っていよいよ週末。東京エリアの一級ホテルのパーティホールには、いつもの和服よりも一段と高そうな和服を着付けた未織。その傍らには黒の執事服に袖を通している凛の姿があった。未織は薄く化粧もしているし、凛はいつもはつけないヘアワックスで髪形をしっかりと決めている。

 

 二人の視線の先には、高級そうなドレスを着込んだ婦人や、タキシードや背広をきっちりと着ている男性の姿が多く見られる。彼等の年齢層は様々であり、凛より少し上と思われる人から、壮年の人間までと実に幅広かった。

 

「これが全員兵器開発に関わっている人なんですか?」

 

「全員やあらへんけどね。ウチみたいに直接関わっとる人もおれば、間接的に関わっとる人もおる。あとは自衛隊やら警察のお偉いさん、中には政治家の先生までおるんやで」

 

「年齢もそうですけど、職種も幅広いのですね」

 

 言いつつ、未織の持っていた飲み物のグラスが空になったことを確認すると、凛は新たなグラスを彼女に渡す。

 

「ん、ありがとうなー」

 

 彼女はそのままグラスを傾けようとしたが、そこで何かを感じ取ったのか弾かれるようにパーティホールの入り口、大扉を見た。

 

「お嬢様?」

 

「……来る」

 

「はい?」

 

 小さく言った声に凛は思わず聞き返してしまった。しかし、その声はすぐに大扉が勢いよく開け放たれる音にかき消されることになる。

 

 開け放たれた大扉にホール内の全員がそちらを向くと、大扉の置くから丸まった状態のレッドカーペットが転がってホールを二分するように敷かれた。転がるレッドカーペットを場にいた全員が目で追っていると、大扉をくぐって一人の女性がホールに現れた。

 

 腰まで伸ばしたブロンドの髪は縦ロールになっており、キラキラと輝いて見える。そして日本人離れした雪肌。その肌を包むのは肌の白さを際立たせるような、明るめの紺色をした、胸元を強調するような豪奢なドレス。

 

 彼女が歩くと場にいた全員が目を奪われる中、未織だけは肩を竦めて呟く。

 

「……やれやれ、もっとまともな登場の仕方はできひんもんかなぁ。琉璃のやつ」

 

「ということはあちらの方が?」

 

「そう。宝城グループのお嬢様、宝城琉璃。クォーターやからあの髪は染めとるんやなくて地毛らしいわー」

 

 小声で会話をすると、凛はもう一度琉璃に視線を戻す。

 

 すると、彼女はこちらに顔を向けた。いや、正確には凛の斜め前にいる未織だろう。未織も彼女の視線に気が付いたのか小さく「ハァ……」と漏らしている。

 

 挨拶をしてくる人々を軽く流しつつ、琉璃は未織の前までやってきた。

 

「久しいですわね、司馬未織」

 

「あーはいはい、久しぶりやね琉璃」

 

 ため息をつきつつ言う未織の表情は背後からではうかがうことはできないものの、恐らく声音からして凄まじくいやな顔をしているのは間違いないだろう。

 

「あら、随分と適当な物言いですわねぇ。それにしても……フフ、相変わらず貧相なお胸ですこと」

 

 豊満な胸を弾ませて言う彼女だが、凛はそこで未織から苛立ちのオーラが発せられたのを感じ取る。数秒置いて未織は袖から取り出した扇子を口元に当てて言い放つ。

 

「女は慎ましい方がええのよ、でかいだけが魅力やないし。それにアンタぐらいでかかったら今はええかもしれんけど……年取ったら垂れるで?」

 

「なっ!?」

 

「垂れたら目も当てられへんよなぁ。それにアンタやっぱり胸にばっか栄養いっとるんやないの? レッドカーペットも全部渡り切らんうちにこっち来とるし、みんなの前でなんか言うかと思たら何もいわずにこっち来て、アホなん?

 敷いたんなら最後までわたりきった方がかっこつくのになぁ。もったいないことしたなぁ琉璃」

 

 嫌味満々の声音は木更のとき以上というべきものであり、凛も僅かながら苦笑いを浮かべる。琉璃はどちらかと言うと木更と同じような性格なのか、拳を握り締めて額にはピキリと血管が浮かんでいる。

 

「貴女って本当に、礼儀を知らない女ですわね!」

 

「ハァ? アンタに礼儀なんて必要ないやろ。なんでウチがアンタごときに礼儀払わんとならんのよ」

 

 軽く言ってのける未織に対し、琉璃はとうとう我慢がならなくなったのかドレスのスカートに隠されていた拳銃、シグザウエルSP2022を構えて未織に向ける。

 

 それに周囲がどよめくかと思いきや、既に慣れっこな状況なのか特に気にかけた様子もなく話をしていた。

 

 すると未織も懐から専用カスタムが施されたガバメント拳銃『ソードフィッシュ』を抜き、もう一方の手では鉄扇を広げる。

 

「宝城の名にひれ伏しなさい!」

 

「司馬の名を舐めへん方が身のためや!」

 

 まさに一触即発。どちらかが引き金を引けば間違いなく戦闘が起こるだろう。しかし、凛は何かを感じとると、大型のナイフを取り出してすぐさま未織の前に躍り出る。

 

 驚いた顔をする未織だが、次の瞬間、凛のもつ大型バラニウム製のナイフに銀色の光りを放つナイフが激突した。火花が周囲にちり快音が響く。

 

 バラニウム製のナイフに力をこめながら、凛は自身の目の前に立ちはだかった人物を見やる。

 

 目の前に立った人物は男であった。それも凛と同じような執事服に身を包んだ青年。年齢は凛よりも上、恐らく二十代前半だろう。

 

 しかし、執事服は執事服でも彼のは見事に凛と対照的な真っ白のものであった。

 

「レオ、手を出す事はありませんわ。今のはただのお遊びです」

 

 琉璃の声がレオと呼ばれた青年に届いたのか、彼はナイフをおさめてから琉璃に対して頭を下げてから下がっていった。

 

 彼に視線を向けつつ、凛もまた持っていたバラニウム製のナイフをホルスターにしまいこむ。すると、琉璃が拳銃をおろしながら言ってきた。

 

「レオの攻撃を凌ぐとはなかなかやりますわね、貴方」

 

「どうも」

 

「見たところ未織の従者のようですが、お名前は? 特別に聞いて差し上げますわ」

 

 その問いに対し、凛は一度未織を一瞥する。彼女は鉄扇と拳銃をおさめてからこちらに「うん」と頷いてきた。挨拶をして構わないということだろう。

 

「初めまして宝城様、自分は未織お嬢様の執事を務めさせていただいている、断風凛と申します」

 

「断風凛、なるほど覚えておきます。ではお遊びはこれくらいにして、私はこれからあいさつ回りがあるから失礼しますわ」

 

 彼女は実に優雅に踵を返すと、レオと呼ばれた従者をつれてあいさつ回りをしにホールの奥のほうに消えていった。彼女の姿が見えなくなると、未織は大きく伸びをしてため息をついた。

 

「あー……面倒くさかったなー」

 

「いつもあんな調子なんですか?」

 

「せやね、けど今日はおとなしい方やけど。前なんかもうすごかったんやで。ウチと琉璃が喧嘩してホテルのワンフロアを使い物にならなくさしたし。もちろん修理代はウチとアッチで折半したけど。あん時は凄まじく怒られたなぁ」

 

「それもまたすごいですね。でもお二人はなんやかんや言いながら仲が良さそうにも見えますけど?」

 

「えー、なんかそれ嫌やー」

 

 げんなりとしつつ、円卓に置いておいたグラスを持って中身のオレンジジュースを飲み干すと、未織は思い出したように指を立てた。

 

「あ、そういえばさっきレオって言われてた琉璃の執事、随分とやり手っぽかったなぁ」

 

「初めて会ったんですか?」

 

「うん。前に会うた時は琉璃一人だけやったし、新しく雇ったんかな」

 

 口元にてを当てて言う彼女を見つつ、凛は今一度人ごみに消えていった二人を見やりながら、先ほどのレオの動きを思い出す。

 

 ……気配遮断は焔ちゃんと同等くらいか。民警であれば相当の使い手かな。

 

 などと思いながらも、凛は未織の傍らに立ちながら彼女に付き従う従者としての責務を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 未織と別れてからあいさつ回りをしながら、琉璃は凛の動きを思い出していた。

 

 ……レオの動きにあれほど反応できるなんて……かなりの使い手ですわね。

 

 口元に手を当てながら考え込んでみたが、琉璃はレオを呼ぶ。

 

「レオ。さっきの男、貴方的に見てどう思いますの?」

 

「実力的には私よりも上であると思われます。お嬢様はお気付きになられなかったかもしれませんが、あの男の一瞬の殺気は堅気のものではありません。恐らく、私と同じかと」

 

「そう。まぁいいですわ、下がりなさい」

 

「御意に」

 

 腰を折り曲げて半歩下がるレオだが、彼の警護は完璧だ。もしこの場で琉璃が殺されそうになっても、逆に殺されるのは犯人の方だろう。

 

 レオこと、風間レオは某国の特殊部隊にいたらしいが、大戦によって国が滅んでからは、宝城家に拾われ執事として仕えている。また、特殊部隊であったがゆえに琉璃の護衛も兼ねている。ちなみに名前は本名であるらしく、日系の血を引いているとのことだ。

 

「……未織もなかなか面白い従者を見つけたものですわね」

 

 ニィッと笑いながらも、琉璃は淡々と挨拶を済ませていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティが終わった深夜、未織は凛の運転する車に乗りながら窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。

 

 すると、その様子をバックミラー越しに確認したであろう凛が声をかけてきた。

 

「お疲れのようですね」

 

「んー? まぁなぁ。パーティ言うても力抜けへんし、何かと大変でなぁ」

 

 事実である。琉璃との一件はいつものことであり、瑣末なものである。まぁ本人が聞けばまた突っかかって来るのは明白なのだが。

 

「基本的にパーティの後なんかはいつもこんな感じなんよ。力が抜けてぼーっとする感じ。学校の授業が終わった後の放課後なんかそうやない?」

 

「あぁ確かにわかりますね。ついつい夕日を見たりしてぼんやりすることが」

 

「ようはそういう状態なんよ。まぁ後考えられるとすれば……お腹減ったかなぁ」

 

「料理は口に合わなかったのですか?」

 

 その質問に対して未織は首を横に振る。

 

 料理自体は決して不味いわけではなかった。むしろ絶品といえるだろう。流石は一級ホテルだけはあると感心するほどだ。しかし、挨拶を中心にしていたためか物を食べる余裕などなかった。巨大兵器会社『司馬重工』の恩恵を受けようとするものは数多いとでも言うべきなのだろうか。

 

 しかし、それらをないがしろにしていては代理できた意味がない。普段であれば両親がやっている仕事を引き受けるというのは、やはり大変なものである。

 

「あんまし食えなかったんよー。せやから凛ー、ハンバーガー食べてかえらへん?」

 

「僕は構いませんが、お嬢様は平気ですか、夜も遅いですよ?」

 

「たまには平気やってー。なぁ、おねがーい」

 

 後部座席から運転席に座る凛に腕を回しながら言うと、彼の呆れがちの嘆息と笑いが聞こえてきた。

 

「わかりました。ですがご自分の体重の事は自己責任でお願いしますよ」

 

「明日はちゃんと体動かすし、平気やよ。ほんなら近場の店にレッツラゴー!」

 

「仰せのままに、ご主人様(マイロード)

 

 それだけ言うと、凛は未織の腕をほどくこともせずに車を近場のジャンクフード店に向かわせた。

 

 

 

 その夜。和服を着込んだ美少女と、全身真っ黒の執事がジャンクフードを食べていたとネットでちょっとした騒ぎになったのは言うまでもない。因みに、変なことを書いた人物は皆消息を絶ったとか絶っていないとか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティから三日が経過した朝、未織はいつもより早い時間に凛に起された。

 

「うー……まだ寝たいー」

 

「ダメですよ、お嬢様。今日から学校でしょう?」

 

 そう、凛の言うとおり、勾田高校は今日から長かった夏休みが終了し、二学期が始まるのだ。しかし、やはりというべきか。長期の休みの後に学校に行くというのは面倒くさいものである。

 

「……太陽ってなんで毎朝昇るんやろうね」

 

「いきなり大自然に向かってクレーム出さないでくださいよ」

 

「むー」

 

 むくれながら凛に剥がされた布団をもう一度頭から引っかぶり、布団の中から凛に文句を言ってみる。

 

「凛はええよなー、家の仕事だけしとればええんやしー。この仕事終わっても毎日好きな時間に事務所行けばええんやろー? ずーるーいー」

 

「僕もこれで結構大変なんですけど。まぁいいです、早く起きてください。いつもの紅茶はここに置いておくので」

 

 彼はそれだけ言い残すと、紅茶を置いて出て行ってしまった。しかし、残された未織も観念したのか布団から這い出て紅茶に手を伸ばして口に含む。

 

「ん、今日はアールグレイやな」

 

 一週間近くモーニングティーを嗜んでいるためか、茶葉の名称まで当てられるようになってしまった。紅茶を飲み終えてから大きく息をついてから立ち上がる。

 

「うじうじ言うてても始まらんし、着替えてガッコいこか」

 

 呟きつつ箪笥から通学用の着物を取り出して袖を通す。しかし、そこでふと未織はあることを思いついた。その表情たるや、悪戯を思いついた悪ガキのようだ。

 

「ええこと考えた~、ニヒヒ」

 

 そして彼女はスマホを取り出してあるところに電話した。

 

 

 

 

 

 

 朝食を終えた未織を車で高校に送り届けている凛は、後部座席でニヨニヨと笑みを浮かべている未織が気がかりだった。

 

 ……またなんか悪巧みをしてそうな予感が。

 

 などと思いながらも口には出さずに車を走らせていると、思ったよりも早く勾田高校の駐車場に到着してしまった。凛はいつものように自身が先に下りてから後部座席のドアをあけて未織を下ろすと、彼女に小さな包みを持たせる。

 

「これは?」

 

「お弁当です。お昼はこれないので。お迎えは何時にいたしましょう」

 

「迎え? あぁええよ、どうせ今日は一緒に帰ることになるんやし」

 

「ヘ?」

 

 それに疑問を抱いていると、未織が悪戯っぽさたっぷりの笑顔で笑いかけてきた。そして次の瞬間、凛は彼女の口から予想だにしない言葉を聴かされることとなる。

 

「今週一週間のうち四日は、凛もこの学校の生徒になるんやし」

 

「なん……だと……!?」

 

 思わず驚きが言葉に出てしまった。いつぞやの焔のようだ。

 

「マジで言ってます?」

 

「うん。あぁでも家の掃除とかの事は心配せんでええよ。ちゃんと学校に行かない日も設けてあるし」

 

 そういう問題ではないのだが。凛は今年で二十歳になる。それなのに高校生、しかも十六歳の高校一年生と学ぶなどなかなかのハードルの高さである。これが高校三年生くらいだったらまだ良かったのだが。

 

「……因みにクラスは」

 

「ウチと同じ。ほんなら行くでー」

 

「ちょ、お嬢様!?」

 

 説明も適当に、未織はこちらの手を引いて校舎へと入っていってしまう。

 

 結果、凛はそのまま逃れることが出来ずに、執事服のまま大勢の生徒の目に晒されることとなってしまった。

 

 後から聞いた話では、未織が理事長を脅したとか脅していないとか、そんな方法で無理やりに凛を通わせることにしたらしい。なんともやりたい放題なお嬢様である。




はい、今回は琉璃さんとレオさんでましたね。

彼女たちが出てくるのは次か、次の次の話ですね。第二回目のパーティ回です。ここでは多少なり戦闘じみたことができれば良いと思っています。

そして未織お嬢様のわがままスキル!
凛を学校に通わせるという暴挙!
まぁ彼女ならできるでしょうw金持ちのお嬢様ですしおすし。

そしてなんともぽっと出で思いついてしまったアカメのクロスがお一つw
アカメの世界に「直死の魔眼」を持った能力者ぶち込んだらおもしろいんじゃなぁい?w
または式か志貴をぶち込むとかさぁw
まぁ書かないんですけど。

では感想などありましたらよろしくお願いしますです。

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