着替えを終えて食卓についた未織は出された朝食を見ながら関心したように何度か頷いていた。
「ほえー……そういえば凛さん朝食は?」
「はい。お嬢様がお休みになられている間に取らせていただきました。……ところでお嬢様、二週間という短い期間ではございますが、僕は貴女の執事。『さん』付けではいささか不自然かと」
「なら呼び捨てのほうがええかな?」
「そうですね。明後日にはパーティもございますし、その際までには慣れておいた方がよろしいでしょう」
小さく笑みを浮かべながら言う凛は未織のティーカップに紅茶を注いでから、彼女の元にこんがり焼けたトーストを差し出した。
「どうぞお召し上がりを。その間今日のご予定を確認させていただきます」
「はいなー」
それに返事をしながら未織はサラダに手をつけ、朝食を開始。凛はその隣で今日の予定を読み上げた。
朝食を終え、凛は未織を司馬重工の本社ビルに送っていた。今日の予定は摩那の新武装の案を纏めることと、そのほか新たな兵器の考案だそうだ。
「それにしても凛は車の運転もできるんやなー」
朝食か大して時間がたっていないが、彼女は凛を呼び捨てることになれたようだ。
「民警のライセンスがあれば車両系は大体運転できますからね。あぁでも、僕はリムジンを運転する事は出来ないので登校とパーティの際もこの車でよろしいですか?」
「かまへんよー。というかこの車も結構な高級車やし」
「そうでしたね」
小さく笑みを浮かべ凛は運転を続ける。
しばらく走っていると見覚えのあるビルが見え、未織専用の駐車スペースに車を止める。そして先に凛が降りると、彼は後部座席のドアを開けて未織に手を差し出す。
「ん、ありがとなー」
言いながら彼女は凛の手を取って車外に出る。未織が完全に出たのを確認し、ドアを閉めてから車をロックすると、未織の後についていく。
そのまま司馬重工のビルの中にある未織の私室まで行き、彼女はデスクに着く。
「ほんなら凛、ちょいと相談なんやけど。摩那ちゃんの新武装の案が今のところ三つあるんよ見てくれるか?」
未織に言われデスクの方まで行くとデスクトップパソコンのモニターには三つの画像表示されていた。
「これが?」
「うん。摩那ちゃんの新武装の案やね、左端のは従来どおりのクロー。真ん中はクローって言うよりはガントレットって言った方がしっくり来るかもしれへんね。でも爪の部分はかなり鋭利になっとるからガストレアを倒すぐらいは余裕やね。
そんで最後、右端のやつは結構特殊でな。腕装備は真ん中のガントレットクローとかわらへんけど、これにプラスして足にもグリーヴって感じのやつをつけようとおもっとるんよ」
彼女の言うとおり、モニタの右側に移っている武装は黒塗りのガントレットと、摩那の脛のあたりまでを覆うであろうグリーヴだ。しかし、グリーヴといってもただの脚部装甲ではない。
つま先部分は獣の爪の様になっており、しっかりと地面を踏める構造になっている。どうやらスパイクとしての要領も果たすようだ。
「これは初動スピードをちょっと落とす代わりに、地面をしっかり踏むことが出来る形になっとるから、加速スピードはかなり行けると思うで。
いろいろ計算してみたら普通の靴だと摩那ちゃんの踏み込みの力を百パーセント引き出せてないし、どっちかって言うとこういう風な形がええんちゃうかなーって思てなー。まぁ最終的に決めるんは摩那ちゃんやし、一応全部作ってみるんやけどな。
今回見せたんはこんなんがあるよーって感じなんね。多分二週間以内には出来ると思うから、執事中には摩那ちゃん呼んでくれるか?」
「了解しました、摩那には後で伝えておきます」
「うん、よろしゅうなぁ。さて! ウチは他の新兵器の案でも搾り出そうかなぁ。あ、凛は好きにしとってかまわへんよ」
「はい。ではなにかありましたらお呼びして下さい」
軽く腰を曲げて礼をしたあと、凛は未織の私室を後にして腰から下がっている懐中時計を確認した。
時刻は午前十時半。お昼まではあと一時間半ほど残している。いいや、調理する時間も踏まえれば一時間というのが打倒か。
……とりあえずは未織ちゃんの要望にすぐに対応できるようになるべくはこのフロアにいた方がいいかな。
思い至ると懐中時計をポケットにしまって適当に時間を潰すために歩き始める。
「ク、ハハハハハハハハッ!!!! 執事!!? 凛くんが執事!? いやぁ、いいねぇ面白い、彼も彼でいろいろと難儀だよねぇ」
目尻に涙を溜めて大爆笑したのは勾田大学病院の地下に居を構える地下の住人、室戸菫だ。
彼女の前にはビーカーに入ったコーヒーを飲む零子がいた。しかし、彼女の顔にもどこか笑みがある。
やがて菫は笑い終え両手で腹を押さえていた。
「ひーひー……あー久々に大笑いした。ゲホゲホ……咽た……。しかしまぁ彼もいろんなことをするもんだねぇ。蓮太郎くんとは違う意味で苦労人かもしれないな」
「まぁそれでも大体の事はそつなくこなすのはすごいと思うけどね。……それよりも菫、アンタ私の目の事蓮太郎くんに話した?」
「ん? あぁ一応名前は伏せておいたがそれらしい事は言っておいたよ。『
「あっそ、やっぱりねぇ……蓮太郎くんが私の義眼をジッと見てた理由がわかったわ」
嘆息してタバコに火をつけると、灰皿らしきものがスライドしてきた。どうやら「使え」ということらしい。
「ふーん……蓮太郎くんが零子に熱い視線を送っていたわけだ」
「誤解されるようないいかたすんじゃありません。まぁそのうち言った方が良いのかしら。……でも言ったら言ったで使い方教えてくれとか言われそうで面倒くさいわね」
「いいじゃないか教えてやれよ。どうせなら狙撃の技術も教えてあげたらどうだい? 『
菫のその言葉を聞いた瞬間、零子がゴンっと頭を机の上におろした。そのまま顔面を下にした状態で菫に告げる。
「……お願いだからその厨二全開のあだ名やめてくれないかしら」
「えーいいじゃないかかっこいいと思うよ、デッドリーヴァルキュリア。なんかゲームのタイトルでありそうだけど」
「別に私がつけた名前じゃないけど、いつからそんなあだ名がついたんだか……」
「少なくとも君に義眼を入れたときには既についていたから、君が現役だった頃からついてたんだろ。それにしても……フフ、本当にセンスが厨二のそれだね」
肩を竦めていう菫に零子も「やれやれ」といいながら深くため息をついた。
私室でパソコンをいじっていた未織はふと思いついた。
「甘いものが食べたい……」
確かに時計を見てみると午後三時ちょうど。所謂三時のおやつの時間である。しかし、ここで女性ならではの葛藤が始まる。
……食べるべきか食べらざるべきか……。最近帯が苦しくなってきているような、いいや! それはただの勘違いや! 体重は増えとらんしそう偶々……偶々や。
「……よし!」
意を決した未織はスマホをもって凛に電話をかける。
『なんでしょうか、お嬢様』
「凛、お願いがあるんや。……出来るだけ低カロリーなおやつプリーズ……! あと紅茶も」
そういうと、電話の向こう側で凛がかすかに笑ったように聞こえたが、彼は続けた。
『了解しました。しばしお待ちを』
数分後、凛の姿は司馬重工のラウンジの厨房にあった。特別に許可を得て借りているのだ。
「さて、低カロリーのお菓子か……まぁお嬢様もそれが気にあるお年頃だからなぁ……でもどうしたものか」
顎に手を当てて考え込むと、ふと思い出したようにパチンを指を鳴らす。
「そうだ、確か使って良いって言われた冷蔵庫の中に豆腐とヨーグルトにクリームチーズがあったはず……」
言いながら冷蔵庫を開けると、目当ての食材はある程度揃っていた。それに頷き、それらを冷蔵庫から出して調理を始める。
調理を始めてから数十分後、出来上がった豆腐を使ったチーズケーキを冷蔵庫から取り出していると、ラウンジに先日会った巳月が顔を出した。彼女はこちらに気が付いたようで声をかけてきた。
「断風さん、こんなところで何をしているんですか?」
「未織お嬢様のおやつを作っていたんです。今ちょうど出来上がったところなんですが……少し作りすぎてしまったので、少しお食べになられますか? 豆腐を使っているので多少はカロリーを抑えられているはずです」
「へぇ、それじゃあ少しいただきます」
それに頷きつつ、チーズケーキを切り分けると皿に盛り付け、ブルーベリージャムをかけてから巳月に手渡す。
「どうぞ、ではお嬢様のところにお届けしてくるので、残りは他の皆さんで食べてください」
軽く一礼をしてから、ケーキと蒼と白の配色が成されたティーポットとティーカップを銀製のトレイに乗せ、未織の私室へと向かう。
エレベーターを使って未織の私室にたどり着くと、未織はデスクに突っ伏していた。
「お嬢様、ケーキと紅茶をお持ちしました」
「ケーキ? どんな?」
くぐもった声で問うてくる彼女に、小さく笑みを見せて凛はデスクの上にケーキをおいて説明する。
「豆腐を使用したチーズケーキです。普通のチーズケーキよりは多少カロリーを抑えられているはずです。これよりもっとカロリーを抑えるとなると、寒天のゼリーなどになりますが、いかが致しますか?」
「いや、紅茶に合うのはやっぱケーキやし。ケーキ食べるわ……」
のそりと顔を上げた未織は目の前に置かれたケーキをフォークで切って口に入れる。
「あ、うまーい。というかこれ本当に豆腐つこうとるん?」
「もちろん。クリームチーズとあとヨーグルトも使用しました。紅茶の方はダージリンほど香りの強くないセイロンなので、すっきりとご賞味いただけるかと」
ティーカップに注いだ紅茶を差し出しながら言うと、未織が感心したように頷いていた。
「なんや凛随分と紅茶のこと勉強しとるんやなぁ」
「事務所では最近紅茶が流行っていたので、その一環としてですがね。特に杏夏ちゃんが紅茶について色々教えてくれていたんです」
「杏夏は紅茶が好きなんかー」
などといいながらも未織はチーズケーキを次々に口に運んでいた。
その後、チーズケーキを平らげた未織は再度パソコンに向かって仕事を始めた。
夜、司馬家に帰ってきた未織は凛の作った夕食、焼き魚と煮物、味噌汁に小さめのサラダを口にしていた。
「煮物とかあるけどいつ作ったん? しっかり味しみとるし」
「朝の内に作っておいたんです。夜には出汁を吸っていい味になる頃合だと思いまして。お口に合いましたか?」
「うん、申し分ないうまさやったよー。あぁそうや、忘れんうちに言っとくわ。週末のパーティは同業者同士の会合も兼ねてるんやけど……一人面倒なやつがおってなー」
眉をひそめながらいう未織の顔はなんとなく嫌そうだった。
「面倒なやつ?」
「凛は宝城グループって知っとる?」
「確か司馬重工と並ぶ兵器開発会社でしたか? 本社は確か博多エリアにあると聞いています」
「そう、まぁ基本的にスペックやとウチのほうが儲けとるんやけど、そこの令嬢が何かにつけてウチに突っかかって来るんよ。名前は
大きなため息をつきながら箸を置いた未織の反応に凛も興味を示したのかもう少し突っ込んだ質問をしてみることにした。
「では木更ちゃんと比べたらどちらが面倒ですか?」
「むぅ……それは悩みどころやな。しつこさで言えば琉璃の方が上かもしれへん。まぁでもとりあえずそういう奴がおるってことは覚えておいてな。
多分来週半ばのパーティにも来ると思うし……」
未織は嘆息しながらも残りの夕食を片付けにかかった。
未織が入浴し終え、部屋に戻ったところで、凛も自身に割り当てられた部屋で遅めの夕食をとっていた。
「それにしても……思いのほか執事って疲れるんだなぁ。これが未織ちゃんだったから良かったけど、他の人だったら結構きつかったかも」
溜息をつきながら煮物を口にする。
……我ながらよくできた。さて明日の予定も確認して朝食のメニューも考えないと。
その後、パパッと夕食を終えて入浴も済ませた凛は明日の予定を纏め、朝食の献立を考えながら屋敷全体の戸締りを確認して眠りについた。
全てが終わったのは午前一時半だった。
凛が眠りに着く少し前に時間はさかのぼって博多エリアの超高級マンションの最上階。
ワンフロア丸ごと買い取った豪邸で一人の少女が眼下に広がる街明りを俯瞰しながら、所謂縦ロールとなったブロンドの髪をなでていた。
「フフ、週末には東京エリアですわね。待っていなさい……司馬未織ッ!!!!」
豊満なバストを揺らして言う少女の目には、未織に対する敵意が見え隠れしていた。
はい、お待たせいたしました。
執事編第二話でございます。
とりあえず今回は摩那の新武装の話やら零子さんのあだ名やらをやりましたw
そして最後出てきた生粋のお嬢さま、琉璃のお胸は木更よりはちっちゃいです。
まぁイメージとしては某型月の金ドリルでいいと思われます。
ワンフロア丸ごと……魔術師殺しに爆破されそうな……w
そんな事はおいておいて、次回は一気にパーティまでもって行きます。
実際に事件が起こるのは次のパーティだと思われます。
では感想などありましたらよろしくお願いいたします。