ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

64 / 85
司馬家執事編
執事編 第一話


「というわけで凛さんお願いッ!! 一週間……いいや、二週間でええからウチの執事になって!!」

 

 かなり焦った様子で懇願する未織がいるのは黒崎民間警備会社の事務所だ。彼女の前には戸惑い顔の凛と、お願いに目を丸くしていた杏夏と焔、そしてそれぞれのデスクで微笑する零子と凍がいた。

 

 さて、なぜ未織がこんな突拍子もないことを凛に頼んでいるのかと言うと、それは数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

「ふいー……摩那ちゃんの新武装の案はこんなとこでええかなぁ」

 

 開発室にて凛から新たに依頼された摩那の新武装についてまとめ終え、未織は椅子の背もたれに寄りかかりながら大きく伸びをした。

 

 蓮太郎が巻き込まれた事件から既に一週間がたち、8月も終わりとなってきた。もう少し経てば学校も始まる。

 

「さてっと、最近はずっと会社の方に入り浸っとったから今日は久々に家に帰ろかなー」

 

 言いつつパソコンの電源を落とし、軽く周りを整理したところで、開発室の扉が開き一人の女性が飛び込んできた。

 

「お、お嬢様! 大変です!!」

 

「うぉわ、どないしたん巳月。そないあわてて」

 

 飛び込んできたのは未織が本社で共に開発することが多い、千羽巳月だ。彼女は肩で息をしており、額には僅かながら汗が滲んでいる。なにやら随分と焦っているようだ。

 

 彼女は荒かった息を一度深呼吸をすることで落ち着かせると、未織を真っ直ぐ見て告げた。

 

「それが、お屋敷に勤めている侍女や執事の方々が全員……ウイルス性の風邪を発症してしまったらしくて」

 

「なるほど全員……って全員!?」

 

「はい。でも一過性のものらしいので、皆命に別状はないそうです」

 

 巳月の説明に未織は一瞬呆けてしまったが、すぐに思考を切り替え、巳月に問い直した。

 

「まぁ皆命の危険はないみたいでよかったわ……でも全員かぁ……。屋敷の方はどうなっとるの?」

 

「はい、お屋敷の方は今日中には滅菌が済むそうなので、明日から戻れるそうです。しかし問題は使用人が足りません」

 

「うんそやね。まぁお父さんとお母さんは別のエリアに行っとるから、屋敷にいるのはウチ一人やから一人いてくれればそれで事足りるんやけど……一番早く回復する人はどんくらい?」

 

「一番早くだと……二週間近くですね。熱は一週間ほどで下がるそうなのですが、その後も一週間近くウイルスが残るそうなんです」

 

「なるほど、それで二週間ってわけか……。どないしようかなぁ、もう少ししたら学校も始まるから里見ちゃんに頼むわけにもいかへんし」

 

 顎に手をあてて悩みながら未織は室内をグルグルと歩き回る。確かに彼女の言うとおり、勾田高校はあと数日で夏休みが終了してしまうため、同じ高校に通う蓮太郎に頼むわけにもいかない。

 

 それに身体もまだ万全ではないだろう。

 

「それとお嬢様、今週末と来週の半ばにはパーティにも出席しないといけませんので、できればボディガードも兼ねたほうがよろしいかと」

 

「あーそういえばそうやったねぇ、となると……車の運転が出来て、料理が出来て、なおかつウチのボディガードをしてくれるほど強いとなると……ハッ!?

 おったわ。一人、かなりいい人が。巳月、車だしてくれるか?」

 

「あ、はい。何処に行くんですか?」

 

「黒崎民間警備会社や」

 

 

 

 

 

 

 こうして未織は凛の下にやってきたというわけだ。

 

「えっと……未織ちゃん? 僕は別に構わないけど本当にいいの? 料理って言っても僕が作れるのは普通の家庭料理程度だし」

 

「そこはウチは気にせんよ! というかこっちが頼んでるわけやし文句は言わへん」

 

 凛の言葉に未織は真剣な眼差しで言ってくる。すると、デスクにいた零子が小さく息をつきながら凛に告げる。

 

「いいじゃない、やってあげなさいな凛くん。未織ちゃんにはたくさんお世話になっているじゃない。それの恩返しって感じで」

 

「確かにそうですけど……僕が言っているのは僕に司馬家の執事が務まるのかなってことなんですけど」

 

「大丈夫でしょう。未織ちゃんはそんなに特殊なことをさせるわけじゃないんだし。そうでしょ?」

 

 零子が未織に問うと、彼女は頷き後ろで控えている巳月を呼んだ。彼女は持っていたファイルから一枚の紙を取り出すと、ガラステーブルの上にそれを置いた。

 

「これが凛さんにやってもらいたい仕事なんよ」

 

「食事やお茶の準備、車での送迎、屋敷の掃除に衣服の洗濯……ふむ、これだけなら出来ると思うよ。それで後はボディガードだっけ?」

 

「せやね、今週末と来週の半ばにパーティがあるんよ。本当なら両親が行くだけでよかったんやけど、二人とも今別のエリアの仕事に行ってて出席できないんよ。せやからウチが代わりに出席せなあかんの。

 社員の警備員連れてってもええんやけど、なにぶん短気な連中もおるさかい、ちょっとな……」

 

「なるほどね……うん、わかった」

 

 凛は用紙を眺めた後、静かに頷くと未織を見つめながら告げる。

 

「僕でよければ二週間やらせてもらうよ」

 

「ほんまに!? いやー、助かったわー。そんなら巳月、凛さんに資料渡して」

 

「はい。……では、こちらが司馬家執事のマニュアルとなります。執事の業務は明後日の朝からとなりますので、明日の夕刻にはお嬢様の下にいらしてください。

 執事服はこちらから支給するのでご心配なく。」

 

 A4サイズの紙の束を渡しながら巳月が言ってきた。その際紙を多少めくってみたが、そこまで面倒な仕事はなさそうだ。

 

 すると、未織は立ち上がって軽く頭を下げてきた。

 

「ほんなら明後日から二週間、よろしゅうな凛さん」

 

「了解しました、お嬢様」

 

 少々茶目っ気を出しつつ言うと、未織は若干照れくさそうにしたが、次に零子にお礼を言った。

 

「承諾してくれてありがとうな零子さん」

 

「気にしないで。こちらも未織ちゃんにお世話になっているから、ギブアンドテイクで行きましょう」

 

 肩を竦めながら言う零子に対し、未織も小さく笑うと巳月と共に事務所を出て行った。

 

 彼女らを見送った後、凛は改めて紙面を見るが、ふと後ろの方で杏夏と焔がぶつぶつと何か呟いているのが聞こえた。

 

 そちらを軽く見やると、杏夏は体育座りでいじいじと床に円を描き、焔はこちらに背を向けた状態で寝そべっていた。

 

「……先輩が未織と四六時中付きっ切り……付きっ切り……付きっ切り……」

 

「……兄さんの執事姿をずっと拝めるとか……うらやま……爆ぜればいいのに……」

 

 なにやらどす黒いオーラを発しながら呟いている彼女らに苦い顔をしていると、凍が言ってきた。

 

「明後日から執事をするのなら、今日は帰ってそれを読んだほうがいいんじゃないのか?」

 

「確かにそうだな。凛くん、今日はそれをしっかり読んで明後日の仕事に備えておけ、司馬家の執事なんて仕事、早々ある話じゃないからな」

 

「わかりました……でも二人ともなんか楽しんでません?」

 

「「そんなことはない」」

 

 かたやクールな笑みを浮かべ、かたや肩を震わせているようでは信頼性にかける言葉であったが、凛はそれにため息をつくと未だにぶつぶつと呟いている杏夏に声をかけた。

 

「杏夏ちゃん、僕が未織ちゃんのところに行っている間、摩那を頼めるかな?」

 

「はい、もちろんですッ!!!!」

 

 凄まじい速度で立ち上がった杏夏は先ほどの負のオーラを何処かに吹き飛ばし、ビシッと敬礼をした。しかし、その傍らの焔のオーラは更に濃くなり、彼女のところだけ時空が歪んで見えた。

 

 それに苦笑いをしていると、凍が「ほっとけ」とだけ告げてきたので放っておくことにした。彼女ならすぐに立ち直るだろう。

 

「それじゃあ、今日はこれで失礼します」

 

 言いつつ、凛は事務所を後にし、自宅へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、摩那。明日の夕方から二週間、杏夏ちゃんのところでお世話になってね? くれぐれも迷惑はかけちゃダメだよ」

 

「わかってるって。でも凛が執事ねぇ……向いてる?」

 

 から揚げを頬張りながら行ってくる摩那は若干こちらを試すような視線を送ってくる。それに対しテーブル脇に置いておいたマニュアルを見せる。

 

「やる事は基本的に簡単だから大丈夫。ここに載っているとおりのことをすれば平気だよ」

 

「ふーん、まぁがんばってね。というか、凛って車運転できたんだ」

 

「そりゃあ民警ライセンス持ってるからね。最近は乗ってないけど」

 

 肩を竦めると、摩那がジト目を送ってきた。

 

「なに?」

 

「いや、しばらく乗ってないのに運転できるのかなって思ってさ」

 

「大丈夫だよ。リムジンに乗るわけじゃないし。それよりも、摩那もちゃんと杏夏ちゃんの言うこと聞いてね」

 

「わかってるってば、心配性なんだから」

 

 やれやれと首を振りながら言った後、摩那は夕食を食べ終えて食器を片付けると、お風呂に行った。

 

 摩那がお風呂に入ったすぐ後、凛も夕食を終えると食器を洗いながらマニュアルに目を通す。そして、食器を洗い終えた後もマニュアルをじっくりと読み込む。

 

 ……未織ちゃんは朝はパン派とかご飯派とかそういうのはないのか……じゃあ初日はベーコンエッグとサラダ、トーストって感じでいいかな。明後日ならまだ学校は始まらないだろうから、昼食はご飯ものにして……夕食は未織ちゃんのリクエストを聞こう。

 

 頭の中で献立を考えていると、リビングのドアが開いて摩那がすっぽんぽんで出てきた。八月の終わりといえど、まだまだ猛暑日が続き、熱帯夜も連日のように続いているため暑いのだろう。

 

 しかし、幼女がすっぽんぽんで出てくるとはいかがなものか。それにため息をつきつつ、凛は摩那にバスタオルを巻いて濡れた髪を乾かした。

 

「ありがと、凛」

 

「どういたしまして。ホラ、パジャマ着てきな。あぁそうだ、今は夕飯を食べた後だからダメだけど、もう少ししたら冷蔵庫にあるアイス食べていいよ。摩那が好きな味を買ってきてあるからね」

 

「ホントに!? やった、ありがと凛。あ、そうだ。凛がお風呂から出たらさ、久々に格ゲーで勝負しようよ。私けっこー上手くなったからさ」

 

「いいよ、摩那はやっぱりテ○ミ使うかい?」

 

 問うと、「もち」といいながら親指を立てて答えてきた。それに苦笑しつつこちらも答える。

 

「それじゃあ僕は安定でハ○マかな。ハ○メンでもいいけど」

 

「えーまた『ズェ○』するの? あ、そうだ、コ○ノエのコンボが上手くつながらないから後で教えてー」

 

「わかった。それじゃあちょっと待っててね」

 

 言い残し軽く手を振りながらバスルームに足を運んだ。

 

 その後、凛の部屋から「ヒャッハー!!」「ガサイショウ」「ジャヨクホウテンジン!!」、「ゴウガソウテンジン!!」「モウメンドクセェノハナシダ!!」「オロチザントウレップウガ!!」などという声が聞こえたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして約束の時間、凛はバイクで司馬家の屋敷にやってきた。適当な場所にバイクを止めて周囲を見回した後、自然に一言漏れ出した。

 

「いつ見ても大きいなぁ……うちの倍くらいはありそうだ」

 

「そないあらへんよ」

 

 背後から聞こえてきたのは未織の声だ。振り返ると、いつもの和服姿の未織が薄く笑みを浮かべながら立っていた。

 

「来てくれてありがとうな、凛さん」

 

「いえ、こちらも司馬家のご令嬢の執事を出来ることを光栄に思いますよ。未織お嬢様」

 

 腰を曲げて挨拶をすると、未織は若干驚いたようだ。

 

「おぉ……なんというか、すごいなぁ。でもまだお嬢様って呼ばなくてええで、それが始まるのは明日からや」

 

「そうだったね。それじゃあ早速だけど屋敷の中を案内してもらってもいいかな? 色々把握しておきたいし」

 

「ええよ、そんならレッツラゴーや!」

 

 未織はこちらの手を握ると、そのまま凛と共に屋敷内へ入っていった。

 

 屋敷の中はやはりというべきか、かなりの広さがあった。弓道場やその他修練場もあり、圧巻の一言だった。また、石塀には監視カメラが設置してあり、管理体制はバッチリと言った感じだ。本当にボディガードとか必要なのだろうか。

 

 などと思っていると未織がとある一室に案内してくれた。そこはそれなりの広さがある部屋で、ベッドにソファ、さらにはパソコン、テレビまで完備している部屋だった。

 

「ここは凛さんの部屋や。あるものは好きに使ってくれてかまへんで。あぁそれと、パソコンでエッチな動画を見るときは、ちゃんとヘッドホンしてな♪」

 

「そういう機会があったらね」

 

 肩を竦めながら答え、凛は適当に荷物を置く。すると、その横を未織が通り過ぎ、クローゼットを開けた。

 

「おぉ……」

 

 思わず声が出てしまった。

 

 クローゼットの中には執事服の一式が全て揃っていたのだ。燕尾服は勿論黒だったが、その下に着るウェストコートとワイシャツも全て黒という徹底した黒固めではあったが。

 

「まだまだ暑い日があるから燕尾服は毎日着なくてもええからね。あぁそうそう、こっちの引き出しには……」

 

 未織は言うと、クローゼットの中にあった引き出しを開けた。そこには鈍い銀色の光を放つ大型のナイフと、黒き輝きを持つバラニウム製と思しき大型のナイフがズラリと並んでいた。

 

「ウチが外に出歩く時は基本的にこれを装備してくれるか? あと銃も一応用意してみたけど……凛さん銃使えるっけ?」

 

「残念ながら銃はからっきし。今まで撃ってみたこともあったけれど、一度も標的に当たった事はなし。使うとしたら牽制かな」

 

「ふむ……ほんなら牽制用としてベレッタM92でも使ってみる? なんやかんやで使いやすいと思うし」

 

「じゃあちょっと貸してくれる?」

 

 その声に頷いた未織がもう一方の引き出しからベレッタを取り出し、渡してきた。グリップを握り、撃つ構えを取ってみる。

 

「うーん、撃つ構えは様になっとるけど……本当にあたらないん?」

 

「全然あたらない。なんだったら試してみる? 弓道場でためさせてくれればわかると思うよ」

 

「ふーん、ほんなら行ってみよか」

 

 その後、弓道場まで行った凛は銃を撃ってみたものの、結局一発もあたる事はなかった。

 

 惨状を見た未織は「壊滅的やな……」とだけ呟いていたらしい。

 

 夜には凛が焼き魚や肉じゃがなどを作って夕食とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、未織は浴衣タイプの和服を少しだけ乱しながら、ベッドの上で可愛らしい寝息を立てていた。

 

「お嬢様、お目覚めの時間ですよ」

 

 声をかけられ、未織は陽光に目を細めながらゆっくりと目を開けた。最初はぼんやりとしていた視界が段々と晴れ、鮮明になると自分の前に黒い執事服に身を包んだ凛の姿が見えた。

 

 彼はなにやら準備をしているようで、食器の音や、紅茶のいい香りが鼻腔をくすぐった。

 

「凛さん、なにしとんの?」

 

「はい、お嬢様のお目覚めをよりよくするために本日は紅茶をご用意致しました。所謂、アーリーモーニングティーというやつです。本日の茶葉は香りが高いダージリンをご用意いたしました。どうぞ」

 

 言いつつ、凛はティーカップをベッドサイドテーブルに置いた。確かに彼が言ったとおり、紅茶の良い香りがする。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 ベッドから足を出し、紅茶を手に取るとそのまま口に運ぶ。瞬間、未織は口の中に広がった、渋さの中にも香り高い紅茶の味に驚いた。

 

「おいし……」

 

「ありがとうございます。がんばって練習した甲斐がありました」

 

 凛が微笑むが、その笑顔には妙な色気が合った。

 

 ……ひょっとしてウチ……えらい人執事にしてしまったんやない?

 

 そんなことを思っていると、凛は更に続けた。

 

「では着替えが終わったら居間に来てください。朝食のご用意が済んでいますので、あと今日の朝食はトーストとベーコンエッグ、サラダ、コンソメスープとなっておりますので」

 

 軽く腰を曲げて言い終えると、凛は未織の部屋から出て行った。流石に女子の着替えに何か手を出すほど野暮ではないのだろう。

 

 

 

 こうして、未織と凛の二週間限定の主従関係が始まった。




はい、小話開始です。

なぜ執事ネタなのか……やってみてかったからですw
執事って、かっこいいじゃないですかw

まぁ結構いろんなことが待ってますが、二週間と言っても二週間一日一日すべてやるわけではないので、十話以内には纏めようと思っています。はい。

因みに話中でもありましたが、凛は銃を撃つのが下手ですw
ソードさんの時は当ててましたが、アレは接射したからですねw
少しでも離れれば外れます。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。