ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第六十三話

 事件から数日、凛はいつもより少し送れて事務所へ出勤した。

 

 理由は零子が「休め」と言ったからである。思い返してみれば事件中は基本的に深い睡眠はとっておらず、一時間や二時間程度の仮眠ぐらいしかとっていなかった。

 

 それでも合計で三人の人物を殺害した事には、自分自身バケモノじみていると自嘲してしまう。

 

「くぁ……」

 

 デスクの背もたれにもたれかかりながらこぼれ出たあくびは、疲れから来るものというよりも、休息を取りすぎた結果かもしれない。

 

「一気に暇になっちゃいましたねぇ」

 

「私の潜入任務も終わっちゃいましたし」

 

「二人もお疲れ様、美冬ちゃんや翠ちゃんも大丈夫だった?」

 

 ソファの上でくつろぐ杏夏と焔はそれぞれ頷いた。すると、窓際のデスクでパソコンをいじっていた零子が呼んで来た。

 

 そちらに行くと、三人はパソコンの画面に視線を落とす。

 

「これは?」

 

「水原君が自力で調べた『ブラックスワン・プロジェクト』の詳細よ。まぁ、櫃間篤郎は凛くんが殺したし、櫃間正も誰かに殺された。だからこのファイルは蓮太郎くんに渡しておくよ。こっちの懐中時計は……火垂ちゃんだな」

 

 零子が懐中時計の裏蓋を見せてきた。そこには『YOU ARE ALWAYS IN MY HEART』、日本語訳で『いつも君の事を思っている』と刻まれていた。

 

 これは櫃間が見合いの席で木更にプレゼントしたものだというが、恐らく水原から強奪したものだろう。人から奪ったものをプレゼントにするなど、死んでなお人をイラつかせる男である。

 

 すると思い出したように焔が声を上げた。

 

「そういえば今日、蓮太郎達は水原さんのお墓参りでしたね」

 

「ああ。午後になったら皆で来るとさ。勿論火垂ちゃんも一緒にな。今頃は事務所に戻っているんじゃないか?」

 

「そうですか。だったらこれで私も正式に自己紹介ができます」

 

「――オレもだな」

 

 焔が言ったところで凛とした声音でありながら、どこか男勝りな口調の女性の声が聞こえた。

 

 皆がそれに怪訝な顔をしていると、その人物は突然現れた。恐らく木更よりも大きな胸を「たゆん」と揺らしながら。

 

 凛を含めた全員がそれに対しぎょっとしていると、焔が驚きの声を上げる。

 

「と、凍姉ぇッ!? え、なんで? 何でここにいんの!?」

 

 そう、声の主は焔の実姉である露木凍だった。彼女は軽く「よっ」と返事をした後、説明を始めた。

 

「いやな、大阪エリアに桜と二人でいるのもつまらないからさ、こっちで雇ってもらおうと思ってな」

 

 言うと同時に凍は零子に対して軽く頭を下げる。

 

「初めましてだな、黒崎零子社長。オレは露木凍、焔の姉だ。今言ったが……オレとオレの相棒である桜を雇ってくれないか?」

 

 突然の登場と突然の物言いであったが、零子は彼女をじっくりと見据えた後、小さく頷いた。

 

「序列百番台の仲間が増えるのはありがたい限りだ。歓迎するよ、露木凍さん」

 

「こちらこそ姉妹共々よろしく頼む。桜、いいぞ」

 

 凍が言うと同時に、事務所の扉がゆっくりと開き、延珠や摩那と比べるとやや小さな少女がひょっこりと現れた。

 

 彼女はそのまま零子の机の前までやってくると、ペコリと頭を下げる。

 

「はじめまして、東間桜と申します。凍様のイニシエーターでモデルはスコーピオンです」

 

「スコーピオンってことは……サソリ?」

 

「ああ。桜はサソリの因子を持っている。因みに種類は……デスストーカーの異名をとる『オブトサソリ』だ」

 

 凛の問いに答えた凍はふふんと大きな胸を揺らしてドヤ顔をすると、桜が照れながら凍の背後に隠れた。

 

 すると、杏夏がオブトサソリの事を聞いて驚いた様子を見せた。

 

「オブトサソリってサソリの中でも最強の毒を持ってたって言うサソリですよね!? 因子を持っているってことは桜ちゃんも持っているんですか?」

 

「もちろんだ。桜の爪からは本人の意思で毒を分泌することが出来る。それに桜はかなり動きがすばやいからな、摩那のようなチーターのような動きは出来なくとも、瞬間的な動きは驚異的だぞ」

 

「と、凍様。そんなにいわないでください。恥ずかしいです……」

 

「おっとスマンスマン、というわけだ。これからよろしくな、春咲杏夏」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。凍さん」

 

 二人は軽く握手を交わし終えるが、凍が思い出したように「あ」と声を上げた。

 

「焔、お前まだ凛のところに厄介になっているんだろう?」

 

「うん。そうだけど?」

 

 なにを今更というように小首をかしげる焔だったが、彼女は次の凍の言葉でその顔を驚愕にゆがめることになる。

 

「一週間以内に新しい部屋で暮らすからな。いつまでも凛のところに厄介になるわけにもいかないだろう」

 

「なん……だと……!?」

 

「顔を劇画調にするな。まぁそういうわけだ、いつまでも凛に迷惑をかけるわけにも行かないからな。翠にも伝えておけよ」

 

「うそ……だろ……!?」

 

「本当だバカタレ」

 

 最後にそう突っ込みを入れた凍は零子と話し始めた。どうやら今後のことを話し合っているようだ。

 

 しかし、そんな彼女らのすぐ近くでは、両膝をついた焔が天井を仰いで呆然としていた。口からはなにか魂というか、精神体のようなものが出ている。まさに心ここにあらず、放心状態と言ったかんじだ。

 

 そんな彼女の肩に桜がポンと手を置いて慰めていたが、凛はそれを見ながら苦笑を浮かべることぐらいしか出来なかった。

 

 因みに、そんな焔の姿を見ていた杏夏はガッツポーズをしていたそうな、していなかったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後になり、蓮太郎達が尋ねてきた。摩那達も彼等よりも先に勉強を終えて既に戻っている。

 

「このたびの事件は本当にお世話になりました。零子さん」

 

 木更が頭を下げて、それにつられるようにティナや延珠、火垂、蓮太郎も頭を下げた。しかし、零子は肩を竦めると優しく告げる。

 

「よしなさいな、私たちは仲間を守ろうとしただけ。仲間を守るのに理由は必要ないわ。そうでしょう?」

 

 すると、顔を上げた木更も頬を綻ばせ「そうですね」と笑みを浮かべた。

 

「そうだ、蓮太郎くんにはこれを渡して置かなくちゃね」

 

 零子は言いながら胸ポケットからメモリカードを取り出して蓮太郎に渡した。

 

「これは?」

 

「水原くんが自力で調べ上げた『ブラックスワン・プロジェクト』の詳細。彼はそれをこれの中に隠していたのよ。これは火垂ちゃんに渡しておくわ」

 

「私に?」

 

 火垂が怪訝な表情をするが、懐中時計の裏蓋をみたとき、瞳から涙が零れ落ちた。

 

 それを見た木更や蓮太郎が心配そうな顔をするが、零子は続ける。

 

「この時計すごく精巧で緻密な仕掛けがしてあってね。私もそのメモリーカードを取り出すのに苦労したわ。

 そして、その時計はある日時になると自動的に開いて、オルゴールがなる仕掛けになっていた。そのある日時は……言わなくてもわかるわね」

 

「私の……誕生日」

 

「そう。貴方の誕生日はつい先日。恐らく水原くんはそれを貴女の誕生日プレゼントにするつもりだったのね。でも、五翔会に目をつけられていることを知った彼は、それにメモリーカードを隠したけれど、奴等が部屋に押し入った際にそれをもって行かれてしまったのでしょうね」

 

「……そうか、だからあの時水原は『証拠を盗まれた』って……」

 

 蓮太郎も思い当たる節があるのか口元に手を当てた。

 

「本当はメモリーカードを聖天子様や天童菊之丞に渡すつもりだったのでしょうね。でもその途中で盗まれ、二人とコンタクトの取れる蓮太郎くんを頼ったけれど……ダークストーカーに殺された。

 火垂ちゃん、その時計は大切にしなさい。裏蓋の文字を見てもわかることだと思うけど、彼はずっと貴女のことを思っていた。綺麗事を言うようだけれど、それはきっと亡くなった今でもね。だから自分の再生能力が優れているからと言って、自分を犠牲にするような事はもうやめなさい」

 

 微笑みを浮かべていう零子の言葉はとても重いものであったものの、同時にとても優しく、暖かいものでもあった。火垂は涙を流しながらそれに頷き、懐中時計を胸に抱く。

 

 それを見ていた子供たちが彼女の元に集まり、皆口々に彼女を慰めてやっている姿は、胸が暖かくなる光景で、木更の目尻には涙がたまっていたし、蓮太郎も小さく笑みを浮かべていた。

 

 また、それは凛たちも同じであり、それぞれ顔を見合わせながら微笑んでいた。

 

 しばらくすると、零子が蓮太郎に告げた。

 

「さてっと、それじゃあ新しい仲間を紹介しておきましょうね。蓮太郎くんはまだ直接会ったことなかったでしょう」

 

 零子が言うと、後ろで控えていた焔が前に出て軽く頭を下げながら自己紹介を始めた。

 

「初めまして、蓮太郎。私の名前は露木焔、翠の新しいプロモーターね。あ、因みにIP序列は九千六百三十位ね。まだまだ民警としては駆け出しだけど、これからよろしく」

 

「ああ、よろしくな」

 

「焔ちゃんは櫃間の家に行って彼のパソコンから色々情報を抜き取ってきてくれたんだよ。勿論翠ちゃんも一緒にね」

 

 凛が言うと、焔と翠は「フンス」というようにそれぞれ胸を張った。それを聞いた蓮太郎は立ち上がると頭を下げる。

 

「さんきゅな、二人とも。いろいろと助かった」

 

「気にしないでいいってば、私は兄さんの役に立てればそれでモガッ!?」

 

「はいはい、お前はこれ以上言うとドン引きされる可能性があるから黙ってろ」

 

 呆れ口調で言いながら彼女の口を後ろから塞いだのは凍だった。彼女はそのまま焔を引っ込ませると、スッと蓮太郎の前に出る。

 

 その際、彼女の豊満すぎる胸がたゆんと弾んだ。

 

「オレとは完全に初めましてだな。露木凍だ、苗字でわかるだろうが焔の姉だ。こっちは相棒の桜だ」

 

「はじめまして、東間桜と申します。これからよろしくお願いいたします、里見様」

 

「お、おう。よろしくな、凍さんに桜」

 

「ああ、こちらこそな……ふむ、中々いい身体をしている。鍛えているようだな、一度手合わせをしたい気分だ」

 

 桜に様付けをされて若干たじろいでいた蓮太郎を見据えつつ、彼の身体をポンポンと触る凍は嬉しそうな笑みを見せた。

 

 しかし、そこで延珠がボソリと呟いた。

 

「……木更よりおっきいのだ……」

 

「ん?」

 

「おっぱいが……木更よりおっきいのだ……!!」

 

 延珠の声に彼女を見ていた凍が、木更の胸と自分の自己主張の激しすぎる胸を見やると、納得したように頷いた。

 

「ああ、これか。何故かわからんが大きくなる体質でな。ブラのサイズがなくて困ってるんだ」

 

「えっと……因みにおいくつあるんですか?」

 

 木更も少し気になったのか小首をかしげながら問うと、凍は特に恥ずかしげもなく淡々と告げた。

 

「確か最近百を超えてたか。もう重いのなんのって」

 

「ムキイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!」

 

 笑いながら言った凍だが、ついにおっぱいヒステリーを起した延珠が彼女に飛び掛った。しかし、延珠がつかもうとした凍、もとい凍のおっぱいはその場から消えうせ、延珠は背後から首根っこをつかまれた。

 

 その移動速度たるや、蓮太郎や木更、ましてや延珠も反応できないほどだった。

 

「延珠っ!?」

 

「すまんな里見、若干狂気を感じたものだからついやってしまった。延珠……だったな、おっぱいを大きくしたいのか?」

 

「う、うむ。できれば木更を抜かすぐらいバインバインでボインボインになって蓮太郎をゆーわくしたいのだ!!」

 

 その言葉に凍はクスクスと笑ったが、蓮太郎はというと頭を抱えていた。凛や杏夏たちもそれに対して若干の苦笑いを浮かべる。

 

「そうだな。胸を大きくしたいなら、毎日良く食べよく眠り、よく運動をすることだ。または……適度なマッサージも必要だというな。オレはやったことがないが」

 

 延珠を放しながら彼女が言うと、そのまま延珠は凍の言葉を真剣に聞いていた。しかし、それは延珠だけではないようで、凛がチラリと視線を落とすとティナもそれに聞き耳をたて、メモを書いていた。

 

 そのあと、凍のおっぱいを大きくする方法を聞いたり、今後のことを話し合った一同は、夕方になった頃合を見て一度解散。

 

 その後、また合流した皆は以前やった親睦会の会場である焼肉屋に行き、未織や玉樹、弓月、朝霞、さらには金本まで交えた大宴会を開いた。

 

 皆で泣いて笑って食べた時間はとても暖かく、全員にとって忘れられない一夜となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、凛はマンションのリビングで凍と焔と向かいあっていた。すると、焔が口火を切る。

 

「それでは報告させていただきます。以前、兄さんから調査を依頼された紫垣仙一ですが……調査の結果はクロでした。邸宅に潜入した際、書斎にて秘密の部屋を発見しました。それと、彼の腕には五芒星と頂点から伸びた五つの羽根も見られました」

 

「なるほど……ありがとう焔ちゃん。危険な任務だったけど、本当に調べてくれて感謝するよ」

 

 凛は頭を下げたが焔は「いえいえ」と頬を赤らめながら答える。すると、今度は凍が大阪エリアであったことを話してくれた。

 

「大阪エリアでも五翔会の連中の動きが活発になってきていたぞ。特に斉武のやつ、前にもまして過激だな。劉蔵爺様の手紙には奴の名前があったんだろう?」

 

「うん。斉武は五翔会に属しているから気をつけろだって。でも、よく調べられたね凍姉さん」

 

「オレと焔は忍者の家計だぞ? 裏仕事は手馴れたもんさ。五翔会だろうがなんだろうが敵じゃない」

 

 肩を竦めて言う彼女の瞳には自身が満ち溢れていた。確かに、凍の気配を消す能力は一級品だ。現に今日彼女が現れたときも、凛を含めた全員が彼女の気配に気が付くことができなかったのだから。

 

「で、どうする? その紫垣とやら……殺すか?」

 

「いいや、それはまだやめておいたほうがいいかもしれない。下手に手を出すと面倒なことになりそうだし、何より蓮太郎くんたちが完全回復していない今は危険すぎるよ」

 

「そうですね。それが妥当だと思います」

 

「ふむ、確かにお前達の言うとおりだな。では今日は眠るとしよう、焔行くぞ」

 

 凍はスッと立ち上がると、焔をつれてリビングを出て行こうとする。だが、ドアノブに手をかけたところで凍はこちらに振り向いてクールな笑みを浮かべる。

 

「凛、今度久々に稽古をしようじゃないか」

 

「……わかった、いいよ」

 

「よし。ではその時になったら里見も誘えよ? アイツの力は見ておきたいからな」

 

「相変わらず、バトルマニアだね。凍姉さんは」

 

 若干呆れつつ言うと、凍はニッと口角を上げると言い放つ。

 

「当たり前だ。強い奴と戦えるのはいい経験だからな。それじゃあ頼んだぞ」

 

「おやすみなさい、兄さん」

 

 二人がそのまま部屋に消えていったを見送ると、凛はソファに身体を沈めながら大きく息をついてから、天井を見上げる。

 

「これからまた、忙しくなりそうだなぁ」

 

 凄まじい事件が終わったばかりだというのに、新たな来客とあって、凛の周りは忙しない事ばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が今回のことの顛末でございます。斉武大統領」

 

 ハンチング帽を被った若い男が言うと、獅子の鬣を思わせる髭をはやした男、斉武宗玄が軽く鼻で笑った。

 

「フン、やはり櫃間親子は使い物にならんかったか。紫垣の言ったとおりだな」

 

「はい。もとより無能な輩でしたから仕方ないともいえますが」

 

「確かにな。それでネストよ、俺に対しての報告とはなんだ?」

 

 斉武が言うと、ネストは顔を上げて告げた。

 

「断風凛からの伝言です。『貴方達の野望は必ず砕く』だそうです。グリューネワルト翁にもそうお伝えください」

 

「……ほう、さすが断風というべきか。劉蔵と剣星の忘れ形見……断風凛……。我々を狩る死神となりうるか。

 クク、おもしろい。果たしてあの男に何処までのことができるのか、見せてもらおうではないか。既に日本全土に網を張り巡らせている我々に勝てるかどうか」

 

 斉武はそれだけ言うとその場を去った。その双眸は野望という黒い炎が揺らめいていた。




はい、これにて逃亡編完結です。

木更と蓮太郎のやり取りなかったけど……まぁ蓮太郎くんは漢を見せたことでしょう。
そしてついに凍姉さんと桜ちゃん合流。一時は死んだのではないかと思ったほど動きがなかった凍姉さんですが、このたび合流しました。

そしてびっくり、木更さんを超えるおっぱいの持ち主……ムムッ

火垂はしばらく蓮太郎のとこにいる感じですかね。

次は未織メインの小話です。
予告的なものをするとすれば、夏の終わりくらいに訪れた司馬家の大事件に対して、凛が一週間か二週間を未織と共に過ごします。どのような形で共に過ごすのかは……お楽しみにw
オリジナルの会社名とか出すので、小話といえど面白くしていきたいと思います。
まぁ話自体は重くないコミカルなものに仕上げて行きたいと思います。

では感想などありましたらよろしくお願いします。

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