ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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長いです。
一万字超えましたw


第六十二話

 凛は黒詠を下段から構えつつ、真正面にいる嶺を見据える。まるで蛇のようにベロリと舌なめずりをする嶺の瞳の奥には、闘争心と狂気、殺意が渦巻いていた。

 

「再生できないほどの斬撃……やってみろよ断風ェッ!!」

 

 言いながら、こちらにむかって突き進んでくる嶺は大鎌を思い切り振り上げると、そのまま斜めに薙ぐ。

 

 空気を切り裂きながら命を刈り取る凶刃が向かってくるが、次の瞬間、大鎌を持つ嶺の腕が斬り飛ばされ、凛の姿は彼の真後ろにあった。

 

「なっ!?」

 

 突然自身の腕が消失したことに驚きの声を上げる嶺を尻目に、凛は息をつく。

 

 断風流戦刀術奥義、初式(はつしき)天武黎明(てんむれいめい)』。

 

 一呼吸の後に放たれたのは一切の容赦のない一閃。

 

 しかし、それだけで手は休めない。

 

 凛は横に薙いだ黒詠を今度は斜めから振り抜きながら嶺の前方に駆け抜ける。

 

「て……めぇ……!?」

 

 何か言っていたがそんなもの今の凛にはどうでもよいことだった。今の彼の頭にあるのは、自身の前に立ちはだかる一切合切を切り刻むことのみなのだから。

 

「……弐式(にしき)、『滅離崩翼(めつりほうよく)』」

 

 今度は下段から逆袈裟斬りに振り抜きながら、嶺の左の肩口までを斬り払う。この時点で嶺は上半身と下半身を分断されており、上半身には×字がつけられていた。

 

 だが、すでに回復は始まっており、斬り口が接合しようとしている。

 

 そんな光景を見ても、凛はまだ攻撃の手を休めず言い放つ。

 

終式(ついしき)、『轟刃壊齎(ごうじんかいせい)』」

 

 迷いのない縦一閃の剣閃が走る。嶺の身体はそれによって真っ二つになったが、それでもしぶとく回復を始めようとしている。

 

 けれど凛の腕はまだ止まることはなく、彼は最後の一手を放つため、黒詠を一度鞘に収めてから回復を始めている嶺に肉薄してから目にも止まらぬ速さの斬撃を放ち、刀身に付着した血液を払いながら静かに告げる。

 

「断風戦闘術奥義三連閃、『万乖焉亡撃(ばんかいえんほうげき)無限斬葬(インフィニット・バースト)』」

 

 その言葉と共に黒詠が納刀され、背後では切り刻まれ、再生をしようとしていた嶺が不規則な形に砕け散った。その凄惨さたるや、バラバラに粉砕された和光がかわいい方だと思えるほどだ。

 

 

 

 なんだこれは?

 

 と、嶺はかすれてゆく意識と視界の中で思った。

 

 嶺の再生能力は目を見張るものがある。これは自分でも思っていることだ。しかし、その再生能力も斬られたりした傷跡があってこそのものだ。

 

 ……ふざけるな、こんなことがあってたまるか。まだまだ殺したりないのに……。

 

 意識の底で思い、体を動かそうと思うものの、その体が存在しない。

 

 なぜなら凛が再生も不可能なほどに消し飛ばしてしまったのだから。けれど、嶺は認めない。自分の敗北を。

 

 ……俺は、まけてなんか……ない。俺は最強なんだ……最強なのに……。

 

 そこまで思ったところで、視界が完全に闇に包まれ、思考も止まった。

 

 最後の最後まで蛟咲嶺は自身の死と敗北を認めはしなかった。けれど彼は死んだ。あっけなく、無様に、この世から消滅したのだ。

 

 

 

 背後で爆散し、肉片すらも残らなかった嶺に対し、身も凍りつくような視線を向けた凛は小さく告げる。

 

「……さようなら、蛟咲嶺」

 

 言いつつ、彼はそのまま振り返ることなく蓮太郎の下へ歩き出した。

 

 恐らく今の自分はとても酷い顔をしているのだろう。けれど今はそれでいい。

 

「……皆を守るためなのなら、僕は殺人者と呼ばれても構わない」

 

 覚悟と闘志を孕んだその言葉は、誰に向けたものなのか。自分か、それともまだ見ぬ敵か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎は苦戦を強いられていた。

 

 もらった傷が大きすぎるというのもそうだが、それよりもやはりというべきか、義眼の性能が明らかに劣っている。

 

 ……チクショウ。

 

 菫に文句を言っているわけではない。彼女から授けられた力を使いこなせていない自分に対して憤慨しているのだ。

 

 この事件が始まる前、彼女に言われたことを思い出す。

 

『蓮太郎くん、君の義眼にはリミッターがしてあるんだよ』

 

『リミッター?』

 

『うん。君のその瞳はある一定以上の思考の回転数にまでは届かないようになっているんだ。今の君の能力であれば、標的の位置の未来位置の予測、距離計。そのほか時間の流れが遅く感じる程度だろうけど、実は更に先がある。でもそれをやろうとすると見えすぎてしまってね。君より前にその義眼を搭載して臨床実験をした際には……全員帰ってこなかった。

 あぁいや、一人生き残った奴がいるな。今では自由自在にオンオフができるバケモノみたいな奴が』

 

『だ、誰なんだ?』

 

『それは言えないよ。本人に口止めされてるからね。でも、一つだけ言わせてもらうと、恐らく今の君の攻撃なら、アイツは全部避けきってみせると思うよ?

 まぁとりあえず「二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライズン)」という言葉だけは覚えておきたまえよ』

 

『二千分の一秒の向こう側?』

 

『能力の名前だよ。君のその義眼は……そうだな、君の感情、例えば怒り、悲しみとか感情が高ぶったりすると回転数が上がる。それは君の脳にある思考回路と直結しているからだ。「二千分の一秒の向こう側」はその思考の回転数が限界線を突破したってことだ。

 二千分の一秒……即ち、一秒が二千秒に感じるってことだ。因みに言っておくけどこれは世界が本当に遅くなってるんじゃなくて、君の思考回転数が上がってそう見えるだけだからね。ラノベやゲームやアニメで達人同士が刀で戦っていると、「刀がとまって見える」なんて表現があるけど、ようはアレを人為的にやってるって言った方が君にとっては簡単かな?』

 

 菫はそういってくれたものの、蓮太郎はそれを聞いて理解が出来ないというよりも愕然としてしまった。

 

 今でさえ相当時間感覚が伸ばされているというのに、さらにそれを伸ばしたらどうなるというのか。興味もあったが、どちらかと言うと恐怖も沸いた。

 

 そしてその力をオンオフできる機械化兵士がいるということにも驚きだ。

 

 だが、そんなことを考えていると、悠河の掌打が首元を掠めていった。

 

 ヴァイロ・オーケストレーション。彼の手にはそう呼ばれる超振動デバイスが搭載されており、アレで頭を触られでもしたら、一瞬で殺されるだろう。

 

 すると、蓮太郎が避けたところで悠河が口元を押さえて血を吐いた。先ほどの傷が影響しているのだろう。

 

 その隙を狙い、蓮太郎は傷の痛みを無視して腕のカートリッジを撃発させる。

 

 天童式戦闘術一の型八番『焔火扇』。

 

 ……ここだッ!!

 

 覚悟を決めて拳を叩きこもうとするが、その瞬間蓮太郎は口元を押さえていた悠河が不適な笑みを浮かべたのを目撃した。

 

 瞬間、悠河の手に戦慄の物体が握られているのが見えた。

 

 ……MK3手榴弾ッ!?

 

 手榴弾の名前を思い浮かべた時には、既に遅かった。投げられた手榴弾はピンを抜かれた状態であり、すぐにでも爆発するだろう。

 

 弾かれるように蓮太郎は脚部のカートリッジを撃発。

 

 エネルギーを推進力に変えて後方に飛びのこうとしたが、その瞬間、手榴弾が炸裂し、衝撃波と爆風が襲ってくる。

 

「っ!」

 

 揺さぶられるような衝撃が全身を駆け抜け、傷口が悲鳴を上げる。

 

 その影響で蓮太郎は推進力を操作することに失敗し、地面に打ち付けられながら何とか立ち上がろうとするが、顔を上げた瞬間、蓮太郎の表情が固まった。

 

「これで終わりです。さようなら、里見蓮太郎」

 

 冷徹な殺人者の顔をした悠河が掌打をこちらに向けていた。

 

 彼も先ほどの手榴弾で相応のダメージを負ったが、彼はそれに痛みを感じていないかのように悠然とこちらを見据えて、掌打を放ってきた。

 

 全てを破壊せし恐怖の腕が迫ってくるが、蓮太郎はダメージのせいで動くことが出来なかった。

 

 ……クソッ! クソッ! 動け、動けッ!!

 

 何度も心の中で言うが、身体は動くことがない。けれど、義眼の演算ばかりはどんどん早くなっているようで、悠河の動きがスローモーションのように見える。

 

 ……死ぬのか? ここで? まだ何もやっていないのに。延珠やティナ、木更さんが待ってるのに!

 

 ドクンドクンと心音が大きくなり、脳裏には延珠、ティナ、木更の姿が浮かぶ。ここで自分が死んでも、凛が彼女達を守ってくれはするだろう。しかし、残された彼女達の心には深い傷が残ってしまう。

 

 そんなことでいいのか。

 

 想い人を悲しませ、延珠とティナを寂しくさせてしまっていいのか?

 

 ……ダメだ! それだけは絶対に、皆を悲しませることだけは、絶対にしちゃいけねぇッ!!!!

 

 瞬間、視界が真っ白になった。

 

 瞬間的に悠河の『ヴァイロ・オーケストレーション』を喰らって死んだのかと思ったが、そうではない。意識ははっきりとしているし、腕や脚の感覚も確かにある。

 

 そして思い出す、義眼の回転数が千九百を突破していたことを。

 

 ……そうか、これが。

 

 

二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライズン)

 

 

 菫が言っていた義眼の限界線を突破した世界。

 

 白すぎて眩しいほどだったが、蓮太郎は目の前でこちらに掌を向けている悠河の姿が光っているのが見えた。

 

 しかし、その速度はかなり遅い。

 

 同時に蓮太郎は一歩を踏み出して悠河に肉薄する。

 

「なッ!?」

 

 驚きの声を上げているが、蓮太郎は息を吐ききりながら拳を悠河の腹部に叩き込む。

 

 天童式戦闘術一の型十二番、閃空瀲艶。

 

 確かな手ごたえと共に、悠河が後退したが攻撃の手は休めない。

 

 後退した悠河を天童流を無視した完全な自身の力で蹴り上げる。

 

「がはっ!」

 

 吐血しながら工場の天井近くまで蹴り上げられた彼に、蓮太郎は脚部カートリッジを撃発させて傷を無視して脚を振り上げ、叫んだ。

 

「天童式戦闘術二の型四番ッ!!!! 『隠禅(いんぜん)上下花迷子(しょうかはなめいし)全弾撃発(アンリミテッド・バースト)』ッ!!」

 

 脚部のカートリッジを全て使い切った唸りを上げる全力の踵落としが悠河の左胸、心臓を抉った。

 

 こちらも傷口が悲鳴を上げて吐血しそうになったが、それをこらえて脚を振り切った。

 

 踵落としを叩き込まれた悠河は仰向けのままコンクリートの地面に叩きつけられ、先ほど以上のクレーターを形成し、それを中心として蜘蛛の巣状に亀裂が入った。

 

 蓮太郎はそのまま重力に引かれて地面に降り立って、肩で息をしながら悠河の方を見つめる。同時に、瞳の回転数も下がり、世界が鮮明になってきた。

 

 最初まだ起き上がってくるかとも思ったが、彼は結局起き上がってくる事はなく、仰向けに倒れたまま小さく笑った。

 

 蓮太郎も脚を引きずりつつ、彼の元までいくと声をかける。

 

「俺の勝ちだ、巳継悠河」

 

「そう、ですね。……まさかあそこで反撃されるとは思いませんでした」

 

 自嘲気味に笑みを浮かべる悠河に対し、蓮太郎は言う。

 

「別の形で会えていたら、俺たちはいい友達になれたかもしれないな」

 

「フフ……。おめでたい「if」ですね。でも、僕も嫌いじゃありません」

 

「……聞きたいことがひとつある。お前が負けたという天童流の使い手は何を使っていた?」

 

「君と同じですよ。天童流戦闘術です。でも、あちらの方がもっと禍々しかった。開始して十二秒で負けました。最初の三秒で腕を飛ばされて、次に足を折られたんです」

 

 蓮太郎は思わず息をのんだ。

 

 目の前の少年は今まで戦った中でもトップランクの強さだ。そんな彼を十二秒で圧倒できる天童流の使い手とは一体……。

 

「そいつの名前は?」

 

 焦燥した様子で問う蓮太郎だが、帰ってきたのは関係のない言葉だった。

 

「里見くん、まだガストレア戦争は……終わって、いない」

 

「なに?」

 

「僕は、全盲だって……いいましたよね。でも、そんな僕にも見えるものが……あったんです。それは、死者でも……生者でも、ない。煉獄を彷徨い歩く、者達の行列が……。

 里見くん、これは断風さんにも伝えておいてください。天国は遠いけれど……きっと地獄は恐ろしく、近い。

 では、先に地獄で……待ってます、ね」

 

 嗜虐性に満ちた笑みを浮かべて悠河は薄目を開けたまま息を引き取った。けれど、その顔はどこか満足そうでもある。

 

「蓮太郎くん」

 

 その声に振り向くと、頬や肩口、脚から多少の血を流した凛が佇んでいた。

 

「よぉ、そっちも終わったのか?」

 

「うん。終わったよ、でも今は君を病院に運ばないと」

 

 言いつつ、凛はこちらに肩を貸してきた。それに頷きつつ、立ち上がった蓮太郎は凛と共に工場地帯を出て行く。

 

 しかし、工場地帯を抜けようとしたところで、二人の前に赤い光りを放つパトランプが見えた。

 

 やがて工場地帯を抜けると、十数台のパトカーと二台の救急車があった。また、多くの警察官の姿も見える。

 

「凛! 蓮太郎!」

 

 言いながら駆けて来るのは摩那と、火垂だった。その後ろを見ると、エラの張った顔のゴツイ刑事、多田島が眉間に皺を寄せた状態でいた。

 

「摩那達が呼んだのかい?」

 

「ううん、私たちがここで待ってたら多田島って人が来たんだよ。蓮太郎に言いたいことがあるんだってさ」

 

 摩那が言うと、多田島が軽く咳払いをしながらやってきた。

 

 彼は数瞬何かを考え込むと、小さく頭を下げた。

 

「すまなかった、里見。お前を疑ってしまったことを謝罪させてくれ」

 

「……それはしょうがねぇだろ。アンタだって自分の仕事を全うしただけだ。だからアンタを恨んだりはしねぇよ」

 

「そうか……じゃあとりあえず救急車へ行け」

 

 多田島が言いつつ道を開けると、蓮太郎はそれに頷き凛に肩を貸されたまま歩き出す。しかし、その途中で、凛と火垂、摩那が交代した。

 

「お疲れ様、蓮太郎」

 

「おう。さんきゅな」

 

 火垂に微笑を浮かべながら答えると、蓮太郎は頭を上げた。周囲には多くの警察官がいたが、皆一様にこちらへ向けて敬礼をし、その表情は畏敬の念がこめられていた。

 

 そのまま少し歩いて救急車に座りこむと、救命士が手当てを始めてくれた。しかし、そこでふと気が付く。

 

「摩那、凛さんは何処に行った?」

 

「……最後の仕事だよ」

 

 そういいきった彼女の顔はどこか暗い影を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはまた……ショッキングなところねぇ」

 

 ライトレールに二十分揺られてからたどり着いたのは『第三生化学研究所』という場所だった。

 

 単純に計算すれば恐らく位置的にはモノリスから十六キロぐらいはなれたところにあるのだろう。

 

 しかし、今は距離とかそういうのが問題ではなく、目の前にある壁に埋め込まれたバラニウムの檻の中にいるガストレアだ。

 

「バラニウムの檻で囲まれてるのに死んでない……」

 

「恐らくこれが抗バラニウムガストレアなんでしょうね。まぁそれでも多少は苦しいのでしょうが」

 

 木更の言葉に答えつつ、零子は小さく溜息をつく。

 

 すると、檻の中のにいた一体が懐中電灯の光りに反応して飛び掛ってきたが、零子は危うくアサルトライフルを撃ちそうになった夏世を落ち着かせる。

 

「とりあえず一旦ここを出て他の場所を見ましょう」

 

 それに皆が頷き、歩き始めたものの、研究所の内部は酷いものだった。何処を見てもガストレアが檻に入れられながら蠢いていた。しかもその檻は全てバラニウムで出来ているのにどのガストレアも死には至っていない。

 

 恐らくここの研究員達はこのガストレアの殺処分に困り果てて、ここを放棄したのだろう。

 

 まったく自己責任の欠片のない奴等である。

 

 しばらく歩いていると、『培養室』と書かれた部屋へたどり着く。

 

「あの、零子さん。すっごく嫌な予感しかしないんですけど……」

 

「そうねぇ。私も同意見よ」

 

 苦い顔をする杏夏に頷きつつ、零子は扉を開けた。

 

 途端、冷気が漏れ出し肌を撫でるが、そんなことよりも皆目の前に広がる光景に息をのんでしまっていた。

 

 室内には黄緑色の葡萄の房のようなものが垂れ下がっていた。しかし、それは一つ一つが胎動しており、表面には血管のようなものが浮き出ている。

 

 また、その房は一つ一つがかすかに透けており、中には甲殻を持った昆虫のようなもの、トカゲや蛇のようなものもいる。

 

「まさか、これが全部?」

 

「でしょうね。五翔会はここで抗バラニウムガストレアを培養していたってわけ。で、さっきの檻にいたのがここにぶら下がってる奴等が成体になった……とでも言うべきかしらね」

 

「でもどうしてそんなことを」

 

 焔の問いに対し、夏世が答えた。

 

「おそらく、人為的にパンデミックを引き起こすためでしょう。あと、ブラック・スワン・プロジェクトというのは、やはりブラックスワン理論から取っているのでしょうね。

 ブラック・スワン理論は本来金融的な恐慌や、自然災害で用いられていますが、今回はガストレアがそのブラック・スワンということなんでしょうね。

 そして恐らくこのガストレア達を操るためのトリュドラヒジンだと思われます。」

 

「一種の催眠状態にしたガストレアを放つってわけね。やれやれだわ、まったく」

 

 大きく溜息をつくと、零子は振り返りながら皆に告げた。

 

「じゃあこの施設手っ取り早く爆破させるとしましょうか。皆ボストンバック持ってると思うけど、その中のもの全部C4だから」

 

 一瞬みんなの顔が強張った。恐らく今まで何も知らされずに持たされていたことに驚いたのだろう。

 

「とりあえず仕掛けるのはここと、さっきの檻の所。まぁ後は……そうだ、杏夏ちゃん。濃縮バラニウム弾とかある?」

 

「一応持って来ましたけど、どうするんですか?」

 

「爆弾に仕込んで飛ばすわ。さぁ皆パパッと爆弾を仕込んじゃいましょう。あぁそうだ、施設の写真も忘れずにね」

 

 零子は指示をすると、夏世と共にボストンバックを担いで爆弾をセッティングしに向かい、それに続くように杏夏達もセッティングに向かう。

 

 

 

 それから凡そ一時間後、研究施設から少し離れた森の中に零子たちの姿があった。既に爆弾は施設の各所にセットし、タイマーも仕掛けてある。

 

「あと十秒…………四、三、二、一……ドカン♪」

 

 零子が言ったと同時に施設から爆音と火焔が轟き、崩壊が始まった。同時に、施設から爆音に混じってガストレアの悲鳴のようなものまで聞こえた。

 

 やがて研究所自体が完全に崩壊したのを見届けると、零子は皆に告げる。

 

「それじゃあ東京エリアに戻るとしましょうか。皆エリアに戻るまでが任務だからね」

 

「……零子さん、遠足じゃないんですから」

 

 夏世の呆れた声に対し、肩を竦めてみたが皆苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 零子たちが東京エリアに戻ったのは、朝焼けが眩しい明け方だった。

 

「やれやれ、十六キロってなかなか距離あったわね」

 

「というか、最初からライトレールで戻ってくればよかったのでは」

 

「ライトレールで戻りたいところだったけど、実際私たちが言ったことに気が付いた五翔会の連中が爆弾を仕掛けていないとも言い切れないじゃない? だから徒歩で来たわけよ」

 

 夏世の意見に対して答えてみたが、そこで木更が何かに気付いたように駆け出した。

 

 そちらを見てみると、数台のパトカーと一台の救急車が零子の愛車の隣に停車していた。そして、救急車には皆が見知った顔がいた。

 

 蓮太郎だ。

 

 彼の隣には延珠やティナ、火垂の姿もあり、そこから少し離れたところには摩那がクールな笑みを浮かべている。

 

 零子たちはモノリスを通過して摩那の下に合流する。

 

「お疲れ様、みんな」

 

「そっちもね、摩那ちゃん。凛くんは……やりにいったわけね」

 

「そうでもしないと気がすまないんだろうからね。でも、蓮太郎達が無事に再会できてよかったね」

 

 摩那の視線の先を見ると、木更が蓮太郎に駄々っ子パンチをしており、蓮太郎は傷口を押さえながら対処していた。

 

 

 

 

 

 

 

 東京エリアの一角にあるガストレアの死体安置所では、処理官に変装した五翔会の構成員、君嶋貫之が抗バラニウムガストレアをトラックに運び入れていた。

 

「ちょいと待てよ、そこの処理官さん」

 

 声をかけられ、貫之は弾かれるようにそちらを見る。そこにはパンクファッションの金髪の青年が佇んでいた。

 

「な、なにか?」

 

 平静を装おうとしたものの、声が僅かに上ずってしまった。

 

「俺は民警の片桐玉樹だ。そのガストレア、どうするつもりだ?」

 

「どうするって、焼却処分するに決まっているだろう。私は処理官だから一ヶ月に一度ここにきてこうして――」

 

「――嘘言うんじゃねぇよ、五翔会。そのガストレア、抗バラニウムガストレアって奴なんだろ? お前等の組織が開発したって言う」

 

 自分が言い切るよりも早く、玉樹が言ったことに貫之は生唾を飲み込んだ。

 

 まさかここまでばれているとは思っていなかったのだろう。

 

「な、何を言っているんだ。五翔会? なんだいそれは、私は普通の処理官だ」

 

「へぇまだゴタクを並べるか。でもよぉさっき確認取ったらそのガストレアはまだ処理される日まで二日ぐらいあるらしいんだわ。それなのにどうしてアンタは持ち出そうとしてるんだ?」

 

「そ、それは……」

 

 貫之は言葉に詰まる。しかし、彼の心の奥底では黒い影が落ち始め、彼は作業服の腰に隠していた拳銃に手をかけ、それを玉樹にむける。

 

 しかしその瞬間、彼は引き金を引くことなくそのままの姿勢で固まった。

 

「動かない方がいいよオッサン」

 

「少しでも動けば即座に首を刎ねる」

 

 首筋にはバラニウム製の日本刀、そして腕には蜘蛛の糸のようなものが巻きつき、腕をうっ血させていた。

 

 視線だけを落とすと、首筋に刀を押し当てているのは強化外骨格を装備した武士風の少女。腕に糸を巻いているのは、玉樹と同じようなパンクファッションの少女だった。彼女等の目は赤く染まっており、それだけで二人がどのような存在なのか理解することが出来た。

 

「あきらめろよ。あんたはここで終わりだ。……いいや、アンタのお仲間もな」

 

 玉樹が顎でしゃくったほうを見ると、そちらには二人の刑事と思しき男に拘束された仲間の姿だった。

 

 

 

 君嶋貫之とその仲間をパトカーに乗せたあと、玉樹は髭を生やした刑事、金本明隆と話をしていた。

 

「協力感謝するよ、片桐くん」

 

「気にすんなって。俺も仲間をコケにされたことが晴らせてよかったぜ」

 

「そうかい。だが、今回は本当にありがとう」

 

「だから気にすんなって。それより、アンタのお仲間が呼んでるぜ」

 

 親指を立ててそちらを差すと、金本の後輩である織田が彼のことを呼んでいた。金本はそれに頷いたあと玉樹に軽く頭を下げてパトカーに乗り込んで君嶋達を連行して言った。

 

「兄貴、お疲れ」

 

「おう、お前等もな。っとどうする? メシでも食って帰るか、朝霞もまだIISOに戻るまでは時間があるだろ」

 

「ではお言葉に甘えさせていただくことにしよう」

 

 朝霞が頷いたのを確認すると、玉樹達はいつもより少し早めの朝食を取るためにファミレスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 櫃間は朝焼けに照らされる東京エリアを、アクセルをめいっぱい踏み込みながら車で走り抜けていた。

 

 つい先ほど、リジェネレーターとダークストーカーのバイタルサインが消え、二人が死んだことを告げられたのだ。

 

 同時に、ネストからの連絡があり、五翔会本部からの指示を待てと言われた。下される処罰はかなり重いものになるだろう。

 

 羽根の全没や除名だけならまだ御の字といえる。だが、処罰によっては街中で暗殺されるかもしれない。

 

 しかし、そんなことよりも今は櫃間にとって一番恐ろしい者が一人いる。自身の命を刈り取らんとするであろう死神が。

 

「早く、早く、早くッ!!」

 

 何度も言っているものの、既に車の最高速度は普通に出ている。早朝と言う事もあって他の車や歩行者がいなかったことが幸いだろう。赤信号だろうがなんだろうが一切止まることなく突き抜ける。

 

 時折バックミラーやサイドミラーを確認するものの、まだ死神の姿は見えない。

 

 それに安堵し、交差点を曲がった時だった。視界の端に、変わったバイクに跨った男がいる。

 

 だがそれだけで、櫃間は一気に冷や汗が噴き出るのを感じた。

 

「断風……凛……ッ!!」

 

 そう、バイクに跨って赤信号で止まっていたのは凛だった。櫃間は落としたスピードをすぐに取り戻すためにめいっぱいアクセルを踏み込む。

 

 しかし、その頃にはもう全てが遅かった。

 

「おはようございます、櫃間さん」

 

 戦慄の声がすぐ真横から聞こえた。そちらを見やると、薄く笑みを浮かべた凛がいた。

 

 瞬間的に櫃間はハンドルをきって車体でアタックをしようとするが、それは易々と避けられ、凛は左側にやってきた。

 

「酷いですねぇ。会って早々事故らせようとしないでくださいよ。でもまぁ、この状態じゃいささか話しづらいですね……止まってくださいません?」

 

「ふ、ふざけるな! 貴様と話すことなど何もありはしない!!」

 

 言いつつもっとアクセルペダルを踏み込むがその隣で凛が「仕方ない……」と呟いたのが聞こえた。

 

 その声に反応し、彼が何をしようとしているのか確認しようとした時には、車体がスピンを始めていた。

 

 遠心力で外に放り出されてしまうのではないかという力に何とか耐えていると、やがて電柱にぶつかり、強い衝撃が身体を揺さぶった。

 

 

 

 

 

 櫃間の乗った車が電柱にぶつかって停車したのを確認すると、凛もバイクを降りて黒詠を持ちながら彼の下に近寄っていく。

 

 しかし数歩近づいたところで、車から降りた櫃間が銃口を向けてくる。

 

「く、来るな!! それ以上近づくと撃ち殺すぞッ!!」

 

「どうぞご自由に。……まぁ貴方が僕に当てることが出来ればいいですけど」

 

「う、うるさいッ!! 黙れぇ!!」

 

 櫃間は言うと弾丸を撃ちだす。しかし、凛はいとも簡単に銃弾を避け、一歩一歩近づいていく。

 

 ……Cz75か……装弾数は確か十五発だったっけ。あぁあとそれに一発入れるから合計で十六発か。

 

 あと何度避けるか思いつつ、次々に撃ちだされる弾丸を避け続ける。

 

 そして銃弾を避け続けること十六回。ついに銃から乾いた引き金の音しかしなくなった。

 

「どうやら打ち止めのようですね。では、そろそろこちらからやらせていただきます」

 

 瞬間、凛の姿が消失。そして次に彼が現れたのは櫃間の目の前だった。

 

「っ!?」

 

 息をのむ音が聞こえたが、凛はそれに容赦なく黒詠の柄頭を彼の鳩尾に叩き込む。櫃間の体がくの字にひん曲がり、彼はその場に膝をついて胃の中のものをぶちまけた。

 

「ちゃんと鍛えてないんですね櫃間さん。もう少し鍛えることをお勧めしますよ」

 

 言いつつ、凛は黒詠の切先を櫃間の首筋に押し当てる。

 

 刀身の冷たい感触が伝わったようで、櫃間は尻餅をついて後ずさった。

 

「ま、待ってくれ。天童木更に手を出そうとしたことは謝る! も、もうお前たちに関わろうとはしないし、近づくこともしない!!」

 

「……」

 

「もしそれでもダメだというのなら、私のコネで慰謝料をぐッ!?」

 

 凛が櫃間の手に黒詠を突き刺した。

 

「別に僕は貴方に謝って欲しいわけでも、お金がもらいたいわけでもないんですよ。それに、もう近づかないと言っても貴方は既に僕の逆鱗に触れたんです。

 僕の大切な妹分を弄ぼうとし、あまつさえ彼女の大切なものを奪おうとした罪。僕の友人である蓮太郎くんを罠に嵌め、更に彼の友人であった何の罪もない水原くんの殺害……そのほか上げていてはキリがありませんが。貴方はそれだけの罪を犯した。だのに、自分が殺される側になったら命乞いするなんて、随分と勝手じゃあないですか」

 

「そ、それは――」

 

「人を殺すのなら自分も殺されるという覚悟を持ってください。自分だけが報いを受けないなんてむしが良すぎますよね。だから今回は貴方が殺される側に回っただけ。ただそれだけのことです」

 

「ではお前などうなんだ!? 貴様だってソードテールとリジェネレーターを殺しただろう! それだけの覚悟があるというのか!?」

 

 櫃間が言い切った瞬間、凛は彼の両肩口を二回斬りつける。

 

「ぎっ……ああああああッ!?」

 

 そして踵を返し、黒詠を鞘に収めながら言い放つ。

 

「当然です。僕もいずれは報いは受けるでしょう。どこかでゴミのように死ぬかもしれない。でもそれは今じゃない」

 

 言い切った後、黒詠を完全に鞘に収める。

 

「――断風流奥義禁ノ型『忌牙生劫(きがせいごう)滅刃(めつじん)』――」

 

 刹那、櫃間が糸の切れた人形のようにパタンとその場に倒れ付した。その瞳は光がなく、生をまったく感じられなかった。

 

 さらに異常性を醸し出していたのが、櫃間の遺骸に先ほど斬られた傷がなかったということだ。

 

 まるで何事もなかったかのよう傷が消え、服だけに亀裂が入っていたのだ。

 

 その死に様はまるで魂だけを抜き取られたようだった。

 

 忌牙生劫……。断風流の禁じ手であり、対象者を二度斬りつける技だが、その際対象者の細胞を一切傷つけることなく斬るため、鞘に収めた瞬間には傷口が回復する。しかし、最初の二撃で心臓には多大なダメージが及び、まるで心臓麻痺を起したような死に様になるという禍々しい奥義である。言い伝えによれば、これを使用したものは魂が磨耗するとも言われている。

 

「さようなら、櫃間篤郎。地獄で皆にわびてください」

 

 そのまま歩き出そうとしたところで、彼の隣に一台の車が停車し、窓が開けられパチパチと拍手をされた。

 

「はじめまして断風凛さん。私はネストといいます」

 

 ハンチング帽を被った若い男だった。名前からして本名ではないだろう。五翔会のコードネームと言ったところか。

 

「どうも」

 

「いやはや助かりましたよ。上からの指示では失敗者には死をということでしたのでね。私の代わりに貴方がやって下さり本当に助かりました」

 

「そうですか。では僕はこれで」

 

 そちらに目もくれずに歩き出そうとするとそれを止められた。

 

「断風さん。貴方も五翔会に入りませんか? 貴方が加わってくれれば我々の組織はきっと素晴しいものになる」

 

「お断りします」

 

 即答だった。取り付く島もないというのはまさにこのことだが、凛は続けた。

 

「そうだ、ネストさん。貴方にお願いがあります。五翔会に在籍しているであろう、大阪エリア大統領、斉武宗玄さんとアルブレヒト・グリューネワルト翁にお伝えください。

 貴方達の野望は必ず打ち砕くと」

 

「……わかりました。伝えておきましょう、では」

 

 ネストはそのまま走り去っていったが、凛は振り返らずにバイクに跨るとその場を後にした。




はい、決着完了です。
そして出ましたね、大分厨二ってる断風流の技がw
櫃間の殺し方はバラバラでも良かったんですが、それだと芸がなかったのでこういう感じにしました。
そして長かった逃亡編も次で終了です。
火垂の今後とかいろいろありますが、これでひとまずの終止符が打てます。
それが終わったら次はちょっと楽しい未織と凛のお話を数話やりたいと思っています。完全にネタ要素満載なので、苦手な方は見なくても大丈夫です。

あと、この作品を推薦してくださったc+java様。本当にありがとうございます。
これからも精進してまいります。

では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。

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