ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第六話

 庁舎での出来事の数日後の昼ごろ、凛は蓮太郎が通っている勾田高校に顔を出していた。しかし、蓮太郎に会いにきたわけではなく、目的はこの学校の生徒の頂点、生徒会長に用があってきたのだ。

 

 実際は凛が用があったわけではなく、零子の所にこの学校の生徒会長であり、黒崎民間警備会社に武器の提供をしてくれている兵器会社、『司馬重工』の令嬢、司馬未織が話があるとのことで凛を呼び出したのだ。

 

 学校の方にも既に許可は取ってあるとのことで、特に誰にも咎められることなく校内へ入ることが出来た凛であるが、校内は昼休みであるため、特殊な髪の色や、腰から下がっている刀のせいなのかかなりの注目が集まっている。

 

「ねぇあの人めっちゃかっこよくない?」

 

「うん、背も高いしそれにあの髪の色凄いね。地毛なのかな?」

 

「いやいや、地毛ってことはないでしょ。多分染めてるんだよ」

 

「でも……あの腰から下がってる刀って?」

 

「民警なんじゃないの?」

 

 主に女子生徒からの声に晒されつつも、凛は真っ直ぐに生徒会室を目指す。

 

 やがて生徒会室に到着した凛は扉を軽くノックした。

 

「どうぞー」

 

 中から柔和な女性の声が聞こえ、凛は扉を開ける。

 

 室内に入った凛は声の主に嘆息しながらも投げかけた。

 

「まったく……出来れば放課後に呼び出して欲しいものなんだけどね。未織ちゃん」

 

「ええやないの。零子社長に聞いたら今日暇や言うてたし。凛さんも特に用事はなかったんやろ?」

 

 柔らかな関西弁で話すこの少女こそ、黒崎民間警備会社への武器提供者、司馬未織である。

 

「まぁそうなんだけどさ……」

 

 小さく溜息をつきながら未織の問いに頷いた凛に対し、未織は手でこちらに来るように促し、凛はそれに頷き未織の隣の椅子に腰掛ける。

 

「それで? お話って何かな、未織ちゃん」

 

「うん。凛さんの刀についてな……前々から渡しとったバラニウム刀弐式やと凛さんの力に耐えられないやんか。せやから色々開発してみてな、新しい型のバラニウム刀が出来たんで試してもらおう思うてな」

 

 未織はパソコンの画面にバラニウム刀を出しながら解説をはじめ、画像の横には『弐式』と表示されており、未織はその後更にパソコンを操作し、次の画像を表示した。

 

 画像自体に大きな変化はないものの、文字だけが変わり、今度は『参式』と表示されていた。

 

「参式は鋼を入れて強度を増してある分、結構重さが増しとってな。扱いにくいとは思うけど、頑丈さでは今迄で一番や」

 

「なるほど……。じゃあ今日はもしかして」

 

「うん。これから本社に行ってちょいと試してもらうために呼び出したんや」

 

「だったら別に放課後でもよかったんじゃ?」

 

「こっちも学生なんやで? 色々勉強せなあかんし、忙しいんやわ」

 

 扇子を広げながらパタパタと自分を仰ぐ未織に対し、凛は軽く溜息をつくと、静かに頷いた。

 

「わかったよ」

 

「うん、凛さんなら言うてくれると思ってたで。ほな、いこか」

 

 未織は立ち上がると同時に携帯を取り出し、どこかに連絡をとった。

 

 凛はそれにもう一度溜息をつきつつも、前を行く未織についていった。

 

 

 

 

 

 

 勾田高校の校門前には黒塗りのリムジンが止まっていた。

 

「うわーお……。さすがお嬢様」

 

「何言うとんの、リムジンなんて電話一本で呼べるんやで? まぁこれはウチのやけど」

 

 リムジンに乗り込みながら小さく笑みを浮かべる未織に肩を竦めつつも、凛も未織に続きリムジンへ乗り込んだ。

 

 バタンと運転手がドアを閉めると同時に、運転席と後部座席を一枚の板がスライドし、前に会話がもれないようになった。

 

 運転手も乗り込み、リムジンがゆっくり動き出すと、未織は凛に問うた。

 

「そういえば里見ちゃんと会ったらしいやんか凛さん」

 

「うん、ちょっとね。そういえば未織ちゃんは蓮太郎君にも武器を提供してるんだっけ」

 

「せやね。あの子は私のお気に入りやから」

 

 クスッと笑う未織は本当に蓮太郎のことを気に入っているようだった。すると、未織はすぐさま思い出したようにノートパソコンを取り出し、凛の隣に座りパソコンを軽く操作し始めた。

 

「凛さんの刀もそうやけど、摩那ちゃんのクローも新しいのが出来てるんよ」

 

 キーボードを叩き、先ほどと同じように画像を表示させると、そこには現在摩那が装備品として活用しているクローがあり、パラメータのようなものも表示された。

 

「新しいクローは全体的に軽量化しとるんよ。摩那ちゃんの力であるチーターのスピードを最大限に引き出すためにな」

 

「まぁ確かに摩那の持ち味だしね。あまり使わせたくはないんだけど」

 

「それでもあることに越したことはあらへんやろ? そんでな、他にも色々調整したんやけど……」

 

 未織はその後も本社に到着するまで武器の調整の話や、新たに入荷した武器などの解説をしていた。

 

 

 

 

 

 

 司馬重工本社に到着した未織と凛は二人である場所を目指す。

 

 やがて着いたのは司馬重工本社ビル、地下五階にあるVR特別訓練室と言うところだ。室内は真っ白であり、上から照らす証明の反射が痛いほどだった。

 

 同時に凛の頭に装着されたヘッドセットから女性の声が響いた。

 

『モーションリアリティ・プリズム・バトルシミュレータVer10.0起動。IDカード読み取り終了。またお会いできて光栄です凛』

 

「毎度ありがとう。今日もちょっとばかし付き合ってもらうよ」

 

『はい』

 

 合成音の女性の声は聞こえなくなるが、今度は変わりに目の前を電子データで出来ているであろう子ウサギがぴょんぴょんと跳ね回っている。

 

 ここは直径が凡そ一キロある広大なキューブ上の部屋であり、室内は全て特殊なゴム素材で出来ており、実弾はおろか爆薬まで使用可能と言う超高度な仮想戦闘訓練施設である。

 

『景色はどないする?』

 

 今度は未織の声が聞こえ、凛はそれに声音を変えずに返答する。

 

「なんでもいいよ」

 

『ほな、街中での戦闘を想定してみるか……。対ガストレア戦闘やけど、敵のステージとレベルはどないする?』

 

「ステージはⅣ。レベルは最大でよろしく」

 

『相変わらず人間離れしとるなぁ。場合によってはショック死するで?』

 

「大丈夫だよ。攻撃に当たらないうちに倒すから。ほら、さっさとはじめよう!」

 

 凛が言うと同時に、景色が一変し周囲が東京エリアの風景へと変わった。

 

 そして、目の前にはステージⅣの仮想ガストレアが凛に対し牙をむいていた。形状から元が何の動物なのかは最早判断が出来なくなっているものの、その巨大な口と強靭な足から、恐竜を思わせる風貌をしている。

 

『そんじゃまずは一体目。スタートや!!』

 

 未織の開始宣言と同時に凛は先ほど未織から手渡された黒膂石刀参式を構える。

 

 恐竜のようなガストレアは耳をつんざくような轟咆を上げると凛に向かって猛進した。凄まじい巨体か迫り、地面が揺れているが、これらは全て仮想なのだ。

 

 ……まったく、本当に本物と戦ってる気分だよ。

 

 内心で技術力の高さに感心しつつも、凛は凄まじい速さで接近するガストレアに冷たい視線を送ると大きく深呼吸をする。

 

 そして、恐竜型のガストレアの巨大な顎が凛に噛り付いた。

 

 と、思われた瞬間、既に凛は恐竜の真後ろにおり、刀を鞘に納めているところだった。

 

「……断風流壱ノ型、禍舞太刀(かまいたち)

 

 刀を鞘に三分の二まで納めた凛は最後にそう告げると、残った刀身を勢いよく納刀した。その瞬間、先ほどまで動いていたガストレアが頭から一気に裂けた。

 

 大量の血が辺りに撒き散らされるが、凛は小さく息を吐いた。

 

『お疲れさんやー。ほんで、刀のほうはどや?』

 

「大丈夫だと思うよ。特に刃毀れした様子もないし」

 

 言いながら鞘から刀を抜く凛だが、確かに刀には傷一つなく、以前のようにボロボロになっていない。

 

『ならよかったわー。じゃあこれで平気やな』

 

「そうだね。まぁ僕が本気を出さなければだけど」

 

『ヘっ!? ちょ、ちょい待ち! 今の本気やなかったん!?』

 

 凛の本気ではないという発言に、未織は驚愕の声を上げるが凛は首を傾げていた。

 

「アレ? 本気でやった方がよかった?」

 

『そ、そりゃあそうやけど……。えっとでも因みに聞いとくで? 今ので力何ぼくらい?』

 

「うーん……まぁざっとで十分の一くらいかな」

 

 あっけからんとした様子で言う凛に未織は一瞬気が遠のきかけた。何せステージⅣのガストレアが一撃で両断されたのだ。それを本気でも力の半分でもなく十分の一というありえない数字に危うく卒倒するところだった。

 

 ……い、今ので十分の一てアホか!?

 

 内心で目の前で訓練している凛に悪態をつきながらも、未織は口の中に溜まってしまった唾の塊を何とか嚥下するともう一度凛に問うた。

 

『もし……もしやで? 凛さんが本気でぶった切ったらその刀は……』

 

「間違いなく鍔の部分からぽっきり折れてるだろうね。最悪粉になってるかも」

 

『あぁもうえぇ……。聞きとうない。アレやな、用は間違いなく折れる言うことやろ?』

 

「まぁ……そうなるね」

 

 未織はその発言に頭を抱えるどころか呆れ果ててしまった。この男は何処までバケモノなのだと、もしかすると、ガストレアよりも恐ろしいのではないかと訓練室にいる凛を見て思ってしまうほどだった。

 

『まぁええわ。凛さんちょいと上がってきてくれるか?』

 

 未織は軽く溜息をつきながらも訓練場にいる凛をよんだ。凛もそれに頷くと訓練場を後にし、未折の元へとやって来た。

 

 未織は椅子に腰掛けながら、凛が持っていた冥光を指差した。

 

「前々から言おうとは思ってたんやけど、冥光を解析させてくれへん?」

 

「解析?」

 

「うん。さっき凛さんが使うた参式もかなり強度は上げてるって言ったやんか? けど、凛さんの本気には耐えられない言うことは……その冥光なら本気に耐えられる言うことでええんやろ? せやから、その冥光を解析すれば何かしらわかるんやないかと思うてな」

 

「なるほどね。別にいいけど、どれ位かかるかな?」

 

「大してかからへんて。ほんの5分くらいや」

 

 未織は掌を開き五本の指を全て立てた状態で笑いながら言う。

 

 凛はそれに頷くと、未織に冥光を手渡した。

 

 冥光を受け取った未織はすぐさま部屋の奥まで行くと、大きな機械の上に冥光を置いた。

 

 その機械はまるで病院にある全身をCTスキャンするようなものに見える。

 

「これでちょちょいとやればー……」

 

 手元の端末を操作すると、未織と凛の目の前に冥光のデータが表示されていく。

 

 はじめはそれらをうんうんと満足げに頷きながら見ていた未織だが、ふと眉間に皺がよった。

 

「これは……」

 

「どうかした?」

 

「うーん……玉鋼とバラニウムが絶妙なバランスで融合しとってな、これは機械での大量生産は難しいかもしれへんなぁ」

 

 腕を組み唸る未織はもう一度端末を操作し始める。

 

「なぁ凛さん。冥光を作った刀匠の人は今何処におるん?」

 

「残念ながらもうその人はこの世にはいないよ。冥光はその人が最後に残した刀だからね」

 

 肩を竦め、若干残念そうに言う凛を見て、未織もまた残念そうに肩を落とした。

 

 しかし、すぐに未織は立ち直ると、端末を操作し冥光の隣に新たにもう一つの画面を出しそこにデータを打ち込んでいく。

 

「冥光と同じものは作れへんかもしれんけど、冥光に迫ることは出来ると思うんでとりあえずデータだけ保存しとくわ」

 

「へぇ……さすが司馬重工」

 

「おだてても何も出ぇへんでー。けど、あんまし過度な期待はせんといてな。冥光を再現できたとしても恐らく凛さんの本気には耐えられへん」

 

「いいよそれでも、それに早急に欲しいわけではないからね。ゆっくり作ってくれていいよ」

 

「そう言って貰えると助かるわー。そんなら今日は摩那ちゃんのクローだけ持ってく?」

 

 未織が聞くと、凛は首を横に振った。

 

「いや、今日はこのまま帰るよ。クローは明日に会社に送っておいてくれるかな。あと、参式も三本合わせて送ってくれる?」

 

「了解やー。けどなんで参式三本も? なんか大きな仕事でもあるん?」

 

「ん……まぁあれだよ、壊しちゃうかもしれないから仕入れるならそれなりに仕入れとけと社長に言われてたからさ、それじゃあ僕はそろそろ行くね」

 

「あぁ、だったら送りの車手配しとくわー」

 

 冥光を凛に手渡しつつ、携帯を開いた未織は本社正面に車をよこすように社員に手配をした。

 

 

 

 

 

 

 

 司馬重工の車に会社まで送られた凛は、零子にことのいきさつを報告した後、自らの仕事に戻っていた。

 

 隣のデスクには退院した杏夏の姿もあるが、まだ完全に直りきっていないのか腕に包帯が巻かれており、それを首から巻いた包帯で吊っていた。

 

「まだ痛むの?」

 

「少しだけですけどね。それよりすいません、東京エリアが危険なことになっているって言うのに……」

 

 凛の問いに答えつつ、昨日零子から聞かされた依頼を自分が手伝えないということに暗い顔を浮かべる杏夏だが凛は彼女の肩に手を置くと、

 

「大丈夫。それに、怪我をしてるんだから今はそれを直さないと。君の今の仕事は怪我を治すことなんだから。そうでしょう? 零子さん」

 

「ああ。別に会社に顔を出す必要もないんだぞ? 家でゆっくりと療養していろ」

 

「いや、流石にそれは甘えすぎなんで、できる仕事はやりますよ」

 

 杏夏は動かせる方の手で頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

 それに二人は肩を竦ませたが、特にとがめることはせず自分達の仕事を続行した。

 

 その後、勉強から帰ってきた摩那と美冬が合流し、その日の仕事は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れに照らされる帰り道を摩那と並んで歩いていた。

 

「そういえば摩那。未織ちゃんが新武装を作ってくれてたよ」

 

「ホント!? やったー!」

 

 今日あった未織との一件を話すと、摩那はくるりと回り身体で喜びを露にしていた。しかし、嬉しげにしていた表情が突如として一変し、摩那は鼻をヒクつかせ周囲を見回した。

 

 凛もまた摩那が反応すると同時に背後から突き刺さるような殺気を感じていた。

 

「凛……」

 

「うん、わかってる」

 

 摩那が凛の服の袖を引っ張り危険を知らせると、凛も彼女の手を握った。二人はそのまま歩き出すと人気のない方へと向かってゆく。

 

 既に夕刻と言うこともあってか会社から帰るサラリーマンや学校帰りの学生達が多く見受けられるものの、一本、路地を入るとその光景は変わり、人気は少なくなる。

 

「……凛、まだついて来てるよ」

 

「わかってる。とりあえずここを真っ直ぐ行けば人気のない公園があったはず」

 

 摩那の手を引きながら、凛は真っ直ぐに目的の場所を目指す。

 

 そのまま、路地を抜けた二人の視界に広がったのは、閑散とした公園だった。遊具は所々さび付いており、周囲にも人の気配はない。

 

 二人は公園の中心まで行くと同時に振り向いた。

 

「ここなら人目につきません。出てきても大丈夫ですよ」

 

 その声に答えるように二人の人影が凛と摩那の前に姿を現した。

 

 一人は摩那と同じくらいの黒いフリル付きのワンピースに袖を通し、腰から二本の小太刀を下げている少女。

 

 そして、もう一人は不気味な仮面とシルクハット、赤い燕尾服を着込んだ怪人。

 

「やぁ、数日振りじゃないか。断風くん」

 

 先日、庁舎にいきなり現れ宣戦布告した蛭子影胤と、彼の娘、蛭子小比奈がそこに悠然と佇んでいた。




未織さんを登場させてみました次第でございますw
後数話で未踏破区域での戦闘に入れればいいと思います

冥光を持っているのにバラニウム刀を新たに持つ理由はあとあと明らかになりますのでしばしお待ちを……。

感想などありましたお願いします。

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