姿の見えないソードテールと向き合いながら凛は小さく息をつく。いや、今のは語弊がある。実際には向き合っていないのかもしれない。なにせ姿が見えないのだから。
……どうしたものかな。
などと考えていると、またしても背後から大型ナイフが襲ってきた。
「おっとと、あぶないあぶない」
ギリギリでそれを避けるが、顔を上げた時には既にナイフは見えなくなっていた。先ほどはソードテールがしゃべってくれたから場所が把握できたものの、今は声が聞こえないので捕捉がしづらい。
……まぁそれ以外にも探し当てる方法なんていくらでもあるんだけど。
内心で笑みを浮かべながら凛は、姿の見えないソードテールに問う。
「ソードテールさん聞こえてますー? できればあなた方がどんな存在なのか教えてくださると嬉しいんですが」
言ってみるものの、帰ってくるのは沈黙だけ。まぁそれもそうだろう、自分の位置をわざわざ教える馬鹿もいるわけない。
それをするのであれば、そうとうの馬鹿かそうとうの手馴れだろう。
まぁ例によって答えないのは想定していたので別に構わないのだが。
すると、今度は自分の左側に誰かが立っている感覚がしたので、後方にバックステップで飛びのく。
瞬間先ほどまで自分がいたところに銃口が現れて銃弾が発射された。そして、銃口は闇の中にスッと消える。
……ふむ、まぁ大体わかった。
凛は態勢を立て直しながらソードテールの光学迷彩がどんな様なものなのか理解した。
銃が闇に消える瞬間に、僅かながら布がはためく様な動きが見えたのだ。
……光学迷彩はマント状のものがやってるってことかな。でも、攻撃する際にはそれから手を出さなくちゃいけないってところか。
「だったら……」
一度大きく深呼吸をすると凛は静かに目を閉じる。
ソードテールこと
……二度避けるとは、ダークストーカーの言ったとおり中々の実力者のようだが、武器がない奴など、恐れる事はない。コイツを始末したら次は里見蓮太郎だ。奴も俺が始末してしまえば組織での地位も上がる。
ほくそ笑みながらこれからの計画を立てるが、すぐに雑念を振り払って目の前の標的を見据えようとした。
しかし、先ほどまでいた獲物の姿がない。
……逃げたか? それもいいが、俺からは逃げられな――ッ!?
思った瞬間、背中から何者かに蹴られ、さらに背中に痛みが走る。自身の腹を見てみると、大型のナイフが腹を貫通していた。
「ば、馬鹿な……!?」
驚いているのも束の間、すぐにナイフを引き抜かれて再び強く蹴られる。痛みによろめいたためかバランスを保てずに、そのまま前のめりに転んでしまった。
すると、そんな彼の背後から戦慄の声が聞こえた。
「結構背が高いんですね。あと音もなく殺したいのがポリシーであるならば、もっと殺気を収めることをお勧めしますよ。アレだけ殺気が出ていれば足音がしようとしなかろうと、大体の場所はつかめますから」
後ろを振り向くと、そこには笑顔を浮かべた凛がいた。しかし十五はまだやれると踏み、再び光学迷彩を起動させる。
が、
「逃がしませんよ。いちいち隠れられると面倒なんで」
その声と共に背中を強く押さえつけられ、思わずうめき声が出てしまった。同時に、起動しようとしていた光学迷彩が完全起動までには至らなかった。だが、自分もプロだ。たかだか押さえられた程度で終わるわけにはいかない。
「なめるなぁ!!」
言いながら立ち上がろうとしたが、右の掌に鋭い痛みが走る。その痛みに一瞬力が抜けまたしても地面に押し付けられてしまう。
十五が右手を見ると、自分が持っていた大型のナイフが深々と突き刺さっていた。するとまたしても優しげな声で凛が告げてきた。
「質問に答えてくだされば治療をして差し上げますが、どうしますか?」
「フン、質問だと? 俺が組織の情報を売るとでもおも――ガァッ!?」
言いかけたところで今度は左の掌に鋭い痛みが走る。二本目のナイフが突き刺されたのだ。
「ナイフはあと一本……でも、銃もありますからね。出来れば大きな怪我をしないうちに吐いた方が身のためだと思いますよ? 僕は元々銃の扱いにはなれていないんです。なので、当たり所が悪ければすぐさま死んでしまうかもしれませんね」
後ろから伝わってくる圧倒的な強者の殺意。思わず生唾を飲みこんでしまい、恐怖から秘密をしゃべってしまいそうになるが、十五は硬く口を閉ざした。
その様子を見た凛は感心したような声を出す。
「ふむ……その組織に対する絶対的なまでの秘密主義は素晴しいと思いますが――」
そこまで言ったところで今度は銃声と共に左足首に激痛。
「ぎっ!?」
「――そこまでして守る価値のある組織には思いませんが……まぁいいです。話してくれないのなら話してくれるまでこれを続けます。出来れば僕も痛めつけたくはないので早く吐いてくれると嬉しいのですが」
「な、なめるな! 拷問だろうがなんだろうが受けきってやる。貴様などに組織の情報は売らん!!」
「まぁ貴方の心情なんてどうでもいいんですがね。では、始めさせてもらいます」
そこからは一方的な拷問が始まった。凛が問いを投げかけるたびに十五はそれに黙るか口答えをするだけだった。
しかし、口答えをすればナイフで死なない程度の傷を負わされ、黙っていれば銃で撃たれるという仕打ちだった。
十五の身体はカーボンナノチューブで出来たナノ筋肉で構成されており、さらに脊椎も自動修復バラニウムで出来ている。しかし、だからこそこの痛みが苦痛だった。
ナノ筋肉で弾丸を防ぐのでそこまで深い傷は入っていないが、小さな傷が徐々に十五の精神を削り取っていくのだ。さらに、ナイフによる攻撃も急所を外しつつも痛みを与えてくる。
しかもあえて質問と質問の間に長い間をおくことによって、更なる恐怖を植えつけてくるのだ。
「もう一度お聞きしますよ? ダークストーカーは四賢人である室戸菫さんの『二一式黒膂石義眼』の進化版を持っていますが、貴方を含めて三人はどんな能力なんですか? 安心してください。答えてくれさえすればちゃんと治療を施して差し上げますから」
耳元で囁く凛の言葉は酷く優しかった。しかし、その声の中には今まで十五が経験したことのなかった殺意が含まれていた。そして十五はついに口を割ることとなった。
「ハ、ハミングバードはティナ・スプラウトを作ったエイン・ランドの『シェンフィールド』のコピー能力者だ。お、俺はアーサー・ザナックが開発した『マテリアル・インジェクション』と言う能力を有している!」
「なるほど、ではもう一人。リジェネレーターは?」
「わ、わからない! アイツの能力はわかっていないんだ、し、信じてくれ!」
すでに十五にプライドと言うものはなかった。延々と与え続けられる痛みと気が狂いそうになるほどの鋭い殺気。もう耐えられなかったのだ。
「では質問を変えましょう。このガストレアはなんですか?」
突きつけてきた写真を見せられて十五は絶句してしまった。
「き、貴様まさかここまで調べて――がッ!?」
肩口を思い切り刺された。
「口答えはしないでください。それで、このガストレアに覚えは?」
「そ、それは……組織が培養したガストレアだ」
「培養? ガストレアをですか?」
「ああ、組織は抗バラニウムガストレアを生み出したんだ。その写真の奴は試験体として東京エリアに放たれた個体だ」
「では内臓にあるこの印はやはり貴方達のものですね」
次の写真を見ると、そこには十五が所属する五翔会のシンボルマークが刻まれたガストレアの内臓と思しき器官があった。
十五はそれを見せられて首を縦に振る。
「しかし解せないことがあります。ガストレアは本来人に御しきれるものではないはず。それをどうやって――」
彼がそこまで言ったところで着信音が響いた。上に跨る凛は十五に対して「失礼」とだけ告げると通話に出る。
「未織ちゃん、何かわかった? ごめん、いまちょっと手が離せなくてさ……うん、うん。大丈夫後少ししたら戻るから。それでガストレアの細胞には何かあった? …………なるほどね、わかったありがとう。もう少ししたらそっちに行くからちょっと待っててね」
話を終えたようで、凛はスマホをしまった。そして再度十五に向き直ると問うてくる。
「ではこれで最後にしてあげます。これに答えてさえくれれば解放してあげます。もちろんこの苦しみからも解放してあげますよ。
トリヒュドラヒジン……この薬品の名前に覚えは?」
「ッ!!」
「その様子からするとあるようですね。トリヒュドラヒジンは大戦中に作られ、ガストレアのウィルス増殖を抑えると一時期注目された薬ですよね。でも実際はそんな事はなく、ほんの少し抑えるに過ぎなかった。
けれど、このトリヒュドラヒジンにはもう一つの面がありましたね。確か、人間やガストレアに使用すると副作用として強力な催眠効果を発揮するんでしたか? それによって一時期はレイプドラッグなどとしてブラックマーケットに流出していたそうですが……それがガストレアから検出しかも細胞レベルで、となると限られてきますよね?」
優しげな声で問うが、威圧感は異常なほどだった。十五はゴクリと生唾と混ざった血を飲み込むと語りだす。
「……そうだ、組織はガストレアにトリヒュドラヒジンを大量に注入したんだ。ガストレアウィルスは体内に侵入した異物を排除使用とするからな。かなりの量を注入したんだ」
「では、その研究所があるはずですよね。それは何処にありますか?」
「そ、それは……」
言いよどんでいると、容赦なく背中を切りつけられた。しかし、すでに大量の傷を負っているためかもう感覚が磨耗して明確な痛みすら感じなくなってしまっていた。それでも、恐怖だけは異常なまでに強くなる。
「NO.0013モノリスの近くのマンホールだと聞いている……! 俺も実際に行った事はないからわからないが、上層部の連中が言っていたので間違いはないはずだ! た、頼む、これで知っている事は全て話した! 解放してくれ!」
十五の瞳には涙すら見えた。それだけ恐怖が強かったのだろう。なにせ、自身の上で自分に拷問を仕掛けていた少年は、殆ど笑顔を浮かべながらしていたのだから。
すると、凛は十五の頼みに答えるように彼の腕からナイフを抜き取り、彼が持っていた銃を全て破壊すると、立ち上がった。
「ええ、とても有意義な情報ありがとうございます。おかげで助かりましたよ、ソードテールさん」
言いながら彼は踵を返して司馬重工の本社ビルへと戻っていく。十五は傷口を押さえながら何とか上体を起すと、彼の後ろ姿を見据えた。
……この俺があんなガキに、恐怖を与えられるなど……!!
ふつふつと怒りが湧き上がってきた。そして彼は凛が残していったナイフを持って彼に向かって投擲しようとした。
「?」
しかし、そこで自分の身体の異変に気が付く。先ほどまで血が流れ出ていたと言うのに、今では嘘のようにそれが止まっているのだ。
……なんだ? ナノ筋肉の異変か?
疑問に思いつつも十五はそんなことはすぐに振り払って腕を振りかぶり、凛に対してナイフを投擲する。
ナイフは真っ直ぐ凛の後頭部に向かって飛ぶが、突き刺さる直前で凛がそれを後ろを振り向きもせずに指と指で挟みとる。
彼はそのまま振り向かずに告げてきた。
「まぁ攻撃してくるとは思っていましたから気にはしてません」
十五は攻撃を仕掛けてくるかと身構えたが、彼が何かをする事はなく、そのまま司馬重工の本社ビルの自動ドアの前まで行く。
すると、彼はナイフを放り捨てると、こちらを振り向いてから人のよさげな笑みを向けてきた。
「では、有意義な情報ありがとうございました。そして、さようなら」
いいながら彼はゆっくりと手を挙げてから所謂指パッチンをするように構えを取った。
そして彼はパチンと指を鳴らす。
「天童式抜刀術零の型一番……『
瞬間、十五は内側から何かがせり上がって来るかのような感覚に襲われた。しかしそれも一瞬、次の瞬間には目の前が真っ赤に染まり、痛みもないまま命の花を散らす。
目の前でソードテールが細切れに爆散したことを確認した凛は、そのまま何事もなかったかのように分析室で待つ未織たちの元へ行きながら、先ほどソードテールが漏らした情報を思い返す。
「ダークストーカー、ハミングバード、ソードテール。……全員が四賢人が生み出した機械化兵士の強化やコピー能力者……。リジェネレーターも恐らくそれに含んでもいいだろうけど……」
呟きながら考え込んでいると、以前菫が言っていたことを思い出した。
『さらに言ってしまうと、我々は四賢人などと呼ばれてはいたが、実際のところ私と他の二人と比べても、グリューネワルト翁は上だったよ。以前、彼の機械化兵士計画のノウハウを盗もうと図面を見たが、一部、理解できないところがあったほどだからね』
蛭子影胤のテロ事件の際、菫は確かにこう言っていた。そして、そんな彼女や、アーサー・ザナック、エイン・ランドを統括していた四賢人の最高責任者である、アルブレヒト・グリューネワルト……。
菫から見ても群を抜いていた天才中の天才。
もし、そんな彼が頓挫した新世界創造計画を未だに続けているとすれば、蓮太郎や他の機械化兵士達を越える機械化兵士を可能かもしれない。
「じゃあ、五翔会のトップはグリューネワルト翁なのか?」
もはや凛無双というよりも、ソードテールいじめとなった今回……言わせてください。
……凛こえええええええええッ!!!!
これ書いてて若干恐怖を感じましたよ!
りんが入ってるんじゃないか!? または某ドSな女将軍の精神が乗り移ったんじゃないのか!?
失礼いたしました……
なんかもうね、最後のほうとか四巻の木更さんが乗り移ってましたねw
『螺旋卍斬花』も習得するというキチッぷり。しかもそれを大型のナイフでやってのけると言うチートっぷり。もうやだー……この子手に負えなーい!
次回は蓮太郎と合流でもさせますかね。
では、感想などありましたらよろしくお願いします。