ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第五十三話

 漆黒の長刀を悠河に突きつけていると、凛は彼の双眸に、ある変化が起こったことに気がついた。

 

 彼、巳継悠河の瞳には幾何学的な模様が生まれていたのだ。それは蓮太郎の左目に搭載されている『二一式黒膂石義眼』を髣髴とさせる。

 

「その目は……なるほど、蓮太郎くんの後輩って言うのはあながち嘘ではなさそうだ」

 

「フフ、気付いたようですね。僕はそこにいる彼、里見蓮太郎を超越するために生まれた存在です。この瞳は彼の『二一式黒膂石義眼』を踏襲し、改良を加えた『二一式改』です」

 

 その言葉に凛の背後にいる蓮太郎が息をのんだが、彼とは違い凛は落ち着き払った状態で、悠河に問う。

 

「『改』と言う事は、スペックは蓮太郎くんを凌駕すると言うことだね?」

 

「はい。基本スペックでは彼を上回ります。それでも、やりますか?」

 

 脅しとも、挑発とも取れる言葉だったが、お面に表情を隠されながらも頷いた。

 

 すると、悠河の背後にこのホテルのガードマン、それもかなり筋骨隆々としたサングラスをかけた、いかにもな男が近づいていた。

 

「お客様、ホテル内での揉め事は――」

 

 そこまで言ったところで、悠河の腕が動いた。裏拳をガードマンに叩き込むつもりだろう。

 

 しかし、彼の手を阻止するように黒刃が首元に押し当てられた。

 

「一般人を巻き込むのは、いただけないね」

 

 思わず内心で驚いた。自分の動きは明らかに常人では見切れないほど早かったはずなのに、それをいとも簡単に防がれるなど予想だにしていなかったからだ。

 

 けれど悠河はそれを顔には出さず、首元に突きつけられた刃を跳ね除けると凛とある程度の距離をとる。

 

 一方、声をかけようと近づいたガードマンは何が起きているのかわからないといった様子だ。

 

「ガードマンさん、一般の人を避難させてください」

 

「え?」

 

「でないと、死人がでますよ」

 

 瞬間、悠河が懐から取り出した拳銃、ブローニング社製のハイパワーが火を噴く。射出された弾丸は凛に向かうが、弾丸は黒詠によって容易に弾かれた。

 

 けれど、銃声が聞こえたことによって沈黙が蔓延っていたホテルのロビーが、一転して大勢の人々の悲鳴や怒声が飛び交う空間へと姿を変えた。

 

 ガードマンも我に返ったように出口へ向かうと人々の避難誘導を始めた。

 

「弾丸を切りますか……。それにあの反応速度、貴方も相当なやり手のようだ」

 

「それはどうも、機械化兵士の人に褒めてもらえるなんて恐悦至極だね。でもさ、何も一般人のガードマンを殴り倒すようなことはしなくても良かったんじゃないのかな?」

 

「邪魔でしたので」

 

「そう……あぁ、蓮太郎くんは逃げたから彼を追うにはまずは君が僕を倒すしかないよ?」

 

 その声に小さく笑みを浮かべた悠河は優しく告げる。

 

「ご心配なく。いくら貴方の反応速度が凄まじいといっても、所詮はただの人間……僕には勝機しかありませんよ」

 

「ふーん。それじゃあ、やってみようか。どっちかが死ぬまで」

 

「貴方が死ぬのは目に見えていますが」

 

 その言葉を最後に、凛が駆け出し、悠河はハイパワーの引き金を引いて銃弾を発射する。

 

 しかし打ち出される銃弾はいとも簡単に凛に切り落とされ、彼にダメージを与えるにはいたらない。

 

 けれども悠河からすればそんなものは予想できたものだった。

 

 ……最初の一発を防いだのはまぐれではない。筋肉の動きからすれば容易に想像がつく。

 

「……だから」

 

 彼が言った瞬間、剣閃が首筋を駆け抜けた。

 

「次にどのような攻撃がくるのかも簡単に予想が出来る」

 

 剣閃を回避し、右の拳を硬く握り締めながら凛の間合いに潜り込んで、拳を彼の鳩尾に叩き込む。

 

 悠河自身、よける事は出来ないと踏んでいるし、鳩尾に入れば気絶は確実であり、内臓破裂もありうるだろう。

 

 しかし、次の瞬間悠河は思わず驚愕に顔をゆがめた。

 

 拳が鳩尾に叩き込まれる瞬間、凛は悠河の腕を掴んで、そのまま片腕で逆立ちをするように飛び上がって回避したのだ。

 

「馬鹿な……」

 

 そんな声を漏らしたのも束の間、背後から凄まじい殺気が彼を襲う。

 

 瞬間的に横に回避すると、先ほどまで自分がいた床の大理石に深々と亀裂が入っていた。

 

「残念、もうちょっとだったかな」

 

 ため息をつきつつ、黒詠をヒュンヒュンと振り回す凛からは研ぎ澄まされた殺気が発せられており、それは悠河を的確に捉えていた。

 

 生唾を飲み込む悠河の様子が、その殺気がどれほど凄まじいものなのかを物語っている。

 

「蓮太郎くんを倒すために体力を温存なんてしないほうが良いよ? じゃないと、今すぐ死ぬから」

 

「どうやら、そのほうが良さそうですね。前言を撤回させてもらいます。貴方は普通の人間ではないようだ。しかし、その程度の動きならば、見切れないことはない!」

 

 ハイパワーを捨てて構えを取る悠河をみて、凛もそれに答えるように黒詠を構える。

 

 一瞬の沈黙がまるで永遠の沈黙のように長く感じたが、次の瞬間、二人は同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 多田島や金本達警察官が逃げ惑う人々でごった返すホテルの前に到着すると、既に警報ベルが作動していたようで、耳障りな音が鳴り響いていた。

 

 警察官の指揮車には電話を片手になにやら話している櫃間がおり、多田島と金本はそちらへ向かった。

 

「警視!」

 

 多田島が呼ぶと、櫃間は直通電話の相手に了解の旨を伝える連絡をきる。

 

「お二人ともちょうど良いところに。今、総監から特殊強襲部隊の突入命令が出た」

 

「SATのですか!? 待ってください櫃間警視! 里見蓮太郎は生かしての捕縛が聖天子様からの命だったはずです!」

 

「状況が変わった。里見蓮太郎を補足した場合は、即座に射殺しろと言うのが命令となった」

 

 彼はいい終えると、機動服を着た特殊部隊隊長を呼び説明を始めた。

 

 それに訝しげな視線を金本が向けていると、多田島が彼の肩を掴んで首を横に振った。

 

「金本、変な気を起こすんじゃねぇぞ」

 

「……ああ、わかってる」

 

 とはいうものの、金本の拳はブルブルと震えていてとても大丈夫そうには見えなかった。

 

 すると、ホテルの一階ロビーの窓が全て割れた。

 

 警察官達がその身を思わず萎縮させてしまうが、いち早く立ち上がった金本と多田島にそれぞれ二人の後輩、金本の方には織田が、多田島の方には吉川が双眼鏡をもってやってきた。

 

 二人から双眼鏡を受け取って金本と多田島がロビーを見やると、中では二人の少年が戦闘を行っていた。

 

 しかし、ただの戦闘ではなく、明らかに人智を超えた、まるで魔物同士が戦っているような光景だった。

 

 一人は額狩高校の制服を着た少年でまだ表情にも幼さが残っている。そしてもう一人は子供達に人気のアニメのお面を被った男であり、彼の手には長刀といわれる刀が握られていた。

 

 その二人の戦闘はとにかく人の域を超えており、コンマ数秒の中で繰り広げられる闘争だ。

 

 少年がお面男の顎に向かってハイキックを放てば、それを掠めるようにして回避したお面男が追撃と言わんばかりに長すぎる刀で斬撃を放つ。

 

 一撃一撃が命を落としかねない必殺の攻撃であることにはどちらも変わりはなかったが、多田島や金本から見ると何処となくお面男の方が手加減をしているようにも見えた。

 

 わざと隙を作ってそこに攻撃をさせて、まるで戦闘を引き伸ばすかのような、時間稼ぎめいた戦い方に疑問を思った二人だが、それでも自分達が割り込んでいってどうにかできるものだとも思えなかった。

 

 二人は顔を見合わせながら互いに首を振ると、多田島はホルスターに収まっている拳銃に手を当てながら大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 悠河との戦闘のなか、凛は外に展開している警察をみていた。

 

 ……機動服を来た人が数人いるってことは、SATが出張ってくるのかな。そうなると蓮太郎くんが心配だけど、突入される前に僕も脱出しないと。

 

「戦闘中に余所見とは僕も舐められたものですね!」

 

 喉をえぐるような突きが悠河から放たれるが、それを軽く避けて見せながら追撃として悠河の脇腹に蹴りを叩き込む。しかし、打撃は簡単に避けられた。

 

 けれどそんな事は先刻承知であり、大して驚く様子もなく二人は間合いを取る。

 

「そろそろ警察が展開してきたね。この場合、どっちが逮捕されるのかな?」

 

「間違いなく貴方です」

 

「まぁそうだよねぇ。だって、そっちは警察のお偉いさんとも仲がいいんだろう?」

 

「……どうでしょうね」

 

 悠河は涼しい顔をして答えてみるものの、内心では凛の強さに舌を巻いていた。

 

 ……強い。僕の目でも追いきれない動きも多々ある。最悪、僕を倒したアイツよりも強いかもしれない。でも――。

 

「――質問よろしいですか?」

 

「いいよ、何かな?」

 

「……なぜ本気で戦わないのですか?」

 

 その問いに凛は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をすると小さく笑みを浮かべて刀をその場に突き立てた。

 

「やっぱりばれてたみたいだね。何で本気で戦わないか……ね。僕が本気で戦っちゃうと、このホテル崩しかねないし、外の警察の人にも迷惑かかるからじゃダメ?」

 

「ホテルを崩しかねない? 冗談も休み休み言ってくださいませんか?」

 

「うーん、冗談でもないんだけど……まっいっか」

 

 凛は肩を竦めると床に差した黒詠を引き抜いて刀を持っていないほうの手で彼を誘った。

 

「それじゃあ続きでもする?」

 

「いいですよ、というよりも貴方はここで潰しておいた方がよさそうなのでここで殺させていただきます」

 

 二人は互いに態勢を低くして、同時に床を蹴るとそれぞれ凛は黒詠を下段に、悠河は拳を構えながら駆ける。

 

 しかし、二人の戦闘は思わぬ形で中断されることとなった。

 

「ッ!」

 

「ッ!」

 

 何かの気配を察知した二人はそれぞれ真逆の方向に飛び退く。そんな彼等の眼前を何か大きな物体が通り過ぎていった。

 

「アレは……」

 

 最初に声を漏らしたのは悠河だ。

 

 凛も同じように飛び込んでた物体を見やる。

 

 それは一言で言うのなら鎖がついた鎌だった。所謂鎖鎌というやつだろう。しかし、問題なのはその形状だ。その鎖鎌の鎌の部分は異常なまでに大きかったのだ。大きさからすると、人が創作して作り出した死神の大鎌のような大きさだった。

 

 けれど、その大鎌の刃の部分には鮫の歯の様な細かく鋭利な刃が付いていて、チェーンソーのようだ。

 

 二人がそちらに目を取られていると、悠河のスマホが鳴る。

 

「はい」

 

『グッドイブニーング。ようダークストーカー、苦戦してるみてぇじゃねぇのよ。手伝ってやろうかぁ?』

 

「……その必要はありません、貴方は自分の任務を完遂してください。リジェネレーター」

 

『まぁ俺はお前のサポートだからなぁ。けどよぉ、そこのヤツと戦いてぇのはいいんだが……お上からの命令だ、今すぐ戦闘を中止して里見蓮太郎の始末に行けってよ。今から引き上げてやるから、鎌につかまれ』

 

 その命令に悠河は小さく舌打ちをすると、スマホをしまいながら凛に告げた。

 

「残念です、どうやら貴方とこれ以上戦う事は出来ないようだ。では」

 

 彼が言うと同時に壁に突き刺さっていた大鎌が引き抜かれ、悠河はそれに掴まりホテルから脱した。

 

 そんな彼を見送りながら、凛は警察官が突入してくる前にエレベーターに乗り込んだ。

 

「もしもし摩那? 今何処にいる?」

 

『ホテルからちょっと離れたビルの屋上』

 

「蓮太郎くんはまだ屋上に出てない?」

 

『さっき警察のなんだっけ……SAT? が入っていたのが見えたから多分面倒なことになってるんじゃない?』

 

 凛はそれに多少なり心配を抱いたが、機械化兵士である蓮太郎がSATに負けるとは思えないので、余計な心配を振り払った。

 

「摩那、蓮太郎くんが上がるのが見えたら一回周りを見回して狙撃手がいないか見てね」

 

『了解。そいつは倒しちゃうの?』

 

「いいや、けん制だけでいいよ。適当に小石を投げつける程度でね。絶対に戦おうなんてことは起こさないように。あと、そろそろ焔ちゃん達が来るから」

 

『あいあいー』

 

 ちょっとだけ間の抜けた声を聞きながら通話を切ると、エレベーターのインジケーターを見やりながら小さく溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛との通話を終えた摩那はスマホをポケットに入れると、ビルの貯水タンクに上って周囲のビルを見回した。

 

 ……今のところは誰もなしか。でもさっき大鎌に回収されてた人がくるかもしれないから、気は抜けないかな。

 

「あー……。出来れば何事もない方が良いけど……そうでもないんだろうなぁ」

 

 そんなことを呟いていると、ビルの屋上伝いに焔と翠がやってきた。

 

「摩那さん」

 

「ん、待ってたよー。とりあえず、今あのホテルの屋上から蓮太郎が出てくるの待ってるんだ」

 

「それじゃあ、蓮太郎くんが出てきたら私達がサポートをする感じ?」

 

「そだねー。凛は今同じホテルのエレベーター乗ってるみたい。あ、あと敵を発見しても決して本気の戦闘はせずに、けん制だけで良いってさ」

 

 二人に説明していると、翠が鼻と耳をヒクヒクと動かしてホテルを見た。

 

「里見さんが出てきたみたいです」

 

「ホントだ。さて、それじゃあ私はあっちから回るから、二人は逆側から回ってくれる?」

 

「はい」

 

「りょーかい」

 

 焔の指示に二人は頷くと、三人はそれぞれ自分達の持ち場へと駆けて行く。

 

 

 

 

 

 

「摩那さん。凛さんの戦闘はどんな感じか見ていたんですか?」

 

 ビルの上を飛びながら翠は摩那に問うた。

 

「ううん、最初に刀を投げ込んだけどそれ以降は見てないよ。でも一つだけいえるのは……凛と戦おうとしたやつ、凛なら勝てると思うよ」

 

「凛さんが優勢と言うことですか?」

 

「そうだね。相手のヤツも普通に見ればすごく強いと思う。蓮太郎でも苦戦すると思うし、私達みたいなイニシエーターもそうかも。けど、凛が負けるビジョンが想像付かないんだよね」

 

「なるほど……」

 

 納得したように翠が頷くが、「ただ」と彼女が続ける。

 

「途中ででっかい鎖鎌を投げ入れたヤツは……ちょっとばかしやばいかも」

 

「大きな鎖鎌?」

 

「うん、ホテルの向かいのビルから投げ込んだヤツがいたんだよ。顔は見えなかったけど、殺気はかなり強かった」

 

 摩那の瞳は真剣そのものであり、僅かな気迫さえも伝わってくるほどだった。

 

 すると、摩那が立ち止まって蓮太郎を見やる。

 

「ちょっとまって……蓮太郎まさか、飛ぶ気!?」

 

「え!?」

 

「だって助走するために下がってるし、確かに足にはスラスターが付いてるから飛べるかもしれないけど、一歩間違ったら」

 

 そこまで言ったところで蓮太郎がゆっくりとした速さで駆け出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 摩那と翠から分かれた焔は隣接したビルの屋上を走りながら、時折双眼鏡で周囲を見回していた。

 

「ん?」

 

 注意しながら見回していると、ホテルから凡そ二百メートルほど離れているビルの上。ライトアップされた広告看板の脇に人影がいるのを発見した。

 

 同時に、その人影がライフルのようなものを持っているのも見えた。

 

 ……まずい。

 

「ちょっとそれはやばいって!」

 

 言うが早いか焔は広告看板に向かって全力疾走。

 

 途中、あまり隣接していないビルがあったが、それは強化ワイヤーを使うことによって乗り切った。

 

 そして広告看板手前まで来ると強化ワイヤーを鉄骨に巻きつけ飛び上がると、狙撃手に向かってクナイを投げつける。

 

 クナイが当たるか否かの瞬間、狙撃手は身体を捻ってそれを避ける。

 

「流石にやらせるわけにはいかないんだよね」

 

 十分な間合いを取りながら焔は狙撃手に言う。すると狙撃手はゆっくりと立ち上がり、焔を見据える。

 

 広告看板のライトで照らし出された顔は所謂美男子だった。しかし、焔からすればそんなこと大した問題ではない。

 

「アンタがさっきあのホテルで戦ってたやつ?」

 

「ええ、そうですよ。それにしても、今日は随分と邪魔が入る」

 

 やれやれと大きなため息をつきながら少年が言っても焔は戦闘態勢を解く事はない。

 

 それは、少年から発せられる威圧感が尋常ではなかったからだ。

 

 ……すごい殺気。それにこれで全開ってわけでもなさそうだし。

 

 焔は戦闘態勢を解かないが、少年はいたって普通な表情で見てきた。

 

「貴方は里見蓮太郎の仲間ですか?」

 

「どうなんだろ、まだ会ったことも話したこともないんだけど」

 

「そうですか、まぁそんな事はどうでも良いです。ところで、今の攻撃で本当に僕の狙撃を防いだおつもりで?」

 

「え?」

 

 少年の言葉に思わず疑問符を浮かべてしまったが、彼女の視界の端ではホテルの屋上から蓮太郎が飛び出すのが見えた。

 

 ……どういうこと? まさかホテルの近くのビルに協力者がいるってこと? もしコイツが例の四人なら、後三人何処かに控えているって言うの?

 

 その可能性は十分にあるが、焔が考え込んでいると、少年は小さく笑みを浮かべて告げた。

 

「貴方が想像しているであろう三人のうち二人はいませんよ。ここにいるのは僕ともう一人です。さっき僕が言ったのはこういうことですよ」

 

 言うと同時に彼は足元にあったライフルを片足で押すとビルから落とした、そしてそれに続くように少年も落ちていく。

 

「なっ!? ちょ、待て!」

 

 すぐさま落下した少年の姿を目で追おうとしたが、次の瞬間、焔は凄まじいものを見てしまった。

 

 少年が落ちながらライフルを滑空中の蓮太郎に向けていたのだ。

 

 そしてライフルからオレンジ色の銃口炎が吹き上がる。

 

 瞬間、蓮太郎を見やると遥か二百メートル先の空中であと少しというところまで飛んでいた彼の体勢が崩れているのがわかった。

 

 ……まさか当てたの!? 落下中に!?

 

 驚きも束の間焔が少年に視線を向けると、まだ彼は落下し続けていた。けれど、そんな彼を救出するように彼の真横に鎖大鎌が投げ出された。

 

 少年がそれに掴まると鎖が巻かれ、引き上げられて別のビルに彼は降り立った。

 

 彼はそのままビルの中に消えていったが、その後姿を見やりながら焔は下唇を噛んで悔しさを露にしていた。

 

 すると、そんな状態の彼女の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。ホテルのほうからだ。

 

 双眼鏡を覗き込むと、またしても驚かされることとなった。

 

「摩那ちゃん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎は自分が落下しているのがわかった。

 

 腹部には銃創があり、止め処なく血が溢れている。

 

 ……クソッタレ。あんなのありかよ。

 

 落ち始めてから銃弾が飛んできた方向を見やった蓮太郎の目には、ライフルを構えた『ダークストーカー』こと、巳継悠河の姿があったのだ。

 

 しかし、彼の狙撃の方法は尋常ではなかった。なんと二百メートルほど先にある広告看板のあるビルから落下しながら自分の腹に銃弾を当てたのだ。

 

 ……でもアイツがあそこにいたってことは凛さんが負けたのか? いいや、あの人が負けるわけねぇ。多分アイツの援軍があったんだ。それか警察が踏み込んだと同時に混乱にまぎれて外に出たのか。

 

 こんな状態であっても思考をめぐらせる自分に内心感心しつつも、落下速度はどんどんと上がっていく。

 

 ……下は……川か。でも、この高さじゃ骨がバラバラになっちまうな。最悪、即死か。

 

「くそっ。まだ……何もしてねぇってのに」

 

 呟きながら脳裏に浮かんだのは、大切な相棒である延珠。そして死闘の末わかりあうことの出来た少女、ティナ。想い人の木更だった。

 

 ……けど、俺が死んでも……凛さんたちが何とかしてくれるか……。

 

 あきらめ、目を閉じて落下に身を任せようとした時。誰かに名前を呼ばれたような気がした。

 

「……っかり!! れん……ろうッ!」

 

 これが走馬灯と言うやつなのだろうか。最近の走馬灯は音声付きなんだと馬鹿なことを想像していると、そんな考えを吹き飛ばすような怒声が聞こえてきた。

 

「しっかりしろ蓮太郎ッ!! 目ぇあけてこっち見ろ!!」

 

 いや、これは走馬灯などではない。

 

 すっかり重くなったまぶたを開けると、ホテルの外壁を真下に向かって走っていた摩那がいた。

 

「摩那ッ!?」

 

「気が付いた!? 今からそっちに飛んで川に落ちてあげるから、対ショック態勢とってよね!」

 

「お、おう!?」

 

 返事をした瞬間、摩那は外壁が大きく凹み、尚且つ蜘蛛の巣状のひびが入るほど蹴った。

 

 次の瞬間、摩那が弾丸のように突っ込んできて思わず胃の中のものが出そうになったが何とかこらえた。

 

「お、お前無茶しやがって!」

 

「黙って! ホラもう川に突っ込むよ!!」

 

 彼女の声が聞こえたと同時に、蓮太郎は身を丸めて対ショック態勢をとった。

 

 それから一秒もしないうちに大きな水しぶきと水柱が上がり、二人の姿は暗い川に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「摩那さん……なんて無茶を」

 

 ホテルの屋上から蓮太郎と摩那が落ちた川を見下ろしながら翠は呟いた。

 

 蓮太郎が狙撃され、体勢を崩した瞬間、摩那は「蓮太郎を助ける!」とだけ告げてホテルの外壁を真下に向かって走ったのだ。

 

 そして、彼女は見事に蓮太郎をつかんで川へ落ちることに成功した。

 

 もし蓮太郎が重力のままに川に落ちれば重傷も免れなかったかもしれないが、摩那が途中でスピードを殺したため命だけは何とかなっただろう。

 

「でも、さすがにこのままでは……」

 

 呟き、自分もなにかしなくてはと動き出そうとすると、屋上に凛がやってきた。

 

「翠ちゃん、蓮太郎くんは?」

 

「里見さんは向こう側のビルに渡ろうとした途中で何者かに狙撃されてしまって……。落下していたんですけど、摩那さんが外壁を走って今は川の中です」

 

「そっか……うん、わかった。とりあえず、摩那は蓮太郎くんに任せて僕達はここから退避しよう。その内警察が乗り込んでくる」

 

 屋上から下の警察官達を俯瞰しながら凛が言うと、翠は驚いた表情を表情を浮かべていた。

 

「し、心配じゃないんですか!? スピードは殺していたとしても、川に落下したんですよ!?」

 

「いいや、心配だよ。今すぐにでも二人の生存を確かめにいきたいくらいだ。でもね、摩那は自分ならできるって思って蓮太郎くんを助けに行ったんだ。だから、きっと大丈夫。あの子は強いし、蓮太郎くんもこの程度じゃ死ぬ事はないよ」

 

 彼は拳を硬く握り締めており、眉間にも深く皺がよっていた。同時に、翠からすればそれだけ凛が摩那を心配していると言うことも理解できた。

 

 その後、悠河を取り逃がした焔が申し訳なさそうに戻ってくるが、凛はそれを責める事はなく「よく無事だった」と、ほっと胸を撫で下ろしていた。そして三人はいったん事務所へ戻ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎と摩那が落ちた川ではすぐさまダイバーが派遣されて捜索が行われたが、結局見つけ出す事は出来なかった。

 

 そこから離れること一キロほどの下流で、摩那が蓮太郎を担ぎながら水面から顔をのぞかせると、そのまま近場の岸辺に上がった。

 

「ゲッホゲホッ! あー、死ぬかと思った。蓮太郎は大丈夫?」

 

 声をかけても蓮太郎から返事が返ってこなかった。

 

「え!? 蓮太郎ちょっと! まさか……死んだっ!?」

 

「……勝手に……殺すな」

 

「よかったー生きてたー」

 

 どうやら疲れきって声を出すことが出来なかったようだ。しかし、悠長なことも言っていられないのは確かであり、彼の腹部の銃創からは血がドクドクと流れ出していた。

 

「とりあえず止血しなきゃ」

 

 来ていた服を脱ぎ捨てると、水気を切り、それを蓮太郎の傷に押し当てる。瞬間、腹部に激痛が走ったのか、蓮太郎は顔を歪める。

 

「我慢して。血を止めなきゃ死ぬだけだよ」

 

「ああ……わかってる。摩那、銃弾は貫通してるか?」

 

「うん、後ろまで貫通してるのが見えるから残ってないと思う」

 

「そっ、か。……摩那、助けてくれてさんきゅな」

 

「気にしないで良いよ。それよりも今は血を止めないと」

 

 その言葉に「ああ、そだな……」とだけ蓮太郎が答えたが、すぐに気を失ってしまった。恐らく心労や身体的疲労がたまっているのもあるのだろう。

 

 しかし、それに反して傷口からは血があふれ出している。

 

「このままじゃ……」

 

 なんとか腹部を押さえて大量出血は抑えているものの、このままではどちらにせよ蓮太郎の命が危ない。

 

 ……でも病院は無理だよね。

 

 眉間に皺を寄せて考え込んでいると、近場の橋から通じている階段を誰かが下りてくるのがわかった。

 

 瞬間的にそちらを睨んでクローを装着すると、そこにはショートボブの少女がいた。しかし、摩那は彼女と彼女の匂いに覚えがある。

 

「貴女は確か……」

 

 その問いに少女は答える事はなく、彼女の瞳が赤く光った。




こ、今回は誤字がないはず!ちゃんと見直しもしたし!!(誤字がないと信じたい)

はい、今回は蓮太郎くん打たれちゃいましたねー……
まぁ原作とは違う撃たれ方でしたがw
多分悠河ならアレぐらいできるって、リジェネさん以外と仲間思いw
そして異常なまでに凛が強いと言うことが再確認ですね。まぁなんといっても十三位ですから……(震え声)
けれど、摩那の直滑降と見事な空中キャッチによって川に落ちたけど無事救出。
凛くんお面を被ったことによりなんだが影胤みたいな性格になってないか……?

次は、蓮太郎と火垂が会って、摩那がそこにいる感じですね。そのまま、彼女が蓮太郎と一緒にいるかどうかは、内緒です。
気付いてみれば未織ちゃんがいないジャマイカ……。
ま、まぁ逃亡編終わったら未織をメインにしたお話を何話かやるつもりですハイ。

アカメの二次創作どうしようかな……どっちかに絞らないといけないんだけど……ドSなあの人の関係者が主人公か、全くオリジナルの主人公か……。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。

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