ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第五話

 聖天子が姿を現し、皆が泡を食ったように立ち上がる中。

 

 蓮太郎は隣にいる凛が微笑を浮かべていることに疑問を思った。彼は首をかしげ、凛を見てみるものの、ふとパネルの中のもう一人の人物が凛と視線を交差させていることにも気がついた。

 

 それは聖天子の斜め後ろで不動明王のように動くことがない屈強な身体をした老人、木更の祖父である天童菊之丞であった。

 

 凛との視線の交差は一瞬のもので菊之丞はすぐに目を閉じ巌の様に動くことはなかったが、二人の間には何かしらの意思の疎通があったのではないかと蓮太郎は感じた。

 

 ……そういえば木更さんは。

 

 只でさえ菊之丞との因縁がある蓮太郎であるが、それ以上に天童そのものに憎しみを抱いている木更が菊之丞を見て黙っているわけではないと思い、蓮太郎は木更の方に目を向けた。

 

 しかし、木更は菊之丞を睨んでいたものの、そこまで激しいものは感じられなかった。それに胸を撫で下ろす蓮太郎は、もう一度パネルの方へ視線を戻した。

 

 それとほぼ同時に、聖天子は室内の皆に凛とした声で告げた。

 

『皆さん楽にしてくれて構いませんよ』

 

 その声は皆聞いたはずであるが、誰一人座るものはいなかった。只一人、零子だけは聖天子が映し出された時から変わらずに椅子に腰掛け妖艶な笑みを浮かべている。

 

『今回の依頼ですが、依頼事態は単純明快です。昨日東京エリアに侵入し一人の男性をガストレアにした感染源ガストレアが現在も逃亡している最中なのです。民警の方々にはこの感染源ガストレアの排除と、もう一つ、このガストレアが保持していると思われるあるケースを無傷で奪還して欲しいのです』

 

 聖天子が言うと同時に、パネルの一角にジュラルミンケースが映し出され、その横に依頼の報酬金額が表示されていたが、その報酬は只のガストレアを駆除するにしてはありえないほど高額だった。

 

 すると、木更が聖天子に張りのある声で問いを投げかけた。

 

「ケースの中身がなんであるか教えてもらってもよろしいでしょうか?」

 

『おや、あなたは』

 

「天童木更と申します」

 

 木更は軽く一礼をするともう一度聖天子を見据える。聖天子も「天童」と言う名に一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐにそれを振り払うと木更の問いに答える。

 

『……貴女の御噂はかねがね聞いております……ですが天童社長それは依頼人のプライバシーを侵害してしまいますのでお答えすることは出来ません』

 

「納得がいきませんね。感染者が感染源と同じ遺伝子を受け継ぐということは、恐らくそれはモデル・スパイダーのガストレアで相違ないでしょう。それぐらいであればうちの民警でも普通に対処できます。……恐らくですが」

 

 ちらりと蓮太郎を見つつ、最後のほうは尻すぼみになった木更だが、蓮太郎のほうは頬をヒクつかせていた。

 

 それに気付いた凛は蓮太郎の隣で小さく笑みを零していたが、すぐに彼の眉間に皺がよった。

 

 ……微かだけど、血と硝煙の匂いがする。

 

 それぞれ独特の鉄のような臭いと、硫化化合物のような鼻を刺すような微かな香りを凛は見逃すことはなく、椅子に座る零子に合図を送った。

 

 零子はそれに頷くと、いまだ意見をぶつけ合っている二人の間に割って入るように声を上げた。

 

「御二方、一旦そのお話はやめにしましょう。どうやら侵入者がいるようですわ」

 

 瞬間、零子はホルスターから黒塗りのデザートイーグルを抜き放ち、空席の椅子に銃口を向け躊躇もなく引き金をひいた。

 

 その場にいた皆が腰を抜かしそうになったが、その空席に銃弾が当たる瞬間、銃弾は甲高い音を上げて明後日の方向へ跳んでいった。

 

 同時に先ほどまで空席だった椅子にシルクハットを被り、ニタリと笑っているような仮面をつけ、趣味がいいとは言えない赤黒い燕尾服を着込んだ人物がいた。

 

「ヒヒヒ……いやはや、ばれていないと思っていたが存外そうでもないようだねぇ。随分と勘の鋭いものがいるようだ」

 

 燕尾服の男はシルクハットを抑えながら気味の悪い笑い声を漏らすと、勢いよく跳ね上がり卓の上に立った。

 

『何者ですか』

 

「おっとこれは失礼、国家元首殿」

 

 男は聖天子に真正面から相対しながら彼女に対し深々と頭を下げた。

 

「私の名は蛭子、蛭子影胤という。お初にお目にかかるね、お会いできて光栄だよ無能な国家元首殿。まぁ簡単に言ってしまうと私は君達の敵といっていいかな」

 

 影胤は聖天子に対し中傷する様に告げる。

 

 それとほぼ同時に凛の隣にいた蓮太郎がXD拳銃を構え、銃口を影胤に向けた。

 

「お前……ッ!!」

 

「やぁやぁ、またあったね里見くん。元気そうで何よりだ」

 

「どっからもぐりこみやがった!!?」

 

「簡単だよ、正面から堂々と入ってきただけさ。ただ……小うるさい羽虫がいたから殺してしまったがね。おぉそうだ! いいタイミングなので私のイニシエーターを紹介しようじゃないか。小比奈、おいで」

 

 影胤が軽く手招きをすると、蓮太郎の後ろから短めのウェーブがかった黒髪の少女が小走りにやって来た。蓮太郎はそれにギョッとする。それもそのはず、彼女の気配など先ほどから全く感じられなかったのだ。蓮太郎かすれば驚くのは当然である。

 

 凛は驚く蓮太郎の隣で小比奈と呼ばれた少女をじっと見ており、彼女の腰に差された日本の小太刀に目を向ける。

 

「……なるほど、血の匂いはあの子ってことか」

 

 彼女の腰から下がっている小太刀からは血が滴っており、恐らく人を殺してきたのだと連想させた。

 

 小比奈は卓の上に難儀しながら登り、影胤の隣まで行くとスカートをつまみ上げ軽くお辞儀をした。

 

 凛はその二人から目を離さずに蓮太郎に軽く耳打ちをした。

 

「……蓮太郎くん。木更ちゃんの近くに控えておいた方がいいよ」

 

 蓮太郎もまたそれに静かに頷くと、木更の隣に控える。

 

 凛はそれを確認すると、いたって普通の動きで零子の元までいく。

 

「……いきなり撃たないでくださいよ」

 

「あらいいじゃない。ネズミが出てきたんだから」

 

 くつくつと笑う零子は笑みを絶やさずに影胤と小比奈を見据える。

 

 すると、影胤は蓮太郎へ向けていた視線をグルンと勢いよく変え、凛と零子を仮面の下にある双眸で見る。

 

「そう言えばよく私があそこにいるとわかったじゃないか。黒崎社長」

 

「優秀な社員が知らせてくれてね。貴方の娘から匂う血の香りと貴方自身から匂う硝煙の香りがきつかったそうよ」

 

「ほう……。しかし、それだけじゃないんだろう?」

 

 影胤は首を傾げながら凛を見ると、凛はそれに小さく笑い静かに頷いた。

 

「もちろん、血や硝煙の匂いもそうでしたけど……貴方から出る異常なまでの殺気がガンガン伝わってきてましたから」

 

「なるほどねぇ……君も彼と同じで見込みがありそうだ。名を聞いても言いかね?」

 

「いいですよ。僕の名前は断風凛です。以後お見知りおきを蛭子影胤さん」

 

 不気味な仮面の男に一歩も臆することはなく、笑みを絶やさずに言う凛に周りの社長たちは背筋に悪寒が走るのを感じた。

 

 しかし、影胤だけは嬉しそうに頷いていた。

 

「断風凛くんか。近いうちに君とじっくり話が出来ればいいね。……さて、話が脱線してしまったが今日は君たちとやり合う為にここに来たわけじゃない。今日はただの挨拶だよ」

 

「挨拶……?」

 

「そう。私達もこのレースに参加しようと思ってね。この、『七星の遺産』をめぐるレースにね」

 

 『七星の遺産』という聞きなれぬ言葉に皆が顔をしかめる中、零子がそれを解説した。

 

「七星の遺産……悪しき者が使えばモノリスを破壊し、大絶滅を引き起こす政府の封印指定物」

 

「おや? 君は知っているのかい? 随分と物知りじゃないか黒崎社長」

 

「ちょっとした伝手でね。……まぁどうせそんなものだと思っていたけれど」

 

 肩を竦める零子だが、そこで一人の男が影胤に怒号を投げかけた。

 

「グダグダグダグダ、うるせぇ野郎だな。ようはテメェがここで死ねば万事解決だろ?」

 

 声の主は髑髏のフェイススカーフを巻いた伊熊将監だった。

 

 彼はバスターソードを握り、影胤の懐へ一気にもぐりこもうと態勢を低くした。

 

 しかし、そんな彼の腕を凛が掴みあげた。

 

「落ち着きなって。直感で言うけれどこのまま切りかかっても確実に返り討ちにあうだけだよ。将監くん」

 

「テメェ……。どういうつもりだ? あの野郎を守ろうってのか!?」

 

「だから言っているだろう? 君があの人に切りかかっても倒されるのがオチだって言ってるんだよ」

 

「おもしれぇ……あの野郎やる前にまずはテメェから――!」

 

 将監が激昂し凛の腕を乱暴に振り払うと、今度は凛の胸倉を掴みあげようとした。

 

 しかし、凛はそれを軽やかに避けると、伸ばされた彼の腕を逆に掴み、一本背負いの要領で彼を床に叩き伏せた。

 

 鈍い音が響き投げられた将監が呻くが、凛は気に留めずに影胤の方を見据える。

 

「おやおや、随分と仲が悪いようだ。これでは私の圧勝になってしまうかもしれないね」

 

 影胤はそういうと卓から降り、窓の方まで歩く。

 

「では今日はこれで失礼しよう。……あぁっと忘れるところだった」

 

 ポンと手を叩いた影胤は一瞬で蓮太郎の元まで行くと、彼の手に白い布をかぶせ、手品のようにリボンで縛られた箱を彼の手の上に置いた。

 

「これは君へのプレゼントだ。……では、諸君。また会おう!」

 

 影胤はそのままごく自然な動きで窓の外へと飛び出した。小比奈もまた彼に続き室内から消える。

 

 室内には異様な静けさが残るが、そこで聖天子が口を開いた。

 

『皆さん、先ほどの依頼を変更します。ケースの奪還もそうですが、まず、あの男よりも先にケースを保護してください。さもなければ、先ほど黒崎社長が言った通り、東京エリアを滅ぼす大絶滅が起こってしまいます』

 

 聖天子の言葉に、会場内の民警たちは皆一様に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 その後、多くの民警達が帰るなか、零子と凛は防衛省の職員に呼び止められ別室へと案内された。

 

「悪いね木更ちゃん。また今度ね」

 

「はい。凛兄様も色々お気をつけて」

 

 木更は一礼をすると、踵を返し正面玄関へと向かった。それについていく蓮太郎だが、凛が彼を呼び止めた。

 

「蓮太郎くん」

 

「なんだよ?」

 

「木更ちゃんのこと、守ってあげてね。あと……君自身も気をつけなよ」

 

「……ウス」

 

 蓮太郎は神妙な面持ちのまま頷くと、木更の後を追った。

 

 その二人を見送った零子と凛は案内された部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 庁舎から出た蓮太郎と木更は駅まで肩を並べながら歩いていた。すると、蓮太郎が木更に問うた。

 

「なぁ木更さん。凛さんの強さってどれ位なんだ?」

 

「そうね、簡単に言っちゃえば……病気がない私以上って言ったところかしら」

 

「……マジで?」

 

「ええ。あの人の強さははっきり言って人間じゃないわね。あの人も危険視するぐらいだから」

 

 木更が言うあの人と言うのは恐らく菊之丞のことだろう。蓮太郎はただただ驚くことしか出来なかったが、木更は僅かに笑みを零していた。

 

「ところでさ……凛さんは木更さんが天童を抜けたこと知ってるのか?」

 

「知ってるわ。凛兄様は私が天童を抜けるといっても反対もせずに只話を聞いてくれた人。そして、私が信頼している人物でもあるからね。里見君、貴方と同じようにね」

 

 木更は蓮太郎に笑みを見せ、蓮太郎よりも先を進んだ。

 

 蓮太郎は信頼しているといわれたことが嬉しいのか、僅かに頬を緩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 庁舎の一室に通された零子と凛は室内に入った。

 

 そこは先ほどまで広い部屋ではなく、なにやら会社の社長室を思わせる部屋だった。豪華な机の上にはノートパソコンが置かれており、零子はその意図を理解したのか、椅子に座り、ノートパソコンを開いた。

 

 同時に、パソコンの電源が入り、そこにある少女が映し出された。

 

「呼び出して何の用かしら? 聖天子様」

 

 零子が言うと、画面の中の少女、聖天子は大きく溜息をついた。

 

『その理由はわかっているんじゃないですか? 零子さん』

 

「まぁ言いたいことは分かるわ。七星の遺産のことでしょう?」

 

 零子が言うと、聖天子は静かに頷いた。そして、もう一度溜息をつくと零子を嗜めるように告げる。

 

『まったく……いくら貴女でも言っていいことと悪いことがあります』

 

「そんなこといったってしょうがないじゃない。……それに、私が言わなくたって結局言うハメにはなったと思うわよ?」

 

『そうですが……まぁいいです。確かに、いずれはばれてしまうことですから』

 

 ヤレヤレと言った様子で首を振った聖天子は、今度は零子の隣で苦笑いを浮かべていた凛に視線を向けた。

 

『貴方もですよ凛さん』

 

「うっ……。いやぁでもあそこは止めておかないと、伊熊君が怪我をしていたかもしれませんし」

 

『それでもです。というか、目立ちすぎですよ。貴方の秘密は本来知られてはいけないんですから、あまり目立った行為はしないようにお願いします』

 

 秘密と言う言葉に凛は一瞬神妙な顔になると、彼女に対し頭を下げた。

 

 聖天子もまたそれに頷くと、二人を真剣なまなざしで見据える。

 

『では、もう一度あなた方へお願いします。ケースのを無傷で、そして、あの蛭子影胤よりも早く奪還してください』

 

「了解」

 

「わかりました」

 

 二人がそれに返答したのを確認すると、聖天子は最後、もう一度二人に『お願いします』と告げると向こう側から電源を落とした。

 

「さて、引くに引けなくなったけど……覚悟はいいわね?」

 

「もちろん、東京をなくならせるわけには行きませんから」

 

 凛はそれに了承すると、零子もまたそれを確認し、二人は部屋から出て庁舎を後にした。

 

 庁舎の駐車場へ向かおうと、零子がそちらに歩を進めようとした時、凛が彼女に告げた。

 

「すいません零子さん。ちょっと夕飯の買出しがあるんで一人で帰ります」

 

「そう、わかったわ。気をつけてね」

 

 零子が言うと、凛は軽く一礼をし庁舎から出て行った。

 

「……じゃあ私は杏夏ちゃんを迎えにいこうかしら」

 

 車の鍵を手でいじりながら零子は車を取りに行った。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、凛は夕食を食べながら目の前で同じように夕食を食べている摩那に今日あったことを教えた。

 

「ふーん、じゃあその『七星のいさん』? をその悪い人より先に手に入れればいいの?」

 

「うん。過酷な任務になると思うけど……大丈夫?」

 

「まっかせて!! 凛のサポートをするのが私の役目だから! どんなヤツが相手だって負けないよ!!」

 

 摩那は拳を握り快活に言うと、凛に拳を向けた。

 

 凛もそれに小さく笑うと、摩那の拳に自らの拳を軽くぶつけた。

 

「よし、じゃあ悪い人たちを捕まえるために、ちゃんとピーマンも食べるように」

 

 摩那の皿の端に避けられたピーマンを指差しながら凛が言うと、摩那は頬を引きつらせた。

 

「えー!? むー……凛の鬼ー!!」

 

 文句を言う摩那だが、凛はそれに聞く耳を持たなかった。

 

 その後、残されたピーマンとにらめっこしながらも何とか食べ終えた摩那であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 

 聖天子が住まう聖居の一室。聖天子の自室では、彼女が空に上がっている青白い輝きを放つ月を見つめながら小さく呟いた。

 

「……どうか、無理をなさらずに。凛さん……」




とりあえずは影胤さんのところはこんな感じで……w
斥力フィールドのところは近いうちにうまく出せればと思います。

感想などありましたらよろしくお願いします。

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