庁舎へと到着した零子と凛は受付へ行き、それぞれ名と用件を告げた。すると、受付の職員が立ち上がり、「どうぞこちらへ」と言い、二人に後に続くように促した。
二人もそれに頷くと、無言のまま職員に続く。
やがて二人は第一会議室と書かれた部屋の前まで案内された。職員は軽く腰を折ると背筋を伸ばしたまま自身の持ち場へ戻っていった。
「さて……何があることやら」
嘆息気味に零子が告げ扉に手をかけようと手を伸ばすが、後ろにいた凛がそれを制した。
「ここは男の僕が開けますよ」
「あら、ありがとう。じゃあお願いね」
凛は頷くと扉を開けた。
扉を開けると、そこには小さめな扉からは想像がつかない広さの空間が広がっていた。中央には楕円形の巨大な卓があり、奥の壁にはこれまた巨大なELパネルが埋め込まれていた。
そして、それと同時に目に付くのは中にいる人間だった。
「やっぱりね……」
零子が中にいる人物を一瞥しながら呟くが、その声には最初から分かりきっていたという風な雰囲気があった。
中にいたのは皆、高級そうなスーツに身を包んだ民警の社長格の人間が卓についており、その後ろにはバラニウム製の武器などを担いだ恐らくプロモーターと思われる連中がいた。中にはイニシエーターの少女達も見受けられる。
二人が中に足を踏み入れると、ザワザワと話していた社長格の連中とプロモーター達が皆口をつぐんだ。
しかし、二人はそれを気にした風もなく室内を進む、すると、ヒソヒソと二人を見ながらであろう話し声が聞こえた。
「……なぁおい、あの白頭って……」
「ああ。IP序列666位の断風だ」
「マジかよ。あんな優男が俺らより上ってことか?」
「そうだな、少なくともオメェよりはつえーだろうよ」
粗野な言葉遣いからしてプロモーターであることは明確であるが、凛は表情一つ変えない。また、注目されているのは零子も同じなようで、
「ほう……アレが黒崎零子社長ですかな」
「えぇ、明確な年齢はわかりませんが、二組の民警を持っており、そのどちらも千番越えだそうです」
「それも凄まじいですが……随分とお美しい方だ」
「うむ、眼帯が残念であるがそれでもあの美貌は素晴らしい」
零子の方も他の社長達の注目にさらされていたが、零子は凛にしか聞こえない声で小さく呟いた。
「……まったく、人の身体をじろじろと。少しはデリカシーと言うものがないのかしら」
「……しょうがないですよ。実際零子さんかなり綺麗ですし」
「……君みたいな若い子に言われるのは嬉しいけれど、あんなオヤジ共に言われてもねぇ……」
肩を竦め小さく笑みを漏らす零子だが顔は本当に呆れ顔だ。
二人は周囲の注目に晒されながらも自らの席にたどり着くと、零子はそこに腰を下ろす。席としては後ろの方であるが、それは仕方ないといえるだろう。
確かに零子は二組の民警を持ち、なおかつ、その二人は千番越えだ。しかし、従業員の数などを比べれば大手にはまだ適わない事も多い。
恐らくこの席は業界大手順の席と言う感じなのだろう。
零子は凛に見えるように指で自分の顔の横に耳を持ってくるように促すと、凛もそれを理解し彼女の顔の横に自身の顔を近づけた。
「私はいいから、凛くんはもっと下がっていいわよ」
「わかりました。何かあったらまた呼んでください」
凛は軽く一礼をすると、そのまま壁際にまで下がり壁に背を預けた。
すると凛がいなくなったのを見計らったように、周りにいた民警の社長達が零子に声をかけ始めた。零子はそれを仕事用の顔で軽やかに受け答えを始める。
それに肩を竦めつつも、凛は周りのプロモーター達に視線を向けた。
……確かに零子さんの行ったとおり、東京エリアの殆どの民警が集まってるのは確かだけど。でもどうしてこんなことを? 防衛省が頼み込んでくるとなると東京エリアそのものの危機ってことかな……でもそうなると防衛省の一任だけでは決められないはず……となると関係してくるのは――――。
「――聖天子様ってとこかな」
現在この状況で考えられることを頭の中にある情報で絞り込んでみた結果を呟く凛だが、その声は呟きと言うよりも寧ろ声に出さず、口だけ動かしたようなものだった。
すると、先ほどまでざわついていた室内が先ほど零子と凛が入ってきたときと同じように静かになった。それだけでまた誰かが入ってきたのだということがわかるため、凛はそちらに方目だけ視線を向ける。
その瞬間、凛は入ってきた人物達を見て目を見開いた。
一人は高校生くらいの少年であり室内に広がる光景に驚いているのか若干口が半開きになっていた。その少年は凛が今朝会社に行く途中ですれ違った少年だ。名は確か蓮太郎と言っただろうか。
けれど、凛が驚いたのは蓮太郎ではなくその隣にいる少女の方だった。少女もまた隣の少年と同じく、高校生くらいだが、その制服は御嬢様学校として有名な美和女学院のものであり、彼女自身かなりの美少女である。
だが凛が驚いたのは彼女の美貌ではなく、彼女自身だった。
……まさか。
心の中で呟いた時には既に凛は一歩を踏み出そうとしていた。しかし、別の方向から飛んできた粗暴な声に凛は一瞬動きを止める。
「おいおい、最近の民警の質はどうなってんだぁ? ガキまで民警ごっこかよ。社会化見学なら回れ右してさっさと帰れや」
苛立ち混じりの声に凛がそちらに目線を送ると、髪をワックスで逆立て口元には髑髏の模様が描かれたバンダナを口元に巻いた青年が蓮太郎達に近寄っていた。彼の手には大きく無骨な巨大な剣、恐らくバスターソードと思われるものが握られていた。
彼はそのまま二人の下までにじり寄ると、少女の方を見やる。それに反応した蓮太郎が視線を遮るように少女と青年の間に割って入った。それが気に入らなかったのか、青年は蓮太郎となにやら言葉をぶつけ合っているようである。
それを見た凛は軽く溜息をつきながらも三人の下へ早足で向かった。それを流し目で見ていた零子がヤレヤレと言った様子で首を振っているのが見えたものの、凛はそれに振り向かず歩を進める。
しかし、三人に手がかかるところ数メートルのところで、青年のほうが蓮太郎に対し、頭を振りかぶり頭突きを食らわそうとしているのが見えたため、凛は苦い顔をする。
それとほぼ同時に凛の姿がその場から消え、青年の頭突きを片手で受け止めた。
瞬間、周りにいた民警全員が息を呑む音や、どよめくのが聞こえた。
突然の第三者の乱入に蓮太郎はまだ状況が飲み込めていないようだが、青年のほうは舌打ちをすると、乱暴に頭を掴んでいた手を振り払い、目の前に立つ凛を野獣のようなまなざしでにらみつけた。
「白頭ぁ……!!」
凛の髪の毛のことを言っているのだろうが、凛はそれを無視し青年に言い放った。
「止めておきなよ、僕たちは今日ここに争い事を起こすために来た訳じゃないだろう?」
「うっせぇ!! テメェなめてっとそっ首刎ねるぞゴラァ!!」
バスターソードを持つ手に力をこめる青年だが、凛のほうは冥光を構えず大きく溜息をつく。
「やめんか将監!! 彼の言うとおり私たちは今日ここに戦いに来たわけではないんだぞ!!」
卓についていた一人の男性が声を少し荒げ、将監と呼ばれた青年の行動を止めた。恐らく彼の所属する会社の社長なのであろう。
「そりゃあねぇだろ三ヶ島さん! コイツが舐めたこと言いやがるから――」
「黙っていろ。自分の序列と目の前にいる彼の序列を考えてみろ! お前が勝てるわけがないだろう。ましてや、こんなところで流血沙汰でも起こされては我々とてハイスイマセンでしたというわけではないんだぞ!!」
上司の恫喝と、自分の序列と凛の序列を脳内で比べたのか、将監は「ケッ」と言うと凛と蓮太郎を睨み、壁際まで行くと腕を組みながら壁にもたれかかった。
卓の方では三ヶ島が回りに礼をすると同時に、零子に対しても深々と頭を下げた。
「申し訳ない黒崎社長。どうか今のことは穏便に」
「頭を上げてくださいな三ヶ島社長。今回は互いに両成敗と言うことにいたしましょう。勝手に割って入ったうちの子も悪いですし」
零子もまた立ち上がると、三ヶ島に対し軽めに頭を下げた。
その様子を見ていた凛だが、彼はすぐに振り向くと後ろにいた蓮太郎達に声をかけた。
「大丈夫かい? えっと、蓮太郎くん?」
「あ、あぁ大丈夫だ。でも、なんで俺の名前を?」
「あれ? 覚えてないかな。ホラ朝横断歩道ですれ違ったでしょ。君は確か……延珠ちゃんって子を学校に送ってあげるところだったのかな?」
凛が朝の状況を説明すると蓮太郎も思い出したのか、頷いた。それを確認した凛は蓮太郎の後ろにいる少女の方にも声をかけた。
「……久しぶりだね木更ちゃん」
その言葉に蓮太郎は思わず目を見開いてしまった。
すると、木更と呼ばれた少女は凛に対し一礼をしながら笑顔で言った。
「ええ。お久しぶりです、凛兄様」
「にい……さま……? え? ちょ、ちょっと待ってくれ木更さん! この人と知り合いのなのか!?」
蓮太郎は木更からもらされた思いもよらない言葉に目を白黒させながら彼女に聞くと、木更は落ち着いた様子で返した。
「知り合い……と言うよりは最早兄と妹って言った感じが正しいかもしれないわ。この人の名前は断風凛。里見くんも一度は聞いたことがあるでしょう? 天童と肩を並べるほどの剣術、断風流を」
「断風……そういえば一回ジジイがぼやいていた気がするな。でもそれがどうして木更さんと兄妹関係になるんだ?」
「僕のおじいちゃんと、天童の菊之丞さんは旧知の仲でね。小さい頃は一緒に遊んだりしてたから自然とって感じかな」
蓮太郎の疑問に対し、凛が言うと、蓮太郎は納得が言ったのか数度頷いた。するとその様子を見ていた零子がこちらにやって来た。
「ほら、思い出話もいいけれどそろそろ席に着いた方がいいわよ。天童木更社長」
零子が促すと、木更は頷きそのまま自分が指定された席へと向かい、零子もまた自らの席へと戻っていった。
「それじゃあ僕達も適当な場所にいようか?」
「はい」
凛が言うと、蓮太郎もまた頷き二人は互いに壁際まで下がった。壁にもたれかかった二人だが、特に互いが話すことはないのか黙ったままだ。
しかし、その空気に耐えられなくなったのか、蓮太郎が凛に問うた。
「えっと……凛さんの序列って何位なんだ?」
「知りたい?」
「一応は……さっきの将監ってやつの社長がお前が勝てる相手ではないって言ってたんでどれ位なのかなって思って」
蓮太郎の素朴な問いに凛は頷くと、彼に対して説明を始めた。
「さっきの彼、将監って呼ばれてたからおそらくは伊熊将監だろうね。彼の序列は1584位、数いる民警の中でもかなりのやり手だね」
「千番以上か……ん? となるとそれ高い序列ってことは凛さんの序列って千よりも上ってことか?」
「うん。人のを言った後に自分のを言うって言うのは少し気が引けるけど……。僕の序列は666位だよ」
「ろっ!?」
蓮太郎は凛が言った言葉に対し絶句した。千番台でも何万もいる民警の中では高位序列といわれているのに、凛の序列はそれを更に超えているのだ。驚くのも無理はない。
「666位って……マジか?」
「流石に嘘はつかないよ。でも、あんましいい物でもないよ? こういう場所に来れば変な風に注目されるしね。それで、蓮太郎君はどのあたりなんだい?」
「俺は……。えっと、端数の方は覚えてないですけど、確か十二万ちょい辺りだったかな」
若干うなだれた様子で言う蓮太郎だが、凛は彼の肩を軽めに叩くと、軽めに告げた。
「そんなに気にする必要はないと思うけどね。蓮太郎君がもっと戦果を残せばあっという間だよ。僕ぐらいならすぐに追い越せるんじゃないかな」
「そういうもんか」
頭をガリガリとかきながら溜息をつくに笑いかけながら凛は先ほどから感じる視線の主を見つめた。
凛の視線の先には一人の少女がいた、隣には先ほどの伊熊将監が眉間に皺を寄せながら目を閉じていることから、彼のイニシエーターであることがわかった。
先ほどの凛と将監の争いが気に喰わないわけではなさそうで、送られる視線は何かを欲しているような、何かを求めているような視線だった。
凛はその視線に覚えがあった。摩那も時折、今視線を送っている少女と同じような視線を送っている時があり、それは大概お腹が減っているときであったり、夕食や昼食前であったりすることが多いのだ。
『もしかしてお腹減ってる?』
その様子を見た凛がジェスチャーでそれを聞くと、少女はそれを理解したのか、コクリと頷いた。
それに苦笑しながら凛が何かないかとポケットをまさぐっていると、巨大なELパネルの前に中年の男性が現れた。
男性の登場とほぼ同時に席に着いていた皆が一斉に立ち上がろうとするものの、男性はそれを首を振って制する。
「本日は集まってくれたことは簡単だ。我々政府から諸君等民警に依頼があって集まってもらった。空席が一つあるようだがまぁいいだろう」
男性は皆の顔を一通り見回すと、小さく咳払いをし皆に告げた。
「依頼を話す前に諸君等に一度言っておこう。今回の依頼を受ける受けないは君達の自由だ。腕に自信がないものは速やかに退室してくれたまえ」
その言葉に一瞬皆の顔が曇ったような感じがしたが、誰も退室することはなくみな男性を見据えていた。
「……なるほど、辞退者はいないようだな。では依頼の説明はこの方が行うので心して聞くように」
そう最後に告げると、男性はそのまま捌けていった。同時にELパネルの電源がつけられ、そこに二人の人物が映し出された。
「ごきげんよう、皆さん」
映し出された人物にその場にいたほぼ全員が現れた人物に驚きを露にし、その場に立ち上がった。
それもそのはず、パネルに映し出されたのはガストレアとの戦争で敗北した日本、東京エリアの現統治者。真っ白な衣装に、輝く銀髪が特徴の少女――聖天子だったのだ。
彼女の登場に皆驚きを隠せないでいたが、その中で二人、驚かずに微笑を浮かべているものがいた。
「……やっぱりこういう事だったんだね。聖天子様」
「……予想通り、って感じかしら」
その二人と言うのは、凛と零子だった。
影胤さんを出そうかと思いましたがそこまでやるとやたら長くなるので次回へ持ち越しと言う感じになりました。
予告ミス申し訳ありません。
木更さんと凛の細かい関係は追々明かして行きたいと思います。後は聖天子との関係や菊之丞とかの関係もですねw
感想などありましたらよろしくお願いします。