ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第三十五話

 聖居に到着した凛と菫はそのまま聖居内の一室に通された。

 

 そこには天蓋付きの豪奢なベッド。その周りには多くの医療機器が配置されていた。

 

「お待ちしておりました、凛さん。そして室戸教授」

 

 凛達が入ってきたのを確認した聖天子はベッド近くにあった椅子に座りながら声をかけた。

 

 二人はそれに軽く会釈すると、菫が返した。

 

「こうしてお会いするのは初めてとなりますね。聖天子様」

 

「はい。お呼び立てして申し訳ありません」

 

 聖天子は頭を下げるが菫はそれに小さく笑みを浮かべただけだ。するとそこで凛が聖天子に問うた。

 

「そういえば菊之丞さんの姿が見えませんが」

 

「菊之丞さんは防衛省に行っています。おそらく戦争が終わるまでは帰ってこないでしょう」

 

「なるほど」

 

 凛が頷いたところで、菫が「さて」と挨拶を終わりにして告げた。

 

「ではそろそろ始めるとしよう。聖天子様、準備は完了しているか?」

 

 菫が問うと彼女は静かに頷き隣にいた秘書と思われる女性に視線を送る。すると、秘書の女性は傍らにあったジュラルミンケースを持って凛と菫に見えるように開けた。

 

 ケースの中には一本の注射器が入っており、中に入っている薬品と思しき液体は無色透明だ。それを確認した菫は納得したように頷くと凛の背中をポンと押した。

 

「じゃあ凛くん、ベッドの上に横になってくれるかな」

 

「はい」

 

 凛はベッドまで行くと静かに横になった。同時に菫は医療機器の中から酸素吸入器を凛の口に取り付け、生態情報モニタから伸びる電極を凛の体に貼り付けた。

 

 モニタの中にはすぐに凛の生態情報が表示されるが、今のところは何ら問題はないようだ。

 

 すると凛の手のひらを聖天子が優しく握った。それに気がついた凛は彼女に優しく微笑みかける。

 

「大丈夫ですよ、聖天子様。絶対に帰ってきますから」

 

「……約束ですよ。嘘をついたら針千本飲ませます……!」

 

「それは怖い。是が非でも帰ってこないといけませんね」

 

 目尻に涙を溜めて僅かに凛を睨んでいる聖天子に対しても凛は笑顔を崩さなかった。

 

「やれやれ君のそのモテ過ぎなところも少し自重して欲しいものだね。聖天子様まで手篭めにするつもりかい?」

 

「そんなつもりはないんですが……」

 

「そ、そうです! 私だって凛さんは頼りになるって思っているだけですから!!」

 

 聖天子は顔を真っ赤にしながら否定したが、菫はそれが面白かったのか肩を竦めて笑みを浮かべた。

 

「まぁ君が聖天子様を落としてもそれはそれで面白くて私は好きだが……今はこっちが先だな」

 

 菫は注射器をケースから取り出すと、笑みを消して真剣な面持ちになる。雰囲気が変わったのを理解したのか凛と聖天子の顔からも明るさが消えた。

 

 それを確認した菫は深く頷いて静かに告げた。

 

「これより断風凛の体内に打ち込まれた、筋神経活動拘束ナノマシン『ヤドリギ』の機能停止のための術式を開始する」

 

 そのまま彼女は手に持った注射器を凛の腕に刺し込んだ。チクッとした痛みが凛に伝わり、凛はそれに一瞬顔を歪めるがすぐに視界がかすみ始めた。

 

「いいか、凛くん。何があっても絶対にこちら側に戻って来い。過去に囚われるな」

 

 菫のそんな声に凛が返答しようとしたと同時に凛の視界が完全に黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛の治療が開始されたころ、零子のアジュバントと蓮太郎のアジュバントは一箇所に集まって、凛がなぜ戦場を去ったのかを零子が説明していた。

 

「筋神経活動拘束ナノマシン『ヤドリギ』?」

 

「零子さんなんですかいそりゃあ」

 

 彰磨と玉樹がそろって疑問を浮かべると、零子はそれに淡々と説明をしていった。

 

「『ヤドリギ』はその名のとおり、被験者の体の中に打ち込まれた際に筋肉、及び神経の活動を拘束するナノマシンよ。それによってどれだけの力が拘束されるかというと、本来の力の三十パーセントから五十パーセントの力が封じられるのよ。

 あと『ヤドリギ』を打ち込むと髪の毛や目と言ったところにある変化が起きるのよ」

 

「まさか凛兄様の白髪って……」

 

 木更の問いに零子は静かに頷いた。

 

「そう。凛くんの白髪は『ヤドリギ』を打ち込んだ際に変化したのよ。そうよね摩那ちゃん」

 

「うん。凛が注射を打って一日過ぎたら髪の毛が真っ白になってたよ」

 

 摩那がソファに座りながら言うと、事情を知らない者達は困惑とも取れるような顔をしていたが、彰磨は静かに問うた。

 

「黒崎社長。凛はなぜそんなものを体に打ち込まなければならなくなった? 自らの力を封印するのだからそれだけの理由があったのだろう?」

 

「……えぇ。けれど、それは教えられないわ。その事は彼の口から直接聞いて」

 

 真剣な面持ちの零子に対し、彰磨は静かに目を閉じながら頷く。

 

 すると今度は木更が皆に告げた。

 

「里見くんは、命令違反を犯したということで私達全員の責任を取ってプレヤデスを倒しに行ったわ」

 

「無茶だろ……蓮太郎のヤツ一人で抱え込みやがって」

 

 玉樹は悔しげに歯噛みしていたが、ここにいる自分には何も出来ないことにも苛立っているようだった。

 

 延珠を見ると彼女は自分を置いて行ってしまった蓮太郎のことが心配でたまらないのかずっと一人用のソファで膝を抱え込んでいた。

 

 その様子を見かねたのか摩那が彼女の背中をポンと軽く叩いた。

 

「摩那……」

 

「まったく、なにしょげてんの。確かに蓮太郎が心配なのはわかるけどさ。私だって凛がいないから、二人でがんばろうよ」

 

「……うん。そうだな、蓮太郎ならきっと大丈夫であるよな?」

 

「それはそうですよ延珠さん。お兄さんならきっと帰ってきます」

 

 二人のやり取りを見ていたティナも話に加わってくると、延珠を元気付けるためか他の子供達も集まってきた。

 

 その姿を皆が笑みを浮かべて見守りつつも、その顔にはやはりどこか心配げな色があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、蓮太郎はプレヤデスを倒すために入った未踏査領域の中を黙々と進んでいた。しかし、どこか彼は必要以上に苛立っているように見えた。

 

 だが、彼の後ろを見てみるとその様子も頷けた。

 

「おい、影胤。俺の前を歩けよ」

 

「断る。いつ背中から銃撃されるかわからんからね」

 

 そう答えたのは仮面を被った燕尾服の男性、蛭子影胤だった。傍らにはイニシエーターであり娘でもある蛭子小比奈もいた。

 

 蓮太郎はそれに舌打ちをすると踵を返してずんずんと進んでいく。彼らに出会ったのは昨日の夜のことだ。

 

 未踏査領域に入ってすぐ、蓮太郎はモデル・ウルフのガストレアたちに襲われた。

 

 圧倒的に数が多かったことと、夜で視界が悪かったことも災いしてか蓮太郎はすぐに窮地に立たされてしまった。

 

 しかし、そんなところを救ったのが、かつての宿敵である蛭子親子だったのだ。

 

 そのまま彼らと共にキャンプをしたはいいものの、何故か二人は蓮太郎の後をずっとついてくるのだ。

 

「おい。いい加減何のために動いてんのか教えろよ」

 

「それも断ろう。クライアントとの約束なのでね」

 

「クライアントだ? またジジイの悪巧みにでも加担してるってことかよ」

 

「クク、残念ながらそれは違うよ里見くん。今回あの天童菊之丞は全く関係がない」

 

 影胤は仮面のしたで小さく笑って答えたが、蓮太郎の中ではさらに疑問が渦巻くだけだった。

 

 前を行く蓮太郎の後をついていきながら昨夜の凛の話を思い返していた。

 

 ……筋神経活動拘束ナノマシンか。そんなものを打ち込んでいるとすれば、彼は本来の力を抑えた状態で私や小比奈と渡り合ったと言うことだ。本気の彼とは一体どれほどまでの力を有しているのか……実に楽しみだ。

 

 蓮太郎に気付かれないように静かに笑みを浮かべる。

 

 ……そして彼の本質も実に面白い限りだ。彼もまたあと一歩踏み出せばこちら側にくる存在。そうなるまで私はいつまでも待とう、断風凛。

 

 そんな風に考えている彼の隣で小比奈は父の姿を見ながら口角を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「……パパ楽しそう……」

 

 その呟きは影胤にも蓮太郎にも聞こえる事はなく、三人はそのままプレヤデスの下まで歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノリス灰に覆われた東京エリアの一角、凛の実家では庭に子供達が集まって心配そうに戦場の方を見ていた。

 

 するとその中の一人、花房美影が時江の服を引っ張りながら聞いた。

 

「ねーねー時江おばーちゃん。凛にーちゃん達だいじょうぶだよね?」

 

「もちろんさ。凛にーちゃんは強いんだからねぇ。どんなヤツが相手だって負けやしないさ」

 

「そーだよね! だって私達のヒーローだもん!」

 

 美影はとてとてと友人達の方に駆けて行ったが時江は傍らに来た珠と顔を見合わせて、皆とは別の方角である聖居のほうを見た。

 

「……御婆様。先ほど聖居の職員の方から連絡があって、凛が力を戻すそうです」

 

「……そうかい。あの子もやっと決心がついたわけだねぇ。まったく、劉蔵さんは気にしとらんと言うとるのにねぇ」

 

「凛が悩んでいたのはそれだけではなく、恐らくあの時自分に起こったことも含まれていたんでしょう……」

 

「……『りん』の名を受け継いだものには確実に現れるからしょうがないと言えば、しょうがないんだが……タイミングが最悪だったからねぇ」

 

 時江は深くため息をついた後、祈るように手を合わせた。それを見た珠もまた心配そうな面持ちで凛がいる聖居を見やった。

 

 しかし、いつまでもそうしているわけにも行かず、珠は子供達に告げた。

 

「さてみんな! 今からご飯作るから手伝ってねー」

 

 珠の言葉に子供達は大きな声で返事をする。そのまま母屋に入っていく子供達を見送りながら時江は心の中で静かに凛に告げた。

 

 ……力に呑まれるんじゃないよ凛。そして必ず帰ってきな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の闇。

 

 まさしくそう言えるべき世界が凛の前に広がっていた。しかし、不思議なことに自身の体は確認できる。

 

 何処までも広がる闇、闇、闇……。

 

 自分が浮いているのか、立っているのか、横たわっているのか、全くわからない空間だ。

 

 そんないるだけでおかしくなりそうな空間にいながらも凛は落ち着いていた。

 

 すると、そんな闇の中に一縷の光が差し込んだ。

 

 蜘蛛の糸のように細いその光に凛が近づいていくと、段々とその光の糸が横に広がっていき、やがて真っ暗闇の空間が一転して真っ白な空間に変わった。

 

 背後を見るとそこにはもう黒い空間は存在しておらず、まるで露と消えてしまったように見えた。

 

 凛はそれを確認したあと、ゆっくりと歩き出した。今度はしっかりと足場があるようで、歩いているということが実感できていた。

 

 そのままどれくらい歩いただろうか、白い空間は無限に広がっているようで、行けども行けども終わりは見えなかった。

 

 しかし、そこでその空間に変化が起きた。

 

 凛の視線の先にふと二人の人物が現れたのだ。

 

 一人は蓮太郎達と同じくらいかそれよりも少しだけ年が低そうな黒髪の少年。

 

 もう一人は白髪の老人で、顔には深く皺がよっていた。

 

 少年の手には黒い刀が握られており、老人の方の体にはまるで何かに体を裂かれたかのような傷が深々と刻まれていた。

 

 すると少年は刀を片手に駆け出し、老人の体を袈裟斬りに断ち斬った。

 

 その速さたるやまさしく一瞬、刹那とも呼ぶべき速さで放たれた神速の斬撃に老人は成す術もなくその場に倒れ付した。

 

 老人が倒れたあとには大きな血溜まりが出来ており、老人はそのまま動く事はなかった。

 

 けれど老人の顔には苦しさがまるでなく、むしろ本望であるように笑顔を浮かべていた。

 

 しかし、少年の顔には老人の体から噴き出た鮮血がかかっていた。通常、人を殺したこの状況であれば誰しもが焦ったり、恐怖におののいたりするだろう。

 

 だがこの少年は違った。

 

 

 

 少年は笑みを浮かべていたのだ。

 

 

 

 それもただの笑みではない、残忍であり狂気と殺意に満ち満ちた笑みが浮かべられていたのだ。

 

 だけれどもそれは少年が望んだことではないのか、すぐに彼は首を振って自分を否定した。

 

『こんなの僕じゃない』と。

 

 そんな彼の姿を目を逸らさずに見据えていた凛は悔しげに歯噛みした。

 

「……これは僕の記憶か……」

 

『そういうこった』

 

 ふと凛以外の声が彼の背後から聞こえた。

 

 凛がそちらを振り向くと、自分と瓜二つの容姿をした青年が、先ほど少年時代の凛が浮かべていた以上に残忍で、狂気に満ち満ちた笑みを浮かべていた。

 

 鏡写しのような自分と瓜二つの青年の登場にも凛は動じる事はなく、ただただ青年を見つめて静かに言い放った。

 

「……久しぶりだね『りん』」

 

『あぁ、久しぶりだなぁ「凛」』

 

 二人の『りん』は互いの視線を交錯させた。

 

 だがどちらもその瞳の奥には悲しげな光が宿っていた。




あい、今回はちょいと短めでした。

凛の体内に打ち込まれたものの名前も判明させることも出来ましたしよかったよかった……。
なんか自分自身と精神世界みたいなところで会っているとなると……エスパーダに引き続きブリーチ臭が強まってしまった……!!?
ま、まぁ一護と白一護は色々反転してたけどこっちは反転してるのは性格くらいだしィ!? 断風家の秘密みたいなのも明かせるようになってきてるしィ!?
だ、大丈夫だよ大丈夫……。

次回は第二回目のアルデバラン撃退のあたりを零子さん達の視点で書ければと思います。
果たして翠はどうなるのか……真実は読者様の目でお確かめください。

そして凛が覚醒するのは第三回目ですね。

あと、読者様方のお陰でこの二次創作のお気に入り数も八百という数字までやってきました。
ここまでやってこれたのも皆様のお陰でございます。
これからは今まで以上に皆様が楽しめるようにがんばって行きたいと思いますので、応援してくださると幸いです。

では感想などあればよろしくお願いいたします。

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