ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第三十一話

 司馬重工の一室、装備品開発室で未織は凛のための新武装とにらめっこしていた。

 

「ぐぬぬ……やっぱ玉鋼だけやとどうしても強度がなぁ……『アレ』が完成してくれればええんやけど」

 

 未織は小さくため息をつくがそこでモニタの端に内線が来たことをあらわすアイコンが表示された。

 

 彼女がそれをタップすると、モニタの中にさらにモニタが表示されてまだ若い女性が映し出された。

 

『お嬢様、手配されていたものですがあと少しで完成します』

 

「そかそか、ありがとうな~。……あ、そうや、急かす様で悪いんやけど『アレ』は、まだ時間かかりそうか?」

 

『申し訳ございません。そちらの方は最低でも後二日はかかるかと……』

 

 女性は伏せ目がちに謝罪をするが、未織はそれにかぶりを振った。

 

「あぁそんなに気にせんでもええよ。先方さんは十分理解してもらっとるから」

 

『本当に申し訳ありません。鋭意製作中ですので、完成したらまたご連絡を差し上げます』

 

「うん、待っとるよー」

 

 未織が笑顔のまま答えると、女性は一礼をしてあちらから通信を断った。内線モニタを閉じながら、未織は別のモニタを開いて確認する。

 

「『アレ』さえ完成すれば、凛さんの新武装が全て完成する……。そしたらアルデバランなんてイチコロや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京エリアの一角。

 

 黒御影と呼ばれる色をした御影石が整然と並ぶ墓地に凛の姿はあった。墓石は夏の陽光を浴びて輝いており、その反射光がまぶしいほどだった。

 

 凛はその墓の通路を水の入った桶と水を汲むための柄杓、それと花屋で購入した墓花を手に持って歩いていた。

 

 彼のほかにも老齢の男性や女性がちらほらと見えるが、皆の瞳には絶望の光しか灯っていなかった。

 

 それもそうだ、モノリスの白化の報道がされてから東京エリアは阿鼻叫喚と化していた。

 

 約二千体にも及ぶガストレアの軍団に民警や自衛隊だけで勝てると思う人々は少なく、富裕層は既に他エリアへの脱出をするために航空券を買い占めているし、航空券自体も足りる事はなくネットでは有り得ないほど価格が高騰しているのだ。

 

 他にも聖天子が用意した大深度地下シェルターへの当選券がランダムに配られたが、これ自体は火に油を注ぐようなものだった。

 

 シェルターに収容できるのは東京エリアの三十パーセントの人々のみで、他の七十パーセントの人々にとって、それは死刑宣告も同義である。

 

 しかし、人々を激昂させたのはそれだけではなく、シェルターへ収容される人々の中には呪われた子供たちも含まれていたことにある。

 

 これには多くの人々が拒絶反応を示し、中には呪われた子供たちを殺害し、力づくでシェルターの当選券を奪おうとする組織まで現れているらしい。

 

 現に、凛の実家の周囲にも怪しげな人物がうろついていると言うのを司馬重工の警備隊の隊員から聞いている。

 

 もちろん聖天子にも凄まじいほどの批判が集中したが、凛から見てみれば恨む方向を見紛うのもいいところだという心境であった。

 

 確かに彼女は人々にモノリスが白化していることをすぐに報道する事はしなかったが、遅かろうが早かろうが結局のところは同じものだ。

 

 それにアルデバランが東京エリアに出たのは彼女のせいでもなんでもない、ただの偶然なのだから。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、目的の場所に到着し、凛は考えを一旦中断した。

 

 彼の目の前には周囲の墓と同じ御影石で出来た墓石があり、それには『断風家之墓』と刻まれていた。そう、ここが凛の家の墓である。

 

 ここには先祖と共に凛の父、剣星と祖父、劉蔵が眠っている。

 

 凛は墓の前で一礼するとまず始めに墓の周囲の雑草を抜くと、その後手桶に入っていり水を柄杓で掬い、墓石にかけてスポンジで軽めに磨いていく。

 

 ある程度掃除を終えると、持ってきた花を墓の水鉢に供えて、墓石のてっぺんから柄杓で水をかけた。そのまま線香にも火をつけると彼はそれを供えてから、目を閉じて静かに手を合わせた。

 

 十秒ほど手を合わせると、凛は目を開けて墓石を確認するとつぶやいた。

 

「……ちょっと早いけど、墓参りに来たよ父さん、じいちゃん」

 

 墓石に触れながら小さく声をかけた彼は僅かに笑みを浮かべると、拳を握り締めて静かに自分の決意を独白した。

 

「じいちゃん……多分聞いてたら『何を気にしているこの馬鹿者がッ!』って怒るのかもしれないけど、言うよ。四年もかかったけど……覚悟を決めた」

 

 小さな声であったが、その中には確かに力強いものがあり凛の決意の固さが現れていた。

 

「周りの人にもかなり迷惑をかけちゃったから、その分皆に恩返しをしなくちゃいけないね。あぁそうだ、子供達はみんな元気だから心配しないでいいよ。ばあちゃんや母さんも元気だから」

 

 近況も報告し、「それじゃあ」と立ち上がろうとしたとき凛は自身の後ろに誰かが立っていることに気がつき、振り返った。

 

 そこには凛と同年代くらいの流れるような黒髪をポニーテールに纏め上げた女性が佇んでいた。

 

「あの、なにか?」

 

 凛が小首をかしげて女性に問うと、彼女は少しだけ焦った様子を見せて凛に対して頭を下げた。

 

「す、すみません。ここで私と同じくらいの人を見かけたのが初めてだったのでつい……」

 

「あぁ、なるほど。そういえば僕もここで同い年くらいの人を見るのは初めてです。貴女も御墓参りですか?」

 

「はい、祖父に挨拶をしに来ました。あの……盗み聞きをしてしまったようで申し訳ないんですが、先ほどの言葉から察すると貴方も?」

 

「えぇ、僕も祖父と父の墓参りです。……というかやっぱり聞かれてましたか、ちょっと恥ずかしいですね」

 

 凛は気恥ずかしそうに頬を掻きながら言うと、女性はそれにかぶりを振った。

 

「いいえ、ちっとも可笑しいとは思いませんよ。私もさっき祖父に声をかけてきたので。不躾かもしれませんが、お言葉から考えられるとすると、とても厳しそうな御爺様でいらしたのですね」

 

「フフッ、まぁそんな感じです。いつも眉間に皺を寄せて難しい顔をして……とても厳しい人でした。けど、時には優しかったりしたんですよ。

 ……特にあの時は優しかったです……」

 

 言葉の中に影が写ったのを感じ取ったのか、女性は不思議そうに首を傾けるが、凛はすぐに女性に向き直り軽く頭を下げた。

 

「すみません、僕の話ばかり。貴女には関係もないのに」

 

「お気になさらないでください、私も久しぶりに同年代の方とお話が出来て楽しいですし。……東京エリアがこんな状態で友人も皆家族と過ごしたいらしくて、当たり前ですよね。モノリスが崩壊してしまうんですもの」

 

「貴女は御家族と一緒に過ごさなくてもよろしいんですか?」

 

「私の家族は……もうこの世にはいませんので。父と母は大戦時に、祖父と祖母もこの十年の間に亡くなりましたから」

 

 彼女は伏目がちに呟くが、凛がそこで頭を下げて謝罪した。

 

「すみません、無遠慮な質問でした」

 

「いえ、もう慣れていますので。……あの、もしよろしければ少しお時間いただけますでしょうか? さっきも言ったとおり、同年代の方とお話をしていなかったので少しだけ人肌が恋しかったと言いいますか……」

 

 彼女の目には凛をどうにかしようとかそういうものは全くなく、ただ純粋に凛と話をしてみたいと言う感じしかなかった。

 

 凛はそれに小さく笑みを浮かべると静かに頷いた。

 

「いいですよ。では、僕の名前を教えておきますね。断風凛です、貴女は?」

 

「あぁすみません! 湊瀬(みなとせ)あずさです。急なお願いを聞いてくださりありがとうございます。断風さん」

 

 彼女はそういうと凛に握手を求め、凛もそれに答えたあと手桶と柄杓を墓地を管理している管理所に返した後、二人は街中の『ミルヒシュトラセ』という喫茶店へと足を運んだ。

 

 窓際の二人用の席に付いた凛とあずさは少しばかりメニューを眺めた後、それぞれアイスコーヒーとオレンジジュースを注文した。

 

 注文した品が運ばれてくまであずさは凛に改めて頭を下げた。

 

「お付き合いしてくださり本当にありがとうございます」

 

「いえ、僕もちょうどどこかで休んでいこうと思っていたので」

 

 凛が笑顔で答えると同時に、スタッフがトレイにアイスコーヒーとオレンジジュースを乗せてやってきた。

 

 テーブルにそれが置かれると二人はスタッフに軽く会釈をして答える。

 

「あのう、これまた不躾で申し訳ないんですけど。断風さんの髪の毛って天然ですか?」

 

「これですか? さすがに違いますよ。これは……あるものの副作用でこうなってしまったんです」

 

「副作用ってことはお薬か何かで?」

 

「まぁそんなところです。……ところで、お聞きしたかったのですがよろしいですか?」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 あずさが小首を傾げると、凛は彼女を静かに見据えて問うた。

 

「怖くはないんですか? モノリスが倒壊して、民警や自衛隊が負ければ東京エリアは消滅してしまいますが」

 

 凛の問いは純粋なものだった。これで彼女が「怖い」言ったとしてもそれは至極当然なことであり、責める気など毛頭なかった。ただ、一民警として気になっただけだ。

 

 彼女は少しだけ考えた後、ポンと手を叩いて頷いた。

 

「怖いですよ。だけど、私は民警さんや自衛隊の人たちが勝ってくれると思ってます。だからそこまで怖くはないです」

 

 彼女の言葉に嘘偽りはなく、本当に心からそう思っているようだった。

 

 凛はそれに僅かに笑みを浮かべるとジャケットの胸ポケットからライセンスを取り出して、あずさに見えるようにテーブルの上をスライドさせた。

 

 あずさはそれを覗き込むと、焦ったように顔を赤くしてライセンスと凛を見比べて口をパクパクとさせた。

 

「試すようなことをしてすみません。民警としてどんな風に思われてるのかなーって思いまして」

 

 クスクスと笑う凛だが、あずさは心底驚いていたのかあわあわとしていた。

 

「み、民警さんだったんですね。驚きました、断風さんってそんなイメージなかったんで……」

 

「じゃあ湊瀬さんから見た民警のイメージってどんな感じですか?」

 

「えっと、なんと言うか筋骨隆々な人がいっぱいって感じが強いです」

 

「あぁ、まぁそんな人もいますね。けど僕と同い年か、下の子もいますよ。僕の友人では十六歳の子達もいますし。大体は二十代後半から四十代後半っていう人が多いんですけどね」

 

「へぇそうなんですか」

 

 あずさは興味深げに頷くとオレンジジュースを飲んだ後少しだけ暗い面持ちとなって凛に問うた。

 

「断風さんは今回のガストレアの大群と戦うんですよね? さっきの質問を返すようですけど、怖くないんですか?」

 

「もちろん怖いですよ。けど、僕が……いえ僕達が逃げ出したら東京エリアを守る事は出来ませんからね」

 

 そういうものの、凛は笑みを浮かべており恐怖しているなどを全く感じさせていなかった。

 

 するとその時、窓の外で呪われた子供たちに対する批判を行っている組織がデモを行っているのが見えた。掲げているパネルや旗には「呪われた子供たちをシェルターに入れるな」や「化物に人権など必要ない」などといった字が書かれていた。

 

 凛はそちらを悲しげな瞳で見やるが、そこであずさが小さく呟いた。

 

「……ひどい」

 

 あずさがそう呟いたのを凛は聞き取るが、そこで彼女がゆっくりと話し始めた。

 

「どうしてあんな事が言えるんでしょうね。あの子達の中には断風さんみたいなプロモーターの人と組んで、イニシエーターとしてエリアを守ってくれている子達もいるのに。

 それにそうでない子達も外周区で一生懸命生きてるのに。……なんで分かり合えないんでしょうか」

 

「……人は自分とは全く別の存在を恐怖しますからね。ましてやそれがガストレアウイルスを保持しているとなればああいう行動に出るのは必然なのかもしれません。……だけれど、それで彼女達を傷つけて良い理由にはなりません」

 

 凛は静かにあずさの言葉に答えると、そのまま問う。

 

「湊瀬さん。貴女は彼女達のような存在に嫌悪感は抱きませんか?」

 

「全くありません。確かに父と母を殺したのはガストレアです、しかしあの子達ではありません。以前、少しだけでしたけどあの子達とお話する機会があったんですが、あの子達は本当に普通の人間と変わりはありませんでした。

 笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり……普通の人間と全部同じでした。それに話に聞けばあの子達は能力さえ使わなければ、私達と同じように成長できると言うじゃないですか。それなのに、どうしてあの人たちは……!」

 

 あずさはテーブルの上に置いた手をギュッと握り締めると、唇をかんで悔しげな顔をした。

 

 凛もそれに頷くと静かに告げた。

 

「きっといつか皆が分かり合える日が来ますよ。貴女の様な優しい方がいてくれればね」

 

「それを言うなら断風さんだって優しいんじゃないですか?」

 

「僕は……無理ですよ。どうしてもあの子達が傷つけられているところを見てしまうと、周りの人たちが許せないですし。決して彼らのことが憎いわけではありません。ガストレアによって恐怖を植えつけられた人々があのような行動に出ることもわかります。

 けれど、僕はどうしても――」

 

 と、凛がそこまで言ったところで彼のスマホが鳴る。

 

「失礼……もしもし?」

 

『凛兄様、急ぎでお話したいことがあるので今からよろしいですか?』

 

 電話の相手は木更だった。

 

「わかった、少し待っててね。場所はどうする?」

 

『事務所に来てください。そこでなら安心して話せます』

 

 木更の言葉に凛は「了解」とだけ返答すると通話を切ってあずさに一礼して謝罪をした。

 

「申し訳ありません湊瀬さん。至急行かなければならないところができたので、続きはまたいつか、これ僕の名紙なんで何か困ったこととか今日の話の続きのときに連絡してください。

 あと、これからしばらくは戦争のために会う事は難しくなると思われます。貴女もなるべく外に出ずに安全な場所へ避難をして置いてください」

 

 名紙を渡してあずさの分の代金まで置いていくと、凛は「それじゃあまた」とだけ告げて店を後にした。

 

 店に残されたあずさはもらった名紙を確認した後、それを胸に抱いて小さく告げた。

 

「……がんばってください。断風さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶店を飛び出した凛はそのまま天童民間警備会社へと足を運んだ。真夏日の中を走ってきたおかげで僅かに凛の額には汗が浮かんでいた。

 

「それで話ってなんだい?」

 

 木更から受け取った冷えた濡れタオルで汗を拭った凛はガラステーブルを挟んで前に座る木更に問う。

 

 すると彼女は凛を真っ直ぐと見つめた状態で語りだす。

 

「凛兄様、三十二号モノリスにアルデバランが取り付くことが出来たのか、凛兄様はその原因を掴んでいますか?」

 

「いや残念ながらそれは掴んではいないよ。ただ、わかる事はある。アルデバランは確かにステージⅣだと言うことだ。なぜ三十二号モノリスに取り付くことが出来たのかまではわからないけど、アルデバランはアレから他のモノリスには全く手を出していない。

 これから考えられるとすれば、三十二号モノリスに何らかの欠陥があったと言うことだね。それが人為的なのか、はたまた自然の現象なのかはわからないけどね」

 

 肩を軽く竦めて見せた凛だが、木更は内心で舌を巻いていた。元々凛の洞察力と観察力はかなりのものであり、幼い時でも一度見ただけの天童流を数回試しただけで習得してしまったほどだ。

 

 木更は一度軽く咳払いをすると凛に封筒に入れられた紙を見せた。

 

「これは?」

 

「私がコネで調べてもらった三十二号モノリスのデータです。先日里見くんと、話したとき彼が凛兄様にように言ったんです。『モノリスに何か問題がある』って。だから調べてもらったんですが、そうしたらこんなことがわかったんです」

 

 紙を受け取った凛はそれを上からじっくりと眺め、やがて最後の分まで行き着く。

 

 そこには凛もよく知る人物の名前と、三十二号モノリスが何時ごろに建てられたのかが記されていた。

 

「……なるほどね。こういうことか」

 

「これを見て凛兄様はどう思いますか?」

 

「まぁあの人ならやりかねないね。けれど、これを知ったってことはやるつもりなのかな木更ちゃん?」

 

 凛が問うと彼女は静かに頷く。その瞳からは光が消え幽鬼のような眼だった。同時に彼女は僅かに笑みを浮かべて凛に言い放った。

 

「……凛兄様、もしこれが本当だった場合、私は私がなすことを成します。その時が来たら同席してもらってもよろしいですか?」

 

「……構わないよ。それで君の気が済むのなら、だけどね」

 

 冷静な声音で告げる凛に対して木更は頭を下げた。次に彼女が頭を上げると先ほどのような幽鬼の瞳は消えていつものような彼女が凛に顔を向けていた。

 

 それに対して木更に気付かれないように小さく息をついた凛だが、不意に彼女が悲しげな面持ちになった。

 

「どうかしたかい?」

 

「あ、いえ……この話の後で言うのも変だなぁって思うんですけど聞いてもらえますか?」

 

「もちろん、妹分の話を聞くのも兄貴分のつとめだからね」

 

 凛が笑顔で答えると、木更は少しだけ安心したのか僅かに頬を綻ばせた。

 

「最近ある夢を毎日のように見るんです。気が付くと朝靄みたいなのがかかった橋の上に私はいて、見渡してもずーっと橋だけが続いているんです。だけど自分がどうしてこんなところにいるのかとかは全くわからないんです。けれどなぜか前に進まなきゃいけないことだけはわかっているんです。

 それで仕方なく橋を進むんですけど……何処まで行っても本当に誰もいないんです。そしてやがて橋が終わって何か黒いドロドロしたものが私を引きずり込んでいくんです。

 それでも、私はあせる事はなくてそのまま引き込まれていくんですけどやがて頭まで全部飲み込まれてしまうんです。だけれど、そのうちその泥みたいな沼みたいな中での呼吸法がわかってきてすっごく気持ちよくなるんです」

 

 木更の話に凛は黙って耳を傾ける。

 

「それで朝起きて鏡を見てみると何でかわからないんですけど涙を流した跡があるんです。

 それから私は考えたんです。なんで私が泣いているのか……最近になって気が付きました。それは私がこの幸せにいつか終わりが来ることに気が付いてしまったからなんだって」

 

 『この幸せ』と言うのは恐らく蓮太郎や延珠、ティナと共に毎日を楽しく過ごしていることなのだろう。

 

 すると彼女は肩を震わせて目尻に涙を溜めて嗚咽混じりに告げた。

 

「……私が、殺しちゃったんです。世界中の人……里見くんや凛兄様も含めて全部、全員……殺してしまったんです」

 

 恐らく蓮太郎にもこの話はしたのだろうが、そのときは涙を流さなかったのだろうと凛は予測した。

 

 ……プライドが高いとかじゃなくて、ただ単に彼に心配をかけたくなかったんだろうな。

 

 凛は小さくため息をつくとスッと立ち上がり、木更の下まで歩み寄ると彼女の頭を自身の胸に引き寄せて彼女の背中を優しく撫でる。

 

「……大丈夫。君はそんな事はしないし、蓮太郎君たちも何処にも行かないよ。もちろん僕もね」

 

「そう、ですよね」

 

「うん。けどちょっと嫌味なことを言うよ?」

 

「? はい」

 

 木更が疑問符を浮かべたのがわかると、凛はにやりと笑って彼女の即頭部に拳骨を作って押し当て、グリグリとし始めた。

 

「いたたたたたたッ!!!? り、凛兄様!! 痛いです!」

 

「まったく、君はさっき世界中の人の中に僕まで入れただろう。残念ながら君に負けるつもりも更々ないし、それに思い出してみなよ君が天童にいるとき最後まで僕に勝てたためしがあったかなぁ?」

 

 グリグリと拳骨を回転させながら余裕綽々といった様子で木更を攻め立てる凛だが、木更は先ほどまでとはまったく別の意味で涙を流していた。

 

「ちょ、ちょっ本当にしゃれになってませんから! いい加減離して下さい!!」

 

 ついに我慢が利かなくなったのか、彼女は凛のグリグリ攻撃から脱出すると即東部を摩りながら涙目で凛を睨んだ。

 

「もう! 何するんですか! こんな美少女を傷つけるつもりですか!?」

 

「いやーそんなことはないよー。ただ、舐めたこと言ってる妹分にお仕置きをと思ってね」

 

 ニコリと笑う凛だが、木更はそれに恐怖しか感じなかった。すると彼女は焦った様子で後ずさった。

 

 すでに顔からは先ほどまでの暗い顔はなくなっており、半泣き状態だ。すると凛はそれが可笑しかったのか腹を抱えて笑い始めた。

 

「ハハハ! 冗談だよ。まっこれで少しは気分が入れ替えられたかな?」

 

 凛が笑いながら言うと、木更は一瞬キョトンとしたあと急に顔を真っ赤に染めて凛の下までやってくると彼の鳩尾に腰の捻りを加えたボディブローを叩き込んだ。

 

「ゴホァ!?」

 

「なーにが、気分が入れ替えられたかい? ですか!! こっちは真剣に悩んでいるって言うのにあんなに嫌味たっぷりに言わなくたっていいじゃないですか!!」

 

「いやね、さすがにいつまでも暗い気分のままじゃ息詰まると思ったからちょっと兄貴分として妹を心配した結果ですよはい」

 

 殴られた鳩尾を摩りながら木更に弁解する凛は彼女の顔をみて笑顔を見せた。

 

「まだ笑いますか!?」

 

「違うよ、やっぱり君はそういう風に強気でいた方がいいと思ったんだよ。『木更』」

 

「うっ……」

 

 幼少期以来の名前の呼び捨てに思わず木更は顔を赤らめた。凛はそのまま彼女の頭にポンと手を置くと優しくなでた。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫。蓮太郎くんは絶対君の前からいなくならないだろうし、少なくとも僕は君が僕を殺そうとしたときに十分圧倒できると思うから」

 

「まだ言うかー!!」

 

「あだぁ!?」

 

 最後に言った言葉が仇になったのか木更は凛を再度殴りったあと「もう知りません!!」とだけ告げてドスドスと音を立てながら事務所から出て行ってしまった。

 

 一人残された凛は殴られたところを抑えつつ薄く笑みを零した。

 

「やれやれ、兄貴分って言うのも大変だなぁ」

 

 凛はそのまま立ち上がり、木更が残していった事務所の鍵を持って事務所の鍵を閉めたあとテントまで戻っていった。




はい、最後の方は若干凛の茶目っ気が出てましたね。

まぁ途中で出てきた湊瀬あずささんですが……果たしてヒロインになるかどうかはわからない!!
まぁいろいろと不思議ちゃんですが、ヒロインにするかどうかは考え中。
ヒロインでないとしたら多分凛の友人枠ですかねw

そして次話からいよいよ第三次大戦……じゃなかった第三次東京会戦が始まります!ナニガハジマルンデス? ダイサンジタイセンダ。
長い道のりになりますががんばって書き上げて逃亡犯編まで行きたいと思います!

では感想などあればよろしくお願いします。

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