ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第二十九話

 翌日の昼下がり、早々にテントを設置して陣地を得るために訓練を途中で切り上げた、黒崎民間警備会社の面々は新たな仲間である澄刃たちと共に第四十区にある三十二号モノリスから約十キロほど離れた前線基地に向かっていた。

 

 途中まで司馬重工の車に送ってもらったものの、基地まで乗り付けると不用意に目だってしまうため、一キロほど手前のところで降ろしてもらい、現在は歩きで移動中である。

 

 太陽は煌々と照っており、アスファルトは灼熱の熱気を放っていた。そんな中を歩いている一行であるが、澄刃の双肩からはベルトでつられた銃器が入ったコンテナが担がれていた。

 

「あちー……そしておめー……。つーかこれから男臭そうなとこ行くとかマジないわー」

 

 一番後ろを歩く澄刃は気だるそうにしながら手を団扇代わりにパタパタと仰いでいた。

 

 因みになぜ澄刃がこのように銃器が入ったコンテナを担いでいるかと言うと、司馬重工の車を降りる際、未織が「ウチの社員ならお客さんの品物が入ったコンテナを運ぶのは当たり前やでー」となんだが邪悪な笑みを浮かべながら、澄刃に命じたおかげで彼が運ぶことになったのだ。

 

 そんな澄刃を哀れむような視線で軽く見た零子は肩を竦めると小さく行った。

 

「まぁ荷物を運んでもらってるのはありがたいけど、暑いのは皆同じだから我慢しましょうね」

 

「へーい」

 

 零子に言われ渋々頷く澄刃であるが、やはりまだ暑いのかなるべく日陰を選んで歩いていた。それを苦笑しながら一瞥した杏夏は大き目のテントを担いでいる凛に問うた。

 

「先輩、ご実家の方は大丈夫そうですか?」

 

「うん。未織ちゃんが有能な人を派遣してくれたからね」

 

「それを聞くとやっぱり司馬重工ってすごいですよねぇ。兵器の開発や売買だけじゃなくて澄刃や香夜ちゃんみたいな民警部門なんてものを持ってたり、警備隊を持ってたり」

 

 杏夏は改めて司馬重工の規模の大きさを確認したように「うんうん」と頷いていた。

 

 すると、前を行っていた子供達が立ちどまり摩那が凛達を手招きした。どうやら談笑しているうちに前線基地へ到着したようだ。

 

 確かに改めて見ると周囲には屈強な体つきをしたプロモーターや、それにくっつくように付いて来ているイニシエーターの少女達の姿があった。

 

「さて、それじゃあ私と夏世ちゃんはアジュバントの申請をしてくるから貴方達はテントを張って待っててね。夏世ちゃん行きましょう」

 

「はい」

 

 夏世は凛達にぺこりと頭を下げると、零子を追ってタッタと駆けて行った。それを見送った凛は杏夏たちに告げる。

 

「それじゃあ僕達はテントを張れる所を探してちゃちゃっと立てちゃおう。澄刃君あと少しだからちゃんと銃を持ってきてね。テントを張る時は休んでていいから」

 

「わかってんよー。あー……あちィ、さっさとテントで休みたいぜまったく」

 

 澄刃は毒を吐くものの、皆の武器を背負いなおして凛達について行く。

 

 歩いてから数分、凛達の先を行って空いている場所を探しに行った摩那と美冬、香夜が「ここ空いてるよー」指を差しながら凛達に示した。

 

 凛もそれに頷くと彼女達の下に駆け寄りテントを地面に下ろして皆に告げた。

 

「これだけの広さがあれば十分テントを張れるね。よし、それじゃあパパッと張っちゃおう」

 

「「「「おー!」」」」

 

「……疲れた……」

 

 凛が号令をかけると女子四人は高らかに手を挙げたが、澄刃だけは邪魔にならない位置に銃器を置くと、適当な日陰に腰掛けて大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テントを張り始めてから数分、凛がテントを固定するための(ペグ)をハンマーで打ち込む事でテントの設置が完了した。

 

 するとそれを見計らったように零子と夏世が戻ってきた。どうやら杏夏がテントの場所を報告したようだ。

 

「アジュバントの申請通りましたか?」

 

「ええ、まぁ通ったは通ったんだけどねぇ……」

 

 零子は苦笑しながら傍らに寄り添う夏世を見やる。皆がそれにつられる様に夏世のほうを見ると彼女は頬をぷっくりと膨らませて不機嫌そうにしていた。

 

「どうかしたんですの? 夏世?」

 

 美冬が首をかしげて夏世に問うと、彼女は膨れ面のまま零子を見上げた。

 

「実はね、アジュバントの申請は出来たんだけども……ほら、私の序列が低いじゃない? それで受付の人に「そんなので戦えるのか?」ってからかわれちゃってね。私は別にどうも思わなかったんだけど、どうも夏世ちゃんは気に食わないらしくて」

 

「……当たり前です。社長はそのあたりのプロモーターよりもずっと強いのにあの人たちと来たら……」

 

 わなわなとしながら拳を握り締める夏世は心底怒っているようだった。零子はそれに小さく息をつくと彼女を宥めるように頭を撫でたあと、テントの中へと入って行った。

 

 凛達もそれに続くが、銃器をテントの中に押し込んでコンテナを椅子代わりに周囲を見回していた澄刃が凛を呼び止めた。

 

「こうやって見てっとガストレアとの戦争じゃなくて民警が集合して戦いあうみてーだな」

 

「まぁね、というか既に喧嘩してる人もちらほら見えるけど」

 

「そりゃあな。気にいらねー奴の一人や二人はいるだろうさ。酒飲んでる奴もいるし、ある意味ここは無法地帯だな」

 

 澄刃はケタケタと笑っていたが、凛は億劫そうにため息をついた。先ほど彼も言ったように周囲にはガラの悪そうな民警や、全身を迷彩柄のような戦闘服に身を包んだり、西洋の騎士甲冑のようなものを装備し、これまた西洋の騎士のような剣を携えた者の姿も見える。

 

 中でも一番驚いたのは奇抜な色のモヒカンヘアーで皮製で出来たジャケットを着込んだ、知っている人から見たら「何処の世紀末だ」とツッコミを入れたくなるような格好をしている者もいた。

 

 それに対して凛達は下は動きやすいように改造されたスラックスに、ワイシャツ、ジャケットと言った至って普通の格好をしている。

 

 しかも凛と澄刃はジャケットを着ずに黒地の半袖シャツを着ているだけだ。随分とラフな格好である。

 

「そーいや里見とかはまだ来てねぇのかな?」

 

「どうだろう。というか、澄刃くん蓮太郎くんのこと知ってたんだ」

 

「そりゃあ東京エリアを救った英雄だからな……まっ、ホントのとこは俺もアイツと同じ高校通ってるし。アイツとは一回も話してねーけどな」

 

「なるほどね」

 

 凛もそれに頷くともう一つのコンテナに座り込んで過ぎ行く人を眺める。テントの中では子供達がアニメの話で盛り上がり、杏夏と零子はなぜかこの場で化粧品の話をしていたりなど、これから戦争が始まるなどとは微塵も感じないほどだった。

 

 瞬間、その平和な空気を切り裂くような絶叫が響き、凛達だけでなく前線基地にいたほぼ全員がそちらのほうを見た。

 

「あんだ?」

 

「さぁ……結構騒がしくなってるみたいだけど……」

 

 凛が立ち上がって声がしたほうを見ると、細身の男が息せき切って人ごみを掻き分けて出てきた。

 

「すいません。何かあったんですか?」

 

「あ、あぁ、殺しだよ殺し。現場見てきたけどひでぇ有様だったぜ。テメェも見に行くなら用心しとけよ」

 

 男はそのまま自身が所属するアジュバントへ合流するために消えていった。

 

「殺しとはまた物騒だな」

 

「ちょっと見て来るよ。零子さん達には澄刃くんから言っておいて」

 

「あいよー」

 

 澄刃は凛を送り出して手をひらひらと振っていたが、そこで零子がテントの中から顔を出した。

 

「今の声なんだったって?」

 

「なんか殺しらしいッスよー。今凛が様子見に言ってます」

 

「そう……喧嘩ならわかるけど殺しとはまた穏やかじゃないわね」

 

 零子は口元に手を当てると、テント内にいる杏夏たちに状況を説明するためにテントの中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 人の波を掻き分けながら凛が声のしたほうに向かうと、急に人垣が晴れて視界が鮮明になった。

 

 ドーナツ状に出来た人垣のちょうど真ん中に思わず目を背けたくなるような、プロモーターとイニシエーターの死体が転がっていた。

 

 周りの連中が何も出来ずにただただ眺めている中、凛は静かに死体のそばまで行くと、わかり切っている事ではあるが一応呼吸と瞳孔の確認をした後静かに手を合わせた。

 

 だが凛は彼らが息を引き取っていることもそうだが、もっと気になることがあった。

 

 ……傷からして刀、だけどこの斬り口どこかで……。

 

 顎に手を当てて斬り殺されている民警の傷口をなぞりながら過去の記憶から似た斬り口をする刀使いを思い浮かべていく。

 

 数秒考え込んだ凛は一人の人物に行き着いた。

 

 ……まさか。

 

 凛は弾かれたように周囲を見回した。そして雑踏の隙間にこの惨状を作り出したと思われる人物が目に入り、凛は全速力で駆ける。

 

 急に駆け出した凛に驚いたのか人ごみが割れていく。そんなことを気にせずに凛は見かけた人影を追うために走る。

 

 だが、50メートルほど走ったところで追っていた人影は急に見えなくなり、凛はもう一度ぐるりと周囲を見回す。

 

「……見失った」

 

 僅かながら額に浮かんだ汗を拭ったところで、凛は自分を呼ぶ声に気が付いた。

 

「凛!」

 

 声の主は摩那であり、彼女は何かに気が付いたため凛に報告をしにきたのだ。

 

「摩那。もしかして感じた?」

 

「うん! あの匂いは絶対に忘れないよ! ……でも、どうして()()()()が?」

 

「それはわからない……。だけど、あの人たちがいるのは確かだからそれなりに警戒するようにね」

 

「了解」

 

 摩那は真剣な面持ちで頷いた後、周囲を気にしながらテントへと戻っていった。それを見送った凛は周囲をもう一度だけ周囲を見回した後、テントへと戻っていった。

 

 

 

 そんな彼らを人気のない廃墟から見つめる影が二つ。

 

「やはり気がついたか……さすがだね」

 

 男はくつくつと笑いながら身を翻す、その後を付いて行く様に隣にいた少女が摩那を見ながら口を三日月に吊り上げた。

 

「今度は戦えるといいね、摩那」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が傾きかけた頃、テントで過ごしていた凛達はそれぞれの武器の調整を始めていた。皆昼間までのおしゃべりが嘘のようにそれぞれの武器の調整を丹念にしていると、その静寂を破るように凛のスマホが鳴動した。

 

「もしもし?」

 

『凛さんか? 蓮太郎だ。今前線基地にいるんだけどさ、そっちも来てるか?』

 

「うん、もう皆そろってるよ。蓮太郎くんのアジュバントはそろったかい?」

 

『ああ。ちょうど今四組目が決まったとこだ。それでさ、一応皆を紹介したいから俺達のテントに来てくれないか? 共闘するときに互いの情報を知ってたほうが何かと便利だろ』

 

「そうだね。わかった、じゃあどのあたりにいるか教えてくれる?」

 

 凛が蓮太郎に問うと、彼は自分達のアジュバントのテントの位置を説明した。それを聞き終えた凛は一度頷くと蓮太郎との通話を切る。

 

「蓮太郎くんかしら?」

 

「ええ、アジュバントが大体そろったから自己紹介もかねて来て欲しいそうです」

 

「そう。じゃあ行きましょうか」

 

 零子が言いながら立ち上がると、皆それに頷いてテントを後にする。

 

 因みに予備の弾丸は後から司馬重工から持ってくるため、物取りの心配もないまま一行は蓮太郎たちのテントを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以外にも蓮太郎たちのテントとはそこまで離れておらず、ものの数分で到着してしまった。

 

「こんばんはっと」

 

 凛が先に代表してテントに入ると、蓮太郎たちが迎えた。

 

「よう凛さん。悪いな急に呼び出して」

 

「ううん、こっちもちょうど暇だったから。ねぇ零子さん」

 

「そうね。あのまま無言なのもどうかと思ったからちょうどよかったわ」

 

 零子は小さく肩を竦めるとヒールを脱いでテントの中へお邪魔する。それに続くように凛達も後に続く。

 

 摩那は延珠とティナを見つけると嬉しげに飛び跳ねており、それに続くように美冬や夏世も楽しげに談笑を始めた。

 

 凛の後に続いて澄刃と香夜も入ってくるが、彼は一瞬蓮太郎を一瞥すると何事もないように視線を逸らした。

 

 その行動に蓮太郎は疑問を持ったのか訝しげな表情をしていたが、特に気にすることもなく座り込んだ。

 

 凛も適当な位置に座ろうとするが、その時聞き覚えのある声に声をかけられた。

 

「久しぶりだな、凛」

 

「あれ? 彰磨くんじゃないか! 本当に久しぶりだね。びっくりしたよ君が天童を抜けたって聞いてさ」

 

「まぁ……俺にも色々あってな。そういうお前は相変わらず腕は衰えていないようじゃないか。いや、子供の頃よりもより洗練されているな」

 

「ハハッ。ありがとね。そっか、君も民警になったのか」

 

 凛は感慨深げに数回頷くと久しぶりの再会が嬉しいのか笑みを見せていた。

 

 彼、薙沢彰磨(なぎさわしょうま)は蓮太郎と同じ天童式戦闘術の使い手であり、蓮太郎の兄弟子だ。凛とは過去によく話をしていた親友とも呼べる存在で、二人は互いの再会に頬を綻ばせていた。

 

 すると杏夏がそこで「あれ?」と声をもらした。

 

「もしかして木更も戦うの?」

 

 確かに彼女の隣に愛刀である雪影が置かれていて彼女からも戦う気満々といった雰囲気が醸し出されていた。

 

「ええ、里見くんたちががんばるのに私だけ事務所で安全圏にいるわけには行かないからね。それに黒崎社長も戦うって聞いたから、ティナちゃんとコンビを組んで参加することにしたの」

 

 木更の言葉に黒崎民間警備会社の面々が「おー」と声を上げる中、凛が心配げな面持ちで彼女に問うた。

 

「体の方は大丈夫なのかい?」

 

「はい。無理をしなければ大丈夫ですよ。それに、いざって時は里見くんが守ってくれるそうなので」

 

 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべると蓮太郎のほうを見やった。蓮太郎はそれに顔を赤らめていたが、しっかりと頷いた。

 

 それを聞いて安心したように頷いた凛はふと摩那達と遊んでいる延珠やティナの近くにいる金髪ので黒いパンクファッションの少女について問う。

 

「ところで蓮太郎くん。あの子は?」

 

「ん? あぁ片桐妹か、アイツは片桐弓月(かたぎりゆづき)本当は兄貴がいるんだけど今ちょっとばかり木更さんのパシリに行っててな。そろそろ戻ってくると思うぜ」

 

 ちょうど蓮太郎が説明し終わったと同時にテントの外から黒のカーゴパンツと同じく黒のフィールドジャケット、そして飴色のサングラスにくすんだ金髪、両耳にはピアスをつけ、手にはフィンガーグローブを装着した青年が現れた。

 

 彼が先ほど蓮太郎が「弓月の兄貴」といっていた人物、片桐玉樹(かたぎりたまき)だ。筋肉質な体つきでそれなりの威圧感があるが、人のよさそうな笑みも浮かべているため、悪い人物ではないと言う事はすぐにわかった。

 

「いやすまねぇ姐さん。ちっとばかし混んでて時間かかっちま……」

 

 玉樹が木更にそこまで言ったところで袋から取り出したメロンパンを持ったままある一点を見たまま硬直してしまった。

 

「ちょっと兄貴? どうしたのよ」

 

 その行動を弓月が不審に思ったのか声をかける。同時に皆彼の視線が注がれている先をたどる。

 

 そこにはテントの骨組みに背を預けて座っている零子の姿があった。彼女は見られていることに気がついたのか、一番自分を見ている玉樹に大して人のよさげな笑みを向けた。

 

 瞬間、玉樹が目にも留まらぬ速さで零子に詰め寄ると彼女の手をとって零子の目を真っ直ぐに見つめて一言。

 

「結婚してください」

 

 サングラスの奥の玉樹の瞳にはハートマークが浮かんでいるように見えた。




はい、とりあえずこんな感じですかねw

まぁ途中で出てきた凛を見ていた二人組みはもうお分かりですよね。
後半の玉樹はこんな感じだろうと思ったので書いてみました。
多分彼は年上でもいけるはず!! そう信じたい!!
凛、彰磨、玉樹の三人が話してるところとか書いてみたいですねw

次回はみんなの自己紹介で我堂さんの演説の終わりあたりまでかければいいと思います。

では感想などあればよろしくお願いいたします。

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