ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第二十七話

 二人が居合いの姿勢で睨みあう中、摩那も香夜との戦いを繰り広げていた。

 

 香夜の持っている銃はサブマシンガンだ。連射可能なフルオート、単発で銃撃が出来るセミオートが完備されている。小型であり銃身が短く、取り回しが楽なため警察や軍隊などでも扱われることもある。

 

 以前ティナが天童民間警備会社を襲撃したときに使われたガトリングガンほど破壊力はないにしろ、連射機能はそれだけで十分脅威になる銃器だ。

 

 ……まっ当たらなければ意味ないんだけどねん。

 

 摩那は不適に笑みを浮かべるともう一度フロアを蹴り、速度を上げる。

 

 ほぼ一瞬で香夜まで肉薄した摩那であるが、その瞬間摩那は香夜の目が自身と同じように赤熱し、自身の姿を性格に捉えていたようにキロリと動いたのを目撃した。

 

 同時に今度は回避運動をするために摩那はフロアを強く蹴った。彼女はそのままバク転の要領で数メートル退き、香夜を見据えた。

 

「やっぱ避けるなぁ摩那」

 

 香夜は小さく笑みを浮かべながら言っていたが、彼女の片手には先ほどまでのサブマシンガンではなく黒き刃を持ったバラニウム刀があった。

 

「あっぶな……。そういえばアンタのモデルはイーグルだったね。久しぶりだったから忘れてたよ」

 

「フフ、そうやぁ。ウチのモデルはイーグル……日本語にすれば鷲。鷲の特性はその視力、高速で空を飛びまわって地上にいる獲物を捕らえるその視力を舐めたら痛い目見るで?」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべる香夜であるが、摩那は胸に手を置いて大きく深呼吸をした後、その場に四つん這いになって香夜を見据えた。

 

「なんやその態勢? アンタのモデルは確かチーターやったなぁその真似事かいな」

 

「真似事じゃないよ……。私は今から本物のチーターになる」

 

 その瞬間摩那のくれ真紅の髪が逆立ち、瞳孔がまさにチーターのように細長くなった。

 

 同時に香夜は背筋が凍るのではないかと言うほどの戦慄を覚えた。

 

 ……な、なんやこれ? ちょいシャレにならへんて!

 

「香夜。残念だけどアジュバントに加わってもらうためにこの勝負……私が勝つよ」

 

 冷たく低い声で言い切った摩那の姿が一気に駆け出す。

 

 香夜は頬に汗を流しつつも、サブマシンガンを摩那に向けて発砲。連続で射出される弾丸で銃口からは炎が噴く。

 

 しかし、摩那は迫り来る銃弾を次々に回避していく。その姿を見ると彼女の逆立った髪の毛はまるで舵を取るように左に右に動いている。

 

 野生のチーターは尻尾を何回もの高速ターンで傾かせる。いわば今の摩那のような状態にあるのだ。

 

 摩那がそれを知っているかは定かではない。しかし、彼女の長い真紅の髪はまさしくその役割を果たしているのだ。

 

 その速度は鷲の因子を持つ香夜で何とか視認できるレベルであり、普通の人間から見れば真紅の流星に見えてしまうかもしれない。

 

 そして、全ての弾丸を避けきった摩那は速度をそのままに香夜の首元、頚動脈に黒刃の爪を数ミリを残した状態で這わせた。

 

「う……」

 

「降参……してくれる?」

 

 摩那はいつものような髪を下ろした状態にもどして、笑みを浮かべながら香夜に問うた。

 

 すると彼女は参ったと言う風に持っていた刀と銃を離して両腕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景を目の端で見ていた凛と澄刃は互いに視線を交差させた。

 

「香夜はやられちまったか、相変わらずアンタのイニシエーターはチートじみてんな」

 

「いやいや、香夜ちゃんも十分すごいと思うよ。摩那のあの速度に目が追いついてるんだからさ」

 

「そりゃあ俺じゃなくて香夜本人に言ってやってくれ。んじゃ、俺達も決着付けるかね」

 

 すでに何度か剣戟をぶつけ合った二人であるが、どうやら澄刃はこれで決めるようで腰を下ろす。

 

 凛もそれに頷くと静かに腰を落とした。

 

 二人の間に静寂が流れるが、その沈黙を破るように澄刃が叫び、凛が静かに告げた。

 

「黒霧流抜刀術、一之型一番――竜爪戟(りゅうそうげき)ッ!」

 

「断風流弐ノ型――幽凪(ゆうなぎ)

 

 澄刃が繰り出すは上から切り下ろす形の抜刀術。対し、凛が繰り出すは横に薙ぐ抜刀術。

 

 どちらの剣閃も一瞬ともいえる速さで交わるが、次の瞬間一際高い剣戟音が発せられると同時に澄刃の愛刀、霧黒が吹き飛び壁に突き刺さった。

 

 二人の方に視線を戻せば凛が澄刃の首元にバラニウム刀を突きつけており、いつでも首を落とせる状態になっていた。

 

 すると自分の置かれた状況を理解したのか、澄刃は悔しげな表情をしながら両腕を上げて降参を表した。

 

「参った、俺の負けだ。約束どおり、あんたらのアジュバントに入る」

 

 凛はそれを聞くと笑みを浮かべて頷き刀を鞘に戻すと澄刃に手を差し出した。

 

「じゃあ改めてよろしくね、澄刃くん」

 

「ああ、こちらこそな」

 

 二人が握手を交わすと、それを見ていた摩那たちも駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景を別室でモニターしながら眺めていた零子達であるが、そこで杏夏が零子に問うた。

 

「零子さん。あの二人と凛さん達って一緒に仕事をしたことがあるんですか?」

 

「過去に一度ね。確か澄刃くんがまだ序列が今よりも低いときに未織ちゃんから合同任務の依頼があってね。そのときは杏夏ちゃんも別の仕事に行ってたから知らないのもしょうがないわね」

 

「確かあん時は海洋ガストレアの討伐やったっけ? 後から澄刃に聞いたら結構苦労したらしいなぁ」

 

「まぁ二人とも近接型だからね。凛くんの話じゃがんばって釣り上げたあと、空中でぶった切ったって言ってたわね」

 

 肩を竦めながら言う零子の話に場にいた全員が笑みを浮かべるが、ちょうどそこに戦闘を終えた四人が戻ってきた。

 

 それを確認した零子は小さく頷くと夏世の背中をポンと軽く叩いた。

 

「じゃあ私達も訓練を始めましょう。杏夏ちゃんもいらっしゃいな」

 

 零子の誘いに三人は一度頷くと別室のVRトレーニングルームへと向かった。するとその背中を見送った澄刃がなんとなくと言う風に凛に問うた。

 

「まだ聞いてなかったけどよ。俺らのリーダーは誰になるんだ? やっぱりアンタか凛?」

 

「ううん、僕じゃなくてリーダーは零子さん」

 

「はぁ!? おいおい、冗談はよせよ。アンタんとこの社長さんの序列はかなり低いじゃねぇかよ。本当に大丈夫か?」

 

「そないなこと言うとると痛い目見るでー」

 

 未織はそういうとトレーニングルームにやってきた零子達の映像をモニタに投影し、零子に呼びかける。

 

「零子さん、射撃訓練でええの?」

 

『ええ、レベルはまぁ適当に決めちゃっていいわ』

 

「了解やー」

 

 零子の返答に軽く答える未織はキーボードを叩いて訓練のレベルを設定していく。

 

「うん、ほんなら零子さん、三十秒後に開始やから準備してなぁ」

 

 未織が言うと零子はモニタの中で小さく頷いて軽く肩を回した後、ホルスターから黒塗りのデザートイーグル二丁を取り出し、大きく深呼吸をした。

 

 そしてカウントがゼロになると同時にアラームが鳴り、トレーニングルームにターゲットが出現する。

 

 同時に零子はターゲットに銃口を向けて引き金を絞る。だが、彼女の目を見ても彼女はそちらに一瞬目線を送っただけですぐさま他のターゲットに目を向けてもう一方の銃でターゲットを粉砕する。

 

 そこからはもう圧倒的なまでの力の蹂躙だった。出現したターゲットを一秒も経過しないうちに沈めて行き、カートリッジが空になれば流れるような手さばきでカートリッジを装填して出現したターゲットを粉砕……。

 

 片目が眼帯で覆われているなどと感じさせないような行動をモニタで見ていた澄刃と香夜はただただ驚嘆に顔を染めていた。

 

「これでも零子さんの下につきたくないかい?」

 

「……はぁ、わーったよ。俺の判断ミスだった」

 

 澄刃は大きくため息をついた後頭をガリガリとかいた。それを見た未織と凛、摩那はおかしげに笑っていた。

 

 すると画面の中でもう一度激しくアラームが鳴って訓練が終了したことを皆に知らせた。

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れさん、零子さん』

 

 スピーカーから聞こえる未織の声に零子は静かに頷くと銃をホルスターに収めて大きく深呼吸をした。

 

「ふむ……まぁうまく行ったかしらね」

 

 コキコキと軽めに首を鳴らした零子は安全圏で訓練の様子を見ていた杏夏たちの元へ戻る。

 

「お疲れ様でした、零子さん」

 

「ええ、ありがとう夏世ちゃん」

 

 零子がやってくると同時に彼女の元まで駆け寄ってきた夏世の頭を撫でた。

 

 撫でられたことが気恥ずかしかったのか夏世は少々頬を染めていたが、すぐにいつものように冷静な顔に戻る。

 

「それにしてもすごいですね。片目であそこまでのパフォーマンスが出来るなんて」

 

「まぁ片目で生活することにも慣れてたしね。それじゃあ、この後は各自でトレーニングをしましょうか。夏世ちゃんは私と、杏夏ちゃんは美冬ちゃんと一緒にね。凛くんはどうする? 今日は帰ってもいいのよ?」

 

 零子はこちらをモニタしている凛に問うと、スピーカーから凛の声が聞こえた。

 

『僕達はVRの方を貸してもらいますよ。けど今日は先に帰らせてもらうかもしれませんけどいいですか?』

 

「構わないわよ。あぁそうだ、この場で言っておくわね。未織ちゃんからトレーニングルームは隙に使っていいって言われているから、トレーニングをしたいときは司馬重工に直接来なさい。あと二日もすれば三十二号モノリスの近くに前線基地が設置されるはずだからそのときになったら皆でアジュバントの登録をしにいくわよ。いいわね?」

 

 その言葉に凛と摩那、澄刃と香夜、杏夏と美冬、そして夏世は皆一様に「了解」と言い放つ。

 

 ここに、黒崎民間警備会社と司馬重工民警部門とのアジュバントが結成された。

 

 そして、モノリスが倒壊するリミットは今日を入れてあと七日。いや、六日と半日と言ったところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後、凡その訓練と摩那とのコンビネーションをVRトレーニングルームで行った凛は零子たちよりも一足先に司馬重工を後にした。

 

 外に出ると空調の聞いた室内とは違い、ねっとりと絡みつくような熱気が体にまとわりつく。空を見上げると既に空は茜色に染まっていた。

 

 摩那は疲れてしまったのか凛の背中で寝息を立てていたが、凛は嫌な顔をするわけでもなく、家に帰るために歩き始めた。

 

 十数分後、家路についていた凛のスマホが震える。

 

 画面を見ると『里見蓮太郎』と表示されていた。

 

「やぁこんばんは蓮太郎くん。どうかしたかい?」

 

『あぁ、凛さん。アンタも聞いたと思うけどアジュバントのことで相談があってさ。……単刀直入に言う、凛さん。俺のアジュバントに入ってくれないか?』

 

 蓮太郎の声には相当な緊張が走っており、彼自身動揺しているのだと言うことが凛にも感じ取れた。

 

「ごめんね、入りたいのはやまやまなんだけど、僕ももうアジュバントを組んでてさ残念ながら入れないんだ」

 

『そうか……いや、こっちこそ急に電話して悪かった。他を当たってみるよ』

 

「うん、本当にごめん。でも同じアジュバントじゃないからといって共闘しちゃいけないわけじゃない。きっと戦いのときはきっと共闘できる。その時は皆でがんばろう」

 

『ああ、じゃあまたな』

 

 蓮太郎はそういいきると通話を切った。凛もスマホをポケットにしまうと遠く並ぶ漆黒の壁を真剣な眼差しで見据える。

 

「……モノリスの倒壊……か」

 

 彼の小さな呟きは静かなつぶやきは夏の風の中へと溶け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝の報道番組でニュースキャスターが神妙な面持ちで速報を読み上げていた。

 

 内容を要約すればこうだ。

 

 日本に十万人近くいるとされる反『呪われた子供たち』の秘密結社『日本純血会』の東京支部の支部長が『呪われた子供たち』に殺されたらしいのだ。

 

 そして『日本純血会』の厄介なところは政界や各エリアの有力者も多く入会している巨大な結社だと言うことだ。

 

 また、この事件によって会長は残虐かつ野蛮的な方法で糾弾することを表明した。

 

 さらにこの事件がきっかけで聖天子が進めていた骨子の政策である、『ガストレア新法』が参院を通りかけていたと言うのに棄却され、それに代わるように『子供たちから人へのガストレアウィルスの感染の危険の再認とその対策』などという政策が衆院を通ったのだ。

 

 この法案は俗称として『戸籍剥奪法』とされ、これが施行された瞬間摩那や美冬と言ったイニシエーターも含み、『呪われた子供たち』は戸籍を剥奪され、日本国憲法の庇護外におかれてしまうのだ。十歳ほどの少女たちにとってはあまりにも過酷で、そして残酷な法案だった。

 

「凛……」

 

 ニュースを見終わり、摩那が悲しげな面持ちで凛に抱きついた。

 

 凛は彼女を優しく抱き頭を優しく撫でる。

 

「大丈夫……大丈夫だよ摩那。どんなことがあっても君達は僕が守るから」

 

「うん」

 

 肩に摩那の顎が乗っている状態で彼女が頷いたのを確認した凛は、険しい表情で窓の外を睨み付けた。




今回でアジュバント完成です。
それにしても摩那の戦い方激しいですなw

次回は久々の菫先生との問答とかが出来ればいいと思います。
なんというか、三巻から四巻の内容だけで軽く四十話まで行きそうな感じが半端ないですw
凛の力の解放はまーだまーだ先ですw

逃亡犯編どうしましょうかねぇ……

では感想などあればよろしくお願いします

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