事件から一週間ほどたったある日、天童民間警備会社の面々が黒崎民間警備会社へやってきた。
既に延珠も回復しており快活な笑みを零しながら摩那とハイタッチをしているし、木更の傍らにはティナの姿もあった。
あの後、気絶してしまった蓮太郎の変わりに凛が聖天子にティナのいきさつなどを全て話したのだ。彼女がどういう存在なのか、暗殺は決して彼女の意思ではないことも踏まえて全て。
すると聖天子の計らいでティナは極刑を免れ、木更が彼女を雇ったのだと言う。それを聞いた零子は腹を抱えて笑っていた。
まさか自分の命を狙った者を雇うとは思っていなかったのだろう。
そして、今日蓮太郎たちが訪れたのは凛達に礼がしたいとのことだった。
「お礼なんて別にいいのに」
「いや……あの時凛さんが囮をしてくれたから俺はティナに勝てたんだ。杏夏や美冬の協力もあったしな」
「そんなに気にしないでいいってば。私達も役に立ててよかったし」
「ですわね。というか、四人がかりで向かって倒せないほうがおかしいですわ」
美冬は肩を竦めていたが、それを見たティナが凛に問うた。
「あの場所にこのお二人もいたんですか?」
「うん。マンホールの下、下水道にね。美冬ちゃんはコウモリのイニシエーターだから超音波で君の事を補足して貰ったんだよ」
凛の説明にティナは頷き、美冬は誇らしげに胸を張ったが、そこでティナがジト目で凛を見据えた。
「一人で来た。なんて言って蓮太郎さんも含めて三人も連れてきていたなんて……やっぱり貴方はずるい人です」
「ティナちゃんだってシェンフィールドのビットを操ってこっちと同じで合計四人だろう? だったら同じじゃないかな」
「む……。だけど個々人の強さが全く違います。ビットも自爆は出来ますが貴方にはそれは無意味でしょう」
ティナは眠そうな顔を若干赤らめながら頬を膨れさせた。
凛はそれに苦笑いを浮かべたが、彼女の頭を軽く撫でた。
「確かに君の言うとおり、ちょっと大人気なかったね。ごめんごめん」
「……わかればいいです」
ティナはぷいっとそっぽを向いていたが、本気で怒ってはいないようだった。
するとそれを見ていた零子がパンと軽く手を叩いて皆に告げた。
「さて、それじゃあ例によってみんなお疲れ様って言うことで、どっか食べに行きましょうか。今回は未織ちゃんも呼んでね」
「いや、黒崎社長。それはやめたほうが……」
蓮太郎が心配しているのは木更と未織が壊滅的なまでに仲が悪いということだろう。しかし、零子はそれににこりと笑うと、
「大丈夫よ。もし何かあったら私が容赦なく二人を外につまみ出すから。ねぇ木更ちゃん、貴女は変な事はしないわよねぇ?」
威圧感のある眼光で零子が木更を見据えると、彼女は一瞬ビクッとしてゆっくりと頷いた。
それを見た蓮太郎は内心で「スゲェ」と思ってしまった。なんといっても木更もこれでそれなりに我侭な所や手がつけられないところもあるのだ。それを一睨みで納得させるとは。
蓮太郎が驚いていると、木更の隣で凛が小さく耳打ちをしていた。
「……零子さんのあの目からすると本当だから、喧嘩はしないほうがいいよ」
「……善処します」
木更はご飯が食べられなくなる事は嫌なのか、やや俯いて小さくため息をついた。
一方零子はというと未織に連絡を取っているようで携帯を耳に当てていた。
それから数分後、未織との話を取り付けた零子に言われ、皆は以前行った焼肉店へと向かった。
時刻は午後六時半、歩けば三十分程なので食べ始めるのは午後七時となって夕食にはちょうどいいだろう。
道中、蓮太郎は凛と話していた。
「なぁ凛さん。聞いたとは思うけど」
「うん。君の序列が上がったんだろう? 確か三百位だっけ?」
「……ああ。だけど相変わらずアンタの序列は上がってねぇみたいだな」
蓮太郎は訝しげな視線を凛に送りつつ言うが、凛は肩をやや竦めただけであまり気にしていないようだった。
「まぁ今回は最終的にティナちゃんを無力化したのは蓮太郎くんだからさ、序列が上がるのは当たり前だよ」
「そうかも知れねぇけど、あれは凛さんや杏夏達の協力があったからこそ成功したんだ。俺一人じゃどうなっていたか……」
「いや、例え君一人でも彼女には勝てたよ。きっとね」
凛は前を行く四人の少女のうちの一人、ティナを見ながら言った。既にティナは摩那達と仲良くなったのか楽しげに談笑している。
だが、蓮太郎はまだ引っかかることが終わっていないのか、凛に突っかかった。
「凛さん、アンタ何を隠してるんだ? アンタの序列が上がらないのはどう考えてもおかしいぜ。聖天子様に聞いたって何もいわねぇし……教えてくれ凛さん。アンタは一体何者なんだ」
「……」
蓮太郎の真剣な声に凛は軽くため息をつくと、蓮太郎に鋭い眼光を向けて小さく言った。
「今教える事は出来ないけど。あと少しだけ待ってくれれば僕が言うよ」
「どれくらいなんだ?」
「そうだねぇ……あと一ヶ月と少しくらいかな。そうしたら話してあげるよ。僕の真実をね。あぁそうだ、そのときは木更ちゃんも呼んでおいてね」
凛の言葉に嘘偽りはなく、蓮太郎はただそれに頷いた。凛もそれを確認すると、もうその話は持ち出さずに前を行く皆に駆け寄った。
蓮太郎は僅かに胸の引っ掛かりを覚えつつも皆の下へ駆けた。
焼肉店に着くと既に未織が鉄扇で口元を隠しながら凛達を待っていた。
「あら、未織ちゃん。少し待たせちゃったかしら?」
「ううん、待ってへんで。今着いたとこやし、それよりもありがとうなー零子さん。ウチもちょうど息抜きしたかったんよー」
未織は柔和な笑みを浮かべながら零子に言うと後ろにいる木更を見ながら一言。
「まぁ本当は木更と行くって事に結構悩んだんやけどなぁ」
「奇遇ね。私もよ。いくら黒崎社長の計らいといえどもアンタと行くなんて結構な屈辱だわ」
木更も先ほどの零子の言葉は何処へやら、忘れてしまったように未織と視線を交錯させていた。
二人の仲を知っている蓮太郎や凛の間には見えない火花が散っているような気がしてならなかった。
するとティナが蓮太郎の袖を引っ張って小首をかしげた。
「あの着物の人はどんな人なんですか?」
「あぁティナは会ってなかったよな。アイツは司馬未織。巨大兵器会社司馬重工の社長令嬢で、俺のパトロンで凛さんのとこにも武器を売ったりしてるんだ。ただ、木更さんとは破滅的なまでに仲が悪い。二人がそろったら確実に血の雨が降るな。まぁ今日は黒崎社長が仲介になってるからそこまでひどくはねぇけど」
「つい先日などすごかったんだぞ。アパートの中で二人が戦い始めたのだ! こじんてきには未織のほうに勝ってもらってもよかったのだが……」
蓮太郎の話を聞いていた延珠が自身の胸をさすりながら難しい顔をしていたが、そこで木更たちのほうから殴られるような音が聞こえた。
皆がそちらに目をやると、いがみ合っていた二人の間に入った零子が二人に拳骨を放っていた。
「まったく……仲が悪いのは知ってるけど、もうちょっと抑えなさいな。今日は任務で疲れたみんなを癒すための慰労会なんだから」
「うぅ……零子さん痛いー」
「……この年で拳骨をもらうことになるなんて……」
二人は殴られた頭を摩りながら目じりに涙を溜めていた。恐らく相当強く拳骨を落とされたのだろう。
「二人を呼んだ私にも非はあるとは思うけど、貴方達も十六歳なら自制することを覚えなさいね」
「「はーい」」
ここだけはなぜか二人仲良くハモッた木更と未織だったがすぐに睨みこそしないものの、互いのことをジト目で見ていた。
零子はそれにため息をつきつつも店の中へ入っていく。それに続いて皆入っていくが、未織と木更は放って置くといつまでも睨みあっていそうなので、蓮太郎は木更を、凛は未織を抱えて中へ入った。
テーブルについても木更と未織のにらみ合いは収まらなかっため、二人を同じ網がある場所には座らせず、別々の網にしてひとまずは安心となり、慰労会が始まった。
皆好き好きにメニューを見て注文しており、あっという間にテーブルの上は肉や料理でいっぱいになった。
すぐに肉の焼ける芳しい香りがして肉が飛ぶように消えていく中、未織は端で掴んだカルビを凛に差し出した。
「はい、凛さん。あーん」
「え? い、いいよ未織ちゃん、僕は一人で食べられるから」
「何いうとんの。気にせず食べてええんやで? そ・れ・にぃ、凛さん断ったら新しい刀つくらへんよ?」
「……それってもはや脅迫」
「んー? なんか言うたー?」
未織は威圧感たっぷりな笑顔を向けたまま凛に肉を差し出す。凛はそれに渋々ながらも頷くと未織が差し出した肉を口に運んだ。
「おいしい?」
「うん、おいしいです……」
もはやそう言うしかなかった。
だが、それを見ていた凛の左隣に座っていた杏夏が首を引っ掴むと、無理やり自分のほうを向かせた。
一瞬グキッという骨が軋むような音が聞こえたが、凛はそれを気にしないようにした。
「り、凛先輩! 私のも食べてください!」
「杏夏ちゃんまで……いったいどうし」
「い・い・か・ら! 食べるんです!!」
「……はい」
未織とはまた違った威圧感を向けられながら凛はこちらの肉もいただいた。
杏夏はそのとき得も言われるような顔をしていたが、凛はそれを見る余裕もなく、肉を租借するだけだった。
「ど、どうですか?」
「うん、おいしいと思うよ。焼き加減もばっちりだね」
「そ、そうですか! ありがとうございます! じゃあもう一つどうぞ……」
杏夏がそう言ってまた肉を差し出したとき、またしても未織が凛を振り向かせた。
「凛さ~ん。ほらぁこっちも食べごろやでー」
「え、あ、いや未織ちゃん……?」
凛が戸惑うのも無理はない、彼女は自分の胸に凛の腕を抱きこんでいたのだ。若干はだけた胸元からは慎ましい胸が若干顔を覗かせていた。
するとそれに対抗するように、杏夏が凛の腕を未織と同じように抱きこんだ。
「先輩! こっちのほうがおいしいですよ!」
「なに言うとんの杏夏。ウチのほうが肉焼くのうまいにきまっとるやん」
「ふ、ふん! 私のほうが上手いよ未織!」
「ほぉ言うやないの。そんなら凛さんに食べ比べてもらってどっちが上手いか決めてもらおうやないの」
「望むところだよ!」
白熱する二人だが、真ん中に挟まれた凛は成す術がなく呆然としていた。
その後、凛の意見も聞かずに二人の戦いは始まり、凛は肉をたらふく食わされてしまった。
それを見ていた美冬と摩那はただ一言。
「お人好し過ぎるのもダメだねぇ(ですわねぇ)」
肩を竦めた二人であるが、未織とはなれ木更と隣同士で座っていた蓮太郎は静かに凛に頭を下げた。場合によっては自分がああなっていたかもしれないと恐怖しながら。
因みにこの会を開いた零子は既にお酒が回り始めていたのか、大爆笑。夏世はそれを見てもため息をつくだけ。
木更に至っては肉を食べるのに夢中でその様子に気がついておらず、ティナはそれを見て面白げに笑っていた。
「うぷっ……食べ過ぎた……」
慰労会が終わって家路についていた凛と摩那であるが、凛は胃の辺りを押さえていた。
「まったく。いくら二人の薦めだからってもうちょっと強く断ろうよ凛」
「しょうがないじゃん……二人の威圧感すごかったんだから……」
「まぁ確かにそうだったけどさー」
摩那はやれやれと首を振っていたが、凛は大きくため息をついていた。
やがて家に着いた二人だが、凛は体を落ち着かせるために、ペットボトルのお茶をもってベランダへ出るとそこから夜空を見上げた。
摩那はすぐに風呂に入っていたので至って静かだ。
しばらく凛が虚空を見上げて大きく息をついていると、彼の携帯が震え、凛はそれを取った。
画面を見ると『ティナ・スプラウト』と表示されており、凛は小さく笑いながらそれに出た。
「やぁどうかしたかいティナちゃん」
『先ほどは大変でしたね。お腹の調子は大丈夫ですか?』
「まぁね。やっと落ち着いてきたところだよ。それで、何か用かな?」
凛が聞くと、ティナは少し黙ってまじめな声音で凛に告げた。
『断風さん。貴方に話しておきたいことがあります。……私は以前、マスター……エイン・ランドから絶対に相手にしてはいけない剣士の話を耳にしました。なぜ戦ってはいけないかと聞き返したとき、彼はこういいました。「奴はお前が手におえる相手ではない。だから遭遇しても絶対に戦うな」と』
「四賢人であるランド氏がそう言うってことはその剣士は相当の使い手なんだろうね。それで、その剣士がどうかしたの?」
『その剣士は民警のなかでのトップにも食い込む実力だったそうです。本名までは分かりませんが、二つ名であれば聞いています。その人物の二つ名は「刀神」。エスパーダと呼ばれていたそうです。性別、国籍など全てが不明の謎の民警と言われてもいたようです』
ティナの言葉に凛はやや笑みを浮かべた。
ティナはさらに言葉を繋げる。
『……単刀直入に言います。私はその剣士が貴方ではないかと思っています。約1.5キロ離れた私の狙撃をいとも簡単に両断し、なおかつほとんど体にダメージもなく、十メートルは離れていたビットすらも切り裂いたあの技量……到底人間技とは思えません』
「……」
『断風さん。貴方の序列666位というのには私は疑問を思っています。貴方の実力は明らかにもっと上のはずです……以上のことから私は貴方をその「刀神」ではないかと考えたんです』
ティナの言葉には少しの確信と、疑問がこめられていた。凛はそれをすべて聞き終えると、一度小さく頷いてティナの言葉に答えた。
「なるほど。確かに君がそう疑うのは無理もないかもね。……だけどねティナちゃん。真実を知りたいのであればもうちょっとまってくれるかな? まだ僕のことを君に話すわけにはいかない」
『それは貴方が自分のことを「刀神」と認めたということですか?』
「さぁ、そこはどうだろう。けれど一つ言えるのは……あと少しすれば君が引っかかっている事は全て話すよ。蓮太郎くんや木更ちゃんたちの前でね」
『……分かりました。では今日はこれで失礼します。おやすみなさい』
「うん。おやすみ」
凛が言うとティナのほうから電話をきった。
携帯をポケットにしまいこみながら凛は空に浮かぶ大きな月を見上げながらつぶやいた。
「……もう、隠せないところまで来ちゃったな……」
彼の言葉はとても小さく、そして悲しげだった。
はい連投です。
若干文章が荒いですかねw
これにて神算鬼謀は終了ですかね。
次回からはまだ三巻、炎による世界の破滅には入りません。
凛の秘密を明かす準備をしなくてはいけないので……。
まぁもうほとんど分かってしまったかと思いますが……w
では感想などありましたらよろしくお願いします。