ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第二十二話

 ティナは狙撃ポイントから凛の姿を見据えていた。凛までの距離およそ1.5キロ。さらに夜間と言うこともあって普通の人間には人影すらもわからないだろう。

 

 しかし、彼女はフクロウの因子を持つイニシエーターだ。これだけの距離が開いていてもティナにとっては昼間のように凛の姿を捕捉することが出来る。

 

 だが皮肉にもその見えすぎる瞳が今のティナにとっては自身の心を揺らがせる要因となってしまっていた。

 

 ティナの瞳には凛の姿が写っていたが、瞳の中の彼は不適に笑みを浮かべながら抜き放った漆黒の刀で自信が立つ周囲に小さな円を描いたのだ。

 

 そして彼はティナのことが見えているかのように告げた。

 

『僕はこの円から出ずに君の攻撃を防いで見せよう』と。

 

 恐らく声には出していないのだろうが、口の動きを読み取ったティナにはそう見えた。

 

 ……ハッタリじゃない。

 

 重厚な対戦車ライフルの重みを僅かながらその身に感じながら、彼女の頬を一粒の汗が伝った。

 

 だがティナはそれを指の腹で拭うと大きく深呼吸をした後もう一度凛を見据え、彼女は小さく言った。

 

「……望むところです……」

 

 ティナはライフルの引き金を絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛は視界の端の摩天楼の屋上で小さな火が光るのを凛は見逃さずに、彼は一瞬で飛来した弾丸を両断した。

 

 ギンッ! と言う耳をつんざくような音が聞こえ、凛のすぐ近くで切り裂かれた弾丸が二つ、屋上に突き刺さった。

 

「大体1.5キロか……」

 

 弾丸が飛んできた方向を一瞥した凛は目を閉じる。

 

 ……集中しろ。体全体を自然に溶け込ませて自然と一体化するイメージを持て。

 

 言い聞かせながら凛は心をクリアにする。

 

 澄み切った水面のような静けさを心に持たせながら、凛は第二射が放たれたことを確認し、そちらに向き直るとまたも飛来した弾丸を斬り落とす。

 

 斬った影響なのか刀身に衝撃が伝わり凛の腕を揺らすが、凛はそんなものは気にしない。

 

 そして続けざまに第三射の弾丸が放たれるが、凛はそれを視認せずに風の流れと、弾丸によって切り裂かれる空気の僅かな変動を感じ取ることで確認している。

 

 端から見ると落ち着いて対処はしているが、凛は改めてティナの狙撃能力に驚嘆していた。

 

 ……確実なヘッドショット。寸分狂わず相手の鼻先、そして額を打ち抜く軌道だ。

 

 今まで斬った三発の弾丸の軌道は全て凛の頭を射抜く軌道を描いており、少しでも気を緩めれば一瞬の後に命を狩り取られることだろう。

 

 だが凛に恐怖はない。それだけ今の彼の心は研ぎ澄まされているのだ。

 

 そして打ち出される第四射。決して音が聞こえたわけでも、銃口炎が見えたわけでもない。ただ空気の流れで感じ取ったのだ。

 

 一秒の後に凛の額に寸での所まで迫った弾丸を凛は円の中から出ないように、くるりと回って避けてみせる。

 

 まるで研ぎ澄まされた刀のような、一遍の曇りも見られない鋭敏な空間把握能力があるからこそ出来る神技。

 

 凛は一度大きく深呼吸をすると、ズボンのポケットにしまってある無線機を数回叩く。

 

 ……さて、もうちょっと頑張らないと蓮太郎くんが動けないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛が立つ廃墟から三キロ後方のマンホールの蓋が開き、中から金髪縦ロールの幼女、美冬が顔を出した。

 

 彼女は周囲にティナのシェンフィールドが展開していないことを確認すると、肺いっぱいに空気を溜め込み、先日のように超音波を放射した。

 

 同時に美冬は耳を澄まして音の反響を感じ取る。途中、凛が立っていることや、ティナが放った弾丸、三機のシェンフィールドの位置を補足できたものの、今知るべきなのはそれらではなく、それらを操っているティナを見つけ出すことだ。

 

「見つけた……」

 

 美冬はマンホールを閉じると、下水道へと降りた。

 

 下水道に降り立つと、パソコンを操作している杏夏と落ち着いていられないのかウロウロとしている蓮太郎がいた。

 

「美冬、見つけた?」

 

「ええ」

 

 美冬が頷くと蓮太郎が動きを止めて美冬に詰め寄り、真剣な面持ちで問う。

 

「どこだ? アイツは、ティナ何処にいた?」

 

「私達から見て右手の方角にある大きなビルにそれらしき反応がありましたわ。シェンフィールドのビットと思われる球状の物体は三機。まだこちらには気付いていません。恐らく凛さんの行動を把握しようとしているのでしょう」

 

 美冬の説明に蓮太郎は頷くともう一度凛が考えた作戦を頭の中で反復させる。

 

 凛の作戦とは、まず凛がティナの眼とシェンフィールドを自分のみに合わせるようにする、いわば囮役だ。そしてその隙に美冬の能力でティナの凡その位置を補足。下水道を伝ってティナの近くまで蓮太郎が行き、凛に集中しているであろうティナの背後に回ってホールドアップ。

 

 と言うのが凛が考えた作戦だ。

 

 幸いと言うべきかここ一体の下水道は入り組んではいるものの、崩落はしていないためまだ人間が通れるのだ。

 

 だが、この作戦はかなりの危険性もある。

 

 もしティナが凛の行動に不可解な点を見出せば下水道へシェンフィールドを向かわせるかもしれない。

 

 さらに、凛にも重大な仕事がある。それはシェンフィールドを最低でも二つ壊す仕事だ。

 

 蓮太郎がティナのいるビルに辿り着いたとしても、シェンフィールドが二つ残っていれば、ティナは自身の周りに浮遊させて警戒することも可能となり、蓮太郎が近づくのは容易ではなくなる。

 

 これら全てがそろって初めてこの作戦は大成功と言えるのだろうが、果たしてそううまく行くのだろうか、という感情が蓮太郎の中には渦巻いていた。

 

「大丈夫だよ蓮太郎。凛先輩なら絶対にシェンフィールドを落とせる」

 

 パソコンを操作しながらも蓮太郎に言う杏夏の言葉は凛に対する絶対的な信頼に満ちていた。

 

 蓮太郎もそれを見ると軽く頭を振って雑念を振り払い、杏夏に確認した。

 

「杏夏。ティナがいるビルまでどれくらいだ?」

 

「約4.5キロ。普通のマラソンみたいに行けば十五分くらいかかっちゃうけど、蓮太郎ならもっと早くいけるんじゃない?」

 

 蓮太郎の右足、超バラニウムで出来ている義肢を指差しながら言う杏夏に蓮太郎は頷いた。

 

 杏夏もそれを確認するとパソコンの画面を蓮太郎に見せながら下水道内のルート説明を始めた。

 

「ティナちゃんがいると思われるビルの近くまで下水道は伸びてる。ルートは凛先輩が前もって渡しておいたタブレットの中に入れておいたから、もしわからなくなったときはそれを確認してね」

 

「ああ。了解だ」

 

「それとこれ。暗いからヘッドライトつけて行ったほうがいいよ」

 

 バッグから出したライトを蓮太郎に放り投げた杏夏はさらに続けた。

 

「あとティナちゃんはフクロウのイニシエーターだから――」

 

「近くまで行ったら音を立てるなってことだろ?」

 

「――うん。気をつけて」

 

「おう。じゃあ行ってくる!」

 

 蓮太郎は下水道の中をヘッドライトで照らしながら決着を付ける為に駆けた。

 

 走りながら彼の人工皮膚にひびが入り、中から漆黒の義肢が姿を現す。

 

 ……もう少しだけ待っててくれよ!

 

 蓮太郎は脚部カートリッジの底部を擬似伏在神経内部のストライカーが叩き、炸裂し、空になった薬莢を吐き出す。

 

 同時に脚部スラスターが火を噴き、蓮太郎は衝撃にも似た加速感に見舞われながら下水道内を疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケットの中の携帯が振動したのを確認した凛は、打ち出される弾丸の雨を弾き続けていた。

 

 ……蓮太郎くんが動き出したか。

 

 凛は顔には出さずにまたしても飛来した弾丸を斬り落とす。

 

 既に攻撃が始まってから五分ほどがたっただろうか。摩天楼からの攻撃はひっきりなしに続いていたが、さらにもう二方向からも銃弾が飛んできていた。

 

 凛はあせる事はせずに落ち着いた様子で対処していたが、夏世や未織の行っていたとおりだと。少しだけ肩を竦めそうになった。

 

 夏世が事務所で言っていたのもそうだが、ここに来る前に未織から連絡があったのだ。

 

 機関銃を調べたところ、銃には遠隔操作が出来る装置が取り付けられていたらしい。その情報だけで凛にとっては十分であり、夏世が言っていた事が見事に当たったと心の中で彼女を賞賛した。

 

 その時またしても別の方向から銃弾が飛んできたのを察知し、今度はそちらの銃弾を両断する。

 

 瞬間、冥光から自身の腕に嫌な感覚が伝ったのを凛は感じ、冥光の刃を凛は一瞥した。

 

 そこには刀身にわずかながらであるが亀裂が入った冥光があった。

 

 ……マズイな。弾くにはまだ何とかなるけど、大技は一回撃てるかどうか。

 

 そう考えているうちにもまたしても別方向から銃弾が発射され、凛の頭を打ち抜こうとする。

 

 それを頬を掠める様にして避けた凛だが、彼の頬から鮮血が流れでた。

 

 血を拭う暇もなく今度はビルの屋上が光り、銃弾が襲う。

 

 ……今のところわかっている銃の位置は、ビルの屋上とそれを真正面としたときの僕の左上と右下、そして真後ろ。

 

 銃口炎の起きた位置を把握した凛は右下と左上から同時に襲い来る銃弾を、神速の速さで二つとも両断する。

 

 すると、凛の鼓膜にもう何度目かにもなる虫の羽音めいた音が聞こえた。

 

「……来た」

 

 連続で襲い来る銃弾を切り裂きながら凛は目の端で動く黒い球状の物体に気が付いた。

 

 シェンフィールドのビットだ。

 

 数は二機で、凛とはそれなりに距離をとっている場所に旋回しながら浮かんでいる。

 

 恐らくティナはここまでは攻撃が届かないと踏んでいるのだろう。だが凛は僅かに口角を上げて不適に笑った。

 

 ……残念ながらティナちゃん――。

 

「――そこは僕の射程範囲内だ」

 

 凛が言うと同時に凛の真正面のビル。右下、左上、真後ろ、右、そしてビルの十階部分が掃除に光りを放った。

 

 ティナが仕掛けてあるライフル全てから銃弾を発射したのだ。

 

 まさに絶体絶命のこの時凛は真正面を見据えて冥光を構えた。

 

「断風流、陸ノ型――八首龍ッ!!」

 

 叫ぶと同時に飛来する六つの銃弾と、凛の近くで旋廻を続けていたビットに斬撃が奔った。

 

 合計八方に走った剣閃はまさに刹那の瞬間であり、弾丸もビットも一瞬で両断された。

 

 ゴシャッと言う音が聞こえ、凛がそちらを見ると、真っ二つにされたビットが火花を散らせていた。

 

 同時に冥光の刀身が中ほどから音を立てて折れた。

 

 カラン、と乾いた音が響くと、凛は折れた刀身を拾って鞘に収めた。

 

 ……お疲れ様、冥光。

 

 小さく笑みを浮かべた凛はビルの方を見据えて小さく言った。

 

「あとは蓮太郎くんに頑張ってもらおうかな」

 

 凛は自信が佇んでいた屋上をあまった刃で切り裂き廃墟の中へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて人だ。

 

 と、ティナは思った。

 

 自分の瞳に写った人間技を遥かに超えている、まさに神技と言うにふさわしい芸当を目の当たりにした彼女は、凛が廃墟の中に姿を消したのも忘れてただただ驚いてしまった。

 

 しかし、彼女の目にはすぐに冷徹な光が灯り、ティナは大きく深呼吸をした。

 

 ……大丈夫。こちらにはまだビットもある。ライフルもまだ壊されていない。

 

 まだ持ち直せると彼女は立ち上がる。と、同時に彼女の耳に僅かながら人の足音が聞こえた。

 

 ……断風さん? いや、そんな事はないはず。あそこからここまでこの速さでたどり着くなんて事は出来ない。だとすれば――。

 

「――蓮太郎さん?」

 

 ティナが後ろを振り向いてフロアの入り口に目をやると、たいそう疲れた様子の蓮太郎がティナに銃を向けていた。

 

「ティナ。これで積みだ。おとなしく投降しろ」

 

 銃口を向けた状態で緊張した様子で蓮太郎が言うと、ティナは小さく笑みを浮かべて首を横に振った。

 

「断風さんはずるい人ですね。一人で来たなんて嘘をついて……」

 

「あの人はわりと掴めない人だぜ。俺だってわかんねぇよ」

 

 肩を竦めた蓮太郎はティナを見据えるが、ふと彼女は一機のビットを呼びもどし、さらにポケットから二つのビットを取り出して空中に放った。

 

 それを見た蓮太郎は、「やっぱりか」と思った。

 

「予備は持ってたか」

 

「ええ。万が一と言うこともあるので……では蓮太郎さん、今度は貴方が私の相手と言うことですね?」

 

「あぁ、上等だ。かかって来いよティナ!!」

 

 蓮太郎はXD拳銃をホルスターにしまいこむと、腰を低くして戦闘態勢を取る。ティナもビットのカメラアイを蓮太郎に向けながら戦闘態勢に入った。

 

 一瞬の沈黙が二人の間に流れるが、どちらかともなく駆け出した二人はフロアのちょうど真ん中で刺突と閃きがぶつかった。

 

 本来プロモーターとイニシエーターの格闘戦はやってはいけない。それはもちろん百パーセント、プロモーターに勝ち目はないからだ。

 

 序列百位越えのプロモーターなら分からないが、それでも基本的にイニシエーターと戦おうなどと言う気は誰も起こさないだろう。

 

 しかし、蓮太郎は確かな覚悟を持ってティナとぶつかり合った。

 

 ……凛さんたちが繋いだこの機会は逃すわけにはいかねぇ!!

 

 二人の衝突でフロアの窓ガラスが全て割れる。けたたましい音も蓮太郎とティナは気にすることもなく互いから生まれた衝撃で大きく後ろに飛ばされる。

 

 蓮太郎はすぐさま追撃するためホルスターのXD拳銃を抜き放ってティナへ銃口を向ける。

 

 だが、既にティナの姿はなく、蓮太郎は銃を持ったままバックステップをしながら柱の影へと身を隠す。

 

 途端大きくため息をつきそうになるが、蓮太郎はそれをやめた。いや、やめざるをえなかった。

 

 ティナはフクロウの因子を持つイニシエーターだ。超音波を扱う美冬ほどではないにしろ、夜目と獲物を感知するための聴覚は凄まじいものだろう。よって、今のこの状況は彼女の独壇場と言える。

 

 蓮太郎は息を殺すが、そのとき足元に何かが転がる音が聞こえ、彼はそちらに目を向ける。

 

 そこにはピンを抜かれた状態の破砕手榴弾が転がっていた。

 

 考えるよりも早く、蓮太郎の体は手榴弾を蹴飛ばしすぐさま回避行動を取る。

 

 数秒後蓮太郎の後方で爆炎が巻き起こり、埃が舞う。蓮太郎もそちらに眼を向けると煙の中から黒い球体、ビットが蓮太郎を目掛けて突貫してきた。

 

 蓮太郎は歯を食い縛りながら銃弾を放つ。だが、ビットはそれを難なく避けると、蓮太郎の懐に肉薄する。

 

 同時に蓮太郎の背筋に悪寒が走った。

 

 本来であれば敵の情報を察知するはずの機器をこのように扱うという事は、それに相手を殺傷するだけの何かが備わっていると考えていいだろう。

 

 そう、それはつまり自爆だ。

 

 既に懐にまでもぐりこまれた蓮太郎は避けることも出来ず、胸付近でビットが炸裂し、爆発した。

 

 炎熱が肌を焼く鋭くジワッとした痛みに蓮太郎は声を上げそうになるが、爆風の影響で彼は大きく吹き飛ばされ柱に叩きつけられた。

 

 肺から一気に酸素が吐き出され、蓮太郎は苦しめにうめくが、同時に胸の傷が悲鳴を上げる。

 

 刺す様な激痛に顔を歪めながらも、蓮太郎はティナを睨む。彼女は悠然とした状態のまままたしても懐からビットを放り、空中に浮かせた。

 

 その光景を見ている蓮太郎にティナが止めを刺すためかゆっくりと自分のほうに近づいてくるのが確認できた。

 

 それを見つつ、蓮太郎は自身の胸を見た。そこには爆発したビットの欠片が突き刺さっていた。

 

 現代アート風味の面白オブジェにもならない、ただグロテスクなその光景に蓮太郎はため息をつきそうになるが、それすらも痛みが走るためする事は出来なかった。

 

 ……なんて強さだ。

 

 喀血しながらこちらに近づいてくるティナを虚ろな瞳で見返す蓮太郎だが、もはや彼に動く事は不可能だった。

 

 胸の傷からはとめどなく血が溢れ、段々と体に寒さが襲ってきた。

 

 ああ、死ぬのか。

 

 蓮太郎はなんとも情けない気持ちに苛まれながらも、今までの人生で起こったことが脳裏にフラッシュバックするのを感じた。

 

 ……これが、走馬灯ってやつか。

 

 体の力が抜け、どんどんと自分の体が岩のように重くって行くことを感じた蓮太郎だが、そこで誰かに名を呼ばれたような気がした。

 

『あきらめるな! 蓮太郎!!』

 

「……えん、じゅ……?」

 

 しばらく聞いていなかった自分の相棒の声を聞いた気がした蓮太郎は、掻き消えるような声でつぶやいた。

 

 その瞬間、蓮太郎とティナがいるフロアに突如として剣閃が疾走した。同時に二人に襲い来るふわりとした宙に浮く感覚。

 

 浮遊感を感じながらも、蓮太郎は一階下のフロアに折れた刀を鞘に収めている凛の姿を発見した。

 

 ……そうか、凛さんが斬ったのか。

 

 蓮太郎はそのまま凛がティナを無力化してくれるだろうと思ったが、凛はそこで蓮太郎に告げた。

 

「……君がやるんだ。蓮太郎くん……」

 

 瓦礫が崩落する一瞬の言葉であったが、蓮太郎には確かにそう聞こえた。内心で思わず「なんて人使い荒い……」などと思ってしまったが、次の瞬間蓮太郎の瞳に強い光が灯った。

 

 崩落する足場に膝を立てた蓮太郎は真っ直ぐにティナを見据える。

 

 ティナは突然、気配もなくフロアが崩落したことに動揺しているのかまだ蓮太郎の行動に気が付いていない。

 

 これが最後のチャンス。

 

 ティナに出来る最後の隙。

 

 歯をギリッという音が鳴るまでかみ締めた蓮太郎は構えた。

 

「お……ッ! あああああああああああああああああッ!!!!!!!!」

 

 絶叫とも取れるような蓮太郎の雄たけびが轟いた。

 

 同時に彼の脚部から薬莢が吐き出され、スラスターが炸裂し、急加速。

 

 目の前にはだかる瓦礫を突き破った蓮太郎はティナに迫る。

 

 鬼気迫り修羅の表情をした蓮太郎は一切の容赦なく、ティナに体当たりをかます。

 

 天童式戦闘術の三の型九番、『雨奇籠鳥』だ。

 

 減速しない高速の体当たりは相手の内臓をひっくり返してしまうほどのダメーじだろう。

 

 渾身の体当たりにティナは大きく飛ばされ、体が中に浮いた。

 

 だが今の蓮太郎がそれを逃すはずもない。

 

 まだあまるスラスターの推進力を継続した彼は続けて腕を構える。

 

「天童式戦闘術一の型十五番ッ!!」

 

 蓮太郎が叫び彼の腕から発せられた炸裂音。ティナはそれに目を見開く。

 

「『雲嶺毘湖鯉鮒』ッ!!!!」

 

 激烈な破壊力を持つ蓮太郎のアッパーカットがティナが防御用に出したダガーナイフを粉々に砕き、彼女は天井に打ち上げられる。

 

 ティナが先ほどまでいたフロアのちょうど真ん中辺りまで吹き飛んだ。同時に蓮太郎は崩落を続けるフロアの瓦礫を蹴り、またしてもティナに接近する。

 

「天童式戦闘術、二の型四番ッ!」

 

 蓮太郎は飛び上り右足を直角に振り上げた。その際体がギシギシという嫌な音が聞こえたが、蓮太郎は構うことはなかった。

 

 同時に彼は脚部から三発の薬莢を炸裂させる。

 

 蓮太郎の瞳に弱弱しいティナの瞳が写るが、彼は意を決して振り上げた足を振り下ろした。

 

「『隠禅・上下花迷子・三点撃』ッ!!!!!」

 

 まさに全身全霊を駆けた最大級の凄絶たる踵落しがティナに炸裂し、彼女はそのまま一階下のフロアに叩きつけられる。

 

 衝撃がフロア全体に走り、ティナが叩きつけられた部分は陥没し、貫通した。

 

 ビルそのものが崩れて消えるのかと思うほどの崩落が起こったが、数秒後にそのノイズは止んだ。

 

 蓮太郎は構えを説いて残心するものの、それと同時に猛烈なまでの痛みと吐き気が彼を襲った。

 

 思わず足がふら付き前のめりに倒れこみそうになるが、それを凛が受け止めた。

 

「お疲れ様」

 

「……あぁ。やってやったぜ」

 

 ニヤリと笑った蓮太郎はふら付く足で何とか立ち上がると、凛に目配せをする。凛もそれに頷くと凛は蓮太郎に肩を貸して階段を降りる。

 

 階段を下りること八階分、ティナはそこに仰向けで僅かに胸を上下させながら倒れこんでいた。

 

 変な音の息を苦しげに吐きながら蓮太郎を確認した薄目を開けたまま彼に頼んだ。

 

「蓮太郎……さんに……断風さん。とどめをさして、ください。テクノロジーの……塊である、私は……生きていてはいけないんで……す」

 

 蓮太郎はそんな彼女の状態を見ながら菫から聞いた人物、エイン・ランドのことを考える。

 

 話を聞く限り、ランドという男は彼女達イニシエーターの命を歯牙にもかけないような超がつくほどの外道ということが分かる。

 

 もしティナが聖天子暗殺に失敗したときのことを考えて彼はティナに対し自害の命令を立てているだろう。

 

 それに、ここで蓮太郎か凛、どちらかがティナを救ったとしても今度はティナ自身が暗殺対象に切り替わる可能性がある。

 

 どちらにせよ彼女の未来が素晴しく明るいものになるというものは想像はできなかった。もし生き地獄を味あわせてしまうというのなら、ここでこの少女を殺してしまったほうが彼女のためになるのではないか。

 

 蓮太郎はティナをじっと見つめると、凛に視線を送った。それに頷いた彼は蓮太郎を一旦離すと、仰向けの状態のティナを抱きかかえる。

 

「どうして……」

 

「僕と蓮太郎くんは君を殺しに来たんじゃないよ。蓮太郎くんは延珠ちゃんを助けてくれたことにお礼を言うため、僕は……さっき言ったね。君を止めるために来たんだ」

 

 ティナはその言葉が嬉しかったのか、我慢していたものがもれてしまったのか、目から大粒の涙を流した。

 

「……私わからないんです。こんなはずじゃなかったのに、どんどん人生がおかしくなっていって……もうわけが分からなくて」

 

「しゃべんな、傷に障るぞ……」

 

 隣にいる蓮太郎が言うとティナは黙り込んだが、彼女はしばらく凛の胸から顔を離す事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い階段を降りきったところでやっとこもったようなにおいのするビルから外に出ることが出来た。

 

 先ほどの激闘が嘘のように外は静まり返っていた。

 

 ……まずは病院に行かないと。

 

 全てが終わったことを知らせるために杏夏たちに連絡を取ろうと、携帯を取り出した凛だが、ティナが彼を見上げて問うた。

 

「誰か呼ぶんですか?」

 

「うんちょっともう――」

 

 とそこまで言ったところで、凛が抱えていたティナを瞬時に蓮太郎のほうに放った。

 

 彼女は小さく悲鳴を上げ、蓮太郎も驚いていたが、その瞬間凛の眼前で火花が散った。

 

 最初二人は何が起こったのかわかっていないような表情をしていたが、後ろから聞こえた金属質な音に、凛が銃弾を斬ったのだと確信した。

 

 すると、闇の中からルガー拳銃を持った白マントの男、聖天子の護衛官をまとめる隊長である保脇が下卑た笑みを見せながら佇んでいた。

 

「なにをしてるんですか保脇さん」

 

「なにをだと? 簡単だ。貴様らが始末し損ねたその殺し屋を僕が直々に始末してやろうと思ったんだよ。まぁ安心しろ、僕の銃の腕はかなりよくてね。君に傷はつけないつもりだった」

 

 なんとも軽い口調で言う保脇だが、凛は鋭い眼光で保脇を睨みつける。

 

「うん? なんだその目は? 貴様らの不備をこの僕が払拭してやろうと言うのに」

 

 保脇が言うと同時に凛たちの背後から保脇以外の護衛官達が気配もなく現れ、三人を拘束しようと飛び掛る。

 

 蓮太郎とティナは先ほどの戦いで体が動かなかったのか回避は出来ていなかったが、凛はあっという間にそれに反応すると自身を捕まえようとし護衛官のわき腹に冥光の柄尻を叩き込んだ。

 

 護衛官はあまりの激痛に拘束することも忘れてのた打ち回るが、凛はそれを蹴り飛ばした。

 

「蓮太郎くん伏せろ!」

 

 呼ばれた蓮太郎はハッとしてティナを抱き込むように身をかがませた。その上を先ほど凛が蹴り上げた護衛官の一人が通過し、二人を拘束しようとしていた二人にぶつかった。

 

 護衛官達はそれぞれうめき声を上げており、それを見た保脇は憎憎しげな視線を凛に送った。

 

「貴様……僕達にこんなことをしてただで済むと思うなよ! 大体なぜそのガキを助けようとする!? そいつは聖天子様を殺そうとした暗殺者なんだぞ!」

 

「彼女は自ら望んで聖天子様を殺そうとしたわけではありません。断れない状況にあったんです」

 

「それがどうした! 殺し屋の事情なんぞ知るか!! そいつはここで殺す! 審議にかける必要などない!」

 

 その言葉に凛は呆れて者を言えなかったが、次の瞬間、保脇は彼の逆鱗に触れることになる。

 

「大体、僕はそのガキのような『赤目』が大嫌いなんだよ! 汚らわしい以外のなに物でもない! この蛆虫が!」

 

 その瞬間、保脇と護衛官達に上から押しつぶされるような殺気が襲い掛かった。

 

 先ほどまで怒鳴り散らしていた保脇はすぐさま黙りこくった。

 

 ……な、なんだこれは!? あの男の殺気だと言うのか!?

 

 保脇は手にしているルガー拳銃を撃つこともできずに、ただただ冷や汗をかいていた。

 

 凛は光の灯っていない眼で保脇を一瞥したあと、蓮太郎に振り向かずに告げた。

 

「蓮太郎くん。ティナちゃんをしっかり守っていてね」

 

「あ、ああ」

 

 蓮太郎は頷いたが、凛の威圧感に圧倒されかけていた。

 

 凛は再度保脇に向き直ると、ゆっくりとした足取りで近づいていく。

 

「保脇さん、先ほどの発言撤回してください。彼女は『赤目』などと言う名で呼ばれていい存在ではありません」

 

「な、なんだと? 奴らなど使い捨ての道具に過ぎないじゃないか! ただでさえガストレアと同じ存在だと言うのに!」

 

「なるほど、撤回する気はないと……つくづく貴方はゴミヤローですね」

 

 先ほどとは打って変ってにこやかに言ってのけるが、言葉にはかなりの苛立ちが見える。

 

「ぼ、僕がごみだと!? 貴様ぁ! この僕に向かってぇ!!」

 

「ゴミにゴミといって何が悪いんですか? あぁそれとも自分がゴミだと認識されていない? だったら教えてあげますからよぉく聞いてください。貴方は男の癖に嫉妬深くて前髪が気持ち悪くて、眼鏡が似合ってなくて、その白装束が破滅的なまでに気色悪くて、しゃべり方がねっとりしてて、十六歳の聖天子様に欲情している変態インテリヒステリッククソゴミ男なんですよ。分かりましたか?」

 

 全く悪びれていない様子で言う凛だが、それを聞いていた保脇はワナワナと手を震わせながらルガー拳銃を凛の額に押し付ける。

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

 彼はそういうと引き金を引こうとするが、その瞬間彼の右手首から先が消失した。

 

「え?」

 

 保脇が疑問符を浮かべて小首を傾げるが、何回見ても彼の手首から先がない。

 

 すると、彼の右の方でドチャっという小汚い音が聞こえ保脇をそちらに恐る恐る目を向けた。

 

 次の瞬間、保脇から聞くに堪えない恐怖の絶叫が聞こえた。

 

「ひ、ひあああああああああああ!? ぼ、僕の手! 僕の右手がぁ!!?」

 

 そう、保脇の視線の先には銃を握ったままの自身の手があったのだ。凛はそれに顔をしかめると、彼の足を払った。

 

 彼はそのまま右手から血を垂れ流しながら尻餅をついた。

 

「うるさいです。ゴミはゴミらしく黙っていてください」

 

 凛は尻餅をついた保脇の顔を乱暴に引っ掴むと先ほどと同じように光の灯っていない目で保脇を見下す。

 

「彼女達は人類最後の希望です。そんな彼女達に守られているということも忘れて彼女達を蛆虫や『赤目』などと……」

 

 凛は拳を握り締めていた。それも手に血が滲むほど強く。それを確認した保脇はやっと凛の殺意がハッタリではなく本気の殺意だと言うことを感じたのがもがき始めた。

 

「や、やめろ貴様! 殺人罪になるぞ!? 序列の降格だってありうるんだぞ!」

 

「だから? 別に僕は序列に思い入れなんてないですし、今貴方をここで葬ることなんてなんとも思いませんよ? だってゴミ処理なんだから」

 

 凛は中ほどから折れた冥光を保脇の首筋に這わせるように突きつけた。その瞬間他の護衛官達が凛に拳銃を向けるが、凛はギラリと光った眼光で護衛官達を睨む。

 

 次の瞬間、護衛官達は皆泡を噴きながら糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

 

 それをティナを守るようにして抱きかかえていた蓮太郎は絶句した様子で見ていた。自分達には向けられていないが、護衛官達が味わった殺気はとんでもないものだったのだろう。

 

 凛は護衛官達から視線を戻し保脇を見るが、保脇は足をもつれさせながら逃亡しようとしていた。しかし、そんなことを凛が許すはずもなく、鞘に収まっているもう半分の冥光の刃を取り出すと保脇のアキレス腱を狙って投げつけた。

 

「ギャッ!?」

 

 短い悲鳴を上げて保脇を顔面から倒れこんだ。だが彼はまだ往生際が悪く動かなくなった足を引きずりながら芋虫のように這いならが醜く逃げ始めた。

 

 それを見た凛はやれやれと首を振ると保脇に向かって歩み始めた。

 

 後ろから迫る恐怖の対象に保脇は一刻も早くこの場から逃げ出したいと思いながら逃げる。

 

 だが、あっという間に追いつかれた保脇の背中を凛が踏みつけた。

 

「グエッ」というカエルが潰れたような音の悲鳴を上げた保脇だったが、彼は動くことが出来ずにもがくだけだった。

 

「じゃあそろそろやりますか」

 

 凛は保脇を蹴り仰向けにさせる。そのまま保脇の鳩尾に踵をねじ込むと、保脇は息を詰まらせるが凛はお構い無しに保脇に冥光を突きつける。

 

「安心してください。痛みはないように殺してあげますから」

 

「い、嫌だ! やめてくれ、やめてくれぇ!!」

 

「勝手な人ですねぇ。自分がピンチになったら命乞いですか」

 

「た、頼む! 僕に出来ることならなんでもする! だから命だけは命だけは……!!」

 

 保脇はプライドも何もかもかなぐり捨てて、ただただ凛に命乞いをした。すると凛は爽やかな笑顔を彼に向けた。

 

 保脇もこれで救われたと思ったのだろう。僅かに頬が緩んだが、次の瞬間保脇は更なる恐怖を見ることとなった。

 

「貴方にしてもらいたいことは……今すぐ死んでください」

 

 笑顔のままいう凛だが、保脇にとってはその笑顔がまるで死神が命を刈り取る鎌を持ち上げた時に見せるような、残忍な笑顔に見えた。

 

 凛はそのまま冥光を振り上げると、折れた切先を保脇の心臓目掛けて振り下ろした。

 

「待って下さい!!」

 

 張りのある美しい声が聞こえ凛がそちらを向くと、肩で息をしていた聖天子が二人を見ていた。

 

「斉武さんとの会談は終わったんですか?」

 

「いいえ、ですがそこの保脇さんが独断専行したとのことなので中座して来ました」

 

 聖天子は保脇を指差して言っており、当の保脇はあまりの恐怖からか気絶し口からは泡を吹いており、股間からは失禁までしていた。

 

 それを見た聖天子は嫌悪感たっぷりな顔で保脇を一瞥した後凛に告げた。

 

「凛さん。貴方に人殺しはさせません。その男とあちらの者達は厳正に処罰します」

 

「……聖天子様がそう仰るのであれば僕は貴方に従います」

 

 凛は踏みつけていた保脇から軽やかに降りると折れた冥光を鞘に納めた。

 

 その後聖天子の計らいで蓮太郎とティナ二人分の救急車が呼ばれ、後から合流した杏夏と美冬と共に凛達は救急車に乗り込み病院へ向かった。

 

 長いようで短かった夜の死闘が終わったのだった。




やっぱり決戦となると文字数が多くなってしまいますなぁ……w

最後の方、蓮太郎が決めるところは原作と同じ流れでしたが丸々持ってくるわけには行かないので、文章表現は稚拙ですが私がやってみました。

そして声を大にして言います……
保脇ザマァ!!!!!! 超ザマァ!!!!!! 

……はい、御見苦しいところを見せました。
でもねぇ、保脇とかもういらんキャラですしおすしw

では次話の予告的なものを。
次回はほんわかとした空気を出した後日談をお送りしたいと思います。

感想などありましたらよろしくお願いします。

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