ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第二十一話

 早朝。まだ夜も明けきっていない時間帯に凛は一人で司馬重工へ足を運んだ。

 

 既に未織に連絡を入れているためか、警備員には特に止められることはなくすんなりと中に入ると、未織がいるVR特別訓練室の近くにある別室に行くと、未織は高級そうな椅子に腰を下ろして凛を笑顔で迎えた。

 

「おはようさん。急に話がある言うからちょっと緊張してもうたよ。凛さん」

 

「僕と君の仲で何を緊張することがあるんだい」

 

 未織が色っぽく言うが凛は軽く肩を竦ませた程度で特に気にした素振りは見せなかった。

 

 それに対し未織は「つれへんなー」といいながらカップにコーヒーを注いで凛に手渡した。

 

「零子さんから聞いたで、摩那ちゃんに里見ちゃんのとこの延珠ちゃんみつかったそやなぁ」

 

「うん。幸い二人とも命に別条はなかったよ」

 

「よかったなぁ。ほんで? ウチにお願いってなんなん?」

 

 未織はもう一度座りなおすと凛に投げかえるように手のひらを向けた。凛はそれに頷くと腰に差してある冥光を近場のデスクの上において告げた。

 

「今日の戦いが終わったら恐らくこの冥光は折れると思うんだ。だから、今日の戦いが終わったら……未織ちゃん。冥光を一度溶かして新しい刀を作って欲しい」

 

「……それは司馬重工の腕を見込んでってことでええの?」

 

「いいや、司馬重工の腕もそうだけど、何より未織ちゃんならきっと受けてくれると思ったからさ。それに、未織ちゃんならこの冥光を超える刀を造ってくれると確信しているからだよ」

 

 凛が笑顔を浮かべながら言い切ると、未織は若干気恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐに咳払いをすると頷いた。

 

「わかった。そこまで言われたら造らないわけにはいかへんな。けど結構時間かかってまうで?」

 

「構わないよ。未織ちゃんが納得がいくものを造ってくれて」

 

「了解や。ほんなら早速この前とったデータに色々加えて行きながら構想練ってみるわ。そんで、多分ほかにも用事があるんやないの?」

 

 未織はモニタに移るVR特別訓練室のほうを一瞥したあと凛に向き直った。凛もそれに苦笑すると未織に対し肩を竦めた。

 

「さすがわかってらっしゃる……」

 

「フフン。凛さんが考えそうなことなんて大体わかるでー。ほんなら設定はどうする?」

 

「そうだね、設定は狙撃兵で頼めるかな。レベルは∞で」

 

 その凛の要求に未織は待ってましたと言わんばかりに訓練室の設定を開始した。

 

 数分後、設定を終えた未織に言われ凛が訓練室に入ると、周囲が夜の闇に包まれ、凛の周囲には廃墟となったビルが立ち並んでいる。

 

『ほな、始めるけど。準備はいいかえ?』

 

「いつでもどうぞ」

 

 凛がいうとヘッドセットから電子音のナレーションが聞こえ、訓練が始まった。

 

 数分の後訓練が終わったが、その結果に未織は愕然とした。

 

 そして未織は自分がまだ知らぬ凛の力のほんの一片を垣間見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前六時。

 

 決戦まであと後数時間と迫った時、凛は以前から親交のある禅寺へ行き朝日に照らされながら座禅を組んだ。

 

 呼吸以外で体を動かさず、ただ心神をクリアにするために凛は自然と一体化する。

 

 鼓膜を通して聞こえてくるのは、時折吹く風に揺らされる木の葉の音と、境内にある池に流れる水のせせらぎと鳥の囀りだった。

 

 凛はそのまま微動だにすることはなく、約一時間座禅を組み続けた。

 

「そろそろやめたらどうかいのう。凛坊」

 

 不意に後ろから声をかけられ凛が後ろを振り向くと、そこには禿頭と綺麗にまとめられていた白い髭を携えたやさしげな老人がいた。

 

 彼はこの禅寺の坊主である、修蔭老師だ。断風家とは以前から親交があり、凛が赤ん坊の頃もよく遊んでもらったらしい。

 

 年齢はすでに九十八だと言うが、まったく老いを感じさせることはない。

 

「お前さんのそういうところを見ると、剣星と劉蔵の血を引いていることをおもいだすのう。二人の面影がありよるわ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。あの二人も何か重大な仕事をする時や、試合の前はよくここで座禅をしとったよ」

 

 どっこいせと凛の隣に腰を下ろした修蔭は「まぁ剣星の場合は珠に言い訳を考えるために来ておったことが多かったがのう」と笑いながら言った。

 

 凛もそれに苦笑を浮かべると輝く朝日を眺める。朝日はとても暖かく、これから数時間後に命をとした戦いを開始するなどとても思えないほどに暖かかった。

 

「凛坊。一体どんな人物と戦うかは知らんが、お主は強い。どんな敵にも負けることはないじゃろう。行くなとか、戦うななどという言葉はかけん。自身の持てる力を持って戦って来い」

 

「……うん」

 

 凛はそれに返答すると足をほどいて禅寺を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、凛は摩那の病室へ向かった。

 

 病室には眠っている延珠の隣に座る木更に挨拶をした後、既に起き上がってベッドの上で大あくびをしている摩那に声をかけた。

 

「意識が戻ったみたいだね。摩那」

 

「ふぁ~……。うー、んー。ちょっとまだ眠いけどねー」

 

 首をコキコキと鳴らした摩那は大きく伸びをして意識を覚醒させようとする。

 

「そういえば零子さん達は?」

 

「社長なら菫先生と話があるってさー。杏夏と美冬はさっき帰ったよー。もう杏夏なんかわんわん泣いちゃって大変だったんだからー」

 

「杏夏ちゃんには辛い目にあわせちゃったからね」

 

「それにしたって心配しすぎだよねー。私が死ぬわけないじゃんー」

 

 まだ眠いのか目を擦り擦り、語尾をだるそうに延ばしながらしゃべる摩那は頭を振り子のように振っていた。

 

「けどどうして連絡を入れなかったの?」

 

「うーんとね……。あれ? 何でだっけ?」

 

 摩那はボーっとした表情で凛に問うが、凛はそれに小さく噴き出してしまった。

 

 すると摩那は思い出したように手をポンと叩いた。

 

「あーそうだ。延珠ちゃんの匂いが消えそうだったからずっと集中してて連絡する暇がなかったんだったー。ごめんー」

 

「いいよ。けど、次はちゃんと連絡するようにね?」

 

「りょーかいー」

 

 摩那は凛の言葉にゆるゆると敬礼をするとそのまま糸が切れたようにベッドに沈み込んだ。

 

 すぐに彼女から穏やかな寝息が聞こえ、凛は摩那に布団をかけてやる。

 

「摩那ちゃん、本当にがんばってくれたんですね」

 

「そうだね。退院したら好きなもの作ってあげないと」

 

 苦笑しながら言う凛に木更も笑うが、凛はいまだに眠っている延珠を見た。

 

「延珠ちゃんは大丈夫そうかい?」

 

「はい。特に大きな変化もなく、このまま行けば明日には目覚めるでしょう」

 

「そうか、よかった」

 

 凛は微笑を浮かべ胸を撫で下ろすが、木更は心配そうな面持ちで凛を見つめるとそのまま頭を彼の胸板に押し付けるように寄りかかった。

 

 それに対し凛はうろたえる事はせずに彼女の頭を撫でた。

 

「どうしたんだい? 木更ちゃんが僕にこうして来るなんて……」

 

「……凛兄様。里見くんとあのティナちゃんを倒しに行くんですよね?」

 

「そうだね。きっと死闘になるね。どちらが死んでもおかしくはない」

 

 落ち着いた声音で言う凛は木更の肩を持つと彼女を一旦引き剥がそうとするが、木更は凛の胸倉を掴んでいて離れようとしない。

 

「兄様……いまの私にとって兄様と里見くん、延珠ちゃんだけが家族なんです。だから、きっと生きて帰ってきてください」

 

「うん。わかったよ、蓮太郎くんもちゃんと連れて帰る。約束だ」

 

 凛の言葉を聞いた木更は目じりに僅かながら涙を溜めつつも彼から離れると、右手の小指を凛に向かって立てた。

 

「指きりです。嘘ついたりしたら天童式抜刀術の奥義を食らわせます」

 

「それは怖いなぁ。だったら絶対帰ってこないとね」

 

 口元に手を当てて苦笑した凛だが、彼は木更に答えて彼女と指きりを交わした。

 

 凛は指きりを終えると凛は病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 決戦まであと二時間と迫った時、凛は事務所で夏世と話し込んでいた。

 

「それで凛さんはティナ・スプラウトのシェンフィールドをどうやって突破するつもりなんですか? こう言ってはあれですが、あちらの武装である対戦車ライフルの弾丸を貴方がいくら斬れようと、近づけないことにはとどめはさせませんよ」

 

「うん、それはわかってる。だから一応策は考えているんだけどこれは蓮太郎くん頼みになっちゃうかなぁ」

 

「なるほど、まぁ作戦の詳細を聞いたところで私にはどうすることも出来ませんが、私からちょっとしたアドバイスと言うか予想を言わせてください」

 

 夏世はそう言うと自分のデスクに凛を招いてパソコンのモニタを指差した。

 

 凛がそちらに目を向けると、なにやら動画の再生前なのか真っ暗な画面が広がっていた。凛が見ていることを確認した夏世はマウスをクリックして動画の再生を始めた。

 

 動画はいたって単純なもので、延珠が狙撃されたであろうビルと、その周りを囲むビルを3DCGで造ったものがあり、しばらくそれを見ていると周囲のビルの屋上から延珠が狙撃されたポイントまで赤い線が延び、四つの線が交差したところで動画はとまった。

 

 凛はこれが狙撃のシュミレータだということがすぐにわかったが、夏世は画面を指差して告げた。

 

「今朝方社長から聞かされた狙撃の情報を元に私がシュミレートしたものです。その中で四方向から同時狙撃ということを聞いたので私なりに考えてみましたが、恐らくティナ・スプラウトは複数のライフルを同時に扱えることが出来るのだと思います」

 

「同時に?」

 

「はい。最初は協力者がいるのかもしれないと思いましたが、おそらくそれはないでしょう。人を殺すのに大人数ではばれやすいです。それに四人が息を合わせてライフルを同時に目標へ着弾させる事は不可能でしょう。人にはどうしても自分のクセがありますから。知っていますか? 広大な砂漠で自分で真っ直ぐに歩いているつもりでも、右利きの人は知らず知らずのうちに右へ曲がっていってしまっているそうです。つまり同じところをかなり大回りでグルグルと回っていると言うことになりますね。そして砂漠は常に地形を変えますから目印になるものなどありませんので結局その人は体力を使い果たして、水もなくなり死亡……なんてこともあるようですよ。

 ……んん、話がそれましたね。つまり私が何を言いたいかと言うと、四人同時の狙撃は無理と言うことです。

 そしてそこから考えられることがもう先ほど言った『ライフルを同時に扱っている』ということです。恐らく彼女はシェンフィールドのビットの信号を受け取ることが出来る遠隔操作装置のようなものをライフルに取り付けていてそれを使用することで、四方向からの狙撃を可能にしたのではないでしょうか?」

 

 摩那と同い年とは思えない推理力に凛は驚嘆させられながらも、彼女のモデルがイルカであり、IQもかなりあると言うことを思い出し無理やり納得した。

 

「そして彼女の序列も考えてライフルは彼女が自分で持っているものも含めて四つ以上あるでしょう。それを同時に撃たれた時、貴方に勝算はあるんですか?」

 

 夏世は少しだけ脅すように言うが、声から取るに凛を心配しているようだった。

 

 凛はそれに少しだけ笑みを浮かべると、夏世の彼女を真っ直ぐと見ながら自信に満ちた声で言った。

 

「あるよ。ティナちゃんがどんな芸当をして見せようと、僕は絶対にやられない。いいや、僕だけじゃない。僕と蓮太郎くんはね」

 

「……はぁ。貴方ならそう言うと思っていましたが……まぁいいです。けれど絶対に生きて帰ってきてください」

 

「了解。じゃあそろそろ行ってくるよ」

 

 凛が時計を見ると時計の短針が七を指し示す頃だった。いよいよ後一時間後には決戦が始まるのだ。

 

 そのまま事務所を出た凛は蓮太郎との待ち合わせ場所である病院前に駆けて行った。

 

 そんな彼の後姿を見送りながら夏世は手を合わせて祈った。

 

「……お気をつけて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の前に辿り着いた凛は正門に背を預けて待っていた蓮太郎に声をかけた。

 

「待ったかい?」

 

「いいや、時間ピッタシだ。……んじゃ行こうぜ」

 

 蓮太郎はそのまま凛と共に歩き出すが、凛が蓮太郎を呼びとめ、彼は蓮太郎にタブレット端末を渡した。

 

「忘れないうちに今渡しておくよ」

 

「あぁ、サンキュ」

 

 蓮太郎は短く礼を言うともらったタブレットを胸ポケットにしまいこむと、今度こそ二人は決戦の地へと歩き出す。

 

 二人の心境はひどく落ち着いており、これから殺し合いが始まるなど微塵も思わせないほど穏やかだった。

 

 しかし、そこで蓮太郎が凛に言葉をかけた。

 

「なぁ凛さん。やっぱり作戦を変えたほうが――」

 

「いいや、作戦は変えないよ」

 

「だけどやっぱりアンタのリスクが高すぎるだろ。やっぱり俺が代わりに」

 

 蓮太郎はなおも食い下がるが、凛はそれに静かに首を振ると蓮太郎の肩を軽く叩いて告げた。

 

「残念ながらティナちゃんを直接止めるには僕では役不足だ。だから、君のほうが向いているんだよ蓮太郎くん」

 

「俺が……」

 

「うん。僕の事は心配しないで、君はただ前だけを見て突き進んで。そしてティナちゃんを止めてあげてくれ」

 

 凛が真っ直ぐと蓮太郎を見ながら言うと、蓮太郎は下唇を噛んだが静かに頷いた。

 

 それを確認した凛は蓮太郎に拳を向けた。蓮太郎もまたそれ頷くと、二人は力強く互いの拳をぶつけ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後八時。

 

 凛は外周区である第三十九区に足を踏み入れていた。あたりはシンと静まりかえっており、凛が一歩を踏み出し道を歩く音が以上に大きく聞こえるほどに静かだった。

 

 周りには玉突き事故で壊れた車や、アスファルトを突き破ってツルや樹木と一体化してしまっているような建造物もある。

 

 しかし、壊れた自動車などから取れる金や白金、パラジウムなどの金属は都市鉱脈などと呼ばれ、周辺に住まう呪われた子供たち『マンホールチルドレン』達の貴重な財源だ。

 

 ……ここにいる子供たちに危害がないようにしないと。

 

 ここに来てまで他人の心配をする凛であるが、ふと彼の携帯が鳴動した。

 

 通話ボタンを押して電話に出てみると、かかってきた相手は案の定と言った相手だった。

 

『一杯食わされましたね。やはりこちらはブラフでしたか』

 

「やぁこんばんは、ティナちゃん」

 

 凛は挨拶をしてみるものの、ティナから帰ってきたのは冷徹な言葉だった。

 

『断風さん。貴方はこれで聖天子抹殺を防いだつもりですか? 会談が行われている会場は頭の中に入っています。今からであれば、貴方の目を盗んで聖天子を殺す事は可能です』

 

 廃墟となったビルのどこかからこちらを見ている狙撃兵の言葉に、凛はくつくつと笑った。

 

『何がおかしいんですか?』

 

「いいや、別におかしくはないんだけどさ。残念ながらティナちゃん。それは僕がさせないよ」

 

『貴方は今の現状がわかっていないんですか? 先日のガトリングガンの一件とは違い、今回は私と貴方の間にはかなりの距離があるんですよ? それを貴方はその細い刀一本でどう埋めるおつもりですか』

 

「さぁそれはどうだろうね。今のところは秘密かな」

 

 凛はクスッと笑いながら近場の上れる建物の屋根に上がった。障害物がなく、狙撃するには格好の場所だろう。

 

 普通であれば狙撃兵相手にこんな場所は選ばないが、凛はあえてここを選んだ。

 

「ティナちゃん。君はとてもやさしいね。さりげなく僕との戦闘を避けようとしているだろう」

 

『残念ながらそうではありません。いちいち貴方の相手をしていては弾薬がもったいないのです』

 

 取り付く島もないさめた返答に凛は肩を竦めたが、そこでふとティナが問うた。

 

『そういえば蓮太郎さんの姿が見えませんね。てっきり二人で来るものだと思っていました』

 

「蓮太郎君には聖天子様の警護についてもらってるよ。万が一のときのためにね」

 

『そうですか。……では早急に貴方を葬り、聖天子を抹殺を成し遂げます』

 

 ティナはそういうと電話を切った。凛は携帯をポケットにしまいこむと冥光を抜き放って大きく深呼吸した。

 

「……決着をつけようか。かわいい狙撃手さん」




対決目前!

果たして刀対ライフルはどちらが勝つのか!
そしてクソ小物である保脇はどうなるのか!!
次回作戦の概要も合わせて明らかに出来ればと思っております。

では感想などありましたらよろしくお願いいたします。

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