「やっぱり電話してきたね。アレ持たせてよかった」
ベッドから起き上がり、窓際の椅子に腰掛けた凛は夜の空に浮かぶ星を眺めている。
『……私を吹き飛ばすあの一瞬でポケットに貴方のメールアドレスと電話番号が書かれた紙を渡してきて……一体何のつもりですか?』
「何のつもりって言われてもねぇ……。僕は君を止めたくてさ」
『なるほど、では私に聖天子の抹殺をやめるように呼びかけるためにこの紙を渡したんですか』
ティナは冷徹な声で告げると、小さくため息をついてそのまま続けた。
『残念ながら断風さん。貴方がなんと言おうと私は任務を達成するだけです。その邪魔をするのであれば……貴方達でも殺して見せます』
「ふーん。でも僕は君には人は殺せないと思ってるよ。だって、ティナちゃん優しいじゃないか。木更ちゃんを撃とうとしたときもすっごく悲しそうな目してたよ?」
『ッ! ……あの時は少し緊張していただけです。断風さん、貴方の肩の傷では聖天子の護衛に付くことは不可能でしょう。以前のように貴方に弾丸を斬られることもありません。次は確実に仕留めて見せます』
「それはどうだろうねぇ。蓮太郎くんも延珠ちゃんも強いよ? それに、こっちにはまだ強い子がいるよ」
凛がそう言い切ると、電話越しに息を呑む音が聞こえた。しかし、ティナは『ではおやすみなさい……』と律儀に挨拶を返して電話を断った。
その挨拶を聞き終えた凛も耳に当てていた携帯を降ろして空浮かぶ月を眺めた。
「肩の傷では護衛は出来ないでしょう……か。まるで僕に来ないでくださいって行っているようにも聞こえるよ。ティナちゃん……」
そして翌日の夕方、蓮太郎、木更、延珠の三人は黒崎民間警備会社に顔を出していた。
「さて、お三方も集まったことだし今日の聖天子様護衛任務のメンバーの変更を言って置くわね。知ってのとおり、凛君はこの現状」
零子に言われ苦笑いを浮かべた凛は外見こそあまり変化はないものの、その服の下、右肩の辺りにはきつく包帯が巻かれている。
「というわけで今回凛くんの代わりを務めることになったのはここにいる杏夏ちゃんと美冬ちゃんペア。実力は確かだから護衛には事欠かないでしょう」
「だけど、問題はティナだろ黒崎社長」
蓮太郎が言うと、杏夏がそこで口を出した。
「ティナちゃんが何処にいるは美冬に索敵してもらいますから何とかなるはずだよ。私は蓮太郎や延珠ちゃんと同じく聖天子様が乗る車に乗って護衛をするから」
「索敵って言ったってどうするんだ?」
「そこは私の能力の出番ですわ。今杏夏も言いましたが私は車内には入らず、摩那と共に外で周囲に気を配りますわ」
「まぁ蓮太郎たちは大船に乗ったつもりで安心してていいよん」
摩那は美冬と肩を組んでブイサインを作って蓮太郎に見せるが、蓮太郎はまだ少し納得がいっていない様子だった。
すると、凛が蓮太郎の向かって微笑を浮かべながら告げた。
「大丈夫だよ、蓮太郎くん。杏夏ちゃんは十分戦力になるし、何より美冬ちゃんの能力はティナちゃんに対してはかなり有効だから」
その言葉に黒崎民間警備会社の面々は皆一様にうんうん、とうなずいていた。蓮太郎は若干の心配を残しつつもそれに了承し、六時頃に杏夏達と共に聖居へと向かった。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ。蓮太郎くんは元々強いし、杏夏ちゃんも序列は高いほうだ」
聖居に向かう五人を心配そうに見つめていた木更に声をかけた凛の瞳は自信に満ちていた。
「さて、じゃあ僕達も色々準備しようか。まぁ実際事務所で仕事するのは零子さんと夏世ちゃんなんだけど」
木更と共に事務所へ戻る階段を上がりながら言う凛に対し、木更は首をかしげていた。
そして事務所へ上がった木更はいきなり掛けられた声と零子たちの行動に思わず口を半開きにして驚いてしまった。
「凛くん、そこのケーブルこのモニタに接続してくれる?」
「ここですか?」
「そうそこ。あぁ夏世ちゃん、そのモニタはこっち」
「了解しました」
零子は凛と夏世にそれぞれ指示を出しながらも自身もパソコンを操作していた。木更はこの状況を理解しようとするが、ちょうど零子が木更を指差して告げた。
「木更ちゃん、悪いんだけその足元のケーブルをコンセントに差し込んでくれる?」
「え、あっはい。アレ……いま名前で」
「だって木更ちゃん苗字で呼ぶと少し嫌そうだったからね。まぁ気付いたのは最近だったんだけど。貴女の生い立ちの深いところは聞きはしないけど、本人が嫌がることを続けるわけにもいかないし」
「黒崎社長……」
木更がその発言に対し微笑むと零子も木更に笑いかける。
「それに、年下の女の子に社長付けするのもどうかと思ったしね。はい、さっさとコンセントに接続して、時間がないから」
木更はそれに頷くと足元のケーブルをコンセントに接続した。
そして数分の後、室内を見回した後零子に声をかけた。
「社長、準備完了しました」
「はいはーい。それじゃあ、行って見ようかしらね!」
零子はそういうとキーボードのエンターキーを叩いた。それと同時に事務所内に設置されたモニタに画面が表示され、何かのパラメータのようなものや、気温湿度、風速、風向きなどが表示され始めた。
そして一際大きなモニタには立体の地図のようなものが表示された。
「これは……」
木更が驚嘆の声をもらすと、零子がニヤリと笑いながら立ち上がった。
「ふふん、これは3DCGを使った東京エリア全体の立体型の地図よ。司馬重工の令嬢、未織ちゃんからもらったものでね。結構重宝するのよ?」
「全体って……よく観測しましたね」
「まぁね。車に観測機つけていろんなところ乗り回してたらあっという間に終わったからそこまで疲れはしなかったけど」
「それでも車では入れないところもありますよね? 外周区とか」
「そのあたりは徒歩で行ったりしてたわ。手で持つ観測機持って行ってね」
夏世の質問に対し肩を竦めた零子は小さく笑っていた。そうこうしているうちに、モニタには東京エリア全体の地図が完全に表示され、事細かなビルの位置まで精巧に再現されていた。
「まぁ内部まではさすがに無理だけど、外側だけならこんな感じね。それで、これにデータを打ち込むと……」
零子は手元のキーボードを弄り、今夜二回目の会談が行われる高級料亭である『鵜登呂亭』の座標を入力していく。
すぐさまモニタに変化があり、料亭がズームアップされた。そして料亭を中心として円が描かれた。
「とりあえず料亭から半径三キロの位置を映し出してみたわ。あとは美冬ちゃんにがんばってもらって狙撃ポイントを割り出すってこと」
そういいながら零子は壁にかけてある時計を見る。既に時刻は午後七時。そろそろ会談へ向けて蓮太郎たちが出発した頃だろう。
そして夜七時半ごろ、移動中の車内には蓮太郎と延珠。そして、負傷した凛の代理として配属された杏夏の姿があった。
「なるほど。凛さんにそのようなことがあったのですか」
「はい。ですので今回は私が聖天子様をお守りするために来ました」
車内で聖天子に対し軽く会釈をした杏夏に対し、聖天子も「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「なぁ杏夏。二人はいまどの辺なんだ?」
挨拶を終えた杏夏に蓮太郎が問うと、懐からトランシーバーを取り出した杏夏が外で走っている美冬に聞いた。
「美冬。いまどのあたり? オーバー」
『もう料亭が見え始めました。あと三分もしないうちに到着しますわ。オーバー』
「りょーかい。料亭近くまで行ったら作戦通りにね。オーバー」
『わかりましたわ』
美冬が行ったのを確認すると杏夏は蓮太郎のほうを見た。
「だってさ」
「だってさって……。結局何をするんだ? 二人を先に行かせたりして」
「あぁその辺はまだ説明してなかったね。二人を先に行かせたのは地形を美冬に完全に把握してもらってティナちゃんがいるポイントを探し出すためだよ」
「だからそれはどーやってやんだよ」
蓮太郎が問うと同時に、聖天子もまたその意図を聞きたそうに小首をかしげていた。
杏夏はそれに対し小さく笑うと美冬がやろうとしていることの説明を始めた。
「美冬のイニシエーターとしての能力は戦闘向きでもあり、戦闘向きでない能力でね。いわゆる超音波を出せるんだよ」
「超音波? じゃあまさかあの子のモデルって夏世と同じイルカとかなのか?」
「ううん、違うよ。美冬のモデルはバット……すなわちコウモリ。ここまで言えば美冬が何をしようとしているかは見当がつくよね?」
杏夏の言葉に対し、蓮太郎はハッとしてそれに答えようとするが、そこで聖天子が答えた。
「反響定位……エコーロケーションですか?」
「正解です聖天子様。そう、美冬はそれが出来るんです。通常コウモリの反響定位の範囲はそこまで長くないですが、ガストレアウィルスの影響なのか、美冬の超音波が届く範囲は最大で五キロまで到達します。本人曰くまだまだ成長しているらしいです」
「五キロ……ってことはティナの狙撃ポイントがその範囲内であれば」
「うん。確実に索敵可能ってわけ。細かい位置の割り出しは事務所の方で社長と夏世ちゃんがやってくれるよ」
ニヤリと笑った美冬に蓮太郎は驚いていたが、そこで延珠が彼の袖を引っ張り首をかしげた。
「蓮太郎。その、えこーろけーしょんとは一体なんなのだ?」
「あぁ、そうだな。えっと超音波って言う人間には聞き取れないぐらいの音を出して、その音が跳ね返ってきた音を聞いて、障害物とかがどのぐらいの位置にあるのかを割り出す能力だ。動物で言えば今言ったコウモリやイルカ、クジラとかが出してるな」
「ふむぅ……よく分からんがとにかく敵の位置を見つけ出せるってことか!?」
「まぁそんな感じだ」
延珠は蓮太郎の説明に若干興奮したような面持ちで「すごいなー」などと言っていた。すると、杏夏のトランシーバーから今度は摩那の声が聞こえてきた。
『あーあー、杏夏ー聞こえるー? オーバー』
「聞こえてるよー。着いたの? オーバー」
『うん。今会談をするりょーてーの屋根の上にいるよ。 オーバー』
「わかった。じゃあ美冬に『もうやっていいよ』って伝えてね。オーバー」
『りょーかいしましたー。オーバー』
摩那は言うとあちらから電源を切った。それとほぼ同時にフロントガラスに料亭が小さく見えてきた。
杏夏との無線を切った摩那は携帯を出しながら、大きく深呼吸をしている美冬に声をかけた。
「美冬ー。杏夏がやっていいってさー」
「わかりましたわ」
摩那に返答した美冬は肺の中の空気を一気に吐き出した後、胸が膨らむほど大きく息を吸い込んだ。
……せーのッ!!
「――――ッ!!!!!!」
心の中で気合を入れた美冬は人間の可聴域では決して聞き取ることの出来ない超音波を放射した。
はたから見ればただ大口を開けて息を吐いているようにしか見えないが、今彼女の口からは凄まじいほど高い音が出ているのだ。
数秒間超音波の放射をしていた美冬は今度は耳を澄まして音が跳ね返って来るのに集中している。
「……摩那。見つけましたわ。あの大きなビルの屋上の右端に人影と銃のような形状なものが見られますわ。そしてもう一つ気になることがありますわ。何か球状のものが三つほど浮かんでいて、それと同時に虫の羽音なものもしますわ」
「きゅうじょー?」
「ボールのようなものってことですわ。凛さんに連絡をお願いします」
「りょーかい。もしもし凛ー?」
摩那が呼ぶと電話の向こうから凛の声が聞こえた。
『摩那。どこかわかったの?』
「うん。ここから一キロくらい離れてるおっきなビルの上にいるって。あとなんか気になることがあるんだってさ」
『気になること?』
「なんかボールみたいなのが三つ浮かんでるんだって。あと虫の飛ぶ音って感じの音も聞こえるってさ」
『虫が飛ぶ音……。わかった、後はこっちで何とかするから二人はそこで待機しててね』
「あいあいー」
摩那はちょっとおどけた風に返すが、彼女はビルの屋上を鋭い視線で睨んでいた。
「零子さん。料亭から見える一番大きなビルの屋上の右端にいるみたいです」
「一番大きなビルというと……ここかしらね」
摩那から伝えられた情報を凛が零子に告げると、彼女はパソコンを操作して情報を打ち込んでいく。
同時に狙撃ポイントであるビルの屋上の右端に赤い点が表示され、そこから料亭まで赤い点線が延びる。
すると、知れをみていた夏世が凛の袖を引っ張りながら問うた。
「先ほど虫の飛ぶ音とおっしゃっていましたが何かあったのですか?」
「うん。美冬ちゃんがエコーロケーションをしたときに球状の三つの浮遊物と、虫の羽音みたいなのが聞こえたんだって」
「虫の羽音……そういえば以前もそのようなことを言っていましたね。もしかするとそれがティナ・スプラウトのありえない距離からの狙撃を成功させた能力の一つなんじゃないでしょうか?」
口元に手を当てて一際難しい表情を浮かべる夏世はさらに続けた。
「例えばその浮遊物はティナ・スプラウトの目のようなもので、そこから得られる情報をその浮遊物を通して見る事が出来ているのではないでしょうか。そしてそこから得られる情報を頼りに彼女は狙撃を行っている」
「じゃあまさか……」
「料亭のほうまでそれを飛ばしている可能性があります。さらに言ってしまえば彼女に対して車を乗り換える程度では意味がないのではないでしょうか」
夏世が言いきると、そばにいた木更も不安げな表情を浮かべ、凛も苦々しげに歯噛みした。
「零子さん!」
「あぁわかってる……!」
零子がそれを伝えようと手元のトランシーバーに手を伸ばそうとしたが、そこで彼女の携帯が鳴り響いた。
「えぇい! 何だこんなときに!! もしもし!? 菫ッ! 一体何のよう……!」
彼女がそこまで言ったところで零子は眉間にしわを寄せて下唇を噛んだ。
「あぁわかった……情報感謝する」
零子は大きくため息をつきながら携帯を閉じるとトランシーバーで杏夏に命令を下した。
「杏夏! 何が何でも聖天子様を車から出すんじゃない! 車の中にとどめて近場にある地下駐車場に連れて行け!!」
『えぇ!? で、でも会談はどうするんですか!?』
「知るか! 今は聖天子様の命を優先しろ! あと保脇とか言う嫉妬深いインテリ能無し護衛官がいようが無視して聖天子様を守り抜け!!」
『や、ヤー! わかりました!』
杏夏はあちらからトランシーバーの電源を落としたが、零子は無線機を放り投げ悔しげに歯噛みした。
「あちらの方が厄介なものを持っていたのか……まさか『シェンフィールド』とは」
彼女は悔しげにうめいた後、タバコに火をつけて落ち着きを取り戻そうとしていたが、3Dの地図上にはティナがいるポイントからの計算が終了し、弾丸が届くまでの時間と料亭までの距離が表示されていた。
料亭までの距離はおよそ1.5キロ、弾丸の到達は一秒という回避する暇のないほどの早さだった。
零子の怒号にも似た命令に杏夏が頷くと、先ほどまで蓮太郎に怒りをぶつけていた保脇の鼻柱に愛銃であるグロック17を突きつけて言い放った。
「アンタは黙ってなさいこのスカタン!! 運転手さん早く出してください! 延珠ちゃん窓の外を警戒して!」
「な、なんだと貴様ぁ! この僕に向かってそんな口を叩いていいとでも……!!」
「うるっさい!! 聖天子様が狙われてんのにアンタみたいなバカと話なんかしてらんないのよ!!」
保脇を一蹴した杏夏はスライドドアを無理やり閉めた。それと同時に前方のリムジンと杏夏達が乗ったバンが走り出すが、それとほぼ同時に延珠が叫んだ。
「杏夏! ビルの上が光った!」
延珠の声が蓮太郎たちに届いた瞬間。それは起こった。
前方のリムジンの天窓の辺りがティナが放ったであろう弾丸で割れたのだ。その影響でリムジンは大きく蛇行を始め、さらにもう一発リムジンのタイヤに弾丸が当てられ、リムジンは大きくスピンを始めた。
目の前で起こる光景にバンの運転手は呆然といった表情を浮かべていたが、そこでトランシーバーから摩那の声が響いた。
『杏夏! そのままとまらずに走り抜けて!! リムジンは私が何とかするから!!』
その声に杏夏たちがハッとするが、前方でスピンしているリムジンの上に摩那が降り立つのが見えた。
彼女はスピンを続けるリムジンのちょうど運転席のあたりの屋根を手に装着したクローで抉ると、中から気絶した運転手を引きずり出して最後にリムジンの回転を抑制するために車体を力強く蹴った。
その衝撃で先ほどまで自分達のバンにぶつかりそうになっていたリムジンの回転の速度が弱まり、バンが抜けるだけの隙間が出来た。
「運転手さん! アクセルめいっぱい踏み込んで!!」
杏夏が叫ぶと、呆然としていた運転手はハンドルを握りなおしアクセルを全開まで踏み込んだ。急にスピードが上がったことで全員が後ろに引っ張られるような感覚に晒されたが、何とかリムジンを抜けた。
「そこのビルの地下駐車場に入ってください!!」
運転手はそれに頷くと思い切りハンドルを左にきって地下駐車場に飛び込んだ。急なハンドル操作のためか車内にいた聖天子が窓に叩きつけられそうになるが、杏夏が彼女の腕を引っ張り盾になるように聖天子を抱きこみ、彼女の代わりに背中から窓に叩きつけられた。
車が停車し、車内には先ほどまでのパニックが嘘のように静まり返っていたが、その静寂を破るように聖天子が声をあげた。
「春咲さん! 大丈夫ですか!? 春咲さん!」
蓮太郎は思い切りたたきつけた背中をさすりながら聖天子と杏夏の方を見た。そこには目が虚ろで口を半開きにしてしまっていた杏夏がいた。恐らく先ほど聖天子を守ったとき背中だけでなく、頭も打って軽い脳震盪を起こしているのだろう。
「待て、聖天子様。多分頭を打ってんだろうからあんまり揺らさないほうがいい」
「は、はい。わかりました」
蓮太郎に言われた聖天子は顔を蒼白に染めつつも、気丈に振る舞って杏夏の手をギュッと握った。
蓮太郎はそれを一瞥した後、外の状況を見るため駐車場の隙間から外を見やる。外にはリムジンが横たわっており、エンジン部からは炎が上がっていた。
……なんて奴だ。こっちだってかなりの布陣で挑んだのにそれをものともしないなんて。
眉間に皺を寄せてティナがいるであろうビルの屋上を睨みつける蓮太郎だが、彼の袖を延珠が引っ張った。
「蓮太郎。妾があの狙撃手を追って来る!」
「追うって……行けるのか?」
「ああ! 妾だけならすぐに追える筈だ! だから行かせてくれ蓮太郎! 摩那や美冬が協力してくれたのにみすみす逃がせんだろう」
延珠は真剣な眼差しで蓮太郎を見上げる。
蓮太郎もそれに頷くと延珠の肩を持って告げた。
「わかった。行って来てくれ延珠! 但し、危ないと思ったらすぐに戻ってくるんだぞ!」
「わかった! じゃあ行ってくるぞ!」
延珠は駐車場から飛び出しティナを追跡しに行った。
蓮太郎は一抹の心配を覚えつつも、先日行ったゴム弾での訓練で延珠が全ての弾丸の軌道を読み自分の銃を蹴り上げたことや、最初にティナの狙撃を足で踏みつけたことを思い出して心の中で何度も「大丈夫だ」とつぶやいた。
「春咲さん! あぁよかった……」
駐車場のほうから聖天子の安心した声が聞こえ、蓮太郎もそちらに戻る。
車の中では杏夏が頭を抑えながら意識を覚醒させるように何度も目を瞬かせていた。
そして完全に意識が覚醒した彼女は延珠がいないことを疑問に思ったのか蓮太郎に問うた。
「蓮太郎。延珠ちゃんはどこか行ったの?」
「あぁ、今ティナを追いに――」
蓮太郎がそこまで言ったところで杏夏が焦ったように立ち上がって蓮太郎に告げた。
「ダメだよ! 今すぐに延珠ちゃんを戻して蓮太郎!! 殺されちゃうよ!」
「えっ?」
「今さっき零子さんに聞いた話だと……あの子……ティナちゃんの序列は九十八位。あの蛭子影胤よりも上なんだよ!! 今の延珠ちゃんじゃ相手にならない!!」
九十八位という数字に蓮太郎は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。同時に彼はすぐさま携帯を取り出して延珠の番号にかける。
……頼む頼む頼む! 出てくれ、出てくれ延珠!!
携帯を握りつぶしてしまいそうなほど手に力をこめた蓮太郎だが、そこで電話がつながった。
「延珠! よかった……!! いいか、よく聞けよ延珠、今すぐティナの追跡をやめて戻って来い!! 作戦を立て直すぞ!」
蓮太郎は焦りから来ているのか早口で言い切ったが、帰ってきたのは無慈悲なまでの沈黙だった。
「お、おい。延珠? なに黙ってんだよ返事しろよ……おい! 延……!」
怪訝な表情をしたまま蓮太郎は携帯の画面を見るが、そこからは何も帰ってこない。帰ってくるのは痛いほどの沈黙。そして恐怖だった。
「まさか……お前、ティナなのか?」
茫然自失といった表情で両膝をガクリと折って地面につけた蓮太郎だが、それに答えるようにブツッという音がなり、今度は不通話音がなり始めた。
……うそだろ。ティナが携帯を持っていたって事は延珠はどうなったってんだ!? まさか殺された……?」
「延珠が殺されたって言うのかよ……」
蓮太郎は乾ききった喉で微かにつぶやき頭を左右に振った。
押しつぶされそうなほどの絶望の中、それを見ていた杏夏がトランシーバーを持って叫んだ。
「摩那ちゃん!! 今すぐティナちゃんを追って!!」
『え? なんで急に』
「お願いだから追って摩那ちゃん!! 延珠ちゃんが……延珠ちゃんが……!!」
そこから先を杏夏は言葉にすることが出来ず、彼女は瞳から涙を流し、それを見ていた聖天子も目じりに涙をためていた。
するとその状況から全てを悟ったのか、摩那は言い放った。
『わかった! 私が絶対に延珠ちゃんを連れ戻すよ!!』
その言葉を最後に摩那からの連絡はなくなった。
杏夏はトランシーバーを握り締めながら祈るようにつぶやいた。
「お願い……摩那ちゃん……!!」
しかし、翌日まで延珠はおろか、同じく追跡しにいった摩那からも連絡が入ることはなかった。
はい今回は延珠がやられたところですね。
しかし、何かとハイテクな黒崎民間警備会社……w
ですがティナのシェンフィールドはそれの上を行ってしまったということですねぇ。
まぁ四賢人が作ったんだから当たり前ですか……。
美冬のモデルはコウモリということにしました。
決してトリコのゼブラのアレを想像したわけじゃないよ! 本当だよ!
では感想などあればよろしくお願いします。