ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第十八話

 暴力を振るわれていた少女を助けた翌日、凛は摩那と共に勾田大学付属病院の地下室、室戸菫の城に足を運んでいた。

 

「やぁ、一ヶ月ぶりだね凛くん。そして君とは始めましてだね、天寺摩那ちゃん」

 

「はい。はじめまして室戸菫さん」

 

「うん、礼儀だ正しい子だ。私は君のような子は大好きだよ。死体になったときも可愛いだろうね」

 

 菫は瞳に怪しい光を灯し、鼻息を荒くしながら摩那を見ていたが凛がそれをため息をつきながらも止めた。

 

「菫先生。その辺にして置いてください摩那が怯えてます」

 

「おおう、それは残念。しかしまぁ君の顔はいつ見ても綺麗だね凛くん。昨日来た不幸面の蓮太郎くんとは月とスッポンだ。死ぬときはその顔は傷が付かないように死んでくれよ」

 

「善処します。それで、今日僕たちを呼び出した理由は?」

 

 凛が問うと菫は一度頷きビーカーにコーヒーを注ぎ机の上を滑らせて二人の元に運んだ。

 

「まぁ飲みたまえ」

 

「どうも」

 

 凛と摩那はそれぞれビーカーを受け取り適当な位置にあったパイプ椅子に腰を掛ける。

 

 それを確認した菫は二人のほうを見据えて先程よりも声のトーンを下げてつげるた。

 

「君達は蓮太郎君達と組んで聖天子様の護衛任務についているそうじゃないか」

 

「そうですけど……もしかして、狙撃のことも聞きましたか?」

 

「ああ。昨日蓮太郎くんに聞いているしな。まぁそれはいいとして、今回の敵は狙撃手らしいじゃないか。君的には勝てそうかい?」

 

「勝てるとは思います……しかし、ちょっと気になることが」

 

「狙撃手がイニシエーターではないかという話か。今日の夜零子と話すことになっているが……事件の概要を大まかに教えてはくれないかい?」

 

「分かりました」

 

 凛は頷くと昨日零子と話し合ったことも踏まえて事件が起こった状況と、狙撃手の狙撃ポイント、風、天候などを菫に説明した。

 

 それらを頷きながら聞いた菫は時折口元に手を当てて考えているようだった。因みに摩那は大して興味がないのか部屋をものめずらしそうに見回していた。

 

「なるほどな、確かに話を聞く限りでは普通の人間に出来る芸当ではなさそうだ。だが君的にはまだ何か引っかかっているんだろう」

 

「……菫先生、イニシエーターを機械化兵士のようにすることって可能なんですか?」

 

「理論上は可能だ。しかし、そんなことをすれば再生能力などが著しく下がって死に至る。我々四賢人とてそんなことは――」

 

 その瞬間、菫が口をつぐみ一際真剣な表情になった。彼女は立ち上がると口元に手を当てながらブツブツとつぶやき始めた。

 

「……待てよ……まさか四賢人のうちの誰かが……いや、まさかそんなことは……」

 

「菫先生?」

 

「ん、あぁいやすまない。少し考え事をな……ではそろそろこの話はお終いにしよう。今日君たちに来てもらったのは主に摩那ちゃんに質問があるんだ」

 

「私?」

 

 コーヒーに口をつけて苦そうにしていた摩那が急に指名されたことによりピクンと動いた。

 

 菫はそれに頷くとバインダーにはまっている資料を眺めながら摩那に問う。

 

「摩那ちゃん。君は延珠ちゃんと同じくスピード特化型のイニシエーターだが最近戦っていて何か壁にぶち当たっているような感じはないかい? 例えば足がこれ以上速くならないとか」

 

「うーん……そう言われても最近本気で走ってないからなぁ。けど、体に変なとこはないし、多分出そうと思えばもっと行ける筈だと思うよ」

 

「なるほど、成長中というわけか。まぁそれだけだあまり気にしなくていいよ」

 

 菫はバインダーを適当に放り投げると肩をすくめてふと疑問に思ったように凛に問うた。

 

「そういえば話を聞く限りではかなりその犯人は情報収集能力に長けているようだな」

 

「ええ、だからこちらも気をつけないと……」

 

 凛がそこで言葉につまり、菫もそれの意図を感じ取ったのかハッとした。

 

「マズイな、そうなってくると聖天子様を護衛しているのが護衛官だけでなく君たち民警というのもあちらは割り出している可能性がある。そして、真っ先に狙われるとすれば異例の序列アップを果たした蓮太郎くんたち天童民間警備会社が狙われる可能性が強い。木更が危険だ」

 

「菫先生、僕と摩那はこれから天童民間警備会社へ向かいます。零子さんには先生が連絡しておいてもらっていいですか!?」

 

「ああ、かまわん。早く行け!!」

 

 菫に送り出され、凛と摩那は一気に地下室から外に駆け上がるとそのまま天童民間警備会社を目指した。

 

 その途中凛は蓮太郎に連絡を取り蓮太郎と延珠も会社へと向かわせた。

 

 ……木更ちゃん!

 

 心の中で妹分の心配をしながらも凛と摩那は天童民間警備会社へ向けて疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が遠くの高層ビルに沈んでいく様を見ながら、大きなカーキ色のガンケースを持ったティナは自身の主と話していた。

 

「マスター、なぜ今回天童民間警備会社を先に潰そうと思ったのですか?」

 

『お前が気にすることではない。お前はただ任務を完遂すればいいだけのことだ』

 

「申し訳ありません。では黒崎民間警備会社についてお聞きしても?」

 

『あぁ、それは教えておこう。社長の名は黒崎零子、年齢は不詳でその他の情報もすべて抹消されていて名前程度しか分からなかった。社員はイニシエーターを含め四人……いや、最近一人配属されたようだから五人だな。また、所属する民警の序列はどちらも千番を超えている。しかしお前には取るに足らん相手だろう。そこまで気にする必要もない』

 

「わかりました、ではその二組のうちのどちらかが先日いた民警の内のどちらかということですね」

 

『そういうことだ』

 

 主がそういい終えるとほぼ同時とも言っていいだろうか、ティナの視線の先に天童民間警備会社と書かれた看板が見えてきた。

 

「マスター、標的が確認できたので話は後ほど」

 

『ああ』

 

 ティナは交信を終了して滑るような動きで建物内へと入っていく。一階二階の店舗を無視して三階にある天童民間警備会社を目指す。

 

 得物であるガトリングガンはバレルを極限まで切り詰めているので移動の邪魔にはなっていないものの、やはり重いものは重い。

 

 しかし、彼女は与えられた任務をただ完遂するために標的がいる室内へ入り込んだ。

 

 窓の近くにある大きな机には天童木更と思われる女性が書類を整理していたが、誰かが入ってきたことが分かったのか目を閉じて仏頂面でぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

 おそらく別の誰かと勘違いしているのだろう。

 

 その好機をティナが見過ごすわけがなく、彼女は低いトーンで告げた。

 

「……貴女が天童木更ですね?」

 

「え……?」

 

 この瞬間、木更はやっと入ってきた人物が自分が想像していた人物ではないと悟りそちらに眼を向けるが、それとほぼ同時にティナがガトリングガンの砲身を向けて冷徹な声音で言い放った。

 

「お覚悟を」

 

 その言葉と共にティナの細い指がトリガーボタンを押し込んだ。そして動力によって稼動する回転銃身がスピンを始め、次の瞬間には堰を切ったように耳障りな轟音が響き、ガトリングガンが火を噴いた。

 

 それに木更がしゃがんで回避行動を取るのとほぼ同時とも言っていいだろうか、ティナの顔が驚愕に染まった。

 

 彼女の視線の先には一人の白髪の青年がいた。年は十九位だろうか。いや、そんなことを想像している場合ではない。なんと彼は窓の外にいたのだ。

 

 ……どういうこと? ここは三階のはず。

 

 確かにここは三階だ。イニシエーターならまだしも普通の人間が跳躍してここまで飛んでくることなど不可能だ。ならばどうやって来たと言うのか。

 

 ティナがそんなことを考えている中窓の外にいる青年が腰に差した日本刀を抜き放ち窓と壁を断ち切った。

 

 途端窓がフロアに落ちて割れる音がするが、ティナは彼が次にとった行動が信じられなかった。

 

 彼は一瞬で先ほどまで木更がいた机の前に躍り出ると、向かってくる弾丸の雨をその黒い刀身の日本刀で弾き出したのだ。

 

 ティナはそれを目撃した瞬間驚きもそうだが、無理だと悟った。

 

 ガトリングガンは鏖殺兵器とも呼ばれている。それは一秒間に百発の弾丸を打ち出すこの銃にふさわしいなと言えるだろう。

 

 そんな化け物じみた銃の弾丸をすべて防ぐなど、神技、奇跡としか言いようがない。

 

 ティナからすれば飛び込んできた青年はただの無謀なバカとしか言いようがなかったが、彼女は目の前に広がる光景に息を呑んでしまった。

 

 なんと彼は弾丸を弾いているではないか。しかし、全てではない、自身と背後にいる木更に当たることのない弾丸にはふれず、自分達の致命傷になるであろう弾丸だけを払い、斬り落としていたのだ。

 

「……そんな」

 

 馬鹿なこと。と、ティナが言いかけるとティナは目の前で神技をやってのける青年に見覚えがあるのを思い出した。

 

 凛とした顔立ちに通った鼻筋、特徴的な白髪は彼女の脳内の記憶から簡単に今目の前にいる人物を特定することが出来た。

 

「断風さん……?」

 

 彼女がつぶやいたとほぼ同時に事務所の扉を突き破って新たな敵が乱入してきた。

 

「天童式戦闘術二の型十六番――――ッ!! 隠禅・黒天風ッ!!」

 

 その声と共に放たれた攻撃をティナは上半身のばねを使って回避するが、その頬をチッと音をたてて回し蹴りが過ぎていった。

 

 ティナはバク天しながら十分距離を開けると新手の顔をうかがう為に顔を上げる。

 

 途端、凛を見たことによって今にも泣いてしまいそうな顔だったティナの顔がさらに悲しげにゆがんだ。

 

 

 今目の前にいるのは自身が東京で最初に言葉を交わして、先日もたこ焼きを食べさせてくれた白髪の青年、断風凛と、その面倒くさげな表情からは到底想像もできないようなお人よしで、ティナ自身心を許してしまっていた人、里見蓮太郎だった。

 

 彼女は喉から漏れそうになった嗚咽を何とか押しとどめると、悲鳴にも似た声で二人に向かって叫んだ。

 

「どうしてッ! どうして貴方達が私の前に立ちはだかるんですかッ!! ――断風さん!! 蓮太郎さん!!」

 

 

 悲痛な叫びは事務所に響き、凛と蓮太郎の鼓膜を揺らした。

 

 蓮太郎も自身の目の前で悲しげに顔をゆがめるティナに対する衝撃を抑えられないでいた。

 

「……どうしてお前が」

 

 自分でもよくこんな低い声が出たものだと思った蓮太郎であるが、目の前にいるティナは俯いて下唇を噛んだ後言いたくなさげにポツリを言った。

 

「暗殺の邪魔になるからです」

 

「……そうか、じゃあお前が」

 

 このやり取りだけで蓮太郎は直ぐに分かった。この少女、ティナこそが聖天子を襲った狙撃手であると。

 

 蓮太郎は悔しげに目を閉じて歯をかみ締めると大きく深呼吸し、自身が今するべきことを再確認する。

 

 だがそのとき、今まで黙っていた凛がティナの真横に一瞬にして移動すると冥光を乱雑に振りぬいた。

 

 ティナはそれをガトリングガンを盾にすることで防いだが、あまりの強さと体格差の力に押し負けて凛が作った窓の穴から外に放り出されてしまった。

 

 空中でガトリングガンを木更に向けようとしたが、先ほどの攻撃の影響でバレルが大きくへこんでおり、弾丸を撃てば暴発することは明白だった。

 

 彼女は撃つ事はあきらめ、そのまま重力に従い三階から落下し、下に停めて会った車の上に着地すると眼にも留まらぬ速さでその場から離脱した。

 

 彼女の目じりには光るものがあり、それは夕日に反射してオレンジ色に光っているように見えた。

 

 その姿を穴が開いた窓から見送った凛は冥光を鞘に収めて呆然としている蓮太郎たちに向き直った。

 

「ごめん、今のはわざと逃がした」

 

「……いや、凛さんを責めるつもりはねぇよ。アンタには木更さんを守ってくれた礼もある」

 

「ええ。ありがとうございました、凛兄様。おかげで命拾いしました」

 

 深々と頭を下げる木更に凛は安心したように頷くと、急にその場に座り込んでしまった。

 

「蓮太郎くん……悪いけど、病院まで運んでくれる? どうやら一発ぐらいもらっちゃったみたいだ」

 

 その言葉にハッとした二人が眼をやると確かに凛の左肩には銃創があり、ぽっかりと穴が開いていた。傷口からは血があふれていた。

 

「里見くんタオル!! それと包帯!!」

 

「お、おう!」

 

 木更がすぐさま蓮太郎に命じると、彼は救急セットと清潔なタオルを取りに行った。

 

「とりあえずここで応急処置だけします。……もう、無理しすぎですよ兄様」

 

 潤んだ瞳で凛を睨む木更だが、彼は小さく笑うと右手で彼女の頭を撫でた。

 

「……ごめん、ちょっと無理しすぎたよ。けど、妹分である木更ちゃんを守るのが僕が出来る唯一のことだからさ」

 

 「ハハ」と軽く笑いながら言う凛であるが、木更の眼には涙がたまっており今にも泣き出しそうだった。しかし、彼女はそれを服の袖で乱雑に拭うと、蓮太郎が持ってきたタオルで傷口を綺麗に拭き、これ以上血が流れ出ないようにきつく止血をした後、延珠と摩那を呼んで凛を病院まで運んだ。

 

 道中、零子にも連絡を取り五人が病院に到達したのはもうとっぷりと日が暮れた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 凛が担ぎ込まれてから三時間が経過した。

 

 すでに凛の傷口の縫合は終了しており、凛はベッドの上で横になっており、彼の周りには皆が顔を合わせていた。

 

「いやー、ちょっと無理しすぎましたねぇ」

 

「まったくよ、ガトリングガンの弾丸を弾こうとするとかさすがにきついでしょうに」

 

 零子は呆れ顔でやれやれと首を横にふり、その隣では杏夏がべそをかきながら美冬と夏世に慰められていた。

 

「凛さん、杏夏をなかせないでくださるかしら?」

 

「全くですね、女性を泣かせるとか……この女たらし」

 

「それはもう本当にごめんなさい……。でも夏世ちゃん、女たらしはなくない?」

 

 美冬の絶対零度のまなざしにさすがの凛も何度も頭を下げていたが、夏世の女たらし宣言には首を横に振っていた。すると、零子が皆に告げた。

 

「さて……じゃあちょっと三人で話がしたからみんな少しの間出ててくれる? ここまで運んでくれた天童社長と蓮太郎くんもいいかしら?」

 

「はい。では凛兄様安静にしていてください」

 

 木更が頭を下げると、それを皮切りに皆ぞろぞろと病室から出て行った。そして、摩那と零子が残ったところで零子が小さくため息をつきながら椅子に座った。

 

「『力』がまだ戻っていないのにあんな無茶するから怪我するのよ?」

 

「だよねー。社長もっと言っちゃっていいよ。凛ってば無理しすぎだもん」

 

 ベッドの端に腰掛けていた摩那も頬を膨らませていたが、凛はそれに俯きながら頭を下げた。

 

「それは……すみません。けど、どうしても木更ちゃんを助けたくて」

 

「それは分かるけど、もっと他の助け方を考えなさいな。……まぁいいわ、それで敵のこの名前は分かったの?」

 

「……はい。名前はティナ・スプラウト」

 

「ティナ・スプラウト……どこかで聞いた名前ね……」

 

 零子は顎に指を当てて考え込んでいたが、結局思い出すことが出来なかったのか小さくため息をついた後立ち上がって摩那に告げた。

 

「それじゃあ面会時間も過ぎてることだし帰りましょうか。摩那ちゃんは今日杏夏ちゃんのところに泊まることになってるから」

 

「分かりました。摩那、杏夏ちゃんに迷惑かけないようにね」

 

「わかってるよー。凛もさっさとそれ直してよね!」

 

「明日には退院できるから大丈夫だよ」

 

 凛は二人に手を振り、二人も凛に軽く手を振った後病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 

 既に夜中の二時を回った頃、凛の携帯がなった。

 

 彼はおもむろにそれを取ると携帯の画面を見る。見たことのない番号だ。

 

 しかし、凛にはそれが誰か分かっているのか自然な動きでそれに応答した。

 

『……こんばんは、断風さん』

 

「やぁこんばんは、ティナちゃん」

 

 電話の相手は天童民間警備会社を襲撃し、聖天子を狙撃しようとした張本人、ティナ・スプラウトだった。




凛くん負傷!
まぁそこまで大きな怪我ではありませんが……蓮太郎くんだって小比奈にお腹ザクザクされたし肩ぐらい……ねぇ?w
今回は木更さん守ったりしてましたし、ハンデ的な?
それに最後のほうで零子さん言ってますもんね、『力』が戻ってないのに~って
凛君のまだ分からぬ力フラグ建ったし!!(震え声)

因みに本編補足としては、凛が三階まで跳べたのは下で摩那が蹴り上げたことによる力です。

では感想などあればよろしくお願いいたします

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