ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第十六話

 聖天子護衛任務の当日、凛と摩那、蓮太郎と延珠のペアは揃って聖天子の乗るリムジンに乗り込んだ。

 

 リムジンはとても豪華なものであり、以前凛が未織と乗ったリムジンよりも豪華さが際立っていた。

 

「広ッ!? 車ん中めっちゃ広いよ凛!!」

 

 乗り込んだ瞬間摩那が興奮しながら目を白黒させているが、聖天子は特に気にした様子もなくいつもの笑みを浮かばせていた。

 

「摩那。今日は遊びに行くんじゃないからもう少し落ち着いてね?」

 

「わかってるよー」

 

 摩那はそういうと先に乗車した延珠の隣に腰掛け、またしてもアニメの話に花を咲かせていた。それに軽く溜息をついた凛は既に座席についている聖天子に頭をさげた。

 

「騒がしくしてしまって申し訳ありません、聖天子様」

 

「いいえ、子供らしくてとてもいいと思います」

 

 彼女は凛に笑いかけると手で凛に座るように促した。凛もそれにうなずくと摩那の隣に腰掛ける。

 

「では行きましょう」

 

 凛が座ったことを確認した聖天子は運転士に告げた。それに呼応し、リムジンは非公式会談の目的地に出発した。

 

 揺られること凡そ二時間、特にこれと言った話もなく、会談が行われる地上八六階建ての超高層ホテルに到着した。

 

 まず先に凛が一歩外に出て周囲に危険がないかを確認する。車内から車外へ出るときと言うのはしばしば暗殺などに使われることもある。それを警戒しての行動だ。

 

 ……まぁ他にもこれだけ護衛官がいる中でそんな馬鹿なことをする暗殺者はいないと思うけど。

 

 既に周囲には保脇達護衛官が展開しており、ネズミ一匹入ることは不可能だろう。保脇は凛を睨んでいたが、凛はそれを気にした風もなく今度は回りに立ち並ぶ高層ビルを零子から渡されたスコープで見回す。

 

 暗殺の方法は何も一つではない。遠方からの狙撃も一つの手だ。古今東西世界の要人たちの中には銃での狙撃事件で命を落とした者も多い。アメリカの第三五代大統領である、ジョン・F・ケネディも遊説先であるテキサス州ダラスで銃により狙撃され殺害されたのは有名な事件だ。

 

 周囲には背の高いビルが立ち並んでいるため狙撃手がいてもおかしくはないが、どうやら今はいないようだ。

 

 凛はそれに頷くと、聖天子に手を差し伸べた。

 

「周囲に問題はありません。出てきても大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 聖天子は凛の手を借り車外へ姿を現した。一瞬保脇の方から妬ましいそうな視線を感じたが凛はそれに振り向きもしない。

 

 ウェディングドレスを彷彿とさせる純白の礼装をはためかせながら聖天子はホテルへと向かう。その後に続き凛と、車から出てきた蓮太郎が彼女の後ろへ付こうとするが、車内から摩那と延珠が二人を呼び止めた。

 

「蓮太郎、お仕事がんばってくるのだ」

 

「凛ー。失敗しちゃダメだよ」

 

 窓から身体を乗り出して二人を応援する少女達に凛と蓮太郎は頷くと、先を行く聖天子を追いかけた。

 

 すると、蓮太郎が聖天子の背に問う。

 

「なぁ聖天子様。延珠や摩那を連れて来なくてよかったのか?」

 

「子供が元気なのはよろしいですが、こういった真面目な場では子供を連れて行くわけには行きませんから」

 

 即答に蓮太郎は「やれやれ」と言ったように肩を竦めて見るが、聖天子はそのまま回転扉をくぐりホテル内へと進んでいく。

 

 ホテルに入ると、オーナーであろう男性が聖天子の登場にブリキのオモチャのようにカクカクとした動きで挨拶すると、手に持っていた鍵を彼女に握らせる。

 

 聖天子はそれに微笑みながら軽く会釈をすると、オーナーの男性は額に僅かに汗を滲ませながら礼を返した。

 

 エレベーターに乗ると聖天子が凛に鍵を渡し、凛はそれを鍵穴にさし込み本来表示されないはずの最上階を押した。

 

 やがてエレベーターが動き出しアンティーク調のインジケーターがカチカチとなりながらエレベーターは最上階を目指す。

 

「そういえば思ったんだけど……聖天子様って斉武大統領と会ったことあるんでしたっけ?」

 

「いいえ。私は一度も会ったことはありません。ですので、里見さんなら知っているかと思ったんですが……」

 

 聖天子は蓮太郎のほうを見やる。凛もそれと同じように彼を見ると、蓮太郎は小さく溜息をついて話し始めた。

 

「……あぁ。俺が天童の家にいた時は菊之丞(クソジジイ)が俺を政治家にしようと目論んでたからな。よくパーティに連れ回されて、いろんな政治家に会ってその時斉武と会った事もあった。結構前の話だけどな」

 

「なるほど……。ではもう一つお聞きしたいのですが、里見さんから見た斉武大統領とはどんな人なんですか? 菊之丞さんに聞いてみても露骨に不機嫌になってしまって話してくれなくて……」

 

「あ、それは僕も聞いておきたいかな。どんな人なんだい?」

 

「アドルフ・ヒトラー」

 

「「は?」」

 

 突拍子もない発言に凛と聖天子は思わず間の抜けた声を上げてしまった。すると聖天子はまぶたの辺りを少し押さえながらもう一度蓮太郎に問うた。

 

「えっと……冗談ですよね?」

 

「こんな時に冗談言ってどうすんだっての。まんまだよ、歴史上の人物に表せば一番しっくり来るのがヒトラーだ」

 

 聖天子はそれにまたしても驚いてしまったようで、いつもの彼女では絶対に見られないような表情をしていた。

 

 その時、凛はアドルフ・ヒトラーと表された斉武のことを思い返していた。

 

 ……確か零子さんの話だと……。

 

 凛は先日零子が話していたことを思い出す。

 

『斉武宗玄と言う男はかなり大阪エリアの市民に恨みを買っているようでな。既に即位してから十七回も暗殺されそうになっているらしい。まぁネットで調べればすぐわかることだが、アレだけ重い税金をかけられれば誰だって怒りたくなるだろうさ。

 因みに言っておくと、他のエリアの統治者は皆かなりの野心家だ。荒廃期からたった一代でエリアを再興させた極めつけの奴等だからな。その中でも斉武はかなりの危険人物だと聞く。会うときはそれなりに警戒しておけよ』

 

 零子が言っていたことと今現在蓮太郎が言っていたことを重ね合わせた凛は聖天子に零子と似たようなことを説明している蓮太郎を見た。

 

 ……なるほどね、蓮太郎君も警戒してるわけだ。

 

 蓮太郎は特に聖天子に説明しているようにも見えるが、彼の声は自らにも言い聞かせているように聞こえた。

 

「大体理解できました。ありがとうございます里見さん」

 

 そう告げた聖天子は自身の両隣に控えている凛と蓮太郎を見ると少しだけ不安げな面持ちで見つめた。

 

「お二人とも、私の傍を離れないでください」

 

「了解しました」

 

「へいへい」

 

 凛は礼儀正しく会釈をしたが、蓮太郎は若干気だるそうに返事をしたため、聖天子はムッとした顔で蓮太郎の鼻先に人差指をつきつけた。

 

「……それと里見さんはかなり短気なので、もしもの時は凛さん。組み伏せてくれて結構です。あと『ざけんじゃねぇよ』や『うっせぇよ』などの言葉遣いをしたときも殴り倒してくれて構いません」

 

「聖天子様の御心のままに……」

 

「おいおいおい! 凛さんもなに了承してんだよ!? まさか本当にやるつもりなのか?」

 

「依頼主の命令は絶対だからこればっかりはねぇ。まぁ蓮太郎君がそういうことをしなければ何もしないからさ」

 

 凛はにこやかに言っているものの、蓮太郎からすればその笑顔がとてつもなく恐ろしく背筋に悪寒が走った。

 

「……しねぇよ。でも、向こう側が突っかかってきたらやるかもしれないけどな……」

 

 蓮太郎は自分にしか聞こえない声で呟くとそのまま最上階を睨む。

 

 やがて最上階へ到着したエレベーターの扉が重厚な音を立てて扉が開いた。同時にエレベーターに乗っていた三人は目の前に広がった光景に思わず息を呑んだ。

 

 まず最初に飛び込んできたのは空だった。最上階はドーム上になっているようでそのドームには六角形の窓ガラスが張り巡らされており、一寸の曇りもない。

 

 エレベーターの横に控えていた斉武の護衛と思われる男性が三人の登場に頭を下げる。聖天子はそれに頭を下げると、部屋の真ん中でこちらに背を向け、ペーパーディスプレイに視線を落としていた白髪の男性が立ち上がりながらこちらに振り向いた。

 

「はじめまして、聖天子様」

 

 男性は聖天子に挨拶をしたが、隣にいる蓮太郎に気がついたのか急に声のトーンを低くした。

 

「……隣にいるのは天童のもらわれっ子か」

 

「テメェこそまだ生きてたとはな。いい加減誰かに暗殺されて死ねよジジイ」

 

 その瞬間、聖天子が隣にいる凛に声をかけようとしたものの、その行動は男性の怒号によって止められた。

 

「口を慎め民警風情が! ここをどこだと心得ている!」

 

 聖天子はそれにビクッと肩を震わせ、目の前にいる男性を見る。

 

 彼等の前にいる男性は白髪で髭が髪とつながっており、まるでライオンを思わせる風貌だ。眼光は歳の割りに鋭く、相手を威圧するような長身である。顔色からも全く老いを感じさせない出で立ちで、たっているだけでかなりの威圧感がある。彼こそが、天童菊之丞のライバルであり、多くの政治家達を闇へと葬ってきた老獪、斉武宗玄だ。

 

 凛は目の前にいる斉武を見据えるとその風貌を理解するように数度頷いた。

 

 ……なるほどねぇ。確かに菊之丞さんとライバル関係がありそうな感じだ。

 

 そんなことを思っていると、聖天子が凛の服の袖を引っ張った。蓮太郎を止めろということなのだろう。しかし、凛は彼女の手を握ると軽く耳打ちをした。

 

「……大丈夫ですよ聖天子様。あれは斉武大統領が蓮太郎君を試しているだけですから……」

 

「……そうなんですか?」

 

「はい。その証拠にそろそろ終りますよ」

 

 凛が言うと同時に斉武の方が口を吊り上げ小さく笑った。蓮太郎を合格と見たのだろう。すると斉武は凛の方をその鋭い眼光で見据えた。

 

「貴様は見ない顔だな。聖天子様の護衛官か?」

 

「いいえ、僕はそこの彼と同じ民警です」

 

「……」

 

 斉武は凛を頭から足先まで眺めた後納得したように頷くと、聖天子にソファに座るよう勧めた。彼女もそれに頷くとガラステーブルを挟んだソファに斉武と向かい合うように座った。

 

「蓮太郎、貴様ステージⅤのガストレアをレールガンモジュールを使って撃破したらしいな」

 

「だったらなんだってんだよ」

 

 そこで斉武が口を開こうとするが、凛がそれを遮るようににこやかに告げた。

 

「あのレールガンは本来月面に設置して地上にいるガストレアを掃討する為の兵器。貴方はそれを蓮太郎君が壊してしまったことに苛立っているわけですね。斉武大統領」

 

「……ほう。貴様、中々わかっているようだな。そうだ、俺が言いたいのはそういうことだ。いいか? 戦争と言うのは制空権を取ったほうの勝ちだ。丘から弓を放った方の勝ち、空から戦闘機で爆弾を落としたほうの勝ち、衛星で敵の情報を盗んだ方の勝ち。と言うようにな」

 

「ですが、貴方の性格からしてガストレアを掃討した後もレールガンを使いそうですね。……例えば自身に従わないエリアを破壊するとか」

 

「ククッ。まさかそこまで読んでいるとはなぁ……目つきからしてそこの青二才とは違うとは思っていたがなかなか驚いたぞ」

 

 凛の恐れを知らぬ言葉に聖天子は顔が強張っていたが、斉武は面白いヤツを見つけたという風な顔をしている。一方青二才といわれた蓮太郎はやや気に食わなさそうな顔だ。

 

「他国を力で脅かそうと?」

 

 聖天子が斉武に聞くと、彼は短く笑うと立ち上がりながら腕を大仰に広げ言い放った。

 

「そうですとも。いいですか聖天子様、貴女にはビジョンがなさ過ぎるのだよ。我々はガストレアを打ち滅ぼした後のことも考えなくてはならん。十年前、ガストレアによってかつての列強達は大敗をきした。そしてそれから十年後の現在、あの災害からいち早く再興した国が次世代の世界を先導するリーダーとなる権利があるのだ。そして、日本はそれを目指すべきだ。それこそが大局を予想したグランド・プランなのだ! そのためであれば、俺に逆らうような者、使えぬ者、無能な者など不要!! 全てを蹴散らすのだ!!」

 

 声高々に演説を披露した斉武であるが、その緊張感をぶち壊すように凛が大あくびをした。蓮太郎と聖天子がそれにぎょっとすると、斉武も凛を睨んだ。

 

「なんだ? 退屈か?」

 

「あぁすいません。僕自身そう言った政治的な話は全く興味がない話なので。僕を気にせずに続けちゃってください」

 

 睨まれても一切笑顔を崩さずに言う凛であるが、斉武は何かを思い出したようにもう一度凛の顔をまじまじと見据えた。

 

「その態度と憎たらしい笑み……どこかで……小僧、名は?」

 

「断風凛です」

 

 その瞬間、斉武が目を見開き驚いたような顔を浮かべた。

 

「断……風……だと? まさか貴様あの断風劉蔵の孫か!?」

 

「祖父をご存知なのですか?」

 

「……一度会っただけだがな。そうか……と言うことは剣星(けんせい)の息子か。なるほど、その洞察力は劉蔵から受け継ぎ、いけ好かない笑みは剣星から受け継いだということか……」

 

 斉武は小さく笑みを浮かべると凛の瞳をもう一度確認するように見据えた。すると彼は凛に手を差し伸べた。

 

「凛。俺と組まんか?」

 

「なぜ?」

 

「簡単なことよ。俺は強いものを欲している。貴様が劉蔵や剣星の力を受け継いでいることは目を見ればわかる。だから、俺と組みそこの蓮太郎も交え三人で国取りと行こうではないか」

 

 誘うように指をクイッと曲げた斉武であるが、凛はそれを断るように首を横に振った。

 

「残念ながら僕は国とかそういうのは興味がありません。ただ、みんなが幸せに暮らせればそれでいいです。だから、みんなを幸せに出来そうにない貴方のやり方に加担は出来ません」

 

「俺もだ。んなくだらねぇことに付き合ってられるかってんだ。テメェはさっさと巣に帰ってろ」

 

 蓮太郎もまた凛に続いて斉武の提案を断った。すると斉武は苦い顔をするも、心の奥ではまだ諦めていないようだ。

 

 三人の話を聞いていた聖天子がそこで声を上げた。

 

「ではそろそろ本題と行きましょう。斉武大統領」

 

 凛とした声に斉武もが興が削がれてしまったのか、軽く舌打ちをするとソファに腰掛け、二人は会談を始めた。

 

 

 

 

 

 

 凛達が会談を始めたちょうどその時、リムジンの中では摩那と延珠が退屈そうに座席に寝転んでいた。

 

「暇だな」

 

「暇だねぇ」

 

 二人はリムジンの天井を眺めながらあくびをしたりしているが、延珠が思い出したように手を叩いた。

 

「そういえばまだ摩那のモデルを聞いておらんな」

 

「あれ? そうだったっけ?」

 

 二人は起き上がると互いに向かい合った。

 

 摩那は自身の胸に手を置きながら延珠に自身が何の因子を持っているのか話した。

 

「私のモデルはチーター。延珠ちゃんと同じスピード特化型だよ」

 

「チーター……。確か地上最速の肉食獣だったか?」

 

「うん。確か最高速度は百二十キロだったかな」

 

「……妾より早いな。さすが序列が上なだけはある」

 

 延珠は感心するように頷くとやや真剣なまなざしで摩那に問うた。

 

「摩那。お主はイニシエーターをやっていて苦しいと思ったことはないか? 例えば、大人から差別されたり……とか」

 

「うーん……差別とかは凛と組む前から確かにあったよ。だけどね、私には凛がいるからさ、私がガストレア討伐任務で傷つけば真っ先に手当てしてくれるし、私が独断でガストレアに突っ込んだときは泣きながら叱ってくれたんだ。その優しさがとっても嬉しくって暖かくって私は凛といようと思ったんだ。回りがどんなことを言っても関係ない。私は私だよ」

 

 その言葉には確かな覚悟と、心が込められていた。延珠はそれを聞いて心の底から摩那の精神力の強さを知った気がした。

 

「蓮太郎だって優しいでしょ? その辺りを見ると凛と蓮太郎って似てるよね。まぁ凛の方がカッコイイけど」

 

「なっ!? なんだとう!? 蓮太郎だってカッコイイぞ!! やるときはやる男だ!!」

 

「それを言うなら凛だってそうだよ! 作ってくれる料理はどれも美味しいし、ちゃんとリクエストにも答えてくれるもん!」

 

「フフン、料理であれば蓮太郎とて負けてはおらん! もやし一袋で絶品料理を作れるんだぞ」

 

「へぇ、じゃあ今度二人に勝負してもらおうよ」

 

「望むところだ!」

 

 なにやら凛と蓮太郎が聞いていないところで変な勝負が決定されたようだ。

 

 その後も凛と蓮太郎、どちらが優れているかという話を聖天子たちが帰ってくるまで続けていた二人であった。

 

 

 

 

 

 

 会談が終った時は既に日はとっぷりと暮れており、空は真っ暗だが、リムジンに乗っている凛達には周囲のビル群から放たれている光がまぶしいほどだった。

 

 車内で長時間待たされ、なおかつ摩那と激しい言い合いをしていた延珠は蓮太郎の膝を枕にして口から涎を垂らして眠っていた。

 

 一方の摩那はと言うと寝てはいないものの、先程からこっくりこっくりと舟を漕いでいた。

 

「それにしても、斉武さんはやっぱり凄い危険人物だねぇ」

 

「そうだな。つーか、俺としてはアンタのじいさんが菊之丞やあの斉武と面識を持ってることにびっくりだよ」

 

「あーそれは僕もびっくりしたなぁ。と言うか斉武さん、父さんのことまで知ってたし」

 

 凛は肩の力を抜くように大きく息をついた。すると、聖天子が凛に問いを投げかけた。

 

「凛さんのお父様とはどんなお方だったのですか? 御爺様の話は菊之丞さんから聞いていたのでわかるんですが……」

 

「正直言うと僕もあまり知らないんですよ。僕が二歳くらいの頃に病気で死んじゃったんで……」

 

「す、すいません。無作法でした」

 

「あぁいえ気にしないでください。母さんから聞いた限りだと、かなりおちゃらけてた人みたいでしたよ。いっつもへらへらしてて掴み所がないって言うか」

 

「そういや斉武も笑みがどうのこうの言ってたな」

 

 蓮太郎が思い出していると聖天子が凛を真っ直ぐと見据えながら真剣な面持ちで聞いた。

 

「あの……凛さんは斉武大統領の申し出を断りましたがそれはどんなことがあってもですか?」

 

 不安げに聞く聖天子だが凛はその不安を消すようなとても優しい笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。

 

「もちろんです。たとえ天地がひっくり返っても僕は貴女につきますよ。そういう約束でしたから」

 

「……ありがとうございます」

 

 礼を言う彼女の目尻には僅かに光るものが見えたが、蓮太郎と凛はそれに気がつくことはなかった。

 

 聖天子は綻ばせていた顔を真剣なものに戻すと二人に向き直った。

 

「お二人には話しておきます。……斉武大統領は外国と関係を持っているという情報があるのです」

 

「外国ってことは……狙いとしてはバラニウムですかね?」

 

 凛の返しに聖天子は静かに頷いた。

 

 ガストレアに唯一対抗できる金属であるバラニウムは、火山列島に偏って存在しているのだ。そして、それが一番多いのが日本。

 

 大国として知られるアメリカやロシアからすれば、居住できる範囲を広げるために大量のバラニウムが必要になってくるだろう。

 

 そして、先程の会談の内容を思い返せば斉武の言動は最早会談と言うよりも宣戦布告と言うことに等しい気がした。

 

「つーことは斉武は大国に操られてるってことか?」

 

「そこまではわかりません」

 

 聖天子は首を振るが、凛は難しい顔のまま口元に手を当てた。

 

「うーん……あんな野心のある人が大国の傀儡に成り果てはしないんじゃないかな。寧ろ外国は斉武さんを操ろうと、けれど斉武さんは外国を利用しようとしてるんじゃない?」

 

「だな、あのジジイが誰かの下で動くようなことはないだろうし」

 

「そうですね。それが一番可能性が高いでしょう」

 

 二人の意見に彼女は頷くと更に言葉をつなげた。

 

「お二人ともこれから世界の国々が日本のバラニウム欲しさに時には友好的に、時には敵対的に接触してくるやもしれません。そして、次世代の戦争は高位序列者の民警を送り込んでの暗殺、破壊工作などが主流となって来るでしょう。その時、この東京エリアを守ってもらうためにも、お二人には尽力してもらいたいと思っています。それでもよろしいですか?」

 

「僕はいっこうに構いませんよ。だって聖天子様との約束がありますから」

 

 凛は頷くものの、蓮太郎は大きな溜息をついており、表情を曇らせていた。

 

「ったく、勝手な話だ。あんたは何でもかんでも勝手に決めちまうんだな」

 

「勝手だということは承知しています」

 

 彼女は自身の下腹、ちょうど女性の子宮がある辺りに自身の手を置いて沈痛な面持ちで呟く。

 

「……私も既に子供を産める身です。側近の人たちからもいつ倒れるかもわからないからか世継ぎをせがまれています。しかし、機械的や政略的に生んだ子供よりも、私は確かな愛を持って子供を産みたいと思っています」

 

「だったら戦えよ! 死ぬことばっか考えてんじゃねぇ!! 斉武がああいう奴だってわかったんだから今ならいくらだって対処法があんだろうが!!」

 

 延珠が乗っているのにも関わらず声を荒げて腰を浮かせた蓮太郎であるが、聖天子は首を横に振って残念そうな表情をした。

 

「貴方も菊之丞さんと同じことを仰るのですね」

 

「なんだと?」

 

 蓮太郎は訝しげに顔をゆがめるが、そこで凛が彼を座席に座らせ聖天子に変わって代弁するように告げた。

 

「聖天子様は君の視野が狭いって言ってるんだよ。聖天子様はこれから東京エリアの領土をガストレアから取り返して、仙台や大阪と繋げるつもりなんだ。そして、いつの日か全ての土地がつながった時、やがて皆恥じる。かつて日本と言う国が一つであり、国民一人一人が同胞であったことを思い出してね。今は日本のエリア各地がまるで敵のようになっている。聖天子様はそれが我慢できないんだよ。……そうですよね、聖天子様」

 

「はい。いいですか里見さん。貴方もわかっているとは思いますが、戦争とはとても悲しいものです。その中で一番に淘汰されてしまうのは、まだ目も開かない赤ん坊や子供、そして老人達です。戦後の混乱期に私はそんな彼等の元を訪れて愕然としました。

 劣悪な衛生環境の中で身動きも取れなくなってしまった子供たちが私が傍に行くと懸命に笑みを見せてくれるんですよ? けれど、そんな子達ほど次の日には冷たくなってしまっているんです……!

 こんな悲しいことがあっていいんですか……!? 私は絶対にあってはならないと思っています」

 

 聖天子の確かな決意が込められた言葉に、蓮太郎は思わず下唇をかみ締めてしまった。

 

 なんて真っ直ぐで純朴な少女なのだろうと、自身の目の前で理想を話した国家元首を見た蓮太郎は彼女から視線をそらして小さな声ではき捨てた。

 

「早死にする理想主義者だよアンタ」

 

「わかっています。ですが、自身の理想も語れないような人間にはなりたくありません」

 

「……」

 

 蓮太郎は大きな溜息をつくと、ふてくされるように頭をガリガリと掻いた。

 

「けどまぁ嫌いじゃないぜ。アンタの考え、寧ろ好きな方だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 褒められるとは思っていなかったのか、聖天子は頭を下げる。それを見た凛もまた彼女に告げた。

 

「僕も貴方の考えはとても素晴らしいと思いますよ。それに、現実主義者よりも貴方のように一見ただの幻想でしかないようなことを目指している人についていったほうが面白そうですし」

 

「お、おもしろいって……」

 

 聖天子は少々戸惑っていたようだったが、やがて肩の力が抜けたのか備えてある冷蔵庫から桃果汁のドリンクを取り出しそれをグラスに注ぐと蓮太郎と凛に手渡した。

 

「……割と乙女チックですね。桃ジュースとは」

 

「い、いいじゃないですか! 私だって好きなものぐらいあります!」

 

 少々ムキになったのか、彼女は自身のグラスに注いであるジュースを一気に飲み干してしまった。そして、二杯目を注いでいた。

 

 その姿は国家元首には到底思えず、ただの十六歳の少女だった。

 

 凛はそれに笑みを浮かべつつも、隣で自身に体重を乗せていたはずの摩那の感触がないことに気が付き隣を見やった。

 

「摩那?」

 

 摩那は一人窓の外を見つめていた。しかし瞳は赤く染まり犬歯がむき出しになって唸っているような声も聞こえる。

 

 凛は彼女の下まで行くと摩那の背中をさすり落ち着かせる。

 

「どうしたの?」

 

「凛。誰かがこっちをずっと狙ってる。殺気を感じるよ」

 

 真剣な面持ちで言う摩那の様子から、凛はただ事ではないと確信し聖天子のほうを見やる。すると、先程まで眠っていた延珠が目を覚まし摩那と同じように外を睨んでいた。

 

 それとほど同時とも行っていいタイミングでリムジンが速度を落とし始めた。どうやら信号に引っかかったようだ。しかし、その瞬間、凛は視界の端で何かが光ったのを感じた。それは明らかにビルから発せられている光ではなく、火が吹いたような光だった。

 

 ……銃口炎(マズルフラッシュ)!? まさか、街中で狙撃!

 

 考えるよりも早く凛の脚が動いていた。彼はリムジンの床を蹴り聖天子に飛び掛った。それとほぼ同時に銃口炎に気が付いた蓮太郎が「伏せろ!」と声を張り上げるが、既に凛が聖天子を床に伏せさせている最中だった。

 

 そして、彼女が床に頭をつけるとほぼ同時に窓ガラスが割れる破砕音と、それと同期したリムジンの急ブレーキ。止まりかかっていたとはいえ、急にかけられたブレーキに人間の体が反応できるはずもなく、蓮太郎はそのままドアにたたきつけられ、凛は聖天子に覆いかぶさるようにして第二波から彼女を守る。

 

「蓮太郎くん! ドア開けて!!」

 

「わかった!」

 

 言うが早いか彼はドアを蹴り破り、延珠と摩那は運転手を助け出すために運転席へ走った。

 

 そして、彼等が外に出た瞬間、二発目の弾丸がリムジンの燃料タンクを撃ち抜いたのか、エンジン部から火があがって、リムジンは一気に爆発炎上した。

 

 街中のまだ一般人が歩いている往来での爆発に一般人は悲鳴を上げていた。しかし、凛はそれどころではない。

 

 ……どこか隠れるところはっ!?

 

 周囲を見回すがここは街中の十字路。遮蔽物などないに等しい。とにかく聖天子を逃がそうと凛は思考を走らせる。

 

「聖天子様、走れますか!?」

 

「す、すいません、今の爆発で腰が抜けてしまって……!」

 

 強張った表情で言う聖天子に顔をしかめた凛であるが、彼は一瞬の後に聖天子を抱き上げた。

 

「ひゃっ!?」

 

「すいません、少し乱暴なことします! 蓮太郎君! 聖天子様を受け止めて!!」

 

 その声と同時に凛は聖天子を蓮太郎のほうへ放り投げた。蓮太郎はそれに驚いた表情を浮かべたが、何とか彼女をキャッチすると自身が盾になるように彼女を守る。

 

 それと同時に第三発目の光が見えた。

 

「摩那ァ!!」

 

「了解!!」

 

 運転手を救出し終えた摩那が力を解放した状態で光がしたほうを睨むとすぐさま凛い伝えた。

 

「今だよ凛!!」

 

 その声と共に凛は地を蹴って冥光を抜き放ち、空中で上段から振り下ろした。

 

「ハァッ!!」

 

 気合一閃。

 

 その声が聞こえたと同時に冥光が何かを切った感触が凛に伝わり、彼の後ろの方でキンッという金属質な音が聞こえた。

 

 音は一つだったが、それは確実に凛が切った弾丸だろう。

 

 しかし、またしても今度は四発目の弾丸が放たれたのを凛は確認した。今度は凛の後ろにいる聖天子に確実に当たるコースだ。

 

 ……マズイ!

 

 ギリッと歯をかみ締めるが、その時、凛のすぐ近くで延珠が姿を現し放たれた弾丸を空中で踏み付け弾道を変えた。

 

 そのおかげか弾丸は聖天子に届くことはなく、地面に直撃した。

 

 凛は空中で冥光を納めると光を放ったビルの屋上を見据える。

 

 背後では既に護衛官たちに守られた聖天子が顔を蒼白に染めながら震えていた。

 

「凛さん! 敵はどうした!?」

 

「……逃げたみたいだね。もう撃ってはこないと思うよ」

 

 凛は一度小さく息をつき緊張をほぐすが、その時何か、そう、例えるなら虫の羽音のような音が聞こえたのだ。

 

 それは蓮太郎も同じだったようで、凛の反応を見て頷いた。

 

「今の……」

 

「ああ、俺も聞こえた」

 

 凛と蓮太郎はもう一度狙撃ポイントであろうビルの屋上を見据えると、二人同時に呟いた。

 

「君は……誰なんだ……?」

 

「テメェは……誰だ……ッ!」

 

 その呟きに答えるものはおらず、その代わりと言うように雨脚が激しさを増していった。

 

 まるでこれから起こる騒乱を暗示しているように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみませんマスター。任務失敗です。シェンフィールド回収後撤退します」

 

『なんだと!? 聖天子の護衛はあの間抜けな護衛官だけではなかったのか!?』

 

「はい。おそらく民警がいたのかと……」

 

 ビルの上で先程の狙撃に用いたバレット社製の対戦車狙撃ライフルをケースに片付けていた。すると、無線越しに主がいらだたしげな声でティナに問うた。

 

『民警の顔はみたか?』

 

「いいえ。ですが姿は見ました」

 

 ティナはもう一度燃え盛っているリムジンのほうを見ると、先程の三発目と四発目の弾丸を弾いた二人の民警の姿を思い返した。

 

 ……四発目を弾いたのは体格からしてイニシエーター……。だけど、三発目を弾いたのは?

 

 顔は見えなかったものの、体格からしてイニシエーターではなくプロモーターだろう。しかし、そんなことが可能なのだろうか。

 

 ティナが持っているライフルは大砲や、バルカン砲を除いてこの世にある全ての銃の頂点的な存在だ。それをプロモーターが弾くことができるのか?

 

 ……しかも弾いただけじゃなくて斬っていた。

 

「貴方は……一体誰なんですか……?」

 

 ビル風に揺れるプラチナブロンドの髪を押さえながらティナは冷たいまなざし眼下を睨んだ。




ぐあー……一万字を超えてしまった……

なかなかに急ぎ足でしたが如何でしたかね。
まぁこの辺りはオリジナル要素がなくてつまらなかった思いますが……すいません。
次の話辺りからはオリジナル展開がありますので……。

そして今思ってみればお気に入り数が300を突破しておりました!
いやー……こんなに読んで下さっている方がいらっしゃるとは……感謝でございます。

では感想などあればよろしくお願いします。

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